You're Bloody.
You're Slave.
…And, You were ...
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Plus Ultra.
更に向こうへ、という意味。
よくはわからないが、どんな困難な壁でも超えていけこのヤローとかいう意味らしい。
この言葉は、雄英高校というヒーローの卵が鍛え上げられる場所で、耳にたこが出来るくらい聞くそうだ。
…また雄英高校とは、かつて俺が目指していた高校の名でもある。
何故目指している、ではなく目指していたなのかと問われたら、今この状況が答えになる。
「黒霧…こいつで良いのか?」
「ええ、それなりの実力者のようです。先生の仰った基準にも達しています。
「お前ら…!ここはどこだ!?お前らは一体何者だ!?一体なにをした!!」
目の前のヒーローは良くしゃべる。
状況把握が出来ていない以上、すぐそばにいる者から情報を得ようとするのは当然と言えば当然だが。
だが、こんな状況で現実逃避をしようとしているところはいただけない。
逃げの選択は悪くはないが、逃げることができないなら、早急に戦闘準備をすべきだろう。
「ここなら邪魔は入らない。周囲三キロに建築物は存在しない、山地だからな…」
「!! お、お前ら…俺を殺す気でさらったのか!?」
「その目で見ろ、わかるだろう。状況を受け入れろ…。結局逃げることは出来ないのさ、誰もな…」
違う。
この言葉は目の前のヒーローに言っているんじゃない。自分に言い聞かせているんだ。
これで何度目かもわからないが…この二年間、毎日、毎日…。
そして、本当は逃げることもできるという事実からも目を背けて。
「くそぉっ…!!何なんだお前ら!敵《ヴィラン》か!?」
「私はそうだと言えますが…彼は違います」
「そうだ、こんな奴と一緒にするな。俺はただの実験動物だ」
さあ、始めよう。
今日も俺らしく、間違った方法で。
大地が逆巻き、自らの周囲に集まるのを感じる。
個性、発動。
──────────
二年前。
国立雄英附属総武中学校、その特別棟の一室の教室は、ある部活動の場として使われていた。
奉仕部。
俺がその部に入るきっかけをつくった教師はかつて言った。
「君のやり方では、本当に助けたい誰かに出会ったとき、助けることができないよ」
今のやり方では駄目なのか。
今の心地よさを、彼女たちを。
守ることはできないのか…?
自然と父の背を追って入学していた、総武中学校。
ヒーローになる為には雄英に行くべきだという考えの元から、雄英と提携している総武を選んでいた。
ただ、奉仕部に入部して、ある二人の少女に出会って、俺の意志は固まった。
ふわふわとしていた気持ちは、確かな意志へと変わったのだ。
父と同じように、ヒーローになる。
そう決意した日に、その夢への道は閉ざされた。
「くらえ!!」
制空ヒーローハイ・エース。
奴はその名前の通り、空を飛びながらこちらを攻撃してくるらしい。
個性は浮遊。
手を翼に変えるとかじゃないから、両手足が空く。
強力な個性で、制空権を持てる。
自らに重力加速度以上の加速度を与えることもでき、急降下で攻撃を加えることもできる。
…だが、相手が近距離タイプならこちらが圧倒的に有利だ。
それは変わらない。
例え相手がどんなパワーの持ち主であろうと。
「くそっ…うまく避ける奴だ!」
相手の攻撃を何度も避けている内に、相手が悪態をついてきた。
ヒーローらしからぬ言動だ、どうでもいいが。
「…避けてほしくないのか?」
「…なに?」
