遊戯王 Another GX   作:RABOS

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第一話:カオス・ソルジャー、降臨

 からっ、からっ。そんなオノマトペが似合う天気は……快晴。

 これからの門出を祝い、その勇気を讃えるような日光。 

 

 ――天気晴朗。日本晴れ。雲一つなし。

 

 ともすれば太陽を直接見るよりも眩い光を童実野町の高層ビル群が反射している。十年ほど前の閑静な街並みと、アンダーグラウンドめいた妙な治安の悪さを想起すれば、まったくありえない光景であった。

 町で最高峰の建築物、KC(海馬コーポレーション)本社ビルこそが童実野町の名物であり、町で唯一の高層ビル。元軍需産業の大企業のお膝元にはその裏の顔にふさわしい、危険が潜んでいた。バーガーショップでは脱走犯が籠城し、札付きの不良がそこらを暴れ回り、なぜか心神耗弱に陥るものがあちこちで多発し――しかもどいつもこいつも精神的に問題がある人間――、挙句の果てには遊園地で爆弾騒ぎ……。

 童実野町はカオス。日本のヨハネスブルグ。

 それが日本の裏常識……だった。

 数年前、童実野町全域を会場として開催された一大イベント、《バトルシティ》は経済史と、興行史に残る大成功を収めた。

 KC社の若き新社長かつ世紀のデュエリストで、立体映像(ソリッドビジョン)を世に送り出した今世紀最大の経営者、海馬瀬人。そしてデュエルモンスターズの生みの親にして『TIMES』誌による『世界で最も入社したい企業 NO.1』のI2(インダスト・イリュージョン)社社長、ペガサス・J・クロフォード。この両名と、両社による強力かつ魅力的な宣伝活動はそれまで日米を中心としたデュエルモンスターズの人気を世界的に、しかも爆発的に上昇させ、たちまち童実野町をデュエルモンスターズの聖地と変えてしまったのだ。

 噂は流れ、人は流れ……そして彼らは金と名声を背負って帰ってくる。

 かつて日本の中で指折りの危険な『町』が、今や世界最高水準で発達した『街』となったのは、そのような数多の幸運に恵まれたからであった。テレビの一コメンテーター曰く、『第二の高度経済成長期があそこから生まれた』。名の知れた評論家曰く、『デュエルモンスターズによる経済支配の中心地』。童実野町は姿を変え、繁栄の道を歩み始めている。

 

 町の中心部に鎮座する、アメリカはヤンキー・スタジアムをも凌駕する巨大なドーム……『海馬ランド・童実野町』。

 若社長のかつての陰湿な野望の残滓が見え隠れする縦長のドームは、入場者にデュエルモンスターズを最大限楽しませる造りとなっている。ドームのスペースを極限まで生かした広大なデュエルリングがいくつか。そして、小さなスタジアムをそっくりそのまま入れたような円形状の会場まで――勿論デュエル専用のスペース――。廊下にはそれまでのデュエル史を彩る名デュエルや伝説的なデュエリストの一枚画、ペガサス直筆のデュエルモンスターズのデザイン画、そして《青眼の白龍》の巨大模型まで展示。まさに聖地にふさわしき建造物。KC社が誇る、世界海馬ランド計画の象徴ともいえよう。

 そこに向かって、一人の若者がてくてくと歩を進めている……リュックサックを大事そうに背負い、歩行補助用の杖を突きながら。

 

(ようやく見えてきた。バス停からちょっと遠いな、ここ)

 

 彼は内心で、そんな愚痴をこぼす。

 年は高校生くらいか。優しい丸顎に、童心の現れを強調するはっきりとした二重瞼。ウェーブがかった柔らかな短髪は行きつけの美容店で整えてもらったものだ。

 どこか覚束なさそうな足取りをスポーツメーカーのシューズ――靴紐がほどけているのに気付いていない――と杖でカバーしつつ、彼の体はまっすぐに海馬ランドへと向かっていく。背中にじんわりと汗をかきながら、『デュエル・アカデミア入学試験会場』という看板を立てたエントランスへと入っていく。

 美人の受付嬢は杖を見てわずかに目を見開いたが、その緊張した面持ちを見るとすぐに心境を察して、いつもより気持ち二割増しの営業スマイルを浮かべた。

 

「ようこそ、海馬ランドへ。デュエル・アカデミアの入学試験を受験される方ですね?」

「は、はい。受験番号三九番、下柳遊座です。これ、受験票です」

「ありがとうございます。少々お待ちくださいね……はい、確かに。下柳遊座さま。ようこそいらっしゃいました。

 では、こちらの電子カードをお渡ししますのでそれで改札を通った後、まっすぐ、フロア奥の大ホールへお進み下さい。二次試験はそこで行われます。宜しければ、ご案内いたしましょうか?」

「いえ、そこまでしてもらわなくても大丈夫です。ありがとうございます」

「かしこまりました。それとお節介かもしれませんが……靴紐がほどけていますよ?」

「えっ!? あ、すみません! 気づきませんでした」

「結んで差し上げますね。そのままでいいですよ」

 

 丁寧にひざまずいて、受付嬢はすりきれた靴紐を結んでいく。髪が揺れて、透き通ったうなじが見えた。それを見て、あるいはボロ靴を直視されるのが恥ずかしいのか、遊座の顔は赤らんでしまう。

 遊座は、彼女の気配りに深く感謝した後、かつかつと歩を進める。小刻みに脈打つ心臓の音はまるでドラムのようだ。視点の中心を囲うような白い世界に、みみずのような七色の光が現れては消え、そしてまた現れる。緊張するとすぐにこうなるのが遊座の日常風景だ――今は別の意味でも緊張しているのだが――。

 そんな心のこわばりをほぐすかのように、遊座は頭の中ではおしゃべりになる。

 

