とても繊細で、孤独を愛しているように見えた。
でも、そんなことはなくて。
誰かのために頑張る彼の力になりたいと思った。
──僕は、彼の親友になりたいと思っていたから。
六月最終週。
期末テストまで残すところ一週間を切っていた。
そして、悩める若人が二人。
「全く勉強してね──!!」
ひどく狼狽した表情で叫ぶ上鳴電気、中間テストA組内順位25位。
つまりワースト。
「あっはっはっは」
楽観的に笑う芦戸三奈、24位。
こちらはワースト2。
両者ともかなり危ない橋を期末テストで渡ろうとしている。
「体育祭やら職場体験やらで全く勉強してね──!!」
「確かに」
こちらも冷や汗を流す常闇、17位。
「中間はまー入学したてで範囲狭いし特に苦労なかったんだけどなー…」
「…」
15位砂藤の言葉に相槌を返す14位口田。
二人ともクラス内では中間地点だ。
「行事が重なったのもあるけど、やっぱ期末は中間と違って……」
「演習試験もあるのが辛えとこだよな」
砂藤の言葉を奪い取った峰田、11位。
11位峰田を信じられない表情で見つめる24位芦戸、25位上鳴。
まさかのクラス上位である。
「あんたは同族だと思ってた!」
「お前みたいな奴はバカではじめて愛嬌出るんだろが…!どこに需要あんだよ…!!」
「“世界”かな」
わかりやすく調子に乗る峰田。
ここぞとないくらい鼻が伸びている。
「あ、アシドさん!上鳴くん!が、頑張ろうよ!皆で林間合宿、行きたいもんね!」
「うむ!俺もクラス委員長として皆の奮起を期待している!」
「普通に授業受けてりゃ赤点は出ねえだろ」
「言葉には気をつけろ!!」
緑谷、5位。
飯田、3位。
轟、6位。
彼らの自然と出た言葉が上鳴たちの胸に突き刺さる。
そんな二人にかけられる天からの声。
「お二人とも、座学なら私、お力添え出来るかもしれません」
「「ヤオモモ──!!」」
八百万百、A組順位1位。
座学1位、個性使用のため普段から勉強を続ける彼女の勉学に対する姿勢は、目を見張るものがあった。
「演習の方はからっきしでしょうけど…」
「?」
その後に言葉を続ける八百万の落ち込み様に、不思議に思う轟。
「…?」
そんな八百万と轟の様子を更に不思議に思う比企谷八幡、中間テスト未実施。
「テストね…。流石に偏差値70超える学校だわ。授業もわかりやすいし、進むの早いし…」
「ヒッキーが数学でも起きてるのすごいよねー」
「エクトプラズム先生に目をつけられてるからな、俺…」
「貴方の場合は目をかけられているというのよ。エクトプラズム先生に補習で随分お世話になったようね?」
由比ヶ浜結衣、中間22位。
雪ノ下雪乃、中間同率1位。
雪乃と八百万は二人とも中間試験全科目満点である。
「比企谷、数学が苦手なのか」
「…まあな」
「障子タコくん、比企谷が算数苦手なのは小学生の頃からなんだよ」
「なるほど」
「勝手に人の過去を暴くな」
障子、中間12位。
折本かおり、19位。
「って19位かよ。お前はもう少し焦った方がいいんじゃね」
「たははー、まーね!」
「あたしもやばいなー…。ゆ、ゆきのん」
「わかってるわ、スパートをかけて追い込んであげる」
「お、お手柔らかにねゆきのん。優しくお願い」
「イイデストモ!!」
わっと八百万とその周りの上鳴たちを含んだ一角が盛り上がった。
どうやら八百万の実家で勉強会が開かれることが決まったらしい。
くるり、と耳郎と上鳴が八幡の方を向く。
ちなみに耳郎は中間8位である。
「比企谷、あんたも来る!?」
「おめー補習だらけで期末の勉強出来てんのか!?」
「エクトプラズム先生や平塚先生が気を利かせて期末の範囲もやってくれてるからな。ある程度は」
「げ、裏切り者!」
「いや俺スタート地点が違うから裏切るもクソもないし」
「ええい!こうなったら期末でお前に勝ったるぞ!な、耳郎!」
「いや、ウチは多分勝てるし。比企谷の数学の出来なさは致命的だよ。それより上鳴の方が今のままだと普通に負けると思う」
