―――――――
③ツ・①宮:【LP】6200
【手札】3:2
【場】(伏) 団結(→フレウィ)
ザンジ 師範 フレイムウィング(ATK2100+2400)
【フィールド】アンデッド・ワールド
④遊・②向:【場】(ペンギン) ゾンビ(守) スカル・フレイム スカルヘッド
暗黒の扉 リビング(→スカ・フレ) 冥界砲 (伏)
【手札】カオス・ソルジャー 死者蘇生 ガイアパワー : 0
【LP】8000
―――――――
ぱらぱら……土が形を変えて、崩れていく。モンスターと大砲による弾丸で、アンデッドの暗澹とした庭には土煙が巻き起こっていた。
教壇全体が見渡せる上部座席で、原は油断なく土煙を見据える遊座を見る。
まだ彼女は、件の《あの言葉》を彼に伝えていない。言うタイミングこそ沢山あるが、どう言っていいのか、どんな反応が返ってくるかを考えると、口が開こうにも開かなかった。
「ここまでは、普通ね」
凛……と、鈴のように綺麗で、香り立たせるような色気のあるアルトボイス。藤原雪乃がその秀麗な顔に、闘争を愉しむ小さな笑みを浮かべている。
その横顔の中になにが眠っている。彼女は遊座を使って、どうしたいのだろうか。原が彼女とタッグを組んだ理由は、そこにあった。
「……あなたも愉しみなさいな。あなたの御友達が戦っているのよ」
「と、友達ではありません! その、そんなに深い仲ではなく、パートナーと言いますか……兎に角違うのです!」
「私の耳には、友達よりもパートナーの方が、より親密な間柄を思わせるのだけれど」
「っっ!!」
「そんなに顔を赤くしちゃって……可愛いわね、あなた」
「ふん。そうやって彼にも同じように囁くおつもりですか!?」
「私がそういう気分になったらするかもしれないけど……今は保留ね。この学園の男共が、どのくらい逞しいのか。まだまだ分からないことばかり。それが分かったら……」
藤原の瞳に艶やかで、深い色が差した。己の欲求に忠実でかつ狡猾な雌豹のような眼光。
サバンナに暗躍する密猟者は、己が張った罠に獲物がかかると舌なめずりをするという。彼女はそのような品性を欠く行為はしない。だがその底無し沼のような欲望を、瞳で語っている。
「彼を、私の物にしちゃおうかしら……」
「あ、あなた……やっぱりそんなことが――」
「――やってくれたわね!!」
フィールドの煙が晴れた。ゾンビを化した侍達の背に隠れるように、宮田が咳き込んでいる。
かつんと、靴音が鳴る。ディレは鬼気迫るような闘志をたぎらせ、凛然と立っている。
「やってくれたわね……倍にして返してあげるんだから!
ボクのターン、ドロー!(手札3→4) 『強欲な壺』でカードを二枚ドロー!(手札3→5)」
ディレは体を腐敗させつつも、生前の忠義を思わせるようなモンスターの凛然たる姿を見る。
「……ボクの六武衆。どんな姿になっても、信じているわ!」
『空気が変わったぞ。何か来る』
「向田さん。注意を」「んん?」
「ボクは『紫炎の狼煙』を発動! デッキから、LV3以下の『六武衆』と名の付くモンスターを手札に加える。僕は『六武衆ーカモン』を手札に加えるわ(手札5→5)。
そして、『六武の門』を発動! 「六武衆」と名のついたモンスターが召喚・特殊召喚される度に、このカードに武士道カウンターを2つ置く。さらに『六武ノ書』を発動して、フィールドの六武衆二人を生贄に、デッキから『大将軍 紫炎』を特殊召喚! 『ザンジ』と『師範』を生贄にして、推参せよ、大将軍!(手札5→3)」
墓場の奥から、仰々しい和風の大門――東大寺の南大門のよう――が現れる。落ち武者と化した二人の武士が、その大きな巻物を二人がかりで広げる。魔法陣のような扉の錠が武士らを吸いこむように光り、開門する。
中から現れたのは、井伊の赤備えがごとき威風堂々たる鎧武者。武者は、放たれてきたドクロの弾丸を受けても何一つ怯みはせず、ディレもライフゲージが5400まで減ったのに動じない。
「上級モンスターを出したところで、残念だが私の『冥界砲』は、相手ターンでも発動するのだ」
「コバエの鉄砲でいい気になってんじゃないわよ!
