長すぎる沈黙が起き、ぎこちない空気が流れる。
家族と一緒に見ていたドラマで性的なシーンが映ったときのように。
「………………」
「沈黙するのやめてくれません?」
「あまりの衝撃的な展開に、お姉さんも声を失ってしまったよ」
一般人は誰でもそうなるよな。
俺だって、逆の立場なら絶句してた。というか、軽蔑の対象だわ。
「我ながら恥が多い人生を送ってきました」
「どういう経緯でそうなったの?」
「自宅で真優と勉強会を開いてたら、突然結愛が押しかけてきたんです」
「勉強会という名のSEXデーだったんだろ?」
「Xデーみたいな言い方しないでくださいよ」
で、と俺は呟き。
「結愛に見つかったら面倒なことになると思って、真優を押し入れに隠しました」
あぁ、思い出してきた。
あの日の記憶を。
「そしたら、強引に結愛に押し倒されて、気付けば成り行きでヤッてました」
「見せつけたかったんだね」
「そんな特殊性癖持ちじゃないです」
なら、どうして?
そう黒曜石のような瞳が訴えてくる。美女の眼差しには耐えられない。
「結愛に言われたんですよ」
俺はそう吐き捨てた。
「手術を受けるための勇気が欲しい。そう言われたら……男なら誰だって彼女の役に立ちたいと思いますよ」
あぁ、そうさ。
手術を受けるのは勇気が必要だ。
失敗したら死ぬ。
それは大袈裟な話かもしれないが、そう思ってしまうのも当然である。
「キミはさ、ズルい男だね」
「……ズルい男?」
「自分は悪くない。悪いのは他の誰かのせいだって、思い込めるんだから」
悪意だ。責め立てる言葉。
俺は人間関係が軽薄で、人付き合いが多いわけではない。
だからこそ、自分と反りが合わない人とは接触を避けて生きてきた。
誰だって、そうだろ?
自分に嫌悪感を抱く人と関わりたいとは思えない。その弊害だろうか。
今の俺は目の前の女性を対処する術を持ち合わせていなかった。
「結愛ちゃんが求めるから。真優が求めるから」
サユさんは続けた。呆れたように。
「だから——俺は悪くない」
俺の心を痛ませる言葉をスラスラと。彼女は他人の心情なんて気にしないタイプなのかもしれない。
自分が思ったことをいう。それは「素直」や「純粋」といえるだろう。
でも言い方を変えれば、それは邪悪だ。純粋な悪だ。ワガママな女だ。
「被害者面するのはやめなよ。キミはもう既に加害者なんだから。最愛の彼女を裏切った時点でね」
◇◆◇◆◇◆
「俺は加害者ですよ。結愛も真優も幸せにできないクズですから」
「開き直ったね」
「開き直るのは得意なんです。二股するような最低な男ですから」
「アタシはキミを軽蔑するけど、キミの生き方には共感する部分がある」
「軽蔑するんですね、やっぱり」
満面の笑みを浮かべて、サユさんは「あぁ」と頷き、「ただ」と続けた。
「ただ、正直羨ましいとも思う」
「羨ましい? この俺が?」
浪人生であるこの俺を? 医者である彼女が羨ましいだと?
