遊戯王 Another GX   作:RABOS

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 なんとなく原作リスペクトの流れで書いたら、膨大な文量になってしまいました。
 デュエルは案の定、次話です。


第六話、前半:少年少女、心のうごき

 緑色のデスクトップの光が、生徒らの顔を照らしている。薄暗い一室に詰めているせいか彼等の表情は妙に意固地な感じであり、一様に口を閉ざしているのが不気味だ。

 部屋のドアがスライドする。眼鏡をかけた男子が入ってくるのを、示し合わせたように皆が見た。眼鏡がきらりと光る。

 

「ビバ・デュエッ!」

 

 彼は正面を指差し、ヒーローのように両腕を斜め右へと伸ばした。「ビバ・デュエ、小野木副長」。皆がそれに続く。

 眼鏡の奥から、小野木は知的な眼差しを向けた。トカゲのような鳶色の三白眼である。

 

「カードマニア倶楽部・デュエルアカデミア支部、新年度最初の報告会を始めましょう。先ずは各種レアカードの使用報告からです。ドゾ」

「ハッ! 先週の木曜日、丸藤亮が『サイバー・ツイン・ドラゴン』を使用したとの確認が取れました。データを提出いたします!」

「ご苦労様デス。さすがはサイバー流の継承者ですネ……次」

「はっ! ラー・イエローの御手螺子黄粉(みたらしきなこ)が、『双頭の雷龍』を使用しました」

「同デュエルで対戦相手である、ラー・イエローの経曾黒子(へそほくろ)が、『冥界の魔王 ハ・デス』使用しました。まとめて提出します」

「また、オベリスク・ブルーの向田慶介が、『スピードキング☆スカル・フレイム』を使用、さらに新規カードとして『真紅眼の不死竜』を使用しました」

「真紅眼の派生ですか……データを」

 

 彼の正面の大型スクリーンに、モンスターが今まさに攻撃をしかけんとする画像が映される。記録として見慣れている『真紅眼の黒竜』と比べると、体が生々しく爛れている。アンデッド族というのは伊達ではないようだ。

 この世には、まだまだ見たことのないカードが数多にある。あの『不死龍』もまた、初めて見るカード。自分の知識の蔵に、新たな本が加わって重みを増す。小野木はそれに喜びを感じる人間だった。

 

「素晴らしいですネ。この学園にいるだけで何枚ものレアカードと逢うことができる……けれど、それも今年まで。3年間というのはあっという間だ」

「副長。副長の分まで、我々は鋭意努力を重ねて、倶楽部を盛り上げて参ります」

「どんなレアカードも見逃しませんわ」

「期待しますヨ。私はここを去ったら、倶楽部の本部に栄転するのですカラ。この学園は金で成った巨木です。その根となるのはあなた方、カード界を俯瞰する者達なのです。どんな細かなことでもそれはあなた達の徳となる。忘れないようニ」

《はい!》

「……それで、件の彼はどうですか。報告を」

 

 丸縁の眼鏡をかけた気弱そうな少年が立ち上がり、ぼそぼそと始めた。

 

「は、はっ。ラー・イエローの下柳遊座は……その」

「どうしました。早くしたまエ」

「ほ、報告します。二日前のオシリス・レッド生とのデュエルで、『千年の盾』と、『無敗将軍 フリード』を使用しました」

「……それで、『サイバー・ドラゴン』は? 使いましたカ?」

「……いえ」

 

 ちらり。小野木の視線に少年は怖気づき、慌てて椅子に座ってしまう。

 本人としては言葉に引っ掛かって目を向けただけなのだが、生まれもった三白眼のせいで人を威圧してしまうきらいがある。暗室のデスクトップの光は、彼の眼光をより鋭くさせるのも恐怖の一因だが。

 小野木は、カードマニア倶楽部の使命を頭の中で反芻させる。一つは、世界中に存在するカードの情報を記録して、誰しもがそれを閲覧できる状態にし、デュエルモンスターズをより世界に広める。いわば、第二のI2(インダストリアル・イリュージョン)社となることだ。そしてその理念に匹敵する責務が存在する。それは……。

 

「下柳遊座……どんな手段であのカードを入手した。なぜ二次試験以来、あのカードを使わナイ」

「……『サイバー・ドラゴン』は、本来、サイバー流を修めた者にしか与えられぬ伝説級のカードです。I2社は一度たりとも、あのカードを一般向けに販売いていません。信念を持つ人のために作られたレアカード……」