だが、こちらの攻撃が当たらなければ意味はない。ならばと、賭けに出てみる。
「なら当ててみろ。避けないでやる」
「てめえ…ヒーローなめてんのか!?」
「そっちこそ…俺はそうじゃないが言ってやるよ。お前、敵《俺》をなめているのか?」
どうやら頭にきたらしい。
奴の頭の上に蒸気が見える気がしてきた。
賭けには乗ってくれるようだ。
「後悔するなよ」
ヒーローは構えた。敵《ヴィラン》を倒すために。
「そいつは無理な相談だ」
少年は構えた。
自らの望みの為に。
「後悔なんていつでもしている。二年前も、今も、これからも。それを止めるなんてことはできないな」
──────────
「彼はどうしますか?」
「どこか人目のつきそうなとこに置いてきてくれ」
腹の辺りの埃を落としながら答えると、腹に痛みが走る。臓器に問題はなさそうだが、筋肉でも痛めたか。
流石にプロヒーローの一撃を直接受けるのは少々考えが足りなかったらしい。
まあ、一番手っ取り早いのはこれだったから、仕方ないと諦める。
安静にしていれば痛みも引くだろう。
接近さえすれば、自分の勝ちは決まっていた。
「殺しはしないので?」
「なぜ?俺は、サイドキック15人以上を持つヒーロー相手に力を示してこいって言われただけだ。本当なら斃す必要もなかった」
斃さなければ、こちらが斃されるのは明白だったから手を下したまで。
手加減してどうにかなる相手ではなかった。
「では、なぜ殺さないのですか?」
「…」
「必要がないから。それだけの理由では説明できなさそうですね」
「とっととそいつを連れていけ」
「…そうですね、そうしましょう。私とて、貴方の怒った顔が見たいわけではないのですよ、コネクタ…」
黒い霧は広がり、地に伏せたヒーローを包み込むと、そのままゆらりと消えていった。
…黒霧は、俺をこんな風にした一味の一員だ。しかも、直接俺を連れてきた張本人。
連れていかれた直後は、奴もろとも敵連中を全員どうにかしてヒーローに引き渡さなければと画策していた。
だが、奴等の奥に構えていた人物を見て、そんな愚かな自分は一瞬にして死んだ。
こいつは世に出してはいけない化け物だ。況してや、妹が…。
…もう考えるのはよそう。
どう考えても、現状を打破する方法はない。あるとすれば…。
「コネクタ」
「早かったな」
「ええ。さあ、アジトに戻りますよ。備えなければ」
「備える?」
「ああ、貴方はまだ聞いていないのですか」
あると、すれば…。
「近々、大規模な侵攻を起こします。死柄木弔の案です」
奴らが、大掛かりで余計なことをする場合だ。
──────────
雄英高校。
そこではつい先日、四月の入学式を終え、新入生たちが個性把握体力テストと初の戦闘訓練を終えたばかりだ。
この高校では、一学年にヒーロー科のクラスが2つある。
A組とB組。二つのクラスには、三種類の方法で入学した者たちがいる。一つ目は、厳しい入試試験の難関を潜り抜けた者たち。人知れずワン・フォー・オールをオールマイトから受け取った緑谷出久も、入試組としてA組に在籍していた。二つ目は、推薦入学枠を使って入学した者たち。轟焦凍、八百万百といった面々にあたる。
しかし、三つめ。こちらは少々特別な生徒たちがいた。
雄英高校の敷地内に存在する、附属中学。彼らのほとんどは普通科に進学するが、それ以外の生徒たち……ある程度の個性を持っていたり、事情があって附属中学に在籍していたり。
彼らは、国立雄英付属総武中学ヒーロー科からの進学者なのだ。
そんな総武出身の一人が、現在、緑谷少年を危機へと追い詰めていた…。
(な、なんでこんなことになっているの…!?)