ボクは墓地の『六武衆』二人を除外して、手札から『紫炎の老中 エニシ』を特殊召喚!(手札3→2) 『エニシ』の効果で、フィールドのモンスター1体を破壊できる。破壊対象は『スカル・フレイム』!」
「おおぅ……」
緑の陣羽織をまとい、髷を立てた侍がどこからともなく現れたと思うと、《喝》とばかりに目を広げた。
『スカル・フレイム』の体が震えだし、大砲から滑り落ちて地面に消える……ような光景だったが、遊座の眼には侍にビビって遁走したようにしか見えなかった。
「ボクは『六武衆ーカモン』を召喚。三体の六武衆が召喚されたことで、『六武の門』にはカウンターが六つ乗っている。ボクはその四つを取り除き、『門』の第二の効果を発動。自分のデッキ・墓地から「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。墓地から『師範』を加えて、その効果で『師範』を特殊召喚するわ。
さらに『カモン』の効果発動! 『カモン』以外の「六武衆」と名のついたモンスターが存在する場合、1ターンに1度、フィールド上に表側表示で存在する魔法・罠カード1枚を選択して破壊できる。破壊するのは『暗黒の扉』!」
ばりんと、小気味よく魔法が破壊される。ワンターンで、向田の温情は砕け散った。
相棒は愉快そうに頬を吊り上げる。
『どうだ。見立て通りだろう』
「ひょっとして気に入ったの?」
『威勢の良い小娘は、将来、良い花嫁になる。ファラオの民は皆そうだった』
「あ、あの! モンスターが五体に増えたことで、『フレイムウィングマン』の攻撃力は、プラス4000の6100になりますぅ!」
「くっ……ここは、私の世界だというのに!」
「ふふ。これもボクの力ってやつよ。
さて。ちょっと物足りないけど、この布陣で攻めましょう。さっきの特殊召喚で、『六武の門』にカウンターが二つ乗り、四つになったわ。その二つを取り除くことで、第一の効果が発動。フィールド上に表側表示で存在する「六武衆」または「紫炎」と名のついた効果モンスター1体の攻撃力は、このターンのエンドフェイズ時まで500ポイントアップする。
私は第一の効果を使い、『大将軍』に効果を発動! 攻撃力500ポイントアップ!」
門の中から光が走り、鎧武者の中へと吸い込まれる。兜から注がれる眼光に力が入ったように感じられた。
「これが最後よ! 『団結の力』を『大将軍』に装備! 合わせて攻撃力は、7000まで上昇!」
「ホァァッ!? 7000ってどういうことカネ!?」
「わぁ、吃驚。ディレさん、君もそのカードを?」
「デュエルを始める前に話し合ったのよね。タッグデュエルをするなら、このカードを入れましょうって。ねー?」
「はい! パートナーとの団結が、勝利をもたらすんですぅ。僕はディレちゃんが勝つって信じてます!」
「ふふ、ありがとう。でも覚えてね、勝つのは僕とゆま。そしてボク達のデッキよ!」
有翼の緑の異人と四人の武者が肩を揃えて、生身の刀のような視線を注ぐ……武者たちはさらに本物の刀を鞘から抜き、それぞれ違ったポーズで構えていた。フィールドも合わさることで、あたかも敵のアジトに乗りこむ寸前の一枚に見える。
「さぁ、引導を渡してあげる。バトルよ! 強化された『大将軍』で『スカルヘッド』をこうげ――」
「――ハッハァァ! このタイミングで、『地縛霊の誘い』を発動! このカードがある限りは、相手のモンスターの攻撃対象は私が決めることができるのだ! 『大将軍』が攻撃するのは……下柳くんの伏せモンスターだ!」
「嗚呼、またか! 勝手に僕らのフィールドを支配して!」
「ふははは! 私がこのデュエルをただ一人、指揮するのだよォッ!」
ポチっ、ポチっ。何度もスイッチを押す。ポチ、ポチ、ポチ。無反応。
