何がヒーローたらしめるか   作:doraky333

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手を伸ばす。
感覚では手を伸ばしていても、その手は目に映らない。
鏡を見ても、顔は映らない。
どうして自分なのかな、と疑問に思ったのはわずかな時間だけだった。

──透明な(こんな)私に、出来ることを。


Hero's Episode7.家族へ ヒーローより

ミルコとのチームアップ後、制服姿になって教室へ戻った八幡。

何故かその後雪乃が淹れた紅茶で小さなティーパーティに参加したのだ。

八幡が紅茶を飲む姿を見て、俺も飲んでみたいと上鳴が言い出したのが始まり。

紙コップで良いなら、とその場にいた全員分の紅茶を雪乃が淹れ、その美味しさに全員が驚いた。

実家で毎日紅茶を楽しむ八百万ですら、実家の執事に勝ると絶賛した。

雪ノ下って弱点ないのかよと峰田が呟いたが、一人言のように沢山あるぞと答えた八幡は蛇足である。

 

その後、八幡と雪乃は2人で職員室へと向かっていた。

教室に残っていた面々は解散し、ほとんど既に帰宅している。

結局、何しに教室に残っていたんだと首を傾げる八幡。

八幡が無意味に嫌う青春という名の友情を育む為であろうか?

その邪推はある意味合っているのだが、その対象がまさか自分とは夢にも思っていない。

 

「何をぶつぶつ一人言を言っているのかしら。通報するわよ」

「通報される、ならまだわかるけどお前がすんのかい」

「ええ。身内の不始末は身内でつけなければ」

「…おまえ、身内じゃないでしょ」

「今更それが通じるわけないでしょう?普通の生徒と比べてご覧なさい」

「…ま、それもそうか。一応元同じ中学だしな」

「貴方、同じ家に住んでいることを忘れてないかしら」

「監視のためだろ」

「…もう良いわ、呆れた男」

 

ノックをして職員室へ入る2人。

目的は平塚と小町、なのだが。

何故かその2人が相澤と話をしている。

そして、その周りに多くの教師。

 

「…何かしら」

「嫌な予感するな」

「貴方のそれ、当たるからやめてくれないかしら。ちゃんと責任取ってちょうだいね」

「…今後は何か思っても良い予感がするって言ってやるよ」

「それを今言ったら元も子もないと思うわよ」

「しまった、策士め」

「ただの貴方のミスでしょう…。平塚先生、小町さん。お待たせしました」

 

バカなことを口走る八幡を放っておいて、平塚と小町に声をかける雪乃。

だが、予想外のことを返す小町。

 

「あ、雪乃さん!雪乃さんなら個性でどんな悪戯します!?」

「…悪戯?」

「おー、アウトスノーちゃんのも気になるぜYeah!」

 

小町の言い出しにプレゼントマイクが乗っかり、他の教師たちも興味津々とばかりに雪乃を見る。

 

「プレゼントマイク、ちゃんはやめてください。……そうね、比企谷君に淹れた紅茶を凍らせたり水蒸気に変えたりするかしら」

「お前な、せっかくの紅茶に何する気だっての。ていうか、紅茶でもそんなことできんの?」

「紅茶は化合物じゃないもの。紅茶の成分だけ操れないわ」

「ほーん」

「お兄ちゃんは?」

「…思いつかん」

「貴方の場合はいくらでもできそうだものね」

「そもそも悪戯を仕掛ける相手が思いつかない」

「理由がごみいちゃんなんだよなー…」

「…で、なんでそんな話が出てくんすか」

「いやー、明日のアレの話してたら盛り上がっちまってよ!やっぱわりーことは人のサーガを擽るよなあってSA!」

「…アレ?」

「明日は授業参観のはずでは?」

 

雪乃の言葉に、しまったという顔をするマイク。

ミッドナイトやエクトプラズムも何をしてるんだこのバカと言わんばかりにマイクを睨む。

訝しむような2人に、相澤が声をかける。

 

「…いや、良い。明日はお前らにも一芝居打ってもらおうと思ってたからな。疲れているところを悪いな、比企谷」

「流石マイフレンド、寛容だぜ!」

「お前はもっと守秘義務を持て。校長に守秘義務について小一時間ほど説教貰ってこい」

「ちゃんとしっぺ返しきたぁ!!」

「…また何かやる気ですか」

「知っての通り、明日は授業参観がある。期末前の最後の行事だ」

「ええ、家族への感謝の手紙を書くことというのが課題でしたね。高校生らしくはないですが、人を助ける立場にあるヒーローらしい課題かと」

「俺、来る人間いないから書かなくて良いっすよね。小町も授業だし、妹だし」

「私の家も来ませんね」

「…まあ良い」

 

八幡と雪乃の悲しい現実から目を逸らす相澤。

しかも、八幡の方は本当に保護者がいないのでデリケートな問題なのだ。

八幡本人は既に慣れているため気にしていないが。

 

「そこでだが、保護者の方々に協力してもらって、一芝居打つことになってる。保護者が(ヴィラン)に捕まるという事態を演じてもらう予定だ」

「はぁ…。アクシデントに緑谷たちを遭わせようっていうことですか?」

「それを今私たちに話すということは」

「そう。お前たちも捕まれ」

「…一応理由をお聞きしても?」

「もうわかってるだろう、比企谷。たまには自分から答えを出しなさい」

「…俺らがいると簡単に事件解決に繋がるからってことですか」

 

平塚に促されて、自分なりの答えをサラリと出す八幡。

雪乃も同意見であり、八幡の言葉に頷く。

 

「そう。作戦に使うのがガソリンと火である以上、雪ノ下がいれば簡単に鎮火に繋がりかねんし、比企谷がいれば人質なんて簡単に救出出来るからな。お前らだけで解決できてしまう為、訓練にならん」

