何がヒーローたらしめるか   作:doraky333

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アイツがうちの世界から消えた。
うちの浅ましさを見抜き、無理矢理処刑台の上に立たせてくれた男。
アイツがしでかした惨状を、友人たちと広めてうちの名誉と自尊心が少しだけ満たされた頃、その知らせを教室で聞いた。
うちの心を満たしていたアイツへのはりぼての怒りがなくなり、代わりに虚無感に襲われた。
なんで、どうして。
あんたがいなくなったら、うちはあの頃に戻ってしまう。

この心を、どうして埋めてくれないの────。


Episode16.凍えよ贋物 震えよ真物

『さあ二回戦第六試合だ!一回戦で圧倒的体格差を見せつけた!相模南!!VS!湿気を吸って生えろやキノコ!小森希乃子!!』

 

「まさかさがみんとやることになるとは!これまた組み合わせの妙!キノコだらけにしてあげノコ!」

「…ごめん、さがみんはやめて」

「え?可愛いのに。きのこまみれの化け猫さがみんとか可愛いノコ」

「えー…でも、キノコって…なんか暗くない?」

「は?」

「あ、ごめん待って今のなし」

「へ?」

 

ぶんぶんと首を振って自分の言葉を撤回する相模。

小森の「は?」という言葉は、先ほどの発言が普段B組の教室の隅で大人しくしている相模南という人間から出た言葉とは思えなかったからだ。

いつもうつむき顔で、どこか暗い表情をしている彼女が、暗いなどと言うなどイメージに合わないにもほどがある。

 

「…なんか、中学生に戻ったみたい。いやだなあ、あの頃のうちとは決別したくて頑張ってきたのに」

「…さがみん?」

「ううん、こっちの話。今日は、なんでかはわからないけど…いろんなことを思い出す」

 

『レディ…START!!』

 

「生えろやキノ…」

「だから」

 

観客席からその動きを見ていた八幡は、その目を疑った。

肉食類の個性を持つ人間とは何回か戦ったことがある。

皆獰猛で、スピードやパワーでは他の追随を許さないような(ヴィラン)ばかりだった。

だが、今の相模の動きは、そんな連中と遜色がないどころか、確実に相模の方が上回っていた。

パワーはこの身で実際に受けなければわからない。

だが、そのしなやかなスピードだけは確実に上だった。

どさり、と相模が小柄な小森を押し倒していた。

 

「もう少しだけ、うちを戒める時間が欲しいの。早めに試合を終わりにしたい」

「…」

「というわけで棄権して。じゃないと化け猫になって全体重かける」

「…ひゃい」

 

「…しょ、勝者…相模さん。三回戦進出…」

 

瞬殺。

相模の一回戦、相模VS柳も十分早かったが、本当に呆気なく試合が終わった。

観客たちも皆呆気に取られている。

マジか、と心底驚く八幡。

確かに相模の個性は強個性だったが、中学の頃はそれに甘えて訓練なんて大してしてなかったはず。

今の総武枠どころか、下手したら今年の雄英一年の中で身体能力に関してだけなら一番かもしれない。

何があったかはわからないが、あの努力嫌いで上辺だけの成長を望んでいた相模は、相当の努力を重ねた様だ。

 

「…と、常闇。次あの相模さんとやるんだよね?」

「…ああ」

「勝てそう?」

「…勝つは己に克つより大なるはなし。それだけだ」

「ごめんどゆこと!?」

「てめーが1番つええんだからそれ以外はモブだってんだよ」

「いえ、勝つことよりも自らに打ち勝つことが1番大変で大事ということですわ」

 

上鳴の疑問に答える爆豪とそれを訂正する八百万。

まあ爆豪の意味もあながち間違ってはいない、と頷く八幡。

常に敵はいまの自分。

自分に勝つことよりも難しいことはない、という意味合いでは合っている。

言い方が本当にアレだが。

元エリートぼっちの自分もそうだった、と勝手に心中で同意する八幡。

彼の場合は競う相手がいなかっただけであるが。

 

「…爆豪!切島!」

「あ?」

「お、エクトプラズム先生だ」

 

通信機を手にしたエクトプラズムが観客席通路から爆豪と切島に呼びかける。

何だ何だとA組が爆豪たちに注目する。

 

「今スグ出場者ゲートへ。試合ガ前倒シニナッタ」

「!」

「え…でも、次はB組の葉山と由比ヶ浜じゃないんすか!?」

「バーカ。…あの動物化女、動けねえのか」

「然リ」

「へ!?」

 

『緊急連絡緊急連絡!リッスントゥマイD.J.ヴォォォイス!』

 

切島が素っ頓狂な声を出していると、プレゼントマイクから会場に放送が入る。

荒々しく立ち上がる爆豪とハッとして立ち上がる切島。

二人揃って観客席出入り口の通路へ向かっていく。

 

『第一回戦で大健闘した由比ヶ浜結衣!──が、その無理がたたって未だ動けないそうだ!んで二回戦を辞退することになっちまったあああ残念!!』

 

「マジ!?」

「じゃ、じゃあ由比ヶ浜に負けた三浦が出るのかね?」

「あ、そっか」

 

『んで白羽の矢が立った三浦優美子だが──こっちも由比ヶ浜に負けたのに出るなど有り得ない、と出場拒否!!つーわけで……葉山隼人不戦勝!!三回戦進出だ!!』

 

「ええええええ!!?」

「マジか!!」

「…俺の立場はどうなる」

「まーまー、私たち引き分けだったし、ね?」

 

