卒業まで、その席には誰も座ることがなかった。
卒業式の日、誰もいなくなった教室に一人戻ってきてしまった。
かたりと椅子を引いて窓際のその席へ座る。
──頬を伝う涙に、暫くの間気がつかなかった。
雄英高校ヒーロー科一年期末テストは四日間に分けて行われる。
三日間が筆記試験、四日目が演習試験になる。
筆記試験で危うかったのは結衣、青山、芦戸、上鳴、それから試験を雄英で初めて受ける八幡だったが、それぞれ何とかなったという手応えは得ていた。
数学に関してはエクトプラズムと雪乃には頭が上がらなくなってしまった八幡。
エクトプラズムの補習に対してどうせ待つのも暇だからと雪乃まで参戦し、二人がかりで八幡の補習に取り掛かってくれたのだ。
「エクトプラズムが妙にやる気だったんだよなあ…」
「体育祭で貴方のことを気に入ったそうよ」
「…何故?」
「エクトプラズムの両脚のことを知っているでしょう?親近感が湧いてるんじゃないかしら」
「…そういや、エクトプラズムは義足か」
昔、ある
だが、彼はヒーローを諦めなかった。
戦闘用の軽量義足を着用し、ヒーローとしてよりパワーアップして復活。
不屈のヒーローとして根強い人気を持つ。
そんな彼だからこそ、
「エクトプラズム先生かあ…。エクトプラズム先生の個性は分身だよね?」
「…確か。数は30体とか出すはずだぞ」
「流石比企谷君、詳しいね…!そう、でもカラオケ行くともっと出せるようになるらしいよ」
「いや緑谷の方が詳しくて怖いぞ…。何でそんなの知ってんだよ」
「ぼ、僕ヒーロー大全集持ってるから!」
「ガチオタか…」
コスチュームに着替え終わり、バスに乗り込むA組一同。
本日は期末試験最終日、演習試験当日。
全員ヒーローコスチュームに着替え、バスの移動の後演習試験に取り組む。
今はそのバスの中だ。
「演習試験の内容は城廻先輩がロボと戦うって教えてくれたな」
「ロボ!?なら簡単かなあ。…待って、ヒッキー城廻先輩に会ってるの!?」
「メッセージが来て教えてくれた」
「ヒッキーが城廻先輩とメル友になってる!!ど、どうしようゆきのん!」
「私もしてるわよ」
「え」
「お前のは業務連絡だろ。何あの『了解』とか『猫画像お裾分け』とか」
「最後のは業務連絡じゃなくね!?」
上鳴のツッコミにそれもそうかと頷く八幡。
だが、小町と平塚に緊急用に連絡手段が必要と諭されてスマホまで購入したのだ。
「ていうか俺比企谷の連絡先知らねえよ!交換しようぜ」
「…ほれ」
「うわ、何でスマホ渡すの!?」
「登録のやり方がわからん」
「マジか!今時の高校生でそれ良いのか!?」
「雪ノ下も知らなかったぞ」
「ええー…。そ、そういえばクラスで連絡網作る時由比ヶ浜ちゃんにやってもらってたっけ」
「…必要ないもの」
「あたしがゆきのんの代わりに出来るから良いの!」
ゆるゆりした二人にほんわかしつつ、上鳴は八幡のスマホを開こうとする。
「パスは?開いてくれねえと…」
「パスワードなんてかかってねえぞ」
「は!!?」
「特に変なの入れてねえし」
「うわ、ほんとだ…。連絡帳とメッセージアプリとスケジュール管理表しかねえ…。なんかチームアップとかでメモ書きとかねえの?だいじょぶ?」
「必要なことは頭に入ってる」
「うわ、地頭が良い奴のセリフだ!くそぅ……。……連絡先すくねー…」
上鳴の横の席で座っていた峰田、後ろに座っていた耳郎と葉隠も八幡のスマホ画面を覗き込む。
「小町ちゃんとー、平塚先生とー、雪乃ちゃん結衣ちゃん…エンデヴァー、ミルコ…雪ノ下陽乃って人はサンアイズさんか。あと相澤先生」
「ほぼ女じゃねーか…!!エンデヴァーと相澤先生以外全員女だよなぁ!!?」
「妹がいるだろ」
「女だろ!!」
「城廻ってのはさっき名前出てたね。あとこの一色いろはって誰?」
「……あてつけがましい知り合い」
「後輩だよ、中学の」
「うぇい、登録完了!」
「あ、比企谷君!私も良い!?」
「…好きにしたら」
「やった!上鳴君ちょーだい!」
「あいよー葉隠」
「男で埋めてやるぅ!オイラも!」
「ウチも」
「…比企谷、俺もいいか」
「もう好きにしてくれ」
八幡のスマホがあれよあれよとクラスの皆に行き渡り、A組全員分の連絡先が登録されていく。
爆豪の分は切島が勝手に入れていた。
沙希も折本も戸塚も入れている。
「…この連絡先画面小町に見せたら多分喜ぶな」