「ガソリンまで使う気ですか…」

「じゃないと本番さながらの訓練にならんだろう。合理的虚偽だ」

「良いっすねその言葉。俺も使おう」

「相澤先生、この捻くれ者に変な言葉を教えないでください」

「またごみいちゃんの言い訳レパートリーが増えたよ…」

 

ニヤリと笑う捻くれ八幡。

無駄を嫌う合理主義の相澤。

両者の性格は似ている。

 

「…比企谷のことは置いておくが…まあそういうことだ。明日、お前たちには授業前に保護者の出迎えに参加してもらう。制服のままで良いぞ」

「…待ってください、保護者と俺が行動するんですか?」

「そうだ、何度も言わせるな」

「まだ2回でしょう。…じゃなくて、俺が保護者と?保護者から危険じゃないかって声出ませんか」

「だからだよ」

「!」

 

八幡の懸念は、曲がりなりにも(ヴィラン)の元にいた八幡が保護者と行動することにクレームが起きないかということだ。

だが、相澤は八幡の声を一蹴する。

 

「生徒の保護者たちには、一度手紙を出している」

「手紙…何を書いた手紙ですか?」

「USJから体育祭まで、果てはお前のことに関して陳謝と経緯説明の手紙だ」

「!」

 

USJ襲撃、体育祭襲撃、比企谷八幡という不確定要素の参入。

A組のみならず、B組の生徒の保護者にもその経緯は説明がされていた。

 

「お前のスパイ行為が嘘だったとは説明してないがな。…そして、今日までそのことでクレームは一件も入ってきていない」

「…」

「お前は保護者にも受け入れられてるんだ。そんなお前が一度くらい保護者たちの前に出て、比企谷八幡がどのような人間なのか見せるくらいするのは当然のことだ」

「…なるほど。じゃあ俺が保護者と同じ人質役なのは」

「寧ろそちらの方が狙いだ」

「わかりましたよ、やります」

「話がスムーズで助かる」

「粘っても無駄そうですし」

 

それに、納得したと八幡。

結局は自分の為に課された使命。

そのくらいこなさないと、受け入れてくれた相澤や生徒たちに申し訳が立たない。

そんな八幡に声をかける相澤。

 

「比企谷。お前は自分の立場を十二分に理解しているだろうが、それでも忘れるな。お前は基本的に好意的に受け止められているんだ」

「…」

「何故だかわかるか」

「…いえ」

「お前が、それに値する人間であると自分で示したからだ」

 

相澤の言葉に相澤を見る八幡。

役目を取られてしまったな、と少し寂しそうに笑う平塚。

相澤は良い教師である。

生徒たちのことを第一に考え、いつでも本気で教育に取り組んでいる。

無駄を嫌う姿からは分かりにくいが、生徒と適切な距離を保つ理想の教師像かもしれない。

 

「それに雄英が応え、力を貸している。それだけだ」

「…」

「明日は朝8時、模擬市街地αに集合だ。良いな」

「わかりました」

 

「…中学の頃、私たちに足りなかったのは…相澤先生のような言葉ですね」

「お前たちは少し拗らせすぎなんだ。もう少し素直になれば話は早かったものの。…だが、それも青春。言葉に出せずに悩んで、悩み尽くして…最後に残った想いが答えだよ。雪ノ下…」

「…頭、撫でないでください」

 

 

──────────

 

 

翌朝、模擬市街地α。

八幡はガチガチに緊張して、保護者たちの前に立っていた。

保護者たちは物珍しそうに八幡を見ている。

高校生にもなって授業参観というのも珍しいが、全国ニュースに載るようなヒーローの少年が目の前にいるのだ。

雪乃も勿論注目を集めてはいたが、やはりメディアの力は強い。

 

「ほれ、挨拶」

 

無情に相澤が2人に促す。

とりあえず、と雪乃から挨拶を始める。

 

「本日皆さんの案内役を務めます、雪ノ下雪乃です」

「お、同じく…比企谷八幡です」

「この2人には今日の訓練で皆さまと同じ人質役になっていただきます。万が一の時はこの2人が皆さんをお守りするので、ご安心を。早速所定の位置へ移動しましょう、ご案内します」

 

相澤と雪乃が保護者を先導し、八幡は保護者の後ろからついて歩く。

せめて後ろの迷子防止役になれてよかったと八幡。

だが、そこへ声をかける人はやはりいる。

 

「久しぶりね、ヒッキーくん」

「…由比ヶ浜のお母さん」

「まだ貴方が帰ってきてから会えてなかったから。本当に無事で良かったわ」

「お陰様で…」

「是非またうちに遊びに来てね?」

「…ハイ」

「それと」

「?」

「いつでも、うちの子供になって良いからね♡小町ちゃんと一緒に」

「…か、考えときます」

 

由比ヶ浜ママの距離の近さにドギマギする八幡。

2年経っても若々しさは変わっていなかった。

彼女を皮切りに、次々と歩きながら八幡に保護者が声をかけてくる。

 

「君が八幡君なんだね。彩加によく聞いてるよ」

(…戸塚のお父さんかな?)