「調べたところ、下柳遊座の近親者、または周辺にサイバー流と関係のある者はいません」

「……ならば、決まりデス。彼と接触しましょう」

 

 机に手を突いて、小野木は立ち上がる。

 

「健全なデュエルの未来のために。違法な手段で手に入れたと自覚しているから、彼は使用をためらっている。その理性に賭けましょう。

 彼をデュエリストとして、あるべき姿にさせるのデス! ビバ・デュエ!」

《ビバ・デュエッ!》

 

 一同は立ち上がり、華奢な体に似合わぬ素早さでポーズを決める。あたかも世界征服を企む悪の部隊のように。小野木は自分等の首魁たる人物が、一刻も早く学園に帰還して、自分達を更に導いてくれることを祈った。

 

 

 

 下柳遊座は少し構えたような顔付きで、学園内の廊下を歩いている。向かう先は面接用の客間だ。

 クロノス先生は、前回の思いつきデュエルとは対照的に真面目で、丁寧な授業を行い、授業後に遊座を呼びつけた。「四限目が終わったら話があるノーネ」。何かあるのかと聞いた所、「うじゃじゃ」という奇妙な笑い声しか返ってこず、ちょっとイラついたのは記憶に新しい。

 

『気にしなくていいんじゃないか。カルボナーラは良い奴だ。生徒を想って行動できる』

 

 これは隣をふわりふわりと浮く、相棒の言。先日、欲しいと言っていた学園禁制のエロ本をあげて以来、いたく機嫌がいい。聞いた事がない民俗的な鼻歌するくらいだ。御蔭で遊座の部屋にはアラブ人の怨霊が憑りついていると、ラー・イエロー寮内で専らの噂だったが。

 閑話休題。何か引っかかる思いが、遊座の胸から離れない。あの気まぐれでオベリスク・ブルーを贔屓しがちな先生は、時折、面倒な難問を課してきそうな雰囲気がある。今回はその類の気がする。できるだけ楽な方がいいけれど……。

 客間に入った遊座は、足を組みながらソファに座る美しい少女に目を見張る。彼の胸がどきりと音を立てた。

 

「き、君は……」 

「あら、ぼうや。また会ったわね」

 

 その微笑みに一瞬、遊座は虜となりかけた。今まで会った女子とは全く違うタイプ。髪の流れ方から目の向け方、足の伸ばし方まですべてが艶美で、遊座の純情が拍動してしまう。

 藤原雪乃だ。

 詰まりかけた喉を必死に開けて、何とか遊座は返事をした。

 

「う、うん。藤原さんも先生に?」

「ええ。どうやら、呼ばれたのは私達二人だけみたいね。これも何かの定めかしらね……?」

「さ、さぁ? 僕にはそういうの良く分からないから。占いとかも興味ないし」

「なら、デュエル以外で、今は何が興味があるのかしら?」

『女心』

「そう、女心……えっ! あ、い、今のは無しね! うっかり口にしただけだから! 他意はないから!」

「……ふぅん? 私は、何も聞かなかったわ」

 

 そう言いつつも藤原は笑みを深める。ほんのわずかに口端を上げるだけだったが、失言を誤魔化せてないのを遊座は悟る。

 ニヤついて空中で踊る相棒をどうやって殴ろうか。そんなことを考えていると、部屋にクロノス先生が入って来た。

 

「お待たせナノーネ。呼び出しておいて待たせてしまって、すまないノーネ」

「だ、大丈夫です、先生。それで御話というの、は……」

 

 後から続いて、体格の良いオベリスク・ブルー生が入ってくる。それが丸藤亮だと分かると遊座は言葉を失くす。藤原も驚いたのだろう、ソファから立ち上がったのが分かった。

 

「シニョール・シモヤナーギにとっては初めましてだと思いますので、紹介しまスーノ。彼は丸藤亮。オベリスク・ブルー二年の特待生にして、サイバー流の後継者でスーノ」

「じゃあ、皆がいってたカイザーというのは……」

「きっと俺のことだろう。皆からはなぜかそう呼ばれている。これからよろしく、下柳」「は、はい!」

「……君とは二回目だな、藤原さん」

「はい。以前対戦した時は、あなたの『サイバー・ツイン・ドラゴン』に」

「それについては、俺からも礼を言いたい。あの一戦はとても有意義なものだった。『サイバー・ドラゴン』の新たな可能性に気付けたからな」

 