驚く観客たち。

三浦と似ている状況で三回戦進出した常闇が少し落ち込むのを、折本が励ます。

戻ってこないわけだ、と雪乃と結衣の空いている席を見る八幡。

やはり数千トンの舞台の生物化は無茶だったようだ。

だが、副作用で動けなくなるとはいえそんなものを生物化してしまう由比ヶ浜には恐れ入る。

もしかしたら、由比ヶ浜には質量制限のようなものはないのかもしれない。

 

『つーわけだ!一試合前倒しで…二回戦第八試合を始めるぜ!?まーこういう緊急出撃(スクランブル)もヒーローには日常茶飯事だ今のうちに慣れとけ!!出場者カモン!!』

 

 

──────────

 

 

その頃、医務室ではベッドに横たわる結衣に、雪乃と三浦が付き添っていた。

アニミズムの個性は、使用過多になると身体に力が入らなくなって動けなくなる。

それは知っていた三浦だったが、まさか1時間も動けなくなるとは。

 

「結衣…まだ無理そう?」

「うん。ごめんね、優美子…付き添ってくれて」

「バカ、何言ってんの!謝るようなことじゃないし…」

「三浦さん貴女…試合に出なくてよかったの?」

「それこそバカ言ってんじゃないっての。あーしは結衣に負けた。負けた奴が次の試合に出るなんて有り得ないし」

「…そう」

 

最初に出会ったころとは三浦さんの態度が大違いだ、と雪乃。

本当に良い友人関係を築けた。

これなら、修学旅行でのあの男の愚行も少しは意味があったのだと頷ける。

 

「ゆきのん、もう少しで試合でしょ?あと二つで…」

「あの留学生、か。アイツは確かに強いね。んでも、雪ノ下さんなら勝てるっしょ」

「そうね…」

「私のことはいいから、ゆきのんも準備してきて。それまでには起き上がって応援行くよ」

「…わかったわ。三浦さん、由比ヶ浜さんのことをお願いね」

「ん、頑張ってきな」

「ええ」

 

名残惜しそうに由比ヶ浜の方を見ていた雪乃だが、医務室のドアへ目を向けたとき、その目の色が変わった。

彼と戦える。

今は立場は違うが、求めた男が前にいて、尚且つ彼と雄英体育祭という立場で戦える。

歪ながら、かつて夢見た舞台が整ったのだ。

その高鳴る鼓動を、冷徹な戦意に変える。

ワルツの準備は終わった。

後は、あのひねくれ者の手を引き上げるだけ。

さあ、踊りましょう。

共に氷雪でできた階段を上がるの。

たとえ階段が崩れたとしても、二人で共に落ちましょう。

貴方となら、どこまでも。

 

雪乃が医務室を出て控室に戻る。

既に緑谷の方は医務室から出て観客席へ戻ったようだ。

男子用医務室は既に明かりが消えていた。

 

雪乃が出ていくのを見届けた三浦と結衣の二人は、すぐに顔を寄せ合って話し始める。

 

「行ったよね?ゆきのん」

「うん、もう出てったっぽい。リカバリーガールもさっき診に来て、今A組の切島を診に行ったからまだ来ないっしょ」

「よし!じゃあさっきの話の続きだね」

「うん。…さっきの、平塚先生と雪ノ下さんの話。…小町が人質って…」

 

二人の会話は、先の平塚の憤怒の声について。

やはり、その一声は中にいた二人に訊かれていた。

だが、あまりの衝撃に二人は動けなかったのだ。

小町を人質に取って、動かせる人物に心当たりがあったからだ。

そしてそれは、今も尚見つかっていない彼。

 

「…やっぱり、ヒッキーのことだよね」

「そりゃそうっしょ。小町ってヒキオの妹でしょ?二年前ん時顔見た…」

「うん。あの時、優美子も小町ちゃんに助け船出してくれたよね!」

「いや、だって…一人だけだったじゃん、あの子。身寄りもないっていうし…」

「えへへ…」

「そ、その顔やめな!……んで、その小町が人質って…どういうことなん?アイツ総武中学校に通ってるんでしょ?」

 

うん、と頷きながら結衣がスマホを取り出す。

画面は小町とのメッセージルームで、結衣の問いに対し、小町が「観客席にいます(*‘ω‘ *)」という返答がきたところだ。

 

「でも、小町ちゃんが人質…多分、ワープの個性が敵にいるからだよ」

「ワープ?折本みたいな?」

「ううん、アレよりたぶんもっと遠いところまで行けると思う。USJの時はいきなり敷地外から現れたみたい。二年前の時も、海浜公園に急に来たし…。ゆきのんが言ってたけど、座標でワープしてるんじゃないかって」

「なるほど、それなら確かにどこでもいけるし。小町のところにもすぐに…。ただ、なんでそんな話がいま出てきたん?ヒキオってまだ行方不明なんでしょ?」

「…出てきたんだよ、多分。ヒッキーのなにかが…」

 

本人か、それとも本人に関わる何か。

あるいは、その両方。

三浦が指を折って、その可能性を挙げていく。

 

「つっても、いくつかあるっしょ。

1.ヒキオ本人が助けを求めてきた。

2.ヒキオ本人が小町の保護を求めてきた。

3.ヒキオの情報が出てきた。

4.小町に関する情報だけが出てきた。

多分こん中のどれか」

「えっと…ヒッキーの情報が出てきたってなに?」

「そりゃ目撃情報とかじゃん?あとは個人のデータとして何かの組織にあったとか…」

「うーん…小町ちゃんの情報って…」

「それもヒキオの情報と同じっしょ?まあ、多分その可能性は低いけどね。だってアイツ無個性だし」

「…」

「あと、他にもあるかも。5.ヒキオと遭遇した」

「え」

 

