なにもしてあげられなくて、ごめんね。
でも、大丈夫。
お前は、アイツと…私の子供。
ちょっとひねくれものになるかもしれないけど、きっと良い子に育つ。
だからお願い。
今は逃げて。
走って。
立ち向かっちゃだめ。
逃げて。
この子を連れて、逃げて。
だめ─────。
幼い記憶だった。
あれはきっと、顔も覚えていない母親。
いや、覚えているのか?
思い出せているし。
でも、もうわからなくなってしまった。
(俺実は記憶力全然ないんじゃないか。相模とか海老名さんとかの個性忘れてたし)
『…あー、HEY留学生!?』
「ん」
『なにやらぼーっとしてるが…始めるぜSAYHEY!?』
「…」
『ノーリアクション!!さみしいぜハイスタートー』
ウルフの気怠そうな態度に充てられてこちらも同じようにマイクの音量が下がる。
ちゃんと仕事しろ、とイレイザーヘッド。
だが、それはイレイザーも同じ。
少し目の周りの包帯を取り、個性発動の準備をしておく。
比企谷八幡が何かしでかすのではないかと予期しているためだ。
その被害は対戦相手の骨抜に行きかねない。
それを防ぐために、イレイザーのみならず観客席の雄英ヒーローたち、ゲート間際で待機している平塚も緊張の面持ちで有事に備える。
開始の合図とともに動き出したのは骨抜の方だ。
予選でウルフ──八幡の個性はある程度見て、葉山、相模の両名からも個性の詳細を聞いてきた。
ロボ・インフェルノを吹き飛ばすほどの空気を操る個性。
人を吹き飛ばす場面はまだ見ていないが、それをされたら一気に場外に吹き飛ばされる。
なら、取る手は一つ。
骨抜の立つ地面があっというまに柔化し、骨抜の身体がトプリ、と地面に丸々沈む。
「!?」
『おおっと!B組推薦入学枠骨抜!地面に身体を隠しちまったぜ!?COOLに攻める腹積もりってかぁ!?』
骨抜の個性を、八幡は知らない。
だが、個性の知らない相手との戦いなど、
いつも通り、やるだけだ。
(地面に沈んだ?すり抜けたわけじゃない。地面が波を打っていた。柔らかい?柔らかくした?幻像である可能性は?本人がいなくなっているためその可能性は低い。物体に対して入り込める個性か?)
とりあえず確かめだな、と大量の空気を骨抜のいた地面にむけて叩きつける。
起きる突風、波打つ地面。
やはり、地面が柔らかくなっている。
ほとんど水と変わらないくらいだ。
(…ってことは、だ。やるなら…)
「モグラたたきでもやれってか」
「!?」
八幡の立つ地面の感触が変わった瞬間、跳ぶ。
八幡が跳んだのとほぼ同時に、八幡の立っていた地面から人間の手が飛び出し、空を掴んでいた。
勿論、骨抜の両手である。
あると思っていた位置に八幡の足がなく、地中で驚く骨抜。
(読まれた!)
(あぶねーギリギリだった)
地中から顔を出すと、滞空しているウルフの姿が目に付いた。
勘で避けたかと淡い希望を抱いた骨抜だったが、その甘い考えをすぐに捨てる。
別の位置に向けて走っていたとかならともかく、空気を操作することで滞空している。
明らかに読まれた。
滞空の為の空気操作で八幡の周りは小さな嵐のような強風が吹いている。
めんどい相手だ、とこの戦いが長引くことを予想する骨抜。
同時に、八幡も同じことを考えていた。
空中に居座る八幡、地中に潜る骨抜。
お互いに攻撃しにくい位置に相手がいる。
八幡がコンクリートの地面と接続してコンクリートを操作すれば一発で勝負が決まるだろうが、正体隠しの為にそれもできない。
(…とりあえず撃っとくか)
右手を骨抜に向けて翳す八幡。
右手の意味を即座に理解し、すぐに地面に潜ろうとする骨抜。
「ヴァン」
八幡の右手の掌周りの空気が発射され、骨抜めがけて飛ぶ。
高圧に固めた空気の塊を時速150kmほどで撃ち出す、いわゆる空気砲だ。
骨抜が潜った地面の辺りに瞬く間に飛び、コンクリートの地面にひびを入れる。
だが、その現象に違和感を持つ八幡。
柔らかくなったはずの地面にひびが入った。
やはり本人だけが地面に対して潜れる個性か。
それとも、柔らかくしたものに対して元の硬度に戻せる…つまり、柔化を解除できる個性なのか。
そのどちらかということになる。
まずはそのどちらかなのかを調べるか。