「ど、どうも」

「彩加の母だ。宜しくね」

(マジかボーイッシュだな…。母親が中性的なのね)

「私はかおりの母親だよ、宜しくねー比企谷君。小学生の頃に一度見かけたことあるけど、大分感じが変わったねえ」

(すみません覚えてないです)

 

次々と迫る保護者に、仰反る八幡。

縋るような気持ちで由比ヶ浜ママを見るが、今度は雪乃の方に行っている。

頼みの綱があっさり切れた。

そんな八幡に、声をかける人がまた1人。

 

「あの、比企谷君。初めまして」

「ど、どうも…」

 

メガネをかけたショートカットの女性。

彼女の耳たぶからは見覚えのあるジャックが伸びていた。

個性の遺伝で親子関係や血縁関係がわかりやすい。

 

「じ、耳郎さんですか?」

「そう!耳郎美香です。響香の母親です。響香から話を聞いております。本日はよろしくお願いします」

「ど、どうも…」

「…体育祭とは随分印象が違いますね…」

「…あの日のことは黒歴史なんで忘れてください」

「ま。とてもカッコよかったですよ。…音楽とか興味ないですか?」

「お、音楽?」

「ええ。…ロック…いえ、案外バラードとか似合うかも」

「えええ…」

 

そうこうするうちに所定の位置へ辿り着く一同。

地面にくり抜かれた直径30mほどの大穴。

大穴の中心地点にはりんごの芯の様に聳え立つ足場があり、その足場には巨大な檻が鎮座していた。

くり抜かれた部分はガソリンで並々と満たされている。

 

「…すごい大掛かりっすね」

「では、あの足場へお連れします。…比企谷」

「了解」

 

保護者から離れて地面を操作する八幡。

地面を変形させ、巨大な橋を檻まで繋げる。

保護者の方へ振り向いて呼びかける。

 

「少人数ずつどうぞ。崩れない様に下から支えてはいますが、念の為」

「なら、私から行くわね」

 

スタスタと歩き始めるサバサバした金髪の女性。

明らかに見覚えがある顔だ。

 

(…爆豪の母親か。そっくりにも程があるな)

 

5分もしないうちに保護者全員が檻の中へ入り、残るは八幡と雪乃のみ。

だが、肝心の(ヴィラン)役がいない。

 

「相澤先生、(ヴィラン)役の方はどちらに?」

「アレだ」

「!」

 

ビルの方から小走りでこちらへ向かってくる全身黒尽くめの人間。

顔が見えないので男か女かもわからない。

背は高め、相澤より少し高いくらいだろうか。

 

「…どちらさまで?」

「外部に依頼したんだよ。劇団員の方だ」

「ヨロシクオネガイシマス」

「宜しくお願いします」

「…」

 

外部の人間。

そんな簡単に今の雄英に人を入れるとは思えないが、と訝しむ八幡。

雄英生徒の保護者は、現状の生徒たちの活動を見せることで安心させる目的があるので別だ。

 

(ヴィラン)役の方は同じ檻に入り、人質と同じ位置に立つことになる」

「…下手な動きをすると人質がすぐに危なくなると。…ていうか、これちょっと厳しすぎませんかね。折本のワープも届きませんよこの距離」

「彼女のワープは8m程度までだったかしら。連続でワープすれば届くだろうけど、ワープ音で気づかれるわね」

「戸塚とかは一飛びで檻まで届くだろうが…意味ないしな。檻の中の(ヴィラン)役を1人だけ狙うっていう精密狙撃みたいなことできる個性(やつ)もいないし。結構詰んでるぞこれ」

「だから貴方と私が人質役なんでしょう?先生は皆を詰ませるつもりなのよ」

「…いや、流石に救えませんでしたじゃ話にならんからな。アイツらの個性の組み合わせで正解は用意できるはずだ」

「…ま、そこらへんは緑谷や爆豪たちの役目なんで」

「お前たちは檻の中で気絶してる演技を頼む」

「寝てりゃ良いんで楽ですね」

「おい」

「冗談です」

 

個性を発動して髪を逆立てる相澤。

万が一、事故で誰かが危うくなった時に動かなければならないのは八幡たちなのだ。

個性的にも八幡の方が救助に適している為、まず第一に彼が動く手筈となっている。

 

「俺は隠れて見ているからな。訓練が終わり次第出てくるからそのつもりで」

「先生は個性での救助活動向いてないですから、お任せください」

 

檻の中へ入っていく雪乃と(ヴィラン)役。

八幡は自分以外の全員が檻の中へ入ったことを確認し、増設した土の橋を元に戻す。

そして本人は気体操作で檻の方へ飛び、檻の中へ入って準備完了。

 

「便利な個性ですね…!」

「ガーデニングに使えそうですわね」

「あら、名案ね八百万さん」

「…あの、生物…植物には使えないんで」

「あらそうなの?」

 

和気藹々と会話する保護者たち。

時間まで暇なのだ。

八幡は周りが年上の女性ばかりなので肩身を縮こませている。

せめて男の人の近くに、と蛙顔の男性のところへ近寄る。

 

(…蛙吹さん、だっけか。の親父さんかね…)

「ケロ、蛙吹頑馬です。宜しく頼むよ比企谷君」

「ど、どうも…」

 

男性といえば、エンデヴァーがいないなと八幡。

他には茶髪の大柄な男性がいるだけだ。

轟の父親であるエンデヴァーは、八幡から見ると轟を溺愛している様にしか見えない。

そう考えるとエンデヴァーが来ないのはおかしいが、轟本人は割と真剣に嫌っているので、今回の授業参観については教えていないのだろう。

代わりに誰か来ているのかもしれないが、轟の家庭環境は相当複雑なはずだ。

沙希の場合は保護者の都合がつかなくて保護者は来ていないが、轟の家庭も誰も来ていないのかもしれない。

 

 

──────────

 

 

「ミナサンオシズカニ。準備ヲオネガイシマス」

 

(ヴィラン)役が保護者たちに呼びかける。

どうやら生徒たちが近づいている様で、彼のスマホに相澤から合図の連絡が来ていた。

途端に保護者たちは口を閉じ、鬱蒼な表情で立ちすくむ演技を始める。

爆豪の母親など隣の少しぽっちゃりした黒髪の女性と手を取り合っている。

 