結衣の顔から表情の色が落ちる。

八幡から助けを求めてきた、というのは何らかの通信手段かメッセージを使ってだと思っていた結衣。

その為、八幡本人が雄英と接触した可能性を忘れていたのだ。

だが。

 

「で、でも!じゃあなんでゆきのんや平塚先生は私たちに教えてくれないの!?ヒッキーの捜査が進んだってことじゃん!」

「んーそれは…単に教えたくない理由があんでしょ?」

「教えたくない理由!?」

 

そんなものあるわけ、と優美子に強い口調で反論しようとした結衣の脳裏に電流が走る。

平塚の、「小町を人質に取って脅している」という言葉。

先のUSJ事件。

土を操る個性。

雪乃を傷つけなかった、その少年。

 

「…あの、フードの人が…ヒッキー?」

「え?」

 

 

──────────

 

 

 

三回戦が始まった。

先程勝利した爆豪もそうだが、強個性同士の戦いとなる半燃半冷VSエンジン。

三回戦あたりからはラッキー勝利も何もない、プロですらも「強い」と言わしめるような強者しか残らない。

今年は特にそうだ、とイレイザーヘッド。

半燃半冷、エンジン、風、三態、黒影、化け猫、光弾、爆破。

雑に使用しても問題ない個性が多いが、およそ半数が既に独自の戦闘スタイルを持っている。

雪ノ下は当然として、爆豪、相模、ここに轟が半歩遅れて入るだろう、二回戦で漏れた川崎、折本、拳藤、切島あたりも入れていい。

轟は確かに基礎戦闘力が高いが、個性の使い方が雑だ。

飯田と常闇は明らかな欠点があり、葉山は未知数。

残ったウルフ──比企谷八幡だが、こちらは葉山とは別の意味で未知数だ。

そもそもの個性が不明確なのだから。

経歴はヒーロー公安委員会にその仔細があったため、それを取り寄せてイレイザーヘッドが独自に資料を作り上げた。

 

比企谷八幡。

15歳、男性。

個性:固体操作。

父親は元ヒーロー、五年前に死亡。

母親も元ヒーロー、十三年前に死亡。

妹は無個性、総武中学在籍。

二歳の頃、個性事故を起こすが、詳細は不明。

その影響で中学一年時に至るまで一切個性を使用しなかった。

中学二年時の8月に行われたヒーロー資格仮免許試験で仮免を取得。

雪ノ下雪乃、雪ノ下陽乃と並んで最年少記録だ。

また、中学二年時の1月に、大型商業施設に現れた増幅の個性を持つ(ヴィラン)相手に、素性を隠しつつも雪ノ下陽乃と協力してこれを撃退、捕縛。

この時にSNS、ネット上でノーアームズと呼ばれるようになる。

そして、中学二年時の2月15日、某海浜公園で五名の(ヴィラン)に左腕を切断され、同時に誘拐される。

だが、公的記録では誘拐から失踪という項目に変更されていた。

恐らく公安委員会の指示だろう。

その後は一切の足取りが掴めていなかったが、二週間前のUSJ事件に関与、出現。

今度は雄英体育祭に潜入を堂々と敢行。

雄英と公安委員会、警察は爆発テロを起こさないという約束の元それを容認。

現在に至る。

 

(”ヒキガヤ”……あの異色のヒーローが両親か)

 

父親が固体操作、母親が流体操作。

二人で生物以外なら何でも操ると謳われたトップヒーロー。

数年しか活動しなかった、いやできなかったヒーローだったが、事件解決率は100%。

そんな二人の息子だ、強いだろうとは思う。

だが、(ヴィラン)の元にいた一年と三か月の期間が彼を恐らく変えてしまった。

今の比企谷八幡にはなぜかないはずの左腕がある。

義手ではないのはその肌を見れば簡単に判別できた。

また、比企谷八幡は(ヴィラン):コネクタとして風と土を使用した記録がある。

風の方は恐らく母親の流体操作だろう、それが発現したと思われる。

4歳以降での個性の発現はかなり珍しい部類に入るが、もしかしたら比企谷の方は発現していたが気付かなかったのかもしれない。

個性を使おうとしたのは中学からで、更にその個性について教えてくれる母親も父親もいなかったのだ。

身体強化については元々固体操作の応用で使っていたらしく、その記録もある。

 

ここまで通して、妙に詳しい記録だったと首を捻るイレイザーヘッド。

一人のプロヒーローや(ヴィラン)並みの記録のされ方だ。

この二週間でここまで詳細な記録を裏を取って作成するなどは流石にやるまい。

まさか、公安委員会は元々比企谷八幡に目をつけていた?

 

「おい、イレイザー!」

「ん」

 

いったい何のために、と思考を深めようとしたイレイザーヘッドをプレゼントマイクが呼びもどす。

なんだよ、と舞台上に目を向けると、既に三回戦第一試合は終わり、次の第二試合に入ろうとしていた。

 

「始めるぞ!?今度は解説頼むぜ」

「…ああ」

 

 

──────────

 

 

 

「始まるわね」

「なんでこっちにいんの?」

 

出場者ゲート前で待機していた八幡だが、何故か横に雪乃がいた。

ついでに言うと後ろには見張り役の平塚もいる。

 

「貴方に話があったからよ」

「…てっきりいつもの迷子癖が出たのかと」

「なにか?」

「いえ」

「貴方と話してると緊張感がなくなるわ。…貴方、母親の個性が出たのね?」

「…まあ」

 

八幡の両親の話は、奉仕部の2人と平塚、ついでに一色と沙希、おまけで材木座が知っている。

他にもオールマイトとエンデヴァーが知っているだろう。

両親の個性と、なぜ亡くなったのかを。

 

