大地の鳴動、大気の震動。
何のために形なき武器を振るうか。
確固たる信念を以て、立ち上がる。
彼が向かう先は光なき墓場か、はたまた闇を祓う栄光の頂点か。
──何がヒーローたらしめるか。
「何の真似だ!コネクタ…!!」
「…」
死柄木の激昂には応えず、雪乃を抱えて結衣と近くに来ていたオールマイトの元へと戻る八幡。
雪乃を結衣に預け、オールマイトに振り返る。
「…罪は償います」
「比企谷少年…」
「ただ、今だけは…見逃してください」
「君一人では行かせられん!私も…」
「や、どうせあんたは人質がーって言われて止まるでしょ」
「むむ」
「それより、観客席の爆弾をどうにかすべきです。…由比ヶ浜」
「…うん」
「雪ノ下を頼む、由比ヶ浜。もう動けないだろ、守ってやってくれ。コイツが戦線に出るとこっちが動けん」
八幡から結衣へ明確な頼み事。
それに一瞬惚ける結衣。
「頼めるか」
「…!」
八幡からの頼み事。
中学時代では滅多になかったことだ。
明確に、彼は変わり始めていた。
変わることは現状からの逃げなんて言っていた当初とは大違いね、と雪乃。
「俺と…雪ノ下を助けてくれ。…由比ヶ浜」
「…うん、任せて!」
「オールマイト。生徒たちに参戦させない様に守っていてください」
「…わかった。こちらも、観客席の爆弾の捜査を急ごう」
再び雪乃たちに背を向け、脳無たちと向き合う八幡。
そんな背中を見てヒソヒソと話し始める雪乃たち。
「…随分素直ね」
「ヒッキーもいつもああだったら可愛いのに」
「アレが比企谷君のデフォルトなら比企谷君じゃないわよ」
「そっかー」
「ちょっと?ナチュラルに性格がねじ曲がってるって指摘すんのやめない?」
背中越しに二人を見る八幡。
クスクスと笑う雪乃と結衣。
その3人を、遠目で見ていた平塚は再び涙した。
この光景を再び見れるとは思わなかった。
本当に今日この日まで、3人とも良くやったと抱き締めてやりたい。
(…だが、まだだ。まだ終われるわけではない…!)
死柄木も黒霧も、退く気は全く無さそうだ。
現状、確かに観客たちが人質は取られている。
その気になればすぐに爆破できるはず。
だが、実はそれをやってしまうと何をするかわからない人物が現在一人だけいる。
それが比企谷八幡だ。
(恐らく…奴のことだ。俺は今
一年以上の付き合いで、死柄木たちも比企谷の性格をよく理解しているはずと確信する平塚。
しかし、八幡を縛るものがまだ一つだけある。
それを理解していた黒霧がまず八幡に声をかけた。
「…良いのですか、コネクタ」
「…」
「君の
「…黒霧。お互い、雪ノ下を甘く見たな」
「なに!?」
「お兄ぃちゃああああああん!!!」
八幡の視線の先、観客席。
遠くからでも良くわかった。
この二年、片時も忘れることはなかったその顔。
とびっきりの笑顔とともに、その少女は叫んでいた。
対する八幡も、全く似合わない笑顔で叫んだ。
「小町ぃぃぃぃぃ!!!」
「うわー気持ち悪いその笑顔!!」
「ちょい小町ちゃん!!?」
酷くない!?と叫ぼうかと思ったが、ピタリと止まる八幡。
その横に、魔王なんて目じゃない大魔王と小悪魔がいたからだ。
「…いや……その組み合わせはダメだろ…」
「あ、気づいた」
「気づきましたね。一瞬で真顔に戻りましたよ。写真は撮りましたけど」
「いろは先輩あとで写真送っといてね」
「おけー」
その3人はダメだろ…と更に小町の後ろを見ると、
今度はあからさまに顔を顰める八幡。
「…どうやら俺たちにも気がついた様だな」
「こんなでけー図体のエンデヴァーより小町に先に気づくとか相変わらずだなー」
「奴め…言ってやりたいことがまた増えたぞ!」
小町の周りにトップヒーロー3人。
完璧すぎる布陣である。
だが、雪ノ下さんまで今回のことに噛んでいるとは思わなかったと八幡。
この後のことが恐ろしくて仕方がない、と思いながら構える。
何にせよ、最大の憂いが無くなった。
後はと振り返り、地面と接続する八幡。
轟、常闇、ミッドナイトの土壁による拘束が解かれていく。
同時に、途中まで
キョトンとする
「アレ?…フミカゲ!外レタ!」
「…!」
「何だ今のは?」
「…ウルフ。いや、比企谷つったか…。味方にまわったのか?」
「3人とも、生徒たちと合流しなさい!ここは私が…」
「オールマイト、平塚先生!生徒全員を表彰台の後ろまで下げてください!」
ミッドナイトが爆豪たちに対して指示を出そうとした時、八幡がそれよりも大きな声で叫ぶ。
比企谷八幡の戦闘スタイルを知っていた2人は頷き、すぐに生徒たちを表彰台まで下がらせる様に指示を出す。
そんな彼らに、緑谷や葉山が抗議の声を上げる。
「ま、待ってくださいオールマイト!いくら何でもあの数…プロ…雪ノ下さんでも敵わなかった相手ですよ!?」
「平塚先生!俺も戦います!比企谷1人にやらせるわけには…!」
「静かにしていなさい…後ろの人たちも、大人しくしていなさい」
結衣に支えられた雪乃がピシャリと2人を宥める。
抗議する2人だけではなく、その後ろで今にも飛び出しそうだった沙希や爆豪にも告げたのだ。
「……雪ノ下さん。いくら比企谷でも無理だ!あの
「そうね。でも、手を出してはダメよ」
「何故だ!?比企谷に贖罪でもさせているつもりか!?アレでは死んでしまう!!」
「そんなわけないでしょう」
「では何のために…!?」
雪乃は葉山の問いに対し、人差し指を出すだけで答える。
雪乃がピッと指し示す先を見る葉山。
示された先は、ゲート付近で未だこの状況を撮り続けていた多くのマスメディアたち。
彼らが何だ、などとは問わなかった。
彼らが持つカメラやアナウンサーが実況する姿を見て、まさかと気が付く。
「…これ、陽乃さんも仕組んでるのか!?」
「ええ」
「なにを考えてる!比企谷が死んでしまう!!」
「けど、もし彼がこの状況を打破できたら……それは、これ以上にない証明になるわ」
「…!!」
「さあ、下がりましょう。…彼の邪魔をしないように」
次第に生徒たちが下がり始め、それを見届けた八幡が再度脳無に立ちはだかる。
「誰から来る、とかは聞かないからさ…とっとと来い。全員で。何ならお前から来い死柄木」
自身のモノではない他人の左腕を掲げる八幡。
オール・フォー・ワンからの贈り物を使うのはかなり癪だが、今この状況なら喜んで使い倒してやろう。
オール・フォー・ワンに与えられた腕で、オール・フォー・ワンの配下たちを潰すなど、僥倖極まりない。
「…ま、ズルだなんて言わないよな。お前ら22体全員で個性幾つだよ。こちとら親父と母親の個性分けても3つ、加えてそこに追加で4つになったくらいだ。許されるよな」
「…!」
「オール・フォー・ワンに改造された同士仲良くしよう、なァ?」
そんな言葉と共にヘラヘラ笑う八幡だが、その目は全く笑ってない。
今まで、黒霧は八幡のその目を一度しか見たことがなかった。
初対面の時、あの雪の降る日。
雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣を逃し、無謀な戦いを挑んだあの日の彼と同じ目。
戦うヒーローの目だ。
「…死柄木」
「…」
「コネクタを殺してはいけません。…アレは、先生の大切なコマの1人です。貴方が行ってしまえば…例え勝てても最悪殺してしまう」
「わかってる…忌々しいが、奴は先生からの借り物だからな…。…脳無!コネクタを捕らえろ!!殺さない程度に殺せ…!」
「いやそれ意味わかんねーだろ…」
「意識さえ奪えばそれで良い!行け!!」
その様子に、雪乃たちの元でオールマイトと共に護衛を始めた平塚は妙だと感じる。
明らかに死柄木は焦っている。
確かに貴重な戦力がヒーロー側に寝返ったという点では焦るべきところだが、USJでの死柄木の様子を思い返す限り、この様な場面では焦るより先に怒りが湧くはず。
(…それとも、比企谷の今現在の強さは…それほどまでに恐るべきものだということか?)