『ちょっ…空気ってわかりにくいな!目に見えねえからなにしてんのかさっぱりだ。解説よろしく』
『骨抜の地面からの奇襲を読んだ上でそれを躱し、即座に反撃した。最初の小手調べとは違う空気砲だな。骨抜も手を向けられた時点で、空気砲のことを察知してる。事前に留学生の個性を知ってた上で攻撃手段を予測してたんだろ。二人とも読み合いに強い考えるタイプだな』
『マジでどっちも高校生かよ…(片方違うけど)』
『A組はどちらかというと個性や身体能力に秀でていて、今まで展開を考える力が必要なかった奴が多い。この二人の戦いは良い手本になるかもな』
『んん、つっても留学生の方はロボを倒した広範囲風撃がある!アレをブッパしないのは……ん!?』
イレイザーの解説を耳にしつつ、マイクがフィールドに目を向ける。
すると、砂埃が渦を巻いてウルフの周りを囲っているのが目についた。
ウルフが舞台上に風を起こしている。
だが、緩やかな風だ。
『んだぁ!?アレじゃあただの旋風だ!何してんだ!?』
『…索敵だろ』
『え!?』
『……それとも、もう詰ませる気か』
骨抜がすり抜けているのではなく、地面に潜ってるのは確定した。
ただ、個性以外で一つ疑問がある。
骨抜は地面に潜っている間、酸素はどうしているのか?
その答えを、今得る。
場合によってはそのまま詰みだ。
旋風を発生させて待つこと30秒。
骨抜が地面に潜ってから1分近く経っている。
その間、八幡は宙にふわふわと浮いたままだ。
ここまで待って、読みが外れたかと思った八幡。
だが、八幡の後方で空気が地面を揺らしたのを感じ取った。
旋風が地面に波紋を起こしたのだ。
我慢強く待った方だな、と瞬時に振り向き、大量の空気を地面に叩きつける。
「!?」
『地面が抉れた!?』
『よく見ろ。柔らかくなった地面が風で攫われただけだ』
恐らく、骨抜には息継ぎが必要だ。
水中に潜る時と同じで、土を柔らかくしてプールに潜っている感覚だろう。
そこが狙い目。
風を舞台全体で起こし、その風が柔らかくなった地面をさらうその瞬間に大量の空気をぶつける。
そうすれば、その下に確実に骨抜はいる。
一々地面を元の硬度に戻したのが失敗だったな、とイレイザー。
だが、戻さなければ空気砲で撃たれる可能性があった。
2人は空中と地中をそれぞれ占領した形になったが、地中での活動の為の酸素という鍵を狙った八幡を誉めるべきだろう。
対応策を取るまでも早かった。
骨抜がそのことに先に気が付けば、そこいらの地面を先に柔らかくして周り、息継ぎの場所を複数作るという手が取れた可能性があった。
「…まだ、続けるか?」
「……」
柔化された土を大量にさらわれ、姿を現した骨抜。
息継ぎはそれで行えたが、身体のほとんどが地中から出てしまった。
まだ地中を柔らかくして潜ることはできるが、それを許してくれるほど目の前の相手は優しくない。
今も右手が骨抜に向けられている。
何より、地中に潜れたとしてもそこからこの宙に浮く少年を倒す術が思いつかない。
「…いや、俺の負けだわ」
「…」
「降参宣言!勝者ウルフ・エイティス!二回戦進出!!」
個性を解除して地面に着地するウルフ、やれやれと足を地中から抜く骨抜。
その光景を見て胸を撫で下ろす雄英ヒーローたち。
もちろん大事には至らなかったことに安堵したのだ。
やはりと言ったところだが、生徒目的で体育祭に潜入したわけではないらしい。
それでも万に一つもあってはならないと厳戒態勢が敷かれていたのだが。
早く済んで良かったと息をついているのは、ウルフ──八幡も同じだった。
明らかに攻撃性能がない、回避・サポート向きの個性。
唯一の勝ち筋は地面に八幡を引き摺り込んで柔化を解除、そのまま固めてしまうことだったろう。
そんな相手と睨み合いなんて面倒なことこの上ない、と骨抜を見る。
すると、何やらぶつぶつと独り言を言っているのが聞こえた。
「…やっぱ真っ直ぐいきなりは無理だったか。個性的には勝ち目ないのは明らかだったし、決め手を早々に見せたのがまずった」
「…」
「タイマンだと長引けば個性差が出ると思って焦った。…あー、どうすりゃ良かったかな」
「………とりあえず足元崩して殴りかかるで良かったんじゃねえの」
「!」
ポロッと出た言葉。
骨抜が驚いた顔で八幡の方を見る。
