すんません。
ざぶり、ざぶり……。小さな波が大海に広がり、船首にぶつかる。
からからとした日本晴れの下、海鳥が純白の翼を広げて飛んでいるのが船の甲板から見れる。少女らは微笑ましくそれを眺め、そして少年らはカードによる攻防に夢中となっていた。
遠く、横浜の港から出航した大型客船。出航のトランペットと別れのハンカチに見送られると、船長はその航路を南西に取り、太平洋の真ん中にある孤島へ目指す。そこには非常に専門的な分野ではあるが、しかし社会的には受け入れられるであろう、世界最高水準の教育機関が設立されている。
《デュエル・アカデミア》。
「僕はモンスターを裏守備表示に召喚……さぁ、君の番だ」
「ドロー。ええっと……じゃぁ、これを召喚する! 『バードマン』!
更に『デーモンの斧』と、『メテオレイン』を発動! 1000ポイント攻撃力アップ、そして相手の防御を貫通だ! 行け、バードアックス!」
甲板に立つ少年少女の注意が、その鳥人に奪われる。
赤い戦化粧を顔に施す、カラスのような羽根をした男だ。彼はその手に地獄の悪魔の顔をした斧を持ち、大気圏につっこむ隕石のような勢いで、甲板に伏せられたモンスターへ吶喊する。攻撃に迷いはなく、誰もがこの攻撃は通ると思っていた。
カードが反転し……四足の鉤爪をした赤い爆弾が現れる。それは鳥人が攻撃するよりも早く、鳥人の体に鉤爪を絡ませてしがみつく。反抗を封じるように、鈍い輝きをした爪が鳥人に食い込んだ。
遊座は不敵な笑みを浮かべて。
「僕のモンスターは、『スフィア・ボム 球体時限爆弾』。裏守備表示のこいつを敵モンスターが攻撃した時、ダメージ計算を行わず、攻撃してきたモンスターの装備される。そして次の君のスタンバイフェイズに爆発。『バードマン』は爆殺され、君はその攻撃力分のダメージを受ける!」
「そんなッ!? 俺のライフは1500、『バードマン』の攻撃力は2800……。うぐぐ、『サイクロン』があればっ!」
「まだ君の番だ。どうする?」
「た、ターンエンド……」
遊座はデッキからドローする。
―――――――
相手:【LP】1500
【手札】2枚
【場】 メテオ・ストライク(→バード) デーモンの斧(→バード)
バードマン(ATK1800+1000、貫通)
遊座:【場】 なし
スフィアボム(→バード)
【手札】カオスの儀式 デュナミス・ヴァルキュリア ペンギン・ソルジャー
【ドロー】神の宣告
【LP】2300
―――――――
「(結局、来なかったか)……では僕のターン。一枚伏せてターンエンド。さぁ、カードを引くんだ!」
「俺はこれに、すべてを託す! カモン、『サイクロン』!! 来なかった!!」
「大・爆・発!」
爆弾の爪が一層食い込む。瞬間、船を轟沈させるような爆炎が空中で生まれる。スフィアボムは、モンスターの強さに比例して更なる力を得る爆弾だ。空中で炸裂するそれは、さながら第二の太陽。航海士が思わず呻くくらいの眩しさだ。
デュエルを観ていた誰もが顔を隠して、
何度か目をぱちくりさせた後、遊座は青天と挨拶をするかのように気絶した対戦相手を見て、静かに勝利を噛みしめる。そして少女らの非難の視線から逃げるようにつかつかと杖を突いていき、自室のベッドに寝転んだ。
「ふぅ、どうにか勝った。一応『神の宣告』を伏せたんだけど、心配いらなかったか」
『船出を勝利で飾ったな。見事なものだ』
デュエルディスクに挿入されたデッキから野暮ったくもどこか品のある声が届いてくる。
遊座はデッキに指を滑らせ、それを引き抜いた。青のカード枠に囲われて『カオス・ソルジャー』が椅子にふんぞり返り、魔性のごとく整った美顔に賞賛の笑みを浮かべている。中身がただのエロいおっさんだと知っていなければ、遊座とて一瞬、見惚れてしまうやもしれなかった。