──────────
「…下位の脳無が12体、中位が7体、上位が3体…しかもうち1体はオールマイト用か。やりたくない。帰って寝たい」
そもそももう帰る場所はない。
オール・フォー・ワンに反旗を翻した以上、安全な場所などなくなってしまったのかもしれない。
なら、作るしかない。
生徒たち全員が表彰台付近まで下がったのを確認した八幡は、まずは戦闘の場を整理し始める。
両足は靴を介して地面と接続し、左手は空気と、右手は雪乃が残した大量の水へ触れて接続する。
迫る脳無たち。
二年前が思い返される。
あの時よりも数は圧倒的に多い。
(けど、こちらも悪いけど変わってるんだ)
1対22。
しかも全員が複数個性持ち。
正面戦闘ではまず勝てない。
その場の誰もがそう考えていた。
それは八幡も同じ。
ならば掻き乱すまで。
両足の神経から地中の土を掌握し、脳無たちを土塊で下から殴り始める。
だが、その抵抗はやはりそうは持たない。
土を食べる、なんて雪ノ下の時の様な対八幡用の個性持ちはいないようだが、黒肌の脳無などはすぐに土塊を一撃で壊してしまった。
ただ、その一瞬が今の八幡には必要だった。
グラウンド中の土を圧縮し、硬化していく。
その質量、100t以上。
その全ての操作権を持った八幡が、操る土を全て地上へと持ち上げる。
それはまるで、地中から首をもたげた大蛇の群れ。
「固体圧縮率300%…スター・クリエイト…!」
「アレは…死柄木!」
すぐに死柄木をワープで後方へ下がらせる黒霧。
あ、と小学生の頃の思い出が蘇る折本。
個性を使わない八幡が、ノートに楽しそうに記していた必殺技の数々。
「土蛇行進」
土の大蛇が次々と脳無たちへ襲い掛かり、その身を地中へと沈めていく。
その勢いの余波と振動で揺れて立っていられないマスメディアや生徒、観客たち。
轟音は鳴り響き、その技の凄まじさを物語っていた。
土が軋むという不可思議な異音と、その土煙が収まった時、グラウンドとその場にいた脳無たちは見る影も形もなくなっていた。
「…」
「…う、うそ…」
「……なに今の。アレも個性?」
耳郎、葉隠が信じられない様なものを見る目で八幡を見つめる。
彼は今、一切その場を動いていない。
動く素振りすら見せていない。
ノーモーションで今の惨劇を生み出したのだ。
「…ゆ、雪ノ下さん」
「何かしら緑谷君」
「あ、あの……比企谷君って、何の個性なの…?」
「…二年前の時点では彼のお父様の固体操作。今はそれに加えて彼のお母様の流体操作と、生物操作という個性を持っているらしいわね」
「轟みてえな複合個性か!?」
「ええ。固体、液体、気体に触れることでそれらと彼を接続し、思うがままに操作する。更に、彼と接続した物体は同じ状態の別の物体と接続できるわ」
「は?」
今の雪乃の言葉が信じられない、と返す緑谷。
爆豪も耳を疑う。
その言葉が本当なら、存在する物体に対してほとんど動かずに何でもできるのではないか。
「つまり、固体なら固体と、液体なら液体と接続することで更に接続され、彼の操作する物が広がっていくわ。直接触らずとも操れるようになる。今の彼が地面に直接触れていないのにも関わらず操作できている理由はそれね。彼の靴と接続して、靴が地面と接続しているのよ」
「…それって、あの比企谷ってのが地面に立っていたらさ…同じ地面に立ってる私たちって、履いてる靴とかズボンとか操作されちゃったりする?」
「するわね。コスチュームごと土蛇に接続されて地面に叩きつけられたりとかもするわよ」
平然と告げる雪乃に、ドン引きする芦戸。
ただ同じ地面に立っているだけで攻撃範囲に入ると言われたのだ。
なんという無茶苦茶な個性。
今更だが、オール・フォー・ワンが狙うわけだと納得するオールマイト。
「…昔より有効範囲伸びてるね」
「そうね。中学の頃はせいぜい25mとかだったけれど…さっきの表彰台に立っていた轟君たちへの個性使用を見る限り、50mはあるわね」
「相変わらず反則くさい奴」
「貴女も物理無効でしょ?十分反則だわ」
沙希と雪乃ののんびりとした会話に、感覚が麻痺するとこうなるのかとまたドン引きする生徒一同。
何故か体育祭時点では土を用いた攻撃を使わなかったウルフ──八幡だったが、使われていたら余裕綽々で優勝していたのではないか。
三回戦で八幡から固体操作を引き出した雪乃も相当のレベルである。
「ていうか、もう勝ったんじゃ…!」
「それはないわね」
「…残念だが、ここからが本番だろうな」
雪乃と平塚の否定の意が、現実となって現れる。
盛り返されたグラウンドの地面から、一本の太く黒い腕が生えたのだ。
「…筍みたいだな」
八幡の呑気な独り言に反応するかの様に、次々と脳無たちが地中から這い上がり始めた。
流石に今の攻撃では気絶をしない脳無が大半のようだ。
ちなみに筍発言が戦いを見守っていた麗日と折本にウケたようで、2人して吹いている。
まるで緊張感のない笑い声が聞こえて力が抜ける八幡。
だが、そんな平々凡々な日々に戻りたくて彼はきょう今日まで耐え抜いてきたのだ。
そんな日常が、今は八幡の後ろに在る。
「絶対なんて言葉使いたくはないけどな……。…絶対に」
守る。
かつて心のどこかで羨む様にみていた光景を、守り通す。
今度は自分の身と命と共に。
──────────
土から這い出て、真っ先に八幡に襲い掛かったのはオールマイト用脳無だった。
オールマイト並みのスピード、パワー、ショック吸収、超再生。
だが、八幡を殺さないよう言われてるからか、動きはオールマイトと戦った時ほどではない。
ならば簡単。
再びノーモーションで固体操作を発動し、今度は2人の間に巨大な土壁を作り上げる。
しかし、拳一発で壁を大破させるオールマイト用脳無。
死柄木が八幡を嘲るように叫ぶ。
「オール
だが壁が崩れた時、八幡の姿がオールマイト用脳無の視界から消えていた。
途端に反応が止まる脳無。
彼らは思考しない。
ターゲットが視界から消えた時、視界から消えたので消えたターゲットを探すという行為そのものをしないのだ。
それが改人脳無の弱点。
八幡どころか、視界に入った生徒たちの方へ目移りしてしまう。
「お、おい!こっち見たぞ!?」
「ていうかあの比企谷ってのはどこに…!」
「上だよく見ろアホども」
峰田と上鳴の慌てようとは対照的に、冷静に八幡の動きを観察していた爆豪。
土壁が現れた瞬間、既に八幡は上空へと飛び上がっていた。
空気を操作することで浮かび上がりやがったなと爆豪。
だが、それにしても速い。
身体強化まで使えるというのは拳藤戦で知っていたが、それも使用したか。
「まずは一体目」
ふわりと脳無の右肩に着地する八幡。
脳無が超反応で左腕を振り抜こうとするが、それよりも八幡の左手が脳無の顔に届く方が早かった。
ばちり、という音が脳無の脳内に響く。
次の瞬間、オールマイト用脳無は白目を剥いたまま後ろに倒れていく。
よっこらせという言葉と共に、脳無から地面に降り立つ八幡。
既に地面から這い出ていた脳無たちに向き直る。
「次」
唖然とするA組の生徒たち。
オールマイトまでその目を見開く。
「ちょいちょいちょいちょい!!!めちゃくそつええじゃねえかアイツ!!アレオールマイトが苦戦した奴だぞ!?」
「あ、アレは何!?雪ノ下さん!!」
「知らないわ」
「アレェぇ!!?」
「何でもかんでもあの人のことを知ってるわけじゃないもの。…ただ、彼……左手で触ったわね」
「…うむ。恐らく生物操作だろう。生物には自己防衛本能というものがあり、強烈なショックを受けたり、危険を感じたりするとその意識を自ら絶ってしまう……いわば気絶!」
「なら…彼は生物操作で脳無の自己防衛本能を引き起こし、無理矢理気絶させたということになるでしょうか?」
「多分そうだろうな…」
平塚と雪乃の会話で、確かにそれなら納得できると無理矢理頷く生徒たち。
けど…と緑谷が続ける。
「で、でもそれって…比企谷君は敵に触りさえすれば勝ちってこと?」
「そうね。……彼、近接戦も無敵になったんじゃないかしら」
「……体育祭で使われてたら余裕で負けてたな…」
「触れさせなきゃいいんだろが」
「遠距離戦されるとさっきの流星群みたいな攻撃使われんだろ!?無理ゲーじゃねーか!!」
オール・フォー・ワンの悪意が、比企谷八幡をデタラメな
そうなると、オール・フォー・ワンの真意がわからないとオールマイトは首を捻る。
確かに比企谷八幡の個性は強い。
だが疑問に挙がるのは、比企谷八幡誘拐後すぐに彼の個性を奪わなかったことだ。
奪えなかったということはないだろう。
そんな前例は聞いたことがない。
それどころか新たな個性を与えている。
ただ、脳無とはやはり違う。
脳無は恐らくオール・フォー・ワンの手で作り出されたもの。
そういう意味では、先ほど八幡が言っていた通り彼と同じ存在だ。
だが、脳無と違って彼は思考し、ヒーローの心を持ったままでいる。
(オール・フォー・ワンは…彼を個性目当てで誘拐した。それは間違いないはず。だが…彼を直接見て考えを変えたか?)