「良いから早く答えなさい、緑谷出久君。貴方、あの事件のことを知っているのでしょう?」
「ちょ、ちょっと落ち着いてください!」
「麗日くんの言う通りだ!少々落ち着きたまえ唐突女子!!」
戦闘訓練を終えた翌日、廊下で一昨日起きた事件のことで、麗日さんと飯田くんの二人と話していた。
内容は、『ヒーロー誘拐事件』。
名前だけなら何でそんな馬鹿なことを考えるんだろうと思うんだけど、実態はそんな馬鹿には出来なかった。
その日、とあるヒーローが行方不明として捜索されていた。
連絡がつかなかったのはほんのわずか30分。
だが、行方不明とされたのは、目の前で不可解ないなくなり方をしたから。
行方不明の報を入れたのはそのヒーローとともにパトロールへと出ていたサイドキック二人。
そのヒーロー、ハイ・エースは、サイドキックたちが右に左に、街に異常はないかと見て、前を向くと、いつのまにかいなくなっていたという。
サイドキック二人はまずすぐに上を見た。ハイ・エースは浮遊という個性を持っていて、敵《ヴィラン》なんかを見つけるとすぐに個性で飛んでいってしまう。
今回もそれだろうと決めつけていたのだが、見つからない。
そもそも、ヒーローが行動をする前サイドキックに指示を出していないことがおかしい。
ハイ・エースに連絡しようとするも電話はつながらない。
後日わかったけど、その時点でハイ・エースのスマホは既に壊されていたらしい。
いよいよ以てこれは非常事態だと気付き、近辺のヒーローと自事務所、及び警察に応援を要請。
けれど、その大規模な捜索は本格的に始まる前に終息した。
ハイ・エースの消失地点から300mほど離れた町の路地裏で、ハイ・エースがボロボロで倒れていると一般人から消防へ電話があったのだ。
ハイ・エースは気絶してはいたものの、致命傷があるわけでもなく、翌日…つまり昨日眼を覚ました。
病院での事情聴取が終わり、警察は情報提供と解明の為に世間にその全ての情報を公開した…。
「そ、それでハイ・エースが見たのはフルフェイスマスクをした少年と…」
「全身が黒い霧の人間、ね?」
「む?なんだ、君もその事件のことは知っているじゃないか」
「え?だったら、デクくんに聞く必要はないんじゃ…」
「貴方はそれ以外については何か知らないかしら、緑谷出久君」
「ぼぼぼ、ぼくが…僕があと知っているのは、ハイ・エースが居た場所は周りが森だったこと、ハイ・エースがその少年に負けたことくらいだよ…」
「…そう。では、貴方もそのくらいしか知らないのね…」
彼女の表情は変わらないものの、声色は先程とは違い、明らかに落ち込んだ様子が見てとれる。
何か、期待していたことがあった?ってことなのかな。
「えっと…貴女は…」
「ゆきのーん!!」
麗日さんが彼女に声をかけようとすると、とても慌てた可愛らしい声が聞こえてくる。
そちらを振り向くと、茶髪の髪を少しお団子にしてまとめ、支給されたただの制服を少し気崩して、今風の女子高生といった美少女がこちらへ急いできて黒髪女子にタックル……ってはい!?
「由比ヶ浜さん、少し加減というものを…」
「わわっ!ごめんゆきのん!大丈夫?」
ケホッと咳き込みながらも、ゆきのんと呼ばれた彼女は由比ヶ浜という少女を離そうとはしない。
とても仲が良いんだな…。僕なんて友達が出来たのは昨日なのに…。
この二人、中学からの友達なのかな?
「でも、ダメだよゆきのん。ゆきのんが他の人にこう、ぐわわーって向かっていったら、みんな怖がっちゃうんだから!」
「ちょっと由比ヶ浜さん、別にそういうつもりでは…」
「ごめんね!ゆきのんに悪気があったわけじゃないの!」
「…はぁ」
…なんていうか、こっちの由比ヶ浜さんって人も今時の女子高生って感じかなぁとは思ったけど…けっこう強烈だ。この二人のやり取りの間、ずっと由比ヶ浜さんはゆきのん?さんに抱き付いたままだし。
「それで、さっきも訊こうとしたんですけど…どうしてそんなに気になっているんですか?結局、雪ノ下さんも緑谷くんと同じくらい事件の内容を知っていたし…」
「!」