「…演技派だな」

「貴方も目を瞑って倒れなさい、早く」

「お前も演技派だな…」

 

雪乃は既に目を瞑って倒れたフリをしていた。

そこへ、スススと近寄る由比ヶ浜ママ。

何と、倒れたフリをする雪乃に対して膝枕を始める。

 

「え、え?」

「だって、傷ついた子供を放置するなんて大人のすることじゃないでしょう?じっとしててねゆきのんちゃん」

「は、はい」

「…ヒッキーくんもどう?」

「い、いえ!俺は…と、とりあえず俺も死んだフリを」

「死んだフリじゃないわよ」

「じゃなかった。倒れたフリを……。…いやどっちも一緒だろ」

「早クシテネ」

「すみません…」

 

とりあえず、と目を瞑ってうつ伏せに倒れ込む八幡。

そこへやはり誰かの手が伸びる。

だが、誰かが腕を掴んで引き寄せる感触はあっても、八幡の腕を掴んでる手はどこにも見えない。

 

「…葉隠さん、ですか?」

「そう!ごめんなさいね、比企谷君。私も由比ヶ浜さんと同じ意見なの」

「…」

「あら、耳が真っ赤よ?」

「…気にしない方向でお願いします」

 

透明な手に、透明な顔。

辛うじて服で動きがわかる。

よいしょ、と八幡の身体を座って抱き抱える葉隠母。

 

「身体大きいわねぇ…やっぱり男の子ね」

「…」

 

気恥ずかしすぎてもう一言も喋れない八幡。

同級生の母親にほとんど抱き枕の様な扱いをされていて、どんな顔をすれば良いかわからないのだ。

隣の雪乃の絶対零度の様な視線が痛いし、葉隠本人に見られた時の反応を思うと死ねる。

しかも、葉隠母も中々真剣なので断ることもできない。

 

(…早く終わってくれ…)

 

八幡の願いが通じたのか、慌ててやってくるA組の生徒たち。

保護者たちの異変に気がついたようで、焦燥している。

 

「っなんだよ…これっ…!」

 

切島の言葉で、咳切ったように声を上げ始める保護者たち。

各々の子供の名前を叫び、助けを求める。

 

「お茶子ー!!」

「父ちゃんっ…!」

「焦凍…!」

「っ…」

「天哉…!」

「母さん!」

「出久…!」

「お、お母さん…?」

 

「どうなってんだよこれ…!つーか相澤先生は!?」

「比企谷も雪ノ下も、どこ行ったんだよ!あの2人は案内役に」

「待って!!見て、檻の中!!」

 

尾白の言葉と、尾白の指さす方向。

檻格子の傍で保護者たちが立ちすくむ中、その向こう側に見えた倒れた2人。

八幡と雪乃。

2人とも目を瞑り、意識がない。

葉隠母と由比ヶ浜ママにそれぞれ守られるように倒れていた。

 

「…嘘、だろ…」

「あの2人が、あんな状態で…!何が起きたんだよ!!」

 

「ヒッキー!!!ゆきのん!!!」

「バカ、待ちな!!」

 

2人の傷ついた姿を見とめた結衣が穴に向かって飛び出しかけ、それにギリギリで反応できた沙希が結衣を羽交締めする。

 

「離してよ沙希!!!みんなを助けないと!!」

「落ち着きな!!下を見ろ!!ガソリンが撒かれてんだよ!!?」

「うううううっ!!!」

「冷静にならないと、助けられるものも助けられない!!あんたはそれを中学ん時に嫌ってほど理解したはずだろ!!由比ヶ浜!!」

「…!!」

 

沙希の説得に、暴れるのを辞める結衣。

中学の時、というのは八幡が誘拐された直後の時だ。

結衣は、当時闇雲に八幡を探すのではなく、それは警察に任せ、結衣本人は力をつけることに専念し始めた。

その結果が雄英合格である。

 

「オトリコミチュウワルイガ…マズ、アイザワセンセイハイマゴロネムッテイルヨ。クライツチノナカデネ」

「!? 誰だ!?」

 

檻の中から姿を表す(ヴィラン)役。

そして、(ヴィラン)役の猿芝居が始まる。

猿芝居、というが正直本物の(ヴィラン)と大して変わらないくらいの出来栄えだ。

この(ヴィラン)役の人は、(ヴィラン)というものをよく理解していると八幡。

 

シナリオとしては、(ヴィラン)は元ヒーロー志望で、雄英に落ち、その逆恨みとして生徒の保護者に目をつけた。

相澤を殺害し、保護者を守る為に動いた八幡と雪乃は戦闘不能、気絶させた。

そして、陸地の孤島に檻を設置、周囲の穴底にはガソリンを撒く。

生徒の保護者を生徒たちの目の前で殺害することで、生徒たちの未来を壊していくというシナリオだ。

簡単だが、よく考えてあると八幡。

(ヴィラン)役が保護者の傍にいる上に、ガソリンの沼のせいですぐに近寄ることもできない。

 

(さて…どうする気かね)

「勝手に捕まってんじゃねえよ、クソババア!!」

(おいコラ爆豪)

「クソババアって言うなっていつも言ってるでしょうが!!」

(え?)