(あー、やばかった。女性にあんなことをさせるなんて。しかもうなじのチラリとかダメだって。デュエルどころじゃなくなっちゃうよ。あー、靴紐ほどけてて良かったぁ。

 ……よし! ここから集中! 集中しろ、デュエルに。一次試験だって集中してやったからこそ、成績が上から39番目だったんだ。次も大丈夫。僕はできる、できる、できる……)

 

 ファンが涎が垂らすような展示物には目もくれず、遊座は大ホールと思わしき入口に辿り着く。

 リュックを背負い直してその戸を開けようとして……ばたんと、戸は内側から開き――

 

「ふごっ!」

 

 ――遊座の鼻面を強打した。思わず杖を落としてのけぞってしまう。

 戸を開けて現れたのは、黒縁の眼鏡をつけた生真面目そうな少女。慌てふためきながら謝罪を口にする。

 

「ご、ごめんなさいっ! 私の不注意で、申し訳ありません! 御怪我はありませんか?」

「大丈夫……これしき、序の口……」

「あ、鼻血が……すみません、本当にすみません!」

 

 少女はちり紙を取り出して、遊座の鼻に当てる。

 何とか応急処置を施すと、少女は改めて深く頭を下げた。本当に申し訳ないという彼女の心境が、その口調から伝わってきた。

 

「私ったら、大舞台を前に慌てふためいちゃって。申し訳ありません。すぐに医務室に行って、手当をしてもらえるようにしておきますので、すみませんがご一緒に――」

「――いやいや、そこまでのモノじゃないから平気だよ」

「そんなことはありません! 私の完全な不注意で、あなたに怪我を負わせてしまって……」

「そうかもしれないけど、仕方ないさ。君、多分だけど、すごく緊張しているんだよ。僕と同じさ。沢山の人に自分のデュエルを観られるからね。さぁ、リラックスしようか。一緒に深呼吸だ」

「え?」

「はい、息を吸って」

 

 遊座は大きく胸を膨らませる。そのきらきらとした目に操られるように、少女も思わず真似をしてしまう。

 口端に笑みを浮かべると――「吐いて」――遊座はナマケモノのようにのんびりと息を吐き、少女もそれにつられてしまう。

 思わぬトラブルだったが、心はわりと落ち着いた。遊座は今一度少女を見る。七三の深い緑の髪で、体型はスレンダー。ちょっと困惑したような顔はどこか子犬のような愛嬌があり、人目を惹くのに十分な容貌の持ち主だ。

 

「どう? 落ち着いた?」

「は、はい。本当にすみません」

「いいっていいって。大したことじゃないし。それに、鼻血をだして死ぬわけでもないしね。君も受験生?」

「はい。もうすぐ試験なんですけど……時間が近付いてきたら、なんか急に不安になってきて。それでその、お手洗いに行こうとして……」

「あー、成程ね。それじゃぁ、いつまでも道を塞いでちゃ悪いか。いいよ、もう行っても」

「……その、なんか深呼吸をしてたら、不安がなくなってきたので、やっぱりいいです」

「あれま。それじゃ僕って当てられ損……?」

「っ! い、いいえ! 別にそういう訳じゃなくて、むしろ私の方が一方的に悪いんですけど――」

 

 ――受験番号四五番! 原麗華!

 

 試験官の声が、開け放たれた扉の奥――会場内――から響いた。

 目の前の少女は思わず肩をびくりとさせた。どうやら彼女の名前は、原麗華というらしい。

 遊座はぎゅっと拳を握って、顔の前に掲げる。

 

「頑張って、原さん。席で応援しているよ」

「あ、はい! これで失礼します。あの、私もあなたのことを応援してますので、頑張ってください!」

「うん! お互いに頑張ろう!」

 

 こくりと頷いた後、原はホール内へ向かおうとして、地面に投げられた杖に気付いて遊座に手渡すと、改めて礼をして会場内へと入っていった。

 去り際に、彼女の髪が揺れてうなじをカバーするのに視線を取られつつ、遊座は思う。

 

(いい子だなぁ。きっと彼女のデュエルは、真面目で、優しさのあるものなんだろうなぁ)

 

 彼の中で原麗華は、とても真面目で優しく、困った人を見捨てず、そして優しいデュエルをする少女としてインプットされた。

 そんな午後一時の出逢い。

 

 

 ――そのイメージを保っていられたのは、僅か三分間だけだった。

 

 

「受験生が先攻だ。頑張りたまえ」

「私のターン、ドロー。私は『強欲な壺』を発動し、二枚ドロー(手札6→5→7)……この勝負、私の勝利が確定しました。

 私は『連弾の魔術師』を召喚し、永続魔法『悪夢の拷問部屋』を発動!」

「ま、まさかそいつらは……!?」

「では参りましょう。最高の理論に基づいた、ワンターンキルを。

 私は『闇の誘惑』を発動し、デッキから二枚ドローして手札の闇モンスターを除外(手札5→5)。『連弾の魔術師』の効果。このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、自分が通常魔法を発動する度に、相手ライフに400ポイントダメージを与えます。そして『悪夢の拷問部屋』がチェーン! 相手ライフに戦闘ダメージ以外のダメージを与える度に、相手ライフに300ポイントダメージを与えます。計、700ポイントのバーン!

 私は『デス・メテオ』を発動! 1000、プラス700ポイントバーン! 『昼夜の大火事』! 800バーン 、700バーン! 二枚目の『昼夜の大火事』! バーン、バーン!(手札5→2)」

「そんな馬鹿なぁっ!?(LP4000→0)」

「なにを勘違いしているんです? まだ私のターンは終了していません! 

