遊戯王 Another GX   作:RABOS

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色々と修正しました。
矛盾点多過ぎて笑えない……。もっと覚え直さないと。


第九話、後半:ドライビングデュエル! ビック・バイパー襲来!

 夕景の明るみに染まる高速道路。都心から童実野町へと延びる幹線に、闘争の火ぶたが切って落とされようとしていた。

 ジャガーの中には遊座が、そのすぐ後ろにはSUVに乗った田治がつかず離れずの距離を取り、それぞれに己のデッキを構えている。突然に吹っ掛けられたデュエルに、田治は焦る気持ちを抑えんとしていた。

 

(お、落ち着け。アポも取らないで突撃取材ってのは何度もあった! 今回はたまたま向こうに気があっただけだ!

 それによく考えりゃぁ、こいつはまたとないチャンスだ。超絶レアカード使いの更なるレアカード! 鴨が小判ちらつかせるようなもんだ! 逃す訳にはいかないねぇ!)

 

 本分である記者としてのプライドと、飽くなき欲望が彼の背中をそっと押す。デュエルという名の餌をちらつかせる漁師のごとく、田治はヤケクソ気味に叫んだ。

 

 

 ――デュエル!!

 

 

 先攻の表示……『Your Turn』が点ったのは、遊座のディスクだ。

 

「僕のターン、ドロー!」

 

 ―――――――

 

 手札:レベルアップ! ダメージ・コンテンザー 戦士ダイ・グレファー 闇魔界の戦士ダークソード 移り気な仕立屋

 ドロー:異次元の女戦士

 

 ―――――――

 

 

 時間があれば、今日買った新しいカードパックから何枚か使えるカードをデッキに組み込んでいた。だがこの状況ではそうもいってられなかった。

 メインデッキは昨夜、寝る間際に少し弄った程度だ。戦士族を中心とした効率重視でありながらも、自分のフェイバリット・カードを抜かないファンデッキ。だが、どんな相手であろうと全力を出し、必ず勝利する。そのためのデッキだ。

 

「『異次元の女戦士』を攻撃表示で召喚! カードを伏せて、ターンエンド!!(手札6→4)」

「ちっ、やるっきゃないのね! 俺のターン! 俺は、『メカ・ハンター』を攻撃表示で召喚! さらに手札から、『二重召喚』を発動! その効果で、『超時空戦闘機ビック・バイパー』を召喚する!」

 

 六つの手足に物騒なそれぞれ物を持たせた機械仕掛けのコウモリ、そしてレーザーの弾幕を掻い潜りそうな先端が左右に分かれた戦闘機が現れる。

 

「バトルフェイズだ! 『メカ・ハンター』で『異次元の女戦士』を攻撃! その後、『ビック・バイパー』でダイレクトアタックだ!」

 

 初めに動いたのはコウモリだった。ラジコンのように浮遊しながら女戦士に吶喊して斬撃を与えつつも、黒々とした次元の隙間に道連れにされていく。

 直後、隙間が消えたのを見計らって戦闘機が照準をジャガーに合わせて、銃口から青白いレーザー弾を数発放つ。それは道路に着弾すると爆炎を生じさせ、車のカーボンフレームをぎしぎしと軋ませる。

 遊座はLPが2450まで減ったのを確認し、ドライバーの抗議を背中で受けた。

 

「タイヤが取られかけた! なるべくダメージは抑えて下さい!」

「分かりました!

 ダメージを受けた瞬間、『ダメージ・コンテンザー』を発動! 『ビック・バイパー』の攻撃力以下のモンスターをデッキから特殊召喚する! 僕が呼ぶのは、『サイレント・ソードマン LV3』!」

 

 大剣を担いだ金髪の少年がジャガーの天井に伏せるように張り付く。

 車から飛ばされぬように目を可憐にぎゅっとしているのに、田治は嫌なものを思い出したように舌打ちする。

 

「高給取りのクソガキめ! お前等のせいでいつまでたってもオリコンはっ! カードを伏せて、ターンエンドだ(手札6→2)」

《Your Turn》

「僕のターン、ドロー!(手札4→5:カード・トレーダー)

 『闇魔界の戦士ダークソード』を召喚! 更に手札から『レベルアップ!』を発動! フィールドの『サイレント・ソードマン LV3』を墓地に送り、デッキから『サイレント・ソードマン LV5』を特殊召喚する!」