 既に二人は顔を合わせただけでなく、一戦交えた間柄だったとは。藤原の交友関係が気になる所ではあったが……ここでそれを本題にする気はない。

 クロノスは生徒らをソファに座らせる――藤原とカイザーとの出逢いで動揺したせいか、自分の足をソファの足にぶつけてしまった――と、一年生に向かって言う。

 

「さて、今回二人を呼んだのは他でもありまセーン。今学期の最後の日に、学園では一学期の総まとめとして公開デュエルを行う予定になっているーノデス。デュエルに対する理解を再確認するためのものナノーネ。

 生徒達に模範を示すという題目がある以上、落第寸前のドロップアウトボーイや、効率最優先のワーンターンキラーは好ましくないノーネ。そこで、二人のうちどちらかが、カイザーの対戦相手として公開デュエルの壇上に上がって欲しいノーネ」

「これはまた、先生も人を驚かすのが御好きですわね。でも宜しいのですか。三年生が出た方が、私達よりも見栄えがいいでしょうに」

「カイザーが出ると聞くと、みな辞退してしまったノーネ……。二年生は猶更ナノーネ。だから先生の頼みは、もう一年生しかないーノ! 

 お願いだから出て欲しいノーネ! このままじゃ公開デュエルを考えた私の面子が丸潰れ! 教職免許はく奪の路頭迷いーノ、家のローンが払えないまま野垂れ死になノーネ!」

 

 やっぱり思いつきなのか。良い先生なんだか駄目な先生なんだか。

 藤のような品の良い笑みを浮かべた藤原は、「申し訳ありませんが、クロノス教諭。私は辞退いたしますわ」。

 あんぐりと口を開けた教諭に、藤原は二の句を継げる。

 

「先日、カイザーと対戦したのですが、4ターンも経たずに負けてしまいましたの。しかも彼は『サイバー・エンド・ドラゴン』も使わずに、です。体が熱くなる時間すら与えて下さらなかった……悪い人」

「サイバー流は、常に全力で戦うことで相手をリスぺクトする」

「ええ。この体で知りましたわ……ですから教諭。私では他の示しになりませんわ」

「そ、そんな……シニョーラ・フジワラは新入生の中でも最優秀なのーニ……嗚呼、どうすれば。当日は外部からカメラも来るノーネ! 対戦相手が見つからずじまいでは、恥さらしも良い所ナノーノ!」

「せ、先生! テレビ局も入れる約束をしたんですか?」

「仕方ないノーネ! カイザーの進路を安泰にするために、入れざるを得なかったノーネ!」

 

 そう言って、クロノスは上目遣いでこっちを見てくる。気色悪さに鳥肌が立つ。

 遊座は改めて周りを見る。篝火のような静かでしかし熱い闘志の眼差しをする、学園最強のデュエリスト。捨て子のような懇願の表情をする、たらこ唇の中年教師。なぜかこちらの膝に手を置いて蠱惑的な上目遣いをする、日本随一の美少女……彼女が一番問題だ。

 八方塞がり、慈悲はない。原さんの膝枕に埋まりたい……たとえ顔を真っ赤にされて膝蹴りを喰らおうとも。

 

『遊座。ここで逃げるのは男として、戦士として恥ずべきことだ。そうではないか?』

「……答えなんてとっくに出てるよ」

 

 独り言のように聞こえたのか、丸藤は目をきょとんとさせる。

 彼の眼を醒ますように、遊座はデュエリストとして返事を返した。 

 

「分かりました。学園最強相手にどこまで戦えるか分かりませんが、全力で御相手します」

「……ああ。こちらこそ、君の意思と闘志をリスペクトして、全力で戦おう」

 

 全力でぶっ殺しにいきます。サイバー流の継承者は、そう言いたげに秀麗な笑みをたたえた。自らの勝利を当然だと信じているような、どこか無垢な微笑み。きっと当日のデュエルでもカイザーの勝利を確信する人間が、観衆の大勢を占めるだろう。

 だがそれに逆らってこそ、敢然と戦ってこそデュエリストというものだ。キング・オブ・デュエリストは常に敗色を覆し、勝利を得てきた。諦めることを諦めて、戦う姿勢。

 映写室にて、藤原が大型のスクリーンに映像を流す間、遊座はそのことを考えて続けていた。

 

「これが一番最近の彼のデュエルよ」

「藤原さんが相手だったやつ?」

「ええ。観なさい。あれが彼のエースよ」

《俺は手札から、『パワー・ボンド』を発動。フィールド上の『サイバー・ドラゴン』と、手札の『サイバー・ドラゴン』を融合し、融合デッキから『サイバー・ツイン・ドラゴン』を特殊召喚する!》

