その二つは表裏一体。
故に、成り代わるのも簡単。
だが、悪役が英雄になるには、膨大な時間と努力が必要である。
──何故なら、英雄は一人ではなれない。
「やあよく来たね、雪乃ちゃん、比企谷君。サンアイズ事務所へようこそ」
二週間前に八幡たちが会った陽乃は私服だったが、今回はコスチューム姿だった。
名前にもある太陽のような色合いに、脚線美を魅せるタイトパンツ、身体の線が出るようなブラウス。
女性らしさがふんだんに現れている一般女性の私服のようだが、その個性故に彼女に防具は必要ない。
席についている陽乃の横に秘書のように立つ城廻は、羊を模したようなボディスーツを着用し、ファーが首周りを飾り付けていた。
だが、彼女のお腹周りと腰部分は素肌が見えている。
(城廻先輩の個性は確か…。まあ、素肌見えてる方が有利なんだろうが…。1-Aの創造の個性の女子と一緒か)
名前をまだ覚えていない八幡は、心中ですら八百万の名前が出てこなかった。
「どう?比企谷君。我がヒーロー事務所は。結構立派でしょ」
「自宅込みですよねこれ」
「いや?一階から三階まで全部事務所活用スペース」
「…どれだけ金あんだよ。雪ノ下さん一年目ですよね?」
「二年目だよ、高3で事務所立ち上げたからね」
「…性急に事を進めましたね」
「それ、貴方にとって藪蛇よ」
雪乃の言葉に怪訝な顔をする八幡。
何のこっちゃと首を傾げるが、2年前と聞いてハッとする。
2年前、八幡が消失したタイミング。
誘拐前はサンアイズ事務所は立ち上がっていなかった。
事務所を立ち上げる事で、陽乃は自身の方針でヒーロー活動をすることが出来た。
八幡救出の為の公安委員会への根回しを。
ニヤニヤ笑って八幡を見る陽乃。
「いやー、私も雄英卒業1ヶ月前に立ち上げることになるとは思わなかったねー。ホークスの事務所へのサイドキック入りの話も直前で蹴っちゃったし。失礼な事したなー」
「…この度はご迷惑を…いや、ほんとに…」
「この貸しはたっぷり返してね♡」
「お、仰せのままに…」
「そうそう、そんな感じで私に侍ってね!めちゃくちゃ似合ってるよあははは!」
跪く八幡に女王のように笑う陽乃。
元から上下関係がはっきりしていた2人だったが、その関係が更に加速した。
こめかみを抑えて盛大な溜息を吐く雪乃、ニコニコと笑ったままの城廻。
「とりあえず、2人ともコスチュームにお着替えしよっか。雪ノ下さんからね!」
「はい」
「雪ノ下から?」
「ご、ごめんね?うち、男子更衣室ないの…」
申し訳なさそうな城廻だが、ないかもしれないと八幡。
事前にもらったサンアイズ事務所の資料を八幡は見たが、所属しているのは陽乃と城廻のみ。
女性しかいないのだ。
男子が入る予定はないのかもしれない。
「それとも、ここで着替える?比企谷君」
「悪い冗談はやめてください…。雪ノ下が着替え終わったら更衣室使わせてもらいます」
「ノリが悪いなあ」
「そんな陽キャだかなんだかのノリなんてあるわけないでしょ」
「それが今後の君の改善点になるかも何だけどねえ」
「?」
[newpage]
着替え終わった八幡と雪乃は、陽乃達と共に事務所の外へ出ていた。
通行人が多い街通り。
既に物珍しそうに見られる2人。
「貴方、顔周りは何もつけないのね」
「
「雪乃ちゃんも顔が良いんだから、メディア受け良くするためにね!」
「…まあ、そういうことよ。ところで…その格好は何かしら。スーツ?」
完成した八幡のコスチューム。
黒のスラックスに白のシャツ、腰まである紫のベストにネクタイ。
全体的に細身の八幡に合うようにスリムに作られている。
両手両足には紫が基調となった揃いのガントレットとレガースが装着され、近接戦での戦闘が意識されている。
レガースの足の側面には空気穴がいくつか空いており、足の裏まで穴が繋がっているような構造となっていた。
「スーツが戦闘服って、サー・ナイトアイやギャングオルカみたい!かっこいいよ比企谷君!」
「ど、どうも…」
「雪ノ下さんも、雪の精だね!可愛いなあ、ファン獲得間違いなしだよ!」
雪乃は和装のようなコスチュームだった。
だが、着物のような両足が揃ったものではなく、白い武闘着を拵えたコスチューム。
女性らしさを表すためにスカートをつけ、少女らしさを魅せていた。
「比企谷君、ちらちら見ないでちょうだい。このヘタレ」
「もっと見ろってこと?雪乃ちゃん」
「姉さんは黙っていて」
「…いや、まあ似合うなと」
「…そう」
押し黙る八幡と雪乃。
2人とも普段お互い見ないくらい素直である。
何せ、八幡がプロ免許を仮獲得してから初のヒーローデビュー。
2年間の耐え忍んだ日々を思えば感慨深いものがあるだろう。
それ故に、2人とも今日くらいは心からの言葉を話そうと思ったのかもしれない。
(…普段からこうなら話は拗れないんだけどねえ)
陽乃もまた珍しく2人を呆れたように見ていた。
何故これが普段から出来ないのか。
八幡も雪乃も普通の子供ではなかった為に、対人コミュニケーションが死ぬほど苦手なのだ。
城廻は城廻でにこやかに八幡と雪乃を見つめている。
「うん、やっぱり2人は仲良しさんだね!こうでなくっちゃ!中学の文化祭の時もすごい息の合い様だったし…!」
「し、城廻先輩?」
「さあ、今日から頑張っていこう!おー!」
「「お、おー」」
ただ、八幡の方に関してはこれから本気で改善する必要がある、と陽乃。