「人間は理性ある生き物だ。だから、合理的な判断しか下せない。でも、キミは自分の欲に実に忠実だ」
「それって絶対貶してますよね?」
「ある意味ではね。ただ、ある意味ではキミを尊敬すらしているよ」
絶対バカにされてる。
「この世界には何も持たない人間が存在する。例えば、人間関係も時間も心もお金も何もかもを持たない者がね」
「何の話しているんですか? 突然」
「いいから話を聞きたまえよ」
「年寄りの話は面白くないと評判ですよ。校長の長話はつまらなかったでしょ?」
「人生経験が乏しいガキの話は、取り留めがなく、退屈なものだと評判だよ。とりあえず、年寄りイジリはやめようか? まだ二十代後半だから」
「一部界隈ではババアと評判ですよ」
「ロリコン界隈の話だろ!」
それ以上は言い返せない。
「それで? 何の話でしたっけ?」
「キミが欲望に忠実な人間って話だ」
「で、それがどうかしたんですか?」
「アタシはね、キミみたいな人間が素晴らしいと思うんだ。実に愚直で」
「愚直とは失礼な。素直なんです」
「物は言いようだな」
サユさんは吐き捨て。
「ワタシには真似できない。キミみたいな生き方はね。リスクが高すぎる」
「愚直ですからね」
「でも羨ましいんだよ。自由奔放で。自分が好き勝手に生きられるんだから」
「従妹にはサユさんがそんなふうに見えていると思いますがね」
「表ではね。裏では号泣してるぜ」
「束縛されているんですか、大人なのに」
「大人だから縛られるんだよ。キミはまだまだ若いな。人間はいつだって、縛られている。自由なんてないよ」
人生は窮屈だ。
普通に生きるだけで、様々な障壁が立ちはだかる。
ただ生きているだけなのに。ただ呼吸をしているだけなのに。
なぜ、俺たちは他人と競争しなければならないのか。
「ユートピアなんて存在しないんですか?」
「あぁ、どこに行ってもね。ワタシが保証する。この世に理想郷はない」
夢がない話だ。
だから、人は皆、夢の国へとこぞって遊びに行くのかもしれない。
「——ないんだったら作ればいいんじゃないの? 理想郷をさ」
「逆転の発想ですね」
「自分が生きやすい世界を作る。強固な壁を作り、その壁には誰も立ち入れない空間を生み出せばいい。そうすれば、必然的にそこは理想郷だよ」
昔の人にとって、マイホームを持つことが一つの夢だった。
そんな話を聞いたことがあるが、それは一種の理想郷だったのかもしれない。
自分の家——言わば、一つの城を持つことで、そこは自由が利くのだから。
◇◆◇◆◇◆
「キミはさ、何を悩んでいるんだい?」
「……自分の将来ですかね。お先真っ暗って感じで、生きてるのが辛いんです」
「若いのにお先真っ暗なんて、まだあまりにも早すぎると思うけどね」
「成績に伸び悩んでる浪人生は来年を考えるだけで憂鬱になる生き物なんです」
「アタシ失敗しないので」
「まぁ、わからないですよね。サユさんみたいな完璧超人には、俺の気持ちなんて」
人間は二種類に分類できる。
ポジティブかネガティブか。
例えば、目の前に砂時計があるとする。
この砂時計をひっくり返し、砂が全て落ちる前に何かを成し遂げなければならないとしよう。また砂が全て落ちるまでの時間は、3分間だとしたら——。
人々は3分間もあると思えるか、3分間しかないと思えるか。
それで生き方は全然違ってくるはずだ。
「真優と同じ医学部志望だったよね? 医者になっても悩みは付きものだよ」
「お金の心配はしないでしょ?」
「お金だけが全てだと思うと大間違いだよ。拝金主義になるなよ、少年」
で、と俺を見据えて、サユさんは続ける。
「医者を目指すのは勝手だが、キミが思ってるより楽しい場所じゃないよ」
「でも没頭できるでしょ。嫌なことを全て忘れるぐらいには」
「没頭しても、嫌なことは消えないでしょ? 嫌なことを消さないと」
正論だ。正論すぎて何も言い返せない。
俺がやっていることは、ただの逃げに過ぎないのだから。
「消せないんです、俺が恐れる嫌なことは……必ず起きる、未来なんですよ」
「必ず起きる未来……結愛ちゃんが死ぬことかい?」
本懐結愛が死ぬ。それを言い当てられるとは思ってもみなかった。
