ヒッキーは、やっぱり見つからなかった。
見つかったのは一本の左腕だけ。
彼は休学扱いになった。
少しして、警察の捜査が打ち切られた。
なんで?どうして?…そんな疑問は、すぐに出てきて無くなった。
わたしは、雄英への進学希望を出した。
待ってなんて居られない。
こっちから行く。
絶対に、ヒッキーを救ける──。
『ほいじゃま…有象無象の卵たちの戦いもあと三つで一区切り!一回戦第十四試合を始めるぜ!?』
「由比ヶ浜さんの番だ!」
「結衣ちゃん、気負いすぎないと良いけれど」
『相手の攻撃防御回避全て潰す!B組三浦優美子!!VS!可愛い顔で確かな決意!A組由比ヶ浜結衣!!』
対峙する結衣と三浦。
どちらかというと、表情が微妙なのは三浦の方だった。
中学時代からの、間違いなく海老名と並んで一番の親友だ。
そんな結衣と、闘う。
覚悟が出来ていないのだ。
相手と闘って、その後も友達を続けるという覚悟。
お互いに譲れないからこそ、相手を傷つける覚悟。
そして、それを既に用意しているのが結衣だ。
彼女は何より、中学の頃に似たような覚悟をする機会があった。
その結果が、八幡と雪乃との関係に繋がっている。
「…結衣」
「優美子、手加減なんてしないでね」
「!」
「わたし、本気でやるから」
「…」
「優美子だって、将来隼人君とチーム組みたいって、言うんでしょ?…だったら、今頑張らなくちゃ」
「それは…」
「だから、手加減なんて絶対しないで。本気できてよ…優美子」
「…」
結衣の呼びかけに、無言で頷きを返す三浦。
彼女も少しだが覚悟が出来た。
親友を失望させたくないという想いの、小さく、けれど堅固な決意。
『レディ……START!!』
開始の合図と共に、素早く上のジャージを脱ぐ結衣。
ジャージを広げて優美子から結衣の体を隠す。
「おお!?脱いだ!!」
「峰田ちゃん」
「いやオイラは率直な感想を…」
「峰田の気持ちはわかるぞ!何してんだあれ!?」
「三浦さんの個性は彼女の目の届く範囲にまで及ぶから、三浦さんの視界に入らない為に姿を隠したんだよ」
「けれど、アレでは身体を隠しきれてる訳ではないですわ…」
やっぱり、対策してくるじゃんねと優美子。
だが、ジャージでは高校生一人分の体格を隠し切れるほど面積はない。
まだ脚が見えてる、と飛手空拳の個性を使おうとする。
だが、それよりも速くしゃがんでうずくまるような体勢になる結衣。
結衣の身体が完全に隠れてしまい、優美子の個性では結衣の身体に直接攻撃を与えることはできなくなってしまった。
『こりゃ…個性対策か!?確か二人とも総武枠だったな!』
『お互い手の内を知り尽くしてるからな。ここからどうやって有効打を入れるか…』
それは由比ヶ浜も同じだ、とイレイザーヘッド。
結衣の個性はアニミズム。
無生物を生物に変え、自らの僕と化す。
だが、二人が戦っている舞台上には生物化出来そうなものは何もない。
あるとしても、結衣が身につけているものくらいだ。
そして、それは本人も三浦も重々承知のこと。
(だから、コレしかない。それまで時間を稼がなきゃ!)