「麗日くん、彼女のことを知っているのか?」
どうやらゆきのんと呼ばれた女子は、雪ノ下さんという名前らしい。
…あれ、雪ノ下?雪ノ下なんて、そんなありふれた苗字じゃない。
少し思い当たる企業の名前がある。
雪ノ下建設。
下請けの会社を幾つも持ち、県内外問わずたくさんの仕事の発注が来るっていう大物企業だ。
更にその社長は県議会議員も務め、長女に至ってはあの異質な二年目のプロヒーロー、サンアイズだ。
次女が居るなんて聞いたことなかったけど、もしかして…。
「う、うん。雪ノ下さんは、今年の入学試験の筆記入試でトップだったんだ。総合成績も総合2位。すごい人なんだってことは知ってたけど…。それに加えてこんなに美人だったなんて!」
「えっへん!」
「…どうして貴方が誇らしげなのかしら」
「だって嬉しいじゃん!ゆきのんがこんなに褒められて、ヒッキーだってきっとあたしみたいによろこぶよ!!」
その時の彼女たちの表情は、その後ずっと忘れられないだろうと思えるものだった。
雪ノ下さんは、一瞬顔を強張らせて、腕を強く、血が出るほどに、まるで握りつぶそうとするかのように…掴んだ。
そのことにこちらが驚愕していると、すぐに表情を元に戻した。
一見すればただのポーカーフェイスだったけど、僕にはそうは見られなかった。
取り繕おう取り繕おうと、泣きそうな子供みたいに、健気だった。
由比ヶ浜さんは対照的で、隠そうとはしなかった。
雪ノ下さんの反応を見て、何かに気づいたのだろうか。
ハッと目を開け、罰の悪そうな顔をする。
俯き、自らの制服を少しつまむ彼女は、震えていた…。
「…ごめんなさい、取り乱して。由比ヶ浜さん、行きましょう」
「…うん」
「あっ…、待って!」
「麗日さん?」
「わかっているわ。先程の貴方の質問ね?」
多分、これ以上は彼女たちは踏み込まれたくないんだろう。
彼女たちの大事ななにかに、触れようとしてしまっていることも、僕も麗日さんも気づいていた。
それでも、雪ノ下さんは答えてくれた。
一つ、決意するように。
「黒い霧の男の情報が欲しかったのよ。もしこれから先もその男について何かわかったら教えてちょうだい。今回はありがとう」
「ま、またね!あ、あたしは由比ヶ浜結衣だよ!こっちは雪ノ下雪乃ちゃん、ゆきのん!」
「由比ヶ浜さん、その名を広めるのはやめてちょうだい。お願いだから」
「懇願された!?」
二人はじゃれ合い(?)ながらゆっくりと歩いていった。けど、僕はその二人の姿にすぐに違和感を覚えて、首を傾げた。
廊下の左側に雪ノ下さん。
なぜか真ん中に由比ヶ浜さん。
そして、右側には、誰も居ない空間…。
ただ二人が歩いているだけなのに、彼女たちの後ろ姿は、とても寂しげに見えたんだ。
「…なんというか、不思議な二人組だな」
「二人とも同じクラスの人だよ。総武中学から来た人だと思う」
「え、雄英が提携している?じゃあ、僕たちよりも少し先に進んでるのかな」
「その通り!彼女たちはいわばエリート中のエリートだ!」
「ですよね……ってオールマイト!!?」
「唐突にわたしが来た!!」
いきなり現れた彼は平和の象徴、オールマイト。
No.1ヒーローで、僕の憧れのヒーローだ。
去年の春、僕は憧れのオールマイトと偶然話す機会を得て、彼に認めてもらった。
君はヒーローになれる、と…。
僕にとっては有り得ないほどの幸運で、なんと彼の個性、ワン・フォー・オールを受け継がないかと提案され、即決。
約一年の身体作りを経て、ようやく彼の個性を受け継ぐことが出来た。
同時に、ボロボロになりながらも雄英高校に合格。
遂に、オールマイトが卒業したという雄英高校に通い始めたんだ…!
「そうそう、先程の話だが、あまり触れないであげてくれ」
「き、聞いていたんですか!?」
「ずっとそこの物陰にいたよ!悪いとは思ったのだが、どうしても言いたくてね」
ぐっとサムズアップしてくるオールマイトを前にして、僕は驚愕する。すごいな、全然気づかなかった…。こんなに大きな体格をしているのに。オールマイトって隠密行動もできるのかな?
