忘れちゃいなよ、初恋なんて   作:平日黒髪

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第68話『時縄勇太は悪女の心を独占したい②』

「太陽も少しぐらいは休んでいいってのによ」

 

 燦々と照り付ける陽射しに嫌気が差しつつも、俺は駅前へと急ぐ。

 行き交う人々は若い男女や子連れの夫婦ばかり。

 壁に寄りかかって、スマホを触る独り身も居るけれど――。

 

「この世は性欲に飢えている。どいつもこいつもセックス三昧かよ」

 

 彼・彼女たちは、誰かと待ち合わせしているようだ。

 その誰かを見つけたのか、大きく手を振って駆け寄っていくのだから。

 

「もしも俺が父親だったら、男に媚びる娘を見たら……死にたくなるぞ」

 

 そんな姿を眺めつつも、俺も待ち人である少女を探す。

 と言えども、すぐに見つけてしまうのだが。

 だって、彼女――彩心真優は類稀な容姿をお持ちなのだから。

 

 例えば、とある若い男二人組の会話では――。

 

「なぁ、さっきの女の子めちゃくちゃ可愛くなかった?」

「お前じゃ無理だよ。絶対に相手にされないって」

 

 例えば、とある若い恋人同士の会話では――。

 

「何をデレってしちゃってるの。マジでキモい! 鼻下を伸ばしやがって」

「いや……別に照れてないっつの。てか、何の話をしてるんだよ」

「さっきすれ違った女の子をガン見してた。私という存在がありながら!」

 

 例えば、とある若い学生同士の会話では――。

 

「ねぇねぇ、さっきの人めちゃくちゃ可愛かったよね。モデルさんかな?」

「うんうん! めちゃくちゃ可愛かった!! 芸能人のお忍び旅行かな?」

 

 言われているのは、俺のことじゃない。

 それはわかりきっているのだが、思わずニヤけが止まらなくなる。

 だって、それが俺の彼女――。

 二番目の彼女――彩心真優のことを言っているのだから。

 

「――――あっ!!」

 

 道歩く人々の視線を何が何でも集めてしまう美少女――。

 美少女という言葉を何歳まで使用していいのかは、議論の対象になるが。

 ともあれ、まだ十八歳ならば、ギリギリ使わせて頂きたい。

 彩心真優は俺の姿を見つけたのか、満面の笑みを浮かべてくる。

 両手で持っていた小さなバッグを片手だけで持ち、余った手で軽く振る。

 周囲の視線を今まで集めていたはず。その時には一切気にする素振りを見せることはなかったのに、俺の姿があるときだけは特別なようである。

 

「……やれやれ、可愛い彼女を持つのも大変だな」

 

 他の男に聞かれたら、今すぐにでもぶっ殺されそうだ。

 そう思いながら、俺は彩心真優の元へと急いだ。

 

「待たせたな」

 

 待ち合わせ時間に間に合わなかったわけではない。

 だが、相手を待たせたことに変わりはない。

 そう判断し、一応の断りを入れたのだが――。

 彩心真優は口元を緩めて首を横に振る。

 

「ううん、待ってる時間も幸せだったから」

 

 嬉しい一言を貰い、俺の口はぐにゃりと曲がりそうになる。

 それをギリギリで止め、俺は言う。

 

「何だよ、それ」

「勇太くんが会いに来てくれる。そう思うだけで、胸がドキドキしたから」

「照れるだろ、やめろよ、揶揄うのは」

「揶揄ってないよ、本気の気持ちだよ」

 

 彩心真優は悪女である。

 男心を鷲掴みにし、器用に扱うのだから。

 あざとい態度を取る女に騙される男を見ては、「バカな男だ」と嘲笑っていたものの、自分も同じ立場になった現在、そうなってしまうのは情けない。

 まぁ、無理もないさ。俺みたいな女性経験が浅い男は格好の獲物だろう。

 