「なんで?」
「10人超えてる」
「そこ!!?」
「比企谷、なんかアプリとか入れねえの?」
「…2年前、脳無にスマホ壊されたからデータ飛んだんだよ」
「…なんか、ごめん」
「バカみなり」
「せめてアホにしてくれぇ!!」
耳郎に罵倒される上鳴。
比企谷君相手に会話するときは話題を選ばないとなあ、と葉隠。
過去話をする時なんてほとんど地雷である。
まともな中学生活は送っていないし、
「皆、もうすぐ着くぞ!静かに、降車の準備を!」
「ほーい」
「ていうか逆になんで相澤先生は比企谷の連絡先知ってたんですか?」
「緊急時に必要だろう」
「私たちもそん時登録したかった…」
「教えてくれてもいいのになー」
──────────
演習試験実施会場中央広場。
バスを降りたA組生徒たちを待ち構えていたのは、相澤──だけではなく、合計11名の教師たち。
イレイザーヘッド。
プレゼントマイク。
13号。
ミッドナイト。
パワーローダー。
エクトプラズム。
スナイプ。
セメントス。
ハウンドドッグ。
ブラドキング。
そして、スクリームフィスト。
「…ロボが相手、だと思ってたんすけどね」
「城廻の入れ知恵だろうが、残念だったな。ハズレだ…!」
ニヤリと笑う平塚。
雄英に入ってから八幡が見る一番の笑顔だ。
「先生多いな…?」
「…ちょうど良い人数差に見えるけどな。11…いや、13人の教師に26人の生徒」
「13?11人しか…」
「気体操作か、良い精度だね!」
もぞもぞ動く、相澤が首元から肩にかけている巻捕縛布。
捕縛布を掻き分け、ひょこりと根津校長が顔を出した。
「これで12…」
「あ、あと一人は?」
「障子、あの上見えないか」
「…!」
複製腕を目に変える障子。
皆の前に聳え立つビルの上、誰かがこちらを見下ろしているのが見えた。
しかも、なんと飛び降りた。
凄まじい着地音と共に登場する英雄──オールマイト。
「いやあ、比企谷少年と障子少年相手だとサプライズも形なしかな!?」
「普通に登場してください、普通に。無駄でしょ」
「そこは同意します」
「比企谷少年と相澤君相手だと、私のジョークも形なしかな…」
「これで…13人…!?」
「マジかよ、マジなのか!?」
「ロボ無双は…?」
「肝試し…」
「そりゃクリアした後だろ芦戸!じゃなくて…マジなんですか!?」
13対26。
計算が合ってしまった。
砂藤の縋るような問いに、ニヤリと笑う根津。
「マジ、なのさ!諸君らには、
「せ…先生方と、ですか!?」
「嘘だろ!?」
「勝てんのかこれ!!」
「面白え…!」
「…プルスウルトラ過ぎるだろ…」
不敵に笑う爆豪、弱音を吐く八幡。
校長の言葉を引き継ぎ、説明を続けていく相澤。
「尚、ペアの組と対戦する教師は既に決定済み。動きの傾向や成績、親密度………。諸々を踏まえて独断で組ませてもらったから発表してくぞ。まず…轟と」
「!」
「八百万がチームで」
「え」
「俺とだ」
「轟と八百万って…推薦入学枠の2人か」
「相澤先生相手に2対1…一筋縄では行かなそうね」
「…流石に、そこの尾の人や蛙吹さんみたいなのは相澤先生に当てに来ないな」
「尾白君や梅雨ちゃん…?」
八幡の言葉になんのことかさっぱりという様子の結衣。
そんな結衣の疑問を解消するように八幡は答える。
「…異形型の個性は相澤先生の抹消は効かない」
「あ」
「演習試験…甘くはなさそうだ」
「轟くんも八百万さんも強力な個性だけど、個性を発揮しないと戦いの組み立てすらできない発動系の個性だ。…確かに、本気で戦いが組まれてるね…」
「そして緑谷と」
「あ、僕の番…」
「爆豪がチーム」
緑谷と爆豪。
心底驚いたように顔を見合わせる2人。
新参者の八幡から見ても、2人の相性は悪い。
というより、爆豪の方が緑谷を一方的に嫌っている。
「…親密度って、そういう方向かよ…」
「そういうことだ。で、相手は…」
「私がする!」
まさかのオールマイト。
まあこの場に来ているので何かしら役目があると思ったが。
「…冗談だろ…」
八幡が直接戦うわけではないが、それでも流石にそれだけはないと思いたかった。
先日のミルコとの稽古話の方が余程優しい。
そして次々と発表されていくチームと対戦教師。
芦戸・上鳴 VS 根津校長。
青山・麗日 VS 13号。
口田・耳郎 VS プレゼントマイク。