「裏切り者2人目ー!!」
その時、八幡のスマホがメールの着信を知らせた。
来てしまったか、と立ち上がる八幡。
1人だけ壁からコスチュームボックスを取り出し、教室を出ようとする。
「あれ、比企谷どしたん?」
「今日はもうヒーロー基礎学ねえぞ?」
「チームアップ要請だ。ミルコから」
「は!!?」
どういうことと顔を見合わせる事情を知らない生徒たち。
ある程度事情を把握していた沙希は、事情を完全に把握してそうな雪乃に訊ねる。
ちなみに川崎沙希、中間9位。
「何でこんなギリギリに依頼が来るわけ?」
「ミルコのスケジュールを立てられない性格の問題よ」
「…ヒーローってそんなのだっけ」
「適当さでは全ヒーロー1かもしれないわね」
1分もしないでコスチュームに着替え終わった八幡が教室に戻ってきた。
教室の壁の方へコスチュームボックスを戻しに来たのだ。
「あ、比企谷君!私戻しとくよ」
「いや、悪いから良い」
「良いから良いから!よくわかんないけど、ミルコ待ってるんでしょ!?」
「…すまん」
「そこはありがとうだよ!」
「…ありがとう、葉隠さん」
「おっけー!」
コスチュームボックスを葉隠に手渡し、急いで廊下に出ようとする八幡。
廊下にしか窓がないのだ。
だが、そこで再びスマホが着信音を鳴らす。
今度は電話である。
マジかよ、と急いで電話に出る。
「も、もしもし」
『おっせえ!!』
「無茶言わないでください…今出ます」
『早くしねえと入っちまうぞ雄英!』
「雄英バリアーとかいうのがあるんですよ、知ってるでしょ」
『蹴っ飛ばして壊せるぞ私なら』
「んなことしたら捕まりますよ。とりあえず今廊下の窓から出るんで大人しくしててください」
『おう、早く来いよ!!』
ぶつりと切られたスマホをコスチュームスーツの内ポケットにしまい、今度こそ教室を出る。
「八幡、気をつけてね!」
「まかせろ戸塚!!」
「ヒッキー、頑張ってねー!」
「…おう」
「テンション違いすぎでしょ!もう、ヒッキーのあんぽんたん!!」
「…気をつける」
「ん!!」
ぷんすかと怒った結衣の顔を最後に見て、廊下の窓から気体操作で飛び上がっていく八幡。
そのままゲートの方へ飛んでいく。
「…あいつ、コスチュームのスーツ似合うな」
「わかる。なんか社畜って感じする。けどあの外見でクソ強えからな」
「良い意味で酷いギャップだわ…」
「あ、なんかわかるかも」
とりあえず、と八幡のコスチュームボックスを壁へ戻す葉隠。
教室に残った生徒たちは、結衣から八幡がノーアームズとして全国のヒーローからチームアップ要請を受けていることを知る。
「チームアップ要請!!?」
「じゃあ、先々週二日くらい居なかったのは…」
「その時はエンデヴァーのとこ行ってたんだって」
「No.2じゃねーか!!轟、知ってたか!?」
「ああ」
「知ってたのかよ!!」
「てっきり補習で居ないのかと…」
「でも、比企谷の奴何でそんなことしてんの?」
耳郎の疑問に、ピタリと止む一同。
八幡を睨んで見送り、話を黙って聞いていた爆豪がボソリと呟く。
「良い子ちゃんアピールだろ」
「あ?良い子ちゃん?」
「どゆことバクゴー」
「…言い方は悪いけど、爆豪君の言葉は間違ってないわ」
「ケッ…」
雪乃の言葉を無視し、教科書を取り出す爆豪。
勉強を教えることになった切島に何の教科をどのように教えるか考えるためである。
ちなみに爆豪は4位、切島は18位である。
「…まさか、まだ元
「…」
砂藤の言葉に、無言で肯定する雪乃。
そんなの、と言葉を無くしてしまう。
「だって…アレは仕方ないことだったって!妹ちゃんが…」
「…彼に手を下されたヒーローがいるの。制空ヒーローハイ・エース」
「で、でも…ハイ・エースは気にしてないし、比企谷君の謝罪と和解を受け入れたって記者会見してたよ!?」
一ヶ月ほど前のハイ・エースの記者会見を思い出す緑谷。
