何がヒーローたらしめるか   作:doraky333

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迫り来る剛腕に黒い靄。
攻勢を掻い潜って大質量の土塊をぶつけるが、まるで効いた様子がない。
左腕は既になく、身体は重い。
死の直前というのは、意外に呆気ないものだとわかる。

──巨体を二つ吹き飛ばしたその瞬間に、視界は暗闇に覆われた。


Episode15.夢と現は紙一重

「…」

 

控室に入ったウルフ──八幡を、ドアから覗き見るエクトプラズムの分身。

机に突っ伏し、二回戦第二試合が行われようとしているのにモニターを見向きもしない。

医務室に着いた時は一触即発かと思われたが、その懸念はほぼなくなったと見て良いだろう。

先の医務室前でのやりとりの顛末を、スクリームフィストから連絡を受けて聞いたのだ。

 

(…コンナ15歳ノ少年ガ…背負ウヨウナ重荷デハナイ。本来、ソレハ我々ノ役目ノ筈)

 

人の命を背負っているなど。

確かにヒーローたるもの、命を救けて当然と言われるような職業ではある。

だが、そのレベルに到達するまでは長い訓練と知識を得る必要があるのも事実。

それに、彼の場合は救けに向かったわけではなく、いきなり襲われて妹の命を人質に取られて従わされている。

ドアから退き、天を仰ぐエクトプラズム。

神の与えた試練だとするなら、本当に酷い話だ。

ありえない妄想をしていると、ガタンと言う音が控室から聞こえた。

第二試合がもう終わったようだ。

速攻で試合を決めたのは恐らく飯田天哉の方だろう。

エンジンという個性故に出来る早業だ。

ドアが開き、中からウルフが出てくる。

それを横目で見るエクトプラズム。

監視している姿を隠そうともしない。

 

「?」

「…怪我ノナイヨウニ」

「…了解」

 

相手を怪我させるなってことかね、と八幡。

まさか声をかけられるとは思わなかった。

元々の知り合いである雪ノ下は例外として、このエクトプラズムとは話すのは初めてだ。

対戦相手の生徒を想ってここまで来たのかもしれない。

まさか、仮にも(ヴィラン)である自分を気遣うなんてことはないだろう。

さっきよりかはしっかりとした足取りで歩いていく八幡、その後ろ姿を見送るエクトプラズム。

 

(神ハイナイ。ナラ、我々ガ彼ヲ救ケル。ソレデヨイ)

 

静かに意志を燃やすエクトプラズム。

彼は逆境から這い上がったヒーロー。

その義足が、かつて彼に起きた惨劇を物語っている。

そんな男が誓いを立てる。

必ず、比企谷八幡を引き上げてみせる。

エクトプラズムは通信機を手に取る。

分身体用に配られている通信機器の子機だ。

その後、本体や各雄英ヒーロー達に連絡を取り、事の次第が伝えられた。

 

 

──────────

 

 

「マイク」

 

通信機を手に取り、震えているプレゼントマイクに声をかけるイレイザーヘッド。

つい今しがた、エクトプラズムから秘匿通信が入ったばかりだ。

既に場内放送の電源は切られていた。

 

「平静を装え。仕事を忘れるな…」

「…」

「先ほどのウルフと雪ノ下のやり取りは敵方も聞いていたはずだ。このタイミングで何か体育祭進行に支障があれば、勘づかれるぞ」

「…わかってんよ!!」

 

情に熱い、プレゼントマイクのことだ。

比企谷八幡の置かれた状況を理解し、そんな彼を救けたいと心底思ってしまったのだろう。

ズレたサングラスを直し、場内放送のスイッチを切り替える。

 

『オケェェェイ!!セメントスによるステージの補修が完了したぜ!!つーわけだ!第二回戦第三試合を始めるぜぇ!?』

 

少し声に力が入ったが、プレゼントマイクは持ち直すことに成功する。

マイクの声とともに、舞台へ上がるB組拳藤、留学生ウルフ──もとい、渦中の少年比企谷八幡。

イレイザーヘッドから見ても、彼に変わった様子はない。

ただ、密かに指令に従って体育祭に潜入し、雄英生のフリを続けている。

妹の命を握られている重圧も、バレたら一巻の終わりだということも、まるで何もないかのように。

アレほどの精神力は、学生時代のイレイザーヘッドにはなかったものだ。

彼は自らの気持ちを押し殺し、その使命を全うしている。

 

(緑谷といい、比企谷といい……あの歳で苦痛を乗り越えるのに慣れすぎだろう)

 

緑谷の場合はただの痛みだったが。

それでもボロボロになるような自傷をわざと行なったり、(ヴィラン)の元で1年以上も耐え続けたりとおよそ常人の為せることではない。

そんなことすら素振りに出さない比企谷の方は、はっきり言ってしまえば異常だ。

 

(ノーアームズっつったか。その精神力は見張るものがあるな…)

 

『まずはB組より!そのパワーと武技が魅せる強さに刮目せよ!拳藤一佳!!そしてA組より!一回戦で骨抜を全く寄せ付けなかった!留学生ウルフ・エイティス!!』

 

「あんたには骨抜が世話になったね」

「…」

「強いのはわかってる。…けど、最初から負ける気で行くなんて勿体無いことはしない。…全力で勝ちに行くよ」

「…」

 

無言で構えるウルフ。

左手を前に出し、右手を引き手にして構える。

一回戦とは違う、近接主体の構えだ。

その姿に、違和感を覚える拳藤。

拳藤は武術を学んでいるが、ウルフの姿は拳藤の知っている武術にはどれも該当しない。

だが、明らかに武の気配がする構えだ。

まさか、こちらに合わせてくれた?