蛙吹・常闇 VS エクトプラズム。
瀬呂・峰田 VS ミッドナイト。
切島・砂藤 VS セメントス。
葉隠・障子 VS スナイプ。
飯田・尾白 VS パワーローダー。
「後は総武枠か…」
「親密度で言えば、ゆきのんかヒッキーとペアになれるよね!?」
「…違うと思うわ」
「へ?」
「ついで、由比ヶ浜と」
「きた!」
「戸塚のペアで」
「あれ!?」
「ハウンドドッグとだ」
ズン、と前へ出るハウンドドッグ。
犬の個性を持つプロヒーロー。
雄英高校では生活指導を担当している。
「由比ヶ浜と戸塚でハウンドドッグ先生かよ!」
「あまり戦闘性能がない2人だぞ…どうなんだアレ」
「うーん…想像がつかん」
「次。折本と」
「はいはーい」
「雪ノ下がペアで」
「…」
「ブラドキングとだ」
ニヤリと笑うブラドキング。
個性は操血。
自分の血を操ることができる。
血を凝固させて拘束したり、武器に変えて戦える。
ちなみに1-Bの担任。
「こっちは液体対決か…!?」
「雪ノ下、折本。悪いが加減はせんぞ!」
「こちらこそ」
「よろしくお願いしまーす」
「んで、残ってるのは!?」
「比企谷君と…」
「川崎か!」
「…まさかあんたとはね」
「いや、ちょい待て。残ってる教師って…」
「勿論私だ!!」
嬉しそうに笑う平塚。
げんなりする八幡と川崎。
「肉体派と肉体派…よし。川崎任せる」
「あ?」
「すみません嘘です」
平塚と沙希の戦闘スタイルは似ている。
平塚が重点的に教えていたのは八幡だったが、その八幡と同じくらいよく見ていたのは沙希である。
要するに。
「師弟対決ね…」
「おお、熱いやつじゃねえか!」
「やめろ硬い人。煽らないでくれ。こっちが不利になる」
「いや俺切島だ!そろそろ名前…って、不利?」
「そうだなあ、熱い奴だ!」
「ニコニコしないでください…」
「平塚先生の個性は感情起因。本人の気持ちの昂揚で身体能力が強化される個性なのよ」
「なっ…」
「最大強化時はオールマイト並みのパワーを発揮すると言われているわ。そして、この人ライバル対決とか師弟対決とかが大好物なのよ…」
「俺なんぞよりも余程コミックに向いてる人だからな」
「げえ、マジか!!?比企谷、川崎!ごめん!!」
「心配すんな、こんなシチュじゃ先生の最大強化は出ない」
「え?」
「ほほう、私のことをよくわかってるじゃないか」
不敵に笑う平塚。
卑屈に笑う八幡。
2人とも容赦のない笑みを浮かべている。
ゴクリ、と唾を飲み込む切島。
平塚の方はまだわからなくはないが、この状況でどこに笑う要素があったのか。
「それと比企谷」
「?」
「お前は悪いが特別扱いだ」
「…嫌な、じゃなくて良い予感がする」
「なんだそれ」
「もう遅いわよ」
「…お前だけ二回参加だ」
「は?」
二回参加、と言われて呆気にとられる八幡。
理由はわかる。
中間試験を受けてない上に、四月と五月の半分以上の授業を受けていないのだ。
その分厳しくすべき、という相澤の指摘も嫌だったが頷ける部分はあった。
だが問題は、いつどうやって2回目の試験を受けるか。
「午後にB組の実技試験があるのは知ってるな?」
「まあ。…そういや、B組は25人。奇数でしたね」
「その通り、話が早くて助かるよ。お前は26人目としてB組に参加してもらう」
「誰とです?」
「それは言えない。今話すと公正じゃないからな」
「…それも午後ですか。了解」
先に八幡に誰と組むかを教えると、B組生徒と差が出ると言うのだろう。
作戦を考える時間も含めて、B組生徒として戦わせたいのだ。
気になるのは誰と組むかより、誰と戦わせるかだが。
(流石に二連続平塚先生はないだろう。…誰でも嫌だけど)
一番相性が良さそうなのはミッドナイトかな、と心中で考える。
彼女の個性は眠り香。
彼女の肌から発せられる香を嗅ぐと眠ってしまう。
女性よりも男性に効きやすい。
が、八幡の場合はその眠り香を簡単に吹き飛ばせるので個性相性差で容易く勝てる。
(まあ、組んでくれないだろうけどな)
そんなに簡単にクリアできれば試験じゃない。
「各組を見る限り、何かしらテーマ性があるわね」
「耳郎んとこは音。葉隠んとこは…索敵と狙撃の対決か。…瀬呂のとこは拘束に長けた2人…」
「…デンキンと三奈ちゃんは?」
「学力不足コンビだろ」
「おいコラ比企谷!!」
「合ってるけど不名誉だぞー!!」