比企谷八幡の何かに目をつけた。
それは、個性以外のもの。
個性の使い方を含む戦闘センスか、それとも彼の考え方か。
もしくは、比企谷八幡の生い立ちから生き方まで全て、比企谷八幡そのものに興味を持ったか。
彼の周囲には人は少ないが、関わったあらゆる者に影響を与えていく。
英雄どころか悪ですら惹きつける。
「…ダークヒーローとは的を得すぎている」
──────────
「全員でかかれ!!」
一番出来の良い脳無が瞬殺されたのを見て、すぐに指示を下す死柄木。
近距離タイプでは話にならない。
遠距離タイプの脳無を砲台として八幡に向け、近距離タイプの脳無は全て遠距離タイプの護衛つかせる。
「シミュレーションゲームで練習でもしてきたか」
「お前みたいなバグキャラはいなかったよ」
「マジか。俺もついにゲーム超えたか…」
しみじみとした八幡の口調に苛立つ死柄木。
死柄木の沸点は低い。
こんな言葉で平静を欠けるなら安いものだ。
突ける欠点は突いていかなければ、この数は倒せない。
(つっても…最初の土蛇で下位の脳無が7体気絶したな。上がってこねえ)
逆に言えば、残りの脳無14体は圧縮硬化した土で殴るだけでは気絶させられないほどタフだということだ。
残りの脳無は、と見渡す。
下位が5。
中位が7。
上位が2。
「…なんかあの黒い脳無2体とも変じゃね?」
「? どこが?」
「…いや、上鳴の言う通りだ。綺麗すぎる」
「…やっぱり黒にはまるで意味ないか」
その上、上位の脳無は必ず超再生の個性を持っている為、先の土蛇によるダメージもなし。
黒い肌は上位脳無の証だ。
更に、個性抜きで通常の人間の10倍以上の腕力を誇る。
上位ともなると、流石に“改人”と言われるだけのことはあるだろう。
「撃て!!」
分析する暇もくれないな、と大地の壁を出現させる八幡。
壁越しに確認できた個性はレーザー、電撃、火炎放射、腕を伸ばす、爪を複数発射、歯を複数発射。
(電撃が上位脳無、レーザーと火炎放射が中位、あとは全て下位。何もしてこないのは全員近距離仕様か俺対策だな)
遠距離に使われた個性は八幡が操れないものばかり。
腕だけ操れるな、と壊れた土壁の向こうに見えた脳無の腕を触りにいく。
再び生物操作の個性が使われ、下位の脳無がまた1人気絶する。
「クソが…!」
「死柄木、まずはアレをコネクタから回収しましょう…!」
「…ワープ出せ!」
「ええ」
再び放たれた遠距離攻撃の数々を土壁で受ける八幡。
次の瞬間、八幡の周囲にいくつもの小さなワープゲートが出現する。
黒霧の介入を見て、地面との接続を切って飛び上がる八幡。
「やはり飛びますね」
「!」
浮かんだ八幡の眼前にゲートが現れ、死柄木の手が伸びる。
空気を操ってすぐに真横へ舵を切るが、その手が八幡の雄英ジャージの脇腹に触れた。
崩れ始めるジャージだが、固体操作を発動することで自らジャージを切り離す。
そして、八幡の黒い肌着にしがみついていた、個性活性化の個性を持つ小さな脳無が姿を現した。
「狙いは
「何あのキモいの!?」
「あんな小さいのも脳無か!?もう人間ですらねえぞ!?」
「イレイザー!」
「恐らく、アレが俺の個性に対する対策だな…。それを比企谷から奪うつもりか」
イレイザーの奪うという予測は半分正しい。
奪うというより、自発的に離れさせるという言い方が正しいだろう。
小さくても脳無には変わりない。
死柄木や黒霧の命令を聞けばどの脳無も必ずそれに応じる。
もちろん、脳無の開発者から信頼を得ていない八幡の言うことは聞かない。
八幡の音声に応えるようにはプログラムされていないのだ。
「コネクタから離れろ!!」
ヤバい、と小さな脳無に手が伸びるが、空中の八幡目掛けて飛んできたレーザーがそれを遮る。
死柄木の命令に従い、八幡から離れる小さな脳無。
黒霧が出現させたワープゲートへ入っていく。
「強化キャラゲット、だな」
「やっぱり先にお前からやるわ」
「なに?」
小さな脳無を四本の指で掴んだ死柄木が八幡の発言にギクリと心臓を鳴らす。
「ヴァン・テンペスタ」
次の瞬間、死柄木と脳無たちは暴風に見舞われる。
八幡の空気操作による全力の嵐だ。
前後左右からあらゆる方向へ流れる暴風の通り道が、彼らの体をあらぬ方向へ捩じ切ろうとする。
「ぐあっ…!おいおい殺す気かアイツ!!脳無!!」
上位脳無のうち、オールマイト用でもない電撃の脳無でもない最後の脳無が死柄木の元へ跳ぶ。
死柄木の盾として立ちはだかり、その身で暴風を受け始めた。
「死柄木!」
身体のほとんどが靄であるため、暴風には全く堪えていない黒霧が死柄木の元へ行こうとする。
だが、そんな黒霧を胸元に飛び込んできた空気砲が遮った。
「ガッ…!!」
八幡が次々と空気砲を撃ち出し、黒霧の元へ集中砲火を撃ち込む。
見えないものほど厄介なものはない、とワープゲートを出現させて八幡の元へ空気砲を返そうとする黒霧。
だが、撃ち込みながら八幡は、現れたワープゲートにその身を飛び込ませていた。
まさか、と彼がやろうとしていることに気がつく死柄木。
「逃げろ黒霧!!」
「遅い」
ワープゲートから飛び出て、黒霧との距離を一気に詰める八幡。
ワープゲートから反転し、黒霧の視界に飛び込んでいく。
八幡がワープゲートに飛び込んだことに気付くのが一瞬遅れた黒霧が、急いでその場からワープしようとするも、やはり間に合わない。
「お前が一番厄介なんだよ」
「コネクタ!!どういう度胸を」
している、という言葉は続けることができなかった。
八幡の飛び込み様に強烈な飛び蹴りを喰らう黒霧。
空気操作による加速+身体強化による飛び蹴り。
ミルコ直伝の蹴りだ。
実体部分に蹴りを喰らった黒霧は、観客席の壁際まで吹き飛んでいく。
「しばらく寝ててくれ移動チート」
「うっそ…」
「あの厄介なワープゲートに、あんな対処法が…」
飛び道具を使うことでカウンターとなるワープゲートを誘発させ、そこへ身を躍らせて接近する。
けど、自身の身を省みない危険な戦い方だねと沙希は眉を顰める。
「…自分のことを考えない戦い方は変わらないね。途中であの黒モヤが気づいて、ワープゲートで体を千切ろうとしたらどうする気だったんだあのバカ」
「それよりも速くゲートを抜ける自信があったのでしょう。黒霧は気づいてなかったもの。……それはそうと川崎さん、この戦いが終わったら一発アレを殴って良いわよ」
「そ、そこまで事情がわかってるのに怒るのか…」
「これとそれとは話が別よ」
尾白の問いにキッパリと答える雪乃、わかると頷く結衣と沙希。
何となく雪乃と八幡の関係性を理解してきた雄英生徒たち。
あんなに強いのに明らかに尻に敷かれている。
「脳無!!」
死柄木の怒号を聞き遂げた脳無たちが、全員八幡に突っ込んでいく。
時間稼ぎか、と死柄木の手にある小さな脳無を見る八幡。
アレをどれかの脳無に使って個性を強化する気だろう。
八幡の場合はイレイザーヘッド対策の為に黒霧に仕込まれたが、本来はそれが正しい使い方の個性だ。
止めたいところだが、残りの脳無全てが八幡に向かってきている為流石に無視はできない。
「数減らしの続きだな」
空気と接続し、空中に浮かび上がる八幡。
それを翼のある3体の中位脳無が追いかけてくる。
恐らく3体とも近距離仕様だろう。
それらさえ仕留めれば制空権は自分のものになる、と構える八幡。
周囲の空気を引き込み、神経範囲ぎりぎりの八幡から半径60m以上の空気を圧縮し、掌握していく。
「気体圧縮率1000%…クラウド!」
相手は脳無。
もはや人間ではない。
手加減なしと言わんばかりに圧縮した空気を叩きつけていく。
「飛べるなら体重軽いよなお前らは。効かないかもしれないが吹き飛びはするだろ」
飛ぶ脳無たちが地面に叩きつけられるが、やはりまだ動く。