すごい目立ちそうっていうか目立っているけど。
「緑谷君、君なら知っているんじゃないかい?二年前の、臨海公園敵《ヴィラン》の襲撃…」
「は、はい!確か、観覧車があるところですよね?」
「3名の敵《ヴィラン》襲撃により、臨海公園の施設はほぼ全壊。修復されたのもここ最近だ」
「はい、覚えています。奇妙な事件だったので…。結局敵《ヴィラン》たちは、施設を破壊するだけ破壊して、そのままヒーローたちが到着するまでに逃げてしまったんですよね」
「あー!そういえば、あったねぇ」
「うむ。俺も覚えている。兄さんがそのことで呼ばれていたからな」
「そう。彼女たちはその時の敵《ヴィラン》についての情報を探しているんだ。彼女たちは当時、その場に居たんだよ」
「ええ!?」
「君と同じように、彼女たちも会敵していたというわけさ。…だが、彼女たちの方が心の傷は大きいだろうが…」
「…どういうことなんですか?」
「…すまないが、それについては答えられない」
オールマイトに拒否の反応受けたのは初めてだった。だからこそ、つい聞きたくなってしまう。
オールマイトが隠し事をするということは、かなりデリケートな問題なんだろう。
それか、ただ単純に話せない理由があるのか…。
…ちょっとどころかかなりショックだな。直接的な問題でオールマイトに拒否されていたら死んじゃうかも。
「ま、とりあえずただの口止めさ!今日は委員長を決めるんだろう!?行って来いよ!」
「え、そうなんですか!?」
「やべ」
「ちょ、オールマイト!?」
…行っちゃった。
最後はともかくとして、あれほど真剣なオールマイトを見たのは久しぶりだ。
去年、初めて会った時のように…。
「うむむ、委員長か…!」
「デクくんも委員長に立候補するの?」
「え!えーっと、うん!やっぱり、ヒーローには欠かせない物だからね…リーダーシップ!」
…二年前の臨海公園の敵《ヴィラン》襲撃か…。
オールマイトには聞くなとは言われたけど、やっぱり気になる。
とりあえず、自分で調べてみようかな?
──────────
二年前、中学二年生の冬。
私たちの日常と幸福は、崩壊した。
総武中学校の特別棟…。
そこが、私たち三人の居場所。
春。
まず始めに、私がその教室へ入った。
たった一人の奉仕部という部活動を作り、その教室を拠点とした。…今更だけど、一人だけの部活動をどうやって認可させたのかしら?今日にでも平塚先生に訊いてみましょう。
教室の奥で、一人で本を読んでいた。
まるで誰かを待つように、静かに、人知れず、堪え忍ぶように。
この世界を変えるという、当時の私からしてみたら大いなる目標を持って。
敵を無くす、ヒーローになるという私欲とともに。
それから一年と少しが経ち、一人の男が入ってきた。
腐った目をして、猫背でどんよりとした雰囲気をまとって…。
平塚先生の依頼で、彼を真人間にしなくてはならなくなった。
…どうせこの男も、自分に要らぬ期待を寄せて、下卑た欲望を増幅させるのだろう。汚らわしい。更にその男は、少なからず私と縁を持っていた。しかも、非常に珍しく私に都合が悪い。どうすれば良いの…?そう悩んだ。
別に私が悪いわけではない。ただ、私の家が悪いことも間違いない。
悩んだ挙げ句、結局は黙ってしまった。
とりあえず、彼から遠ざかりましょう。いつものようにすれば、彼も逃げてくれる。
そう考え、罵倒し続けた。
…けれども、予想に反して彼はまた教室に来た。私に惚れたのかしら?…ただ律儀なだけだったわ。苛立つ男。
そして彼もまた、人知れずヒーローになるという目標を持っていた。
この中学に入る人の中には、そのような人間もいるだろう。さして気にもしていなかった。
その直ぐ後に、また一人教室に入ってきた。今度は少女だ。
先の男もそうだが、この少女も依頼の関係で来た。
ある人にお礼をしたい。その為に、クッキーの作り方を教えてほしい。
…単純明快、努力あるのみね。
またいつものように当たる。
そうしたら、今までの人達と同じで離れていくだろう。彼らは勝手に自分達で線引きを行う。努力などするのは馬鹿馬鹿しいと。正論は正しくない、自分たちの暗黙の了解こそが正しいと、言い訳するのだ。
それに何の因果か、彼女もまた私と男に縁があった。彼女に直接被害があったわけではないが、男の時と同じように離れていくよう仕向けてみようとした。
…けれど、彼女は離れなかった。