 

 ジャガーの天井にまたしても戦士――二刀使いの刺々しい鎧を着た漆黒の剣士――が現れ、金髪の少年は光に包まれると、現代風な凛々しい青年へと成長した。

 

「バトルだ。『ダークソード』で『ビック・バイパー』を攻撃! そして『サイレント・ソードマン』でダイレクトアタック! 剣士達の剣を受けろ!!」

「相手に聞こえる訳ないのに」「で、デュエリストの性に突っ込まないで下さい!!」

「はっ! 記者が取材相手から殴られてたまるか! 罠発動、『ホーリーライフバリアー』! 手札を1枚捨てる事で、このターン、俺は無敵の存在となる!」

 

 漆黒の剣士が双剣を重ねてX字の剣波を打ち出して、戦闘機を撃墜する。爆発の余波ともう一人の剣士の跳躍を、青色のバリアーが防ぐ。

 田治の無線に、後輩からの甲高い声が届く。

 

《先輩、カッコイイっす! 聞くに堪えない恥ずかしい台詞なのにカッコイイっす!》

「貶めてんのか、てめぇっ!」

「直接攻撃が通れば『サイレント・ソードマン』は『LV7』になれたけど、通じなかったか……僕は永続魔法『カード・トレーダー』を発動して、更にカードを伏せる。これでターンエンドだ(手札5→1)」

 

 

 ―――――――

 

 遊座:【LP】2450

    【手札】戦士ダイ・グレファー

    【場】 カード・トレーダー (仕立屋)

        闇魔界の戦士 沈黙戦士LV5 

 

    【TURN 4 : フィールド→高速道路】

 

 田治:【場】 なし     

    【手札】1枚

    【LP】4000

 

 ―――――――

 

 

「俺のターン、ドロー!(手札1→2)。

 手札から『一時休戦』を発動! 互いに1枚ドローし、次のお前のターンが終わるまで、互いに無敵の存在となる!」

《先輩、記者が無敵の存在とか妄想激しすぎっす!》

「馬鹿にしてんのか、この尼っ!」

 

 遊座はカードを引く。『スフィアボム』だ。

 

「くそっ、あいつに眼に物を見せてやる! 俺は今引いた『シャインエンジェル』を召喚し、『ダークソード』に攻撃させる! おらッ、仕事しろ!」

 

 袈裟懸けに白布を着た天使はその命に従い、殉教者のように遊座の戦士へと飛びかかる。そして当然のごとく、体をX字に切裂かれて消滅した。

 

「反撃により俺のモンスターは破壊されたが、『一時休戦』の効果でダメージは発生しないぜ!

 そして『シャインエンジェル』がバトルで破壊されたことで効果発動! デッキから攻撃力1500以下の光属性モンスターを特殊召喚する! いざ黄金色の空に飛躍せよ! フライト=オン、『ビクトリー・バイパー XX03』!」

 

 フィールドに、モンスターを召喚する際に生まれる独特の光の粒子が生まれた。そこから現れたのは、先に撃墜された戦闘機と外観がほとんど同じ機体。合金製の純白のカラーに、澄んだ青の外縁。遊座の眼には2機の違いはまったく分からなかったが、田治には旧世代と次世代機との差、火器管制システムの細部のディテールが違う事が何より誇らしかった。

 某世界的シューティングゲームとのコラボによりペガサス氏が書下ろしたあの機体は、4つ星モンスターなのに攻撃力1200と、火力不足な面がある。だがペガサスのゲームへのリスペクトからか、あれには戦況を一変させる多彩な効果が隠されていた。

 

「『ビクトリー・バイパー』……あれの効果で恐ろしいのは、自分と同じ攻撃力を持つトークンを呼ぶ事。しかも、本体の力が上下すれば、その分トークンも力を変化させる」

「そして数に物を言わせて攻撃ですか」

「ええ。強力な戦闘機ですよ……けど、僕のカードなら勝てる!」

「嗚呼……夕陽に照り輝く『ビクトリー・バイパー』は美しい。俺はカードを伏せて、ターンエンドだ(手札2→0)」

「僕のターン(手札2→3:ガード・ブロック)。

 『カード・トレーダー』の効果で、手札のカードを1枚デッキに戻し、もう1度ドローする(スフィアボムー→帝王の烈旋)。

 ダメージは通らなくても、モンスターは破壊させてもらう。『サイレント・ソードマン』で、『ビクトリー・バイパー』に攻撃! 沈黙の剣LV5!」

 