「人はみんな死ぬよ。それが生き物の定めだ」
「そんなの言われなくても知ってますよ。ただ、俺の人生は結愛が全てなんです」
俺の人生は結愛一色に染まっている。
初めて彼女に出会ったときから。彼女へと儚い想いを寄せてから。
太陽の下、煌々と力強く舞う蝶だった彼女に恋い焦がれて。
「俺は結愛を救うために医者になりたかった。医者になって、結愛の病気を治す。それが俺の夢でした。俺が人生を賭けて全うしたい目標だった」
だけど、と涙が溢れ出そうな目を見開き。
「——結愛は死ぬかもしれない。もしかしたら明日にでも」
「余命宣告なんて当てにならないよ。医者のアタシが言うのもなんだけど」
あと、と付け加えるように。
「明日死ぬのは全員ありえる話だろ? 現にキミも、アタシがブレーキを踏まなかったら死んでた可能性があるんだから」
サユさんはわかっていない。俺の気持ちをちっとも。
俺が言いたいことを全然理解してくれない。
わかってもらえるとは思ってもなかったけど……。
賢い彼女ならば、少しは頼りになるかもと思っていたのに。
「この世で一番愛する人を失ったらどうしたらいいんですか?」
生きる希望を失った人間は何を糧に生きていけばいいのか。
人一倍頭が良い彼女ならば、その答えを知っているかもしれない。
俺の気持ちを理解できないなら、真正面から質問するしかない。
「それをアタシに聞くのかい。未亡人でもないアタシに」
「恋ぐらいはしたことあるでしょ? サユさんでも」
「何それ? 新手のマウントかい?」
「そんなふうに受け止められるとは思ってもいませんでしたよ」
人間同士が話し合う都合上、今日も不毛な争いが続いている。
お互いの間では、それは普通の会話だったに過ぎない。
でも、何かの食い違いが起き、彼、彼女たちは曲解してしまうのだろう。
「女性に恋愛事情を訊ねる行為は、セクハラ行為らしいよ。アタシは気にしないけど」
「世知辛い世の中になりましたね」
「視野は広いのに行動や発言は制限される。みんな見えない鎖に縛られているんだろうね。全く笑える話だぜ」
サユさんは苦笑した。
それから「さっきの質問だけど、人生の先輩として言えることはただ一つ」と呟き。
「恋なんてくだらないものだと諦めることだね」
「諦める?」
「あぁ、そうさ。千年の恋も、一万年あれば冷めるだろ?」
「人の一生は長くても百年。諦めるのは不可能では?」
「なら、何年あればキミはその想いに冷めることができるかい?」
「——死ぬまで冷めないと思いますよ」
本懐結愛を愛している。
その想いは一生忘れるはずがない。
どんなに歳を重ねたとしても。
きっと心の奥底には彼女への献身的な愛が宿っているだろう。
「一途に想い続ける自分に酔いしれたい気持ちはわかるけど、死んだ人を愛し続けることは地獄だよ」
「最愛の人が死んだ時点で、この世は終わりです。地獄どころか、大地獄ですよ。でも、死んだ人を思い、彼・彼女のことを思い続けられるなら、地獄で済む」
本懐結愛が死んだ時点で、俺の人生はゲームオーバー。それ以上の幸せなぞ、訪れはしないのだ。大切な何かが欠けたまま、俺は今後の一生を送らなければならない。
そんなの、生きてるとは到底言えない。
「キミってさ、メルヘンチックだよね。恋愛感情なんて、ただの気の迷いなのに。思い込みに過ぎないってのにさ」
「気の迷いでいいです。思い込みでも。一生思い続ければ、それは気の迷いではない」
「何だよ、もう既にキミは答えを持ってるじゃないか。アタシに聞かずとも」
「えっ??」
「結愛ちゃんが死んでも、彼女のことを思い続ける。それで幸せなんだろ?」
「ええと……そ、それは」
言い澱んでしまう。結局、俺は何に悩んでいたのかと。
思考の整理が追いつかない。サユさんが言っていることは論理的に正しい。
でも、その答えを、俺は肯定することができないのだ。
「この世で一番愛する人を失ったとしても、キミはその人を愛し続ける。キミにとって、その人が死んだ時点で、この世は生きる価値がない世界。言わば、大地獄。だからこそ、キミは彼女との思い出に浸ることで少しはマシな世界を生きていける」
本懐結愛が死んだ時点で俺は生きる意味がない。