土蛇の攻撃をどうやって耐えた、と見ると三体とも硬質化や肌の装甲化のような個性を持っているようだ。
「やっぱり生物操作じゃないとどうしようもないな」
他にも強力な攻撃手段を持ってはいるものの、準備に少々時間がかかる。
趣味でもないし恐ろしくて仕方ないが、やはり近距離戦を仕掛けていくしかない。
遠距離だと、どうしても防御の個性を持っていたり手数が多かったりする脳無たちに分がある。
その時、2体目の黒肌の脳無がその尋常ならざる脚力を発揮する。
個性なしの跳躍だけで八幡の元へボールのように跳ねる電撃の脳無。
「やべえ黒いのが行ったぞ!」
「比企谷!!」
「いやでもあれだけ近距離ならあの野郎の左手で終わりだぜ!!」
やっちまえ!と峰田がしたり顔で笑うが、そうそう甘くはないと心中で否定する八幡。
どうせ死柄木、またはオール・フォー・ワンの入れ知恵を指示という形で仕込まれたはずだ。
更に、空中に飛んできた電撃の脳無の全身から両手剣のような刃が飛び出す。
刃渡りは1mほど、まるで針モグラのようだ。
まさか、と嫌な予感がする戦闘熟練者たち。
「離れろ比企谷!!」
「わかってますよ!」
平塚の怒声が発せられるのと同時に、弾かれるように電撃の脳無から逃げる八幡。
次の瞬間、電撃の脳無が身体の軸を中心として横回転をしていく。
脳無の首から下がいくつかに分かれて順回転し、回転の勢いでミキサーのように空中を飛ぶ。
「いややっぱりお前もう人間じゃねえだろ畜生!!」
口調を荒げる八幡だが、正直手の出し様がない。
全身が回転刃で覆われ、隙があるのは顔部分のみ。
その顔に飛び込めば良いが、この脳無には電撃もある。
回転・刃・電撃・超再生と四つも個性を持っている2体目の上位脳無。
とりあえず個性は把握できたと前向きに考えようとする八幡。
ダメ元で空気砲を放つが、やはり脳無に効くほどの強力な攻撃ではなく、仰け反りすらしない。
「とりあえず地面に降りた方がいいんじゃね!?」
「バカ言ってんな上鳴!地上の方が圧倒的に敵が多いんだぞ!?」
「で、でもあれじゃあ…!そのうちスプラッタだぞやだ怖い想像しちまった!!」
「やめろしアホ面!!」
三浦の叱咤が上鳴に飛ぶ。
まさかB組の人に怒られるとは思わなかったとビビる上鳴。
上鳴から視線を切り、怒りと焦りが混ざったような表情で空を見上げる。
「…ヒキオ…!」
「優美子、ダメだよ」
「…海老名。あんたヒキオが心配じゃないの!?」
「もちろん心配だよ。でも、今私たちが手を出したら…この件が無事終わってもバッシングを受けるのは手を出した人と、雄英そのものだよ」
海老名の言葉が、どうにかして援護をしようと考えていた生徒たち数人を留める。
さらに海老名が言葉を続けていく。
「今回の事件…どんな結末になっても、多分雄英は批判される。USJでの事件があったのにこんな大きな行事を開いて、懲りてないのか、危機意識が足りないんじゃないかって。今後も生徒の安全を確保するために、もしかしたら暫くの間、体育祭みたいな行事は開かれないかもしれない」
「はあ!!?」
「そ、そんなこと…悪いのは全部
「世の中暇してるだけの一般人なんていくらでも居るよ。ネットでの批判は、暇潰しの安い趣味になりやすい。そこに加えて、
その可能性は大いに有り得る、と苦々しい顔で賛同する平塚。
正直な話、プロヒーローが手を出せない様仕向けられた現状、雪乃の作戦とはいえただ1人だけ戦闘可能な八幡に甘えているところはある。
だが、
それは八幡、また雄英ヒーローたちの努力次第で変わる。
まだ何もかもを勝ち取れる可能性は残っている。
空を見上げた平塚につづけて、見透かした様な目で八幡を見る海老名。
(君は飛び出して来れたんだね。でも、ここからなんだよね、きっと…)
「ま…祈ろうよ、優美子…」
「…何に?」
「勿論…BLの神に」
「いねーしそんなの」
「もしくは神絵師」
「急に即物的になったぞ…」
「これが終わったら私、はやはちの依頼出すんだ…」
「俺が止めるから無理だよ姫菜」
──────────
回転刃の脳無から逃げつつ、その他11体の攻撃を掻い潜る八幡。
今のところ、八幡に接近しつつ攻撃を仕掛けてくるのは回転刃の脳無のみ。
三体目の黒肌の上位脳無はまだ死柄木の元に残っている。
その死柄木は、既に八幡に気絶させられたオールマイト用脳無の元へ寄っていた。
それに気がつく生徒たち。
八幡も気がついてはいたが、回転刃の脳無を振り払えない限りは死柄木の元へなど行けそうにない。
「個性活性化じゃ気絶は治らない筈だ…!何の真似だ死柄木!」
平塚が死柄木に問うが、死柄木は答えない。
個性活性化の脳無をオールマイト用脳無に置き、個性を使わせる。
まさか、と目を見張る平塚。
次の瞬間、オールマイト用脳無がぎょろりと黒目を取り戻し、起き上がった。
「!?」
「なっ…」
「お前が体育祭でわざと負ける時用に強制覚醒の個性を持たせておいたんだよ!」
「あの老害どれだけの種類の個性持ってるんだよ!!」
まずい、と地面に急いで降りる八幡。
回転刃がどうとかなど言っていられない。
上位脳無一体だけでも手に余るのに、それが二体三体と参戦してきては勝ち目がなくなる。
上空から回転刃の脳無、周囲から複数の脳無、起き上がったオールマイト用脳無。
絶体絶命をそのまま表したような状況だ。
上もダメ、前後左右はどこもダメ。
なら、下しかない。
地面と接続し、地面に大穴を開ける。
そのまま大穴へと飛び降りていき、穴の壁に手を置いて大穴を急いで塞ぐ八幡。
「逃げた…じゃねえよな!?」
「…まずいわね」
「え?」
「ゆ、ゆきのん!!アレヤバいよね!!?」
「…極めて危険ね。下がりましょう」
「何が!?」
「嵐が来るわよ」
「さっきの暴風か!?」
「いえ……何と言い表したら良いかしら。とにかく下がりましょう、彼が巻き込むようなことはしないと思うけど……」
戦いの場から更に生徒を離れさせようとする雪乃。
既に観客席の壁際にまで来てしまっている。
だが、八幡は今地中に潜ったため、地上の状況が見えていない。
それが問題なのだ。
ぐるりと地面が渦巻く。
戦いの影響で既にボロボロだった地面が全て同じ方向に渦巻き、回転していく。
八幡のやろうとしていることを察する死柄木。
オールマイト用脳無に自らと個性活性化脳無を抱えさせ、離脱させる。
「なんて無茶苦茶なことをしようとする奴だ…!!」
脳無も大概無茶苦茶だが、生物操作以外の個性については完全に八幡はナチュラルなので、どちらかというと八幡の方がおかしいのだ。
次第に加速し、凄まじい勢いで回転していくグラウンド。
グラウンドの地表が崩れ始め、大地の回転が地表から出る。
大地の嵐。
地表の脳無も、空中に飛んでいた脳無も大地の嵐に捕まって巻き込まれていく。
回転刃の脳無はその性質から襲い来る大地の嵐を刻み、三体目の上位脳無は死柄木についていったため嵐には捕まっていなかった。
観客席の高さまで上がった嵐は、一片の土も漏らさずにその回転を絞り上げる。
次第に回転が止まり、回転・圧縮されて作り上げられた大地の塔。
グラウンドには、面積の半分以上を占める大穴が出来、その中央に塔は聳え立っていた。
壁際で気絶していた黒霧と避難した死柄木、二体の脳無以外の全ての脳無がその塔に食われ、身動きがとれないでいる。
「ダメ押しで貰っとけ」
地中から響いた暗くて低い声が、塔を地中へと引き摺りこんでいく。
大穴から土が触手の様に何本も塔へ取り付き、塔は地中へと消えていく。
大穴を塞ぐ様に大地が逆巻き、グラウンドを平坦な地面へと戻していった。
静まり返る雄英グラウンド。
今起きた天変地異を何と言い表せば良いか、口から言葉が出ない一同。