「認めんのかよ…。あとはよくわからん。緑谷と爆豪はわかりやすいけど」
「ああ!?オメーの方がわかりやすいわオラ!!」
──────────
それぞれ演習試験会場へバスで向かうA組の生徒たち。
八幡と沙希の2人は模擬市街地α。
先日、授業参観で使用された旧市街地である。
舗装された道路は傷ついてひび割れ、あたりの建物はほとんどが廃墟。
そんな旧市街地に立つコスチューム姿の八幡、沙希。
目の前にはいつもの白衣にスーツの平塚。
これがコスチュームだというのだから簡単で良い。
沙希のヒーローコスチュームはパンク・ファッション。
耳郎のものと少し似ているが、こちらは黒の薄いジャケットに灰色のシャツ。
青と水色、紺が混ざったデニムパンツには腰にスチームパンクデザインの時計が付いている。
「時計?」
「いや、これ計測器。私の中の衝撃エネルギーがどれだけ今溜まってるかを示す奴」
「おしゃれだな…」
「…ん」
「お互いの確認は済んだか?…さて、まずはこれを渡しておこう」
平塚が2人に渡したのはハンドカフス。
いわゆる手錠である。
「制限時間は30分。これを私に取り付けるか、脱出ゲートをどちらかが潜り抜けるかがこの試験のクリア方法だ」
「クリア方法が二種類?」
「そう。いわゆる“
「動物における闘争・逃走本能のことっすね。…今回の場合は、会敵したとして勝つか逃げるかを選択する…」
「やはりお前は理解が早い。その通り。今回の試験の敵は皆生徒よりも格上だ。それもかなり」
「力量差がある相手に真正面から挑むのはバカのやること。相手をするより応援を呼ぶべき…。なるほどね」
「比企谷。お前が2年間耐え忍んだことも逃げる手段の一つだ。あまりに長期スパンだったがな」
「…ありゃ逃げ出せなかった俺の落ち度ですよ」
「そう言うな。結果的に功を奏している。…話を続けるぞ。だが、戦ってクリアする方法もこちらは提供している。その為のハンデがこれだ」
平塚が手足に身につけているのはパワーアンクルとパワーリスト。
いわゆる重りである。
「お、なんかかっこいいの付けてますね」
「やはり男子だなお前も。これはサポート科の発目がデザインしたサポートアイテム……いわゆるハンデの重りだ。教師陣の体重が1.5倍になるよう設計されている」
「1.5!?」
「…1.5すか」
「まあ、比企谷は普段からそのハンデを背負ってるようなもんだからピンと来ないかもしれないが、一般男性が70kgだとすると100kgを超えるんだ。かなりのハンデになるぞ」
「なるほど。確かに普段よりかは勝てそうっすね」
「…けど、先生の場合はそのハンデもメリットに変えてしまうんじゃないですか」
「まあな!うーん…パワーリスト。パワーアンクル!漢はハンデを背負ってこそだな…!」
「…この人やっぱり性別男でしょ」
「まあ否定はしない」
「お前は師の名誉の為に否定しろ愛弟子!!」
目を角にして怒る平塚をさらりと躱す八幡。
そんな2人を白けた目で見ながら、沙希は平塚に対する情報を整理していく。
近接戦には自信がある沙希だが、平塚は近接戦をこなす上に長期戦に半端なく強い。
八幡は中距離向きで近接戦が苦手だが、苦手なだけでできないわけではない。
ブツブツ文句を言いながらも沙希と近接戦の訓練をしてくれたこともある。
「私はゲート前から。君たちはステージ中央からスタートだ」
「…普通ならゲート前で待機ですよね」
「普通なら、な。私ならどうかな?」
「最初からブラフかまさないでくれます?俺たちの動きを限定させる気でしょ」
「君と心理戦なら私は大歓迎だ。それなりの付き合いの私でも君の心の動きは読めん。実に楽しいからな」
「お互いに性格分かりきってますからね…。いや勿論俺は痛いのやなので逃げますけど?」
「痛みに慣れきったドMが何を言うか!」
「…身内のやりとりいいんでさっさとしてくれません?」
眉を顰めた沙希の言葉でそそくさと離れていく平塚、頭を掻く八幡。
平塚が離れていくのを見て、八幡に話しかける沙希。
「…どういう作戦でいくの」
「俺が惹きつけるからお前はゲートに走れ」
「却下」
「…一応聞くけど理由は?」
「三つある。まず私とあんたならあんたのほうが速い。あんた先週時速150kmくらい出して
「…ありゃミルコが捕まえたんだよ」
「もう一つ。私の方が防御に長けてる」
「川崎は掌か足の裏じゃないと衝撃受けられないんだろ。先生のスピードについてけるのか?」