「アニミズム!」
「え!?」
一体何を生物化したわけ!?と思う間も無く、ジャージの陰から靴が二足、優美子に向かって飛んでいく。
間違いなく、結衣が履いていた可愛らしい靴だ。
3人で選んだ靴とは違う、間違いなくヒーロー活動用の靴。
もしかしたら何か仕掛けがあるかも知れない。
「けどあんま意味ないでしょ!!」
三浦が飛んでいる靴目がけて、殴る。
だが、三浦と靴とのあいだには4m程の距離がある。
にも関わらず、靴は空中で何かにぶつかったように弾かれた。
「え!?」
「何今の!!」
「アレが三浦さんの個性か…!」
「おっそい!!」
二足目も瞬く間に叩き落とされる。
だが、勢いを一度失っただけでまた三浦に向かい始める二足の靴。
アニミズムによって生物化された生物は、元の無生物がある程度損傷するか、結衣の手で元に戻るかの二つしか無生物に戻る方法はない。
靴をひしゃげさせるほど飛手空拳を入れれば良い。
だが。
(結衣は!?この状況で何を…)
向かってくる靴を捌きながら結衣に目を向ける。
しかし、結衣は未だジャージで姿を隠した最初の状態のままだった。
その姿を見て、時間を稼がれていると判断する三浦。
何かをしているのは間違いない。
だが、何をしているかがまるで見当がつかない。
「アニミズム!?でも、生物化できるものなんてないし…。まどろっこしい!!」
二足の飛ぶ靴を同時に叩き落とし、更に結衣が掲げるジャージに向かって飛手空拳を放つ。
結衣本体は見えなくても、ジャージを持つ手の位置はわかる。
そのジャージ部分に向かって撃てばいずれジャージは落ちる。
三浦の個性は範囲が三浦の視線が届く部分までと広範囲だが、あくまで三浦本人の手の振りが伝わるだけ、威力は普通の人間が叩くのと何ら変わらない。
「っ!」
「まだまだっしょ!」
二足の靴の突撃を防ぎつつ、着実に結衣に遠距離打撃を加えていく。
三浦の個性は確かに威力は出ないが、発動したら絶対に躱せない。
彼女の個性の発動条件が視線であるため、見られている状態では確実に当てられるためだ。
総武枠に選ばれる生徒はそのほとんどが何かしら類を見ない強さを、稀に見る特徴を持っている個性を有する。
三浦ももちろんのこと、結衣も該当する。
例外は今年の雄英一年では、戸部と相模だ。
「うっ!くっ…やっ!!」
「なに狙ってるかわかんないけど、そんな急拵えの壁じゃ持たないっしょ!?」
手刀を二連続で繰り出し、遂に結衣の手からジャージが落ちる。
ジャージから姿を現した結衣は、左手を後ろに回し、右手は三浦の攻勢でぼろぼろになりながらしゃがんでいた。
左手がまちがいなくなにかをしている。
だが、なにをしているかがわからない。
「結衣、あんた…!?」
「…優美子。わたしさ…ヒッキーに教わったの。何かを犠牲にしながら、最善の選択をすることを」
彼はそれを効率の問題だと告げた。
誰かに任せるよりも、自分がやった方が早い。
だから自分がやる。
彼はそれを自己犠牲じゃないかと指摘されて、否定した。
そんなんじゃない、自己犠牲などとは呼ばせないとも。
だが、それは彼の主観での話だ。
彼のその行いは、自己犠牲そのものだった。
その姿に、結衣は憧れた。
初めて会ったとき、個性も使わずにその身を挺して愛犬を救ってくれたその人。
ただ、次第にその傷ついていく彼を見て
なんで。
どうして。
貴方は何故、そんなに自分を大事にしないの。
私たちはこんなにも、貴方を大事に想っているのに。
そんな時、貴方がいなくなってしまった。
「やってみてわかった。これは、やる側はすっごく痛いの。あたしの身体も…心も」
「…」
「だから、今度会えたら言うの。絶対にやらないでって。もうやめてって。それでもやるなら……あたしも、一緒にやるからって」
「!?」
ドクン、とフィールドが音を立てた。
三浦の立つ舞台そのものが揺れたように感じたのだ。
「これ…結衣!?あんたまさか地面ごと…!」
「えへへ…優美子」
「…なに?」
「今日のあたし、ヒッキーに少し近づけたかな?」
「!!」
問:生物化出来ないものがないならどうする?