(というかなんで椅子に座ってんの? どっから取り出したの、それ)
デュエルモンスターズの販売下である
遊座もまたそれの所持者である。が、彼が持つそれは余りに希少すぎて真っ当な価格がつけられないだろう。世界で唯一の、喋るカードであるがゆえに。
「君を出せたらもっと恰好がついたんだけどね。儀式魔法を引けても、当人が来ないんじゃ意味がない」
『俺に相応しい場を作ることだ。あれしきの格下など……俺が出る幕ではない』
「随分と言うね。君ってそんなに偉いの?」
『そうだ。俺は最高の戦士。混沌の
「いつの時代さ。ファラオって、古代エジプトの王様のことを言うんだっけ?」
ディスクからマイデッキを出して、中身を確認。
今日使ったデッキは試験で使ったのと同じものだ。
(相手のデッキ……通常モンスターが多過ぎだったな。サポートカードが豊富だったけど、あれは駄目だ。装備カードに頼りすぎてモンスターの展開が遅い。デッキを回すことはやっぱり重要みたいだ。
……《カオス・ソルジャー》は、戦士族の儀式モンスター。戦士族はサポートカードが充実している。もっとサーチカードを入れて、デッキを戦士で固めた方がいいか? うん、そうすべきだ。いや待て。迂闊にそんな結論を出していいものか……)
堂々巡りの思考の海。解答と間違いが、泡のように現れては消える。しかしこれも愉しみな時間だ。
あれやこれやと深く考えて、自分だけの解答を探して、それを試す。いい結果が出なければ再考して、またデッキを組み直す。延々と螺旋階段を登るような日常だが、それが苦にならないのは遊座がゲーム好きであり、そしてデュエルモンスターズが大好きだからだ。
間違いはあるが正解がない。それがゲームの真理。どこまでも悩むのが正解だ。遊座はそう感じていた
ぷいっと横から、『おい、遊座。よく部屋が見えんぞ』。強欲なカードである。
「はいよ。これで見える?」
『おお、よき働きだ。うむ、なんとも無機質な空間よ。しかし居住性は高い。これが鉄の時代の――』
――ざばぁん! 船が、波で大きく揺れた。
『おろろろろ』
「うへぁ……」
どうして椅子はあるのにエチケット袋はないのか。遊座は溜息を何とか殺す。
試験の日以来、遊座はこの不思議なカードについていろいろと調べた結果、《何もわからない》ことがわかった。なぜ喋れるのか。《カオス・ソルジャー》とファラオの関係とはなにか。すべてが謎に包まれて、理解がつかない。
戦士にとっても、なんで自分がカードに囚われているのか分かっていないどころか、それ以前の記憶についても思い出せないようだった。唯一覚えているのは、自分がナイル川のほとりで生まれたファラオの戦士で、《カオス・ソルジャー》を使役した戦士だということのみ。
夜通し頭を悩ました結果、遊座は結論に達する。
「おい、
元はと言えば《カオス・ソルジャー》は、遊座にとって命と同じくらい大切なカード。それが喋るようになっただけで、大事にする気持ちは変わりがない。戦士の方も極上のレアカードだといって売り捌きにもいかず、自分を大切にする遊座の存在はありがたいようで、提案にすぐに賛同してくれた。
こうして二人は友となり、デュエルにおける掛替えのない相棒となった。価値観がやや異なる点を差し引けば、両者の関係は良好かつ相互理解のあるものだ。遊座は現状に満足すら感じていた。ある一点を除けば。
(君がこんなに自由気儘なんて思いもよらなかった……僕の《カオス・ソルジャー》のイメージがずたぼろだよ……)
いろいろとお出しになられた後、自称ファラオの戦士は、無駄に高貴な顔付きを青白くさせて不平を言ってくる。
『どうして、どうして船なんだ。船は駄目なん……しまった。鎧にかかってる。洗った方がいいか?』
「洗えよ! 汚い恰好じゃ恥ずかしくて召喚できないでしょ!? 裸で出るつもり!?」
