何がヒーローたらしめるか   作:doraky333

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大地を編み、空を駆ける少年。
打ちのめされても立ち上がる。
決して大きな身体はしていない。
しかしあの日、傷つきながらも守る為に戦う彼の姿は。

──彼こそが正義そのものに見えた。


Hero's Episode9.泥と闇を被るヒーロー

1年A組の期末試験が終了した。

現時点で不合格なのは切島、砂藤、芦戸、上鳴の4人。

切島と砂藤はセメントスのコンクリート地獄を突破できず、芦戸と上鳴は根津校長が運動場γを利用した迷路を攻略できず、両組クリアならずとなってしまったのだ。

再びA組演習試験実施会場に集まるA組一同。

気絶していた爆豪、沙希、ミッドナイトによって眠らされていた瀬呂も覚醒してその場にいた。

ポタリ、と涙を落とす芦戸。

 

「ううっ…合宿…行きたかった…」

「ま、まだわかんないよ三奈ちゃん!」

「葉隠ぇ…」

「俺もやべえかもなあ…ミッドナイト先生に最初に眠らされちゃったしよ…」

「おい瀬呂」

「なんだよ峰田?」

「…ミッドナイト先生の膝枕どうだったんだよ?」

「そ、そうだなあ…。あんま覚えてないけど、低反発枕みたいな感じ?」

「…!!」

「…おお、泣いてる」

「よくそんな人の羨ま話聞くだけで泣けるな…」

「比企谷ぁ!!お前も川崎をおんぶした感想言えやあ!!」

「…本人がそこにいるのに言えるか。顔面に拳喰らいたくない」

「ちょっと。そこのバカ二人…」

 

沙希の言葉と危ない視線にひいっ、と八幡の足に隠れる峰田。

何で俺まで、と言いたげに目線を逸らす八幡。

そんな生徒たちの前に相澤がビルの中から現れる。

 

「ほいじゃお疲れ。全員バスに乗って教室へ戻れ。今日は昼食とホームルームを終えたらそのまま帰宅だ。比企谷だけ昼食後はバスに乗ってここに集合」

「戻るのめんどいんでこのままでいいです」

「…ここには教師用の弁当しかないぞ」

「それくれるなら是非」

「…変なやつだ。中に入ってろ」

「はい」

 

八幡だけ一人生徒たちから離れ、ビルの中へ歩いていく。

そこへ声をかける結衣。

 

「ヒッキー!頑張って!」

「…んん」

「もっと声出して頑張る!とか言うの!」

「俺がそんなこと言ったら変だろ」

「…変かも」

「よし」

「よしじゃなくて!」

「結衣ちゃん、こういう時はもう比企谷君が照れて照れて仕方ないくらい応援の言葉をかけるんだよ!というわけで比企谷君がんばれー!」

 

葉隠の言葉にうっ、と退く八幡。

それを見て目を光らせる結衣、おおと頷く切島。

 

「ヒッキーファイトー!」

「よっしゃ比企谷!俺の分も頼むぜ!!」

「比企谷、B組に愛想よくしろよ!」

「ちゃんとペアの人の名前覚えなよー」

「比企谷くん、是非感想教えてね!」

「A組の代表として恥じぬ行動を心がけるんだ!」

 

次々上がる声に恥ずかしくなってそそくさとビルの方へ早歩きする八幡。

なにこれ、何だこれと胸が疼く。

仕方ない人ね、と雪乃。

 

「比企谷君」

「!」

「…頑張って」

「…おう」

 

今度こそビルの中へ入っていく八幡。

生徒たちはゾロゾロとバスへ向かう。

 

「…結局雪ノ下と由比ヶ浜だよねえ」

「わかる。比企谷と二人はなんか特別な感じするなあ」

「結局ちゃんと返事したのその二人にだけだもんね」

「なんかずるいなあ…」

「ず、ずるいかな…」

「…ずるいね」

 

耳郎の言葉にキッパリと賛同する沙希。

え、と結衣があっけに取られる。

 

「…先に私が会っていれば…」

「…沙希」

「…ごめん、なんでもない。私は私なりにアイツと付き合っていくよ」

「…」

「だから、アイツをこっちに引っ張るのはあんたらの役目だから。私らは…アイツを受け入れる場所を作る」

「…うん」

「ぼやぼやしてるともらうからね」

「…あげないよ」

「そ」

 

「な、なんの話だ?川崎どした?」

「切島…ちょっと黙ってよっか」

「芦戸!どういうことだ!?」

「いいからお口チャック!今めっちゃいいとこだから!」

「はい!?」

「…違うよ、単に比企谷とチーム組めたらなって話」

 

沙希がなんでもないように切島に声をかける。

チーム、と言われてピンと来る瀬呂。

そういう方向に話を持って行きたいという沙希の意図を掴む。

 

「チームかぁ!俺のテープを比企谷は操れるらしいし、俺は相性良いかも!」

「比企谷君なら私の位置を正確に掴めるから比企谷君の大規模土攻撃に巻き込まれることはないよね!私も立候補!」

「私なら身体重なった比企谷君の体重0に出来るし、何かに利用できひんかな」

「あ、それ行けそうだね!固体操作を発動させつつ麗日さんのゼロ・グラビティで体重を無重力化することで比企谷君はデメリットを完全無視して飛行することができる身体強化も加えればベスト既に空中飛行を自分だけで完結させてる比企谷君の強みに更なる拍車が」

