忘れちゃいなよ、初恋なんて   作:平日黒髪

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第74話『時縄勇太は最愛の彼女を救えない③』

 週末、俺は駅前に立ち、最愛の彼女が現れるのを待っている。本日はデートだ。

 以前一緒に夏祭りデートに行けなかった分を取り返すためらしい。手術を受ける前に少しでも結愛の気が紛れればいい。

 そう俺が思っていると——。

 

「ごめん〜。待たせちゃったかな?」

 

 結愛が現れた。

 俺は「待ってない」と答え、彼女の手を握る。包み込むような温もりがあった。

 

「勇太から握りしめてくれるなんて嬉しいかも」

「トイレに行って手を洗わないこの手を?」

「………………」

「ゴキブリを見るような目で人様を見るな」

「勇太が悪いんだよ。変な冗談を言うから」

 

 デート早々、余計な一言を言ってしまい、結愛の機嫌を損ねたようだ。と言っても、冗談混じりな会話をする俺たちには日常茶飯事だが。

 

「それにしても都市開発が進んでるね、駅前は」

 

 建物の老朽化と地域活性化。

 二つの問題を同時に解決すべく、俺たちが住む県は都市開発を始めた。

 最初は批判の声が上がっていたものの、新たなショッピング施設やスポーツ観戦できるスタジアムが開設されて以来、もうその声はなくなっている。

 

「あたしが知らない間にこの街も変わってる」

「不便なままよりかはマシだろ?」

「それはそうだけど……モヤモヤしちゃう」

「どうして?」

「あたしが知らない場所になっちゃう気がして」

「建物や風景は変わっても、人々の心は変わらない。だから、知らない場所にはならないよ」

 

 テレビのニュースで、地元に帰省中の人々がインタビューされているシーンがある。

 彼等は都市開発が進む地元を見て、「あの頃と変わりましたね」と笑いながら語る。

 ただその微笑みには「まだお前たちの住む地域は都市化が進んでないのか」という嘲笑さが含まれている気もする。

 多分、彼等は地元を捨てたのだろう。

 それでも家族や友人がそこにいるから、帰省するのだ。心に残る思い出に浸るために。

 

「建物も風景も、そして人も変わったら? そのとき、そこはあたしが知っている街と一緒なのかな?」

 隣を歩く最愛の彼女が放った疑問に対し、俺は返答できなかった。

 

◇◆◇◆◇◆

 

「久々に映画を観る。とっても楽しみ」

 

 本日は映画デートを決行予定だ。

 俺の手を掴んで、ぶらんぶらんと揺らしてくる。小さな子供のように無邪気である。少しは恥じらいを持ってほしいものだ。

 

「勇太は?」

「金曜ロードショーで観たジブリ作品かな?」

「映画館で観る作品という意味なんだけど」

「毎年恒例のドラえもん作品じゃない?」

 

 映画が好きかと言われたら間違いなく好きだ。だが、映画館で観るかと言われれば違う。

 俺は映画館で観るよりも、一人でじっくり観るほうが好きなんだ。自分の家でね。

 

「……小学生の頃は一緒に観に行ってたよね、懐かしい」

「でも結局、1年後ぐらいにテレビで放送されていたんだよな。ドラえもんって。だから、特別感が薄れて、徐々に映画館で観なくなったんだよな」

 

 現代のドラえもん事情がどうなっているのかは知らないけどさ。

 俺がまだクソガキだった頃は、ドラえもんの映画は一年後ぐらいに地上波で放送されていたんだよな。だから、映画館に観にいけない子供たちでも、一年遅れで映画を視聴できる特別待遇だった。(調べたら今でもやってるようだ)

 だからこそ、ドラえもんを観に行くよりもクレヨンしんちゃんを観に行ったほうがお得感があった。クレヨンしんちゃんはテレビのコンプライアンス問題などの兼ね合いもあって、地上波で放送できない部分があったと、俺は予想している。まぁ、ここまで全て俺の推測であり、本当の部分はわからないけど。

 そもそも論だが、ドラえもんとクレヨンしんちゃんの映画を同じ時期に放映すれば、世の子供たちは前者を選ぶのではないかと思う。いや、知らんけど。

 

「大きくなってからあたしたちって映画デートしてなかったんだ」

「恋愛系の作品が苦手だからね、俺は」

「恥ずかしがり屋だよね、勇太は。可愛い!」

 

 可愛い。それは間違いだ。俺は怖いんだと思う。

 世の中の恋愛向けは悲惨な結末があるから。

 恋愛感動向けの作品は、病弱なヒロインが死ぬみたいな終わり方がある。

 俺はそれが嫌なんだ。ヒロインと結愛を重ねてしまうから。

 最後にヒロインが死んで物語が終わるなんて、クソ喰らえだ。

 フィクションの世界ぐらいはご都合主義でいいから、幸せにしろと思う。

 

