「世の男女はどんなデートをするんだろうな」
「デート中の恋人同士が話す内容?」
「突然俺がパンケーキ食べたいとか言い出したら、それはそれで嫌だろ? 頭空っぽそうで」
「受験勉強のしすぎで疲れたのかなと思う」
「だろ?」
俺はそう同調を求めたのちに。
「子供の頃はさ、もっとデートは楽しいものだと思ってた」
「やっぱりあたしと一緒は楽しくないの?」
「楽しいよ。ただ、もっと楽しいと思ってた」
「それはそれで傷付くんだけど」
「配役は完璧。問題は脚本なんだよ」
そう切り出して、続きをいう。
「子供の頃に憧れたデートはもっとアグレッシブで、もっとスペクタクルで、もっとエレガントなものなんだよ」
「抽象的すぎて全然意味がわからないよ」
「それが狙いだからな」
「英語って便利だね。意味がわからなくても、何となくそれっぽく感じるんだからさ」
「言葉の響きがいいんだよな」
「だから、意識高い系は使いたがるのか」
俺は意識高い系ではない。
素の状態から意識が高いからな。
医者を目指すぐらいレベルだし。
「ぶらぶらして疲れるじゃん、デートって」
「なら次はおうちデートにしよっか?」
「全てデートに繋げるんだな。まぁ、いいけど」
次回のデートはおうちに決定したようだ。
「結愛は俺と一緒にいて、楽しいか?」
「デート開始20分段階で言うセリフじゃない。出会い系アプリで知り合ったけど、顔が好みじゃない人と別れるときにいうセリフだから!」
「顔が好みじゃなくて、顔が送られてきた写真と違うときのね。そこ誤解を招くから注意!」
最低男だなという目付きを向けられた。
実際に出会い系使ったことないから、実態は知らないけど。世の男なんてロクな奴がいないだろ。特に出会い系などに手を出す奴なんて。
モテる男は使わなくても出会えるからな。
「あたしは楽しいよ。知らないことを知れて」
「確かに一理あるよな。デートって早く切り上げるわけにもいかないから適当に時間潰しするし。ちょうどいい散策タイムになるんだよな」
「あたしとのデートは時間潰しだったんだ」
「人生なんて、ただの時間潰しだからな」
「それっぽくまとめられた!」
結愛は少し大きめな声を出した。
「買い物ってさ、楽しいじゃん。あれ欲しいとかこれ欲しいとか未知のものがいっぱいで」
「思うだけで購入はできないんだけどね」
「無駄遣いしないから、逆にいいんじゃない?」
「ポジティブすぎる逆転の発想!!」
◇◆◇◆◇◆
「今更だけど、どこに向かってるの?」
「ユートピアに向かっているのさ」
「頭の中はもうお花畑みたいだけどね」
「こんな可愛い彼女と一緒にデートできてるからね。浮かれちゃってるのかもしれない」
「さっきまで楽しくないとか疲れるとか言ってたのは、どこの口かな?」
痛いところを突かれてしまったな。
「歩く目的は決めてない」
「決めてないの?」
「適当に歩いて、適当に気になった店に入る。ただ、それをやりたいだけだからさ」
目的なんて要らない。
ただ、街をブラブラ歩くのが好き。
そんな人間って俺以外にも沢山いるだろ。
「勇太は欲しいものとかないの?」
「欲しいものか。これは難しい質問だな」
「難しい質問はしてないと思うんだけど」
「俺ってさ。欲しいものが殆どないんだよね」
「欲しいものは全部手に入れたからってこと?」
「お金で買えるものには興味ないってことだよ」
お金で買えるものって虚しいんだよな。
手に入れた瞬間がピークで、それ以降は不要品にしか思えなくなるのだ。
手に入れる前はどんな手段を使ってでも欲しいと願っていたはずなのに。
「なら、勇太が欲しいものって何?」
「知識とか教養とか経験とか、お金で手に入れようと思っても、手に入らないものだな」
「やっぱり意識高い系だよね、勇太って」
「知的好奇心が強い人間と言ってくれ」
意識高い系とバカにされるのは嫌だし。
「絵が上手い人とか楽器弾ける人とか歌が上手い人とか、俺はそんな人には憧れる。だけど、高い服を身に付けてたり、希少な宝石を持ち歩いてる人には一切憧れないんだよな」
「才能が欲しいってこと?」
「簡単にいえば、そうかもしれないな」
俺は才能が欲しいんだと思う。
才能がある人間になりたいんだ。
何もできない自分ではなく、全く新しい自分になりたいと。
それは別に何でもいい。
特別な存在になりたいんだ。
だけど、その何かが見つからないけど。
「美味い飯を食べたい。そう思ったら、俺たちはちょっと高そうなレストランに行く。そこで一流のシェフが作った料理を食べればいい」
だけど、と俺は呟いてから。
「俺はその料理よりも、その一流のシェフが今まで培った技術が欲しいと思うんだよな。長い何月を費やして手に入れたその力がさ」
才能は買えない。
自分が練習や訓練を積み重ねた結果、身に付いたものである。だからこそ、心底羨ましい。
並大抵な努力では決して手に入らないから。
「お金で買えるものってさ、お金さえあれば誰でも手に入れることができるだろ? でも、技術やスキルは簡単に手に入れることができない。だからこそ、俺は——憧れるんだよ」
他の人が簡単に手に入らないものがほしい。
別に独占したいわけじゃない。
ただ、特別な人間しか手に入れることができないものがほしいのだ。
この感覚が、選民思想とでもいうのか?