『大将軍』は猛然と、『スカルヘッド』に斬り込んでいく。ドクロも、その主も必死の形相となった。
「え? あれ? な、なぜ『地縛霊』が出ない。え、ちょ、ちょちょちょちょちょ!!!」
滝を二つに割るような瓦割りをドクロがもらい、雪崩のような爆炎が遊座……の横を通り過ぎ、向田を吹っ飛ばす。まるで湯を通した春雨のように髪が乱れ、落ち武者ばりの頭となった。
客席上段の隅に座っていた原は、思わず嘆息した。
「だと思っていました。下柳さん、パートナーが悪すぎます」
「……あの程度の相手に苦戦するなんて。失望させては嫌よ、ぼうや?」
彼女の隣で、藤原が苛立ちを滲ませて言う。神をも虜にする岩清水のように湧き出る色気……それに負の感情をブレンドすることで、凡人が竦むような凄味を表現していた。彼女の類稀な美貌に惹かれた男子らが、音を立てぬようにすり足で離れていく。
ディスクのLPゲージが8000から一気に2000まで目減りしたのに、遊座は口を引き攣らせる。彼の相棒もまた深刻そうな顔で。
『凄まじい痛手だな。いつものデュエルなら、肉片一つ残っておらん』
「い、言いたいことは分かるけど、デュエルはそこまで物騒じゃないから……で、トリックの種はなにかな。宮田さん?」
「わ、私は、攻撃に合わせて伏せカードを発動していました! 『神の宣告』です! 半分のLPを支払って、その罠カードの発動を無効して、破壊したんですぅ!」
「さっすが、ゆま! 最高よ!」
「えへへ。これがコンビネーションですぅ!」
ハイタッチをかわす美少女二人。おどろおどろしいフィールドの中、二人だけが輝かしい星光を受けているように見える。
ディレは力強い笑みを浮かべて指差す。
「『カモン』と『エニシ』は、その効果を発動したターンは攻撃できないわ。だから『師範』! そこのガキンチョをやっつけちゃいなさい! 特攻!」
独眼の老武将が年齢と体の腐敗ぶりを感じさせぬ、風のような一太刀を浴びせた。斜めに別たれるゾンビの子供は、煙のように消えていった。
ゾンビのような呻きを上げて、向田は起き上がる。盛大に吹っ飛ばされてどこか痛めたのか、腰に手を当てて伸びをしている。
「なんか期待外れね。試験官に逆転勝利を収めたって聞いて、強いのかなって思ってたんだけど。あんた達、それで本気なの?」
「……下柳くん、言ってやりたまえ」
「見くびってもらっちゃ困るよ、ディレさん。僕は昔とは違う! 二次試験の時よりも、そして入学した時よりも、僕の力はさらに高まっ、あいててて……腰がッ」
「せ、せめて《カオス・ソルジャー》くらいは見せてよね。ターンエンドよ。門による強化も、このターンで消えるわ (手札→0)」
―――――――
③ツ・①宮:【LP】2700
【手札】0:2
【場 門(武:2) 団結1(→大将軍) 団結2(→フレウィ)
エニシ 師範 大将軍(ATK2500+4000) カモン フレイムウィング(ATK2100+4000)
【フィールド】アンデッド・ワールド
④遊・②向:【場】(ペンギン)
冥界砲
【手札】カオス・ソルジャー 死者蘇生 ガイアパワー : 0
【LP】2000
―――――――
一見、フィールドのカードだけを見れば遊座側にとって圧倒的な不利に見える戦況。早とちりしがちな生徒らは、既にディレらの勝利を確信していた。
しかし、そうは問屋が卸さない。それが気まぐれなカードの精霊の思し召しだ。
「僕のターン、ドロー(手札3→4 ドロー:強欲な壺)」
一発逆転に繋がる、最高のドローカードがきた。
何のためらいもなく使ってやりたいところだが、彼のカードに関する記憶が赤備えの鎧武者に秘められた力を警告する。
「……僕の記憶が正しければ、『大将軍』がフィールド上にいる限り、相手は1ターンに1度しか魔法・罠を発動できない。そうだったね」
「御名答よ」