◇◆◇◆◇◆

 

 ショッピングモールへと辿り着き、エレベーターで一気に映画館へと向かう。扉を開くと、薄暗い雰囲気が漂っていた。と言えども、俺たちと同じように映画を観に来た人たちは大きな声を上げている。

 俺と結愛は映画のチケットを購入すべく、列に並ぶことにした。

 

「男女平等が囁かれるけど、レディースデイだけはあるのって不平等じゃないか?」

 

 料金表を確認すると、毎週水曜日は女性のみ1000円で観れるようだ。

 男性は1800円も請求されるのに。女性のみとは如何なものか。

 

「うーむ。考えたことすらなかったけど、言われてみれば……確かにな気がするね」

「レディースデイって、そもそも何だよ。どこでもかしこでもあるよな」

 

 今日はレディースデイです。女性の方のみ、特別なお値段で提供します。

 そんなポップが貼られた看板があるのを、街中で頻繁に見かける気がする。

 少し話は変わるが、婚活界隈では「男性は5000円、女性は0円」という露骨すぎる男女不平等が存在する。

 その点を指摘すれば、「お前みたいな甲斐性なしの男には用がない」と言わてしまうのが世の常だと思うけど。女性優遇社会で本当にいいのかと。

 

「映画館ってさ。平日の昼間は空席ができるんだよ。で、少しでも客入りを増やすために、レディースデイを設けたわけ」

「平日の昼間に映画を観に行ける人って限られてるからな。一般的な企業で働いている人は、平日はお仕事中だから観に行けないんだよな……」

「平日の昼間に観に行ける人がおかしいみたいな言い方だね」

「おかしいとは言ってないけど、限られた人々しかいないってことね」

「でも映画業界も考えたよね。レディースデイって。マーケティング戦略の勝利だと思うよ。客が入ろうが入るまいが、上映時間に放映するしかないし」

 

 客が入ろうが入るまいが、上映時間に放映するしかない。

 結愛の言う通りだ。だから、少しでも客が入ったほうがいい。

 座席がガラガラ状態で誰も入っていないよりかは、特別な値段で提供してお得感を装いつつも、客が少しでも入っていたほうがいいだろう。

 そう考えれば、映画館のチケットなんて一枚1800円とかの中途半端な値段にするよりも、一枚1000円に固定したほうがいいのではと思う。

 実際、イオン株を購入している人は、オーナーズカード提示で1000円で映画を視聴できるからね。

 

「そもそもサブスク全盛時代に、何故人々はわざわざ映画を観に行くのか?」

「この場に来たあたしたちが言う、それ?」

「ふとした疑問だよ、疑問。ネット回線と月数千円もあれば数万作品に出会えるんだぜ。それなのに、映画を観に行く理由とは何だと」

 

 前列の人々がチケットを購入し終え、俺たちの番になる。

 俺と結愛が観る映画は、最近流行中の現代恋愛作品。内容はさっぱりだ。

 ただ、テレビで紹介されているのを観て、結愛は絶対に観たいと思ったそうだ。彼女が選んだ作品ならば、それに付き合うのは彼氏の役目だろう。

 

「映画館でしか楽しめない景色があると思う!」

 

 チケットを二枚購入し終え、結愛は一枚のチケットをゆらゆらと揺らす。

 

「それに映画館でしか味わえない臨場感もある! スクリーン大きいし!!」

 

 結愛の意見は納得する点もある。

 映画館はスクリーンが大きい。更に、無駄に音響が大きいことも。

 スピーカー近くに座ると、大き過ぎて嫌になるんだよな。

 歳を重ねる度に耳が遠くなるから仕方ないかもしれないけど。

 若者にとっては、ただの雑音でしかないからやめてもらいたい。

 

「スクリーンが大きいと言っても、画面全体が大きすぎて、どこを観るか迷うんだよな」

「自分が着目したい部分を観ればいいんだよ!」

「同時に見たい場所があったらどうすればいいんだよ。右上と左下とか」

「右目は右上、左目は左下を見ればいいと思う」

「どんだけ俺は特異体質だよ!! そこまで視野が広くねぇーだろ。黒板とかでも、右端と左端を同時に見ることは不可能なのにさ」

「なら二回も三回も観ればいいんじゃない? 一回目は右上、二回目は左下を観るために」

「左下を観るためだけに二回目を観るって、あまりにもバカらしくないか?」

 

 俺の反論を聞き、結愛は難しそうな表情を浮かべて。

 

「勇太ってさ、面倒な性格だよね。映画評論家でも目指してるの?」

「いや、そういうわけではないけど……俺は純粋に映画を楽しみたいんだ!」

 