流石にヒーロー業務に関しては積極的とは言わずとも、仕事に支障のないように務めてもらう必要がある。
(職場体験後は比企谷君には大事な仕事が待ってるし…そのせいで本人がまた嫌そうな顔するかもしれないけど。…でもそれも楽しみだからいっか♪)
「今は午前10時。今日は一日パトロールの予定だから、早速行こうか」
「普通…ですね。てっきり公安関連のあれこれをやるのかと」
「いやあ、流石に公安の案件を職場体験に来た学生には頼めないでしょ?比企谷君にはそのうちやってもらうことになるけどね」
「…公安の犬にでもなれと」
「私の犬でしょ?」
「はい、仰る通りです」
「…いくら借りがあるとはいえ、もう少しプライドを持ちなさい。せめて人間並みには」
「ばっかお前、人間だから謙って媚びへつらえるんだろうが。犬なら単に甘えるだけだ。俺も甘えたい」
「貴方の甘える姿なんて誰にも需要がないわよ、諦めなさい」
「はーい2人の世界に入らなーい。今日のパトロールは私とノーアームズ。それからアウトスノーとパウンドシープの二組に分かれてやろっか」
「な、何を荒唐無稽な!私と比企谷君が意図してそんなことをするわけないでしょう!!」
真剣に話を聞いてもらう為に茶々を入れる陽乃。
雪乃に関してだけなら掌で転がすなんてわけはない。
八幡は考えがあまり読めない部分が多いが、八幡の方は逆に陽乃の意図を簡単に汲み取る為、今も話を聞けってことかと陽乃の方を真っ直ぐ向いている。
ちなみに、パウンドシープは城廻のヒーロー名である。
「巡回ルートは私とパウンドシープから案内するからね。12時30分に事務所集合!じゃ、解散!」
パッと陽乃に手を取られ、連れられる八幡。
驚いている間にずるずると連れていかれる。
雪乃がまたもや陽乃を諌める声が聞こえた気がするが、八幡には気にするほどの余裕はなかった。
一体何を考えてるんだこの人は。
ヒーローとサイドキックの距離感をわかっているわけではないが、絶対にこれはおかしい。
──────────
「さ、2人でデートに行こっか」
「ぱ、パトロールでしょ」
「ツレないなあ」
「変な噂立ちますよ」
「わかるでしょ?別に良いのよ」
「俺は困ります」
やんわりと手を離させ、周りを見渡す八幡。
サンアイズ事務所の地区は、高級住宅街や敷居の高い店が立ち並ぶ大通りがあるような市民街だ。
街行く人々が陽乃の方に手を振って声をかけてくる。
「サンアイズさーん!」
「はーい」
「パトロール頑張ってくださーい!」
「サンアイズー、こっち向いてー!」
老若男女問わず陽乃に向かって声をかけ、その全てに向かって陽乃はコンタクトを返す。
元々人心掌握がかなり上手い陽乃であったが、彼女は正しく現代のヒーローというであるという印象を八幡は持っていた。
「新しいサイドキックですかー!?」
「男!?パウンドシープは!?」
陽乃の後ろを歩いていた八幡にも注目が入る。
顔を隠したいが、顔を隠せるようなコスチュームではないし、腕で顔を隠せば印象が悪い。
これを見越してコスチューム会社を斡旋したんじゃないだろうな、と陽乃を見遣る。
「この子?この子はねー」
「ていうか、どっかで見たことが…」
「きゃああああ!!」
「危ない!!」
陽乃が声をかけてきた道路向かいの女子高校生に言葉を返そうとした時、2人の後方から悲鳴が上がった。
なんだ、と後ろを振り向くと歩道に乗り上げて暴走する車。
車の運転手はハンドルにもたれかかって気絶しているように見えた。
陽乃を見ていた高校生の一団に突っ込もうとしている。
「パトロール早々かよっ!」
瞬時に地面のコンクリートと接続、女子高校生の一団の地面とタイミングを見計らって車の真下の地面と接続。
高校生の一団をコンクリートの足場ごと車よりも真上に持ち上げ、車の方は前輪と後輪の間をコンクリートを変形させて掴み、車輪部分を地面から離す。
その間、わずか0.2秒。
瞬く間に変化していく状況を掴めず、目を白黒させる人々。
車の方は未だタイヤが回転しているが、何にも触れずに空回りしているためコンクリートの巨大な手からは抜け出すことはなかった。
「運転手気絶してるね。比企谷君は電子機器は操れたっけ?」
「無理矢理電子機構無視して動かすことはできますけど壊れますよ」
「あ、そっか。んじゃあコンクリート操作してドア開けて、運転手出そっか。私は高校生たちに怪我がないか見るから」
事故の間全く動かなかった陽乃がスタスタと女子高校生達の方へ歩いていく。
まるで八幡が動くのがわかっていたようだった。
というより、わかっていたんだろう。
コンクリートの細い触手をもう一本変型させ、運転席のドアを開ける。
やはり気絶していた運転手、右足が前進ペダルにかかってしまっていた。
とりあえずペダルから足をどかし、身体にコンクリートの触手を差し込んで運転席から静かに下ろす。
タイヤの空回りも止まり、車をそっと下ろした八幡。
運転手に駆け寄って様子を見る。
「…雪……サンアイズ、やはり気絶しています。救急車を」
「もう呼んだよー」
「…了解」
車に入り込んでエンジンを切り、改めて車を道路の脇に移動させる。
あとは変形させたコンクリートを全て元の位置に戻したら一旦状況整理は終わる。
「あ、あの!」
「!」
八幡に声をかけたのは先ほどの高校生の1人だった。
ガバっと頭を下げる。
「助けていただいてありがとうございました!!」
「…ああ、いえ」
「ぜ、是非ヒーロー名を!ファンになりました!」
「…ノーアームズ」