「やはりね。では、貴方は固体・液体・気体を全て操るということね」

「そうだな」

「それに加えて接続する。ふふふ、昔の貴方の言い分が今更滑稽に思えてきたわ。何が没個性。貴方…個性だけならトップじゃないの?」

「アメリカのトップヒーローとかオールマイトとか要るだろまだ明らかに強そうなのが」

「比較対象がトップヒーローたちと比べるレベルだということを自覚しなさい」

 

オールマイトの超パワー。

スターアンドストライプの新秩序(ニューオーダー)

後は悪の親玉だが、オール・フォー・ワン。

彼らは伝説と呼ばれるような怪物たちだ。

 

「…いや、俺にも操れないものなんてあるし。火とか電気とか」

「…今日は、貴方の全力を引き出してあげる」

「できるわけないだろ。今日の俺はウルフ・エイティスなんだろ?」

「言ったわね。私は虚言は吐かないのよ。忘れたかしら」

「いや、そういう意味じゃ…。ていうか川崎もだけど何で俺の全力にこだわってんの?」

 

川崎という名前が出て、ピクリと反応する雪乃。

中学時代、妙にウマが合っていた2人。

似たもの同士かしら、と実は密かに思っていたとは言えない。

おそらくどちらにも顰蹙を買う。

沙希はウルフの中身を知らないはずだが、何か嗅ぎ取ったのだろうか。

 

「…川崎さんのことは知らないわ。ただ、私は貴方が一体何者なのかを知らしめてあげようと思っただけよ」

「は?何者って…比企谷八幡で元ぼっちだろ」

「その自覚があるのね。意外だわ」

「? いや、何が言いたいのかさっぱりわからん」

 

カツン、と舞台の方へ足を踏み出す雪乃。

それに遅れて歩き始める八幡。

 

「まさか、ここで公表する気じゃないだろうな」

「それはないわ。まだね」

「?」

「ただ、貴方の居場所を貴方に教えてあげようというのよ」

 

雪乃の言葉に愕然とする八幡。

居場所?

そんなものはもうない。

というか、何を言い出すんだこいつ。

さっきの医務室での会話で全て察してくれたんじゃないのか。

 

「お前…」

「お前じゃないわ。名前を呼びなさい」

「…」

「そうしたら、貴方の名前も呼んであげる」

「何を考えてる」

「貴方ならわかるんじゃないかしら?」

「わかんねーよ。人の気持ちが理解できないからぼっちだったんだろ」

「違うわね。貴方は理解しつつも許容できないから、1人になったのよ。私と同じ」

 

「そして、貴方は今一度理解する必要があるの。私たちの心と…貴方の気持ちを」

「…」

「聞いているのでしょう?オール・フォー・ワンと言ったかしら。…この男は渡さないわ」

 

このバカ、と思ったのは八幡だけではなく平塚もだった。

そこまで焚き付ける必要はないだろう。

だが、そんな2人を見送る平塚の目に、涙が浮かんでいた。

朧気だが、見えてきたのだ。

かつての光景が、いずれ戻ってくる展望が。

 

『さあ!注目の三回戦第二試合!!コイツらはやべえぜ!?お互いに攻撃範囲は広く、一瞬で相手の意識を刈り取る術を持ってる!!ウルフ・エイティス!!VS!雪ノ下雪乃!!解説頼むぜイレイザー!!』

『接近戦をやる必要がない雪ノ下だが、ウルフの方はさっきの霧から凍結コンボの対策ができる。物量戦になりそうだな』

『ていうかなんで同じゲートから出てきてんだ!?』

 

仲良し?と首を捻るプレゼントマイク。

2人揃って歩いてくるが、2人の間に笑顔はない。

先にウルフが立ち位置に止まり、雪乃も遅れて立ち位置に着いて振り返る。

相対する2人が、場の空気を張り詰める。

 

「…なんか、すげえ緊張感だな」

「緑谷と轟の時とはまた違う…。なんか、あの2人…怖いね」

「オイラ、また吹き飛ばされそうだ…」

 

「間に合った!」

「由比ヶ浜!と…B組の!」

「三浦さん!由比ヶ浜さんの付き添い?」

 

医務室から戻ってきた結衣、それに着いてきた三浦の2人が席に座る。

だが、2人は随分焦燥していた。

それを見かねて、沙希が声をかける。

 

「…なんかあった?」

「あんたには関係ない」

「大体何でこっちの席にいんの。海老名んとこに帰りな」

「は?結衣の付き添いに来たんだからこれくらい良いでしょ」

「あ?」

「は?」

「え……この2人もダメなの?」

「中学の頃からこんなんだよ」

 

葉隠の驚きの声に、あっけらかんと返す折本。

だが、そんな2人を結衣は止めなかった。

それよりももっと重大なことが、今まさに舞台上で行われるかもしれないからだ。

その目は、雪乃を映し…その後に、狼顔の少年に向いた。

その表情から真剣さが伝わったのか、A組の面々は次第に舞台へと顔を戻す。

傷ついた緑谷も、不遜な爆豪も、迷いの中にいる轟ですらもだ。

 

「…ゆきのん」

 

『レディ…START!!!』

 

運命の序章が幕を開けた。

 

 

──────────

 

 

 

雪乃の身体に一気に霜が降りた。

それを見た八幡は全神経を気体操作へ注ぐ。

滅多に見なかった雪ノ下雪乃の全力氷結波が来る。

雪乃の頭の中には、既に後の準決勝や決勝のことなどない。

今ここで全てを出し切るつもりで、目の前の男に挑む。

 

「凍てつきなさい」

「マジかよ…!」

「霜天」

 

身体から冷気と共に巨大な氷結波が出て八幡と舞台を襲う。

一回戦に轟が出した氷並みだ。

舞台の半分が氷で覆われ、更には観客席間近まで氷が伸びていた。

 