残ったのは死柄木、上位脳無三体、個性活性化脳無、観客席の壁際で気絶した黒霧のみ。
他の脳無は全て地中に取り込まれてしまった。
これでは個性活性化脳無の強制覚醒による復活を使えない。
即座に対策を取るあたりが、八幡の戦闘に対する油断の無さを窺わせる。
ぼこりと地面に小さな穴が開いて、そこから再び現れる少年。
「あー……しんどい」
自らの土埃を手で払い、呆然としていた死柄木へ向き直る。
未だ底が見えない
「後はお前らだけだな」
「……チートが…!!」
──────────
掌が痛い。
どうしようもない痛みを誤魔化すように死柄木を睨みつける。
足の裏もまるで数百キロも歩いた様な感覚だった。
固体操作だろうが気体操作だろうが、神経を操作することは彼にとって腕や脚を動かすことと何ら変わりない。
接続した物体は自らにとって腕や脚の延長であり、感覚神経や痛覚神経も全て通せば擬似的な腕と脚に成り代わる。
(個性活性化…アレがオールマイト用脳無に引っ付いている限り、生物操作どころかオールマイトがやった様な方法でも気絶はさせられないな。上位脳無の弱点は頭…)
頭、脳さえ潰せれば殺せる。
だが、たとえそれが
出してしまえば、雄英体育祭なんてものは二度と開かれないだろう。
雄英にダメージを与えない為にもそれだけは避けないと、と地中に埋めた脳無たちにも酸素を確保するためのスペースは与えた。
ほとんどは気絶している上に地中100m近くまで埋めたため、這い出ることはないだろうが、それでも数十分ならば呼吸は持つだろう。
「…1対…3か」
個性活性化用脳無を背中につけたまま八幡の前へ出るオールマイト用脳無。
刃を再び出しつつ、八幡の右後方に構える回転刃脳無。
個性を全く使用していない三体目の上位脳無。
加えて死柄木が参戦してくる可能性がある。
対する八幡は、四肢が疲労困憊、ある武器はグラウンド、大気、雪乃が残した大量の水のみ。
そして左手に宿る一発逆転の要、生物操作の個性。
ここからが本番である。
「…おい」
「なんだ」
「今一度聞くが…血迷ったってことはないよな?コネクタ」
「その名前で呼ぶんじゃねえよ…死柄木。俺は今も昔も
「ならなんだ!?ヒーローだとでも言いたいのか!無理だよコネクタ!お前はもうやってしまった!あらゆる
「…!」
USJ襲撃事件前の、ヒーロー・ハイエース誘拐事件。
誘拐したのは黒霧だが、生物操作の個性を使って戦闘不能に追い込んだのは
その事実は変わらない。
だが。
「…わかってるよ…死柄木。俺はもうヒーローにはなれない」
「は?じゃあ何のために今…」
「だが…
「…」
「俺はもうヒーローにはなれない。きっと…今日が終われば囚人になるだろう。…けど」
雪乃と結衣を後ろ目で見る八幡。
2人とも、八幡の今の話を聞いて悲しみの目で彼を見ていた。
続けて総武組の生徒や、それ以外の生徒たちの顔を見る。
皆、不安そうな顔で戦況を見守っていた。
「…今日だけ。いや、今だけは…アイツらを、俺は守れる。今だけは、親父や顔も覚えていない母親と同じモノでいられる」
小町という憂いが守られ、その後も託せるようになった。
戦闘許可が出ない生徒、人質を取られたプロヒーロー。
自分だけが手を出せる。
きっと、この戦闘が終わればタルタロスに入れられる。
一生表舞台に出てくることはないだろう。
だが、今だけは。
分不相応、似合わない、不適切と思っていたものの、密かに憧れ続けていたモノでいられる。
ヒーローに。
「今だけは…」
『ヒーロー名?』
『そ!ヒッキーだってゆきのんだって、…目指すか悩んでるけどあたしだって!ヒーロー名!考えたくない!?』
『んなもん名字で良くねーか』
『え、いがーい。ヒッキーそういうのノリノリで考えると思ってた』
『違うわよ由比ヶ浜さん。どうせその男のことよ、色々考えた末にカッコつけまくって自己嫌悪に陥った過去があるのよ』
『やだなに見てたの?お前本当に俺のこと好きだよな。八幡検定2級あげちゃうぞ』
『なっ!!…そんなわけないでしょう自惚れもほどほどにしなさいそんな資格何の役にも立たないわよ』
『えー!あたしも欲しいよそれ!待って今ヒッキーのヒーロー名考えるから!!』
『却下』
『早いよまだ考えてもないよ!!』
『由比ヶ浜のネーミングセンスは信用してないからな。な、ゆいゆい』
『うわわわわわヒッキーのバカ!!』
『…どうでも良いですけど先輩方、そんな無駄なことするより私の仕事手伝ってくださいよー』
『いたのか一色』
『いましたよ!ほんっとにこの先輩は…!!ていうかー、先輩もうヒーロー名あるでしょ!?』
『え?』
『あー、親父のがな』
『いやそうじゃなくて、この前の。呼ばれてたじゃないですか?SNSでトレンド入ってましたよ?』
『は?』
『あ、あのららぽでの戦いね!』
『…私たちを逃すためだけに姉さんと戦った1月初頭の事件ね。新年早々散々だったわね、今思えば…』
『え?ちょ、なに?そんなのあんの?』
『そーですよ。めちゃくちゃ中二くさくて先輩にピッタリです』
『おいやめろバカ』
『えっとですねー、これですよ。意味は…』
武器は全く持たない素手の筈なのに、一度歩けばそこら中のありとあらゆる物が武器となる。
彼は、そんな皮肉を込められてこう呼ばれた。
今だけは、その名を名乗ろう。
かつて雪乃と結衣を守る為だけに戦ったあの日、民意に名付けられたそのヒーロー名を。
痛みを振り切り、しゃがんで地面に手を置きながら、その名を名乗る。
「ヒーロー・ノーアームズ。今日1日限定の活動だ。
「…殺せ!!」
頭に血が上った死柄木の号令が発せられ、同時に飛びかかる三体の上位脳無。
その中でもオールマイト用脳無の速さは他二体を隔絶していた。
八幡の元まで一歩で踏切り、そのまま殴り下ろす。
その強襲を、指を裂かれる様な
痛い、痛い、痛くて仕方がない。
だが、だからこそその動きを感じ取れる。
周囲の空気と大地、また全身に張り巡らされた神経が、彼の動きと反応速度を更に昇華させる。
結果、その強撃を紙一重で八幡は躱していた。
「え」
「もっと優しく動けよ。空気だって痛えんだよ」
他の脳無も空気を掻き分けつつ八幡に迫っていた。
特に回転刃を発動させながら攻め込んでくる脳無の方は痛くて仕方がない。
まるで指がドリルで掻き分けられるかのような痛み。
その痛みに耐えつつ、左手でオールマイト用脳無の腕を触る。
ばちり、と再び気絶する脳無。
「何が起きた!?何だあのスピード!!」
「でも比企谷も無事だぞ!!」
今しがた起きた刹那の出来事に驚く外野たち。
しかし、そんなものには構っていられないと浮かび上がる八幡。
オールマイト用脳無だが、やはり気絶に反応して強制覚醒の個性を使用されてしまう。
気絶から覚醒まで1秒にも満たない時間。
その時間を感覚で覚える八幡。
浮かび上がる彼の右手には、いくつもの細い土の紐が地面から伸びていた。
浮かび上がる八幡に合わせて地面から数十本も伸びている。
その土の紐の細さに、八幡が本気で戦い始めたことに気がつく死柄木。
「ようやく本腰か」
「…八幡め……あの紐、空中でも大地を使える様にする為か」
「全神経による接続操作……そこまでしなければならない相手ってことですよね?」
エンデヴァーと一色が八幡の個性について言及し、その痛みを懸念する。
八幡の接続操作の個性は、大きく分けて二段階ある。
まずは一段階目、触れただけで簡易的に物体と接続して操作する。
この段階では個性因子による操作神経だけを物体に伸ばして接続している。
本来ならこれだけで十分すぎるほど戦える。
だが二段階目、全神経による接続。
操作神経だけではなく、感覚神経や痛覚神経など、彼の手足に備わっているすべての神経を物体に接続し、その操作性を上げる。