 『火あぶりの刑』! とどめに『ファイヤー・ボール』! バーンにバーン! バーンバーンバーン、バァァン!!」

「ひぎぃ、あぐっ、うごぉっ、たわばぁ、駄目ぇぇっっ!!」

(……なぁにあれぇ)

「最適化すれば、あと2000は削れましたね。ですが勝利は勝利です。ありがとうございました」

 

 原麗華は、自らが構築したデッキがそれに求められる最適解を提示したことに大きな満足を得て、思春期の少女らしい慎ましくも華やかな笑みを浮かべる。死にたいの試験官相手に向けるにはいささか酷薄であったが。

 局地大のブリザードに襲われた会場の空気は、彼女の奮闘を歓迎していなかった。原はそれに気付くと、気まずそうにしながらリングを後にする。残された試験官は、魂まで煤けたように放心し、風の前の塵のようにリングから消失した(運ばれた)

 その後に行われたデュエルでは、デュエリストが真冬並みの空気を換気しようとしたためか、比較的和やかなムードで行われた。ターンを重ねて、着実にフィールドを支配し、強力なモンスターで攻撃を決める。ごくごく普通のデュエルの光景だった。

 

「三体の『シーホース』で攻撃! スーパー海馬アタック・三連撃!」

《うおおおおっ!! シーホース、シーホース、シーホース、シーホース!!》

(……そろそろ僕の番か。デッキ、確認しておくかな)

 

 受験番号44番がデュエルリングで勝利を刻むのを見つつ、遊座はバッグからデッキを取り出す。テーマで統一された訳でもなく、特別強みをもっている訳でもない。寄せ集めのカードたち。

 彼の『義父』は、近代的な娯楽が発達した童実野町では数少ない古書店を開いている。海外の大学や図書館で歴史資料の研究などを行っていた父は、店では明治以前の巻物や和洋を問わぬ稀覯本などの売買・修繕・鑑定を取り扱うが、一方で道楽ついでにレアカード専門の転売人としての顔を持っている。デュエルモンスターズの聖地であるからには、カードゲームに携わらない人間の方が少ないのだ。

 遊座のデッキは義父が購入して転売するのにためらったり、あるいは買い手がつかないと判断されたカードたちを譲り受けて構成されたデッキである。勿論、すべてのカードがレアカードという訳ではなく、一般のカードショップで購入したカードも織り交ぜてはおり、実際それらの方がデッキの過半数を占めている。しかしデッキの中心となるのは、やはりシンプルで強力なレアカードだった。

 その一枚、『スフィアボム 球体時限爆弾』。元全米チャンピオンが使用したという闇属性の四つ星効果モンスター。裏守備表示のこのカードを攻撃したモンスターに装着し、次の相手のターンに爆発し、ダメージを与えるカード。義父から譲ってもらったフェバリット・カードだ。父が客に支払った購入金額、¥250,000也。

 

(即効性はないけど、デザインが恰好いいから好きなんだよね。鉤爪がクールだ。他のカードを入れてもいいんだけどなんとなく嫌なんだよな。

 ……やっぱり、好きなカードを入れて戦うのって、勇気がいるなぁ。最近はこれよりも、もっと便利な効果モンスターも出てきたし、シリーズで統一された新しいカードパックも出てきた。皆が飛びつくのってああいうのばっかり)

 

 少々、寂しい思いを遊座は抱く。昔から好きだった戦方が今ではすっかりとなりを潜めて、気付けば周りは効率的なテーマデッキで戦うようになり、無造作に造ったデッキを使っているのは彼だけになっていた。

 百鬼夜行……種族を選ばぬ混沌としてしかし強力なモンスターたちの集結。魔法・罠で援護を受けての雪崩のような一斉攻撃、そして勝利。物心ついたばかりの歳でバトルシティに参加して、遊座はそれらに打ち負かされた。その光景(ビジョン)は強い憧れを植え付けたのだ。いつか自分もあんなデュエルをやってみたい、と。

 バトルシティの日は、遊座にとって何よりも大切な決意の日であり、矜持の誕生を思い出せる何よりも大好きな日だった。

 

 ――敗北の夜に、大切なものを失ったことを除けば。 

 

(まだ時間が余っているか……そういえば、会場にもガチャガチャあったっけ)

 

 会場の隅にある黒い筐体が、それだった。誰もそこにおらず、今ならすぐに利用できるようだ。

 百円硬貨を三枚投入すると、カード五枚入りのパックが二つも出てきた。リーズナブルである。

 袋を手で開封し……その中身に、遊座は思わず瞠目する。

 

(さ、『サイバー・ドラゴン』!? なんてレアカードが入ってるんだ! 大手銀行の部長クラスの年収分だぞ!? 海馬社長、こんなのここにポンと入れとくなんておかしいですよ!

 他にも……あ、ラッキー。『ダブル・サイクロン』だ。意外と便利なんだよね。あとは、『エネミーコントローラー』に、『神の宣告』……は? 『モリンフェン』? いらないな)

 

 義父の仕事を手伝ってきたせいで、むだに金銭感覚が鋭敏化している。

 一抹の恐怖を抱きながら当たったカードを確認していく遊座であったが、二パック目の最後の一枚を見て、思わず首を捻った。

 

(なんだ、このカード? 真っ白だ)

 

 おかしな一枚だ。デュエルモンスターズカードの証であるカード枠の模様はしっかりと印刷されている。しかし奇妙なことにカード枠にあるはずの偽造防止のナンバーもなく、ホログラムも確認できない。何よりおかしいのは、カードの名前・イラスト・効果が『入っていない』ことだった。

 

(もしかしてプリントミスのカード? でも工場のラインでこういうのは弾かれるんじゃないの? なんでパックに入っていたんだ?)

「――受験番号39番! 下柳遊座!」

(うえっ。もう、終わったの?)