「なぁ、彩心真優。本当に俺の家に来るのか?」

「なになに? 私が家に行ったらダメな理由でもあるの?」

「別にないけど……俺の家に来ても何も面白いものとかないぞ」

「という感じのフリなんでしょ?」

「俺にお笑いを求めるな」

 

 忠告をしつつも、俺は続ける。

 

「一般家庭に住む男子高校生の家に面白いものがあるほうがおかしいからな」

「えぇ~。でも、エロ本という名の桃色お宝がいっぱいあるんでしょ?」

「生憎だが、俺の家にはないぞ」

「なら、ダッチワイフがあるんだね……」

「どんな理論だよ! というか、俺はどんな性欲の化身だと思われてるんだ」

「あぁ……性の捌け口は彼女で発散するタイプなんだね!」

「彼女を道具や物扱いするクズ男として、俺を断定するな」

 

 日本語って面白いよな。

 性の捌け口という表現は問題発言になるのに。

 お互いの愛を確かめ合うことで、お互いの心に寄り添い合うタイプ。

 などと言い換えれば、多数の人間から「いいね」をもらえるのだから。

 

「なら、妄想するタイプってこと?」

「性に関する質問攻めはやめようか」

「性教育が推奨される世の中を批判する気?」

「俺みたいな人間がいるから、性教育が発展しなかったとでもいうのか? 暴論すぎるだろ。お前がやっている行為は、過激な動画投稿者が女子中学生や高校生に「経験人数は何人?」と訊ねるのと一緒だからな」

 

 性教育が進んだ世界になると、世の中はカオスな状況になるだろう。

 男子や女子の性別垣根がなくなり、お互いの性を語り合う世界にさ。

 経験人数は何人か、名器は誰かなどの低俗な話ばかりでさ。

 

「あと、俺はデジタル派だから」

「でも使用済みのティッシュとかがあるんでしょ?」

「残念だな。俺はトイレットペーパーを使う派だ。現場に証拠は残さないタイプだからな」

「完全犯罪するタイプなんだね!」

 

 でも、と再度呟いてから、彩心真優はいう。

 

「違法動画視聴はダメだよ?」

「お前は学級委員か。だが、安心しろ。俺はSNS動画勢だからな」

「何それ?」

「エッチなお姉さんや悪いお兄さんが個人撮影の動画をSNSにアップしてくれるのさ。俗にいうところの、裏アカウントってわけだ。エロの宝庫で最高だぜ」

 

 世の中には、神様と呼ばれる人々がいるものだ。

 男たちの抑えきれない性衝動を受け止めてくれる女性たちが。

 視聴者は衝動に駆られた身体を慰め、投稿者は自らの承認欲求を満たす。

 需要と供給がお互いに満たされ、生産者も消費者も喜ぶ完璧な経済戦略だ。

 

「…………私から話を振ったけど、女子にその話題を出すってどんな心情?」

 

 最高に後悔している心情だ。

 我ながら女の子に振る内容ではなかったなと。

 自分のおかずを暴露するなんて、どんな性癖かって話だよな。

 

「ほら、さっさと行くぞ。ちんたら歩いてたら置いていくからな」

「大丈夫だよ。勇太くんの手をずっと握っておくから」

「はぁ? 俺の手を握る? 何のために? ていうか、人目があるだろ?」

 

 この説明は何回目かと説教を食らいそうだが。

 俺――時縄勇太は本懐結愛という女の子と付き合いつつも。

 実は彩心真優という女の子とも交際を続けている。

 浮気が最低な行為で、倫理感や道徳的な視点から過ちを犯していることは理解しているつもりだ。

 けれど、俺は――二人の女の子に恋をしてしまったのだ。

 

「今は、あの子いないじゃん。だから……お願い」

「予備校の奴等にバレたらどうするんだよ?」

「バレたときはバレたときでいいんじゃない?」

「お前の場合は「Me too!」といえば救われるかもしれないが……俺が死ぬ」

 