 

思わず目を開けそうになる八幡。

最初の声は爆豪で間違いないのだが、その後はまさか爆豪の母親の声か。

雰囲気にそぐわなすぎる。

明らかに素だろう。

 

(…ていうか、お互いにどういう親子だよ)

 

あらやだ、ととりなす爆豪母。

生徒たちの方もポカンとしている。

気を取り直して演技を続ける(ヴィラン)役。

爆豪たちにもこれが訓練であるとはまだバレていないようだ。

 

(さ、どうするか見せてもらおうか)

 

 

──────────

 

 

「考えろ…考えるんだ…」

 

緑谷は思考を続けていた。

緑谷の前に飯田や轟が立ちはだかり、青山たちが中心となって犯人の気を逸らしている、その間に対応策を思いつく必要がある。

 

(正面戦闘は論外だ。まず勝てない。比企谷君や相澤先生がやられてる相手…!やるなら不意をつくしかない!)

 

「…折本さん、ワープで行けないかな。犯人をこっちに連れてくる目的で」

「…1回のワープじゃ届かないね。向こう岸にたどり着くだけで4回連続で使う必要があるよ」

「確実性に欠けるか…。…仕方ない。葉隠さんと麗日さん、八百万さんの力を借りよう」

 

作戦としては、麗日の個性で無重力になった透明の葉隠が、八百万の作るスタンガンを持って背後から奇襲をかけるというもの。

作戦を聞いた葉隠たちは、悪くないと頷く。

というより、現状それくらいしか打つ手がない。

その隙に爆豪や飯田、折本、戸塚といった面々が犯人拿捕に動く。

ほんの隙さえあれば、麗日の個性で向こう岸に辿り着ける面子ばかりだ。

 

「うん、私やるよ!…お母さんを、みんなを助けなきゃ!」

 

葉隠の視線の先。

葉隠母と、彼女に抱き抱えられた八幡。

一番の大役を、その身に請け負った。

急いで服を脱ぎ始める葉隠。

こんな時でも性欲の塊、峰田は葉隠の生着替えを見ようとしていたが、蛙吹に静かに叩きのめされた。

 

「行ってくるね…!」

「頑張って、透ちゃん…」

「気をつけて…!」

 

八百万から結衣へ、結衣から葉隠へと土色のスタンガンを受け取り、麗日の手に触って無重力となった葉隠。

犯人の視界外からふわふわと浮いて檻の方へ近づく。

 

(成功してくれ…!)

 

緑谷や皆の想いが通じたのか、犯人に気が付かれずに檻まで辿り着く葉隠。

後は檻格子の傍に近づいた犯人をスタンガンで気絶させるのみ。

犯人は、どの親から見せしめにしようかと品定めをしているところだった。

格子の傍にいた麗日の父親の方へ歩く犯人。

葉隠のすぐ傍だ。

 

(今だ!)

 

青白い光を発するスタンガン。

だが、犯人はそのスタンガンを蹴り飛ばしてしまう。

 

「あっ……」

「ドウヤラ、ミエナイコバエガ、マギレコンデイルタナ…!」

 

怒りに肩を震わせ、檻の鍵を開けて外へ出る犯人。

手にはどこからか取り出したライターを持っている。

まさか。

 

「やめ…!!」

 

火をつけたライターをガソリンの方へ落とそうとする犯人。

だが、そんな犯人に電光が走った。

スタンガンの電光が。

 

「ガッ…!!」

 

「!?」

「なんだ!?葉隠か!?」

「違う!由比ヶ浜だ!」

 

八百万謹製スタンガンは、一度結衣の手に渡った。

結衣が万が一のためにスタンガンを生物化していたのだ。

その為、犯人に蹴落とされたスタンガンはガソリンの沼に落ちる前に1人でに浮遊し、犯人の足元まで下からまた這い寄っていた。

葉隠がスタンガンを拾って犯人を痺れさせたのではなく、スタンガンが犯人を痺れさせたのだ。

 

「今だ!確保を──!」

 

崖へ飛び出そうとする爆豪。

氷結を通そうとする轟。

犯人に後ろから飛びかかる葉隠。

だが、犯人は痺れたまま無情にもライターを穴底へ投げ入れる。

咄嗟に葉隠がライターへ手を伸ばすも、手に火が掠っただけで間に合わなかった。

 

「一念ヲ持ッタ(ヴィラン)ハ諦メガ悪イ」

 

途端に穴底から大炎が燃え上がり、飛び出しかけた爆豪を一度止めさせてしまう。

生物化したスタンガンは炎に紛れてしまい、葉隠は余りの熱さに退いてしまう。

 

失敗した。

 

「うわああああっ!!」

「出久ぅ!!」

 

(僕のせいで──!僕が立てた作戦のせいで、お母さんが!みんなが…!!僕に託してくれたのに!!)

 

絶望に崩れ落ちる緑谷。

だが、そんな緑谷を突き動かすのは良くも悪くもいつも彼、爆豪だ。

 

「何下向いてんだ顔上げろやクソデク!!」

「…かっちゃん…!?」

 

スタンガンで痺れ、檻から出ている犯人。

檻と生徒たちとの間には炎が上がり、両者の姿は上手く確認出来ない。

つまり、何かするなら今しかない。

ニヤリと笑う爆豪。

 

「今が絶好のチャンスだろうがよ!!おい丸顔!!俺を浮かせろ!!」

「う、うん……!」

「私も!」

「僕も行く!」

 

麗日とタッチして無重力になり、飛び出す爆豪。

折本はワープで、戸塚は白い翼を背中に生やしてそのまま飛んでいく。

轟も同様に、犯人目掛けて氷結を放つ。

足元を凍らされる犯人。

爆豪と折本が同時に犯人に辿り着き、上から取り押さえる。

 

「俺たちもいこう!」

「…うん!!」

「父ちゃんをお願い、デクくん!」

 

飯田、緑谷が麗日とタッチして飛び出し、次いで轟と常闇も飛び出していく。

その間に八百万は消化器を生成し始めた。

炎の熱さに耐えつつ、檻まで辿り着く緑谷たち。

檻では葉隠が保護者たちを誘導して出しているところだった。

急いで母親の元へ向かう緑谷、飯田。

 