「雪ノ下さんって…轟並みに氷出せるの…?」

「何でもありかよ…」

「ていうか留学生これ負けたぞ…」

「よく見な。終わってないよ全然」

 

瀬呂の呟きに返答する沙希。

え、と皆が沙希の視線の方向を向く。

8mを越す巨大な氷塊の上に、着地する人物がいた。

八幡だ。

 

「やっぱり無事だったわね」

「…舞台が整ったってか」

「そうね。大抵の敵はこれで終わるけど…貴方はどうかしら?」

 

最初の氷結を躱せない者はそもそも雪ノ下の敵にすらなれない。

躱せた者は土俵に上がれるが、そこから繰り出される攻撃を潜り抜けた者はかつて1人もいなかった。

いや、居なかったはずだった。

 

「かつて比企谷八幡という男はこれを潜り抜けたけど…今の貴方はどうかしら?ウルフ・エイティス」

「…当てつけがましい奴」

「いくわよ」

 

巨大な氷塊に亀裂が走り、同時に八幡は風で浮かび上がる。

亀裂から巨大な氷塊が破裂し、途端に氷が無数の破片に分散した。

そしてその全てが浮かび上がる八幡へと向く。

 

「裂氷群牙」

 

氷片が渦を成して飛び、八幡に向かってその身を凍てつかせんと飛ぶ。

破片が一つでも当たれば、そこから身体は凍り始め、次第に身体の動きは鈍り、たちまち氷漬けにされてしまう。

おっかない技だ、と空中で構える八幡。

 

「!?」

「おいおいやべえぞ!!」

 

(固体操作を使う気はなさそうね)

 

観客たちは空中で止まったウルフの心配をするが、雪乃はウルフが気体操作だけでどう対処する気かを見ていた。

かつて訓練で戦った時は、固体操作で氷を全て操られ、八幡を凍らせてもまるで意味がなかったのだ。

よって、氷ではなく次に強力な水で戦い、八幡は土で応戦し、訓練場は沼の荒地と化した。

 

「スフィア」

 

ウルフの呟きと共に、八幡の周囲3mの空気がピタリと固まる。

氷片がそれにぶつかり、次第に八幡の周囲を氷の球として形作っていく。

氷は八幡にまでは届かず、空中で全て止まっていた。

 

『なんだぁ!?』

『…風を使うっていう個性じゃないなあれは。どっちかっていうと空気を操る個性か。先の空気砲と同じ原理だな』

 

イレイザーヘッドの解説を聞きつつ、かつての八幡の個性を思い返す雪乃。

八幡は操る物質に対して、変形移動・密集による高圧化・別物質への接続の三つが行えたはず。

今のは密集と変形を掛け合わせた技のはず。

空気を密集させて体積を小さくして密度を上げ、それを自分を守る盾の役割を果たす球に変形し、氷を防いだ。

空気砲は球の形を密集で作り出し、それを高速で空気によって撃ち出していたのだ。

八幡によって接続された物質は、何であっても彼の腕と変わりがなくなる。

その気になればベストジーニストの戦い方も出来るはず。

恐ろしく汎用性の高い個性だ。

 

(それが今度は気体と液体という流体にまで手を伸ばした。…1人で何でもやると言うには十分すぎる説得力がある)

 

だが、そんな男にも操れないものはいくつかある。

問題は、それを雪乃は一つしか持っていない上に、その対応策も即取られるだろうということ。

なら、取れる手は一つしかない。

パリン、と氷が飛び散り、空気の球体を解除したウルフの顔を見て決める。

 

「圧倒的な物量で押し切るのみね」

(アイツマジで変わんねーな。いや変わらなくていい的なこと言ったけど。過激なとこは控えめになって欲しかったですまる)

 

今度は氷が鞭のようにしなり、五本の氷槍が突き刺さんと八幡に向かう。

それに対し、連続で空気砲を撃ち出して氷槍を砕く。

殺す気かと下を見ると、更に数十数百の氷槍が造られているところだった。

 

「おい!」

「さあ捌いてみなさい」

「マジかよ怖すぎるぞ」

「ごめんなさい、冗談は苦手なの」

 

これは流石に両手だけじゃ無理だな、と靴を脱ぎ捨てる八幡。

捨てられた靴を氷槍の群れが飲み込み、そのまま八幡へと殺到する。

左足を移動用の空気の操作に、それ以外の手足を迎撃用の空気へと分けて操作する。

 

「…それが貴方の新しい戦い方、ね」

 

数多の氷槍を空気砲で撃ち崩し、迎撃しきれない氷槍たちは空中を高速で移動することで躱す。

だが、壊した氷槍の残骸がまた舞台の氷の群れに積もり、それがまた氷槍となってもどってくる。

これではキリがない。

 

その光景を見ていた、未来のヒーロー候補生は思う。

雄英のみならず、テレビ放送を見ていたほとんどの候補生たちは、それに気がつく。

その攻防のレベルの高さと、そんな状況を作り出している彼らと、これから競わなければならないという事実に。

 

「…すげえ」

「私たちは…まだ、本気なんて出させてなかったんだね」

「戦闘のラグがまるでない。攻撃から回避、状況把握に至るまで流れるような……」

「…ベタ褒めじゃないか、拳藤、骨抜…」

「あんたこそアレにも何かいちゃもんつけるのかい?物間」

「…僕は、今彼らの個性をコピー出来たらどうやって戦おうかなってのを学んでるのさ」

 

A組では、爆豪がニヤリと笑った。

まだ、戦うべき相手がいる。

あの2人は間違いなく、この先ライバルとして自分の前に立ちはだかる。

緑谷も同様に、こんな凄い人たちと自分が競い会えることに一種の感謝と、多大な焦りを持っていた。

そして、結衣は。

 