『女性と裸のお付き合いができるなら俺は混沌の戦士をやめるぞ! 偉大なるファラオの裸族だ! 筋肉モリモリ、まっちょまんの変態だ』
「ふざけるな、《カオス・ヘンタイ》! お前のせいでデュエルが18禁になるだろ! 君はちょっと、黙っていろ!」
遊座はカードをつかむと、引出しの中に偶然入っていた雑誌を引っ張り、ぞんざいな手付きでカードをその中に挟んだ。
くぐもった声で、変態は感動の呻きを漏らす。
『すんばらしい……おお、いい光景だ。おぬしも男よのぉ』
(は? 一体どういう意味……)
雑誌の表紙を見て、遊座は耳を赤くさせた。八頭身の色気たっぷりのグラビアモデルが、過激な水着で、過激なポーズを取っている。
「う、うるさい。これは、僕が持って来たんじゃない! 偶然、引き出しの中にしまってあっただけだ!」
『不健全だぞ、異性の体に興味がないなど! いや、待て。お前は童貞か? そうかそうか、純情な男の子という訳か』
「そ、そんなのどうだっていいでしょ!?」
『男は童貞を失えばおっぴろげの変態になる。俺はそうなった。お前もいつかはそうなる』
「知らないよ!」
遊座は杖で真上から雑誌を叩く。ハレンチな水着美女の笑顔が歪んだ。
だが《カオス・ソルジャー》はまったく動じず、不敵な笑い声をあげる。更に文句を言ってやろうかと思ったその時――
《まもなく、デュエルアカデミアに入港いたします。恐れ入りますが、乗客のみなさまは自室で待機していただくようお願い申し上げます》
――船長からのアナウンスが入って来た。目的地はもうすぐのようだ。
『……でゅえるあかでみあ、といったな。家でも何度も言っていた。それはなんだ? 学校か?』
「……そうだね。デュエルモンスターズを専門的に勉強するための世界最高峰の教育機関だ」
『まるで分からん』
「要はカードゲーム専門の学校だよ。今の世の中、カードゲームで億万長者になる人なんてざらだよ。名声に抱かれながら金塊を敷いた浴槽で寝るんだ」
『なんと堕落しきった世界よ。ファラオが聞けば嘆かれるだろう……』
「……君って本当にファラオのことが好きなんだね。今更だけど、仕えていたファラオの名前とか覚えてるの?」
『……よし、死ぬか』
「ちょ、ちょ待て! オチツケ!!」
慌てて雑誌を開いてそれを引っ張りだす。
混沌の戦士はけだるそうに椅子の肘置きに頬杖を突き、空いた手でまさに曲大剣を取り出そうとする真っ最中だった。
「な、なんでいきなりハラキリモード入ってるの!?」
『だってファラオの名前すら思い出せない兵士とか生きる意味あるの、っていう』
「あるに決まってる! 君は僕にとって大切な存在なんだ。勝手にいなくなられたら困る。自殺なんてもってのほか!
それにね! 君には残酷なことだけど、今の君はカードなんだ! もっというならカードの精霊! 世界でたった一人の存在なんだ! だから自分を大切にしてよね!?」
『……落ち着け。最初から死ぬ気など毛頭ない。戦いとエロがある限り、俺は生きる』
「絶対だからね? 変な考えに走らないでよ?」
『お前の勝利のためにも、俺は死なん。覚えておけ』
「……臭い台詞言っちゃって」
『お前だって十分ひどかったがな……おぉ? 耳が赤いな? 今更恥ずかしくなったか?』
「放っておいて!」
遊座は不愉快そうに戦士を雑誌の中へ押し戻し、ベッドに倒れむ。船が学園に着くまで不貞寝するつもりだった。
横からくすくすと聞こえる笑い声がやけにむかついて、遊座は雑誌をさらに杖で殴りつける。「いてっ」 殴りどころが良かったらしい、混沌の戦士はその後、口を開こうとはしなかった。
―――――三時間後―――――
「――みなさんは、今日からデュエル・アカデミアの生徒となるからにして、互いの成長と信念、そしてデュエルに対する熱い思いをリスペクトしていただき……」