彼女の第一声は感嘆の声。かっこいいと言われたときは、男と揃って間抜けた声を出してしまったものだ。今度はちゃんとやると、彼女はまた厨房に向かった。
…おかしな二人。
けれども、別に嫌悪感があるわけではない。
その内私は、男と少女が共にいることを当たり前のように思っていった…。
テニスで強くなりたい、協力してほしいと、戸塚彩加という少年に頼まれた。
少女は私を頼ってくれて、男は最後に私の宣言通りに、くだらない理想論を掲げる葉山隼人を倒した。
小説を採点してほしいと、材木座という病患者に頼まれた。
男の知り合いだったらしく、男はそれなりの誠意を以て対応していた。私なら罵倒し尽くして相手の精神を削り取っていたかもしれない。…未遂で行った気もするわね。
チェーンメールを止めてほしいと、葉山隼人という理想論者に頼まれた。
少女は自ら望まぬ役に動いてくれて、男は解消の一手を打ってくれた。
川崎大志という中学生に、姉である川崎沙希の朝帰りの原因を突き止めて、更には止めて欲しいと頼まれた。
少女は私の為に激高し、男も今度は解決の一手を打ってくれた。
そこから、少し私たちの関係は瓦解しかける。
どうやら、男と少女にはとある因縁があったらしい。
そのせいで、二人はすれ違いを起こしてしまい、少女は教室へと来なくなった。
このままこの関係を終えてしまいましょうか。…そんな考えは出てこなかった。私には、三人で過ごす教室の心地よさを忘れるなんてことは出来なかった。
男と少女の関係を修復するために、少女の誕生日を祝いましょう。所謂誕生日パーティーね。男と男の妹の小町さんを連れて、誕生日プレゼントを探す。小町さんとは直ぐにはぐれてしまったけれど。
途中、男には色々なことをしてもらった。…あれは、デートと呼べるのかしら。男性と二人で店を回るなんて初めてだったし、初デートと今なら呼んでも良いわね。
途中、不本意、とても不本意だけれど姉さんとも遭遇した。…どうやら、男は姉さんに気に入られてしまったらしい。御愁傷様と手を合わせるのと同時に、少々苛立ちも感じていた。
更に男は、雪ノ下陽乃の表情が、ただの造られた仮面であることを見抜いていた。…この男を見直したのは、初めてだった。
そして、ようやく男と少女の関係が元へと戻った。彼らは因縁の関係を終わらせ、奉仕部員の男と少女という新たな関係を始められた。私だけが、取り残されて。
ようやく一段落つき、夏が来た。
小学生の林間学校のサポートを頼む。
それが奉仕部顧問平塚静の依頼だった。
小町さんに頼んで男を何とか引き摺り出し、依頼遂行へと向かった。
その最中、とある小学生、鶴見留美を見つけた。彼女もまた、周囲によって拒絶された世界の被害者だった。男よりも過去の私寄りの状況だ。
男がまた、卑屈で最低な解消の一手を打ってくれた。
…私は何もできなかった。
その帰りに、男と少女と私の因縁である車とともに、姉がやってきた。
確かに黙っていたのは私だ。どうすればいいかもわからなかった。だからといって、これはあんまりだろう。
姉を急かしてすぐに帰ったが、おそらく男は気づいただろう。少女も同様に。
夏が明けた後も、私の口から二人に事実を告げることが出来なかった。
文化祭が始まった。
文化祭実行委員長という役目で、姉は当時素晴らしい文化祭を興した。
けれど、私はただの実行委員として務めようとした。
思うことが色々あったのは間違いない。
それでも、そのときは何故か姉とは同じ道を行かなかった。
また、何故か男も同じ実行委員となっていた。
…何をしているのかしら、働くのはゴメンだなんて言っていた癖に。
その時から、私は焦っていたのだと思う。
文化祭委員長になった相模南から、委員長のサポート及び文化祭の成功の補助を依頼されて、私は本来の奉仕部の方針も忘れ、やや暴走気味に仕事に務め始めた。
途中、姉さんからの妨害も受け、相模さんも自覚がないとはいえ阻害して…。
私は、体調を崩してしまった。
けれど、少女が怒ってくれたのは少し驚いた。
男も、口には出さなかったけどお見舞いに来てくれた。
そして、また男が一手打ってくれた。なんて馬鹿な人。後ろ指刺されるのは分かっている癖に。
…それでも、嬉しかった。
例えそれが私の為でなかったとしても。
ただ、貴方がいつものように捻くれた言い訳でこねくり回しただけだとしても。