「だったら出番だ。オープン、『ペンギン・ソルジャー』!!」
「げぇっ!?」「あうぅ、可愛いですぅ!」
小振りな剣を持ったペンギンが、カードをひっくり返して現れた。愛くるしい眼差しに宮田はデレデレとなり、その凶悪な効果を思い出してディレは瞳を見開いた。
「おう。懐かしいカードだ。私も昔は使っていたな」
「効果はみんな知っているみたいだね。さぁ、『ペンギン・ソルジャー』! 『大将軍』と、『フレイムウィングマン』を追い払ってしまえ!」
「ああ、僕の六武衆が!」「『フレイムウィングマン』!」
ペンギンがてくてくと短足をもって近付くと、地面に平べったい手をつっこみ、ちゃぶ台返しのように捲りあげる。鎧武者と有翼の異人はそれに巻きこまれるようにフィールドから離されてしまった。
その矮躯には似合わぬ盛大な仕事ぶり。ふんすと鼻息を漏らす姿は堂が入ったものだ。
「これで魔法が自由に使える……! 僕はここで、『強欲な壺』を発動し、二枚ドロー(手札3→5 ドロー:マンジュ・ゴッド 攻撃の無力化)。手札から、『マンジュ・ゴッド』を召喚!
『マンジュ・ゴッド』が召喚に成功した時、デッキから儀式モンスター、または儀式魔法を手札に加えることができる! 加えるのは、『カオスの儀式』!」
「来たわね……」
「『死者蘇生』を発動! 向田さんの墓地から『スカル・フレイム』を特殊召喚! 『冥界砲』を喰らってもらうよ」
ドクロ製の大砲台が発動し、相手陣地に着弾する。LPを1900まで減らした。
「そして、『カオスの儀式』を発動! 最強の剣士のために贄となれ、LV8モンスター『スカル・フレイム』!!」
アンデッドの大地を突き破り、昏い炎を照らす祭壇が現れる。轟轟と燃え盛る燭台の間に大剣が交差され、ゆっくりと、古強者の証明たる蒼い鎧が浮き出てきた。
朽ちた体に鞭を打ち、武者たちはそれを確りと見届ける。最古にして、最強にして、その名を世に名を知らしめる最高の剣士が現れる様を。
「『カオス・ソルジャー』、降臨!」
大剣の前に、炎の渦が湧き起こる。生者の生血を吸った地面が、まるでひれ伏すかのように炎から逃げていく。
クレーターの中心から、ゆっくりと、蒼き鎧を炎で照らし、《カオス・ソルジャー》は死者の世界に降臨した。鎧のあちこちに罅が入り、僅かに見える顔が土気色をしているのは死者の世界に足を踏み入れたせいだ。
死者の指揮者は思わず唾を飲みこむ。
「こ、これが……『カオス・ソルジャー』。だが、その姿は」
「うん。僕が知っている彼は、こんな姿をしては駄目だ。だから向田さん、君には悪いけど……僕の舞台を作らせてもらう!」
「……ふん、勝手にするがいい」
「戦士の大地を、僕は作るよ。フィールド魔法、《ガイアパワー》!」
死者の国をまとう、暗澹とした空気が割れた。
気付けば空は、巨大な樹木が作り出す樹冠をかぶっており、樹冠と周囲の木々の合間からさんさんとした陽光が注いでいる。すべてのモンスターがその恵みを受けて、生前の最も輝かしき姿となっていた。
混沌の戦士が曲大剣を肩にかつぎ、首を軽く鳴らす。新たなフィールド魔法の影響により、すべての地属性モンスターは攻撃力が500アップし、守備力は400ダウンする。戦士の攻撃力は、3500。守備力は2100。
ディレは感慨深そうに瞳を閉じた。そして開眼した時には、晴れやかな微笑を浮かべた。
「……見事ね、下柳遊座」
「ありがとう。行け、相棒! 『六武衆―カモン―』を攻撃! カオス・ブレード!」
「『門』に乗った二つの武士道カウンターを消して効果発動。『カモン』の攻撃力を上げるわ!」
戦士の邁進を、小さな赤備えはその身を呈して受け止めた。衝撃がディレらを襲い、ライフを著しく削る。
「『ペンギン・ソルジャー』を守備表示に変更。更にカードを伏せて、ターンエンド(手札0)」