 

「よくわかんないけど…気前が良いじゃん」

 

拳藤も同じように、彼女の会得した武術の構えをする。

身体能力には自信がある。

腕力や脚力が全てとは思わないが、近接戦闘では有利に働くのは間違いない。

わざわざ自分の土俵に乗ってきてくれたんだ、全力で応えようと意気込む拳藤。

 

『レディ……START!!』

 

拳藤が矢のように飛び出そうとした瞬間、強風に見舞われる。

一瞬拳藤が仰け反るが、個性を発動して拳で地面のコンクリートを掴み、吹き飛ばされないように耐える。

マジかよコイツ、と思いながらも、何も肉弾戦をやろうなんて言われてはいないことを思い返す拳藤。

 

「ハハッ…甘かったのは私ってわけだ!」

 

だが、まさかノーモーションで風を発生させるとは思ってなかった。

骨抜への空気砲は手を使っていた筈。

何も手を使う必要はないのかもしれない。

まさか骨抜への空気砲すらブラフ?

 

「くうっ…!」

 

ひたすら耐える拳藤。

個性のおかげで吹き飛ばされることはなさそうだが、前に進めない。

どうするか、とウルフを見たその時、右手を構えているのが見えた。

嘘だろ、と愕然とする拳藤。

 

「ヴァン」

「畜生!!」

 

左手を大きくして空気砲を受ける。

空気砲による衝撃は受け切ったものの、強風の影響も表面積が大きくなった左手は受ける。

また仰け反りそうになるが、左手もコンクリートを掴み、耐える。

風を起こしながら空気砲も撃てるのか、と分析する。

だが、左手を何故か使おうとしない。

まさか、左手で強風を発生させて右手で空気砲を撃っている?

 

「こんな奴がいたなんて…!!」

 

厄介さで言えば轟並みである。

轟は少ない時間で氷結を這わせてくるが、ウルフの方は瞬時に強風を発生させ、その状態を保ったまま攻撃してくるのだ。

 

『おおおおお!?おいおいなんだ留学生!!こんな手を持ってたんか!?』

『相手に無条件で縛りを与え、尚且つ本人はまるで気にせず攻撃…。状況の作り方が上手いな。しかも本人に疲れる様子がない』

 

問題はそれだ。

拳藤から見て、ウルフはまるで疲れた様子がない。

個性は身体機能なので、基本的に使えば疲れる物のはず。

鉄哲なら金属疲労が起きるし、あの轟ですら氷結を使い続ければ体が寒さに震える。

なのに、汗一つかいているようには見えない。

…と、ウルフの様子をよく見ていると、次第にその姿に違和感を覚えた。

 

「…!?」

 

風だ。

ウルフの毛やジャージが全く風に揺れ動いていない。

ウルフの周りには風の影響が全くないのだ。

風は実際に起きているので、影響がないなんてことはないだろう。

つまり、ウルフの周りには風がそもそも起きてないとしか考えられない。

 

(…もしかして、それが副作用!?)

 

風を本人の周りには起こせないのか。

それとも、起こすとまずいことが起きるのか。

はたまた、ウルフ本人を避けて風を起こせないのか。

 

「やらずに負けるってのも…ないね!!」

「!」

 

対する八幡も、拳藤の様子の異変に気がつく。

何かやる気だ。

奥の手でもあるのか、それとも何か名案でも思いついたか。

 

「そ…れ!!」

 

左手を元の大きさに戻し、振り上げる。

片手の大拳だけで風を耐えられるのは確認済みだ。

そして、そのまま地面に向かって振り下ろす。

 

「げ」

「行くよ!!」

 

地面に拳がぶつかる瞬間、拳を大きくしてコンクリートを殴る。

衝突部分のコンクリートは5cmほど大拳によって沈み、全体的にひび割れる。

そして、ウルフ──八幡は、拳と地面の衝撃で、ふわりと浮かび上がっていた。

 

「アタリだね!あんた、軽くなるのか!」

「だからどうする」

 

途端に風が舞い、更に1mほど上昇する八幡。

今更だが、いくら操作している風とはいえ、人間がそう簡単に風で浮かび上がるわけがない。

それも、浮かび上がる本人の体重が軽いせいだったのだ。

浮かんだ感触からして1kgもないだろう。

それを見抜いた拳藤に脱帽する八幡。

だが、所詮近接型の個性。

空を飛ぶ八幡には手の出しようがない筈。

 

「こうすんだよ!」

 

両手を巨大化したまま八幡に向かって飛び跳ねる拳藤。

ご丁寧に風の影響を受けないように掌を八幡から見て平行に掲げている。

拳を大きくすればその分拳藤の体重は増える。

今の拳藤の体重は100kg以上だ。

女の子的には宜しくない数字だが、それが今は何よりも活きる。

 

「…よく考えるな」

「余裕ぶってんなぁ!」

 