 昨今の芸能界を騒がせるスキャンダル問題。

 男性も女性も清潔さが求められる時代に突入している。

 起用したキャストが何か問題を起こせば、スポンサーが黙っていない。

 即刻、降板を言い渡し、新たな人間を起用してクリーンさを保つのだから。

 そう考えたら、人間は一種の歯車だ。

 社会で生きる上で人間は代替品に過ぎず、役に立たなければ使い捨てられるのだろう。

 でも、女性側は魔法の言葉を持っている。「私は脅されていた」「私は強要されていた」といえば、同じ罪を犯した共犯者ではなく、立派な一人の被害者になれるのだ。世の中は不公平としかいいようがない。

 

「勇太くんってさ、世間体とか気にするタイプなの?」

「俺は小心者だぞ。周りの評価には敏感な男だぞ」

「その割には自分の容姿を磨かず、空気を読まないことばかりしてるよね」

「それ以上の発言はいじめで報告するぞ」

「事実を述べただけなのに……」

「ブサイクな男にブサイクというのは自由だが、人が傷つくのも事実だろ?」

 

 彩心真優は納得した様子で頷き、「たしかに」と呟いた。

 俺が言う前に、その考えに辿り着いてほしかったぜ。

 お嬢様学校というのは「自分がされたら嫌なことは他の人にもするな」という金言を教えないのだろう。

 

「で、お前は何をしれっと、俺の腕を握っているんだ?」

 

 彩心真優は俺の腕を取り、自らの腕へと絡めてきた。彼女の柔らかな胸元が俺の肘に当たっている。わざと当ててきているのか知らんが、これは大変恥ずかしい状況だ。

 

「私がはぐれないためだよ?」

「……迷子になる自信があるのか?」

「迷子になって帰って来れないかも、しっかりと握ってくれないと」

「その年齢で? この時代にはスマホもあるし大丈夫だろ」

「そ~いう意味じゃないよ。他の男の子に奪われちゃうかもよ、私を」

 

 彩心真優はモテる。尋常なくモテる。

 真面目な話、俺と付き合っているのがおかしなレベルだ。

 考えてみろよ、俺は医学部志望の浪人生だぜ。

 将来性はあるかもしれんが、まだ夢半ばの中途半端人間。

 更には、現在彼女ありの身分。

 そんな奴と付き合うよりも、俺よりも賢くて容姿がイイ男を見つければ。

 

――彩心真優は俺の前から消えてしまうのではないだろうか??

 

「どうしたの? 複雑な表情をしちゃってさ」

「……別に何でもねぇーよ」

「もしかして、私が他の男の子に取られちゃう妄想でもしちゃった?」

「俺には結愛がいるんだ、別にお前のことなんか……」

「私のことが嫌いなら、わざわざ私と関係を続けないでしょ?」

「そ、それは……」

 

 彩心真優は俺の心情を理解している。

 俺が考えていることを先読みする能力があるようだ。

 

「勇太くんの手って温かいんだね」

「冬場はカイロ代わりになるとでも思ってるのか?」

「ありがたく使わせてもらう予定」

 

 ニコッと微笑みつつ、彩心真優はいう。

 

「でも不思議な気分だなぁ~。男の子と手を繋いで歩くなんて」

「恋人が欲しいとは昔からずっと思ってたんだろ?」

「う~ん、どうなんだろう? 欲しいとは思ってたはず」

「曖昧な返答だな」

 

 恋人が欲しい。その欲望を俺は昔から持っていた。

 その恋人になる相手も、この世にたった一人だと信じてな。

 何度、その女性との将来を寝る前に妄想したことだろうか。

 

「恋人が欲しいし、いつの日かは誰かと結婚して家庭を作って……幸せに生きるみたいなことを考えていた節があるのは事実だよ。でも、それはあくまでも漠然としたもので、頭の中でずっとモヤがあった感じなんだよね」