 金髪の剣士が再度跳躍する。遮音壁よりも更に遥か高みにある機体に向けて剣を振り上げるが――

 

「伏せカードを恐れずに来るたぁ、いい度胸だ! だがルポライターに死角はねぇ! 罠カード、『光子化』を発動! 相手モンスターの攻撃を無効にし、その攻撃力分、俺のフィールドにいる光属性のモンスターの火力を上昇させる! 『ビクトリー・バイパー』、サーチ&ラーニング!!」

 

 ――神々しい光のベールに目を覆ってしまい、剣を振れなかった。戦闘機は可視化した照準を剣士に合わせると、パイルバンカーのようにフックを打ち出して戦士を拘束し、その力を奪い取っていく。

 戦士を解放した戦闘機は、レーザーの発射口に剣呑な光を溜めていた。次の一撃が凄まじい事を、否応なしに予感させる。

 

「くっ……みすみす相手の力を上げるなんて! 僕は『ダークソード』を守備表示に変更。更にモンスターとカードを伏せてターンエンドだ(手札3→1)」

「俺のターン、ドロー!(手札0→1)。へへっ、いつの日か、不良債権抱えた不動産の社長からパクった甲斐があったぜ。『天よりの宝札』を発動! 互いに手札を6枚になるようにドローするぜ!」

《先輩、そろそろ警察動いてきますよ? 次のICで降りましょう!》

「ちっ、こういう時は仕事すんだよな。なら、やる事だけやって、相手のレアカードを拝むとするか!

 『ビクトリー・バイパー』には3つの効果がある。そいつは相手モンスターを破壊しねぇと発動できねぇんだが、この『パワーカプセル』はそんなの物ともしねぇ! こいつを使用する事で、『ビクトリー・バイパー』の効果をこの瞬間に発動できる!

 俺は第3の効果を選択して発動! 『ビクトリー・バイパー』と同じ火力を持つトークンを、フィールドに出撃させる! もう一丁! 2枚目の『パワーカプセル』を発動! 『ビクトリー・バイパー』は、更にもう1体のトークンを出撃させるぜ!」

 

 純白の戦闘機の周りに夕暮れに負けぬほど濃いオレンジの球体が次々と現れ、機体を中心として回り始めた。

 肥やした手札で、田治は一気に攻勢を仕掛けていく。

 

「手札から『団結の力』を『ビクトリー・バイパー』に装備! 自分フィールド上のモンスターの数に800をかけた数値、つまり2400ポイント火力を上乗せするぜ」

「『光子化』で既に火力は2300も上げている。これであの機体の火力は、5900か!」

「まだまだ! 手札から『フォース』を発動! 『サイレント・ソードマン』の力の半分を奪い、『ビクトリー・バイパー』の火力に上乗せだァッ!」

「その効果で、トークンもまた力を変化させる。敵ながら見事です」

《先輩、最高っす!!》

 

 ぐんぐんと火力を上げて達した『ビクトリー・バイパー』の攻撃力は、7050。シューティングゲームのゲーム終盤では主人公機は強化に強化を重ねて、雑魚相手には鎧袖一触の勢いとなれる。例えボスが出てこようともオプションとの連携で1分も満たずに打ち負かす事ができる。

 まさに田治はその要領で、自機の火力を一気に高めていったのだ。純粋な火力と火力のぶつかり合いをデュエルモンスターズで、燃え盛る陽射しが当たる高速道路で再現しようとしている。 

 

「へへっ、最強のモンスター、『究極竜騎士』も上回る力。これを誰でも出せるのがデュエルモンスターズの良い所よ! そんでもってあの高給取りの餓鬼をぶっ潰せば、胸がすく思いってモンだ!!」

「下柳様、みすみす食らう気じゃないでしょうね!?」

「そんな訳ありませんよ!?」

「『ビクトリー・バイパー』、エンカウント! レーザー照準、『サイレント・ソードマン』に合わせ! 撃てェッっ!!」

 

 戦闘機が一気に頭上へ舞い上がり、KC本社ビルの鉄の山麓のごとき姿を視界に捉えたと思うと、ジャガーに向けて急速落下する。操縦士がブラックアウトを引き起こしそうな軌道で、夕景を二つに裂く極太のレーザーを放った。