悩ましそうなヒーローの卵に思わず言葉が出てしまった。
だが、この骨抜は比企谷八幡のことを知らない。
まあ声くらい知られても別に良いだろ、とそっぽを向く。
その様子を間近で見て驚いたのはミッドナイトだ。
真っ当なアドバイスに間違いない。
「…でも、宙に浮くだろ」
「そりゃそうだが……というか、それがわかってんなら尚更初手攻め立てるべきだ。浮かれたら勝ち目ないなら浮かすまでに決めるべきだろ」
「あんたが崩れるのをワンチャン狙えってか?」
「他に勝ち目がありそうな手が残ってるならそれで良いだろうが…こればかりは個性の相性だな。でも、ないからいきなり回避に回ったんだろ」
「…」
思案に耽る骨抜。
言いすぎた、と押し黙る八幡。
慣れないことはするもんじゃないな、とゲートの方へ向かう。
「…なあ」
「…」
後ろから声をかけられ、止まる八幡。
骨抜が先とは違って真っ直ぐ八幡のことを見ていた。
「機会があったら、また闘ってくれ。体育祭終わったら帰っちゃうのかもしれないけど」
「……善処する」
「いやそれしない奴だろあんた。そういうタイプだ」
「…」
この個性の相性でよく再戦しようと思うな、と半分呆れる八幡。
だが、
何かしら対処する術が必要になる。
それを骨抜は見つけようとしてるのかもしれない。
「またな、ウルフ・エイティス」
「…違えよ」
「え?」
仮初の名を呼ばれ、思わず否定してしまう八幡。
ぼそり、と出した言葉だったからか聞こえなかったようだ。
急ぎ足でゲートに向かう。
首を傾げながら骨抜も反対側のゲートから出る。
そんな2人を、内心身悶えしながら見送るミッドナイト。
彼女の琴線に2人が触れた瞬間だった。
(青臭っ!!青春!!……これで彼が
ゲートを潜り、控室には向かわず観客席への通路を歩く八幡。
だが、何故か反対側から雪乃が現れる。
「…控室に行かないと思ったわ。予想通り」
「…何の用だよ」
「何も。ただ、骨抜君と少し話をしたようね」
「…」
「何か未練があるのでは?」
「くだらないな」
「らしくないわね。強い言葉を使うじゃない」
「…他人のことより、自分のことに集中するんだな」
「その台詞、そっくりそのまま貴方に返すわ」
ツカツカと歩き、八幡の横を通り過ぎる雪乃。
足取りはしっかりしており、微塵も恐れを感じていないようだ。
仮にも
ふわり、と狼の覆面の上から花のような香りが八幡の鼻腔を潜る。
「貴方は貴方のことだけに集中しなさい。何に囚われているのかはわからないけど。……大方予想は着くけれどね」
「!?」
雪乃の言葉に驚き、振り返る八幡。
雪乃はこちらを見もしない。
何のことだ、と思うが心当たりはない。
彼女には一切何も伝えていないのだ。
八幡の真意や畏れるものがわかるはずもない。
(…なのになんだ、この緊張感は)
やはり雪ノ下は恐ろしい、とそそくさと観客席へ戻る。
通路のモニターでは、雪乃がゲートを出る場面を映していた。
──────────
『続いては一回戦第七試合!スパーキングキリングボーイ!上鳴電気!!VS!水と氷の美少女!!雪ノ下雪乃!!始まるゼェ!?』
いや流石にこれは勝ちだろ、と内心ほくそ笑む上鳴。
雪ノ下さんの個性がいくら強力といっても、使うのは氷と水。
どちらも良く電気を通す。
開始の合図と同時に全力放電すれば、この狭い舞台では雪ノ下さんに防ぐ手はない。
よって俺の勝ち!てか楽勝じゃね!?とニヤける上鳴。
「雪ノ下さん、俺が勝ったら飯でも行かね?」
「身を省みて死んでから諦めなさい」
「反省したらもうそれで良くね!?てか死ぬの!?」
「よくほとんど話したことない人間に気に入られると思ったわね。思考回路どうなっているのかしら」
「辛辣!!…ゆ、雪ノ下さんってどんな人が好みなの?理想高め?」
「……そうね、貴方が思うよりは低いわよ」
「へ?」
じゃあ何で俺はダメなんだ?と首を傾げる上鳴。
そんな上鳴を無視して雪乃は観客席のA組指定席を見る。
のそのそと、狼顔が自席へ座るのが目に見えた。
「…ミッドナイト先生、開始の合図を」
「あれ、青春ドラマが始まるかと思ってたんだけど始まらない?」
「冗談はインタビューだけに留めておいてください」
「なーんだ。マイク、準備できたわよ」
『…よくわかんねーけど合図もらったんではいSTART!!』