「…」
「…三つ目は?」
「個人的理由。黙秘するよ」
「なんだそりゃ…」
とりあえず却下されてしまったため、じゃあお前はどうすると聞き返す八幡。
それに対して即答する沙希。
「2人で戦うか2人で逃げる」
「…俺は誰か抱えては飛べないぞ」
「じゃあ2人で戦うしかないね。簡単じゃん」
「いや、2人で土流に乗って逃げるのはできる」
「んじゃそれでもいいよ」
「よくわかんねーな…せっかく2人居るんだから数の利を活かすで良くねえか?」
「わからないならそれでいいよ。……それより、平塚先生はどう出てくると思う?」
「…さっきはあんなこと言ってたが、あの人の性格上確実にこっちに向かってくるぞ。制限時間丸々ゲート前に居座るとか絶対やらないな」
「ならとりあえずその間にゲートとの距離詰めて…出くわしたら戦うって感じだね」
「…距離詰める、なんでできりゃいいがな」
「?」
八幡がボソリと呟いた言葉に、ある種の確信が篭っていることに気がつく沙希。
だが、何のことかがわからない。
『皆位置についたね』
「! リカバリーガールの放送…」
「始まるぞ。構えてろ」
「?」
「早く」
「…ああ」
『それじゃあ今から、雄英高1年A組期末テストを始めるよ!レディイイ────…』
『ゴォ!!!』
──────────
次の瞬間、沙希の目の前に何かが降ってきた。
クレーターを作ったその何かは、ゆらりと立ち上がる。
「…マジ?」
「…会敵したら?」
「た、戦う」
「…まあ、正直俺もこの人相手から逃げ切れる気がしないからそれでいいぞ」
「…そうだね……」
「…なんだ、逃げないのか?余裕じゃないか…比企谷、川崎…!!」
土煙の中から悍ましい笑みを浮かべた平塚が現れる。
それに対して平然と宣う八幡。
「逃げる必要ないんで」
「やはりお前には拳骨かな!?」
「あ、それは勘弁してくださいよっと!」
平塚の左右から土の鞭が十数本迫っていた。
一本の鞭は直径80cm程、当たれば痛いでは済まないだろう。
八幡の容赦ない攻撃に、味方の沙希の方が驚いてしまう。
だが。
「温いぞ!!」
殆ど躱し、当たりそうな土の鞭だけを拳で砕いてしまう平塚。
「シンプルな強化系に君は相性が悪いのになあ!正面戦闘を望むのか!?」
「天敵が試験に組み込まれただけでしょ、仕方ないんですよ!」
「私が前に出る!」
「まあ君らの組み合わせなら川崎が前衛はわかるがな!!」
それは無謀というものだよ、と平塚。
衝撃転換を足裏に利用した川崎の跳躍。
彼女は体内に溜めた衝撃エネルギーを再利用して掌、又は足の裏から放出できる。
流石に速い。
だが、平塚の反射神経で十分対応できる速度だった。
沙希目掛けて拳を打ち抜く。
いきなりの反撃に沙希は反応出来ていない。
カウンター気味に放たれた拳は沙希の腕を潜り抜ける──空を切った。
「なに!?」
「!!」
沙希の腰を、後ろから伸びた土の手が掴んで沙希を無理矢理平塚の拳から躱させていた。
そのまま沙希を引っ張って八幡の元へ引き戻す土の腕。
「気をつけろ。あの人はさっきお前が言った通り、ハンデなんてないに等しいと思え」
「…訓練時より明らかに速いんだけど」
「まあそれなりに本気なんだろ」
「…気をつける」
「作戦タイムはもうないぞ!」
「げ」
2人に突っ込んで来る平塚。
左右に分かれて逃げる八幡と沙希。
現状、2人は平塚の一挙手一投足で全て逃げの選択肢を取らされていた。
とにかく速い。
速すぎるのだ。
しかもエッジショットのように細く速いのではなく、大きいくせして速い。
まるで重機関車である。
「ミルコが遊び相手に選ぶわけだこりゃ!」
「お前こそミルコの弟子っぽいところを見せてみろ!」
「いくら俺らが逃げる素振り見せないからって不用意過ぎませんかね!?走れ川崎!やっぱりゲート目指せ!!」
「却下したでしょ!」
「いや何でだよ!」
八幡と平塚による高速戦闘。
平塚は徒手空拳で、八幡も同じくガントレットとレガースによる拳闘武器で打ち合う。
八幡の方は大地を使った攻撃を全く活用できていなかった。
ここまで相手の動きが速いと大地を使っている暇はない。
結局ステインは身体強化の類の個性ではなかったが、平塚身体強化の個性の中でも上位の個性だ。
その上、沙希の方は戦闘に全く参加ができていなかった。
(2人とも速すぎる…!)