「え」
改めて女子高校生に顔を見られる八幡。
むず痒い気持ちを抑えてとりあえず目だけ逸らす。
あ、と声を上げる別の高校生。
「雄英体育祭の!」
「あ、ほんとだ!すごい強かった…比企谷八幡君!」
「
やはりまだ、人々の目は八幡に疑いの目がかかっている。
ここを改善する必要があるんだよねえ、と陽乃。
現場確認を終えて後ろから高校生達に声をかけようとする。
「で、でも!助けてくれたし!」
始めに八幡に声をかけた女子高校生が改めて八幡へ向き直った。
パッと八幡の手を取る。
「ありがとう、ノーアームズ!」
「…き、気をつけてください」
「はい!」
「君たち運が良かったねー」
にひり、と笑った陽乃が高校生達に声をかける。
呆気に取られた顔をする高校生たち。
事故に遭いかけて運が良かったとは何かわからなかったのだ。
「将来のトップヒーローに一番最初に救助されたって自慢できるよ?」
「え!」
「ちょ、雪ノ下さん…」
「サンアイズ、でしょ?ノーアームズ」
「…サンアイズ、買い被りすぎですよ」
「はーいみんな、ご紹介しまーす!」
ちゃんとヒーロー名を呼び直した八幡を無視して事故現場に集まっていた人々に声をかける陽乃。
なんだなんだと皆が注目する。
「この度、私サンアイズの事務所でサイドキックをすることになった、ノーアームズだよ!まだ高校一年生だけど…見ての通りの実力なので、これから応援お願いね!」
そして八幡に大量の視線が移る。
なんてことしてくれやがったと陽乃を見るが、陽乃はニコリと笑って黙ったままだ。
これは何かを喋らなければいけない空気というやつだろう。
その空気を読まずに逃げたい。
だが、ここまでお膳立てされて陽乃の機嫌を損ねる方が後に面倒なことになりそうな気がする。
それにヒーローをやっていればこんなことなど日常茶飯事なんだろう。
今だけ、相澤が羨ましかった。
「…ナーヴヒーロー・ノーアームズです。以下略」
「以下略て!」
「なんか面白いやつだな!」
「もっと胸張れー!」
「かっこよかったぞー!」
「目を光らせろー!」
「どう?気分は」
「…」
「命のやりとり…。その後に出てくる称賛の言葉も、君の嫌いな馴れ合いの末に出てくるものだと思うの?」
「まさか。流石にそこまで捻くれてませんよ」
「中学時の拗らせ具合を思うと全く信じられない言葉だねー」
救急車のサイレンが聞こえ始めた。
もう1分とせずに到着するだろう。
運転手をコンクリートの担架に乗せて準備する。
だが、陽乃の言葉が八幡の胸に突き刺さった。
「ただのおべっかや、取り繕う言葉なんかじゃない。そんなことは、君にも…私にも。わかることだよ、比企谷君」
救急隊員と警察に運転手を引き渡して事故現場の状況を引き継ぎ、2人のパトロールはその後滞りなく続けられた。
そして12時30分。
「おかえり、パウンドシープ。アウトスノーはどうだったかしら?」
「もちろん、流石の一言ですよ!困ってる人をすぐに見つけますし、その対応がまた完璧!でも、ちょっと愛想が…」
「雪ノ下に愛想なんてあるわけないですよ。そんなものカレーに桃が入ってないよって由比ヶ浜が言うようなもんです」
「…それは、実はありえるんじゃないかしら」
「…そうだな、俺が悪かった。例を変えよう」
「そもそもの貴方の発言から否定してあげるわ」
「ま、雪乃ちゃんには向いてないからねー性格的に。媚びないヒーローもいるにはいるし…。次代のヒーローって感じじゃないけど」
雪乃だけではなく八幡の方も見る陽乃。
愛想がないのは当然八幡もだ。
ただ、そんな彼も先程の事故処理の後は声援をもらうようになった。
エンデヴァーやエッジショットのようにファンサをせずにトップヒーローになった者たちはいる。
だが、雪乃よりも八幡の方は
というより、させると今彼に向けられている疑問の視線が晴らせない。
「とりあえず、午後からは基礎トレだね。また夕方、交通量や人通りが増える時間帯にパトロールするから。それと、明日は私がいないから3人1組でパトロールをお願いね」
「了解です、サンアイズ。公安案件ですか?」
「そ。比企谷君関連で無茶なお願い通したからねー。こっちにもけっこう仕事が返って来るんだよ」
「…」
「あ、もし申し訳なく思ったらうちの事務所に専属契約結んでも良いからね?比企谷君♪」
「姉さん、それは一種の脅迫になりかねないわよ」
「冗談、冗談!でも、比企谷君が望めばもちろん大歓迎だよ」
楽しそうに事務所に入っていく陽乃。
それを見送る3人。
「…妙に機嫌が良いわね」
「やっぱりそうか?」
「うん、そうだね。きっと楽しみにしてたんだよ。雪ノ下さんや比企谷君と同じ事務所で働くのを」
城廻がポジティブな見方をするが、八幡はどちらかというとネガティブに物事を考えがちである。
ちなみに雪乃は感情を挟まず客観的に物事を見る。
「あの魔王がそんな子どもみたいな考え方しますかねえ…」
「あ、ひどいなあ比企谷君」
「姉さんは自分の思う通りにやるし、それを為すための実行力があるのよ。だから自分の好きなものは必ず手に入れる。貴方もそうやってもらわれたんじゃないかしら」
「…逃げれないか?」
「わかりきってることを聞かないでくれるかしら」
──────────
翌日の9時00分。
前日と同じ様に、事務所前に集まった4人。
だが、陽乃だけは手荷物を持ったスーツ姿だ。
「じゃ、行ってくるからね。お留守番とパトロール、それから2人の面倒をよろしくね、めぐり」