私の隣に立ってくれる人がいると認識できただけで、嬉しかった。
結果的に言えば、文化祭は成功した。
一人の校内の立場と引き換えに。
…私は、また彼に頼ってしまった。
体育祭。
体育祭成功の為と、文化祭でもかかわった城廻めぐりという先輩に依頼を受けた。
その為に、文化祭ではある意味失敗して浮いていた相模さんを委員長に立て、委員会を結成させた。
運動部との対立や、相模さんと男の確執など、問題はそれなりにあったけど、それでも少しは上手くいったと思う。…最後、私たち白組は負けてしまったけど。城廻先輩と勝利できなかったのは本当に悔しいわね。
修学旅行では、遂に決定的な仲違いを起こしてしまった。
葉山君のグループに所属する、戸部翔に依頼され、私たちはそれを受けた。内容は、海老名姫菜への告白成功のサポート。告白を成功させてほしいなんて言う無茶な依頼を、少女は……いえ、私たちは受けてしまった。そして、海老名さんにはその気がない。では、どう成功させれば良いのか。
私と少女は、男に最後の詰めを任せた。
「ずっと前から好きでした。俺と付き合ってください」
…私たちは、愕然とした。
同じ場にいた戸部君の言葉ではなく、割り込んだ男の言葉だった。海老名さんはそれに乗じて誰とも付き合うことのない意思を示し、依頼は失敗した。
確かに告白が成功する確率なんてなかった。だから戸部君と海老名さん、更には彼らのグループの存続を案じたからといっても、それはないでしょう。
失望。
ただそれだけだと思った。
なんてことをしてしまうの。
怒り任せにそう告げようと思った。
けれど、私の口からはただ、嫌悪の言葉が出ただけだった。
別に彼が嫌いな訳じゃない、男のその自らを切って切って、何度も切って…。
そうしてでも、それでも、他人を救ってしまうやり方が、嫌いだった。
その言葉を告げた後に出てきた思いに、私は驚いてしまった。
…嫉妬。
勿論、彼の学校での行く末も案じてはいた。
けれど、私には、浅ましくて過去に何度も当てられた筈の、醜悪な想いもあって…。
そして私は、それから目を反らした。
彼のやり方が嫌いなんだと、自らに言い聞かせて。
修学旅行から帰ると、再び城廻先輩が奉仕部の部室へと訪れた。今度は、一人の一年生と共に。彼女の名は一色いろは。妙にわざとらしく笑っているけれど、何がしたいのかしら。修学旅行であんなことがあったにもかかわらず部室へと訪れている男に視線を送っていた。…男は、頬を染めていた。
一色さんの依頼内容は、生徒会長候補として推薦されてしまったから、どうにかしてほしい。つまり、生徒会長になりたくない。
…当てつけだったのかもしれない。
誰へ?姉さん?そうね、姉は生徒会長にはなっていない。私は姉など追ってはいないと、追わなくて良いと。男に言われた通りにしているのかもしれない。
…違う。違うの。
貴方は犠牲になってくれた。
犠牲なんかじゃない、ただ、自分がいない世界をつくっただけなんてわけのわからないことを言う貴方の為に、今度は私が犠牲になって、貴方を助けたかった。
例え私たちの誰かが傷ついたとしても、壊れることのない関係なんだと、証明したかった。
…けど、少女はそれを嫌がった。
男も、嫌がったのだろう。結局は、一色さんを生徒会長に仕立て上げた。彼女本人も、乗せられていたことはわかっていたらしいけれど。
私はまた、何もできなかったことに気づいた。
私は、二人に拒絶されたのかしら?壊れることのない関係だと証明したかっただけなのに。
私は…。
後に、城廻先輩から男に依頼の意図が違ったということを伝えたと聞いた。生徒会に、私たち奉仕部(+1人)が?…それも、一つの正解だったのかもしれない。
少し落ち着いた12月。
新たに生徒会長となった一色さんが、また奉仕部に来た。他校との合同イベントを手伝ってほしいとのこと。それを、どうやら男は一人で受けたようだ。
…私たちを関わらせなかったのは、まだ気にする面があったのだろうか。
確かに、何も解決してはいなかった。
私たちの関係は、徐々にすれ違ったまま、最悪の形に向かっていた。
途中、私はプロヒーローでもある平塚先生に、個別の教えを少し受けた。雪ノ下の実家以外でも訓練は必要だと思ったからだ。そこで、男もプロヒーローを目指していることを知った。
その手伝いの中で、男が久しぶりに奉仕部の部室へと足を踏み入れた。私が来なくていいと言ってしまったのに、何故?