「何もできなかったわ。完封よ」

《『サイバー・ツイン・ドラゴン』で攻撃!》《きゃああっ!!》

『……おぅ。今のはキタぞ』

 

 杖での相棒の急所を殴りつける。やりやすい場所にいてよかった。悶絶しているのが滑稽である。

 

「『パワー・ボンド』の効果で、攻撃力は2倍となり、攻撃力は5600。そして『サイバー・ツイン・ドラゴン』は二回攻撃が可能なモンスター……」

「何が効率最優先のワーンターンキルデュエルは好ましくない、さ。クロノス先生、贔屓しちゃって」

「それと教諭が仰っていたわ。サイバー流に攻撃力の制限など無意味だって。本当のエースが出てきたら、攻撃力なんて軽く1万は超えるわよ」

「……そっか。機械族だから、『リミッター解除』もあるのか。本当のエースって?」

「『サイバー・エンド・ドラゴン』。これよ」

 

 藤原は映像を切り替える。

 現れたのは、『サイバー・ドラゴン』の何倍もの巨体を持ち、首も三つに増やした機械の龍。尾を伸ばして屹立する様はまさに伝説の名をいただくに相応しい威厳と、神々しさがある。その攻撃力は圧巻の4000。『カオス・ソルジャー』より1000も高い。

 

「どう? 負けちゃうかしら?」

「……勝つよ。その気持ちで、やってやるさ。戦う前から負けを考えるなんて、ナンセンスだよ」

「……威勢がいい返事でよかった。あなたにあげるわ」

 

 そう言うと、藤原は遊座の指を開いてカードを挟むと、両手でもってしっかりと握らせる。

 彼女の柔らかく細やかな手付きと、仄かな体温に遊座の頬は赤らむ。それを知ってか知らないでか、藤原は愉しそうな口調だった。

 

「あなたがくれたパックに偶然入っていたんだけど、私には不要だから」

「いいのかい?」

「ええ、私には『デミス』がいるわ。私の手の中でこの子は何度も啼いてくれる……あなたとの出逢いがなければ、この子には逢えなかった」

 

 機器の電源を落とし、部屋は暗くなった。藤原は背を翻すと同時に、まるで妖精のような素早さで遊座の胸にもたれかかる。

 香りつく上品なラベンダーの香水。首元をくすぐる色気と熱気のある吐息。思わず彼女の体を抱きしめたくなり、腕を伸ばしかけてた。

 

「ぼうや、私の悔しさの分まで、戦いなさい」

 

 藤原は麗しい笑みを作ると、その余裕げな表情とは打って変わり早足で部屋を後にした。

 彼女の残り香がまだ鼻をついてくる。その場で茫然となり、遊座は焦がれたような瞳を扉に向けていた。相棒の言葉が、どこか遠くのように聞こえてしまう。

 

『負けられん理由が増えるのはいいことだ。そう思わないか?』

「ああ。絶対勝ってやる……!」

 

 その頃。少年の純情を闘志へと傾けた少女は誰もいない廊下に背をつき、肩で息をしていた。

 半ば呆気にとられたように瞳は潤い、首から耳まで赤い。部屋が暗くなければ遊座でも分かっただろう。藤原は羞恥のあまり部屋から逃げ出したのだ。

 

「私、こんなに大胆だったかしら……」

 

 彼女にとって、いくら多くの男子をその手草仕草で誑かせたとはいっても、あんなに直接的に男子に触れたのは初めてだった。自分からしたいと思った時には、既に遊座の胸の中で、恥ずかしさを考える暇もなかった。

 入学以来、彼女は友人を作らず、一人孤独の身で学園中の男とデュエルを重ねている。カイザーとの対戦もその一環。ただ、自分のものにしたい男を見付けるために……それがデュエル・アカデミアに入学した理由だった。

 それを抱いた時と同じ感じを、藤原は今感じていた。衣服の全てを脱ぎたくなるような昂揚感。一面に広がる向日葵畑の、すべての花を我が手にしたような充足感。遊座の横顔……闘志溢れる男の顔を見てから、藤原の胸から騒がしさが消えない。

 

「……どうしちゃったのかしらね」

 

 疑問を抱えたまま藤原は部屋に戻り、ベッドに倒れこむ。

 脳裏に、『カオス・ソルジャー』を使役するデュエリストがちらちらと陰るのが億劫で、体の火照りは中々消えなかった。 

 

 

 

 ―――――数日後―――――

 