ぐわっと右手を振り回し、八幡に叩きつけにかかる拳藤。

いや怖いな、と思いながら身体中の神経を掌握する。

空気との接続を切り、巨大な右手に向かって回転するように蹴りを入れる。

ガン、とぶつかった巨大な掌と足だが、拳藤はそのパワーに驚く。

明らかに常人の脚力じゃない。

弱点ないのかコイツ、と驚きながら着地する拳藤、そして八幡。

今の八幡には明らかに体重がある。

そして、すでに強風は治まっていた。

間違いない。

 

(このウルフは…風を起こすときは体重が軽くなるんだ。だから自分の周りには強風を起こさない!起こしたら飛んでっちゃうからな…)

 

つまり、今なら風は起きず近接格闘に持ち込める。

だが、その強さを少々見誤っていた。

 

「…あんた、轟みたいな複合個性なの?」

「…まあ、そんな感じ」

「マジかよ…」

 

比企谷八幡の身体強化は、固体操作を応用した物だ。

彼は身体から神経を伸ばして固体と接続し、固体を自在に操作する。

そのおかげか、彼は神経伝達によって身体を動かすのが一般人と比べて相当に上手い。

その為、彼はいつでも人間が発揮できる身体能力の上限まで使える。

いわゆる、火事場の馬鹿力を常に使えるということになる。

 

「最初の構えは…ハッタリじゃなかったってわけだ」

「いやハッタリだけど。明らかにパワー型のおたくとやり合うのは合理的じゃない」

「ふーん……良いね。考え方が良い」

 

ハッタリとは言っていたが、恐らく拳藤の初手急襲に備えて構えていたのだろう。

その上で風を起こし、拳藤を圧倒しようとした。

二段構えによる作戦。

風を破られても近接で戦えるように構え、尚且つ拳藤が近接型の個性なのでそれを誘った。

拳藤もよくやる、起こりうる可能性に備えるという考え方。

 

「私とあんた…気が合いそうだね」

「…いや、ごめんなさい」

「何で謝んの!?」

「ほら、アレだから。俺とあんたじゃ居る場所が違うから」

 

だから俺に踏み込まないでくれ。

声なき声を飲み込み、押し黙る八幡。

 

「まー気が合うって言っても、手加減はないけどね!」

 

いやまだ俺は合うとは言ってない。

そんな言葉も言えず、肉薄する拳藤に応戦する八幡。

オールマイトもそうだったが、近接格闘系の個性は総じて八幡の苦手とするところだ。

大量の空気で押しつぶす手がオールマイトに通じたのは、不意打ちで撃てたから。

だが、拳藤にはそれが出来ない。

まず、殺してしまう可能性がある。

そして、二人が立つ地面はコンクリートの塊だ。

オールマイトの時は、オールマイトが立つ場所は柱の上に作られた舞台だった。

だからこそ、上から空気を叩きつけてオールマイトを土台ごと下に落とすという安全措置のもと使えたのだ。

そもそも、相手がオールマイトだから死ぬわけがないという一種の信頼もあった。

だからこそ、今はそれが出来ない。

 

対する拳藤も、八幡に対して有効打を入れられていなかった。

大拳を発動させたまま拳を振るう拳藤。

彼女の恐ろしいところは、その状態でも拳を振るうスピードは変わらないことだが、それでも尚当たらない。

パワーだけならウルフには勝つ自信がある、と断言できる拳藤。

だが、そのパワーも当たらなければやはり意味はない。

何か身体強化以外に更にカラクリがあるのか。

 

舞台を移動し続けながら攻防を続ける二人。

攻める拳藤、避けて守る八幡。

まるでお互いに演舞でもしているかのように、打点が繋がれて線へと変わっていく。

 

「あんた、また体重軽くなってるでしょ」

「よくわかるな」

「私の拳に合わせて身体が先に動いてる。まるでカーテンの布みたいだ。やっぱパワーじゃ無理ってわけだ」

 

拳を小さくして、さらにスピードを速める拳藤。

徐々に振るう拳が八幡の身体に近づいていく。

火事場の馬鹿力をいつでも出せるとは言え、身体能力による速さはそこまで上がらない。

躱すのにも限界がある。

 

そして、その時が来る。

二人の距離は徐々に縮まり、遂に拳藤の右拳が八幡を射程圏内に入れた。

 

(こりゃ当たるな)

「よく持った方だよ!」

 

インパクトする瞬間、右拳が大きくなって八幡にぶつかる。

もらった。

後に拳藤の必殺技の元となるその一撃は、八幡を大きく吹き飛ばした。

 

「よっしゃナイスだ拳藤!!」

「そのままA組の協力者なんて場外に吹っ飛ばしてしまいなよ!」

「物間が拗れてきてる」

「…ん?」

 

そのまま拳藤が追撃をするかと思ったが、何故かそのまま動かない。

拳を振り抜いたままの姿で固まっている。

 

『…?なんだぁ!?拳藤が固まったぞ!?逆にウルフの方はもう起き上がって…どうなってんだ!?』

『リプレイ見てみろ』

『へ?』

 

イレイザーに言われた通りリプレイをスロー再生するプレゼントマイク。

八幡の方はと言うと、拳藤の方へゆっくりと歩いているところだ。

 

『その角度のカメラじゃ見えん。ウルフから見て右手側のカメラを見ろ』

『あ?こっち?……あああ!!?』

 