(…似てる。いまのゆきのんの顔は…昔のゆきのんの顔と同じ)

 

「避けているだけでは何も始まらないわよ」

 

なら忠告通りに、と空いている右足を雪乃に向け、空気砲を連射する。

だが、足が向けられた時点で既に氷壁の用意は終えていた雪乃は無情に空気砲を受け止めていた。

 

「私に足を向けるとは良い度胸ね」

「いやお前がやれって言ったんでしょ…ってうお!」

 

空気砲では出力が足りない。

なら、単にもっと高出力の攻撃を繰り出すまで。

身体中の全神経を掌握し、身体強化を行う八幡。

右手を引き、氷槍に向かって撃ち抜く。

 

「ヴァン・ロア」

 

八幡の拳が振り抜かれた瞬間、空気の球が直線上にあった氷の槍を何本も撃ち砕いた。

それを連続で繰り出し、氷の槍が先ほどよりも数倍の速度で撃ち砕かれていく。

 

「やはり対応してくるわね。ならこれはどうかしら?」

 

氷が軋む異音が、一斉に水音へと変わる。

氷の槍が水流へと変わり、その動きが流麗へと転ずる。

速さを重視したか、と更に迎撃の構えを見せる八幡。

氷の場合は捕まればその時点で凍結させられるという利点があるが、単純なスピードは水を操る方が上だったはず。

雪乃が本気で八幡を捉えにきたのだ。

水さえ被らせればそのまま凍結できるため、捕まれば終わりなのは変わりない。

 

「逆巻く流水」

 

更に攻撃性の密度を増した水の槍が八幡を狙う。

流石にこれは防げないな、と両手を前に出してまた空中で止まる。

その様子を見て、また何か新しい手を繰り出す気ねと推測しながら次の手を用意する雪乃。

先程の空気の球体を繰り出す事はないだろう。

雪乃の性格を理解している八幡は、既に一度見せた技で防がれるようなものを雪乃が出すわけがないとわかっているはず。

今度の水の槍は先の柔な氷片とは訳が違う。

 

その時、試合を見ていたオールマイトは、空気が明らかに変わったことに気がつく。

しかも、これは感じたことのある変化。

まるで周囲の空気ごと引っ張られるような引力に、その後に来るであろう重圧を予測する。

これは、USJでコネクタ(比企谷八幡)が繰り出した、活動限界間近だったとはいえオールマイトですら平伏させた技。

 

「クラウド」

 

八幡の周りに集まった大量の空気が、巨大な雲のような固まりになって落とされる。

水の槍たちは穂先からひしゃげて潰れ、あらゆる水が全て舞台に叩き落とされていく。

その総水量を見て、雪乃の2年の成長を思い知る八幡。

これは全く気が抜けない、と雪乃の方を見た時、雪乃は既に八幡に肉薄していた。

 

「私をただの遠距離タイプだと思うと大火傷するわよ」

「そこは霜焼けだろ!」

 

靴から水を噴射してそのまま蹴りかかってくる雪乃。

八幡に操れないものの一つとして、生物がある。

人間だろうと動物だろうと虫だろうと植物だろうと、彼は生物を操ることはできない。

だからこそ近接格闘が元々苦手で、それを解決したのがスクリームフィストとミルコの2人だった。

だが、雪乃もまたある意味近接格闘を得意としている。

 

雪乃の蹴りをなんとか飛んで躱す八幡。

二回戦の拳藤はパワー型だったが、今度の雪乃はスピード型だ。

何せ、水に濡れた拳打を受ければその時点で勝負が決まる。

一発さえ当てればその部位から身体が凍てついていくのだ。

故に、一発も当たることは許されない。

 

「クソゲーだな全弾回避とか!」

「貴方そもそも凍らないじゃない!」

固体操作(アレ)は今使えないんだよ!」

「何故!」

「お前ならわかるだろ!?」

「わからない!貴方が我慢していることなんて!」

「我慢!?」

 

何のことだ、と若干苛立ちながら空気砲を連射するが、下の方で水の槍がまた生成され始めていることに気がつく。

雪乃が触れた水や氷はしばらくの間雪乃が触れていなくてもある程度の操作ができる。

もちろん、触れている間の方が操作性能は高いが、このように近接戦を行いながら後方から遠距離攻撃を出来るという、これまた1人でなんでもできる個性だ。

 

「貴方は本当にそれで良いの!?」

「だから何がだよ…!」

「現状に満足しているのと聞いているのよ!」

「…!」

 

「それは前にも答えた。覚えてるだろ…」

「知らないわね、私は貴方と話したのは初めてだもの、ウルフ・エイティス。私がそんな話をした男はたった1人だけ。そしてそれはウルフ君、貴方じゃない」

 

現状から変わろうとするのは、自らを否定すること。

逃げたって良いじゃないか。

どうして今の自分を認めてやれないんだ。

かつて、八幡は雪乃にそう伝えた。

まだあって間もない頃だ。

今思うと初対面で話すような内容ではなかったな、と振り返る八幡。

ウルフとしてではなく、恐らく比企谷八幡としての言葉を雪乃は欲しいんだろう。

だが、それは出来ない。

首元の通信機が比企谷八幡に関わるあらゆるものを握っている。

 

「…もういいわ。貴方には…全てが終わってから話す」

「全て?」

「だから、今だけは…私の提案を聞きなさい」

「…」

 

「…貴方の本物を、否定しないで」

「!!」

 