こちらも首を傾げながら試合開始の合図を出すプレゼントマイク。
その言葉と同時に、上鳴は全力で放電を行う。
例えこの放電でアホになったとしても、それで雪乃は痺れて戦闘不能になるはず。
ならぶっ放す以外に手はない。
上鳴の体が発光し、一瞬遅れて大放電が起きる。
舞台が電撃で覆われ、退避するミッドナイト。
これじゃ雪ノ下さんの負けかな、と主審であるミッドナイトまでが予想する。
放電が続くこと数秒、アホになる一歩手前の上鳴が、発光を終えて姿を見せる。
だが、上鳴は目を擦り、目の前の光景を信じられずにいた。
薄い水の膜で周囲を覆った雪乃が、さも平然とその場に立ったままこちらを見ていたのだ。
「上鳴君、貴方…
「うぇ…へ!?な、なんで…」
「純水って知ってるかしら?」
「???」
「…今の状態の貴方に教えるのは無駄ね。後で八百万さんにでも教わりなさい」
ぴっと指を上鳴に向ける雪乃。
すると、雪乃の周囲を覆っていた水膜が一瞬で雪乃の指先に集まり、水球を形作る。
次の瞬間、水球が弾かれるようにして上鳴に向かって飛び出し、上鳴の顎を打ち抜いた。
顎ごと頭を揺らされ、倒れ込む上鳴。
脳震盪が起きたのだ。
あまりに簡単に上鳴が倒れた為、しん…と静まる観客たち。
「ミッドナイト先生、審判を」
「あ、ハイ。…上鳴君行動不能!勝者雪ノ下さん!二回戦進出!!」
『な、何が起きたかさっぱりだが…!最後の綺麗な一撃で上鳴の意識を刈り取っちまった雪ノ下雪乃!強し!!こりゃ優勝候補登場かー!?』
まあ当然だろ、と溜息を吐く八幡。
寧ろよく開始直後で撃たなかったなと思う。
アレと三回戦で戦わなければならないと思うと憂鬱でしかない。
準決勝で当たる予定の轟は勝つ必要がないので、そちらはまだマシだ。
しかし、今のままでは勝ち目が薄いと見込む八幡。
固体操作を使えば割とあっさり勝てるだろうが、それをすれば正体に結びつけられる可能性が高い。
液体操作くらいは使わせてほしい。
ただ──。
(…随分速くなった。てか見えなかった。元々チートだった個性が更に伸びてんな。やりたくねーな、ズルしよ)
──────────
『続いて一回戦第八試合!一回戦の折り返しだ!派手に頼むぜ!?ときめくきらめきに飛ぶ光線!A組青山優雅!!ぶっきらぼうな顔だが実力は如何に!?A組川崎沙希!!』
そういや次川崎か、といつの間にか隣からいなくなっていた舞台上の彼女を見る。
自分が戻ってきた時点で居なかった気がする。
二試合連続でA組対決のようで、川崎の相手はA組にいた爽やか?な金髪の少年。
ただ、予選も下の方にいた上に心操と同じ騎馬だったために個性を使うところを八幡は一切見ていない。
何の個性かさっぱりだ。
他の生徒とは違って大きなベルトを腰に巻いているのが鍵か。
「川崎さん☆ボクのきらめき…感じてほしいな☆」
「あんたの言ってることが一ミリもわからんから無理」
「ノン!これからわかる…。そして、ボクも君たちとは話したかった」
「?」
「総武生の君たちと、ね☆」
「…ならせめて由比ヶ浜や戸塚にしときなよ。あたしは絶対話すのとか向いてない」
身体を半身に向け、青山に対して構える沙希。
青山の個性はネビルレーザー。
へそのあたりからレーザーを出す、攻撃性能が高い個性。
だからこそ、沙希にとっては楽な相手になる。
「青山君…勝ち目ないね多分」
「そうね。レーザーを撃つ以外に何かできれば可能性はあるけど」
「「え?」」
雪乃と結衣の会話に、後ろを振り向く緑谷と麗日。
まるで結末が分かりきってるかのような会話だ。
それに対し、さも当然という表情で雪乃が続ける。
「川崎さんの個性は…直接ダメージを与えるような個性を全て無力化しかねないものよ」
「無力化?川崎さんの個性って…衝撃を与えるようなものじゃなかったっけ」
「違うわ、麗日さん。彼女の個性は衝撃転換。この前の脳無と呼ばれる
雪乃の言葉に、あの黒い肌の大男の
オールマイトとの壮絶な殴り合いの末、脳無は倒れた。
最後にコネクタと呼ばれる
『レディ…START!!』
「彼女はそのショック吸収と似たような個性を持っているわ。応用が効くのは彼女の方だから、どちらかというと上位互換ね」
「え!?」
「上位互換って…どういうこと!?」