単に反応が良くなり、操作できる物体の大きさの下限と上限が広がるが、それだけが利点ではない。
接続した物体が彼の腕や脚の延長ではなく、腕や脚そのものと化すのだ。
これにより、大気と接続操作すればその大気の中で動かれた者を正確に感知できる。
大地と接続すれば、誰かがその大地を歩けばそれを感知できる。
その解説を雪乃から受ける生徒たち。
だが、雪乃の顔は険しかった。
「マジか!1人で感知系の役割もできんの!?何でもありじゃねえかマジで!!」
「…そんなに便利なものじゃないわ。恐らく、流体操作の方も彼には壮絶な痛みが伴う筈」
「へ?」
「比企谷君にとって、全力で戦うことは常に痛みとの戦いなのよ。傷を一度も受けなくてもね」
全神経による接続には多大なデメリットがあった。
八幡が操作する要因以外で操作するものが動いたり壊れたりすると、彼にとっては手足が破壊されているのと同じ感覚を受ける。
程度にもよるが、手足を触られる様な感覚から、切断される様な感覚まで。
「脳無のオールマイト並みの速度で迫られても反応できたのは…彼の並外れた反射神経と、接続した空気を掻き分けられたことへの感知の二つがあって出来た事よ。…常人なら何度も気絶して然るべきような痛み」
「…それ…アイツ、大丈夫なのかよ!?」
「もう慣れたと。二年前の時点では言っていたわ…」
「それを聞いて、あたしもゆきのんも、絶対ヒッキーに無理させちゃいけないって、頑張ってたんだけど…」
浮かび上がった八幡に、回転刃の脳無が迫っていた。
だが、それすら彼は感知できる。
「逃げんのも疲れるんだよ…」
途端に地面から圧縮硬化された巨大な土柱が伸びる。
凄まじい速度で動く大質量の土柱は、削られつつも回転する刃を砕いて回転刃の脳無を上空へと吹き飛ばした。
「!?」
回転が止まり打ち上げられる脳無、向かう先は──空飛ぶ少年。
「
左手が脳無へと伸びる。
それを見とめて電撃を放つ脳無。
常人なら死ぬような一撃をもらっても、怯みすらしない脳無。
放電が当たり、体中が痺れる八幡。
「がっ!!」
その隙に刃を再び全身に武装する脳無。
八幡は空中で落下を始め、回転刃脳無へと落ちていく。
「ひっ!!」
「比企谷ぁ!!!」
折本や葉山、生徒たちの叫ぶ声が響く。
そして、その声に呼応するかの様に再び動きを取り戻す八幡。
再び左手が脳無へと伸びる。
呆気にとられたかのように左手に触れられる脳無。
途端に気絶し、回転し始めていた身体が止まる。
「よ…うやく、一体目だ」
ひとり言を溢すのも一苦労だ、と宙に浮く八幡。
気絶した回転刃脳無は地面から土の触手が何本も伸びて地中へと引き摺り込まれていく。
これで残り二体。
「あっぶねえ!今のマジでやばかったぞ!」
「何で電撃食らってすぐに動けたんだ!?俺たち、上鳴に放電された時すぐには動けなかったぞ!」
「神経は微弱な電流によって伝達される!感電すると人間が動けなくなるのは電位が乱されるからだが……奴が動けたのは個性因子による神経操作のお陰だろう」
だが、今のは確かに危なかったと平塚。
電撃を喰らってすぐに動ける保証などなく、八幡にとっても賭けだった筈。
つまり、彼は勝負を急いだのだ。
(あの慎重な比企谷がそこまでするとは…やはり、急いで爆弾を探す必要がある!)
だが、観客席ではまだ爆弾が見つかっていなかった。
というより、感知系ヒーローの捜索では“ない”ということに結論つけられてしまったのだ。
その報告を直接受けたエンデヴァー。
「ないだと!?」
「ブラフかもしれません…!」
「…!!」
「いや、あると考えて進めるべきだね」
エンデヴァーのそばでサイドキックの報告を聞いていた陽乃が否とはっきりと告げた。
確かに何かしらの確信・根拠がなければ
だが、それが何なのかがわからない。
「し、しかし!不審物もなく…」
「不審人物は?確認した?」
「え?もちろんそれも…」
「…擬態か」
「!!」
サンアイズの問いに、最悪の結果を思い浮かべるエンデヴァー。
爆弾はない。
不審人物もいない。
だが、脳無という複数個性持ちが今目の前にいる以上、あらゆる可能性を考える必要がある。
「一般人に擬態して…自爆する脳無!?」
「うん、有り得るね」
「し、しかしそれでは尚更…!!」
「…イレイザーヘッドに丸投げってのも出来ないし…どうするかなあ」
死柄木たちが現れてからある程度時間が経ち、観客たちも多少落ち着いたが、それでもパニック危機があるのには変わらない。
彼らに疑いの目を向けると、またパニックが起こるのは必至だろう。
「プッシーキャッツは来ているな?あそこにはサーチという個性を持つラグドールがいる」
「彼女も端から不審人物を探してはいるのですが…一度に把握できるのは100人までです!時間がかかります…!」
「…多分、比企谷君もそこまでは知らないよね。知ってたら既に教えてくれている筈」
爆弾の数も所在も規模も不明。
陽乃は、未だ死闘を続けるグラウンドの少年を見る。
「…たった1人のヒーローに、託すしかないってことかな…」
「…エンデヴァー、お前…速いよな?」
「!」
ミルコがエンデヴァーを見る。
挑発的だが、エンデヴァーをある意味信頼するような視線だ。
ミルコの問いは、死柄木が爆弾である脳無に爆破をさせても、爆破させるまでにその脳無を仕留められる速さを持っているよな?という意味だった。
その意図を捉えていたエンデヴァー。
だが、可能かどうかは別である。
「…貴様の考えていることはわかる。だが数と位置が不明なのだ!それさえせめてわかれば…」
「オールマイトもいるんだ。3人いれば何とかなるだろ!」
「…」
「…あの」
声を発したのは一色いろは。
白熱しかけていたエンデヴァーとミルコに声をかける。
「…私、個性使っても良いですか?」
「…なに?」
「多分ですけど…私なら、その爆弾
一色の言葉に驚く一同。
思わぬ解決策が傍にいた。
「たしかいろは先輩の個性って…色覚ですよね?」
「うん。人の個性の強さが壁や物を透けて強調されて見えるの。だから…多分、複数個性を持つあのキモいのなんかははっきり見える筈。本当にあのキモい…脳無だっけ?アレが観客に紛れてるならわかるんです」
試しにとエンデヴァーと小町を、個性を使用して視る一色。
小町はまるで変化がないそのままだったが、エンデヴァーの方は煌々と赤いオーラを発していた。
次に、グラウンドで戦っている八幡と二体の脳無を視る。
八幡はその両手両足に一際強い黒と灰、白、緑のオーラを発している。
オールマイト用脳無は黒と黄色のオーラを、三体目の上位脳無は青、紫、黄緑のオーラを霧のように漂わせていた。
「アレなら行けそうです!なんか、脳無の方は霧のようなオーラになってます!他の人間と違って見分けやすいかも…!」
「改造されまくってるからか…それとも…いや、今そんなことはどうだって良いね!いろはちゃん、この会場広いけど…いける!?」
「いけなくてもやります」
はっきりとした口調で陽乃に返す一色。
グラウンドで黒腕を掻い潜りつつ、反撃の糸口を掴もうとしている八幡を見る。
「いま、先輩を助けることができるのは私だけ。なら、やる以外の選択肢なんてないですよ」
「いろは先輩…」
「それを後で教えて恩を売りつけれますからね♪」
「…いろは先輩小町の感動返してください」
「ふふっ…それに、先輩には何度も助けてもらったから」
呆れた小町の頭を撫でる一色。
こんなことで中学の頃の八幡への借りを返せるのなら安いことだ。
それに、八幡に死なれたら困る。
(きっと泣いちゃうだろうな、私。二年前だって…人前で大泣きしちゃったし)
「…やります!この人数は時間かかるかもしれないけど…やらせてください!」