拳藤の右拳が大きくなり、八幡を吹き飛ばすその瞬間。

拳によって吹き飛ばされていく八幡だが、右脚が同時に動いていた。

コマ送りで見てもその足がかなり高速で振り抜かれているのがわかる。

そして、右足の爪先が拳藤の顎を掠めていたのだ。

吹き飛ばされる勢いを利用して放たれた、速さに重きを置いた蹴り。

今の八幡が身体能力強化で出せる最高の蹴りだ。

 

『んじゃ今拳藤は!?』

『顎揺らされて脳震盪でふらついてんだろ。意識が飛んでるかもしれん』

『マジかぁぁぁ!!留学生まさかの近接も強いのか!!?いや流石雄英に来る留学生ってか!!』

 

拳藤の前にくる八幡。

その勢いが伝わったのか、拳藤はゆらりと後ろに倒れていく。

 

「やべっ」

 

背中に手を回して拳藤を抱き止め、地面に衝突するのを防ぐ。

ついでに、拳藤の顎の辺りを見てホッと息をつく八幡。

外傷はなく、ケガはしていないようだ。

エクトプラズムの言いつけを守る必要がなかったものの守ることができた。

すぐにミッドナイトを見て、審判を促す。

 

「うわー…すごいもん見たわ」

「へ?」

「あ、ごめんこっちの話。…勝者ウルフ・エイティス!!三回戦進出!!!」

 

何故か鼻血を垂らしながら審判を下すミッドナイト。

なんだこの人、と若干引くが、搬送救護ロボ二体が来たところでミッドナイトから目を逸らす。

搬送ロボの担架台に拳藤を乗せようとしたとき、拳藤はその目を開いた。

 

「……あ、れ……あたし…」

「…」

「…負けたんだ」

「…まあ、そだな」

 

拳藤の膝裏に左手をおずおずとまわす八幡。

担架が乗った搬送台車に拳藤を寝かせ、その手を慎重に拳藤から離す。

触った!とか手つきがいやらしい!とか言われたら流石に逃げ出したくなる。

拳藤との距離の近さにドギマギする八幡。

さっきは拳藤に倒れられたら、と思ってすぐに身体が動いたが、落ち着くととんでもないことをしてしまったんじゃないかとビクビクし始めたのだ。

 

「さっきの…なに?」

「…いや、その」

「ん?」

「……右足の蹴り」

 

多少言いにくそうに真実を告げる八幡。

よくよく考えれば女子の顔を足蹴にしたのと変わらないのだ。

割と真剣に謝る必要があるな、と決心する。

 

「悪い…」

「何言ってんの?試合だし、お互い真剣にやるだろ?その上であんたは勝ったんだ、謝ることなんてないよ」

「…」

「まあでも、確かに女の子の顔を蹴るのはないかな」

「うぐっ」

 

さすり、と顎を触る拳藤。

痛くはない。

だが、何故か顎の部分が妙に熱かった。

他にも何故か背中と膝裏が熱い。

ちらり、とウルフ──八幡の顔を見ると、全力で顔を逸らしているところだった。

その様子を可笑しく思い、試合で張り詰められていた緊張が溶ける。

 

「…あー、負けたのか。今更悔しくなってきた。やっぱ強いねあんた」

「…あんたもな」

「拳藤」

「?」

「あたしの名前。でしょ?…ウルフ」

「…けん、どう」

「そ」

 

ウルフという名前には何も反応せず、言われた通りに拳藤の名前を返す八幡。

その様子に、拳藤は満足そうに頷く。

 

「ね、ウルフは体育祭が終わったら国に帰るの?」

「…まあ、な」

「そっか。…ウルフとは、もう一度話したいな。時間ない?」

「…」

「考えといて!」

 

骨抜に続いて拳藤まで帰国前に、と声をかけてきた。

その事実に、夢のような出来事だと思いつつも、それは決して叶わないことだと自覚する。

今いる現実は、仮初と虚構で建てられた舞台。

舞台外にいる悪意が、指で一突きすれば崩れ落ちるようなガラクタの舞台だ。

だが、束の間の仮想とは言え、夢の時間を少しだけ噛み締める八幡。

もし、(ヴィラン)連合に拐かされず、雄英に進学できていたなら。

こんな未来も、あったのかもしれないと。

搬送される拳藤を見送って、嫌いだった欺瞞に浸る。

 

 

──────────

 

 

それに気がついたのは、ミルコだった。

留学生の放った蹴り。

身体全体を回転させて、天上の月を狙うかのような蹴り技。

 

「…おい、いたぞ私のニセモノ」

「へ?ニセモノって…さっきの話ですか?」

「サンアイズ。お前最初から知ってたのか?」

「ん?まあね」

「…これ、何処までが知ってるんだ?」

「雄英ヒーローまでかな」

「そっか。……あのやろ〜…上手くなったじゃねーか」

 

ミルコと陽乃のやり取りに首を傾げる小町に一色。

そんな二人を全く気にせず、ニヤリと笑うミルコ。

スクリームフィストの態度の変化に、突然現れた留学生。

なるほど、確かにそこにいるのだ。

かつてその技を教え込み、良い遊び相手になると見込んだ少年が。

 