(嗚呼……なんだこの視線。凄い居辛い)
『くそ、枠から出れん! ええい、こなくそ!』
アカデミア入学式。アカデミアの象徴たる特設デュエルリングにて、鮫島校長が挨拶を述べている。デュエリストとしての気概や信念を説いた訓戒は、生徒の成長を望む校長の善意によるものであった。
だが遊座は苦しんでいた。いくつもの理由がある。
一つ目。ハゲの校長は絶好調な口調でべらべらと、しかも割かしのんびりと高説を垂れており、その間、新入生は身動き一つとれやしない。椅子に座れるのが唯一の救いだが、長時間動かないままだと尻が痛くなる。既に遊座の周りからは寝息らしきものがいくつも聞いて取れていた。
二つ目。ちらちらと背中に、顔に、生徒らの意識が突き刺さる。都内の繁華街を大手を振って歩く芸能人のような感じだ。一番の気がかりは数多くの視線の中に、剥きだしの薔薇の棘のような、鋭い敵意が混ざっていることだった。今後の学園生活に一縷の不安が過ぎる。
三つ目。演説に飽きた《カオス・ソルジャー》が、この場から脱出しようと破壊活動を行っている。ガンガンという轟きは……おそらく愛剣でカードからの脱出を試みようとしているのだろう。誰かにこの異常事態を気付かれやしないか。冷汗が止まらない。
『しゃあ、おらっ! えいしゃ、おらっ!』
「剣壊れるよ」
『どうせお前に召喚される時に追加でもらえる! ええい、この枠め! ファラオの戦士を封印するとは生意気な!』
「続いて、在校生代表の言葉ナノーネ。在校生代表、オベリスクブルー二年、シニョール・丸藤」
――ぞわり。空気が一変した。
遊座に集っていた視線がみな、示し合わされたようにリングへと向かう。
しっかりとした身体つきの男子生徒が現れた。青いラインが走った服は彼の所属を現す。男子にしては長めの髪。臆病という言葉がまったく似合わない威風堂々たる雰囲気があり、眼つきの鋭さは歴戦の警察官のようだ。
丸藤はマイクの高さを調節しながら新入生らを見渡し、ふと何気なく、中列後方に座っていた遊座を見付ける。それに込められたものを感じ取り、遊座の体は強張った。
僅かな興味……そして、地獄の釜から漏れ出したような戦意。明らかに他の生徒よりも意識されていた。
(だからこっち見ないでよ)
『えいっ、この! このっ(パリン)、あ。あああっ、剣が欠けたぁっ!!』
(うるせぇよ)
無念無念という叫びに誰も振り向いたりしてこない。いや、気付いていてあえて無視している可能性がある。油断できない。主席の視線も怖い。
丸藤は壇に軽く両手を乗せて、よく通る低音で話していく。
「新入生諸君。デュエル・アカデミアへの入学、おめでとう。在校生代表として君達に言っておきたいことがある。
君達はそれぞれ違った理由があってデュエル・アカデミアへ進学してきた。この場でそれを詮索したりはしない。君が何を思うと、それは君達だけのものだからだ。
だがこの学園に進学してきたからには、君達の胸に、デュエルに対する熱い思いがあると俺は信じている。デュエルモンスターズが嫌いで、ここへ来ようとする人間はいない。
だからこそ、俺から君達に望んでいるものがある。君達のデュエルに対する想いを、昇華してもらいたい。自分の思いや自分の勝利を一方的に誇るのではなく、互いの思いを尊重し合い、戦いの後にはその努力を健闘する。デュエリストとして、人間として成長することを諦めない。それが君達のこれからの成長にとって、最も大切な信念だ」
澱みなく言われた言葉は、校長が一時間弱かけて話した内容を端的にまとめたものだった。
彼の言葉に集中しようとした矢先、ぱりんと、何かが割れる音が響き、視界が蒼の鎧で埋め尽くされた。やりやがった。
『お、おお? 出れた、出れたぞ! やればできるもんだ!』
(おい、馬鹿やめろ! 大人しくしろ!!)