「沙希ちゃんの個性は衝撃転換って言うんだよ!」
雪乃の解説の合間に試合は開始し、青山がすぐさまネビルレーザーを沙希目掛けて発射する。
だが、彼女は避けようともしない。
その様子に身体が固まったかな!?と勝った時の決めポーズを考え始める青山。
レーザーは沙希に直撃する。
「彼女は、その身体に与えられた衝撃を吸収し、ストックする。そして、ストックした衝撃を放てる」
「な…なにそれ!?」
「どちらかというとBMIヒーローファットガムの個性に似てるわね。ファットガムは脂肪を蓄えることでその身に受ける衝撃を吸収する。川崎さんはそれを脂肪無しで受けることができる。ただ、その衝撃は一時間と保たないらしいわ。使わなかったら霧散すると」
レーザーを撃つのをやめる青山。
だが、レーザーに当たった沙希は試合が始まる前と何ら変わらない表情でその場に立っていた。
途端に、ピタリと固まる青山の顔。
その様子に、一歩前へ出る沙希。
びくりと震える青山。
「ていうか…もしかして川崎さん無敵!?」
「そうでもないわ。吸収できる威力には限度があるはず」
「そ、それどのくらい!?」
「…中学の頃、戦闘訓練で200kgを超える土塊を高速でぶつけられたことがあったけど無傷だったわね」
「あれびっくりしたよねー。やったヒッキーも本当にやって良いのかって何度も聞いた上でやったからね。ビビるよ普通死ぬかもしんないのに」
(…あったなそんなこと)
雪乃たちの会話に聞き耳を立てながら試合を眺める八幡。
戦闘訓練の相手に選ばれただけでも驚きなのに、そんなことまでさせてくる沙希のことを当時の八幡は本気で恐れていた。
いくらいずれ稼げるヒーローになる、という目標が当ったとはいえ、そこまでやるかと心底驚いていたのだ。
「んじゃ、ロボ吹っ飛ばしたのは!?」
「普段から歩くときに、地面に足を置いた時の反発抵抗を吸収してストックしてるそうよ。それの一時間分が恐らくロボを吹き飛ばした時の威力ね」
「あ、そんなのでも良いんだ…」
「でも一時間貯めるとロボ吹っ飛ばせるのか?よくわからん」
「あーそれ私もわかんない。どういうことだっけ?ゆきのん」
「簡単に言えば、一時間丸々歩いたとしておよそ5000歩くらいね。5000人の地面を蹴る力が集まれば、15mほどの巨大な人型ロボットは横転させられると考えたら良いわ」
「5000人…そう聞くとできそう…」
「1000人くらいで走るとちょい地鳴りするもんな。確かに…」
芦戸と気絶から起きた上鳴がなんとか納得する。
その解説を八幡も中学の頃以来となったが再度聞いていた。
当時は確か沙希から直に似たような説明を受けた気がするが、あまり内容は覚えていない。
(あんたがあたしと組めば、いつでもでかい衝撃をあたしは撃てる。あたしにしときなよ、比企谷)
この言葉だけは衝撃だったから覚えていた。
むしろその言葉のせいで衝撃のあまりそれ以外を忘れてしまったというのが正しいか。
まさか将来チームを組もう、と言われるとは。
当時はそんな奇特なのは材木座だけだと思っていたのだ。
後に更に2人も出てきたが。
『勝者!川崎沙希!!』
当時を柄もなく懐かしみながら試合を見ると、すでに試合は終わっていた。
レーザーを何度か沙希に目掛けて撃ったようだが、まるで堪えた様子がない。
青山は場外で仰向けに倒れ、沙希はそんな青山から既に背を向けて舞台を降りるところだった。
『…っつーか力の差がありすぎた…ってより、この試合も個性差が出たなぁ!出場者諸君には個性以外で工夫することが求められてんぞ!?厳しいがレベルがHigh!!』
──────────
「んで…次が私ってわけだ!ふふー、よろしく三奈ちゃん」
「ん!よろしくねー折本!」
『今度はA組女子対決だぁ!あっけらかんと笑うその顔、眩しいぜ!折本かおり!VS!アシッドプリンセス登場!芦戸三奈!!ていうかギャル対決かー!?』
次は折本か、とこれまた知ってる顔が舞台に上がるのを目にする八幡。
前も思ったが、総武枠の全員が八幡の知り合いなのはどういうわけか。
確かにトップカーストに入りやすいのは強かったり珍しかったりする個性の持ち主だが、そのトップカーストにたまたま顔見知りが10人固まっていたということだろうか?