 

 遊座はとりあえず、当てた中から目ぼしいカードを適当にデッキに突っ込み、リングへと上がる。

 杖を持って上がってきた少年に、会場内の注目が集まった。試験がまだの者、終わった者、見学のためにアカデミア本校から来た者達……皆がデュエルリングに注目する。

 

「おいおい、病人が受験するのかよ」

「あんなのが入学するのなら、文字通り足手纏いになるな。もっとも、デュエルが期待外れだったら入学すら」

「クロノス先生。彼はあの通り、視力に問題があるため――」

「――生徒のプライバシーの問題を公共の場で、しかも大きな声で話すことは許さないノーネ。私達はデュエル・アカデミアの教師として、彼をデュエルをもって判断する。それだけなノーネ」

 

 リングにはちょび髭を生やした試験官の男性が立っていた。彼は遊座の杖を見て、眉をぴくりとさせる。

 

「下柳遊座くん、だね。よろしく頼む」

「よろしくお願いします、先生」

「この試験では立体映像システムによるデュエルを行うが、ダメージ量やカード効果によっては身体やフィールドに影響を与えるものがある。大丈夫かね?」

「はい。準備はできているので、大丈夫です」

「君が大丈夫と言うのなら、私からも何も言わん。これより二次試験を始める。デュエルの結果で試験の合否が決まる訳ではない。気負うことなく、君の実力を発揮したまえ。私は全力で、それに応えよう!」

 

 遊座は赤く丸みがかったデュエルディスクを試験官から借りて、左腕に装着する。そして杖の持ち手にある細工を動かし、ディスク底部に固定した。姿勢が前のめりとなってしまうが足の踏ん張りがきく。

 訝しげに彼を見下ろす青色の制服を着た学生を一睨みした後、試験官はディスクを起動した。カード板がスライドして現れ、ライフゲージが表示される。値は4000。

 遊座もまたディスクにデッキを挿入して、起動する。ディスクがひとりでにカードをシャッフルし、ドローしやすいように上から五枚を僅かに押し出す。

 両者は五枚ずつカードを引き、互いを見詰めると―――

 

《デュエル!》

 

 ――戦いのゴングを鳴らした。

 

「先攻は君だ」

「ありがとうございます。僕のターン、ドロー!(手札5→6)」

 

 視界の外縁を虹色のみみずが弾けた。低いドラムの響きが、耳の内側からさっきよりもうるさく聞こえてくる。

 遊座はデッキに指を乗せて、勇気を込めてドローをする。

 

 

 ―――――――

 

 手札:シフトチェンジ サイバー・ドラゴン 受け継がれる力 電気とかげ 月の書

 ドローカード:スフィアボム

 

 ―――――――

 

 

 なかなかの手札だ。さっき適当に組み入れたカードが既にきている。他のカードも有用性が高い。

 しかしそれ以上の安堵を感じられたのは、スフィアボム。遊座が最も好きなカードの一枚。

 

「(きたな、マイ・フェイバリット・カード)……モンスターを裏側守備表示に召喚。さらにカードを二枚伏せて、ターンエンド(手札6→3)」  

 

 立体映像が、三枚の伏せカードをリングに現出した。黒い丸を囲うような焦げ茶色の渦模様。

 客席のどこかで失笑らしき音が聞こえたが、遊座は無視する。

 

「緊張して、恐れを抱いたか! 臆病者はアカデミアの学生には不要! 

 私のターン、ドロー! 私は『アックス・ドラゴニュート』を、攻撃表示で召喚! さらに手札から魔法カード、『二重召喚』を発動! このターンもう一度、通常召喚ができる! 私は『アレキサンドライドラゴン』を召喚!」

 

 両刃の大斧を持った有翼の黒いドラゴン、そしてその名の通りアレキサンドライトの鱗をもつドラゴンが現れる。美しき巨体を伸ばし、翼を広げて咆哮する二体の異形に客席が湧いた。

 四つ星のモンスターでATK(攻撃力)2000というのは破格のステータスだ。しかもそれが二体で、かつどちらも貫禄を感じさせるドラゴンの姿。細部まで突き詰められたリアリティ溢れる立体映像は、観る者の心を感動させる。

 試験官は威勢よく、遊座のフィールドに指をつきつけた。

 

「行け、『アレキサンドライドラゴン』! 伏せモンスターに攻撃!」

「迂闊だ! 行け、『スフィアボム』!」

 

 伏せたカードが反転し、鉤爪をもった赤い爆弾が現れた。それは宝玉の鱗をした龍が襲うよりも早く、それの体に爪を立てて食らい付く。 

 裏側守備のこのカードを攻撃したモンスターに対し、スフィアボムはダメージ計算を行わずに破壊されず、かつそのモンスターの装備カードになり、次の相手のターンにモンスターごと爆発。モンスターのもつ力の分だけダメージを与える。

 試験官は歯噛みする。

 

「ぐぅ、道連れにするつもりか! ならば代わりに行け、『アックス・ドラゴニュート』! プレイヤーにダイレクトアタック!」

「伏せカードオープン! 『月の書』! 書物の光により、『アックス・ドラゴニュート』は裏守備表示になる!」

 

 カードが捲り上がり、青い表紙をした本が現れるとひとりでにページが捲られ、強烈な閃光が大斧の龍を放たれた。龍はたまらず光から逃げるように体を丸めてしまうと、裏返しになるカードの中に消えてしまった。

 遊座は無傷で、龍の猛攻を凌いだ。

 

「見事に防いだな。加点対象だ。私はカードを一枚伏せて、ターンエンドだ(手札6→2)」

「僕のターン、ドロー(手札3→4)」

 

 

 ―――――――

 

 試験官:【LP】4000

     【手札】2枚 

     【場】(伏)

         アックス・ドラゴニュート(裏) アレキサンドライドラゴン  

     

 遊座 :【場】 スフィアボム(→アレキ) シフトチェンジ(伏)

     【手札】サイバー・ドラゴン 受け継がれる力 電気とかげ

     【ドロー】魔導雑貨商人

     【LP】4000

     

 ―――――――

 

 