だが、本人は良くても世間の悪意は彼を手放さない。
今不安定な立場にある雄英を攻撃する良い材料なのだ。
「そうね。でも、人の悪意は実直で底意地が悪いものよ」
「そんな…」
「本来なら彼は見ず知らずの悪意なんて気にもせず受け入れるけれど」
「いやそれはどうなの…」
「…今は、雄英や姉さんの期待を受けてる。その期待に応えるために、無碍にせずチームアップ要請を受けているのよ」
全国のヒーローからのチームアップ要請は、八幡が世間の信頼を獲得するための物。
彼が社会的地位を獲得すれば、雄英も陽乃も安心して八幡を世間に送り出せる。
そのために、八幡は奔走している。
「午後の授業分はどうすんだよ!?」
「また補習ね」
「…忙しすぎだろ、あいつ…」
「同じ家に教師が1人居るから出来てることだよな、それ…」
「…ウチらにも、何か出来ないかな?」
「耳郎…」
「…あたしたちも、何か手伝えないかなってのは思う。けど…」
「…ないわね」
「っ!」
絞り出る様にこぼれた耳郎の言葉を、控えめに賛同する結衣。
だが、冷静に否定する雪乃。
実際、今の八幡を直接手伝えるのは仮免以上の資格を持つ者のみ。
現状は雪乃だけだ。
しかし、納得できない様に切島が叫ぶ。
「で、でもよ!なんかねえか!?俺も…比企谷助けてえよ!」
「強いて言うなら」
「え?」
「さっきの葉隠さんの行動が、一番彼が助かっていることだと思うわ」
「え?私?」
何したっけ、と自問する葉隠。
あ、と口田が彼女の行動を思い返す。
「荷物…コスチュームボックス」
「え、でもアレくらい普通だよ?」
「その普通で良いのよ。私も、彼に勉強くらいなら教えられるわ」
「小さなことで良いから、ヒッキーの負担を減らそうってことだよね?」
「ええ」
小さな気遣いだった。
ただの葉隠の優しさだった。
けど、そんな事で、その積み重ねで彼を労わることが出来るなら。
よし、とお互いの顔を見て決意する生徒たち。
「僕、比企谷君に勉強教えてあげられないかな」
「わ、私もなんか教えられへんか考える!一緒に考えよデクくん!」
「オイラはナイスな息抜き画像を」
「私、マッサージならいけそう!」
「比企谷にノリの良い音楽教えてやろっと!あいつ二年間ネットとか最新情報とか関わってねえだろ!?」
「ちょ、ノリの良いやつはやめなよ上鳴。ウチがもっとリラックスできるのを教えるから」
「比企谷、甘いもん好きだったりしないか?」
「するよ!ヒッキー甘いの大好きだから!」
「んじゃあ俺はマカロンでも作ってやるかあ!」
「あたしもクッキーを…」
「由比ヶ浜、比企谷に毒を盛る気かい?」
「違うよ!!ていうか少しくらい成長してるよ!!」
「…雪ノ下」
「…カメの一歩くらいには」
「ゆきのんもサキサキもひどいぃ!!」
─────────────
「オラどうした!おせえぞ!!」
「貴女が速すぎるんですよっ!」
一方、噂の少年は街中でミルコを追いかけていた。
ラビットヒーロー・ミルコは“跳んで”移動する。
兎の個性を十二分に活かした脚力による移動法は、サイドキックを持たない彼女ならでは。
通報があればすぐに駆けつける、ある意味オールマイトよりも身軽に動けるヒーロー。
そんなミルコを八幡は追いかけていた。
2人が合流してからわずか5分後、とりあえず巡回するかと話していた時にミルコ専用の通信アプリに通報が来たのだ。
高速道路を暴走する
すぐさま跳ねて飛び上がったミルコ、それに反応して追いかけ始めた八幡。
「あと5kmもねえぞ!付いてこいよ置いてくぞ!!」
「わかってますよ、喋る余裕ないんで会話なしでお願いします!」
「きっちり喋ってんじゃねーか!!」
ミルコはビルの屋上を跳ねて移動している為、直線移動はしていない。
放物線状に跳ねて動いているのだ。
対する八幡は、気体操作で全力で空中を直線移動している。
最短経路を選んでいるのは八幡の方である。
だが、それでも。
(追いつけない!相変わらず人間辞めてるなこの人は!)