 

「罠発動、『ガード・ブロック』! 相手の攻撃によるダメージを0にして、1枚ドローする!」

 

 沈黙の剣士が跳躍してレーザーを受け止め、爆散する。その余波からジャガー全体を守るようにバリアーが張られ、レーザーは遮音壁に達する前に弾かれた。

 

「ちっ。ならトークンどもっ! 残った戦士共を爆撃しろォッ!」

「速攻魔法、『移り気な仕立屋』を発動! モンスターに装備された装備魔法を、別の対象に移し替える! 『ビクトリー・バイパー』に装備された『団結の力』を奪取し、『ダークソード』に装備させる!」

「なにッ!」

 

 オプションから放たれたレーザーを、二人の剣士は身を呈して受け止めて爆発四散する。余波を受けてジャガーのタイヤが空転しあわや車線から外れかかったが、護衛の巧みなタイヤ捌きで何とか体勢を立て直す。

 攻撃を受けた事で、LPは大幅に削れ、たったの200まで減じた。場も一掃された。だがそれでも相手の攻撃を防ぐことができ、次に繋げる機会を得た。ターンを凌いだ事で『光子化』と『フォース』の効果は終了し、更に『団結の力』を奪った事で攻撃力減少に拍車がかかる。戦闘機の火力は元の値である、1200まで戻っていた。

 市の境を越え、車は童実野町へと入る。田治がカードを1枚伏せてターン終了を宣言した後、遊座はデュエルの趨勢を決めるべくデッキに手をかけた。

 

「マスコミ相手だからって油断してたな……僕はまだまだ未熟だ。だからここからは、デュエリストの領域を見せてやる! 僕のターン、ドロー!」

 

 

 ―――――――

 

 遊座:【LP】200

    【手札】帝王の烈旋

    【宝札】最強の盾 マンジュ・ゴッド 光霊術-「聖」 アサルト・アーマー 死者蘇生

    【ドロー】???

    【場】 カード・トレーダー          

 

    【TURN 7 : フィールド→高速道路 童実野IC手前】

 

 田治:【場】 オプション ビクトリー・バイパー オプション  

        (伏)  

    【手札】1枚

    【LP】4000

 

 ―――――――

 

 

「手札から、『死者蘇生』を発動! 墓地の『闇魔界の戦士ダークソード』を復活させる!」

「っ! 何をするか分からねぇが罠発動だ、『安全地帯』! 効果対象は、『ビクトリー・バイパー』!」

 

 田治が発動したカードもまた、ペガサスが書下ろした新規カードだ。その語源は、シューティングゲームでいう敵機の弾が飛んで来ず自機が被弾しない安全な場所から取られている。

 

《選択されたモンスターはカード効果の対象にもできず、しかも戦闘でも効果でも破壊されなくされる。さっすが先輩、肝っ玉小さいっすね!》

「成程。どうにかして次に繋げようって事か。だがその勝機、貰い受ける! 手札から速攻魔法、『帝王の烈旋』を発動!」

「『帝王の烈旋』だと?」

「このカードを使うことで、このターン生け贄召喚をする場合、自分のモンスターの代わりに相手のモンスターを1体生け贄にする事が出来る! そして僕が選ぶのは、『ビクトリー・バイパー』が生み出したオプショントークン!!」

「え? ですが下柳様、トークンは生け贄素材には……」

「いいえ。トークンが生け贄素材にできないのは、素材にできないとカードテキストに明記されている場合のみ! しかし『ビクトリー・バイパー』のトークンは違う。あのトークンは、モンスターと同じです! 生け贄にできる!

 僕は『ダークソード』と、『オプショントークン』を生贄に捧げて……」

 

 二台の車からそれぞれ光が空に伸びて、赤い夕陽を引き裂き、払暁の光をもたらす。

 

「『ギルフォード・ザ・レジェンド』、召喚!」

 

 紅の空から一筋の流星が高速道路に舞い降り、ジャガーの天井に着弾し、稲光を吐きだした。衝撃のあまり護衛は顔を歪めて必死にタイヤを制御し、遊座も吐き気と命の危険を感じつつも必死にカードを握りしめた。