解:下を向いて諦める。
そんなことを言いそうなのに、何故か斜め下向いて頑張るんだよね、と結衣。
そしてそれは、いつも自分ではない誰かの為。
だから、あたしも戦う。
ヒッキーとまた会うために。
地面が再度揺れ、巨大な目と口が浮かぶ。
生物化にはその質量に比例して時間がかかる。
結衣が行っていたのは、三浦の個性対策だけではない。
アニミズムにかかる時間稼ぎ。
そして、何よりずっと地面に手をついていたことをバレないようにするその姿勢。
「揺らしてマフィン!!」
「ヴォオオオオオ!!!」
「うわっ!!?」
地面が結衣の呼びかけに答え、三浦の立つ地面だけ揺れる。
結衣に命を吹き込まれた生物は、いくつかの特徴を持つ。
まず、空を飛べる。
そして、身体を少し歪ませて変形できる。
今回生物化した舞台は、コンクリートでセメントスによって地面と接着している為、空を飛ぶことはできない。
だからできることは、身体を揺することのみ。
だが、地面が揺れるのは足場が崩れるのと同義。
「ちょ……立ってられないし!」
「傾けて!!」
「は!?」
傾けるという言葉に背筋を凍らせる三浦。
土台となっている舞台全体が傾き始め、斜めになって動き始める。
勿論、斜め下となっているのは三浦が立つ方だ。
『なんだそりゃ!!?あの子の個性、無生物ならなんでも生物化できんのか!!?』
『他にやりようがないから選んだんだろう。だが、由比ヶ浜自身ももろに影響を受けてる』
『へ!?』
舞台が傾斜となって困るのは結衣も三浦も同じだ。
何せ今の舞台には、傾いた舞台から落ちないために掴まるべき物がない。
二人の違いは、場外までの距離、二人の高さ。
そして、この状況を作った側と作られた側、その意図である。
「行くよ優美子!!」
傾いた地面の上を全力で走り、三浦にむかって体当たりをしにいく結衣。
傾斜角度は20度程度、まだずり落ちていくような角度ではない。
だが、角度をつけて走り込む分、結衣の勢いは強い。
「いくらなんでも、正面突破で体当たりなんて無理っしょ!!」
二人の体格はほぼ同じ。
勢いつけている分、確実に三浦が押されるだろう。
だが、三浦には飛び道具として飛手空拳がある。
結衣の足を狙えば確実に転ばせられる。
その浮かんだ思惑は、横から受けた足に伝わる衝撃で消し飛んだ。
結衣を転ばすどころか逆に足を掬われて転ぶ三浦。
「え」
「クッキー!マカロン!」
ありがとう、という言葉と共に、転んでいく三浦に向かって飛び込む結衣。
三浦の足を掬った二足の靴も空中の二人を押す。
「いっけえええええええええ!!!」
「ゆ……い…!!」
どすん、と軽い音が鳴り、地面に肩を着いたのは────三浦の肩だった。
ほんの一瞬遅れて結衣も三浦の身体越しに地面にぶつかる。
二人揃って呻き声をあげるが、すぐさま顔を上げて自分たちの位置を確認する。
「…場外!?」
「じゃあ…」
「三浦さんの方が先に肩が場外の地面に着いたため場外!!勝者由比ヶ浜さん!!二回戦進出!!」
わっと湧き上がる観客席。
お互い抱き合うような形で地面に倒れる結衣と三浦の二人は、すぐに動けなかった。
結衣は個性使用の疲労と腕の痛みから、三浦は結衣に負けたという事実から。
二人が争うことは過去ほとんどなかったことだ。
唯一あったそれらしいことは、中学時代に一回のみ。
いつも三浦の後ろに結衣はついてきて、それが当然だと愚かにも思っていた時期もあった。
そんな結衣が。
「……結衣、負けたわ」
「優美子…」
「…やっぱ、ヒキオと雪ノ下さんには感謝かな」
「え?なんでヒッキーとゆきのん?」
「あの二人に会ってから、結衣は変わったよ。絶対に良い方に」
「ええ!?うーん…でも…。…うん。そうかも」
「ふふ…。結衣、二回戦も頑張んなよ」
「…それなんだけど」
「ん?」
「ごめん優美子。…個性の副作用で動けない」
「は!!?」
「助けて~…」
「勝った相手に助け求めてどうすんだしあんた!!!」
──────────
動けなくなった結衣が搬送用ロボットによって運ばれていく。
そんな姿をモニター越しに見て、感慨深くなる雪乃。
本当に強くなった。
個性や身体の使い方ではなく、心が強くなった。
あの男がいなくなった時、何日も泣き腫らしていた彼女は、いつの間にか立ち直っていた。
今度は守られる側ではなく、守る側、救ける側に立つと。