「憧れてばっかりだから手に入らないんだよ」
◇◆◇◆◇◆
ショッピングモールの散策は終わらない。
映画の上映時間まではまだ時間がある。
俺は結愛に付き合い、洋服屋をハシゴすることになった。
女性の買い物は長いと聞くが、これはマジだ。ショッピングモール全体の服屋へと入っては、アレやコレやと物色を行い、出て行くのだから。今のところ、購入に至ってはいない。
「勇太はさ、ファッションとかは興味ないの?」
若者の女性が集まる洋服屋。
そこに売られるファンシーな感じの可愛いワンピースを手に取りながら、結愛は言う。
「ユニクロかGUで満足できるタイプだな」
「勇太らしいね」
「ファッションに気を遣っても、中身は一緒だからな。どんなに外見を取り繕っても、人は変わらない」
「服を物色中にいうセリフじゃないよ」
「結愛は裸でも可愛いから安心してくれ!」
「そーいう問題じゃないと思うんだけど……」
でも、と言いながら、結愛は続けた。
「人は見た目が9割は合ってると思う」
「見た目が9割と思わせておけばいい。お前の知能ではその程度なのかとね」
「ごめん、その程度の知能で」
見た目が9割なら、1割以外の人間は全員整形しなければならないだろう。
でも、それは間違いだ。
「見た目がダメな奴は、それを長所に変える勇気が足りないだけだと思うよ。一重が嫌とか鼻が大きいとか頭が大きいとか、見た目の悩みは付き物だと思うけどさ。それを全部改善するよりも、自分自身で受け止める勇気が足りないだけかなって。今でも俺は十分幸せだからな」
若者が整形費用に1000万や2000万を費やすニュースを見たことがある。人がどんなものにお金を使うか、それは自由だ。
でも、それだけのお金を稼いでしまったなら、株式投資などに回したほうが遥かに有意義な人生を送れるはずだと思う。
今後の将来が安泰だからね。
「ブランド品を身に付ける人ってさ、本当にその商品を欲しいのかと疑問に思うんだよな」
「どういうこと?」
「あのゲームソフトがやりたいから、ゲーム機本体とソフトを購入する。あのケーキが食べたいから、あのスイーツ屋に行く。そこまでは理解してもらえると思うんだけどさ」
話はここからだ。まだ終わらない。
「ブランド品を身に付ける理由って何だと。そもそも論、ブランド品の洋服やアクセサリーは贅沢品であり、替えがきくと思うんだよな」
「替えがきくってどういうこと?」
「洋服なら、夏は涼しくて、冬は寒さを凌げるものがいい。それなら何でもいいだろ?」
「女の子の場合なら、可愛いも入るよ」
「あと、センスがよくてカッコイイもな」
だから、と呟き、俺は続けた。
「ブランド品にする必要がないだろ?」
「勇太の言い分はわかったよ。つまり、勇太にとって、洋服は環境に適したもので、オシャレであればなおよしみたいな感じでしょ?」
「そんな感じだな。だからユニクロが最強だ」
シンプルイズザベスト!