 ジャガーの天井に、灰色のロープを背負った大男が立って武骨な両刃大剣を構える。その背にも2対の剣が背負われており、男の戦いにかける想いの強さを示しているかのようだ。遊座の新しい仲間は、装備魔法により力を発揮する遊座のデッキに相応しき力を秘めている。今はそれを発揮する状況こそ整っていないが、いつかはそれを示す時が来るだろう。

 戦闘機を圧倒する攻撃力を更にあげてやろうと、遊座は鬼に金棒とばかりに装備魔法を示そうとして……。

 

「手札から装備魔法、『最強の盾』を発動! 攻撃表示の戦士族モンスターに装備する事で、そのモンスターの……」

「きたァァァッ!! レアカードきたぁっ!! ああっ、いいよぉっ! いい顔してるよぉっ!!」

 

 シャッターの嵐を光らせる相手の動向に顔を引き攣らせる。ハイスピードで駆っている車から体を突きだしているのに、写真を撮る姿勢はまったくブレていない。体幹が見事なまでにしっかりしている。

 田治は自然な動作で写真を撮り続ける。ルポライターとしてのプライドが歓喜の声を上げている。『究極竜騎士』ほどではないものの、伝説の戦士族モンスターと似た上級モンスターの召喚を目にする事ができた。週刊誌に持ち込めばどのくらい売れようか。30? 50? 手に入れた遊座の個人情報をセットにすれば、500万もいくやもしれない。そうなればそれを元手に更なる立身出世の道が……。

 精神だけは一丁前のルポライターは全力で写真を撮り続ける。そのあまりの徹底ぶりに遊座は閉口し、まるで秋を迎える木々のように戦意が萎えていくのを感じた。

 

「……そうだった。マスコミは戦うのが仕事じゃない。絵を撮って放映するのが仕事だった」

「うっしっ、良い具合に撮れた! サンキュー、俺の金づる! おい、撤退するぜ!」

《あいさー!》

 

 田治は車内に体を引っ込めて運転席に戻り、自動運転システムからマニュアル操作へと切り替えた。

 ICまで残り500メートルといった所で、ジャガーを挟む2台の車が走行車線へと移って疾走していき、その頭上を『ビクトリー・バイパー』とオプションが随行していく。SUVとワゴンは振り返る事もなく――というかできず――、ICの出口を降りていく。新たなカーブに差し掛かり、遊座は横目で彼等が遮音壁の向こう側に消えていくのを見守るしかなかった。

 デュエルディスクの反応距離外まで距離が開くと、立体映像(ソリッドビジョン)が音もなく消失し、ディスクがエラーの言葉を吐きだす。《反応距離外です。反応距離内で再度ディスクを展開して下さい。反応距離外です……》。

 後部座席が震えて座席が回転し、元の姿へと戻った。カードが肘置きの部分に自動排出されたのを見ると、遊座はカードをバッグに戻し、一息吐く。

 

「やられるだけやられた。勝ち逃げ……引き分け? ……いや、負けか」

「デュエルはあなたが制していました」

「いいえ。向こうはいい写真が撮れて、目的を果たせた。こっちも何とか直接的な接触を避けたけど、すぐにあいつらが世間を騒がしてしまいます。僕がKC社に匿われてる事を……嗚呼、社長に叱られる」

「叱られるかどうかは、直接お聞きになられたら宜しいかと」

「それってどういう事です。というか、ホテルってさっきのICを降りなきゃ行けないんじゃ」

「デュエル中に社長から通信が入りました。あなたを本社へお連れしろとの事です。言いたい事は、直接仰られた方がいいかと」

「うへぇあ……」「飛ばします」

 

 護衛はアクセルを一気に踏み込み、走行車線へと移って童実野町の中心地へと向かう。

 海馬社長は一つの失敗に拘泥する人間ではない……ないが、失敗については厳しく問う人間だろう。どんな形であれマスコミと接触してしまったからには、御小言の一つは貰うかもしれない。その上、今のデュエルについてもまた何か言われそうだ。

 加えて遊座の頭に、昼過ぎに掛かり付けの先生から言われた事がさざ波のように巡っている。義父との対話という難儀な課題。どうせ外国に行ったついでにまたビジネスでもやるんだろう……そして、自分を話をする時間を削っていく。その事を考えると、遊座は無性に溜息を吐きたくなる。

 車中、遊座はどことなく気の重さを感じてレザーシートに寝転び、高級車独特の重厚なエンジン音を体全体で受け止めていた。

 

 

 