それにしても川崎と比企谷の2人は微妙に意思疎通が出来てないな、と平塚。
意思疎通が出来ていないというより方針が固まっていない。
正直な話、この試験で一番楽な方法は片方が教師の足止めをして片方が逃げるという方法。
(そして、恐らく足止め役として比企谷にはそれが可能なはず。それをしないのはやはり川崎のエゴか。…奴の気持ちを考えれば妥当かもしれんがな)
やはり自分に関してはわからないことが多いな、と八幡に対する評価を再度確認する平塚。
八幡と組む場合、恐らく総武組は誰もその方法を取らないだろう。
特に雪乃と結衣。
「コミュニケーションが取れていないな、相変わらず苦手か比企谷!!?」
「何のことやら、分かりませんね!」
「君は本当に自分のことがわからない奴だな!」
「そんなに簡単にわかったらぼっちやってませんよ!」
「今の君をぼっちとは呼べまい!」
「川崎!!」
「!」
平塚の拳に一際力の入れた蹴りで合わせ、その反動で沙希の方へ跳ぶ八幡。
「一旦立て直す!」
「逃げられると思うか!?」
「思ってるから言うんですよ」
「!」
沙希の隣に着地し、八幡の意図を察した沙希が八幡の肩をしっかり掴む。
2人の立つ地面を操作する八幡が、そのまま足場を変形移動させてゲートとは逆方向に逃げる。
「行かせん……!?」
すぐに追いかけようとする平塚だが、2人との間に巨大な土壁が出現する。
それを咄嗟に拳で打ち抜いてしまう平塚。
ハッとなって慌てて土壁を抜けるが、やはり2人の姿はなかった。
本来なら一足飛びに超えられる壁の高さだったが、土壁をぶち抜くことで越えることを選択してしまった平塚。
「くっ、私の個性の副作用を突いてきたな。気持ちの高揚による正面突破気味の傾向を見抜いていたか!」
平塚は気分が高揚すると身体能力が強化されるが、その反面正面突破や小細工をしにくくなるという傾向にある。
これは主に平塚の性格と趣味嗜好の問題である。
副作用と呼べば副作用だが、それでもあまり問題ない為世間的には気にされていない。
だが、やはり八幡はそこを突いてきた。
「こんな小技一つで…ふん。ゲート前に戻ってやるか…」
──────────
「おい。試験クリアする気あるのかお前…」
「2人で逃げるか2人で戦うかっていうのは合意したでしょ」
「まあそりゃそうだけど…一番有効な手を捨てる理由がわからん」
廃ビル3Fに隠れた2人。
柱を背にしてそれぞれ座っている。
最初のスタート地点よりも更に後方に下がっている。
ゲートまでは2.5kmといったところだろう。
残り時間、20分。
「…」
「…悪い、理由があるなら試験開始前に先に聞いとくべきだった。今なら聞ける。5分使うぞ」
「ちょ…5分も使うの?」
「一応ペア組んでるんだ、大事なことだろ。方針が決まらないと動けない。…こういう時、大体人の気持ちは読める方だ。理解もできる。許容できないからぼっちなんじゃない、って雪ノ下には言われたけどな」
「…」
「けど、今は本気でわからん。だから教えてくれ。なんで…」
「…2年前の時さ」
「!」
八幡の言葉を遮って話し始める沙希。
とりあえず話し始めてくれた、と黙って聞く姿勢に入る。
「あんたがいなくなった時」
「…」
「…私、泣いたよ…」
「!」
「……けーちゃんの前で。大志の前で。もう1人の弟も、両親もいる前でさ…泣いちゃったよ。…あの時は、情けないとこ見せちゃったなあ…」
黙って聴き続ける八幡。
沙希の言いたいことが何となくわかった気がしたからだ。
その上で、彼女の言葉を全て聞かなければならないと考えていた。
「…ずかずかと人の事情や心内に知らず知らず入り込んできて、勝手に物事解決したり、爆弾落としてったりしてさ…」
(…そんなことしたっけ)
「置いてかれたと思った」
「…俺に、か?」
「そう。…知らない所へ、遠い所へ…置いてかれたと思ったよ」
「…あれは、
「わかってる。…あんたが悪いわけじゃない」
「…」
「でもさ…もう、私はあんたに1人先遠い所へ行かれるのはいやなんだよ…」
「…どっちかと言うと今回の場合は俺が置いてかれる方ですけど」
「あんたが囮やって、私だけゴールするっていうのはこの場合同じじゃないの?」
「…」
立ち上がる沙希。
そのままゆっくり八幡の方へ歩く。
一歩、一歩、また一歩。
その足を踏み出すごとに、まるで彼がその場から消えてしまうことを恐れているかのように。
「…あんたにいなくならないで、置いてかないでって言うのは…私の我儘だ」
「…」
「…聞いてくれない?女の我儘を…」
「…」
八幡のすぐ隣に座る沙希。
その近さにぞくりと肌を冷たい感触が伝わったが、八幡は逃げなかった。
今逃げたら、何故か雪ノ下や由比ヶ浜に申し訳ないんじゃないかと思ったから。
「もし聞いてくれないなら…」
「?」
「何としてでも追いついてボコボコにしてでも止める」
「おい」
「冗談じゃないから」
「意味ないだろそれ」
沙希の真顔で出た言葉に思わず笑う八幡。
「…冗談じゃないって言ったよ」
「…ああ、わかってる」
「じゃあ何で笑うわけ?」