そんな結衣を迎えに医務室へ行く雪乃。
生物化した舞台の質量は恐らく4000トン程度。
結衣は副作用で一歩も動けなくなっているはず。
もしかしたら、二回戦も出られないかも知れない。
それでも、彼女はよくやった。
その勇姿は、きっと彼に届いたはず。
「…その目で見なさい、比企谷君。貴方を救けるという目的だけでヒーローになろうとしている私たちを。貴方には、それだけの価値がある」
だから、諦めてはダメ。
バカな真似だけはしないで。
そんな雪乃の想いが届いたのか、それとも気まぐれか。
観客席に座っていた八幡が、ふらりと立ち上がる。
彼を見張っていたスクリームフィスト、エクトプラズムに緊張が走る。
まだ彼の試合ではない。
今は切島と鉄哲が元に戻った舞台上で殴り合っているところだ。
彼の試合まであと4試合はある。
何をする気だ、とスクリームフィスト──平塚静は身構える。
中学の頃もそうだったが、正直なところ比企谷八幡の考えることは恩師である彼女にも見抜けなかった部分が多い。
恐らく、自惚れなしで彼のことを総武中学で一番理解していたのは自分であるとも思う。
雪乃も結衣も距離は近かったものの、彼らは考えの違いから対立することがそれなりにあった。
だが、そんな彼女も今の八幡の動きは読めなかった。
本当に
「…」
「…」
無言でアイコンタクトを交わし、エクトプラズムが八幡の死角に分身を作って、背後から分身に追跡させる。
その数、2体。
大々的に分身を増やすと八幡にバレずとも観客たちが訝しむ。
2体の分身の更に後方から平塚が追跡を行い、ゆっくり歩く八幡の背を追う。
狼顔がやや曇っているようにも見えた。
足取りは重く、何か考え事でもしているのか。
次第に観客席を抜け、通路へと入っていく。
流石に人通りがない通路に3人も入っていくわけには行かない。
まずエクトプラズムの分身が1体だけ八幡を尾行し、更にその後ろから平塚が追跡。
残った1体の分身は通路入り口で待機する。
フラフラと歩きながらも、迷うことなくゆっくり進む後ろ姿に、行き先の見当をつけるエクトプラズム。
このまま行くと、医務室に着く。
平塚も同時にその考えに行き着いた。
いま、医務室には由比ヶ浜とその付き添いに三浦が入っているはず。
目的は由比ヶ浜か!
『ドウサレマスカ』
『奴が由比ヶ浜に手を貸すとは考えられません。…しかし、何かとんでもないことをしでかす可能性は否めない』
『ソレハ?』
『…生徒を前に大暴れして、態と捕まるなんぞ普通にやる奴です』
『ソレハ彼ガ捕マルコトヲ望ンデイル場合ノ話。客観的ニ考エレバ、生徒ニ危害ヲ加エル可能性ヲ考慮スベキデス、スクリームフィスト』
『どちらにせよ、やはり医務室に入る前に止めるべきです!』
『…了解。デハ……!?』
何と言って止めるか、と考え始めようとしたその時。
医務室に入る扉の位置に到達する前に、ウルフ──八幡が止まる。
目の前には、雪乃。
八幡の反対側の通路から歩いてきたようだ。
「…何か?」
「…いや」
「惚けないで」
「…」
「まさか、由比ヶ浜さんが心配で見舞いに来たなんて言わないわよね?」
「…」
「…呆れた。本当にそうなの?」
そんなわけねーだろ、という言葉は八幡からは出なかった。
思わず溜息が出る雪乃。
そんな覆面までしてそれでも由比ヶ浜さんが心配なら、さっさと戻ってきなさい。
そう言ってやりたい。
だが、言えない事情があるのだろう。
八幡の背負う物は、やはり命に類する物。
それも、自分の身よりも大事な物だ。
しかし、それの確認のしようがない。
今この会話ですら、敵方の黒幕は聞いているはず。
何か手はないのか、と思案する。
「…」
「…とにかく、この中は今男子禁制よ。もうすぐ一回戦が終わるわ。貴方、二回戦の第三試合でしょう?もう控室に行ったらどうかしら」
「…」
「貴方が心配していたことは伝えておくわ」
「言わなくて良い」
「そう」
やっとまともに喋った。
二年前も喋る方ではなかったが、自虐ネタとツッコミ、文学やそれに類することに関してはよく口が回っていた。
改めて
こんなに抑えつけられて苦しそうにしている彼を見るのは初めてだ。
「…行きなさい」
「…」
「それと、貴方…ご飯はちゃんと食べてるの?」
「は?」
雪乃の隣を通り過ぎようとした八幡から、間の抜けた言葉が出る。
ご飯?