 

 

「……どうしたのでしょうか、彼」

「何がよ」

「下柳さんです。何か、憑りついたように直向きにカードを弄って……あんな姿、初めて見ました。」

 

 食堂で原とディレ、それに宮田が顔を見合わせて、遊座の様子を窺う。一人席を離し……というよりも周囲から煙たがれるような感じで、デッキを睨みつけている。あの温和なカピバラのような瞳が、まるでコカインを売りつける移民十年目のメキシコマフィアのような眼つきとなっている。今なら『デーモンの召喚』を睨み殺せそうだ。

 

「思い出しました! セタスですぅ、セタス!」

「黙りなさい」

 

 友人らが勝手に盛り上がっている一方、遊座本人としてはいたく真面目にデッキ構成を見直しているつもりだった。

 クロノスの依頼を受けてから……というよりも、藤原の願いを聞いてから今まで以上にデュエルに対する熱が入り、湧き立つ溶岩のようなオーラを醸しているのである。だが彼女の存在を匂わせないことで、誤解を生んでいるのだ。彼の温和さに見慣れている他の生徒は、その鬼気迫る表情に気圧されているのが煙たがっている真相だろう。

 原から見ても、彼がそんな風になるのには一応の納得がいく。先日、学期末に公開デュエルが行われる予定であり、カイザー亮と下柳が対戦すると発表されたばかりだからだ。だが原はそれでも解せない。彼があれ程までに勝負に拘るのに、何か別の理由があって気がしてならない。女の勘が、デュエルのルール上の穴を突くように告げている。

 

「そんなに気になるなら直接聞きなさいよ」

「何がですか」

「そんなに公開デュエルが心配ですか。手を貸してもいいんですよ、って」

「……いえ、あれはクロノス先生が彼を信頼して」

「それイコール、一人の力でやりなさいって意味じゃないでしょうよ。あんたが手を貸しても誰も文句は言わないわよ」

「相手は常勝無敗のカイザーさんですからね」

「あなたは、どうなのですか」

「ボク? 手を貸さなくても、あいつは自分の答えに辿り着けるでしょ。なんかいつもこなれた感じがあるし」

「あー、私もそう思います。年上っぽい空気ですよね!」

「そうそう……ねぇ、麗華。彼から声を掛けてもらわないと嫌なの?」

「そ、そんなことはありませんが」

 

 持っていたスプーンが乱暴にプリンの顔面へ突き刺さり、キャラメルソースが沈んでいく。動揺を悟られたくないように、原はプリンを素早く掬って頬張った。

 ディレはジト目で遊座を見ながら、呟くように。

 

「……あいつにも、春が来たのかな」

「え?」「ディレちゃん、春って?」

「誰かに恰好いい姿見せたいから、頑張ってるのかなぁって……まぁ、ただの当て勘だけど」

「でも、それって素敵ですぅ! 人のために全力で頑張れるのが、遊座さんの凄いところですから!」

「それはあるかもね。あのタッグデュエルで、なんだかんだで向田をサポートしてたし。あれで引きが強かったら、この学園じゃ最強になるんじゃないかしら」

「でも他にも強い人はいますよ! たとえばここ――」

「――そうねぇ。藤原さんって子、新しいカードを手に入れて一気にデッキを変えたらしいし。向田の奴もそうだし、後は誰かしらねぇ?」

「ここです、ここ! 宮田ゆま、立候補してますぅ!」「はいはい、ゆまは凄いHERO使いですね」

 

 友人の喧騒をスルーして、プリンを摘まみながらじっと遊座を見詰める。誰にも相談せず自分だけの道を進もうとする姿が、原にとって少し不愉快な感じがした。

 その時、眼鏡を掛けた気弱そうなオベリスク・ブルー生が彼に話しかけた。一瞬きょとんとした表情をした遊座は言葉を返した後、首を捻りつつも承諾したように立ち上がって、少年の後へと続く。

 

「最強ですよ、最強。最強のHEROさんが私の仲間になったんですから!」

「ええ、ええ。ボクの『紫炎』の次くらいには強いHEROね」

「あうぅ……こうなったらデュエルで一番だって証明してやります! デュエルです!」

「望むところよ! ……あれ、麗華、どうしたの?」

「すみません、ちょっと気になることがあるので、お先に失礼します!」

 

 静止の声を振り切って、原は食堂を出て行った遊座の背を追いかける。

 杖を突いているとは思えないスピードで、二人はあっという間に廊下の角を曲がってしまった。そういえば杖を突いているとはいえ足は健常者と同じ状態なのだと、原は早足で歩きながら思い出す。