―――――――
③ツ・①宮:【LP】400
【手札】1(大将軍):2
【場 門(武:0)
エニシ(ATK2200+500) 師範
【フィールド】ガイアパワー
④遊・②向:【場】ペンギン(守) マンジュ カオス・ソルジャー(ATK3000+500)
冥界砲 (攻撃の無力化)
【手札】0 : 0
【LP】2000
―――――――
形勢は変じた。少女らへと傾いていた勝利の天秤は、今、男子らの方へと重みを移している。
宮田はフィールドを……泰然とした混沌の戦士とその後ろに控える伏せカードを見て、そして震えている手に握られた自らの手札を見ると、瞳に涙を浮かべる。遊座は察した。彼女は今、自分が二次試験で窮地に追いやられた時のように、すべての望みを絶たれたような思いを抱いている。助けてはやりたいが、デュエリストである以上、今は情けをかけられない。
樹冠の囁きが、宮田の僅かばかりの希望の灯を奪おうとする。ディレは優しげに彼女を見詰める。
「どうしたのよ、ゆま」
「……あうぅぅ。私の手札じゃ勝てないですぅ。……ごめんなさい。LPを勝手に使ったせいで、こんな不利に持ち込まれてしまいました。ディレさんに迷惑かけてばかりで……」
「ボクは、ゆまの選択が正しかったって、思ってるんだけどね」
「そ、そうですか?」
「うん。ゆまだってそうでしょ? あれが一番良いタイミングだと思ったから、使ったんでしょ? だからボクは信じた。今でも信じてる」
「な、なにをでしょうか」
「デュエルに勝つこと。ゆまが勝利を信じられなくても、ボクは信じるわ。だから、ゆまも諦めちゃ駄目」
ディレの両手がたおやかな手付きで、宮田の手をしっかりと握る。その手に走る震えと、胸に突き刺さる絶望を払うように、力強く。
おずおずと宮田は顔を上げた。何物をも受け入れるような慈愛の笑みで、しかし明日を夢見る戦士のような純真な眼差し。心の震えを熔解するまで、宮田は何度も呼吸を繰り返す。遊座も、彼の相棒も、向田ですらも、宮田の覚悟を待っている。
「引きましょう。あなたのと、ボクと、カードの絆を見せて」
「……あううぅぅ。私は、ディレちゃんみたいに強気にはなれません。でも……」
「でも?」
まだ濡れた瞳に、希望の光を宿す。口許には疑うことも知らぬ、いつもの微笑みがあった。
「デュエルは最後まで、諦めません。そう決めました」
「……うん」
「私のターンです! ドローー!!」
吹っ切れたような一声、腕の振り。彼女の顔から迷いは無くなっていた。
『良い戦士になるぞ、彼女は』
「ああ。HEROみたいだ」
「私は『天使の施し』を使います! 3枚引いて、2枚捨てて……魔法カード、『友情 YU-JYO』を発動します!!」
宣言を聞いたディレは思わず吹きだす。二人が近付いてくるのを見て、遊座らもそれに応じるように近付く。
樹冠と木々の間、太陽の光が差し込むその場所で、四人は握手を交し合った。
「下柳さん! 今日は、有難うございました!」「こちらこそ!」
「あんたのバーン、結構やるわね」「君の六武衆も。さすがは、侍だ」
晴れ晴れとした笑みを見せる宮田と、遊座。勝気に頬を吊り上げるディレと、向田。健闘を讃えあう。
青春を絵に描いたような光景に、ギャラリーの間に立っていたクロノスは手を何度も打ち鳴らす。生徒らも同じように、手を鳴らす。拍手喝采が教室に木霊した。
四人は元の位置に戻り、向かい合う。今日一番に自信溢れる宣言を、宮田は下す。
「『友情 YU-JYO』の効果で、お互いのライフポイントは現時点のお互いのライフポイントを合計して半分にした数値になります。ライフの合計は2400。つまり、ライフは1200です!」
「うん!」
「さらに手札から、『融合回収』を発動! 墓地から『融合』と、『フェザーマン』を手札に加え……『融合』を発動します!