「ま、とりあえず動かないでね。あと、話は面倒だからしずかちゃんに聞いてね」

「何企んでんだ?相変わらずヒーローらしくない奴だぜ」

「そりゃもう。最高のヒーローが生まれるところを見れそうだからだよ」

「それを尻に敷く気なんだろ?」

「いやいや、それをやるのは私じゃないよ。私はソレで遊べたら良いだけだから」

 

観客席に戻る八幡の背筋がゾワリと震えた。

慣れないことをしたから身体が違和感を覚えたのかもしれない、と身体を右手でさする。

通路を通ってA組指定の観客席へ戻る。

 

「おお、戻ってきた留学生!お前すげーな!!」

「?」

 

開口一番に賞賛の声を出したのは切島だ。

意図がわからずに首を傾げるウルフ。

 

「蹴りだよ蹴り!!いくら拳藤の拳が影になってたとはいえ全然見えなかったぜ!!?」

「アレは何の武術なんだい!?まるで曲芸みたいだったけど!なにかの武術!?実は俺も…」

「いやいや、カウンターの足技もすごいけど風!なに!?このクラスに集まるのはこんなのばっか!?」

 

切島と尾白、芦戸に迫られて仰け反る八幡。

やめて近いやめろ来るな人のパーソナリティスペースを侵害するな。

だが、今は状況を察して助けてくれる雪乃はいない。

同様に沙希もいない。

二人とも既に舞台上で試合が始まるのを待っているところだ。

 

「いや、あの…」

「こら、3人とも!ウルフくんが困っているぞ」

「あ、ごめん!」

「でも強かったぜ!拳藤に吹っ飛ばされた時はやべえ、って思ったけどよ!」

「…」

 

戸塚も折本もこちらを見ている。

何か勘づかれるようなことは言えない。

プイと切島から目を背け、席へと戻る。

小中学校時代、はては(ヴィラン)の下にいる時まで遡っても、切島のようにぐいぐい距離を詰めて来るような性格の持ち主はいなかった。

まだ戸部の方が楽で良い。

アレは自分の仲間内が基本生活圏だからだ。

切島は初対面でも何でも関係ないというより、仲間認定するのが早い。

というか基準が甘いのだろう。

 

大人しく席に戻ると、諦めてくれたのか話しかけにきた3人はそれぞれ席へ戻った。

他にも何人かにチラチラ見られているが、とりあえず無視をする。

そうして全員の顔を見渡した時、まだ結衣がいないことに気がつく。

やはり、まだ個性の副作用から立ち直ってないらしい。

これでは二回戦は出られそうにないだろう。

結衣があんなに重たいものを生物化したのを、八幡は初めて見た。

この二年での進歩は、やはり凄まじい物がある。

 

『レディ…START!!』

 

プレゼントマイクの号令を聞き、試合が始まったことに気がつく。

戦い始めたのは雪乃と沙希だ。

沙希が先手を打つ。

先の試合の拳藤よりも更に上の速度で飛び出し、雪乃に迫る。

それをまるで分かりきってるかのように待ち構える雪乃。

彼女の周囲にはいつの間にか六つの水塊が浮かんでいた。

走る沙希から雪乃までの距離、残り2歩の地点。

彼女は仕掛ける。

地面へ踏み込む瞬間、衝撃返還による震脚で地面を揺らす。

その影響で揺れる雪乃の身体。

雪乃まで残り一歩、右手に衝撃返還、左手に衝撃吸収の力を込める。

未だ雪乃の身体は震脚によってバランスを崩したまま。

 

「もらった」

「どうかしら」

「!?」

 

雪乃の身体が、バランスを崩した方向へ倒れていく。

力など全く入っていない、自然体のまま倒れ、そのまま沙希の拳を躱す。

相手の個性を利用して回避するなんて真似をするなんて!

この天才め、と毒づく暇もないことに気がつく。

雪乃の周囲に浮かんでいた水塊が、はじけようとしていた。

これだけは被るわけにいかない、とその場を離脱する沙希。

 

(逃すわけがないでしょう)

 

地面に片手をついて受け身をとりつつ、もう片方の手で水塊の1つを触る雪乃。

5つの水塊はそのまま弾けたが、雪乃が触った1つは後ろに跳んだ沙希目掛けて凄まじいスピードで飛んでいく。

弾丸のような水塊を、衝撃吸収のために備えていた左手で受ける。

いや、受けてしまう。

衝撃吸収のおかげでダメージはないが、水に濡れてしまった沙希の左手。

小さく舌打ちをする沙希。

 

「しくじった」

「そうね。どうするの?まだ続けるかしら」

「…当然だね」

「いうと思ったわ、川崎さん」

 

では、遠慮なく。

雪乃の言葉と同時に、沙希の左手が凍りつく。

 

『おいおいおいどうなってんだ!?川崎が飛び込んで雪ノ下が倒れて…攻撃防いだ川崎の手が凍ってんぞ!!?一瞬の攻防でどれだけかましちゃってくれてんだこの二人!!』

 

いや、川崎は雪ノ下の攻撃を防げた訳ではない、と八幡。

単に水の衝突のダメージを無くしただけで、その後の水滴の凍結までは防げなかったのだ。

雪乃の個性は三態。

体内から水や氷を放出できる他、一度触れた水、氷、水蒸気を操作できる。

操作と一概に言うが、その幅は広い。

八幡のように形や勢いまで自由にできる上、その温度も変化させることができる。

水に関して、雪乃は固体である氷、液体である水、気体である水蒸気、それら全ての形や温度を操る。

故に、三態。

水を操作すると言う点において、雪乃は全ヒーローの中で間違いなく三指に入る。

 