「ハッ、空飛べる様になってスピード上がったっぽいけどまだまだおせえなあ!!」
「ぐうの音も出ませんね」
「お、見えてきたぜ!」
通報のあった高架上の高速道路が視線2kmほど先に見え始めた。
とりあえず高速道路まで急行するミルコ、八幡。
一般車は皆左の車線に一時停止していた。
「通報があった地点からここまではインターチェンジも分岐もなし!必ずここに来るはずだ!」
「通り過ぎたってことは」
「そいつは時速150km程度で走ってるらしいから、多分まだだろ!」
「時速150kmって…暴走車にしては普通ですね」
「暴走車じゃねーよ!暴走人だ!」
「は?まさか個性で走ってるんですか?」
「だから
マジかよ、とA組クラス委員長の飯田を思い返す八幡。
ターボヒーロー・インゲニウムの弟だと聞いた時は驚いた。
彼の個性はエンジン、両足のふくらはぎにエンジンがついている。
「委員長と同じ様な個性か…。…それ、どうやって止めるんです」
「流石に正面から蹴り飛ばすと殺しちまいそうだからなー」
「でしょうね」
「だからお前が良い方法考えろノーアームズ!」
「…は?」
「せっかくチームアップしてんだ!お前の力を見せてみな!」
「…なんつう無茶振りだ、帰りたいです」
「帰ったら死人が出るかもしれないぞ?」
「わかってますよ」
だが、考える暇はない。
もうすぐそこまで高速で移動するタイヤの滑走音が聞こえ始めていた。
「さぁどうする!?」
「…楽しんでないで考えて欲しかったですね。本当にヒーローですかあんた」
「頭使うより身体が動くんだよ!んで、“欲しかった”ならもう考えなくて良いな!?」
「はい。…ミルコ、走る準備をお願いします。俺は後ろから行って減速させるんで、捕獲お願いします」
「挟み撃ちってか!」
─────────────
その男は退屈していた。
数年前、ある薬をもたらされたあの日。
その身を高速の世界に投じた、刺激的にして至高の日々。
たが、その日々はある2人の男の手によって阻止された。
そんな彼がまた走る自由を得たのは、つい先日服役を終えたからだ。
1人はターボヒーロー・インゲニウム。
しかし、彼はつい先日ヒーロー殺しの手にかかり、ヒーローとして再起不能に陥ってしまった。
もう1人はヒーローですらない。
名前は確か…。
いや、そんなことはどうでも良い。
何せ、その2人目の男は全くの行方知らずなのだから。
ライバルだと思っていた2人の男は、片方は行方知らず、片方は再起不能。
これでは己が最速であるとまた証明することも出来ない。
さて、どうすれば良いか。
決まっている。
また新たな好敵手を追い求めて走るまで。
そう決めたのが刑務所出所直後。
その男は──コウモリと名乗った。
そして、今日もその走りを極める。
普段は夜しか走らない彼だったが、余りの手応えある相手の居なさに昼も走り始めたのだ。
周囲の景色が矢のように流れ、ありとあらゆる車両を追い越していく。
「つまらん」
最早敵はいないのか。
雄英高校の近くまで来ればかのオールマイトが相手をしてくれるかもしれないと期待してきたが、そんな彼も現れてはいない。
「…?」
その時、流れる景色に変化が出来始めた。
車両が右に左にとのろのろ走っていたはずなのに、全ての車が左車線に寄って列を成して走っていたのだ。
これは恐らく統率されている。
一般車両に左車線へ寄せるよう号令されており、それに従っている。
何故か?