『ほ、ほほほほっ! 素晴らしいっ! ファラオよ、私は飛んでおります! これで俺は自由だ! ふはははっ!!』
狂喜しながら空中で捻転し、フィギュアスケーターのように華麗に回転する混沌の戦士。だが、それを凝視するのは遊座だけだった。誰も彼のことなど見えてないし、気付いてもいない。
安堵するやら、疲れるやら。いろんな所から攻撃しようとする新しい環境に、遊座の生まれて初めて胃痛を覚えた。
『あー、疲れた』
「もう自由なんだからどっか行きなよ」
そして入学式の後、何事もなかったように寮の自室でくつろぐ戦士を見て、さらに疲れ果てるのであった。
余談だが、遊座が入ったのはラー・イエローという寮であり、歓迎会で影が薄そうな寮長が作ってくれたカレーは、まさに絶品。気疲れした胃にスパイスが沁みたことを追記しておく。
―――――その日の夜、女子寮にて―――――
デュエルアカデミアに入る女子は、男子と比べれば数は半分ほどだ。ゆえに男子のようにそれぞれ寮に分かれるということはなく、一つの寮、オベリスクブルーの寮に全員が入る。
《バトルシティ》の初代優勝者、武藤遊戯。彼が所有する三つの神のカードから名を借りた寮は、オベリスク、ラー、オシリスの順で豪華さが違う。オベリスクは頂点の青。新入生歓迎会が催されている女子寮においては、寮内に噴水があり、今それを囲うように女子会が繰り広げられていた。
未成年ということを配慮してジュースを片手に。華やかな笑顔で今後の成長を祝い、互いの努力を讃えて、しかし牽制し合う。そんな上流階層めいた光景を、原麗華は壁の花となって静かに鑑賞していた。
(こういう空気はちょっと苦手ね。何を話したらいいものか見当がつかない。というかあの輪に飛び込めない。今日はみんなの顔を覚えるだけにしておこうかしら)
「ねぇ、あなた」
足の爪先で背筋をなぞるような、猫撫での艶やかな声。
淡い紫色の長髪を頭部で左右に分けた少女が原を見詰めている。とびぬけた美少女だ。均整の取れた黄金律の肢体に、出るところは出て締まるところは締まった体。同性という立場から考えても他の女子とは比べ物にならぬほどの容貌の持ち主で、挑戦的な真紅の釣り目と扇情的とすら感じさせる微笑は、傾城の魅力と評するに十分過ぎる。
原は、心のどこかで拒否反応のような不快感が湧くのを感じるが、それを無視して、思い出した。
「あっ。あなたは、確か会場で近くに座っていた……」
「記憶力がいいのね。あなたに尋ねたいんだけど、二次試験で《カオス・ソルジャー》を使っていた人とは、知り合いなの?」
「下柳さん、ですか。いいえ、当日偶然出遭っただけで、親交はありません」
「ふぅん。ということは、顔見知りというのは変わりないわね?」
「何か彼に用があるのですか?」
「ええ……」
少女は二の句を継ごうとするも、思い直したようにゆっくりと口を閉ざした。
「……いいえ。彼の友人なら、話を通して欲しかったと思っていただけ。ただの知り合いというのなら無理を押し付けてはいけないわ。突然、ごめんなさいね」
「待って下さい。私で力になれるなら、喜んで力になります。私達は同じ生徒で、同じ一年生なのですから」
「あら、そう? だったら今度でいいわ。彼にこう伝えてくれるかしら」
一歩二歩と近づいてきて、彼女は微笑んだ。ふわりと漂ってくる上品なコロンの薫り。魂を抜き取るかのようにな妖艶な色気。その年の子とは思えぬ雰囲気に、原はたじろぐ。
潤いを帯びた唇が、月を隠す流れ雲のように形を変えて。
「私は、強い男が好み。今はまだあなたに用がないけれど、私がもっとデュエルと女を磨いたら、あなたの本気を見せて頂戴」
「な……なんですとォッ!?」
「しっかりと言ったわよ。それじゃあ、御互いに歓迎会を愉しみましょうね」
「ま、待って下さい! お名前は?」
「藤原雪乃よ」
そう言い残して、彼女は手をひらひらと振って去っていく。自分の色香をその場に刻むようにしながら。
原は呆けた風にそれを見送って、暫くした後、品行方正な口がびくびくとひくついていく。
「なんですか、あの人は……は、破廉恥ですっ! どうなってるんですか、昨今の女性というのは!」
律するべき法の精神をまるで意に介してないような、異性を弄ぶ態度。法律家の両親から授けてもらった美徳と教養には、人に向かってあんな蠱惑な笑みをしろなどという教えはなかった。むしろあれは原にとっては相容れぬ存在だ。理解はできても受け入れられない。
原はぎりりと歯噛みして、将来の学園の風紀を乱す、魔性の女を睨んだ。凡庸な花のように視線で棘を投げる。
そして藤原は同級生・上級生の妬みのオーラを笑って受け流し、オレンジジュースが入ったグラスを傾けた。その所作一つ一つが洗練され、美しいものとなっているのに、ますます原は煮えくり返る思いを抱いてしまう。