『フェザーマン』、『クレイマン』! 強い絆に結ばれたHEROよ! 今、燦々たる大地に招来し、力を示せ! 私のHERO、『E・HERO ガイア』!!」
二人の異人が交わる渦から、鋼鉄の黒いメタリックフォルムをしたHEROが見参する。体のあちこちにレーザーを照射するための赤い射出口があった。
特別な異人の出現により、『冥界砲』が再び砲弾を放つ。宮田は甘んじてそれを受け止める。
黒いHEROは踏ん張るように足を広げると、黒光りする両腕の射出口を混沌の戦士に向け、レーザーを照射した。戦士からHEROに向けて、レーザーを通るようにエネルギーが伝わっていく。
「『ガイア』の効果を発動です! 召喚成功時、相手モンスターを選択します。そしてそのモンスターの攻撃力を半減させ、半減させた分を、『ガイア』のものとするのです! そして『ガイア』もまた、大地の子供! 『ガイアパワー』は彼に味方します! よってその攻撃力は……4450!
行きます、下柳さん! 『ガイア』で、『カオス・ソルジャー』に攻撃ですぅ! コンチネンタルハンマー!!」
力を奪い取った『ガイア』は、高々と跳躍して、全身の射出口を光らせる。今にもそこからレーザーが放たれようとした瞬間――
「罠カード! 『攻撃の無力化』!」
――遊座のカードがその力を発揮して、『ガイア』から放たれたすべてのレーザーを、青い渦の中へと連れ去ってしまう。
宮田は、結果が分かっていたのか、穏やかな笑みをたたえていた。自分のやりたいことをやることができて、自分のHEROを信じることができて、誇りを抱いている。
「ターンエンドです!(手札0)」
「私のターン。……墓地の『スカル・フレイム』を除外することで、『スピードキング☆スカル・フレイム』を特殊召喚! 『冥界砲』、放てェッ!」
炎のケンタウロスの横を、ドクロの砲弾が通過していく。止めるものが何一つないそれは無常にも相手の陣地で炸裂する。
ディレらのLPゲージが0となり、
藤原は小さく手を叩きながら、男の軟弱な理性を蕩けさせるように、艶やかに微笑んでいる。
「……彼、素敵だわ」
「……見初めたのですか」
「さぁ、それはどうかしらね。だから、もっと深く、彼のことを知ってみたいわ。そう、もっと激しい、胸の中にあるすべてをさらけ出す熱いデュエルなら……きっと、私も彼も、満足できるはず。今からそれが愉しみね」
「……」
「さっきの口振りから察するに、あなた、まだ私の伝言を伝えていないんでしょ。焦らされるのは嫌よ?」
原は言葉を返すことなく、羞恥と戸惑いが混じったように眼を細めるだけだ。落ち着きがなさそうに無自覚にデッキを撫でているのを見て、藤原はくすりと笑った。
―――――デュエルの後、食堂で―――――
「はい。こちらがスーパーレアパックです!」
《おー!》
今日のヒーローたちが、思わず歓声を上げる。今まで見たことが無い金色のパッケージ。レアカードの匂いをぷんぷんと感じさせる。
本当はこのパックを原にだけあげようと思っていた。だがあんなに気持ちの良いデュエルをしてくれたのだから、せめて気持ちの良い恩返しをしたい。遊座は、義父から送られたプレゼントの喜びを、みなで分かち合おうと考えたのだ。
宮田は輝かんばかりの顔をして、早速自分の獲物を見付けた。
「私はこれです! 開けちゃいますね!」