決まっている。
「俺を捕らえる為か…誰が来た!?」
「私だ!!」
コウモリの耳にその声が届いたのとほぼ同時に、その女は跳躍してきた。
兎の耳が生えた頭、銀髪の長い髪、褐色の肌、強靭な身体に脚。
勝ち気に笑うその美女の名は。
「ラビットヒーロー・ミルコ!!」
「おーう、よく知ってんじゃねーか!!」
「まさかインゲニウム以上のトップヒーローが来るとはな!歓迎するぞ!ようこそ高速の世界へ!!さあ、走りに命を懸けろ!!」
ラビットヒーロー・ミルコ。
ビルボードチャートJP上半期7位のトップヒーロー。
スピード、ジャンプ力、キック力はトップ10の中でも随一。
当然、コウモリは彼女をマークしていた。
ホークス、インゲニウムと並んでスピードと言えば、彼女の名も挙げられるからだ。
疾走するコウモリの横に着地し、同じように疾走するミルコ。
両者ともスピードはほぼ互角である。
「よう!わりーがお前を止めにきた!」
「止められるものなら止めてみろ!」
「けど流石にこの速度で蹴り飛ばすと殺しちまいそうなんでな!」
「高速の世界で死ぬなら本望、悔いはない!貴様こそ命を」
「だから別の奴に止めてもらうぜ!」
「何!?」
まだ居るのか。
この高速の世界に順応したレーサーが。
一体どこに、と探すまでもなかったコウモリ。
後ろから誰かが追ってきているのを、風切り音で感じ取ったのだ。
「何者…!?」
振り向くと、少年が高速道路の少し上空を高速で移動していた。
しかし、こちらはミルコと違ってこちらは苦しそうだ。
コウモリのスピードに追いつくのにかなり頑張っているように見える。
だが、その顔に見覚えがあったコウモリ。
先日から雄英体育祭、ヒーロー殺しと世間を賑わせ続けている異色のヒーロー。
「ノーアームズか!?」
「悪いが、大人しくしてもらうぞ。走るなら私有地でも持って走れ」
「貴様も高速の世界に入ってきたか!だが──かなり無理をしているようだな!その身を賭して俺を止めようとする意気や良し!」
「褒めんのかい」
「だが、この世界で走り続けられないなら…貴様は紛い物だ!」
「またそれか…ステインといい、ジェントルといい…」
真贋判定でも流行ってるのか、と八幡。
狂気に塗れているが、その想いは皆真剣だからこそ一蹴することができない。
ただ。
(ヒーローとしての本物とかならともかく、高速のレーサーとかどうでも良いんだよな)
「とりあえず、悪いけど止めるぞお前」
「止める!?このスピードで走るこの俺をか!?ミルコですら並走しているのに、今のスピードで死に体のお前に何ができる!」
「まあ止めるのはできないな。なら──お前を遅くするだけだ」
高速で走り続けるコウモリと飛び続ける八幡の距離は約20m。
ミルコはコウモリの斜め後ろ、約5mほどしか離れていない。
だが、このスピードでコウモリを止めればミルコや八幡はともかく、コウモリの命が危ない。
ヒーローは、
対する
ヒーローと
ステインとの戦いで、より速さを重視するようになった八幡。
固体操作の流動的な動かし方を、流体操作にも転用していた。
そのスピードは時速150kmで走るコウモリに追いつくほど。
だが、やはりその分個性の使用には無理が祟っていた。
この速度のままの飛行は持って2分程度だろう。
だが、既にコウモリは八幡の射程圏内にいた。
八幡の個性の有効範囲内は周囲約100メートル。
2人の距離は約20m、そしてコウモリの個性が相手。
「お誂え向きだな」
八幡が気体操作で空気を動かし、コウモリの前方にだけ強風を起こし始める。
途端にその風の影響を受けるコウモリ。
瞬く間に減速を始める。
「向かい風…!?」
流れる景色の変化が緩やかになり、まさかと横を見るが僅かな隙にミルコがコウモリを抜かし、コウモリの斜め前を疾走していた。
ミルコは風の影響を受けていないのだ。
「くっ」
すぐにミルコの後ろに着いて走り始めるコウモリ。