中学生時代、俺もファッションに気を遣っていた時期があった。だが、途中で気付いた。
ファッションとは、美男美女などの容姿が優れた者が楽しむための文化なのだと。
だから、俺には関係ない俗物だなと。
「でも、あたしもブランド品憧れるんだよね。ルイヴィトンの財布とか欲しいと思っちゃう」
「確かにオシャレだよな。あと、ルイヴィトンだと一目でわかるのが大きい」
「女性の間では、結構マウント合戦になるんだよ。ブランド品を持ってる持ってないでさ」
「マジかよ。ブランド品の有無で言い合えるって、逆に凄いな。てか、どこで仕入れたんだよ。その情報は!」
「病院の看護師さんたちが話してるよ」
病院って、女性職場だからな。
ナース姿が可愛い女性ばかりだと思ってたけど、裏ではマウント合戦が繰り広げられてるのか。今後、恐すぎて近寄れないよ。
こっちにも、火種が飛んできそうでさ。
「でも、女性のブランド品ってさ、男性の車や時計と同じだと思うけどね。ちょっと歳を重ねた男性って、車やバイクなどにこだわる人っているじゃん。旧車とか外車とかさ」
あるよな、そのパターンは。
本人にとっては重要なんだけど。
興味ない人から見たら一緒みたいな。
「真面目な話。ブランド品の洋服とか購入しても、俺は洗濯とかできない系だと思うんだ。シワとかが寄っちゃう可能性もあるし、デザインとかが剥げちゃう可能性もあるからね」
「それはただ社会生活ができないだけじゃ?」
一般的な生活能力が俺は皆無かもしれない。
一人暮らしをしたことがないからわからないけど。生まれてからずっと実家暮らしを続けてきた身からすれば、普通の生活を送るだけでも大変だと思ってしまう。
「俺の予想に過ぎないけど、ブランド品を購入してる人ってさ。ブランド品を購入できる自分スゴいだろと酔いしれて購入してるだけだと思うんだよね」
「見栄を張るためにブランド品を購入するか」
「ブランド品を身に纏う自分という存在をアピールしたいだけじゃないかなと」
「でも、それがファッションなんじゃない?」
◇◆◇◆◇◆
「昼飯どうする? 上映前に軽く食べるだろ?」
腹が減ったら戦はできぬ。
別に映画を観に行くのに、そこまで意気込む必要はない。
だが、俺は人間だ。腹は満たしたい。映画のクライマックスや泣けるシーンで、俺の腹が鳴ったらどうする? 雰囲気ぶち壊しだぜ。
「うん。時間も時間だし、何か食べたいかも」
「結愛はミスドがいいんだっけ?」
「アイラブミスド。アイラブドーナツ!」
というわけで俺たちは1階のフードコートへと移動した。
週末ということもあり、ファミリー層が徐々に集まる少し早めのお昼時間。
俺たちは無事座席を確保し、優雅なランチタイムを謳歌することになった。
ミスタードーナツで済ませるお昼ご飯。
物価高の影響で値上がりがあるけど、二人で2000円以下というのはコスパがいいと思う。
だってさ、愛する彼女の笑顔が見れるから。たった二千円以下の食事でも。
男をATM同然としか思わない悪女も存在するらしいが、そんな輩とは大違いだ。俺は女性という生き物が怖いぜ、一度に数百万円も払わないと笑顔の一つも見せてくれない奴等がいるってのがさ。
与えられるのが当然と思った時点で、奴等は破滅の道を歩むだろう。
いや、歩んでほしい。まぁ、俺の願望に過ぎないけど。
「ごめんね。勇太に払わせちゃって」
目の前に座る結愛のトレイには甘そうなチョコレートでコーティングされたものと内側にクリームがたっぷり入ったものがある。
その二つをパクパクと小動物みたいに食べているのだが、愛らしくて仕方がない。
「別にいいよ。前回結愛が払ってくれたろ?」
そのお返しだ。
彼女に払わせるのは申し訳ないからな。
これぞ、正にウィンウィンの関係だ。
「勇太は金欠気味なんじゃないの?」
「別にいいんだよ、俺は。食費と参考書以外はお金かからないからな。参考書を解くことが趣味みたいなものだし……ははは」
受験生の鏡とでも言ってくれ。
というか、是非ともプロフェッショナルか情熱大陸の出演依頼来ないかな?
テーマはこれだな。浪人のプロ――時縄勇太に密着取材ってのはどうだ?
大好きな彼女の病気を治すために医学部進学を目指す浪人生。
お涙頂戴が大好きなテレビ業界では最高の人材だと思うんだけど?