 

 頭の中でモヤがある感じか。

 俺も漠然と医者になりたいと思ってる。

 だが、実際に医者という職業がどんなものかは知らない。

 ただ、漠然とこんなものだろうなという感じで、それ以外は何も。

 

「だから、今はとっても嬉しいだよね」

 

 どうしてと訊ねる前に、彩心真優は追加の説明を行う。

 

「頭の中であったモヤが全て消えたから。その代わり、しっかりとした今後のビジョンが見えるから。私の横には勇太くんがいて、勇太くんの隣には私がいる未来が見えるから」

 

 俺が知らない間に、彩心真優は今後の将来も考えているようだ。

 言い方は悪いが、俺は彼女との恋愛をお遊びとしか認識していないのに。

 本懐結愛の代わりとして、俺は彩心真優を二番目の彼女にしているだけ。

 それなのに、彩心真優は俺の一番になるために努力を重ねているし、俺との将来までを……。

 

「女性にとってね、好きな人と手を繋ぐことは特別なんだよ」

 

 俺の隣を歩く彼女は腕へと絡める力を更に強くして。

 

「手を繋いでいる男が私の彼氏ですと報告できるからね!」

「自慢になる男じゃないだろ?」

「ううん、自慢だよ。この世界に勇太くんよりイイ男はいないから」

「俺がイイ男? 笑わせるなよ、俺はただのクズ男だぞ」

「どうして悪い方向でしか、物事を考えられないのかなぁ~?」

 

 う~むと悩んだ仕草をした後、彩心真優は極自然な口調で。

 

「悪いところが一つあるなら、その十倍良いところを見つければいいじゃん」

 

 人間誰しもが、良いところも悪いところもある。

 俺みたいなネガティブ思考な人間は悪いことに目が行きがちだ。でも悪いところに目を向けたあとは、良いところにも目を向けるべきだろう。

 そこで、悪いところよりも多くの良いところを見つければ――。

 自分の自信にも繋がるし、今後の自分が選ぶ道が定まるはずだ。

 

◇◆◇◆◇◆

 

「ここが勇太くんの家なんだ」

 

 二人仲良く恋人繋ぎをし、俺の家へと到着。

 俺の家を見るなり、彩心真優は唖然とした声でそう呟いた。

 

「しょぼい家で悪かったな」

「風情がある家だと思うよ」

 

 風情がある。その言葉通り、この家は年季が入っている。

 

「この家はさ、元々母型の祖父が住んでいたんだ」

 

 今ではもう祖父も祖母も亡くなり、住んでいるのは俺と母親のみ。

 平屋建ての一軒家でこじんまりとした庭付きだが――。

 庭は雑草が荒れ放題で、洗濯物などは部屋干しが時縄家の日常である。

 

「どうしたんだよ? 立ち止まって」

 

 さっきまでノリノリだったくせに。

 何を、この女は身体をくねらせてモジモジしているんだか。

 

「いや、ちょっと緊張しちゃって」

「いつから俺の家は魔王城になったんだよ? 平民Bぐらいの家だろ?」

「魔王城というより狼さんの家って感じだけどね」

「お前を食べたりしないから安心しろ」

「男の子の家に入ったら、何をされても文句は言えないんでしょ?」

「俺の家はいつから治外法権になったんだよ」

「……サユちゃんの話とは全然違うんだね」

 

 サユさん、あなたがどんな話をしているのかは知らん。

 だが、彩心真優にこれ以上余計な情報を与えないでほしい。

 この子はあなたに影響を受けやすいんだから。

 何も知らない純真無垢な存在だから。

 

「俺以外の男なら話は別かもしれないがな」

「勇太くんも狼さんになっていいのに……」

 

 そう愚痴を溢す声が聞こえてきたが、俺は無視して玄関の扉を開いた。

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