秀才。

個性だけではない、判断力、行動力、操体力…。

圧倒的なスピードで全てを磨いて歩いてきた少女。

雪ノ下雪乃。

紛れもなく、将来トップヒーローになる器だ。

 

(ま、体力ないのが欠点だからな。川崎が勝ちを狙うなら長期戦しかない)

 

雪ノ下雪乃が極度の低体力なのは周知のことだ。

だが、それを許してくれる個性でも性格でもない。

 

「貴女は強いわ、川崎さん」

「…いきなり何?」

「体力、身体能力なら総武枠一。反射神経は比企谷君には敵わなかったけれど」

「勝てるわけないでしょ、アイツ神経を使う個性なんだよ」

「そうね、余計な一言だったわ。…貴女は強い。だからこそ、事故のないように全力で片付けてあげる」

 

雪乃の身体から蒸気が漏れ始める。

空気中に出た蒸気は、次第に霧へと変わっていき、空気中の水分に触れ、それも霧へと変わっていく。

傍で試合を見守っていたミッドナイトは、舞台上の湿度が上がってきたとその極薄のスーツで感じ取っていた。

 

「…!」

「降参、した方が良かったわね」

「間に合わせる!!」

 

雪乃のこれからやることを察した途端に再度攻め込む沙希。

時間をかけたら舞台上全てが霧に囲まれる。

そうなったら沙希の負けだ。

既に舞台上の1/3が霧で覆われていた。

コンクリートの地面を衝撃返還で粉々に砕き、宙に舞ったコンクリート片を次々と蹴りや拳で雪乃目掛けて打ち出す。

だが、雪乃の前に漂っていた霧が途端に巨大な氷塊へと変わり、コンクリート片を受け止める氷壁へと形作られていく。

 

「…!!」

「遅かったわね。…判断が」

「あんたさ…近接系に負けると思うかい?自分で」

「全く思わないわ」

「…はあー……」

 

既にステージの2/3が霧に覆われていた。

こりゃ無理だね、と諦める沙希。

あの狼顔の全力を引き出すのは雪ノ下に任せよう、と手を挙げる。

 

「ミッドナイト。棄権します」

「りょ、了解。…勝者雪ノ下さん!!三回戦進出!!!」

 

霧が晴れていき、沙希の左手の氷部分がすぐに水へと溶ける。

済ました顔でゲート入り口へと戻る二人の少女に対し、観客たちはポカンとした顔で呆気に取られている。

何故沙希が棄権したかいまいち理解できていないからだ。

 

「…ど、どゆこと?」

「戸塚くんへるぷ!」

「解説お願い!!」

「雪ノ下さんの個性は、霧を氷に変えたり、氷を水蒸気に変えたりもできるんだ。確か、色々時間や範囲の条件とかあるけど…」

「…ならば、ステージ全体の霧を一気に氷に変換することも?」

 

障子の問いに、コクリと無言で頷く戸塚。

つまり、雪乃が操作できる霧に全身が包まれると、いつでも氷結させられるということだ。

霧が増えてきた時点で沙希が棄権したのは、氷結された場合に抜け出す手段がないからだろう。

無駄なことを嫌う、川崎らしい棄権だったと心中で納得する八幡。

問題は、そのチート個性相手に三回戦で戦わなければならないことだが。

 

(…めんどくさい……逃げたい。雪ノ下と戦った思い出にロクなもんがない)

 

中学時代、模擬戦と称して100回近く戦っている八幡と雪乃。

お互いに途中から勝った負けたなどは気にしなくなるほど訓練に前向きだったが、勝負中の苦しさは最後まで変わらなかった。

雪乃が全力で八幡を潰しにかかり、八幡は痛い目に遭いたくないのと負けをエンデヴァーに知られるわけにはいかないと全力で抵抗する。

傍から見ていた平塚は、とてもためになる戦闘訓練の日々だったと後に語る。

しかも、今の雪ノ下が何を考えているかがわからない。

小町を守ってほしいという意図は伝えたつもりだが、(ヴィラン)に成り下がった比企谷君に引導を渡してあげる、などと言って全力で殺しに来るなんてことも普通にやりそうだ。

いや、そもそも雪ノ下相手に頭脳で上回ろうとするのが無理な話だったと首を横に振る。

とりあえず、ヤバくなったらズルをしようと左手を見る八幡。

その左手は、他人のものながらも彼の身体に馴染んでいた。

だが、じっと見ていると気をおかしくしそうだと舞台に目を向ける。

二回戦の第五試合が始まろうとしていた。

 

 

──────────

 

 

折本かおり。

彼女のヒーローへの志望理由は単純だった。

自分ならできそうだから。

実際にその志望動機で雄英進学枠をラスト一枠を取ることができたのだ。

勿論彼女自身の実力も加味されてのことだが。

だが、何故わざわざ他校から総武へと転校してきて、その上で雄英進学枠を選んだのか?