スリップストリームを活用して速度を上げる腹積りだ。
しかし、ミルコは横に逸れてさらりとコウモリの壁役を外れる。
そして再びコウモリを向かい風が襲い、また減速するコウモリ。
「ぐうっ…偶然…じゃない!!貴様か!?ノーアームズ!!スピードの冒涜だぞ!!」
「お前は公共ルールを冒涜してるぞ」
「俺は単に至高の走りを追求しているだけに過ぎん!!インゲニウムは良い相手だった!!貴様は俺の走りを脅かすだけの外敵!!敵だ!!」
「あんた、やっぱり軽いな。
個性:蝙蝠。
その名の通り蝙蝠っぽいことは大体できる。
彼には前科があり、数年前も同じように高速道路を個性で滑走。
インゲニウムが取り締まったはず、と資料を思い返す八幡。
だが、重要なことはそんなことではない。
「個性が蝙蝠なら、空を飛べるようになっている身体は軽い。当然風の影響も受けやすい」
「おのれ!!」
「そして、スピードを落とせばあとは簡単」
「無理矢理止められるってことだ!!」
ミルコが向きを反転し、コウモリに蹴り込む。
だが、それを読んでいたかのように翼を広げて空へ躱すコウモリ。
「お!?」
「超音波です!蝙蝠は音波で周囲の状況を察知できる!」
「言ってる場合じゃねえだろ逃げられんぞ!!」
「逃すわけないでしょう」
まだコウモリは上空30mほどの高さに浮かび上がっただけ。
まだまだ射程圏内だと両手を翳す。
空中で急停止しながら、八幡から上空方向の空気を全力で操作、そして圧縮していく。
そして、その空気の中にいたコウモリは不自然な空気の流れに、中心へと引き寄せられてしまう。
「空気を蹴って飛ぶ相手にはこれが一番効く」
「バカな!!空までも貴様の手の中だと言うのか!!」
「ではトドメをどうぞ」
「おいしいとこ貰ってくぜ!?」
ゴッ、という音と共にコウモリの頭にミルコの踵が落とされた。
うわあ、という顔でコウモリを憐れむ八幡。
アレは痛い。
ミルコにしては大分手加減された蹴りだったが、それでも脳天直撃。
「にしても、上空30mほどの相手に一跳びで追いついて踵落としとか相変わらずですね。度胸もジャンプ力も人間辞めてますよ」
「あったりめえだろ、私はいつでもアレで移動してんだぜ!?お前もプロ資格取ったんだし身体強化して過ごせよ、良い訓練になるぜ」
「果てしなく疲れると思うんですけど」
「疲れろ疲れろ、そのうち慣れる」
「ブラック企業に勤めて2年目の新人みたいな扱いしないでくれます?」
「私は普通の会社で働いたことねえから知らねえぞそこんとこ。地下闘技場で金稼いだことはあるけど」
「この人の方がよほど
着地したミルコと八幡はいつものように軽口を叩き合う。
その間に落ちてきたコウモリは高速道路から伸びた巨大なコンクリートの手がキャッチしていた。
「とりあえず…警察と高速道路の管理会社に連絡して
「おう、やっとけ!」
「…いつもは誰がやってるんですか?」
「お前それ私は明らかにやりそうにねえって言ってるぞ!いつもは応援にきたヒーローになげてる!」
「やっぱりやってないじゃないですか。予想通りですけど」
「にしても、お前…」
「?」
ミルコがジッと八幡を見る。
空気を操って飛び、飛びながら周囲に無条件で縛りを与えた。
自分は自由に動けて相手には無条件かつ簡単に拘束を与えるなど実にとんでもない戦い方だと思う。
エンデヴァーで言うなら熱で周囲を熱し、本人は空を飛びながら炎熱で焼くといったところか。
だが、比較対象がNo.2の時点でノーアームズの力量が窺える。
「…今なら、お前と全力でやっても楽しめそうだなあ」
「…ヒーロー同士の私闘は罪に問われますよ」
「稽古ならいいんだろ!」
「ていうか、自分が貴女に敵うわけないでしょ。自分の苦手なタイプまんまですし」
「やってみようぜ、待ってる間暇だし」
「…ほら、車線誘導しなきゃいけないんで。普通にまだ一般車両通りますよ」