って、待て待て。何が、浪人のプロだ。俺は来年には医学生になる予定だ。
「勇太どうしたの? 顔色が悪いようだけど」
「お先真っ暗な未来に涙が出てきそうでな」
「大丈夫だよ、勇太には輝かしい未来が待ってるはずだよ」
「ならいいんだけどな」
夢や野望を持つ人間は多い。
プロ野球選手やアイドルを目指す女の子ってのはさ。
子供の頃から「プロになる」とか「アイドルになる」とか目標を立てるそうだ。俺自身も、そんな無謀な目標を立てた身だ。
子供といっても、中学生の頃なんだけどな。結愛が病に伏した日から。
でも、夢は呪いだ。叶えられなければ、それは一生を縛る枷になる。
トラウマになる。一生拭えない傷跡になる。
後悔だけが残る今日を生き、また夢を叶えられない明日が来る。
「大人になんてならなかったらいいのにな」
「……どうしたの?」
「子供のままがよかったと思ってさ。俺の元にもピーターパンが来てくれたらいいのにな。そうしたら嫌な現実に目を向けずに済むのに」
子供は無限大の可能性がある。
若いというのはそれだけで無数の選択肢を得られる。
どんな人間にもなることができる。ただ若いというだけで。
実際子供の頃の夢が「宇宙飛行士」や「弁護士」みたいに思ったことがある奴等は多いんじゃないか。でも薄々、成長するにつれてわかっていくんだよな。自分に向いている、向いていないとか。自分なんかどうせ無理だって。
ただ、その無理というのをひっくり返すことができる。それが子供なんだ。
才能というのは生まれつきかもしれない。だが、能力開発はできる。
といえども、能力開発には膨大な時間と常人には真似できないほどの意志が必要となる。たった1日だけなら10時間訓練することは可能だろう。
だが、それを毎日、365日繰り返すことができるとしたら――。
それも一年間ではなく、二年、三年――それ以上、例えば十年――。
そうしたら、人は変われるんじゃないかと。
俺はそう本気で思っていた。思っていたはずなのに、結局俺は――。
――医学部に入る学力も身に付けていないゴミクズ野郎だ。
「勇太もさ、ネバーランドに行ってみたいと思う?」
「何者にも縛られない世界というのは幸せだと思うよ」
子供はいつの日か大人になる。
常識という名の足枷を括り付けられた奴隷へと。
周りの人間が進学や就職をする中、自分一人だけ一歩も進んでいない。
その事実が容赦無く大人の心を蝕むのだ。
お前は異端だ。お前は非常識だ。お前は異常だと。
「それならあたしが連れて行ってあげるよ、勇太をこの世で幸せな場所に」
「この世で幸せな場所……?」
戸惑う俺に対して、本懐結愛は茶色の瞳を煌々と輝かせる。
「うん。この世で幸せな場所。ただ、もう二度と戻って来れないの」
「片道切符しかないのは困るな」
「違うよ。そこがきっと幸せで毎日が楽しくて戻りたくないからだよ」
「それで――その幸せな場所というのはどこなんだ?」
本懐結愛が放つ言葉を、俺は既に知っていた。
もしかしたら薄々気付いていたのかもしれない。
彼女の心の奥底にあるドス黒い感情の正体に。
「それはね、死だよ。死はこの世で幸せな場所なんだよ」
「お生憎様だが、俺にはまだ早すぎる」
「そうだね。まだ勇太にはちょっぴり早いかもね」
そう微笑みながらもこの世で一番愛する人はドーナツを一口食べて。
「死は救済なんだよ、勇太。もう苦しむことも辛いと思うこともないの」
恋に恋する乙女が存在するように。
本懐結愛という少女は、死に恋い焦がれている。
死という概念に対して、異常な執着心があるようだ。
「それってさ、幸せなことじゃないのかな?」
死への恐怖に逃れるための強がりなのか。
それとも本気で彼女はそう思っているのか。
「生きていても楽しいことよりも苦しいことのほうが多いでしょ? 毎日が幸せなわけじゃない。不幸9割、幸福1割程度でしょ?」
呆然とする俺の瞳をジッと見据えながら、栗色髪の少女は訴えてきた。
「なら――もう全て諦めてもいいじゃない。この世界は地獄だから」
――ねぇ、勇太。一緒にこの世から消えてしまおうよ。一緒に幸せになろう。
本懐結愛は俺の両手を取り、必死に「死」を強要してくる。
その姿は結婚適齢期を過ぎた女性が結婚を迫るように。
ただ、俺の意志は揺らがない。
「悪いが、俺にはまだ早すぎるよ」
「そっか。でも死にたくなったらすぐに言ってね」
この世で一番愛する彼女は満面の笑みを浮かべて。
「一緒に死んであげるから」
甘いドーナツの匂いを残した指でそっと俺の小指を絡める。ぬくもりが静かに沈み込み、鼓動だけが胸の奥でやけに大きく響く。
「指切りげんまん~♪」
子供の頃には誰もが一度は行ったことがあるはずの誓い。
まるで魔法の呪文を唱えるように可愛らしい声で言うのだが、俺にはそれが『呪い』にしか思えなかった。俺の首へと鉄鎖を括り付けられたかのように。