「お母さん、大丈夫!?」

「出久!う、うん!」

「──かっちゃん!!」

「おいお前まで来んなワープ女!!とっとと比企谷たちんところに行ってろ!!」

「いやウケないし!とりあえず犯人でしょ!?」

「比企谷と雪ノ下をやった野郎の割にはザコだなぁクソモブが!!こんなの俺一人で十分なんだよ!!」

「勝己!!あんたまたクソなんていって!」

「うるせえ、クソババアが!」

 

母親の無事を確認し、犯人を抑えている爆豪たちの方へ向く緑谷。

だが、まるで問題ないように爆豪と折本は犯人を抑えていた。

思わず苦笑いする緑谷。

こんな時でも爆豪親子は変わらない。

 

「比企谷君、雪ノ下さん!!」

「そ、そうだ!二人は…!」

 

葉隠が八幡と雪乃の容体を見ているところに、飯田もその様子を案じ、同じく容体を見ていた。

 

「…大丈夫だ。二人とも息はある。気絶しているだけだ…」

「よ、よかった…」

 

緑谷が胸を撫で下ろしたその瞬間、響く爆発音。

緑谷たちが立つ地面が揺れる。

 

「!?」

「爆発!?」

「てめぇ、今何しやがった!!」

「ミンナナカヨク地獄イキダ」

 

「爆弾が仕掛けてあったのか…!うわ!」

「キャアアアア!!」

 

揺れる地面に悲鳴をあげる保護者たち、揺れる足場の塔。

轟が咄嗟に塔と向こう岸の麗日たちがいる地面とを氷の橋で繋げるが、真下にガソリンによる炎が上がっている為にすぐに溶け始める。

次々と氷結させていくが、氷結するスピードと氷の橋が溶けていくスピードはほとんど差がない。

 

「あの橋を渡らなきゃ!!」

「無理だ、あんな細い橋では…!俺たちはともかく、保護者たちが走り抜けるには無理がある!轟君!」

「これ以上は太く出来ねえ、氷結のスピードが負けてる!!」

「比企谷君か雪ノ下さんが起きてくれれば…!」

 

だが、現状二人とも目を覚ます気配はない。

葉隠が不安そうに二人を抱きしめていた。

 

「折本さん!とりあえず、意識がない二人を向こう岸に運べる!?」

「僕が雪ノ下さんを運ぶよ!人一人くらいならなんとかなる!」

「んじゃ私が比企谷を!」

 

二人のうち軽い方の雪乃を戸塚が抱えて飛び、折本が八幡を抱き抱えて連続ワープで麗日たちのいる足場へと戻る。

 

「うぇっ…副作用が」

「折本さん!」

「かおりちゃん!」

「私は良いから、比企谷たちを…!」

「上鳴さん、由比ヶ浜さん!それぞれ比企谷さんたちをお願いしますわ!麗日さんたちは消化活動を!」

 

八百万の号令で動く麗日たち。

だが、八百万は一方で孤立した足場にいる全員を今のような方法で運ぶのは無理と考えていた。

30人も運べるほど戸塚も折本も余裕がない上に、時間もない。

緑谷たちが立つ塔は今にも崩れそうだ。

なら。

あるものを作っていた八百万。

同時に、緑谷も同じ考えに至っていた。

 

「八百万さん!防火シートを!!」

「もう作りましたわ!」

「うそすごい!!」

「麗日さん、瀬呂さん!お願いします!」

 

全員を個別に運ぶのは方法的にも時間的にも不可能。

なら、全員一度に運べば良い。

30人ほどが乗れる分の巨大な防火シートを作成する八百万。

それを麗日が無重力化し、瀬呂はテープで貼り付けて防火シートをテープごと射出。

巨大なシートを常闇が黒影(ダークシャドウ)で受け取る。

急いで防火シートを広げる常闇、緑谷。

 

「全員乗ってください!!」

「迅速に、冷静にだ!」

「飯田君、防火シートを引いて走れる!?」

「無重力のシートに乗ったものは重量は関係ない!行けるぞ!」

「僕らは防火シートの最後尾に乗って後ろから押すよ!」

「了解!」

「犯人は…」

「俺が抑えておく!テメエらはやることやれや!!」

「轟君!」

「ギリギリまで氷の橋の維持につとめる!早く乗れ!!」

「葉隠さん乗った!?」

「安全確認終わり!全員乗ったよ!私も押すの手伝う!」

 

氷の橋間際に立ち、防火シートを両手に持つ飯田。

保護者たちはシートの上で座って身を小さくしている。

その後ろに犯人を抑えた爆豪が乗り込み、常闇、緑谷、葉隠がシートを掴んで待機。

轟も氷の橋を維持しながらシートを掴んでいた。

 

「良いぞ!」

「最初から全開だ…トルクオーバー…レシプロバースト…!!」

「押して!!」

「GO!」

 

飯田が走り出した瞬間、シートを押し始める緑谷、常闇、葉隠。

そのスピードに負けないようにシートを掴んでいる。

橋を凍らせ続けていた轟は直前でシートに転がり込んでいた。

保護者たちが飯田のスピードに驚く間も無く、飯田は一瞬で対岸まで辿り着いていた。

 

「よし!!」

「早くシートを……!?」

 

しかし、その瞬間に崩れる塔。

塔にかかっていた氷の橋も同様に崩れていく。

まだ氷の橋に足を置いていた緑谷たち3人。

シートの端に掴まり、両足が浮遊する。

 

「うわああ!」

「熱い!!」

 

「早くシートを引き上げましょう!」

「急いで…!?」

 

「きゃああ!」

 