何のことだと首をかしげる。
「貴方、痩せてるわよ。背はかなり伸びたみたいだけれど…お米を食べているの?彩のあるご飯を食べているかしら?ちゃんと食べなさい。お米は大事よ?」
お米。
雪ノ下にしては随分子供向けな言葉。
普段の言い回しではなく、何か意図がある。
まさか、と勘づいた八幡は慎重に口を開く。
「…そうだな。お米ちゃんは大事だ」
「…」
「それがないと…生きてけないからな」
「!! そう。この学校にあるわよ」
「…いや、今はいらねーよ」
「…変わらないわね」
「お前は、お米ちゃんのことが相変わらず嫌いそうだな」
「ええ」
雪乃の肯定の返事を聞き、頷いてから足を動かし始め、ふらりと歩き去る八幡。
医務室の前で立ち止まる雪乃。
そんな雪乃に、後ろからエクトプラズムと平塚が迫る。
「雪ノ下」
「…平塚先生」
「エクトプラズム、奴をお願いします」
「了解」
義足のエクトプラズムは音もなく歩き、八幡の跡を引き続き追いかける。
平塚は雪乃と向き合い、先の件を問いただそうとしていた。
「で?何だあの芝居は」
「いつものことです。私たちにとっては」
「いやそうかもしれんが、この状況では不自然だろう!何故ご飯なんだ!?」
「彼に確認を取っていただけです」
「確認だと!?」
「彩のあるご飯、お米。…彼の妹は、一色さんからお米ちゃんと呼ばれています」
その雪乃の言葉に、まさかと先ほどの二人の会話を思い返す平塚。
彩は一色を指していた?
一色の小町の呼び名はお米ちゃん。
お米ちゃんが大事。
お米ちゃんがないと、生きていけない。
そして、今はいらない?