「わからん」
「はあ?」
「さっきも平塚先生が言ってただろ。俺は俺のことなんてわからないんだと」
「…何それ」
「お前まで笑ってんじゃねえか…」
「…あんたが笑うからでしょ」
そのまま何故か笑い続ける2人。
試験中など冗談かのような雰囲気だ。
ひとしきり笑い終わると、すくりと同時に立ち上がる。
「…いくぞ」
「…わかってる」
2人の間に具体的な策は一つも出ていない。
だが、2人の方針は既に決まっており、そのことは2人の間でお互いに理解していると考えていた。
試験時間、残り約16分。
──────────
ゲート前、平塚は宣言通り仁王立ちで2人を待っていた。
時計を確認し、残り時間が9分であることを把握する。
既にA組生徒たちは半数近くが期末試験をクリアしていた。
残っているのは芦戸ペア、切島ペア、峰田ペア、青山ペア、戸塚ペア、そして沙希と八幡のペアのみ。
「…まさかオールマイトのところをクリアするとは思わなかったが。手心を加えただろうが、それでもこんなに早く…」
独り言をやめて構える平塚。
姿は見えなかったが、来ている。
(流石に真正面からは来ないか…。比企谷の性格上来るわけないが。川崎も正面戦闘に拘る類の性格をしていない。…面倒だな)
八幡の個性は万能で、応用が効く個性である。
生物以外何にでも使える個性で、彼の半径100m以内で彼と物理的に接続されているものは全て変形・圧縮・高速移動と何でもあり。
罠を張られたり奇襲されたりとやられたい放題だろう。
それの対策は平塚は一つしか取れない。
(全部殴って壊す。これしかできん。…そもそも、総武出身のデタラメ個性を2人も私が担当することになるとはな)
総武出身で明らかにズルいと言える個性は4人。
比企谷八幡、接続操作=物理万能。
川崎沙希、衝撃転換=衝撃無効。
折本かおり、瞬間移動=移動チート。
海老名姫奈、妄想鼓舞=バフデバフチート。
それぞれ制限はあるが使われると厄介極まりない個性だ。
(そのうちの2人が潜伏して仕掛けてくる…しかも片方は比企谷!川崎は盾になれる!…どうしたものかな)
次の瞬間、平塚の前方、一番近い廃ビルの方から突風が吹き始めた。
突風は平塚を覆い、暴風へと変わって荒れ狂う。
八幡の気体操作による暴風。
風で目が開けづらくなり、視界が一気に狭められる。
(まずは視界を…。鉄板だな)
そして、狭まった視界の外。
平塚の斜め前の左右から迫る2人の影。
平塚まで残り10m。
土の中から出てきたように見えた。
(地面に穴が開けられたことに気が付かなかった!おのれ謀るなやはり!)
オールマイトはその強大すぎるパワーで、拳を振ると共に風圧による衝撃波を放てる。
平塚も同様であり、全力のオールマイトには及ばないものの、心の昂り様によってその衝撃波も強弱が変わる。
今の彼女の気持ちは。
(小細工か…悪くない。正面から勝てないなら工夫するのは至極当然のこと)
両手を拳に握り、2人へ衝撃波を撃ち出す平塚。
片方の影は衝撃波を両手で受け止め、もう片方の影はなんと爆散してしまう。
「なっ……ニセモノ!!?土の人形か!?」
こんなものを八幡が作ったところは今まで見たことがない。
一番近かったのは体力テストの時の人形だが、アレは大きさ8mほどもあった筈。
人間大の土人形を作って動かせる様になっているのか。
また、受け止めた方は沙希。
更に一歩、衝撃転換した跳躍で今度こそ平塚の懐へ飛び込む。
その手にはハンドカフスが携えられていた。
『川崎。トドメはお前に頼む。お前なら先生の攻撃を確実に1回は防げるだろ』
『…あんたは何すんの?』
『あの人を止める』
迫る沙希に対してやはり迎撃の構えを見せる平塚。
彼女の後方10m程にはゲートがある。
下がるという選択肢はそもそもない。
「結局正面突破!比企谷は後方で大地を動かしてるのか!わかりやすくていいぞ!」
「そんなわけないでしょう」
「!?」
平塚の上。
八幡が、ビルから飛び降りて平塚目掛けて蹴り下ろしにかかっていた。
コスチュームから紐が伸びてビルと接続しており、ビルを伝って大地を接続操作している。
悪い笑みを浮かべ、足を振り抜くその様は。
思い出される勝ち気なバニー。
「似た者師弟が!!」
「全然似てませんよ!」
「そうやって否定するところがもう似てるんだよ!!」
左から突っ込んでくる沙希のハンドカフスを左手で掴み、真上から八幡が放つ
砕かれる平塚の足元の地面。
「マジかよ…!同時に止めやがった!」
「どういう身体能力…!」
「ふはははは!私に真正面から挑もうなんて…!」
「いくよ比企谷!!」
「!?」
ハンドカフスを持たない沙希の右拳が平塚に向けられていた。
どうせハンドカフスを掛けようとしても弾かれるか逃げられる。
なら、押し込むまで。
そういうことか、と沙希の後ろに土壁を用意し、沙希と平塚の足場と土壁を繋げる八幡。
「ゲートに押し込む気か!!いくらなんでも私がそれでパワー負けすると思うか!?」
「そりゃ足場が信頼できる時の話でしょ」
「!?」
「今は俺のモノだ」