シートが引っ張られる十数人分の力。

その勢いに耐えられず、緑谷母がシートから滑り落ちそうになってしまう。

 

「お母さん!!」

「危ない!!」

 

緑谷はシートの真ん中に位置していた為、手が伸ばせない。

緑谷引子に最も近かった葉隠が左手を伸ばす。

しかし、咄嗟に伸ばされた黒い腕。

爆豪に頭を取り押さえられていた犯人の左腕が緑谷引子の手を掴み、すぐにシート上に引き寄せられる。

 

「え…」

 

その間に引き寄せられるシート。

だが。

左手を伸ばしてしまった葉隠。

犯人を欺くために全ての衣類を脱ぎ、完全な透明人間になっていた彼女は。

誰にも知覚されることなく、残った右手までも引き摺られるシートから滑らせてしまっていた。

 

「あ…」

 

「葉隠が!!」

 

何とか気づけたのは障子。

複製腕による聴覚で葉隠がシートから手を離してしまったことに気がついた。

障子の声で緑谷、常闇も異変に気がつくが、葉隠がどこへ落ちようとしているのかが見てもわからない。

 

葉隠母も娘が落ちたことに気がつく。

こんなことが起きてしまうのではないか、と誰にも気が付かれにくい娘を想って予期していた。

 

「透ー!!」

 

全員が異変に気がつくが、正確に助けの手を伸ばせる者はいなかった。

蛙吹、瀬呂がベロとテープを一か八かで伸ばすがやはり外れてしまう。

透明で地面の上に立っているわけでもない葉隠が、どの位置にいるのかが正確に判る者が一人もいないためだった。

 

──1人を除いて。

 

上鳴に介抱されていたはずの八幡が目を見開き、そのことに上鳴が気づく前に大穴へと八幡は飛び込んでいた。

 

「え」

「比企谷く」

 

すぐに強風を起こして炎を葉隠が落ちようとした地点から退ける。

ガソリンと火の海に落ちようとしていた葉隠の居場所を気体操作で感知し、上から追いついて抱き留める。

だが、気体操作をしている彼は体重が1kg未満しかなくなり、何かを抱えたまま飛ぶことはできない。

 

「届け…!」

 

故に、八幡が目指したのは崩れ落ちゆく塔の残骸、その土片。

葉隠を右腕で抱き抱え、左腕を伸ばす。

燃え盛る炎の中で遂に塔の残骸に手が届き、すぐに固体操作を発動させる。

土片が縦に伸び始め、落ちゆく土や檻と接続してどんどん新たな塔を形成していく。

それに掴まり上へ上へと上がっていく八幡と葉隠。

 

「すげえ…!」

 

あっという間に元あった檻の位置よりも高い位置に上がり、土と鉄による塔を完成させた。

その上に立つ八幡。

葉隠を抱き抱えたままだ。

 

「ひ、比企谷君…!」

「……まあ、緑谷たちからせめてシャツもらっておくんだったな」

「そ、そうだね…。迂闊だったよ…」

「…無事で何より」

「う、うん…」

「…足の火傷、直してもらえよ」

「そ、そんなことまでわかるんだ…」

「…気体操作で触れた空気で、感触が違う」

「…やっぱり感触あるじゃん。比企谷君のえっち」

「…ごめんなさい」

 

 

──────────

 

 

土と鉄の塔を操作して手折り、八百万たちがいる対岸まで足場を伸ばす八幡。

そのままなんでもないように歩いてくる。

 

「葉隠が左足の裏を火傷してる。応急処置頼む」

「ウチやるよ。……ごめん比企谷、左足がどこにあるか教えて」

「…そこ」

「んでそのどこに火傷が…」

「ここ!」

「…比企谷」

「シートから高さ4cmくらいのとこから…そう。そこから2cm×2cmくらいのとこ」

「うん、わかった」

「指差しも出来ないんだよねーこの身体だと」

 

アッハッハと笑う葉隠。

正直笑い事ではない。

何せ、透明な彼女は怪我をしたらその位置も怪我の具合も本人の申告がないとわからない。

今回の落下事故はその最たるものだ。

 

「んで、どういうことだ?」

 

葉隠を耳郎に任せた八幡が、瀬呂に訊ねられる。

 

「何が?」

「いや何がて。お前さっきの狸寝入りだろ」

「…な、何のことでしょうか?」

「いや嘘下手だな!」

「…」

 

八幡の様子に観念した雪乃が、ムクリと起き上がる。

ギョッとする結衣。

 

「ゆきのん!?」

「もう良いわ、比企谷君。訓練も終わったし」

「「「訓練!!?」」」

 

まさか、と犯人を振り向く一同。

うんうんとこちらも頷いている。

続けて保護者たちの方を見るが、皆先程とは打って変わって表情が明るい。

極め付けはこの男。

 

「はい、お疲れ」

 

ひょこりと近くのビルから出てきた相澤。

まるで無傷、何ともなさそうにこちらもまた平然と歩いている。

困惑する生徒たち。

そんな彼らをとりあえず無視して保護者の方へ声をかける相澤。

 

「みなさん、お疲れ様でした。なかなか、真に迫ってましたよ」

「いや〜お恥ずかしい!先生の演技指導の賜物ですわ!」

 

豪快に笑う麗日父。

その隣で八百万母と蛙吹父がホッと息をつく。

 

「緊張しましたわ」

「爆豪さんがキレた時にはどうなるかと思いましたケロ」

「すみません〜、つい……」

 

先ほどまでとは打って変わって急に和気藹々と話し始める保護者たち。

そんな彼らにまだ状況が飲み込めてない生徒たち。

 