「はい!大丈夫ですよ、2人とも優秀ですから!」
「確かに、2人は実力とかよりもそれ以外が問題だからねー。アピール力とかコミュニケーション力とか」
「姉さん、こんなのと一緒にしないでちょうだい。コミュニケーションは私は人並みに取れるわ」
「ちょっと?確かに俺は最初から伏せって話しかけるなオーラを作れるがな、初手から罵倒に入るお前を人並みとは言いたくないぞ」
「貴方はそもそもの姿勢が問題なのよ。話しかけても問題なさそうな顔をすれば良いのに、最初から話す気がないじゃない」
「おい、それは俺の顔の造形がもうダメって話だよな」
「じゃ、行ってきまーす」
「いってらっしゃい、はるさん」
八幡と雪乃をスルーして駅に向かい始める陽乃。
からかうと面白かった2人。
だが、八幡が戻ってきてからは無くなった2年間を埋める様に2人は距離を縮めている。
どちらかと言うと雪乃が迫り、八幡はそれに満更でもないように受け止める。
(…ま、体育祭で大分2人ともぶっちゃけてたし、功を奏したわけだね)
それはそれで良い。
どんな形であれ、陽乃は八幡を逃すつもりはなかった。
歩き去っていく陽乃を見送る城廻。
さて、と2人に声をかける。
「じゃあ3人でパトロールだ!比企谷君は…じゃなかった。ノーアームズ君は初めてだね!がんばろ!」
おー!と昨日と同じ様に腕を上げる城廻。
吃りながら釣られて声を上げる八幡。
ハッと我に帰る。
「めぐりっしゅ☆パワーに逆らえない…」
「めぐ?」
「貴方は大抵のものに逆らわないでしょう」
3人で昨日と同じように歩き始める。
城廻が先頭を歩き、その左右後ろに八幡と雪乃が位置していた。
直ぐに城廻が道中や店を構える人々に声をかけられ始めた。
それに対して手を振って応える城廻。
「…下手したら昨日のサンアイズより人気だな」
「サンアイズよりもパウンドシープの方が人当たりが良いんじゃないかしら。姉さんはどちらかというと人気受けするというよりもカリスマを持っているのよ」
「ああ、それはわかる。あの人に対する友人や知り合いの接し方って葉山の超強化バージョンだよな。しろ…パウンドシープはこう…癒されるんだよな。サンアイズには絶対できんそんなこと」
「さ、流石にそんなに褒められると照れるね…」
照れ照れとした城廻に、前方から小さな女の子が走って来るのが目についた。
ゴシックロリータの服装のピンクのツインテール、目元にクマがついている女の子だ。
すぐさま口を開いて城廻たちに叫ぶ。
「ひ、ヒーローの方々!実は落とし物をしてしまって!一緒に探してほしいのだけれど!」
「わかりました!では一緒に…」
「あ、でもごめんなさいそこの男の方!確かノーアームズと言ったかしら!?」
「?」
首を傾げる八幡。
名指しで呼ばれるほどまだ知名度はないし、体育祭での比企谷八幡=今のコスチューム姿の八幡とはそう簡単に結びつかないはずだがと疑問に思う。
「ちょ、ちょっと男性の貴方は遠慮してほしいの!デリケートな落とし物なのよ!」
「成程。じゃあ俺は巡回ルート周ってますね」
「…アウトスノー。悪いけれどあの女性の方を助けてあげてくれる?」
「…はい」
城廻と視線を交わした雪乃が一瞬躊躇った後、ピンクの女の子の後ろにつき、女の子の案内の元連れられていく。
含みを持った声で城廻に声をかける八幡。
「パウンドシープ…」
「…大丈夫。アウトスノーの方は大丈夫だよ。それよりも…警戒して進もう」
「ま、警戒して損はないですからね。警戒し過ぎて人との関わりを断つまである」
「もう、コミュニケーション能力は大事だよ?連携取らなきゃだからね?」
今度は城廻と八幡で横並びになってパトロールを続ける。
雪乃と女の子がそれた横道の方を見るが、2人の姿はない。
かなり遠くに連れていかれたようだ。
だが、先程の女の子にもし何かあるとしたら狙いは雪乃ではない。
さっきの言い方では雪乃がついていくか、城廻がついていくか、はたまた2人でついていくかがわからないからだ。
つまり、何かあるとすれば名指しで拒否された八幡の方。
城廻も雪乃もそう考えたから八幡の方に人数を増やした。
雪乃が躊躇ったのはその為だ。
何かあるかもしれない八幡から離れるのを嫌がったのだ。
そして、やはりその予感は的中した。
「す、すまないそこのヒーローコンビ…」
今度はなんだ、と2人は声をかけてきた銀髪の男性に向く。
40代、いや30代くらいだろうか。
これまた銀の、良い顎髭と口髭を貯えたナイスミドルだ。
「実は、娘と逸れてしまったんだ。探すのを手伝ってもらえないだろうか?」
「それは大変ですね!もちろんお手伝いします!どんな娘さんですか?」
「すまない…。ピンクのツインテールにお人形のように可愛らしい女の子なんだが」
「あ、それさっきの!同じ事務所のヒーローが今一緒に落としモノ探しをしてます!」
「おお、それは僥倖!早速だが連絡をとっていただけないかな?実は、スマホを家に置いてきてしまって…」
「はい!」
ただのドジな親子か?と勘繰る八幡。
それとも、最悪の場合は。
スマホを耳に掲げて暫く待つ城廻。
しかし、通話が繋がらない。
「…あれ?変ですね…繋がりません」
「…俺の方も繋がりませんね」
同じようにスマホを取り出した八幡が試すが、電源が入っていないか電波が届かない恒例のアナウンスが流れるだけ。
城廻のスマホも八幡のスマホも通信状況は悪くない。
普通に通信ができる状態のはず。