「…エンデヴァー。サイドキック及びパワー系のヒーローに通達をお願いします。彼女の責任は私が取りますから」
「いや、俺の責任で構わん。使えるものは使っておけ、サンアイズ」
「…ありがとうございます。じゃ、いろはちゃん遠慮なくやっていいよ。責任は全部No.2が背負ってくれるから」
「おい」
「それなら遠慮なく!」
「貴様ら!!」
珍しく下手に出たと思ったらすぐにこれだ、と陽乃を見る目を元に戻すエンデヴァー。
いろはがすぐに個性を使い始める。
だが。
「お兄ちゃん!!!」
「!?」
「だめ、いろはちゃんは集中して!」
「っ……はい!」
小町の悲痛な叫びにグラウンドを見そうになるが、陽乃の鋭い声に再び観客席を見渡す一色。
グラウンドでは、八幡がオールマイト用脳無に叩きつけられたところだった。
その衝撃で肺の中の空気を吐き出す八幡。
まともに動きにくくなっているのだ。
オールマイト用脳無ではなく、離れた位置にいる三体目の上位脳無を見る。
「音か…!!」
先程から耳の中で轟音が鳴り響いていた。
そのせいで戦いに集中し辛くなっている八幡。
だが、脳無はおろか死柄木や生徒たちはそんな音を聞いている様子はない。
恐らく、特定の相手にのみ音を与える個性。
しかも音は八幡には操作できないものだ。
「地味だが厭らしい……あの老害が好きそうな手だな…!!」
続けて連打を放つオールマイト用脳無。
その全てを避けるか、圧縮硬化した土壁で受ける八幡。
先ほどもらった一撃で、恐らくだが肋骨が折れた。
だが、まだ身体は動く。
例え動かなくなったとしても、個性による神経を全身に張り巡らせればまだ動ける。
接続した空気を切り裂かれる痛みと骨折の痛みに耐えつつ、オールマイト用脳無の攻撃を回避しながら大地を操作する。
「後…少しだ!」
強く地面を蹴ってオールマイト用脳無から10mほど一足で離れる八幡、間髪入れず追いかける脳無。
大地を全力で操作し、間に今日一番の土壁を出現させる。
これで2秒程度は稼げる筈。
そして、その間に爆音の脳無に向かって跳ぶ。
「二体目」
「撃て!!」
死柄木の叫びに呼応し、ぱかりと口を開ける爆音脳無。
その奥に生成された形状を気体操作で感知する八幡。
(槍!?飛んでくる!!)
舌が変化して高速で放たれた長槍、初めて見る攻撃。
だが、それすらも超反応で蹴り飛ばす。
2人の距離は2mとなかったが、その至近距離ですら反応する。
(反射神経はどんな脳無よりも優れてるという結果をドクターからもらってたが…改めて見るとただの化け物だな…!)
八幡の左手に触られて崩れ落ちる爆音脳無。
そのまま地面に飲み込まれていく。
後はオールマイト用脳無のみ。
振り返る八幡だが、その眼前にまで脳無は迫っていた。
二体目の脳無を倒したことで、刹那の刻に息をついたのだ。
痛みに慣れた弊害が、最も危険な時に出てしまった。
「しまっ…」
言葉と同時に土壁が形成されようと蠢いたが、それを突き崩して八幡の胸に拳がぶつかった。
吹き飛んで地面に叩きつけられる八幡。
大量に吐血し、そのまま動かなくなる。
再び鎮まる生徒やヒーロー、一部始終を全国に伝えていたマスメディアたち。
今度は、確かな絶望と共に。
「…ひきがや、くん」
「…ひっきー。…ヒッキー…!!」
──────────
「…ようやく終わりか。梃子摺るコマだった…」
地面から伸びていた土紐は崩れ、大地は一切動かない。
それを見届けた死柄木は、黒霧の方へ歩いて行く。
結局、脳無は一体を除いて全員斃された。
その残った一体も、個性活性化脳無が居なければ復活出来ずに沈んでいた。
生物操作の個性が有効だったのは実証されたが、八幡自身の個性がデタラメなのも改めて実証された。
(とりあえず黒霧を目覚めさせて…ああ、個性活性化の脳無が必要だな)
今すぐにでもこの場を去ろうとする死柄木。
勿論、八幡も連れていくつもりで。
オールマイトを殺すための鍵であるこの男が裏切った時点で計画は中止だった。
裏切り者に恐怖を思い知らせる必要があると脳無をけしかけたが、八幡がここまで戦えるとは思っていなかったのだ。
そんな状況を、怒りのままに動き出そうとしている男がいた。
「…もう、我慢ならん!!」
何が平和の象徴。
オールマイトは、死柄木たちは勿論だが、自らに対して憤っていた。
人質を取られるなど今までにもあったし、その都度解決していた。
結局のところ、今の自分はオール・フォー・ワンを相手にしているという恐れと、八幡の立場に甘えていただけに過ぎないのだと叱咤する。
爆弾をどうにかする必要はある。
だが、それと引き換えに目の前の少年を助けられないなどあって良い訳がない。
「待ってください…オールマイト」
「…申し訳ありません、スクリームフィスト。それだけはできません…!!」
怒りのままに動こうとしていたオールマイトを止める平塚。
その拳と唇からは血が滲み出ていた。
彼女も我慢している、それを見受けるオールマイト。
だが、それでも動かねば。
「まだ、終わっていません…!」
「しかし!!」
「ここからです」
「!?」
「満身創痍。今の奴を表すならその言葉が一番でしょう。瀕死とも言えるかもしれません。しかし!!…奴の雄英への気遣いと…ヒーローとしての心を!雪ノ下の計画を!…無碍にしないでください」
ハッと雪乃を見るオールマイト。
目に涙を浮かべ、自身の腕を強く掴む雪乃。
隣の結衣も、雪乃を支えつつ、それでも八幡を見つめていた。
オールマイトも同様に、未だ動かぬ少年を見て佇む。
「…比企谷、少年…」
「わかっています、今…比企谷を助けなければ…奴は死ぬかもしれない!このまま連れ去られてしまうやも!だが…!!ここで奴が勝てば!奴は全てが報われる!!この二年も、奴がヒーローを目指した日々も…全てです!!」
平塚静はずっと見ていた。
中学に遅れて入学し、その性格も相まって誰とも馴染めなかった比企谷八幡。
だが、彼の経歴と個性に対するスタンスを見て、何とかこの少年に活路を開いてあげたいとエンデヴァーに接触してもらった。
個性を使い、己の個性と向き合い、ヒーローへの道を遅れながらと走り出した。
奉仕部へ無理矢理だが加入させ、八幡が築き上げた絆は、不完全ながらも彼にとって転機となり、彼は変わった。
思いがけず、顔を隠しつつもヒーローの卵としてデビューした八幡。
これから彼らしく、ヒーローとして活躍してくのだろうなと未来を思い描いていた矢先に、彼は最悪の事件の当事者となった。
そんな比企谷八幡が今、ヒーローとして戦っている。
その未来を掴もうとしている。
「比企谷の未来を…捨てさせたくはありません。今、奴を助けて…そのせいで観客たちが死んだら、誰かが傷付いたら!…例え生き残ったとしても、奴は二度と立ち上がれなくなる!比企谷はそういう性根の男です…」
「それはわかっています!!しかし!今死んでは元も子もない!!」
「…信じて」
ぽそりと、雪乃が溢した。
涙を流しながら、それでも彼女は言葉を続ける。
「比企谷君を…信じてあげてください、オールマイト」
「…雪ノ下少女」
「私は……わた、しは……!…信じます」
そんなことは八幡にも直接言ったことはない。
任せる、助けてほしい。
それらとは違う、はっきりとした信頼。
不確かな言葉ではなく、初めて他人に見せる八幡への言葉。
そんな雪乃を見て、今の自分にできることをしようと涙を堪える結衣。
すう、と息を吸う。
「…ヒッキー!!頑張って!!」
「結衣!?」
死柄木たちに目をつけられるかもしれない、とは思った。
だが、そんなことより重要なことがある。
それに、そんな危険なことはさっきもうやったから、と声をかけてきた三浦を見返す結衣。
三浦もそんな結衣を見て、続けて八幡を見て想う。
今、戦えない自分にできることを。