 今引いたカードは、一定条件下でデッキからカードをドローできる、ドローソースといわれるモンスター。強力ではあるが、しかしこの手のモンスターは大抵力不足が否めず、このカードも例に漏れない。しかもこのカードの効果は、一度裏側守備でフィールドに出すことが発動条件である。現状打破には使えない。

 ゆえに、遊座は新しい(おもちゃ)を使うことを決意した。

 

「早速だけど、力を借りるよ。相手フィールド上にしかモンスターがいない時、このカードは手札から特殊召喚できる。現れろ、『サイバー・ドラゴン』!」

 

 カードが現れて光の飛沫を発し、その中からモンスターが現れる。蛇のような長躯でかつ全身はメタリック。機械独特の妖美さをもった龍。

 ざわざわと、観衆は驚きの声を漏らす。遊座を見下ろしていた生意気そうな者達や、対峙する試験官はなおいっそう驚いた様子だ。

 

(えっ? な、なんでみんなそんなにどよめくの? 僕、何か拙いことやった?)

「なっ、そのカードは……!」

(先生もですか! そんなに意外だったかな、こいつは)

 

 『サイバー・ドラゴン』。それは、『サイバー流』の中心となるモンスター。

 日本プロデュエル――大企業や資本家がスポンサーとなって行われる日本最大級のデュエルリーグ……プロ野球のデュエル版――において人気の一角を占めるのが、強力な機械属モンスター群である『サイバー』を中心として戦うデュエリスト……人は彼らを『サイバー流』と呼ぶ。

 大味で、分かりやすく、しかも強い。まるで機械仕掛けの隕石群。観ていて爽快ともいえるくらいのモンスターの展開と連続攻撃に、特に初心者やデュエルにそもそも興味のない者、またデュエルの奥深さを改めて知った者など、多くの者がこの『サイバー流』を好んで応援している。なぜなら単純明快に、強いからだ。

 遊座は『サイバー流』で知っているのはカードの効果と、その値段のみ。故にさも驚天動地といわんばかりの周囲の反応は予想外で、逆に遊座が動揺してしまう。

 

「ば、バトルです! 『サイバー・ドラゴン』、裏守備の『アックス・ドラゴニュート』に攻撃! エヴォリューション・バースト!」

 

 龍の口に銀色の閃光が溜まっていき、火の玉となって吐き出され、裏表示のモンスターを粉砕。カードの破片が宙に吹き飛ぶ。

 

「僕はモンスターをさらにセットして、ターン終了(手札4→2)」

「くっ……まさか君も『サイバー流』とは。去年の入学試験もそうだった……だがあのカイザーは、君より何倍も強かった。

 私のターン、ドロー!(手札2→3)」

「スタンバイフェイズ。何もなければ、『スフィアボム』は爆発します。どうですか?」

「残念ながら、今の私にそれを防ぐ手段はない」

「では……『スフィアボム』、大・爆・発!」

 

 鋭い鉤爪が龍の肉に深々と食い込み、直後、赤い爆弾は一気に弾け、龍の悲鳴をかき消した。あたかも目の前でタンクローリーが爆発したような炸裂と、爆風に、二人は思わず顔を覆う。

 最新の立体映像システムを搭載したデュエルリングの真骨頂。映像をその場に立体化するだけではなく、それによって生じる物理現象を、ある程度までは再現してしまう。爆発によって生じる熱や風が、遊座の肌をびりびりとさせて髪を揺らすのは幻などではない。

 煙が晴れた頃には、フィールドには機械の龍以外のモンスターはすべて消滅していた。試験官のライフも、4000から2000へと半減している。

 

「これしき、必要経費だ。私は伏せてあった『リビングデッドの呼び声』を発動! 墓地の『アレキサンドライドラゴン』を特殊召喚!」

 

 カードオープン。墓石からまがまがしい紫の煙が漂い、宝玉の龍が這うように現れた。

 試験官は、遊座の場の伏せカードを値踏みするように一睨みしたのち――

 

「更に、手札から『トレード・イン』を発動! 手札のLV8モンスター、『ダーク・ホルス・ドラゴン』を墓地に送り、デッキからカードを二枚ドロー!(手札3→1→3)」

 

 ――素早く手札を交換する。そしてそのドローカードを見て、試験官は瞳に闘志の炎を燃やした。 

 

「私は『死者蘇生』を発動。墓地の『アレキサンドライドラゴン』を復活させ、生贄とし、『創世竜』を召喚!」

 

 宝玉の龍が光の渦に消えて、真っ白な腹をして赤黒い鱗をもった新たな龍が召喚された。

 遊座は警戒を強める。あのモンスターは、攻撃力が2200で、サイバー・ドラゴンより100上回る。だがそれだけではない。

 

「『創世竜』の効果発動。手札からドラゴン族のモンスターを墓地に送り、墓地からドラゴン族を一体、手札に加える。私は『コドモドラゴン』を墓地に送る」

「『コドモドラゴン』……?」

「見せてやろう、これがコンボ召喚というやつだ。『コドモドラゴン』の効果発動! このカードが墓地へ送られた場合、手札からドラゴン族モンスター1体を特殊召喚できる。現れよ、『ダーク・ホルス・ドラゴン』!!」

 

 闇よりもなお漆黒の体を持つ、巨大な龍がフィールドに現れた。デュエルリングを隠さんばかりに翼を開き、天を仰いで戦意を叫ぶ姿に観衆はどよめく。

 その攻撃力、圧巻の3000。最強の龍といわれる『青眼の白龍』と同じ値であった。

 

「『コドモドラゴン』の効果を発動したターン、私はバトルフェイズを行えない。ターン終了(手札3→0)」

「僕のターン、ドロー! (手札2→3 ドロー:『強欲な壺』)……僕は『強欲な壺』を発動。デッキから二枚ドロー(手札2→4)」

 

 

 ―――――――

 

 試験官:【LP】2000

     【手札】0

     【場】 創世竜 ダーク・ホルス・ドラゴン

     

 

 遊座 :【場】 サイバー・ドラゴン 魔導雑貨商人(裏)

         シフトチェンジ(伏)

     【手札】受け継がれる力 電気とかげ

     【ドロー】異次元の女戦士 バトル・フェーダー

     【LP】4000

     

 ―――――――

 

 

(これも使えるけど、欲しいカードじゃない!)