「あっ、じゃあボクこれ!」「ま、待ちたまえ! 私が取ろうとしたものだぞ!?」
「やったぁっ! 新しいHEROですぅ! ありがとうです、遊座さん!」
「どういたしまして、ゆまさん」
「悪いわね、遊座。こんな凄いパック貰っちゃって」
「いいのいいの。僕からの気持ちだから、遠慮なく受け取って」
いつの間にか名前で呼ばれている。この中でまだ意固地になっているのは向田だけだった。
「……あ、あの、下柳さん。ちょっといいですか?」
新しい友と喜びあおうとしたその時、原が遊座を呼び止める。
席を立って、彼女についていく。食堂の壁付近で近くに誰もいないのを確かめると、原は頬をぷっくりと赤らませて、恥じいつつも言い放った。
「藤原雪乃という方から伝言を預かっています。いつか、デュエルと女を磨いたとき、あなたにデュエルを申し込むから、待っていて」
「……え、ええ!?」
『おおっ! やったな、遊座!』
相棒がそう背を叩く。遊座の頬が、原など目にならないほどに赤くなった。彼は人生で、ここまで女を意識させる台詞は受けたことがなく、その手の免疫は微塵もついていないのだ。
食堂の入口近くから否応なく目につく絶世の美少女が、流し目で遊座を見ている。背を翻して桜色のツインテールを揺らすのに、遊座は慌てた。
「彼女が藤原さんだよね?」
「は、はい。ああっ、ちょっと!」
いつも以上に早足で遊座は近付いていく。
杖の音に振り向いた藤原は、少し意外そうに可憐な口元を開く。
「藤原さん、これ貰って」
そう言って、遊座はレアカードパックを差しだす。自分と原のを含めて、残り3つとなったパックの1つだ。
デュエル以上に緊張した面持ちの彼を、藤原は面白そうに上目遣いで見返す。
「これはどういう意味かしらね、ぼうや」
「その、こういうこと、言われたことが無いからなんて言えばいいのか……兎に角! 君の気持ちが分かった! だからその……僕ももっと強くなって待っているよ、君のことを! そ、それだけ!」
来た時よりもさらに早足――健常者の競歩なみの速さ――で遊座は座席に戻ろうとする。しかし原麗華の華麗なインターセプトが彼の足を止めた。
静かな表情だった。菩薩のように動じる素振りも見せていない……しかし阿修羅のように瞳が爛々と煌めているのに、遊座は思わず死を覚悟する。
「今の言葉……どういう意味ですか?」
「エッ!?」
「まさかあなた、変な風に解釈したんじゃないでしょうね?」
「いやどう聞いてもそういう風に解釈するのが――」
「――言い訳無用っ!!!」
菩薩の顔が崩れ、文字通り悪鬼のように原は説教をかましていく。常以上に滑らかとなる舌に原は違和感を感じながらも、回さずにはいられない。なぜかは知らないが、そういう気分を抑えきれなかったのだ。
食堂で繰り広げられていく大説教劇を止める者は誰もいない。藤原は食堂から出ると、廊下に背をついてパックを開封する。中から、『終焉の王 デミス』のカードが現れた。
「律儀な子ね。可愛いわ」
頬を淡く染めて、藤原は『デミス』に口付けを落とす。まるで愛しい人のようにカードを仕舞うと、周囲には決して分からぬであろう、彼女だけの心からの微笑みをして去っていく。
遊座が説教から解放されたのは、それから2時間後、就寝時間を間近にしてのことであった。