彼女と過ごした日々が一生の中で最も幸せだったと断言できるから。
「そんなの最低最悪な未来じゃないですか。俺は一生救われない」
「あぁ、救われないね。だが、キミはその世界を求めているんだろ?」
死ぬまで本懐結愛を想い続ける道は地獄だ。
まだ彼女と過ごした日々が、思い出があることが救いだが。
その道を選んだ時点で、俺は不幸な日々を送るしかないのだ。
「キミよりもほんの少しだけ長く生きたお姉さんからの忠告だ」
酷い顔を晒しているはずの俺を優しい眼差しで見据えたままに。
「彼女が死んだ後を考えるよりも、生きている間に何ができるかを考えるべきだ」
「生きている間に何ができるか? どんなに尽くしても無駄じゃないですか」
「どうして無駄だと思うのかい?」
「どれだけ誰かを愛したとしても、その誰かが死んだら——捧げた愛が無駄になる。なら、愛する必要はない」
「酷な言い分だね。これでもキミは誰かさんの彼氏なんだろ?」
「愛を捧げた分だけ還元されない愛なら、それは無駄じゃないですか?」
サユさんはクスッと微笑む。珍獣を見つけたとでもいうように。
「愛とは何だい?」
「時間やお金を費やすことですよ」
「時間やお金を費やせば費やすほどに、その人への想いが膨れ上がると?」
「そうですよ。逆に還元されない愛なんて無駄でしょ? コスパが悪い」
「愛をコスパで語る。面白い話だ」
でも、それならと彼女は続けて。
「————彼女のためにも別れてあげなよ。もちろん、自分のためにもね」
「はぁ? 嫌ですよ。どうして俺が結愛と別れるんですか。別れるはずがないでしょ?」
こんなにも愛しているのに。こんなにも
わざわざ別れる必要がない。
そもそも論、結愛には俺がいないとダメなんだ。
この世界全てに拒絶され、俺だけが結愛の味方なのだから。
もしも俺が別れを告げたら、結愛は孤独になってしまう。
誰からも愛されず、誰からも見届けられずに死んでしまう。
「結愛ちゃんの闇が深いとは思っていたけどさ」
サユさんはいう。
「キミも大概だね、時縄くん」
大概だねとは言われても、俺には全く意識がない。
俺自身も闇が深いとでも言うのか。いや、俺には闇なんて全くないはずだが。
「俺は健康男児ですよ。無遅刻無欠席の健康児ですから」
「身体には何も問題はない。問題があるのは、心のほうだよ」
「心? 何のことを言ってるんですか?」
「キミの心はズタボロだろ? もう壊れ掛けているだろ? もう既に」
勝手なことを言わないでくださいよ。
俺の心がズタボロ? 俺はどこからどう見えても元気ですけどね。
「アタシはキミを勘違いしていた。キミはまだ引き返せると思っていたよ」
勘違い? 何をしていたとでもいうのか。
「ただもう既に手遅れだったわけだ。もう既に、キミは」
「さっきから何を言ってるんですか?」
「断言する。キミはあの子を愛しているわけじゃない」
「…………………………」
「キミはあの子を支配したいだけじゃないのかい?」
「何を根拠に…………」
「自分よりも弱い存在を手に入れたい。自分の思い通りに動く存在が欲しい。自分のわがままを受け止める人が欲しい。それがキミの内なる欲求だろ?」
俺は本懐結愛を愛している。心の底から。
「違う、違う、違う……違う、俺はそんな邪な感情なんて」
「あの子にとっての救世主を演じることで、あの子にとって特別な存在になりたいだけ。結局、キミはね。自分のことしか考えていないナルシストなんだよ」
「俺は他の奴等とは違うんだ。結愛を本気で救おうと思っているんだ。生半端な感情で、医者を目指せるはずがない。全てを投げ捨てて、勉強だけに全てを捧げるはずが」
「キミはさ、ただ自分が今まで彼女のために捧げたお金や時間を取り戻そうと躍起になっているだけなのさ。知ってるかい? サンクコスト効果という言葉を」
「サンクコスト?」
「あぁ、日本語では埋没費用というんだけどね。もう取り戻せない過去の支出にとらわれて、合理的な判断ができない心理状況を指すんだ。正に、キミの状態だよ」
俺は正常だ。常人である。まともな人間だ。
恋愛感情は合理的な判断で決めるべきではない。
計算高い恋愛を始めれば、相手の嫌な部分を見つけた時点で終わりなのだから。