だが、雪ノ下や川崎はトップカーストどころかカーストの外側に君臨する人間だし、そもそも折本は総武中ではなかったはず。
「ギャルだってー!全然そんなつもりないんだけどねー!ウケる」
『ウケて俺も嬉しいぜぇ!ウケる!』
『やかましいはよ始めろ』
『厳しいぜマイフレンド!ちょマイク取らんといて俺の必要不可欠アイテム』
『始め』
『俺の仕事ぉ!!』
小うるさいプレゼントマイクに代わってイレイザーヘッドが開始の合図を出す。
そしてなぜかその合図で戦い始める2人。
良いんだそれで、という顔の緑谷たち。
「ふふん、折本の策はわかってるんだかんね!わたしに触れてそのまま瞬間移動、そしてわたしだけ場外にポイ!でしょ!?」
「んー?まあそんな感じー」
「おい…」
思わず小さく声に出す八幡。
まだ川崎が戻ってきてなくて良かったと思う。
ていうかそんな会話を大声でするなよ2人とも。
観客席まで聞こえてきてしまっている。
「ありゃあ…なんかの作戦だな!?」
「…うーん、かおりちゃんの場合は多分違うかな」
「芦戸もねーな。そういうことできるタイプじゃねー」
上鳴の愚直な推測に、結衣と切島がそれぞれ否定する。
恥ずかしくて顔を抑える上鳴、それに吹く耳郎。
「なら…これでどうだ!?」
「お?」
芦戸の全身からどろり、と酸が出始める。
粘度は高く、酸性は普通でと調節をする芦戸。
彼女の個性は酸。
その粘度と酸性度を調節できるが、その出せる酸には限界があり、彼女の皮膚もその酸に負ける可能性がある。
つまり、今の全身が酸に覆われている芦戸の状態は彼女自身にも危険が及ぶ可能性がある。
「へっへー!触れるもんなら触ってみなよ折本!私はこのまま折本をじわじわと追い詰めるかんね!」
「それさー、服溶けたりしないの?」
「溶けます!だからあんま見ないで!大事なとこは溶けないように調節するけど!!くっそ恥ずい!!」
「やだ超ウケるエッロ!!」
「ぎにゃー!!」
なんつー破滅的な策だ、と目を逸らす八幡。
自制心のある男性男子諸君は皆目を逸らしている。
ちなみに全くない峰田は芦戸が酸を出し始めた時点で蛙吹と障子にぐるぐる巻きにされていた。
なお、雪乃はじろりと八幡を見ている。
「んー…なんとか出来ないことはないねー。触れば」
「ちょ!手が溶けるってまでは行かないようにしてあるけど!多分爛れるよ!?」
「でもさー?皆んなここまでガチで来てるじゃん?私もそうなんだよ」
たはーと笑う折本。
表情と言っていることがまるで合っていない。
芦戸に向けてにじり寄っていく。
「ここまで来てる総武の連中ってさ、大体が覚悟決めて来てんの」
「覚悟?」
「そ。何つーかさ…大事なツレを取り返す。それが出来るようになるまでとことんヒーロー目指して突っ走る。その2人の姿にさ…私も充てられたんだと思う」
私らしくないけどね、とあっけらかんと笑う折本。
その話題に出た2人は、気恥ずかしそうに、けれど真っ直ぐに折本たちの戦いを見ていた。
その後ろで、取り戻すと言われた当人は顔を抑える。
(…声でけーんだよ、ほんとに)
「だから私は止まらないし辞めない。なんかさ…ヒーローっぽいじゃん?私が今手を伸ばす理由なんてそんなんだよ」
「…」
「だから、行くよ…三奈ちゃん」
「…私も、負けられないから!!」
芦戸の言葉を聞き入れた折本が瞬時にその姿を消す。
現れたのは芦戸の真後ろだ。
それに反応してすぐに振り向く芦戸。
反応が良く、速い。
彼女の身体能力はA組でも上位、女子だとトップクラスだ。
だが、再び姿を消す折本。
芦戸の周囲に十数回連続で瞬間移動を繰り返す。
瞬く間に折本が消えて現れる。
反応しようにも出来ない芦戸。
反則じゃんこれ、と思いながらその場から離れる為に折本のいなくなった方向へ跳ぶ。
酸が彼女の軌跡となって飛び散り、芦戸は前転してすぐさま立ち上がる。
が、折本がいない。
後ろ!?と振り向くがやはりいない。
「…どこに」
「上だよっと」
「へ」
上と言われて上を向くと、上から落ちる折本の顔がその目に映る。
それとほぼ同時に景色も切り替わり、折本の身体の横に映っていた雲の位置が少し変わったように見えた。
そして、次の瞬間には折本が消え、空が全開で視界に広がる。
ほんの少しの浮遊感と、地面への着地の衝撃。
あれ?