雪乃の方に何かあったか。
雪乃がまさかスマホを忘れる、又は電源を切らしているなどというミスは犯さないだろう。
「戻りますか?」
「そうだね、一緒に戻ろうか」
「て、手分けして探した方がいいのでは?2人のスマホは通じるんでしょう?」
「…それも、そうですね」
「ノーアームズ、それは…」
男性の提案に乗る八幡。
城廻がそれに待ったをかけようとするが、八幡はそれを目で止める。
「迅速な解決を。最善の手を取るなら手分けして、
「!」
城廻めぐりの頭の回転は良い。
何せ、あの陽乃が可愛がる後輩であり、陽乃の跡を受け継ぐ形で中学の生徒会長を二期連続で務めた人物でもある。
だからこそ、今の八幡の言葉の裏を読めた。
今この状況は明らかにおかしい。
なら、早めに解決すべき。
八幡は、その為にこの男性の誘いに乗ると言っているのだ。
(今ならまだ、こちらがある程度コントロールできる状況にある。ここを乗り切ったとしても次は何を仕掛けられるかわかったもんじゃないからな)
少し考えた後、頷く城廻。
「…わかった。なら、ノーアームズはその男性と一緒に探してくれる?私は別の方を探すから」
「了解です。じゃ、いきましょうか」
「おお、ありがとう若きヒーローよ!」
尻尾を出さないのならそれでよし。
だが、出してきたら即座に捕らえる。
そう考えて、八幡は男性と一緒に城廻から離れていった。
[newpage]
城廻と別離して5分が経った。
雪乃も一応探すがやはり見つからない。
何せ、男性が雪乃が向かった方とは明らかに別方向に誘導していくからだ。
「こっちから来たのだ!」
「むむ、いま我が愛娘らしき姿がいたような!?」
(…おい、演技するならもっとらしくしろ)
わざとらしいにも程がある。
思わず呆れる八幡。
次第にたどり着いたのは表通りから外れた公園だった。
だが、公園といっても遊具は一切ない。
空き地といった方がいいだろう。
人気のしないアパートやビルに囲まれ、日も差さないような暗い空き地だ。
(…ここか)
恐らく、この空き地が仕掛けのある場所。
「ここで…遊んでたんですか?」
「あ、ああ。おかしいな、やはり戻っていないのか」
「それとも」
「?」
「ここで、遊ぶんですか?」
ピクリ、と八幡の言葉に反応して固まる男性。
含みを持たせた問いかけに、男性はやはり八幡の方を見た。
「…どういう意味かね?」
「いや、明らかにトントンとここまで進み過ぎでしょ。俺をここに1人で誘導したがってるのが見え見えでしたよ。三文芝居屋」
「…悪いが、芝居は専門外でね。普段は動画投稿者として活動している」
「動画投稿?へえ、似合わなそうですね」
最早ヒーローから一般市民に対する言葉遣いではない。
だが、八幡の物言いに男性も機嫌を損ねることなく返した。
「悪いが、紅茶を頂いても良いかな?」
「…どうぞ」
「ありがとう、比企谷君」
比企谷君。
そう名前を呼んだ男性は、スーツケースから小さなティーカップとポッドを取り出し、紅茶をカップに注ぎ始めた。
中年時代、果ては雄英に戻ってきてからも雪乃の紅茶でその鼻と舌を肥やした八幡は、それがかなり上質な紅茶だと気がつく。
「…良いモノ飲んでますね」
「おや、わかるかい!?見かけによらず紅茶を嗜むのか!良い趣味だ、続けると良い!」
「ともだ…違うな。クラスメイト…もなんか変だな。…知り合いが紅茶好きなんですよ」
「それはそれは、良い知り合いを持ったね。少々関係が気になるところだが……それはまた今度にしよう。本題に入ろう、比企谷八幡君」
「…はあ」
「あ、ちょっと時間をもらっても?」
「どうぞ…?」
スーツケースから今度は三脚とカメラをいくつか取り出し、空き地の至る所に設置していく男性。
この間に城廻先輩に通報してやろうか、と思ったが一応まだ事件性はない。
待つこと3分、ようやくカメラを設置し終えた男性がスーツケースに戻る。
更に続けてスーツケースから黒い外套を取り出し、羽織る男性。
口髭を撫で、まるでマジシャンのように一礼をする。
「お初にお目にかかる、若き才能よ。我が名はジェントル。ジェントル・クリミナル。──
──────────
ジェントル・クリミナルの言い分に拍子抜けの表情をする八幡。
「…珍しいっすね。自分のことを
「そう、奴らだよ比企谷君。君の快刀乱麻のような活躍はテレビで拝見させてもらった」
対する八幡も、そういえばと思い出す。
確かウェブの動画投稿サイトで数年前から投稿を始めた、傍迷惑な
やっているのは軽犯罪ばかりだが、警察やヒーローを悉く煙に巻いていた。
確か…。
「自称“現代の義賊”の」
「いや違う!他称“現代の義賊”!!というか、自称はいらないのだよ!」
「ウェブのまとめサイトにそう書いてありましたよ、確か」
「え…私の特集?どのサイトだい!?」
「ええ…動画投稿サイト活用してるのにそこら辺知らないんですか」
「実は機械には疎くてね…我が相棒にいつも任せているのだよ」
まあ、ウェブサイトやPCをまとめて機械と言うあたりダメそうだなと思う八幡。
どこどこ、としつこいのでスマホを取り出してそのサイトを教える。
曲がりなりにも
どういう状況だこれ、と思いながらとりあえず教えておく。
「お、おお!ありがとう比企谷君!……むむ、本当に自称“現代の義賊”と書いてある!おのれ…!!」
「んで、その現代の義賊さんが俺に何の用ですか」
「あ、そうだった」
いそいそと自分のスマホをしまうジェントル。