 

 思わず遊座が舌打ちをしそうになったその瞬間、「ばっ」と、試験官が手を伸ばす。

 

「この瞬間、『ダーク・ホルス・ドラゴン』の効果発動! 相手のメインフェイズ時に魔法カードが発動された場合、自分の墓地からレベル4の闇属性モンスター1体を特殊召喚する事ができる。再び現れろ、『アックス・ドラゴニュート』!」

 

 斧使いの龍が再び召喚された。これで相手モンスターは三体。

 びりびりと、白い世界でみみずが踊る。遊座は即決した。

 

「僕はモンスターと、カードを一枚伏せて、『サイバー・ドラゴン』を守備表示に変更。ターン終了(手札4→2)」

「私のターン、ドロー!(手札0→1) 魔法カード、『強欲な壺』を発動! デッキからカードを二枚ドロー(手札0→2)。

 そして今引いた『撲滅の使徒』を発動! 君から見て、右側の伏せカードをゲームから除外する!」

「なに!?」

 

 鉄色の鎧を着た処刑人が走ってきて、断罪の刃を遊座の伏せカードに振り下ろした。『シフトチェンジ』のカードが、フィールドから消滅する。

 

「『シフトチェンジ』……通なカードだ。

 装備魔法『ビッグバン・シュート』を『ダーク・ホルス・ドラゴン』に装備。攻撃力400ポイントアップ、そして守備表示モンスターを攻撃した場合、貫通ダメージを与える。これで攻撃力は3400だ!」

「くっ!?」

「バトル! 『アックス・ドラゴニュート』で左の伏せモンスターに攻撃! 『創世竜』で右の伏せモンスターに攻撃!」

 

 活躍の場ができて嬉しいのだろうか。二匹の龍はいななきながら飛来し、一本の斧が逃げようとしたとかげを両断し、赤黒い爪がひょうひょうとした商人を殴り飛ばす。

 

「『電気とかげ』を攻撃した『アックス・ドラゴニュート』は、次のターン攻撃できない!

 さらに『魔導雑貨商人』の効果! デッキを上からめくり、一番最初に出た魔法か罠カード1枚を自分の手札に加え、それ以外は墓地へ送る!

 ……『戦士ダイ・グレファー』を墓地に送り、『地獄の暴走召喚』を手札に加える(手札2→3)」

「まだ私には攻撃権限が残っている! 『サイバー・ドラゴン』に攻撃だ、『ダーク・ホルス・ドラゴン』!」

 

 黒龍は両手を構えて紫紺の火球を創ると、それを自らの胴体ほどに膨らませていき、機械の龍に発射する。哀れ、悲鳴すらあげることもできず『サイバー・ドラゴン』は破壊され、砂塵のような爆風が遊座を襲ってライフを2200まで削る。何とか遊座は杖で踏んばり、体をその場にとどめた。

 わぁっ! やった! 

 観衆の一部が湧く。まるで格闘技のヒール役がリングに倒れたのを喜ぶような声だ。

 

「ターン終了、君の番だ(手札2→0)」

「僕のターン、ドロー!(手札3→4 ドロー:『メタル化 魔法反射装甲』) モンスターとカードを伏せて、ターンエンド(手札4→2)」

「私のターン、ドロー!(手札0→1) 私は『治療の神 ディアン・ケト』を使って、ライフを1000回復する。

 そして『創世竜』でモンスターを攻撃だ!」

「伏せモンスター、『異次元の女戦士』。彼女と戦ったモンスターは次元の狭間へ道連れにされる。『創世竜』を除外」

「くっ、だがこの攻撃で終わりだ。行け、我が龍よ!!」

「相手の直接攻撃時に、このカードを特殊召喚できる! 『バトル・フェーダー』!(手札2→1)」

 

 どこからともなく、大きな古時計の時針を垂らしたコウモリが現れ、翼にくくりつけた左右に鐘を揺らす。

 龍達はそれを見ると途端にやる気をなくしてしまい、すごすごと自分達のフィールドへ後退していく。

 

「バトルを無効とし、強制終了させるモンスターか。ターン終了だ(手札1→0)」

「まだ僕は、終わりじゃない。ドロー(手札1→2 ドロー:スピリット・フォース)……バトル・フェーダーを守備表示にして、カードを伏せます。ターン終了(手札2→1)」

「私のターン、ドロー(手札0→1)。『ダーク・ホルス・ドラゴン』で攻撃!」

「戦闘ダメージ計算時に、『スピリット・フォース』発動! 『ダーク・ホルス・ドラゴン』の貫通ダメージは0となる!」

「だが『アックス・ドラゴニュート』の攻撃は残っている!」

 

 紫紺の火球で生まれた爆炎をかいくぐり、龍が斧を振りかざして遊座に斬りかかる。

 遊座の肉を冷たいものが通過していく感覚が走った。亡霊に触られているかのようだ。本物でないにせよ、攻撃力の値が多ければ多いほど、肉体に及ぼす影響がリアルになっていく。

 

「まだ頑張るか。だが私には君の伏せカードが読めるぞ。察するに、片方は魔法カード、それも装備魔法だろう。私の召喚宣言や攻撃宣言にそれを発動しなかったのが何よりの証拠。残った一枚も攻撃反応型のカードではない。

 下柳君。君のデュエルは、いささか決め手を欠く印象を受ける。君に必要なのは覚悟だ。強力なモンスターによって、相手の陣地を粉砕し、ライフを大幅に削る。そういうカードを使う度胸が、君が今、最も必要としているものなのだ。