空中から降りた雪乃から、左手から氷の波が、右手から水の波が溢れ出した。

アレは、と身構えるが、正直どうしようもない。

北天ヒーロー・アウトスノー──雪ノ下雪乃の必殺技だ。

雪乃が氷と水を放出する左手と右手を重ね合わせ、そこらに溢れていた全ての氷と水が雪乃の後ろに集まり付き従う。

 

「北天氷結」

 

まるで極太のレーザーのように伸びる水と氷の咆哮は、八幡が迎え撃つために発射した巨大空気砲と衝突し、氷と水が弾き飛ぶ。

だが、弾き飛んだ氷と水はそのまま全て八幡へと向かっていく。

四方八方から迫る氷片と水の嵐を躱したいのは山々だが、北天氷結のレーザーを相殺するだけで精一杯の八幡。

次第に水や氷が八幡に降り掛かり、そのまま当たった部位から身体が凍っていく。

水は氷へと転じ、氷はゆっくりとだが八幡の身体や雄英ジャージへとその面積を広げていく。

 

「…あー…ダメだな、これ」

 

次第に全身が凍り、空気砲の出力が消え行き、それを見届けた雪乃も北天氷結を止める。

全身が震え、大きく息をする雪乃。

恐らく、これで勝っても準決勝は無理ねと自分の身体の状態を把握する。

舞台の地面から空中の八幡に至るまで、巨大な氷の荊がオブジェとして君臨した。

 

「…雪ノ下さん、やりすぎじゃないか…?」

「ていうか留学生生きてんのかアレ…」

 

観客席のざわめきが、ウルフへの安否の心配へと変わる。

氷漬けにされたのは、一回戦と三回戦の瀬呂や飯田と同じだが、ウルフの方は本当に全身が隙なく氷で覆われてしまっている。

これでは指先ひとつ動かすことができない上に、意識もあるかわからない。

 

「…ウルフ君行動不能!勝者、雪ノ下雪」

「待ってくださいミッドナイト先生」

 

ウルフの様子を見て、動かない彼を戦闘不能と見做し、勝者宣言を行おうとするミッドナイト。

そして、それに待ったをかけた雪乃。

 

「え?」

「…まだです」

 

ピシリ、と八幡の右手あたりの氷にヒビが入った。

その音に気づいたミッドナイトが、まさかと八幡を見上げる。

次第にヒビは広がって亀裂になり、一際大きな破砕音と共に氷の荊はほどかれた。

何回か咳き込んで、その男は空中から地面へと降り立った。

氷の荊が列をなし、八幡の後ろへと並び立つ。

右手と氷の荊が全て繋がっているのを見た雪乃や実況席のイレイザーヘッド、他彼の正体を知る全ての人間が、その事実に気がつく。

 

「…使ったわね。貴方の従来の個性を」

 

固体操作。

八幡の触れている固体は彼の思う通りに操られる。

有効範囲は彼の接続部位(手または足)から半径25mまで。

また、接続した固体からそれと隣接している別の固体へ接続できる。

それが2年前の比企谷八幡の個性だった。

今はどう成長を遂げているかはわからないが、重要なのはそんなことではない、と雪乃。

 

「…この大衆の面前で、使ったわね」

「それが目的か」

 

観客たちを見ると、勝負を見守るというよりかは試合状況にざわついている感じが見受けられる。

今まで空気しか使ってこなかった男が氷を操っているのだ、それはそうだろう。

だが、そうでもしなければ流石にあの氷の磔刑からは抜け出せなかった。

 

「貴方たちが何の目的でここまで来たのか…私たちは、正確には把握できていない。聞いても無駄でしょうね。けれど、トーナメントには真剣に参加して勝ちを狙っているのが一回戦二回戦と見てわかったわ。二回戦は特にね。つまり、貴方たちは勝つ必要がある。優勝…または、4位以上じゃないかしら?」

「!」

「これが準決勝じゃなくて良かったわ。貴方は、この三回戦をどうしても勝つ必要があった。違うかしら?」

 

優勝でも準優勝以上でもなく、4位以上。

こいつ気づいてるな、と確信する八幡。

そして、それは八幡以外の人間も確信していた。

 

『…コネクタ、聞け』

 

首元から流れた微小な電子音声に、やっぱり声をかけてきたと心中で悪態を吐く。

コネクタ、という名前を使うのはごく少数の人間だけだ。

オール・フォー・ワンは何故か八幡のことをフルネームで呼ぶことが多い。

コネクタとしか呼ばないのは、黒霧と、もう1人。

 

(死柄木…)

『そいつを気絶させろ。俺たちの目的に気づきかけてる。本当なら殺しておきたいところだ』

「…」

『そいつとお前がオトモダチだったってことは知ってる。その上で見逃してやろうってんだ。気絶なら安いもんだろ、さっさとやれ。丸一日気絶させときゃ良い』

「…棄権しろ」

『コネクタ…!?』

 

八幡の言葉に、目を細める雪乃。

恐らく、雪乃の現状を鑑みての言葉だろう。

元々捻くれてはいるものの、優しい男だった。

個性で疲れ切った雪乃の状況を見抜き、これ以上は戦えないと見たのだろう。

 

「…」

「もうやめとけ…」

『バカなことを』

「馬鹿なことを言わないでくれるかしら。変わらないわね、そういうところは」

 

死柄木が雪乃の言葉に驚いてピタリと口を閉じる。

死柄木の助言を全部無視しようとしていたが、まさか2人揃って同じことを言うとは思わなかった。

だが、やはり雪ノ下ならそう言うだろうなとも思っていた。

 