そのことは誰にも聞かれなかった。

彼女の個性なら当然ヒーロー科進学だろうと総武中の人間は思っていたからだ。

彼女の真意は、今現在今日に至るまで、誰にも知られてはいなかった。

 

『二回戦第五試合!!神出鬼没の瞬動ガール!A組折本かおり!!VS!漆黒の羽根に吸い寄せられる!常闇踏陰!!』

 

「よろしくねー常闇くん」

「…尋常に勝負だ、折本」

「古風だね!」

「…お前は明朗だな」

 

『レディ……START!!』

 

「いきなり決めちゃうね」

「!!」

 

開始の合図と同時に瞬間移動で常闇の背後に立つ折本。

間に合うか、と黒影(ダークシャドウ)を呼び出す常闇。

 

「はいタッチ」

 

振り向いた常闇相手にポン、と手を置いてそのまま瞬間移動する。

勿論行き先は、場外となる地面から1m離れた空中だ。

 

「んじゃね」

「復帰だ!」

『!』

 

またこのバトルもスピーディだな、と忙しく目を動かすプレゼントマイク。

折本が瞬間移動で舞台に戻ってきた直後、常闇が黒影(ダークシャドウ)に引っ張られて同じく舞台上に戻る。

一度場外に出ても地面にさえ着かなければ負けではない。

それは一回戦で折本が既に示したことだ。

 

「お、やるねー」

「これで場外落としの策は破った。折本、勝ち目はないぞ」

「確かに…私攻撃とかできんし。高いところから落とすとかならできるけど……死んじゃいそうだしなあ」

 

どうしよっかなーと腕を組む折本。

なんという緊張感のなさ。

相対する自分まで気が抜けそうだ、と常闇。

 

「…よし。とりあえず、次試して勝てなかったら棄権しよっかな!」

「なに?何故」

「いやー、どうしても勝てない相手っているじゃん?そういう時はヒーローってどうするかって、市民の安全確保しつつ牽制して他ヒーローの到着を待つとかそんなんでしょ?」

 

なるほど合点が入った、と常闇。

相変わらず思い切りが良い、と八幡。

 

折本の個性には攻撃性能がない。

直接戦闘ではなく、サポート向きの個性。

瞬間移動を戦闘向きに使うなら、本人の格闘術を鍛える必要があるが、恐らくその気もない。

それに折本の瞬間移動は運動エネルギーを保存できないという弱点もある筈。

 

「折本。まさか…サイドキック志望なのか?」

「えーよくわかったね!そうだよ!あたし誰かを手伝ったり助けたりするの好きだし!」

 

これは珍しいと心中でこぼしたのはミッドナイトだ。

雄英に来てまでサイドキックになりたいという生徒はほぼいない。

雄英高校ヒーロー科への敷居は高く、入学難易度は全国トップだ。

入試枠は定員36名、推薦枠は4名、総武枠は10名。

それをくぐり抜けた者たちの実力や意志は相応に高く、誰もが未来のトップヒーローになる力と野望を兼ね備えている。

 

「沙希ちゃんとかと組むと良い線いける気がするんだよねー!切島くんとか砂藤くんとかも良さそう!」

「…なるほど。だが、それでは俺には勝てんぞ。常に首位を目指す俺や爆豪には…二位であることを許容したお前では勝てん」

「うーん。そこらへん正直どうでも良いんだよね」

「なに!?」

「そんなことより重要なのは、守れるものを確実に守れるかじゃない?」

 

折本が目指すのはNo.1ではない。

彼女が目指すものは、当たり前なことを誰よりもできるヒーロー。

 

「では…何故雄英に?ここはトップを狙う強者たちの学舎」

「ああ、それはね?…私に勝ったら教えてあげるよ」

「!!」

 

折本が言葉を言い切った瞬間、その姿がなくなった。

だが、常闇は次に起こす行動を既に決めていたために、黒影(ダークシャドウ)に命令を出せていた。

 

「後ろだ!!」「アイヨ!」

 

『ねーひきがやー』

『な、なに?』

『ひきがやってさー。べんきょうできるよねー?』

『…たぶん』

『いまひっさつわざかんがえてるからさ、なんかひきがやもない?』

『…それおれにきくの?』

『なんかひきがやノートにたくさんかいてるじゃん!あんなの!』

『わかった。かんがえるからだれにもいわないでください』

『えー、こんなにかっこいいのに。これとか』

『まって』

『スター・クリエイ』

『まって!!かんべんして!!んじゃほらえーとね!!?』

 

瞬間移動を複数回事前に繰り返す。

現れる場所は敵の後ろが良い。

後ろが一番隙を突きやすい。

そうすれば、相手は嫌でも後ろを気にし始める。

例えば、まだ後ろに瞬間移動をしていないのに、後ろを振り向いたりとか。

そこが狙い目。

名前?

えーと、じゃあ…。

 

「背信の鏡」

「なっ」

 

後ろを振り向いた常闇と黒影(ダークシャドウ)、2人の後ろからその声は聞こえた。

後ろを狙ってくるのを読んでいた。

まさか、そう読むことを誘導された?

一回きりしか使えないであろう仕込みを、ここで使ってきた!?