 追いかけていくうちに、二人は学園の外へと出てしまい、森の奥へと進んでいく。不審な行動に原の足は早足の段を越え、駆け足となっていった。森の影に消えようとする遊座の背を、焦燥に駆られたように追っていく。

 

(変です。こんな気持ち。絶対、変です)

 

 はやる気持ちを抑えんと、幼少期に教わった武道の呼吸法を試す。鋭く、氷雪に潜む狼のように。

 その時、遊座と少年を突然、黒ずくめの者達が包囲した。硬直する遊座を尻目に、少年は黒ずくめの者から同じ黒いマントを投げ渡されて、それを羽織った。爛々とした訝しむような瞳である。

 

「なっ……ど、どういうことですか!?」

「答えてあげまショウ、お嬢さん」

 

 変に語尾が跳ねた口調だ。

 黒ずくめの者達がその声の主を見やり、遊座は驚いたように原へ振り返ると、仲間を分け入るように現れた小男へと向き直る。

 

「何のつもりだ! 友達が虐められているから、助けてくれと言われてここにきたら、これはどういうことさ!」

「下柳遊座。君はそうだな?」

「あ、ああ。そうだけど、君等は?」

「我等はカードマニア倶楽部。下柳遊座、君を制裁しに来た」

「制裁!? 僕を犯罪者みたいに言うつもり!?」

「その疑いが、ベリーベリーなのダ。君が持っている『サイバー・ドラゴン』……君はそれをどこで手に入れた?」

「海馬ドームの、カードガチャだ」

 

 ハハハ。嘲笑の小波。小男、小野木は肩を震わせる。主張の可笑しさに笑っている訳ではない。 

 

「今更言逃れはできんヨ! それは盗んで手に入れたものだろう! 君の親の力を使って!」

「盗んだ!?」「な、何を言ってるんだ! 勝手に因縁づけて、どうする気だ!」

「しらばっくれないでもらいタイ! 君の親はレアカードバイヤーだ! 密売に関わる黒い噂も流れているのを私達は掴んだ! 君は親を利用して、選ばれた者しかもらえぬカードを手に入れたのダ!」

「黒い、噂? あの人が? そんなこと有り得ない! ……いや、昔やりかけたけど」

『おい、馬鹿!』

「皆の者、見るがイイ。彼はほとんど自分の罪を認めたも同然。これを赦しておけるカネ?」

「否!」「断罪あるべし!」「カード界に秩序を!」

「だから、僕は何も悪いことなんてしてない! これは正規の手段で手に入れた――」

「――犯罪者はいつもそうだ、自分の罪の存在を否定する。だから我等は、正義の手段を行使する!」

 

 小男は指をぱちんと鳴らす。

 木の枝から大男が飛び降りて、遊座の正面に仁王立ちする。身の丈は2メートルはいこうか。男の男たる要素をすべて兼ね備えたような強靭な体躯で、獰猛なイノシシのような顔も合わさって見ると、まるで迷宮を守護するミノタウロスだ。

 ある程度予測はついていたが、彼の丸太のような腕には、窮屈そうにデュエルディスクが嵌まっている。つまりそういうことだ。

 

「犯罪者に裁きを与えたまえ、スーパー・ピーター!」

「イエス、ロード!」

「す、スーパー・ピーター?」

「説明しよう! スーパー・ピーターとは、自分の名字ともやしのような体に嫌気がさしてレスラー顔負けの肉体改造を施した、元ピーター少年なのだ!」

「いや、訳がわからない」

「訳!? また言い訳を述べようというのかね! スーパー・ピーター、デュエルで奴を制裁せよ!」

「イエス、ロード! 武士ども、戦陣を組めェッ!」

 

 黒い風が森を走った。黒ずくめの者達が遊座と、原の周囲をさらに厚く囲む。どこから湧いて出たのか、数は50人以上は確実にいるだろう。

 

「逃げ場など無いぞ。自分の罪をきりきり数えたまえ。彼女はその証人だ」

「……やるしかないみたいだ! 僕の無罪は、デュエルで証明してやる! 原さん!」

「は、はい!」

「新しくなった僕の強さ、しっかりと見ててね!!」

 

 遊座はデュエルディスクを凛と構える。普段の優しさからは想像のつかぬ、成長途中の戦士の顔付き。

 原はそれに見惚れかけ、はっとしたように頭を振った。

 

 

 ――デュエル!!

 

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