私って、浮いてたっけ?
「じょ、場外!勝者折本さん!!」
「へ!?」
ミッドナイトの声の方を振り向くと、折本が右手をハンカチで拭きつつ、声援に向けて手を振っていた。
芦戸が自分の立つ地面に目を向けると、そこは場外、舞台の外だった。
「…ど、どゆこと!?今のが瞬間移動なの!?」
「そだよ。すごいでしょ」
「すごい!…じゃなくて待って!?今何が起きたの!?何で途中折本がいなくなってたの!?どこ行ってたのアレ!!」
「え?上でずっとワープして滞空してた」
「はぁ!!?」
芦戸が前転している内に芦戸の上空へワープした折本。
そして、落下し始める。
だが、芦戸に触れるよりも前にまた上空へワープする。
その繰り返しで数秒間、芦戸の視界から完全に消えたのだ。
そして芦戸が後ろを振り向いた瞬間、いけると思ってそのまま芦戸の真上にワープ、芦戸の頭に触れて場外にワープ。
地面より1mくらい上でワープして、芦戸の頭を離してまたワープ。
折本本人だけ舞台上に戻り、芦戸は場外に1人残された。
(…しかしまあ…瞬間移動のインターバルがなくなってるな。いや、あるのかもしれないけど…連続使用したら調子が悪くなってたはず。気持ち悪くなるとか何とか。克服したってわけか…?)
小学生の頃の折本を思い返して折本の個性を思い出す八幡。
気持ち悪い、とうずくまる折本に子供の八幡は駆け寄っていた。
そのうち、折本にありがとうと繰り返される内に面倒なことを起こしてしまった八幡だったが。
「うえー…折本強すぎー…」
「いや、そーでもないよ。ちょい気持ち悪い」
「へ?」
「いやーお茶子ちゃんと同じでさー。個性連続で使うと気持ち悪くなるんだよねー。小学生の頃に比べたらだいぶマシになったけど」
2人は揃ってゲートのほうへ向かっていく。
芦戸の入出場ゲートは反対方向だが、ミッドナイトは止める気はなさそうだ。
何故かうんうんと頷いている。
「え、個性の副作用ってそんな簡単に良くなるの?」
「いや?大分苦労したよ。小学生の頃はそれに付き合って看病してくれる奴がいてさー。…でも、私が突き放しちゃってさ」
「突き放した?」
「うん。…いや、ごめん。いきなり話すような話じゃないね」
「…手、大丈夫だった?」
「あー、まあちょい爛れたけど…やっぱ酸は強いね。防御性能良いわ。リカバリーガールのところ行ってくる!」
「あ、待って!私も行く!付き添い!」
「マジ!?ありがとー三奈ちゃん!」
「ね、かおりって呼んでも良い!?」
「全然いーよ!!」
思い返すのは6年前。
小学4年生の時。
看病してくれるアイツに、告白されたあの時。
取り返しのつかないことをしてしまった、と何度も嘆いた。
その直後に、アイツの父親が亡くなったと聞いた。
罰と偶然が重なって、話しかけられなくなってしまったあの時。
こうやって、少しずつ仲良くなれば良かったな。
心の中でこぼす折本。
キャッキャと笑いながらゲートを潜る2人に、サムズアップで見送るミッドナイト。
青春の香りを嗅いでいる彼女は間違いなく今体育祭で一番役得だ。
なんつー教師だ、と若干引いた目で彼女を見る八幡。
「…ゆきのん、ちょっと早いけど控室行ってくるね」
「!」
「あれ、由比ヶ浜もう行くの?」
「まだ、3,4試合あるぜ!?」
「うん。…心の準備、しときたいから」
「…私も行くわ、由比ヶ浜さん」
「ゆきのん……ありがとう」
立ち上がる結衣、その後ろを歩いていく雪乃。
それを人知れず見送る形になる八幡。
「どうしたんだろ?結衣ちゃん」
「緊張してんのかな…」
「…多分、相手が三浦さんだからだよ」
「戸塚、何か知ってんの?」
ぽつり、と漏らした戸塚に反応する瀬呂。
総武枠で元々同じ中学だった間柄だ、何か聞き出せるかもと思ったためだ。