「まだわからないか?言うなればこれはドッキリだ。授業参観にかこつけた合理的虚偽」

「「「は───!!!??」」」

「よくバレなかったなこれ」

「爆豪さんの声で普通にバレたと思ったわ」

「ごめんねー比企谷君、雪ノ下ちゃん」

「二人が倒れてたのも演技!?」

「そりゃそうだろ」

「膝枕も演技か!?」

「いや、アレはガハママと葉隠のお母さんが」

「「ママ!?」」

「ゆきのんちゃんを膝枕できてよかったわ〜♡」

「私もちょっと役得だったわね」

「やめてママ!なんかやだそれ!」

 

母親二人の仕打ちに頭を抱える結衣と葉隠。

そんな二人を横目に、犯人を見る緑谷。

 

「犯人の方も…?」

「その人は劇団の人だ。今回特別に協力してもらった」

「エ。…ハイ、ウソツイテゴメンネ?」

「マジかよー…」

「俺、必死になって消化の為に岩とか削り出して投げてたぜ…。いやまあ、訓練だからいいんだけどよ…」

 

ヘナヘナと座り込む上鳴、砂藤。

そこへ相澤に待ったをかける八百万。

 

「ちょっと待ってください!流石にやりすぎなのでは…!?一歩間違えれば怪我どころではすみませんでした!葉隠さんだって…」

「ちゃんと保険(比企谷)をかけてた。葉隠のは単なる本人のミスだ。気をつけろ」

「はい…」

「やりすぎってことはない。プロはいつだって危険と隣り合わせ、命懸けだ。比企谷は、プロとして誰にも解決できないと判断してすぐに危険へと飛び込んだ。…ヌルい授業が何のためになる?」

「それは…そうですけど……」

「……怖かったか?家族に何あったらと」

「…はい、とても」

 

八百万は神妙に答える。

他の生徒たちも同様だ。

緑谷など、自分のミスで窮地に陥ったと思ってしまったくらいだ。

 

「身近な家族の大切さは、口で言ってもわからない。失くしそうになって初めて気づくことができるんだ。今回はそれを実感して欲しかった」

 

生徒たちを見回す相澤。

 

「いいか、人を救けるには力、技術、知識、そして判断力が不可欠だ。しかし、判断力は感情に左右される。そういう意味ではいの一番に飛び出そうとした由比ヶ浜は論外だ。それを止めた川崎はよくやったと言える」

「…はい」

「だが、一方で由比ヶ浜の感情も必要なものだ。ヒーローが救けようとする誰かは大切な家族が待っている“誰か”なんだ。よく肝に銘じておけ」

「「「──はい」」」

「…今回、比企谷と雪ノ下が参加しなかった理由はそれらを全て持ち合わせていることと、二人に力を使われたらあっという間に解決されるからだ」

「…そっか。比企谷君がいれば遠距離から犯人だけ捕まえるなんて簡単だし、雪ノ下さんがいれば遠距離から精密射撃で犯人だけ凍らせることができる」

「…それと、比企谷に関しては家族を失う意味をよく知っているからな」

「え?」

 

八幡の方を振り向く緑谷。

他の生徒も八幡を見るが、八幡はまだ話している保護者たちの方を見ていた。

そういえば、家族が来ていない者は何人かいる。

単に都合がついていないものだと緑谷は勝手に思っていた。

 

「比企谷君…」

「…よく色々やったもんだ」

「え?」

「緑谷が」

「ぼ、ぼく!?」

「作戦考えたのお前だろ」

「あ、うん。失敗しちゃったけど…」

 

「…確かに、手際は良くなかったな」

 

ボソリと呟く相澤。

げ、と顰め面をする上鳴。

 

「犯人は一人だぞ。時間をかけすぎだしわらわらしすぎだ。それにスタンガン?もっと合理的な物があるだろ。それから犯人の気を引くのに話しかける一辺倒は芸がなさすぎる。第一、人質役の比企谷に助けられてるようじゃ話にならん。かなり甘く見積もって合格点と言ったところだ」

「ご、ごめんねみんな…」

「いいえ、私たちも焦りすぎましたわ。もっと落ち着いて引き上げると声をかけてから引き上げるべきでした」

「比企谷君、救けてくれてありがとう」

「…個性の付き合い方は人それぞれだろ。緊急時にどうにかする方法を考えたほうがいい」

「うん」

 

「よお比企谷」

「?」

「…葉隠の身体の直の感触、どうだったんだよ!?あんなにしっかり抱き締めてたら流石になんかあんだひでぶー!!」

 

言葉の途中で蛙吹にベロを叩きつけられる峰田。

親御さんが見てるのによくここまで酷い言動できるな、と峰田の母親らしき女性を見るが、既に諦めているようだ。

押し黙る八幡に恐る恐る声をかける耳郎。

 

「…」

「あ、あんの?感想」

「…ねえよ。必死だったからな」

「私結構胸あると思うんだけどなあ…」

「やめて殺さないで俺を」

「いや殺そうとはしてないよ!?ちょっと困らせて遊んじゃおっかなーみたいな!!」

「魔性の葉隠が比企谷を社会的に殺そうとしてる」

「折角保護者の方々へ好印象だったのに、これで台無しかしら」

「うわあ、ごめん比企谷君!!」

「ねえハガクレ、比企谷の腕の中どうだった!?」

「……意外と力強かった」

「ぐふっ」

「あ、吐血」

「許っ羨」

「何故峰田まで血を吐く…」

「血涙すげえ」

 

訓練が終わり、保護者も混じえて感想会と反省会を開く生徒たち。

来週は期末試験。

彼らに更なる受難が迫っていた。




今回の話は小説版が元です。
雄英白書ってやつですね。
葉隠さんの家族はオリジナル設定で、後は全員何かしら出典があります。
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