「貴方だってそうでしょう?仮に、これが守る為の戦いだとしたら。貴方はもう戦えないから、動けないからと後ろにいる大切な人を(ヴィラン)に渡すの?」

「…」

「…いいわ、答えなんてわかりきってる。だからこそ、今貴方はここに立っているもの」

「本当に、お前は…変わらないな。いや、ある意味変わったけど」

「貴方こそ、変わらないわね。…さあ、決着をつけましょう。ミッドナイト先生、セメントス先生。止めないでください」

 

試合監視役のセメントスが立ち上がりかけ、ミッドナイトが左手を構えているのを見咎める雪乃。

両名は多少の逡巡の後、所定の位置に戻る。

それを見届けた八幡は、左手を空気と接続し、舞台上で嵐を引き起こす。

荒れ狂う暴風が、収縮されて八幡の左手に集まっていき、それがそのまま雪乃へ向けられる。

対する雪乃は、氷が使えれば巨大な氷壁を造って防げるだろうが、もうそんな力は残っていない。

 

「ヴァン・スラスト」

 

八幡の手から嵐が解き放たれ、雪乃へ向かう。

雪乃はそれを何の抵抗もなく受け入れ、そのまま場外の地面まで押し飛ばされた。

地面との衝撃に備えたが、背中から嵐とは別の風を受け、ふわりと地面に着地する。

八幡なりの気遣いだろうが、そんなことするならさっさと戻ってくればいいと本日二度目に思う雪乃。

 

「雪ノ下さん場外!勝者、ウルフ・エイティス!!準決勝進出!!」

 

観客たちが今日一番の歓声をあげ、場内が震える。

そんな彼らを気にも留めず、地面に仰向けに倒れた雪乃の元へ歩み寄り、膝をついて様子を見る八幡。

 

「…動けるか」

「無理ね」

「体力ないのに無理するからだ」

「貴方がイヤに抵抗するからよ」

「バッカお前そんなの……いや、いいわ。俺が悪い」

「そうね。罰として、医務室へ運びなさい」

「…搬送ロボ来てるぞ」

「運びなさい」

「…いや、ロボの仕事を奪うのは」

「貴方が、運びなさい」

「…」

 

『マジで天候の大げんかみたいな試合だったぜ!こりゃ将来が楽しみ……んん!?』

 

プレゼントマイクの声に怪訝さが入り、何事だと場内に注目が走る。

オオカミの覆面の下を赤くしながら八幡が雪乃を横抱きで連れて歩いているところだった。

搬送ロボ2台がその単眼で不思議そうに2人を見ながら、八幡の後ろをついていく。

 

『我々ノ仕事取ラレタ』

『非効率無意味ナ人間』

「…コイツに文句言ってくれ」

『我々ノ仕事』

「ごめんなさい、これはこの男に与えられた数少ない仕事なの」

『納得。確カニニートッポイ』

『自宅警備員』

「どういうAI積んでんだよ雄英は…」

 

『おおおおお!?勝者が敗者を優しく連れ去っていくぜぇ!!?さながらお姫様と騎士!!二回戦でも拳藤に優しくしてたウルフ、正に紳士!!ていうかこれ送りオオカミか!』

「誰が送り狼だ、逆に狩られて氷漬けで冷凍されるっつーの」

「狼は不味いと思うわよ。食べる部位ほとんどないし。昔の狩猟を生業にしていた時代だけね。今はどうかしら」

「やめろそれ脳内の狼って俺だろ…ていうか他の連中に聞こえないのを良いことに全開じゃねえかお前」

「まだ抑えてるわよ。初対面の人にこんなこと言ったりしないもの」

「…」

 

そんな八幡を横目に、観客たちを見る。

TV関係者やメディアたち、ヒーローやサポート会社など、更にはメディアを通して全国が今の二人の動向をその目とカメラに映している。

それを見て、目論見通り上手くいったと笑う雪乃。

 

(全国放送で私たち…比企谷君を映している。最も比企谷くんではなくウルフという仮面を被った少年をだけど。それが、後の勝機になる)

 

だが、流石にこれはやりすぎたかしらと顔を赤くする雪乃。

まさか医務室まで本当に連れて行ってくれるとは思わなかった。

中学の頃はこんなことこちらから言えば絶対にやらなかっただろうが、多少なりとも負い目を感じているのかもしれない。

この顔を全国放送されたくはない、と八幡の胸に顔を埋め、カメラから顔を逸らす雪乃。

だが、その様子がメディアの実況に更に拍車をかけていることには気づいていなかった。

 

とりあえず、長い前準備が終わったと安堵する八幡。

ようやく本懐のオールマイト殺しに王手をかけた。

だが、これでようやく終わるという安心感と共に、雪乃の言葉が頭から離れなかった。

 

(貴方は現状に満足しているの?)

 

そして、A組観客席では。

今の戦いについて自分達の見解を述べ、峰田が血の涙を流している中、結衣は三浦の声も耳に入れず、ある可能性を考えていた。

土と風を操る個性、コネクタ。

恐らく彼がヒッキーだった。

ヒッキーをさらった黒霧がコネクタを連れてきたのだ、可能性は高い。

そして、今の試合。

ウルフは氷と風を操った。

最初は、風が空気を操る個性だと単に思っていただけだったが、氷を操り始めたウルフを見て、雪乃の表情を見て、その違和感に気がついたのだ。

 

(…アレは、2年前。ゆきのんが氷でヒッキーに叩きつけようとしたら、急に氷がヒッキーに操られて…ゆきのんは水で応戦して、ヒッキーは氷と土で戦って…)

 

それは既視感。

結衣は気づいた。

さっきの試合での雪乃の顔は、八幡と戦う時の滅多に見せることのない好戦的なヒーローの顔だと。

好敵手且つ、本当に心をさらけ出せる相手にのみ見せる顔。

 

「…もしかして……本当に…?」




戦闘の文才が欲しい…。
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