「ていうかスマホ持ってるじゃないですか…」
「脚本さ!」
「…そうですか」
「さて、比企谷君。君は…ヒーローかね?」
「…?」
「それとも、
「…なるほど、義賊っていうのはそういうことかよ」
ジェントルの意図を掴む八幡。
つまるところ、彼は八幡を見定めに来たのだ。
義賊。
歴史上そう呼ばれた者は何人かいたが、それはその時代における在り方を見極める者、悪を裁く者。
様々な者がいたが、皆共通して正道ではないやり方で正道を貫こうとする者たちである。
「察しがいい!そう、君が善であるか悪であるか…その見極めに来た」
「それをどう見極めると」
「そこは対峙したらわかる、と踏んで来たのだが…やはり良い目をしている。体育祭での健闘は
そこまで話して、ジェントルが盲信的な暇人ではないことに気がつく八幡。
かなり本気の想いを持って八幡の元へ来ているが、物事を主観的に見ているわけでもない。
だが、ならば何のために
「で、どうしろと」
「しかし君、生きにくいんじゃないかい?」
「…」
「世間では少なからず君を疑問視する声が上がっている。私はその疑問に答えを出す為にここに来たわけだ。だが、君を
「…まあ、そうかもしれないですね」
「うむ、そうだね。だが、ヒーローのようなやり方以外でも、世を正すことはできる。私のようにね」
「…はあ」
まさかこのおっさん、とジト目になる八幡。
バッと両手で外套を広げ、大袈裟に告げるジェントル。
「私と来たまえ、比企谷八幡!共に世の偽善を晴らし、悪を明るみに照らそうではないか!!」
「お断りします」
「早い!!即断即決すぎやしないかい!?」
「結局やり方間違えたら
キッパリとジェントルの問いに答える八幡。
中学時代、彼は何度も間違えた選択肢を手にした。
いつだかの結衣への返しも、文化祭における相模への問いかけも、修学旅行での嘘告白も、生徒会選挙における雪乃への回答も。
なんとか正解に近い答えを出せたのはクリスマスイベント前。
夕陽が差し込む奉仕部で、雪乃と結衣の前で涙を流してしまいながらも出した答え。
間違えた結果、何度も壊れかけてきた奉仕部の絆。
「…間違えても良いことはある。けど、それは大半のどうでも良いやつとの友人関係とか、作文の内容とか、そんな程度だろ。…間違えたら、取り返しのつかないことだってある。俺は普段は思う通りの、例えどれだけ偏屈でも自分なりの答えを出す。どうでも良いからな。…けど、要所ではもう間違えない」
「普段と…その要所で出す答えの種類に差があるのは何故かね?」
「わかるだろ?要所だからだよ。…大事なところで、俺はもう間違えたりしない」
雪乃や結衣の悲しい顔。
彼女たちは、自分や友人関係が大事だからかつて八幡を諌めたのではない。
八幡の“自分などいなくても同じだ”と言わんばかりの在り方を本当に憂いていたから、八幡に対して怒りと悲しみの涙を流したのだ。
八幡も同様に、
あの2人が自分の前にいない、隣にいない。
本物を求め合うことができない。
そのことに、ひどく絶望したのだ。
構える八幡。
地面との接続は既に済んでいた。
空き地の地面は土。
道路に出ればコンクリートがあるが、とりあえずは問題がないとジェントルを見る。
すでに戦闘態勢に入っていた。
後ろ手にスマホを見るが、何故か数分前まで使えていたスマホの通信機能が使えなくなっていた。
圏外と出ている。
これでは城廻や雪乃に応援は頼めない。
「ヒーローとして、
「平行線…か。まあそれも良い。君のスタンスはわかった。ならばここで…君がトップヒーローに相応しいかどうか、見定める路線に変更だ!」
「…ビデオ、アッチですよ」
「あ、失敬。ではもう一度」
決めポーズを八幡に向けるジェントルが、一番近いビデオに向かってビシリとポーズを再度決める。
どうにも緊張感が保てない2人である。
「では!早速行こうか!」
「あそ」
足に力を込める八幡。
途端にジェントルの足元に大穴が開き、ジェントルが穴へと落ちていく。
「ぬおお!?」
「体育祭見て対策立ててるんだろうが…あんたと脳無相手じゃやり方は変わる。脳無はほとんど動く人形だったし頑丈だった上にパワーもあったからな。直接大地で殴って気絶させるより、捕まえる方が早すぎるい……!?」
これで穴を塞げば終わりと塞ごうとした次の瞬間、ジェントルがポーンと地面の穴から勢いよく飛び出した。
「ハハハハハ!!何というスピード!物体を操作するスピードが素晴らしい!地面に空いた穴に反応できるほどこちらも若くないんだがね!」
「飛ぶ個性か…!?」
「おや、私のリスナーではないのかね。残念!これを機にファンにならないかい!?」
「ならねーよ!」
まずは何の個性を持っているかの見極め、と構えようとした時、ジェントルが空中で何かを撫でるような動きをしたのが見えた。
なんだ、と思うとジェントルが空中で横方向に急転換する。
「は?」
「さあ!我が手管を見抜けるかね!?」
飛行を個性とするヒーローはいるし、そうでなくても飛行手段を持っているヒーローは多い。
エンデヴァーやオールマイトも飛行手段を持っている。
だが、飛行したとしても慣性がなくなるわけではない。
要するに、空中で直角に曲がるなんてことは出来はしない。
何かにぶつかって直角に跳ねない限り。
「身体や物を思うように動かせる個性…又は、空中に見えない物を設置…?いや、単に空中にトランポリンを作った……触れたものに弾性を加える個性か!」