土壁→足場→平塚のブーツ、ズボンと接続する八幡。
これにより平塚は沙希のパワーで動かされる時、自動で動く。
足場が八幡によって動かされる上に、出力源の沙希まで平塚の動きによって動くことになる。
「衝撃エネルギー………
川崎沙希、ヒーロー名ハウスキーパーの必殺技。
衝撃エネルギーの全放出。
しかも拳からでも脚からでも放つことができる。
最大時まで溜めた時の
そしてそれを、真正面から受け止める平塚。
「ぐうううううううううううううっ!!!」
「押し込む!!!」
沙希の背中を土壁で押して助力する八幡。
ついでと言わんばかりにちゃらりとあるモノを懐から取り出すが、平塚にはそれに対処する余裕はなかった。
足場と土壁ごと動く3人。
そのまま凄まじい勢いで真っ直ぐ突き進み、目指すは──ゲート。
必死の沙希。
ようやく、隣に立つことが出来た。
ゲートを平塚ごと潜り抜け、そのまま力尽きる沙希。
倒れた彼女の表情は、とても柔らかな笑みを浮かべていた。
『川崎・比企谷ペアクリア!残り時間7分──……』
──────────
「…やってくれたな」
「川崎に言ってくださいよ」
「お膳立てしたのは君だろう。それにこれ…」
じゃらりと右腕を翳す平塚。
その腕にはハンドカフスが付けられていた。
沙希が持っていたものではなく、八幡が持っていたものである。
「保険ですよ。それに川崎の相手でいっぱいいっぱいに見えたんでチャンスだと。ハンドカフスに気付いてたでしょう。それでも先生は反応できなかった」
「…ああ。川崎の方から意識を背けたら吹き飛ばされかねんかったからな。私が川崎の一撃を受け切れたのは川崎に全身全霊で挑んだからだ」
「…なら、やっぱり功労者はコイツですよ」
「…お互いに否定するだろ君たちは」
「そうかもしれませんね」
「まあ、良いコンビネーションだったよ。パワーの川崎とテクニカルな比企谷でな」
「そりゃどーも」
だが──。
やはり功労者は比企谷だろう、と平塚。
何故平塚が試験開幕に2人の元へ急行したか?
答えは一つしかない。
八幡に時間を与えれば今の様に2分足らずでクリアされていたからだ。
周りは旧市街地。
ほとんどが人が住まない廃墟の設定で、街の被害を気にする必要がない。
そうなれば何にでも武器に使える八幡の独壇場になる。
だから平塚は2人に詰めた。
そのまま30分間逃げず逃さず、2人を疲弊させる気だったのだ。
(それを比企谷は川崎を連れて一手で逃げ切った。時間さえ取ればどうとでもなると考えていたのだ。…状況が本当によく見えている。私は2人を見失えば、ゲートに戻るしかなくなるからな…)
スタート地点は固定だったのですぐに跳んで来れたが、そこから2人が動くともうわからなくなる。
根津ならその頭脳で2人の動きを予測できるかもしれないし、ハウンドドッグなら匂いで確実に2人の後を追えるだろうが、平塚にそんな技能はない。
「…やれやれ」
「?」
「なに、優秀な生徒を持つと教師はやりがいがあると思ってね」
「はあ…。まあそりゃ中学の頃遅刻魔だった癖に塾のスカラシップ取るほど優秀でしたからね」
「…自慢かね?それとも自虐かね?」
「は?」
「君も大概ということさ」
「…なんでも良いですけど、何で俺がこいつ背負ってるんですか」
気絶した沙希を背負う八幡。
3人は移動バスへまた向かっていた。
その背に伝わる感触を平塚と話すことで意識しない様にしている。
土を操作して運ぶと言ったら女の子を地面に寝かせたまま運ぶ気かね?と平塚に言われて泣く泣くやめたのだ。
「ペアだから」
「…まあ、そりゃそうですけど」
「…何か川崎と話したのか」
「何故そう思うんですか?」
「川崎の目元が赤くなってたからな。女泣かせめ」
「…別に、我儘聞いただけですよ」
「我儘?川崎がそう言ったのかね?」
「まあ」
「可愛いもんじゃないか。我儘を言ってその要望に応える間柄など」
我儘と言うが、沙希が八幡に向けて我儘を言うところなんて初めてである。
それどころか、同級生に向かってこんなことを沙希が言うのは初めてではないか。
八幡レベルでぼっちだった彼女にそんなことを言う場面も相手もあったとは思えない。
いつからこんなことを言う様になったのか。
雄英に八幡が戻ってきてからか。
それとも。
「…君はもっと君の周りにいる人間が君に対して何を考えてるか知るべきだよ」
「人間の心中なんて解りゃしませんよ」
「君は、わかる方だろう?解ろうとしないだけさ。中学では雪ノ下のことをかなり深いところまで理解してたと記憶してるがなあ」
「…」
「…まあ良い。君は早く休憩に入ったほうがいい。私なんぞよりも余程手強い教師が、午後では君の相手をする」
「…やっぱ相手は」
「ん?私は何も言ってないぞ?具体的には、な?」
そう言ってお茶目にウィンクする平塚。
先程までうなる剛腕を振るっていた者とは思えないかわいらしさだ。
「…どうも」
「何のことかね、わからんよ」
やはり相手は。
厳しくするぞという相澤の言葉通りだった。
B組期末試験、八幡の相手教師。
──平和の象徴、オールマイト。