 ―――――その頃、アメリカ、ジョン・F・ケネディ国際空港にて――――― 

 

 

 日本時間の午後5時半頃……その時間、ニューヨークの摩天楼はまだ静かな夜の冠を被っており猥雑な看板広告に光を焚いていた。

 アメリカの政治・経済・流行、すべての中心地であるこの都市は夜中であっても陽気さを忘れない。酒を飲むように踊りを嗜み、肉を食べるように麻薬を吸いこむ。J・F・ケネディ空港の第4滑走路のから見えるのは、そんなニューヨークの快活で、どこか陰湿さを秘めた横顔だった。

 ガタイの良いアジア系の男が滑走路の端っこを歩きながら電話を取っている。シャープなサングラスをかけ、リーゼント風な尖った髪型をしている。

 彼の魂ともいえる蒼い稲妻が走った大型バイクがプライベートジェットの貨物庫に仕舞われていくのを見ながら、男は――。

 

「ああ。ちょっと早めに来過ぎてな、まだ夜明け前だよ。……いやいやアメリカのダチにな、気を利かせてくれる奴がいてプライベートジェットに乗っけてもらえるんだ。昔じゃ考えられねぇな。俺もビッグになったって事さ。

 しっかし海馬の奴、何だって俺なんか呼ぶんだろうな? 日本にも結構いいドライバーなんかいるだろうによ。ああ、ありゃゼッテー遊戯目当てだ。もっかい遊戯とデュエルがしたいから、俺をこき使おうってんだ、やらしーねー!」 

「おい、兄弟! 後はフライトチェックするだけだ! いつ飛びたい?」

「ちょい失礼。ああ! そっちの準備ができ次第、頼む! ロス経由なんだよな!?」

「そうだ! かっ飛ばせば、現地時間の午後8時には到着するぜ」

「OK! チェック進めてくれ! 相棒の事も頼んだぜ! ……おう、わりぃな。あははっ、そうだよ、マジでビッグになったんだぜ?」

 

 サングラスを取り、東から昇ってくる太陽の兆に男は目を細めた。彼の故郷、童実野町と同じ輝きだ。男はもうすぐその地へ舞い降りる。仲間との命を賭した思い出が男の脳裏を駆け巡っていた。

 

「城之内。現地で会ったらどうだ、一杯。俺もお前も大人になった。カードじゃなくてグラスを交し合うってのは、いいモンだぜ。そんでもって静香ちゃんを呼んでくれると……ああ!? 御伽なんか呼ぶんじゃねぇぞ!? マジであの野郎イケメンになってきたんだからな! 静香ちゃんを持ってかれたらどうする気だ!?

 ……へっ。相変わらずのシスコンぶりで安心したぜ。ああ、安心した! そんじゃな、城之内。できれば、遊戯も呼んでくれや。童実野町にさ」

 

 男、本田ヒロトは電話を切って、眠気覚ましに大きく背伸びをする。

 彼の友人が近付いてきて、声をかける。

 

「どうした、ヒロト。童実野町が恋しいか」

「ああ。青春の日々ってのは一生色褪せねぇもんさ。ずっと心に残ってる。そいつがどんな風に変わっているのか、怖くもあるが、愉しみでもある。待ち遠しいぜ!」

「羨ましいよ、その前向きな姿勢。俺のデトロイトも童実野町みたいだったら良かったのにな」

「なに言ってんだ。これからは何が起こるか分からねぇ時代だ。俺がWSB(World Superbike Championship)のチャンピオンになれたのも、昔の俺からすりゃぁただの幻だった。けど実際は違う。マジで、自分で何とかしちまった。だからお前もマジになれば何とかできるんだぜ」

「……言葉は拙ねぇってのに、力強いってのがまた、お前の強みだな。よしっ、俺もお前を見習って、いっちょ故郷を立て直すか!」

「その意気だ! 俺はバイクで」「俺はデュエルで!」

「「世界を盛りたてるの、よッッ!!」」

 

 二人は高々と掌を叩き合い、ぱちんと、決意の音を奏でた。

 デュエルモンスターズ、そしてすべての興行の本場であるアメリカの大地から、思い出の場所へと本田は故郷へ帰る。まだ見ぬものがそこにあると思うと、まるで昨日の出来事のように学生時代に感じたワクワクが胸を支配する。

 本田はリーゼントを撫でながら、朝日に向かって大きく吼えた。

 


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