好きという感情は論理関係で結びつくものではない。理屈じゃないのだ。
「キミはさ、結局、初恋に縛られているだけだよ。さっさと忘れたほうがいい」
「俺の気持ちは本物だ。本懐結愛を愛しているこの気持ちはウソじゃない!!」
「あぁ、キミの今の感情は本物だろうね。だが、感情は風化していくんだ」
「俺は変わらない!! 他の奴等は変わるかもしれない。でも、俺は、俺だけは」
「この人のことを好きだと思っても、二年後、三年後にはどうでもよくなるんだ」
「俺の愛は不滅だ。俺が死ぬまで一生続くんだ。今もこうして十年以上も続いてる」
「キミは分からず屋だな。大人の意見を無視するなんて反抗期かい?」
サユさんは、本気で誰かを愛したことがないのかもしれない。
いや、一度や二度は誰かを本気で愛したことがあるのかもしれない。
でも、彼女にとって、その愛は二年や三年で風化するほど幼稚なものだった。
ただそれだけの話で、俺にもそれが当てはまるとでも思っているようだ。
「誰もが初恋に終止符を打ち、新たな一歩を踏み出していく。だが、キミはその一歩を踏み出す勇気がなくて、ずっと立ち往生しているだけだ。そうだろ?」
「違う、俺の愛は本物だ。俺は本懐結愛を好きだから」
「その癖には覚悟が足りないと思うけどね。他の女を好きになり、他の女と肉体関係を築くまで発展してしまう時点でね。それがキミの思う本当の愛なのかな?」
オレノアイハホンモノナノ?
オレハホンキデホンカイユアヲアイシテルノ?
「アタシはキミの生き方を否定するつもりはない。だが、アタシの生き方を変えるつもりもない。だから、人様の人生を多角的な視点でバカにするのをやめない」
だが、これだけは最後に言わせてほしい。
そう呟き、サユさんは悪女のような笑みを浮かべて。
「あの子を選んだらキミは不幸になる。一生後悔するだろう」
だって、と忠告するかのように。
「あの子が与えてくれるのは絶望だよ。キミの生き方を一生縛るほどの」
絶望だけじゃない。
本懐結愛が与えてくれるのは希望もある。
「今のキミはまだ若いし、一種の洗脳状態に陥っているといってもいい。だが安心していい。誰かを失う悲しみも寂しさも、全ては時間が解決してくれる」
何が洗脳だ。何が安心してもいいだ。
全ては時間が解決してくれる?
そんなはずがあるか。
遠い先の俺は救われるかもしれない。でも、今の俺は救われない。
「死んだ人間が残すのは綺麗な思い出だけでそれ以外には何も残さない。だから、余計に厄介だ。キミの心を支配する最悪な呪縛を残して————」
ごちゃごちゃとうるさい。黙れ。
俺と結愛のことを何も知らないくせに、ごちゃごちゃと。
知ったような口ぶりで喋るんじゃない。このお節介焼きなうるさい女が。
「お前さ、いい加減黙れよ。うるせぇーんだよ。他人がごちゃごちゃ喋るな」
罵られる経験が少ないのか、目の前の女はキョトンとした様子だ。
「……………………………………」
だが、人の怒りを直に感じ取ったようだ。流石にこれほどの殺意を向けた眼差しを向ければ、気付くか。
「大人のやるような真似じゃなかったね、ごめん。言い過ぎたよ、口の悪さは評判で」
サユさんは自由奔放な人なのだろう。
自分勝手な言動や行動をしてしまうタイプなのだろう。
更には、他人を思い遣る気持ちなどなく、自分の思うがままに動くタイプ。
だからこそ、自分が「これだ!」と思ったことなら何でもできてしまうのだ。
「本当に送っていかなくていいのかい?」
「大丈夫です。自分の力で帰ります」
「遠慮しなくてもいいのに」
「もう少しだけゆっくりしたいんです。自分一人で考える時間がほしい」
「考えたところで答えはもう出ないと思うけどね」
「それでも、まだここに……嫌なことを忘れてしまいたいから」
「わかった。じゃあ、アタシはもう帰るよ」
サユさんは背を向け、車へと戻る。
ただ、途中で振り返り。
「あの子はかわいいだけの女の子じゃない。アレは一種の化け物だと思っていい。かわいい面をした、化け物だよ」
「何を言いたいんですか? まだ嫌味が止まりませんか?」
「キミが本当にあの子の支えになれるのかなと疑問に思ってね」