「…まさか!?」
「確信したのはアレが嫌いそうだな、という言葉」
「アレ?」
「本当にお米ちゃんという言葉が小町さんを指しているなら、私の場合のアレというのは恐らく姉のことを指している筈です」
八幡にとってのお米ちゃんが妹の小町なら、雪乃にとってのお米ちゃんは姉の陽乃。
そして、陽乃を尊敬しているものの同時に毛嫌いしている雪乃。
それは確認のために、
何もいう必要のない彼が告げた、暗号に対する回答だ。
「…では、奴は小町君を守るために…か!?」
「間違いないでしょう。小町さんを
「有り得るな。奴のことだ、万が一を想定してそれに備えるなど茶飯事だ」
「そして今はいらないとも言っていました。手元に置きたくはない…離れていてほしいということかと」
「ぐっ!!おのれ…
「先生、お静かに」
ハッと医務室の方を見る平塚。
中からは誰も顔を出さない。
どうやら平塚の激昂は聞こえなかったようだ。
「すまん」
「…気持ちは分かります。私も…怒りと苛立ちが」
「…その気持ちは大事だな。だが、冷静になることがまず第一だ」
「貴女がそれを言うんですか?」
「そうだな。すまない…」
クスリ、と笑う雪乃に釣られて笑う平塚。
ここで一つ確信が得られた。
やはり、比企谷八幡は
間違いなく従わされている。
「早速小町君の保護を進めよう」
「既に姉がついています」
「…仕事が早いな」
「恐らくそうだろうとの予想の上でです」
「だが、まだ足りないな。せめてもう一人プロを用意したいところだ。……よし」
「?」
「空いてるやつが居る」
ニヤリと笑う平塚。
スマホを取り出して、電話帳を呼び出す。
着信音がワンコール鳴った後、すぐに相手は出た。
「ああ、私だ。スクリームフィストだ。奴の妹を覚えているか?そう、比企谷の。そいつの近くにいてやってくれ。サンアイズも近くにいるが、そちらには私から言っておく。…うむ。いいぞ、全て比企谷にツケで」
「…」
「ではな。…よし、これで護衛には十分だろう」
「…いま、比企谷くんに全て丸投げするような発言がありましたが」
「何、帰ってこれた時の代償みたいもんだ。可愛いものだろう」
「いえ、どちらかと言うと酷だと思います」
──────────
「これで一回戦終わりですね。流石に16試合は多いなー」
トーナメント表を見て現在の試合結果を確認する一色。
さっきの試合では、爆発の個性を持つ少年と物を浮かす少女の二人が壮絶な爆撃戦を繰り広げたばかりだ。
結果は爆発の少年の完封勝利だったが、無重力少女も健闘した。
後は、先ほど引き分けになった硬化と金属の個性の少年の試合が引き分けになってしまったので、それの決着だ。
決着方法は腕相撲で、実は現在進行形で行われているのだが、一色の目には映っていないようだ。
興味がないというのが本音だろう。
ちなみに、B組指定席ではキリテツ!!と叫んでいるお人がいる。
その腕相撲が終われば正真正銘、一回戦終了だ。
「そうですね、もう他の2年生や3年生のトーナメントは終わったみたいですよ?速報来てます」
「え?この32試合もしてるのって1年生だけなの?」
「みたいだね。まあ今年の総武枠10人丸々いたし、その分増やしたんじゃない?」
さらりとそれらしい嘘を吐く陽乃。
こういう嘘は母親にも父親にももちろん雪乃にもない、彼女自身が身に着けた渡世術の一つだ。
「去年の総武枠は何人だったんですか?」
「去年は…めぐり一人だったよ」
「ああ…納得です」
あのゆるふわ天然系なら、とうんうん頷く一色。
「あ、腕相撲終わったみたいですよ。A組の角がある人の勝ちです」
「アイツか!光ってない方だな!」
「いや光ってる方は太陽の光が反射して……み、ミルコ!!?」
驚いて振り返る小町の頭を、ニシシと笑ってガシガシ撫でるミルコ。
後ろには全く知らない男性が座っていたはずだが、いつの間にかすり替わっていたのか。
「ラピッドヒーローのミルコ!!ほ、本物ですか!?」
「本物だ!ニセモノなんて見たことねえな!」
「いやそうじゃなくて…」
「いろは先輩初めてお会いするんですか?」
「いや逆にお米ちゃんなんで初めてじゃないの!?」
「お兄ちゃんの先生だったからねー」
「なー」
またあの先輩か!!としかめっ面になる一色。
エンデヴァーといい、ミルコといい、サンアイズ──はるさん先輩といい、なんであの先輩に目をつけるんだろうか?