 何事も全力でいたい。たとえ、それがどんなことでも。

 

「どうせ観るなら最高の状態で観たいと思うのは当然だろ?」

「何その……謎の意識高い系は」

 

 でもさ、と呟いてから、結愛は言う。

 

「映画館ってさ、隣に座る人次第じゃない?」

「隣に座った人が声を上げる系は絶対無理! 集中できなくなるからな!」

「そーいう人は一人で映画を観た方がいいと思う」

 

 言われなくても分かっている。

 俺は映画館で観るよりも、家でゆっくり観たい派なのだ。

 適当なポテトチップスと甘いチョコレート。できれば、ピザポテト、またはわさビーフがいい。もしくは両方でもいい。

 チョコレートはしっとりチョコ。これだけは絶対に外せない。

 で、ステンレス製のコップに、アイスボックスを氷代わりに投入し、コカコーラを注ぎ入れる。これで下ごしらえの心配はご無用。

 あとは、イヤホンを装着し、その上から防音対応のイヤーマフを被る。

 これが俺の完璧な自宅映画視聴環境の完成である。

 

「映画館で観る人というのは、映画だけを観るってよりかは、他の人と一緒に映画を観るという楽しみを含んでいると思うんだよね」

 

 結愛は続ける。

 

「遊園地のお化け屋敷とかアトラクションが良い例だよ。他の客が発した叫び声とかもアトラクションの一部かなと思えるからね」

「それが楽しめるのはタートルトークだけだよ。気持ちはわかるけど」

 

 結愛の意見は面白い。

 映画館がアトラクション化している。その発想はなかった。

 でも最近では4DXなどが主流になりつつあるし、その意見は正しいのか。

 

「俺と結愛の間では、価値観の大きな違いがあるようだ」

「何その、長年連れ添ってきた夫婦が別れを切り出すようなセリフは!」

「別れを切り出すつもりはないから安心してくれ」

 

 俺はそう前置きしてから。

 

「俺は映画に【面白い】を求め、結愛は映画に【楽しい】を求めてる」

「格言みたいな感じで言われたけど、あたしの頭はまだピンと来てないよ」

「面白いと楽しいって、似てるようで全く違うものだと思うんだ」

「面白いと楽しい? う〜ん、また勇太が難しいことを言ってる」

「意識高い系とは言わせないぞ?」

 

 俺はツッコミを入れつつ。

 

「面白いは知性で、楽しいは感情で感じ取るものとでも言えばいいのかな?」

「面白いは知性で、楽しいは感情?」

「上手く言語化できないけど……楽しいって理屈じゃないと思うんだ。理由なんてものはなくても、心の底から湧き上がるって感じかな? で、面白いは理屈があって、理由がある。で、自分の外側から発生するイメージかな?」

「勇太さん、あの……これって現代文ですか? 勇太くんの心情を読み取りなさいっていう感じの?」

 

 勉強が苦手な本懐結愛はお手上げモードのようである。

 ただ、俺の心情を少しは理解してくれたようだ。

 俺が感じ取った面白いと楽しいの差異を。

 

「つまり、知性で感じ取る自分は頭が良い人間で、感情で読み取るあたしは頭が悪い人間だとも?」

「口が裂けても言わないよ。ネットで有名な論破王みたいなことなんて」

 

 世の中、知性で物事を考えられないバカが多いんですよね。

 感情でしか物事を感じ取れない、頭が悪い残念な人が多いんです。

 まぁ、僕はそんな人たちを見て、「あぁ、今日もあの人たちはバカだなぁ」としか思えないんですけどね。

 という嘲笑風コメントが、俺の脳内で巡り巡っているんだけど。

 

「さっきの話に戻るけどさ、レディースデイ戦略はいいと思うんだよね」

「あたしもそう思う! 経済を回すためには必要なことだよね」

「だから、もっと同じような戦略を増やしてみようかなと」

「なるほど。例えばどんな戦略?」

 

 結愛にそう振られ、俺は得意気に答える。

 

「乞食デイ」

「わかりやすいけど、SNSで大炎上間違いなしだよ!」

「なら乞食予備軍デイとか?」

「予備軍という言葉を加えても、結果は変わらないから! 逆に多くの人々を逆撫ですることになりそうだよ」

 

 意外と難しいな。

 

「なら、あつまれ乞食の映画館とか?」

「どうぶつの森要素を合わせなくていいから。あと、なぜか、引きこもりたちを啓発するキャッチコピー化してる気がする」

「ちなみに乞食デイは、映画一本100円で観れる予定」

「映画一本100円で観れるなら、乞食デイでも許す。みんなが許さなかったとしても、あたしが許す。全国の配給会社の皆さん、導入お願いします!」

 

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