 

「いただき!」

「グッ!?」

「んげ!?」

 

なんとか身体を反転させることができたのは黒影(ダークシャドウ)の方だったが、頭を掴まれ、常闇は嘴を後ろから掴まれた。

 

「ねえ、この影の子ってさ…実は、常闇くんが口で命令しないと動いてくれないんじゃない?」

「!!」

「あ、図星?じゃ私の勝ちだね」

「ふぁーんふぁおう!」

 

嘴を塞がれながら黒影(ダークシャドウ)の名前を呼ぶ常闇だが、名前を呼ばれたことはなんとかわかっても、どうするべきかがわからない黒影(ダークシャドウ)

自我があるとは言っても、太陽光の下ではその意志は弱く、攻撃性も低くなる。

自発的に戦うことがなくなるのだ。

そのことをよく理解している常闇は、今この状況がほぼ詰みになっていることに気がつく。

だが、相手の折本は女子だ。

男子の腕力でなら口から手を剥がせる。

 

「んじゃ、よいしょっと」

「!?」

 

むんず、と常闇の肩に足を乗せ、常闇の肩に無理矢理乗る折本。

何の真似だ、と折本の手を剥がし、嘴を自由にする。

 

「ダークシャ」

「おわりー」

「ど…!?」

 

とん、と軽い衝撃音と共に、常闇の靴は場外の地面に着いていた。

しかも、常闇の肩に折本が乗ったままだ。

先ほどの芦戸戦とは違い、地面の上空はなく地面に直接ワープした形になる。

そのため、折本が場外から抜け出す時間がなかった。

 

「こ、これは……」

「…ノリでやったけどこれ私勝ちかな?それとも引き分けになるかな?」

「不慮の愚行!?」

 

まさかの折本の発言に驚く常闇から、ごめんねーと折本が降りる。

そして、二人揃ってミッドナイトの顔を見て判定を待つ。

 

「…うーん、微妙ねー。内容的には明らかに折本ちゃんの勝ちなんだけど…。ルール的には引き分けなのよねー」

「であるならば、ミッドナイト。この勝負は…」

「あ、じゃあ常闇くんが三回戦進出で良いですよ」

「は?」

 

俺の負け、と言おうとした常闇の顔が今度こそ驚愕の顔になる。

何を言い出すんだこの人。

 

「な、なにゆえ!?」

「ゆえ?」

「なぜだと聞いている!!」

「いや、さっきも言ったじゃん?勝ち負けはどうでも良いの。私は私のやることをやった。常闇くんはNo.1を目指すんでしょ?なら何してでも行かないと」

「しかし…!」

「ルールとしては引き分け。なら、一回戦の時のカチコチコンビみたいに勝者決めるんだろうけど…そこを譲るよ。私の目指すものは、体育祭での勝ちじゃないからね」

「…」

「本当にそれで良いの?折本さん。この体育祭が一年に一度の…」

「良いですよ。私が求めてるのはチャンスとかスカウトとかじゃないです」

 

そう言い切り、くるりとゲートへ向かう折本。

やれやれ、と采配を振るミッドナイトが、常闇の勝利宣言を行う。

だが、マイペースに歩いていく折本に、常闇が後ろから声をかける。

 

「待て、ならば教えてほしい」

「ん?」

「さっきの会話だ。俺が勝ったら、雄英に来た理由を教えてくれると」

「…あ、そうだったわ。忘れてたウケる!」

 

ごめんごめんと常闇の方を振り返り、笑いながら答える。

 

「比企谷に謝りに行く。それだけだよ」

 

比企谷八幡と折本かおりは、小学4年生までの同級生だ。

折本が八幡からの好きという言葉を拒絶し、八幡の父親が亡くなってから、彼とその妹は転校して小学校から姿を消した。

彼と折本が再会したのは本当に偶然だった。

久しぶりに会ったその時、最後に見た本当に死んだような顔ではなく、ある程度活気がある顔になっていたので胸を撫で下ろしたことは比企谷にも言えてないなあ、と折本。

八幡の目つきだけは昔と比べようがないほど悪い方向に変わっていたが。

 

余談だが、比企谷八幡は、その年の総武中学の中で、十枠ある雄英進学枠を手に入れた二人目の人間だった。

だが、比企谷八幡が誘拐された後、九枠埋まっていた枠が二枠空き、残りは三枠となった。

一枠目は、比企谷八幡奪還を目指す由比ヶ浜結衣が早々に獲得した。

二枠目は、何かに取り憑かれたかのように努力をした相模南が獲得した。

最後の枠を、総武中学へ転校してきて間もない折本かおりが獲得したのだ。

 

「比企谷…先日の、雪ノ下や由比ヶ浜が話していた者か。何者なのだ?」

「うん?うーん…超ウケるよ!根暗で口下手で恋愛下手で捻くれ方が捩れまくってるぼっち」

「罵詈雑言」

「んで、めっちゃ面白いの。…そして……すごいヒーローになるはずだった奴」

「…」

「そいつにね、謝りに行きたいの。…多分、アイツはまた変な言い訳して気にすんな、って言うんだろうけどさ」

 

遥か空の下に、どこかで生きていると信じて。

折本かおりは今日もマイペースに歩く。

かつて受け入れられなかったその男を、今度は抱きしめるために。

だからこそ、どんな状況でも比企谷八幡を救い出す、その術を手に入れる為だけに。

折本かおりは、高校3年間をヒーローへの道に捧げると決めた。




第一章完結まで残り5話。
変換点まであと少し。
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