エンデヴァーは父親繋がりとか言っていた気がするけど。
「んでーミルコさんどうしたんですか?」
「小町と試合見に来た!」
「おおーもちろん大歓迎ですです!」
「動ける奴見てっと楽しいからな!こっちも体動かしたくなる!」
「乱入しちゃダメだからねー」
「お、サンアイズ」
スマホを見ながらミルコに忠告する陽乃。
画面を切って、ミルコに向く。
「まったく、連絡遅いよしずかちゃん。いや、ミルコが早いのかな?」
「ああ、私は速いぜ!」
「多分意味違うけどまあいいや。じゃ、大人しく試合見ててね。何なら後ろのエンデヴァーも誘っていいよ」
「お、いたのかエンデヴァー」
五席ほど後列にいたエンデヴァーを見つけるミルコ。
だが、目が合っても特にリアクションなく逸らされる。
「なんかいつもテレビで見るより静かですね?エンデヴァーって…」
「…そうだね」
いろはの言葉に応える陽乃。
息子の出番じゃないからと、小町の顔を見て思うことがあるんだろうな。
比企谷小町は、まがりなりにも友人だった者の娘で、弟子の妹。
小町を見ると、八幡の顔を思い出すのかもしれない。
「ありゃ、もう二回戦始まってますよ?」
「お、エンデヴァーの息子さんだ」
「え、あの…半分白髪のイケメンですか!?」
「あー、確かに似てっかもな。けど…」
二回戦第一試合、開始。
開始と同時に大氷壁を撃ち出す轟。
そして、それを出鱈目なデコピンで打ち砕く緑谷。
デコピンに使用した指は紫に変色し、見るに堪えないような重傷になっている。
「何あの指!?」
「ていうか防いだよ!?氷!」
「雑いな、アイツら」
「そうだね。どっちかというと雑なのはエンデヴァーの息子の方だけど。それに合わせて雑になってる気はするね」
八幡も雪乃も、陽乃も大規模攻撃が出来るが、それをやることは滅多になかった。
必要がなかったからだ。
相手は一人、ステージを埋め尽くすほどの氷壁を出す必要はない。
また氷壁を出して、指を犠牲にして氷を砕く。
その繰り返し。
これでは、試合が終わっても、緑谷の方は次の試合に行くことは難しいだろう。
「この一戦でやり切るつもりだね」
「目の前のことを済ませて次に行くってのは間違いねえな!いけるかはともかく」
試合の様子を、控室で待機しながら、八幡も見ていた。
徐々に指や腕が自損していく。
だが、そんなことは気にも留めずに、戦い続ける緑谷。
何が何でも試合に勝つという強い意志か。
(…いや。多分アイツのはそんな単純じゃない…)
『全力でかかって来い!!!』
「!」
モニター越しに緑谷の声が聞こえる。
随分強く張られた声だ。
既に両腕どころかその指まで、怪我していない部位などない緑谷。
だが、ボロボロの緑谷よりも轟の方が動きが鈍い。
個性の使い過ぎ…というより、氷結のせいで身体に霜が降りている。
動きの遅い轟に対し、ボロボロの拳を叩きこむ緑谷。
『期待に応えたいんだ…!』
「…」
『笑って応えられるようなカッコイイ
脳裏に浮かぶ、父親の後ろ姿。
久々にヒーローコスチュームを取り出し、そのまま出かけて行ったあの男は、そのまま帰ってこなかった。
代わりに帰ってきたのは、親父の身体を運んできた大男──オールマイト。
申し訳ないと謝るオールマイトに、泣きじゃくる小町。
ある強大な
とてもカッコイイヒーローとは言えなかったが、母親が死んでからはヒーローを辞めて、家にいるようになったと聞いている。
そんなかつての日常を思い出す八幡。
もう、戻れない日々。
戻るときは、自分の個性をAFOに差し出したときだろう。
だが、AFOはなぜか自分の個性を奪わなかった。
何を考えているのか。
本気で自分を
その時、控室がかすかに揺れる。
モニターを見ると、映像は既に舞台上を映していなかった。
舞台で大爆発が起きたようだ。
爆発というと、熱が必要になるが、まさか頑なに氷しか使わなかったあの半分イケメンが炎熱を使ったのか。
既に試合は終わったようだ。
八幡の試合まであと二試合。
また控室の机に突っ伏し、その時を待つ。
あと少し。
あと少しで、肩の重荷は降りる。
そして、一生の重罪を背負うのだ。
ここは書き方難しくて迷いましたが、多少変えました。