…男は、心底の弱音と、本心を話してくれた。
男も、私と同じ関係を望んでいた。
…私は、分からなくなってしまった。逃げ出してしまおうと思ったときに、少女が、私たちをその手に留めてくれた。
ようやく、私たちは元の関係へと戻った。或いは、前以上に…。
それから、私と少女も一色さんの手伝いを行い始めた。
取材と称して東京ディスティニ―ランドへ遊びに行き、私は男と行動を共にした。
今までの整理と、これからのことと、男との一つの約束。
そこで、一色さんが大きな行動を起こしていた。
それでも葉山君は、選ばなかったようだ。
最終的に、海浜高校とのクリスマス会は成功した。途中、自然教室での鶴見さんや、以前少し顔を合わせた折本かおりを目にした。鶴見さんは男の隣に座り、折本さんも男に笑いかけていた。…全く、あの男は。
年も明け、三年生がより近くなった日々。自然と、将来の話へと移る。私の誕生日の前日に、男と少女は姉さんと葉山君に捕まっていた。正確には、「姉さんに」だけれど。
そこで、わたしたち三人はヒーローを目指していることを確認し合った。
私は、世界を正すために。
少女は、私と男のために。
男は、妹のために。
少女はともかく、男は少し言葉を濁していた。
何か隠し事でもしているのかしら。ついでに、姉さんが男を将来の相棒に誘っていた。姉さんは雄英高校に在籍する、将来有望なヒーロー候補だ。それは間違いない。どうやら、姉は本格的に男を気に入っているようだ。…この先の私たちの苦労が目に見えた気がする…。
また時が経ち、私たちはヒーローになる為の訓練を行いつつ、幸せな日々を送っていた。途中、マラソン大会や、バレンタインイベントでは少し動揺してしまうようなことがいくつかあった。
三浦さんや、川崎さんからの依頼をこなしつつ、バレンタインイベントも終わった日、姉さんに私たちの綻びを突かれた後の日、少女が独りでに動いていた。
私たちは結局どうしたいのか、どうなりたいのか。
それを話し合った海浜公園でのあの時。
答えを求めあっていくと、私たちは誓った。
今はまだわからない。少女はすでにどうするかは決めていたけれど、私と男は決めきれていなかった。けれど、ようやく決まった。…私も、少女と同じように、男を求めた。同時に、:少女との関係もこのまま続けていきたいと貪欲に願った。私と少女からそう告げられた男は、自分は、それらに答えられるほど、自らのことが好きじゃないと、そう言った。
また逃げようとしているの?そう追求しようとした時、男から驚くべき答えが出てきた。
「今はまだ…自分のことが好きじゃない。お前らのどっちが好きだなんて大それたことなんて言えない。…けど、いつか、俺が誇れるような俺になったら。いままでのやり方とは違うやり方で誰かを守れる、そんなヒーローになったら。お前らに、答えを提示したい」
私たちは、目に涙を浮かべながらも、男の“答え”に頷いた。男が出会った当初とは違い、変わってくれている。変わらなくていいかもしれない、本人は否定するかもしれない。けど、男は私たちの方へと向いてくれている。
これでようやく、歩み始めることができる。
そう思えたその時に…。
安寧は、唐突な暗黒の霧によって呑まれていった。