「…三浦さんと由比ヶ浜さんは親友なんだ。B組の海老名さんと一緒に、いつも一緒にいたよ」
「なるほど…親友同士か…やりにくいってことだな」
「ん?雪ノ下は?雪ノ下も由比ヶ浜と親友じゃないのか?」
砂藤の疑問に、あははと苦笑いする戸塚。
八幡も雪ノ下と三浦が笑い合って手を繋ぐなんていうよくわからない想像をして苦笑いする。
絶対にあり得ない光景だ。
「うーん、雪ノ下さんは由比ヶ浜さんとすごい仲良いんだけど…三浦さんとは仲良いってわけじゃ…寧ろ悪いというか、ライバル?というか…」
「はー、複雑だな…」
「三浦が雪ノ下に喧嘩売るからだよ…」
ため息をついて小馬鹿にするように話す沙希だが、確かこいつも雪ノ下とも三浦とも相性悪かったよな、とオオカミのマスクの下でジト目になる八幡。
「だから、すごくやりにくいんだと思う。…でも、由比ヶ浜さんはきっと辞めないけどね」
「そりゃーそうだろ。いくら相手が親友だって言っても、年に一度のプロにアピールできる体育祭だぜ?そんな手加減なんて…」
「ううん、そうじゃなくて。多分体育祭じゃなくても、辞めないよ」
「…どういう意味だ?」
「由比ヶ浜さんは変わったよ。…多分、八幡…比企谷八幡君のために」
「…!」
突然名前を呼ばれて硬直する八幡。
だめだ、ウルフに徹しないと。
黙って舞台を見る。
髪を一括りにした女子と黒毛の鳥顔の少年が戦っているところだ。
「由比ヶ浜さんは、八幡を助けるまで止まらない。雪ノ下さんも中三でプロ資格を取って、ものすごいんだけど…成長度合いなら由比ヶ浜さんの方がすごいよ」
「中三でプロ!!?」
「てかそれ以上の成長てなに!?」
「きっと、あの2人は止まらない。自分達がどれだけ疲れて、傷ついて…。それでも、誰よりも救けるヒーローになろうとしてるんだ。僕たちも…そんな2人に、習ってる気がするよ」
自分のせいなのか、と自問する八幡。
USJで、雪ノ下を人質に取り、彼女のコスチュームに細工を仕掛けていたあの時。
雪ノ下という人質を盾にして、オールマイトを殺そうとする死柄木。
そんな時、雪ノ下はその身を危険に晒してまでコネクタ──八幡から脱出し、オールマイトを救けようとした。
あんなことを、自分がさせたのか。
影が、顔に落ちた気がした。
上を見ると、雲は八幡にかかっていない。
ある心が、八幡に宿りかけていた。
ヒーローの基本────自己犠牲の精神が。
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「…相模さんの試合が終わったわ。あと二つで由比ヶ浜さんの出番ね」
「…さがみん、強いね」
「そうね。肉弾戦は彼女は強いわよ。まず大きいし、猫のようなしなやかさもある。…勿論、当たっても負ける気はないけど」
「…ね、ゆきのん」
「何かしら」
「ヒッキーさ…どこかで、体育祭見ててくれてるかな?」
「…ええ、きっと」
「…そっか」
「大丈夫よ、由比ヶ浜さん。またいつか会えた時に…その時、嫌ってほど体育祭の録画を見せつければ良いのよ。私たちの空白の時間を埋める為に」
「…」
「だから、精一杯頑張ってきなさい。…悔いがないように、比企谷君に誇れるように、全力で」
「…ゆきのんがそんなこと言うなんて、珍しいね」
「…そうかしら」
「でも、ありがとうゆきのん」
「…」
「もう、試合終わったね」
「早いわね。…次は」
「葉山くんだ。じゃあ今度はもっと早く終わっちゃうね。…行かなきゃ」
「…いってらっしゃい」
「うん!頑張る!!」
今更ですが
俺ガイルの12巻、つまり二期までの出来事は既にヒッキーたちが中学二年までに終えてます
二期終わりの海浜公園で集まったときに黒霧たちに襲われたというあらすじです