 私はカードを伏せて、ターンは終了(手札1→0)」

 

 

 ―――――――

 

 試験官:【LP】3000

     【手札】0

     【場】(伏)(ビッグバン・シュート(→ダ) 

        ダーク・ホルス・ドラゴン(ATK:3000+400) アックス・ドラゴニュート

     

 

 遊座 :【場  メタル化(伏) 受け継がれる力(伏) 

     【手札】地獄の暴走召喚

     【LP】200

 

 ―――――――

 

 

 手詰まりだ。文字通り、絶体絶命の状況。

 二体の龍の背に守られながら、試験官は悟られぬように息を吐く。

 

(運任せのデュエルもそこまでだ。筆記が優秀だと聞いて期待したが、ただのファン・デッキではこの『正統派ドラゴンビート』を破ることはできない。

 私の伏せカードは『神の宣告』。たとえ彼が何をしようとも、この防御態勢を突破することはできない。次のターンで終わりだ)

 

 歴戦のデュエリストにブラフの類は通じないのだ。試験官は静かに勝利を確信した。

 会場内の多くの者もまた、デュエルの結末を予想して冷たい視線を杖持ちのデュエリストに注ぎ、彼の首筋に冷汗を流させる。覆しようのない敗北の兆を、遊座は直感する。

 だが、まだ勝負が決まった訳ではない。そう思ってデッキに指を乗せようとした瞬間……小さな女性の声が、やけにはっきりと彼の耳に届いた。

 

 

 ――退屈。もう終わりね。

 

 

(……なんだって?)

 

 思わずそこを見る。客席の上段隅から、長い桃色のツインテールをした少女が遊座を観察している。その歳の割にはあまりに大人びて、少女の枠に収まらぬ色気を類稀な美しい容貌から香らせる。

 それがゆえに、彼女の雪原の女王のような瞳は遊座の心に、負の感情を生ませる。敗北に対する恐怖。アカデミアに入れぬ絶望。

 どくりと、心臓が跳ねた。

 一度意識したそれは、女王からそう遠くない席に座る原麗華を見付けることで、さらに増大した。彼女は心配そうにこちらを見ながらも、諦め半分に口を閉ざしていたからだ。 

 

(僕が、負ける? ここまで頑張ったのに?

 ……駄目だ。手が、勝手に震えてくる。デッキか遠ざかって見えてくる。こんなことが起こるなんて、そんなことって……)

 

 遊座は立ち竦み、思わず瞳を閉じてしまう。

 

(いやだ。終わりたくない。まだ僕には戦えるカードが残っているのに……)

 

 だが手札のカードでは、もうどうしようもない。伏せたカードもそれを使ってあげる対象もいない。相手の強力なモンスター達を倒す術も、どこにもない。

 彼の知らぬうちに、カードを引こうとした指が徐々に離れていき、ゆっくりと掌がディスクの上へ向かっていく。『サレンダー』。降伏による敗北の受諾。

 屈辱に塗れた現実だが、自分の意思で敗北を受け入れるのは何よりも楽な道だ。ならばせめて、自分でデュエルの幕を下ろそう。

 遊座の手が、試験官の瞳が、諦観の重みで落とされていき――

 

 

 

 

『――おい』

 

 

 

 

 遊座の手が、止まった。教会の祝福された鐘のように透き通り、しかし歴戦の英雄のように力強い声。

 思わず瞳を開いて、視線が周囲を探る。声の主はどこにもいない。だがその声はまるで守護霊のように傍から発せられ、遊座の心にわだかまっていた不安・恐怖、そして絶望を浄化していく。

 声はなおも響く。

 

『俺を引け』

「……誰だ? どこにいる?」

『ここだ。お前が組み上げた山麓に、俺はいる』

 

 デッキに目を落す。白い世界で弾けていたみみずが、一気に消え失せた。

 山札が光って見える。曇っていた遊座の表情が、可能性の光を受ける。

 

『俺を引け。俺を使え。お前の前に勝利の栄光を引きずりだしてやる』

(……君は声は、誰なんだ。僕に、勝たせるというのか?)

『深く考えるな。勝ちたいのだろう? ならば俺と、お前の可能性を信じろ』

 

 遊座の指が、デッキトップのカードをつかんだ。

 頭を垂れているせいで、周りからは表情が窺い知れない。だが正面に立つ試験官にはよく見えた。彼の瞳に、月光のように皓皓とした勝利への執念が燃え盛っていることを。まだ諦めていない。

 声はさらに、遊座の背中を押す。

 

『引け。勝たせてやる』

「き、君。大丈夫かね。顔色が優れていないぞ」

「……僕の、ターン。ドロー!!」

 

 

 

 ―――――――

 

 ドローカード:天よりの宝札

 

 ―――――――

 

 

 

「……『天よりの宝札』を発動。互いのプレイヤーは手札が⒍枚になるようにドローする(手札2→1→6)」

 

 相手に有無を言わせず、遊座はカードをドローする。その気迫たるや先程までの弱気な少年の姿のものとは思えない。圧倒された試験官は、最高峰のカウンター罠を発動するタイミングを逃してしまった。

 遊座はドローしたカードを見て、僅かに瞳を歪めた。……他の何よりも大切なカードが、彼の手札にきた。そして抱く。勝利の確信を。

 手品師のように、遊座は人差し指と中指でカードをかざす。

 

「ラストターン!!

 僕は魔法カード、『ブラックホール』を発動。フィールド上のモンスターをすべて破壊する」

「そ、そうはさせん。カウンターで、『神の宣告』を発動! 効果発動前に、君のブラックホールは無効とし、破壊する!(LP:3000→1500)」

 

 フィールドに敬虔な老人が出現し、出かかっていた巨大な黒い渦に向かって手を伸ばす。渦は、時を遡るように消えて行った。

 それを見越したかのように、遊座はさらにカードをかざす。

 

「先生、それは悪手でしたね。これを使って、僕はこのデュエルを支配する!