「ほう!空気も触れた判定になるとでも!?」
「俺がそうだからな」
「つまりご同類というわけだ!気が合うねえ!」
否定しないジェントル。
気なんて合ってたまるか、と毒を吐く八幡だが、ジェントルの厄介さは認識していた。
空中浮遊能力を持つ相手は総じて面倒であることが多い。
何せ八幡最大の武器である大地を上手く使えない相手となる。
それに、ジェントルの場合は触れた物に弾性を付与する個性。
ならば、大地の蛇を作って攻撃したとしても弾性を付与されて上手くいなされる可能性が高い。
だが、空中を飛び回るような使い手は、大体共通の弱点がある。
「面倒な奴だな、蚊みたいだ」
「光栄だね、ヒーローに面倒と言われるとは!蚊は否定させてもらうが!」
褒めてねえよ、と空気砲を発射する八幡。
掌を向けられた時点で躱しているジェントル。
やはり速い。
真正面から空気砲が当たる相手ではない。
空中に設置した空気トランポリンがいくつも作られ、何もないところで飛び跳ねるジェントルはスーパーボールさながらだ。
なら、掻き乱すまで。
両手を空気と接続し、全力の嵐をその場で引き起こす八幡。
空中のジェントルは体勢を崩し、着地予定だったトランポリンから逸れる。
「ヌオオオ!?」
やはり、と今度は八幡が空中に飛び出す。
空気操作による浮遊ではなく身体操作による跳躍だ。
そのままジェントルに向かって蹴りかかる。
八幡の強襲に気がついたジェントルが咄嗟に上空へ跳ねて回避。
逃げ性能が高いな、と空中の八幡がジェントルと同じように跳ねてジェントルを追いかける。
「!? まさかノーアームズ!君…私のトランポリンの位置を覚えているのかね!?」
「見りゃわかるだろうジェントル!」
「何というセンス!!」
そのまま空中で鬼ごっこを続ける2人。
だが、お互いにキリがないと察する。
それに加えてジェントルの方は、八幡が大地の攻撃を一切しないことに脱帽していた。
(大地のような自在の物体を使えば弾性を加えられて利用されると考えているのだろう!やはり戦闘センスが良い…というより頭をよく使う!少しくらい試すもんだ普通は!全く甘さのない戦闘…!)
対する八幡も、ジェントル・クリミナルが普通の
個性の使い方と身体の使い方が明らかに訓練された物なのだ。
空中トランポリン創造とそのトランポリンの使い方など普通の
一歩間違えれば大怪我だ。
「空中を飛び回って接近を避けるような奴は大体近接戦が弱いと決まっている!お前もそのクチだろジェントル・クリミナル!」
「君もそうじゃないのかね!?」
「遺憾だが俺の師の一人はミルコだ!」
「最悪!!いや君にとっては最高か!?私にとっては最悪の情報だよそれは!!」
「俺もあの人は苦手だ!」
「なのに師なのか!全く上手くいかないな世の中!!」
「全面的に同意だジェントル!!」
流石に面倒になってきた、と八幡。
いや元々か。
ジェントルの狙いがいまいちわからないが、もしかしたら映える動画を撮っているだけなのかもしれない。
つまり、攻撃性はない。
だが
ヒーローとしては辛いところだ。
「そろそろ捕まえるぞ」
「可能ならやってみたまえ!」
「なら遠慮なく」
空中を跳躍してジェントルに迫りながら、レガースから発目に仕込まれた細い紐を伸ばし、地面に垂らす八幡。
そのまま地面と接続する。
身体が重くなるが、更に両手で空気と接続することで体重を120kg程度に調節する。
これで空中を跳び回る重戦騎だ。
チャンスは一回のみ。
ネタが割れたらもう通じないだろう。
「どうした!?スピードが遅くなったんじゃないか!?」
「そりゃ重くなったからな!」
「何!?」
ハッと気がつくジェントル。
いつの間にか、地面から飛び出た土の大蛇七匹がジェントルと八幡を覆うように首をもたげていた。
「何と!!?宙では大地は使えないはず!」
「体育祭見てたんじゃなかったのか、予習が足りないな!空中にいようが地面と物理的に接触していたら地面ごと操作できるんだよ!」
「紐か!?コスチュームによる個性の指向性の補助か!!」
「その言い方、やっぱりあんたヒーロー科出身だろ!どこで間違えた!?」
「君と同じだよ…いや、君以下だね!何せ君は
自分を卑下するジェントルだが、八幡が体感するジェントルの強さは並の
これで落ちこぼれたというのだから、学生時代はよほど出来なかったか、それとも今のジェントル・クリミナルとして活動し始めてからこの強さを手に入れたのか。
又は、八幡のように
だが、同情はできない。
土の大蛇たちがジェントルに一斉に噛みつきにかかる。
まるで花びらが閉じる様に。
そして、そのジェントルの真下で八幡は両手を手首で合わせてジェントルに向けて構えた。
やはり、空気を弾性が付与された盾にする気だろう。
八幡は空中トランポリンを使用した触感から、トランポリンは外的要因で動くことはないと考えていた。
ジェントルなら動かすことが可能なのかもしれないが、少なくとも八幡や大蛇によってトランポリンを破ることはできない。
なら、そこが狙い目になる。
大蛇に向けて両手を素早く回転させて一回転するジェントル。
(やはり盾を作るか)
全ての土の大蛇がトランポリンに寄って跳ね返り、地面へと打ち倒されていく。
だが、大蛇が跳ね返されるその瞬間、ジェントルの顎を超スピードの空気砲が打ち抜いた。
「……はやっ…!!」
(いや、それよりも!固体操作と気体操作を同時に、しかもここまでの精密さ!何という個性の操作!!)