「あ、逃げた。…フィストに頼んで稽古の場を用意してもらって…いや、めんどくせえなあ。顔隠したらいけるかな」
「変なこと企んでないで、その
─────────────
数時間後、とても疲労しながら雄英に戻ってきた八幡。
通報があれば現場に急行するのはわかるが、ミルコは通報がなくても高速で街から街へと移動を続けるのだ。
彼女を追いかけるだけでいっぱいいっぱいだったのだ。
しかも、何かと問題が起これば解決策を考えさせてくる。
それに八幡が答えられてしまう為に余計サイクルが回る。
「…とりあえず、半日で済んでよかった…」
街から街へと移動する2人の姿は多くの人々の目に映った筈だ。
これでまた陽乃と雄英の目的が少しだけ達せられたのだろう。
そう考えでもしないとやってられない、と嘆く。
とりあえず、着替えなければと夕日が差し込む雄英校舎入り口へと入り、1-Aの教室を目指す。
下校する生徒が多くいた。
ヒーロー科の生徒は部活は入らないので、既に皆帰宅しただろう。
真っ直ぐ1-Aの教室前へ戻ると、なぜか電気がついていた。
まあ何人かは残ってるか、と教室の前扉を横に開く。
「お、戻ってきた!」
「へ?」
「お疲れ比企谷!」
「お疲れ様!」
「怪我ねえか!?」
「だ、大丈夫だけど」
何故かクラスメイトの半数以上が教室に残っていた。
おしゃべりしたり、自習をしたりと各々好き勝手にやっていたようだが、八幡が教室に入るとわっと全員集まってくる。
(なんだ?これ)
「はい、比企谷!コスチュームボックス!」
「…どうも、葉隠さん」
「うん!」
「…?」
「怪我なさそうだし、元気そうでよかったよかった!」
「???」
「おう、
「…2人」
「おおう、流石だぜ!俺も早くヒーローやりてえなあ!」
「…」
困惑した表情を浮かべる八幡。
八幡の目には、葉隠や切島たちが八幡を待っていたように見えたからだ。
そこへ、雪乃が呆れたように近づいてくる。
本当に人の好意に鈍感な人ね、と溜息を吐く。
「ぬぼーっと突っ立ってないで、早く着替えてきなさい。小町さんが職員室で待ってるわよ」
「げ、わかった」
「あと、職員室に行く前にここへ戻ってきなさい」
「そりゃ…コスチュームボックス戻すから戻ってくるけどよ」
「…紅茶」
「?」
「紅茶の一杯くらい…待たせてもいいんじゃないかしら」
「! …すぐ戻る」
「ええ」
「ヒッキー、あたしお菓子あるからお茶請けね!」
「…おお」
がらり、と教室の外へ出て行く八幡。
足取りがいつもより少しだけ軽いことを結衣は見抜いていた。
それを見届けた後、顔を見合わせる緑谷たち。
「あ、アレでいいのかな?」
「うーん…なんか違うような気もする。てかみんなで出迎えるくらい普通じゃね?」
「アレでいいと思うな、あたし」
ポツリと話す結衣。
八幡をよく知る結衣がそう言うなら、と首を傾げながら納得する上鳴たち。
パッと両腕を上げる葉隠。
身体を大きく動かし、浮かぶ制服が彼女の表情を表していた。
「うん、アレで私も良いと思う!比企谷君に、1人じゃないんだよって伝えることが大事なんだよ!」
「…そうだな。比企谷は今特殊な立場にあるが、志は同じヒーロー志望なんだ。それを伝える必要がある」
「うむ!俺もクラス委員長として、クラスメイトの1人である比企谷くんに何か規律や模範を示せれば…!」
「こんな時まで固くなくて良いんだよ飯田ぁ!もっと柔らかくいこうぜ、女体みたいによぉ!」
「峰田ちゃん本当にブレないわね。自粛しなさい」
皆の優しさが、いつの間にか彼の疲れと傷を癒していく。
それは、2年の間で磨きがかかってしまった悪意をより受け入れるようになった八幡の器。
そんな器に、並々と優愛と友愛を注ぐように。
彼らは、渦中の少年を受け入れる。
この辺りから原作にはいないヴィランが出てきます。
スピンオフ、小説版、オリジナルのものも出てきます。
後々の話ですが、ヒッキーにガッツリ関係のあるヴィランもAFO関係で出てくるので、ご了承ください。