 『D・D・R』、発動!」

「『D・D・R』?」

「手札を一枚捨てて、除外されているモンスターをフィールドに特殊召喚する。選択するのは、『異次元の女戦士』。

 さらに、速攻魔法『地獄の暴走召喚』を発動。相手フィールド上に表側表示でモンスターが存在し、自分フィールド上に攻撃力1500以下のモンスター1体が特殊召喚に成功した時に発動する事ができる。その特殊召喚したモンスターと同名モンスターを自分の手札・デッキ・墓地から全て攻撃表示で特殊召喚する。現れろ、女戦士達よ」

 

 蒼い亡霊が呻き声をあげながら出現し、フィールドの床めがけて突進して消えてしまう。そしてその直後、亡霊に引っ張られるように手を数珠つなぎにしながら三人の女戦士がフィールドに帰還した。  

 モンスターの数は上回った。だが会場の空気は未だ、遊座の敗北を疑っていない。当然、試験官も同意見である。

 

「いくら数が増えようが、攻撃力はたった1500。私の『ダーク・ホルス・ドラゴン』はおろか、他の龍も倒せんぞ」

「ええ。彼女たちの力では、残念ながら龍を倒すより前に僕は負ける。だが彼は違う! 儀式魔法、『カオスの儀式』!!」

「なに!?」

「フィールドの二人の女戦士を墓地に送り、この戦士は現れる。出ろ、我が最強の僕」

 

 手札から現れた美麗な騎士と一人の女戦士を光が包み、フィールドの頭上へと連れていく。直後、光はオーロラのような時空の壁を突き破り、立体映像がフィールド頭上に時空の裂け目を創造する。

 裂け目の間から交差された大剣が現れ、炎が噴き出す。やがてその剣の片割れを掴んで、蒼いオーラを放つ最強の剣士が現れた。

 

「『カオス・ソルジャー』、降臨」

 

 

 

 ――そして、伝説が現れた。

 

 

 

 その者は、天使のように神聖さと、悪魔のような禍々しさに包まれて、ゆっくりとフィールドに舞い降りた。

 深い蒼に染まった鎧は鋭利な金縁に彩られ、十字鍔の大剣は獲物を裁断しやすいように刃を湾曲させている。この世のものとは思えぬ絶世の美貌は、ただこの瞬間のみ、龍を畏怖させるがごとき殺意で静まり返っている。 

 観衆が今日、一番のどよめきをあげた。キング・オブ・デュエリストが愛したという伝説の戦士が降臨したのだ。

 

「ばっ、馬鹿なっ! 伝説のカードが、どうしてここに!?」

「カオス・ソルジャー。勝利の神を引きずってこい!

 僕は伏せてあった。『受け継がれる力』を発動。『異次元の女戦士』を一人墓地に送り、彼女の力をカオス・ソルジャーは継受する。

 さらに『メタル化・魔法反射装甲』。カオス・ソルジャーの攻守は300ポイントアップ。さらに相手モンスターを攻撃する時、そのモンスターの攻撃力の半分の値、攻撃力が上昇する!」

 

 最後の女戦士が光の粒子となり混沌の戦士にまとう。そして彼を守護するかのように、純銀色の鎧が装着される。

 彼の殺意は二つの新たな輝きを受けてさらに強固なものとなる。恒星に勝るとも劣らぬ、勝利の光。

 その攻撃力、4800。

 

「『カオス・ソルジャー』、『ダーク・ホルス・ドラゴン』へ進撃!」

 

 戦士が大剣を垂らすと……ひゅんと、音もなく龍の布陣へ跳躍。地面すれすれを風のように飛んでいき、剣士は黒い巨竜へ近づくと、その下腹部めがけて曲剣を突き立てた。

 純銀の鎧が輝いて龍の血肉から力を奪う。攻撃力、6500に上昇。

 

「閃光の、カオスブレード!!」 

 

 戦士が宿っていた光が、意思を持つかのように剣に集約する。彼は両腕に力を込めると、雄叫びをあげながら、巨竜の体を一気に駆け上がって頭頂部までを断ち切る。

 閃光が切断面から発せられて……爆発。斧を持つ龍も爆炎に呑まれて破壊され、会場全体を揺るがす光の暴風が走った。誰もが声を上げて顔を覆う中、遊座はしっかりと杖を立てて、相手の最期を見据える。

 風と煙が晴れていくと、地に伏せた試験官が見えてきた。そのデュエルディスクに刻まれたライフゲージは、0。

 敗者の誕生により、立体映像は役目を終えた。混沌の戦士が幻のように消えていく。遊座は、勝利の喜びに震えながら、《魂のカード》を手にとった。

 

(勝った……勝ったよ、父さん!)

 

 実の父から託された、形見。義理の父からは与えられぬ、太陽のような誇らしさ。

 心からの笑みを浮かべながら蒼い戦士を見詰めて――

 

 

 

 ――そいつは、首をぎょっと捻り、遊座と見つめ合う。 

 

 

 

『おい、エロい壁画はどこだ。なるべく卑猥なものを希望する』

「……」

『や、やめろォッ! 俺に、ホモの絵を見せるなぁぁっ!』

 

 

 

 数日後、遊座の下に一通の書類が届いた。

 デュエル・アカデミアの入学許可を知らせる手紙だった。

 

 




 書き過ぎた(白目)。
 次からはダイエットします、ごめんなさい。
 
 使用されたカード一覧は、書いてまとめた方がいいのかな。
 希望があればそのうち……(やるとはいっていない)。

ラストターン使用カード変更
サイクロン→神の宣告
命削りの宝札→天よりの宝札

 原さんの手札計算ミスりました。
 火力を控えめにしました。ごめんなさい(土下座)。
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