個性は身体機能の一部である。
複合個性持ちは何人か見かけたことがあるジェントルだったが、皆一様にこう述べる。
“別の個性で別々のことをするのは、右手と左手を同時に動かして全く別の作業をすることに等しい”、と。
体育祭の轟による緑谷戦、彼は遂に炎を使ったが、氷と炎を同時に使うことはしなかった。
しなかったのかできなかったのかジェントルからはわからないが、相当に難しいことだけはわかる。
意識を朦朧とさせながら、何とか八幡の方へトランポリンを盾として作る。
だが、再び起きる乱気流の様な嵐。
何という攻撃の多彩さ、と今度は体勢を崩されるどころか宙へ落ちるジェントル。
落ちるジェントルを相手に土の大蛇が1匹、ジェントルに覆い被さり、地面へと戻っていく。
これならいくら地面や覆い被さる土に弾性を付与したとしても、ジェントルごと跳ねるだけだ。
この大地の拘束は相当なパワーがなければ抜け出せない。
──────────
「捕獲完了。……めんどくさい奴だったな。紅茶を飲んで世を憂うだけに留めれば良いものを」
「ぐっ…憂うだけでは何も変わらない。変えたいから、足掻くのさ…」
「ならせめて正攻法で足掻いてくれ。俺が言うのも何だがな」
「全くだ…」
世を憂いたから、雪乃はヒーローになった。
世を憂いたから、ジェントルは
だが、法が統治する日本社会で法に背けば、望みはどうあれ社会の敵。
当然讃えられるのは雪乃の方であるべきだ。
「さて…相棒が居るとか言ってたな。そりゃさっきの女の子か?」
「…黙秘する」
「そうかい。とりあえず、索敵かな」
「そ、そんなことまでできるのか?」
ジェントルの疑問には答えず、空気と全神経による接続をして周囲100mを探る。
これでその辺りの空気は八幡の感覚神経が入り、空気に触れているものを触覚で八幡は感じ取れる。
ちなみに、八幡が接続できる物体は、彼を中心とした神経有効範囲の半径約100m以内に存在するものだけだ。
中学時は約25m程度しかなかった。
空気による接続を行ったその時、壮絶な痛みを感じる八幡。
いつもの感覚だ。
誰かが空気中を高速で動いている感覚。
しかも、物陰から八幡の方へ向かっていた。
「仲間か!!」
気体操作を解除して全力で大地の防壁を作るが、飛びかかってきた人物に防壁を一刀両断される。
いくら一切固めていない土とはいえ、厚み170cmほどもある土の塊を両断するとは。
「…良い…反応だ」
「…ジェントルの仲間か」
「そんなのは知らん」
「え?」
違うの?とジェントルを見るが、こちらも驚いた表情で襲来してきた人物を見ていた。
演技とかではなさそうだ。
改めて奇襲をかけてきた人物を見る。
ボサボサの黒髪、目と鼻を覆った目出し穴が開けられた顔隠しのボロボロの白布。
首には血の様に赤いこれまたボロボロの首巻き。
白布も首巻きも腰よりも長く、風によって靡いていた。
背に背負った一本刀、腰や腹に添えられた数十本のナイフに棘が添えられたスパイク。
ジェントルよりも余程武装している。
そして、ジェントルからは感じなかった強烈な殺気。
確かに、ジェントルとは毛色が違いすぎる。
「…一応聞くぞ。
「ステインだ…ハァ…」
「ステイン……ヒーロー殺しか…!」
ヒーロー殺し・ステイン。
八幡もそれらしい奴がいるというのは知っていた。
中学時も、
曰く、紛い物のヒーローを粛清する者。
曰く、ただの殺人鬼。
曰く、真に世を憂う者。
「そのヒーロー殺しが…こんな新米ヒーローに何の用だ」
「…ハァ、久しいな…コネクタ」
コネクタ。
その名前で呼ぶのは
ジェントルにもそう呼ばれはしなかった。
だが、八幡はステインなど初めて会ったのだ。
「いや、すみませんけど知りません」
「だろうな。…ハァ、俺が一度お前を見かけただけだ。あの時は…ただ腕が立つだけの戦闘マシン程度にしか見えなかった…」
「…」
「だが、ヒーローとして目指すなら話は別だ…。お前は…ヒーローか?」
「…?」
「それとも…贋物か?」
「…またこのパターンかよ…」
ジェントルを見る八幡。
二人連続で八幡を見極めにきた
奇縁といえば奇縁だが、こんなのはごめんだとげんなりする。
何せ、ステインは明らかにジェントルよりも殺気高い。
「ハァ…答えろ!お前は何のためにヒーローを目指す…。自己を顧みず、他者を助け出せるか…ハァ!かの平和の象徴に添えられた手に、応えるだけの器かどうか!俺が見極める…!!」
「…オールマイトのせいか、これ…」
冗談めかした八幡の顔に冷や汗が流れた。
立ち会うだけで、今まで向き合ってきた敵の中でも一、二を争うほどの戦闘技術の高さが伝わってくるのだ。
オールマイトやエンデヴァーにはない、抜き身の刀のような殺気。
その目を見ると、憎悪や怒りではなく、一種の使命感のような真摯さがわかった。
今、ステインは八幡と本気で向き合っている。
ここまで八幡に向かって真剣にその想いを向けてきた人物は居ただろうか?
想いのベクトルに違いはあれど、思いつく限りでは雪乃や結衣、ディスティニーランドの帰りの時の一色くらいだ。
なら、できる限りそれに応えよう。
とりあえず、地面を操作してジェントルを八幡とステインの二人から離して距離を取らせる。
ジェントルを逃すわけにはいかないが、巻き込むわけにもいかない。
ふう、と息をついてステインに真正面から向き合う。
「…ノーアームズだ。ヒーロー殺し・ステイン。お前を捕らえる…!」
「ハァ……何の為に?」
「犠牲者をこれ以上出させない為。あと…この辺にいるヒーローで、刃物を使うお前に有利なヒーローがいるとは限らないから…な」
「…単なる元モルモットではなさそうだな」
音もなく刀を抜くステイン。
いつの間に納刀していやがった、とステインの動きの速さの予想を一段階上げる八幡。
その日、日本を震撼させるニュースの引き金となる戦いが始まろうとしていた。