「…ヒキオ!!さっさと起きる!!」
「比企谷ー!!」
「ヒッキー!諦めちゃダメ!!」
「八幡!!頑張れー!!」
「死ぬな比企谷!!起きてくれ!!」
「あんた…死んだら恨む!!あんたに言ってやりたいことがあるんだから!!」
沙希も、戸塚も、葉山も、相模ですらも。
戸部や、先ほど加勢に対して否定的な意見を出した海老名も大声を挙げ始める。
それを見て、力無く戦いを見つめていた生徒たちも声を挙げる。
「比企谷ー!!死ぬなー!!」
「お前すげえ強いんだろ!?強いんだろ!?起きてくれ!!」
「ノーアームズ!!」
「勝ってくれノーアームズ!!」
「私に勝っただろ!?負けるな起きろ比企谷!!!」
その熱が伝播し、観客たちやヒーロー達も声を挙げる。
彼が元々
そんなことは彼らもわかっていた。
だが、今縋れるヒーローは1人しかいない。
人質の影響もなく、縛られる許可や物もない少年。
命の危機に晒された時、人間の行動は正直である。
救いをもとめる人々に、彼は。
「…寝れ、そうにも…ないな…」
やはり、立ち上がった。
立ち上がってしまった。
いくら何でも、それはないだろうと思っていた死柄木。
オールマイト用脳無の拳を二発もまともに喰らっているのだ。
その力を一度その身に受けたイレイザーヘッドも、その目を見開いていた。
恐らく身体はもう動いていない。
個性の神経を使って無理矢理動かしている筈だ。
「…死柄木…」
「…」
「…オール・フォー・ワンに宜しくな。…いつか、オールマイトにやられとけってよ……」
「死ぬぞお前。それ以上動くと…」
「…かもな」
けど、とオールマイト用脳無に向き合う。
力無く、だが確かに、彼は笑った。
「今ここで…寝てる方が……ノーアームズが死ぬってことだろうが…」
「…バカが」
ヒーローなんてものになろうとするからそうなる、と脳無に命令を下す死柄木。
殺せと。
最早死柄木たちに協力する気はないだろう。
なら、せめて殺して脳無の素体にでもしなければ割に合わない。
動き始める脳無。
トドメを刺そうと右腕を後ろに引く。
「やれ!!!」
「え!?」
響いたのは、死柄木の声ではなかった。
エンデヴァーの号令を聞き遂げたワイルドワイルドプッシーキャッツのマンダレイ。
彼女のテレパスを受け取った、観客席に散らばっていたヒーローたちが一斉に動く。
ミルコや虎、エンデヴァー事務所サイドキックのバーニンたち、そして本人のエンデヴァーが、観客たちの中に紛れていた1人の人間にそれぞれ襲い掛かっていた。
「え!?」
「ひ、ヒーローたち何してんだ!?」
「まさか!」
一般人を攻撃した訳ではないだろうと推測するオールマイト。
そして、各ヒーローによってダメージを受けた自爆用脳無たちがその擬態を解いて姿を現す。
個性を使用し始めた一色は、わずか3分で観客席を組まなく隅々まで見渡し、擬態していた脳無たち合計8体を探し出すことに成功していた。
更にマンダレイの号令が飛ぶ。
『確実に気絶させてください!個性を使用させないで!!』
「脳無!?紛れてたのか!?いつの間に…!!」
「いやでもこれで!!ヒーローが動ける!!」
今なら動ける、とオールマイトが動き出す。
だが、そんなオールマイトよりも早く、彼は動いていた。
脳無が止まっている。
状況の変化など脳無には意味はないが、死柄木は違う。
その死柄木の命令を待っていたのだろう。
なら、今ならやれる。
そう考えていた八幡は、既にその準備を終えていた。
「固体圧縮率…1000%…」
瀕死の体に鞭を打ち、大地から圧縮した土のガントレット、そしてグリープを身につけた八幡。
これでオールマイト用脳無に真正面から対抗できる。
腕の動きに合わせつつ、今日一番の硬度で作製した防具を固体操作で動かして加速させる。
「沈め!!」
脳無の胸に先に一撃を叩き込み、地面へと減り込ませる。
両足は雪乃の水と接続、八幡の背中と腕、足をジェットのように押し込んでいく。
同時に、観客席での状況を把握したイレイザーヘッド。
オールマイト用脳無と未だ張り付いていた個性活性化脳無に対して、抹消の個性を使用。
二体の個性を消す。
USJでの重傷が治ってないイレイザーヘッド、個性の使用できる時間はごく僅かだ。
更に続けて拳と蹴りを叩き込んでいく八幡。
脳無にショック吸収されず、再生も行われないことにすぐに気がつく。
ここしかない。
ここを逃したら勝機はない。
気体操作と液体操作による大気と水を加速装置と化し、自分自身を脳無へと押し込み、ラッシュを叩き込んでいく。
大地が八幡の両手両足に更に集まり、その質量が増す。
ヒーローとして、なんて大それたことは一生言えないと思っていた。
物心つく前から自分は罪人で、個性なんてずっと使わないものだと本気で思っていた。
だが、何故かいつのまにかヒーローになろうとしていた。
こればかりは、きっとあの2人のおかげだろう。
だが、そんな夢のような日々は、脅されたとはいえ
それでも、今日。
雪乃の想いや結衣の言葉が、この場に居合わせた様々な人々の声が。
彼の背中を押していた。
(…雄英高校。いつか俺も行くと思ってた…。今となっちゃあ…絶対に叶わない。だから……今日だけ、借りる…その言葉を…!)
ヒーロー最高の育成機関で、その校訓を胸に、誰もがそこでヒーローになると夢を見る。
今この時だけでもヒーローで居たいと願った少年が、かつて見た夢と共に、叫ぶ。
更に向こうへ。
「
硬化した大地を背にした脳無に、最硬にして最速の蹴りが叩き込まれる。
血を吐き骨が折れていく脳無。
「あああああああああああああああ!!!!」
どんな時でも声を荒げることのなかった少年は、その日一番の雄叫びをあげた。
達観し、腐ったような目をしていると何度も評された。
だが、それでも。
その瞬間、まさしく彼はその場で一番“ヒーロー”だった。
大地がひび割れ、砕ける。
轟音と共に再び割れるグラウンド、巻き起こる砂煙。
「うわああああああ!!」
「なんてパワーだ…!!!」
比企谷八幡の全力の固体操作と身体強化による最高の蹴り。
その余波を受けて、グラウンドに立っていたほとんどの人間は皆地面に座り込むか倒れていた。
次第に揺れが止まり、砂煙が晴れていく。
「ど、どうなった…!?」
「比企谷くん!」
「ヒッキー!!」
「2人とも待て!私が行く!!」
オールマイト、平塚の両名が直ぐに衝撃の中心地点に走る。
そして未だ煙が立ち込める中、地面から伸びた大地の糸によって縫い止められた上に、気を失って動かない脳無二体がまず目に入った。
しかも別々に縫い止められ、万が一にも復活されないようにされてる。
そして、そのうちの一体──オールマイト用脳無の上に立っていた八幡が視界に入った。
「こんな時でも…相変わらずというか、何というか…余念がないな」
「…少年…比企谷少年!」
「…お…る…。…ひら、つか…せ」
「バカもの、喋るな。ゆっくり休め…」
「…言いたいことが山ほどあるよ。後で…だけどね」
その姿を見た雪乃と結衣の2人が真っ先にその英雄の元へ駆け出した。
オールマイトと平塚に支えられた八幡へと飛び込む。
その衝撃で再び激痛が走るが、顔を顰めるだけで珍しく文句も言わない八幡。
やっと、戻ってこれたのだ。
「ヒッキー…本当に、無事でよかった……!!」
「無茶をさせたわ……ごめんなさい。…でも、貴方は…私の期待に応えてくれた」
「…ゆきの、した……ゆい、がはま…」
「おかえり、ヒッキー」
「おかえりなさい、比企谷くん」
「…ただ、いま…」
傷ついた両腕で、2人の背中におずおずと手を伸ばす八幡。
やっぱりコイツはコイツだな、と溜息をつく平塚。
こんな時くらい堂々としてろと思う。
「…おーる、まいと」
「…」
「…自首を、します…」