「…俺も、氷を使ってもアイツは巻き込まれたとしても氷を自分で剥がせるから組めるな…」

「比企谷と轟のコンビはヤバそうだぜ…」

「それを俺が二人まとめて叩き潰す」

「いやこれチームアップの話だぞ爆豪。でも、俺も硬化したら巻き込まれても怪我はしねえからな!いけそうだ」

「…比企谷は流石に音は操れないよね。逆にカバーできるかも」

「スイ☆彼ならきっと僕を一層輝かせる晴れ舞台を作ってくれる!」

 

試験後だというのにバスの中でわいわいと個性談義に花を咲かせる一同。

ホッと息をつく結衣、バスの窓から八幡が入って行ったビルを見る沙希。

そんな二人を見つめる雪乃。

 

「…雪乃ちゃん」

「…蛙吹さん」

「梅雨ちゃんと呼んで。…ケロ、大丈夫よ。比企谷ちゃんにとって、悪いことには決してならないわ」

「…そうね」

 

楽しそうに空想の話をする彼らに、雪乃は少しだけ微笑む。

 

「…比企谷君の居場所に、A組(ここ)を選んでくれて良かったわ」

 

 

──────────

 

 

「む?比企谷」

「…さっきぶりっすね」

 

教師たちの待機場所にひょこりと顔を出した八幡。

それに対応したのは先ほどまで戦っていた平塚である。

 

「…君、まさか教室に戻るのがめんどくさいからってここでB組の期末開始を待つわけじゃないだろうな」

「よく分かりましたね」

「君の考えそうなことくらいお見通しだ。君のことはもう二年も見てるんだぞ」

「…もうそんなになりますか」

「そんな年寄りみたいな事を抜かすな。私までババアになる。ほら、弁当を取りに来たんだろう。ランチラッシュ謹製だぞ」

「そりゃありがたい」

 

そのまま平塚に連れられて飲食スペースに連れていかれる八幡。

本当は一人で食べたかったのだが、我儘通したなら少し付き合えと平塚に連れてこられたのだ。

飲食スペースには、相澤とブラドキング以外の試験に関わる教師が全て揃っていた。

オールマイトはトゥルーフォームである。

 

「やや、比企谷少年!?」

「…よくよく見ると本当に骸骨ですね」

「はっはっは、スカルジョークと行こうかね!?」

「結構です」

「…君…相澤君に似てきてないかい?」

「おい比企谷、言動を直せとは言わんが…。イレイザーのように身嗜みを一切気にしないのはやめておけ」

「流石にアレはないです。髭似合いませんし多分」

 

ファッションに無頓着な八幡にアレはないとまで言われる相澤も相澤だな、と平塚。

合理主義も極まれば変人である。

 

「やれやれ。とりあえず食べるか…」

「先生昨日も焼肉定食じゃなかったですか」

「やはり肉だろう。豚」

「…いや、まあ良いんですけどね」

「二人は仲良いですね!」

 

13号の言葉に、顔を見合わせる平塚と八幡。

ちなみに、八幡は何気に13号の素顔を初めて見ることに気がつく。

まさか女性とは思わなかった。

 

「…そうですかね?」

「だろう?……っておい。アレだけ面倒見てやったのに何だそれは!あんなに拗らせてたお前を…。…いや、拗らせてるのは今もか…」

 

不満顔をする平塚。

そんな彼女をジロリと見る八幡。

 

「昨日酒瓶放って寝ましたね?」

「う」

「ジャーキーも」

「いや、アレは部屋に持ってこうとして忘れたんだ…」

「冷蔵庫入れといたんで」

「す、済まない」

「んで誰が誰の面倒を見たと?」

「ぐうっ」

「…本当に私生活は予想通りでしたね」

「ぐ、ぐうの音も出ん…」

「今出したじゃないですか。……ま、今まで会った中で教師としては一番ですけど」

「ひ、比企谷ぁ…。………おまえ、同級生にもそんな感じで接してるのか?」

「? 特に態度変えたりはしてないですけど…」

「…中毒性があるからその捻デレは控えろ」

「小町に変な入れ知恵されてませんか…」

 

やはり仲が良いと13号。

総武中でも一番八幡の面倒を見ていた教師だという。

比企谷八幡奪還の為に努力を続けた総武枠の生徒たちにもまっすぐ向き合い続けた。

八幡の方も満更ではなさそうで、ある意味理想の生徒と教師かもしれない。

八幡も平塚も、お互いの欠点をよく知っているし、そこを見て見ぬふりをせずに受け入れ、曝け出してもお互いのことを見ている。

最高の生徒と、最高の教師。

 

「…やっぱり、仲が良いですね」

「一人の生徒に肩入れしすぎるのはあまりよくないと思うけどねぇ」

「見逃してくれミッドナイト。このめんどいのは誰かが見ていないとな」

「へっ、わざわざどうも」

「相変わらずそういうところは可愛くないなあ」

「頭、ボサボサにしないでください」

「君は元々ボサボサだろう。……なぜこれだけ頭をかき回してそのアホ毛は治らない」

「そういうもんです」

「比企谷家の遺伝か…」

 

弁当をつつきながら、教師たちの様子を観察する八幡。

教師たちは誰も彼もまるで無傷だ。

セメントスや根津はまだわかるが、クリアされた教師たちに疲弊した表情は一切見られない。

プレゼントマイクだけ顔が少し青かったが。

 

(プレゼントマイクの担当は耳郎とあの動物を操るデカい人だったな。…?何がどうしてああなるんだ?)

 

そもそもマイク相手にどうやってクリアしたのか。

八幡でもプレゼントマイクは苦戦する。

音という超広範囲攻撃を駆使するプレゼントマイクは、そもそも八幡の射程外から攻撃できる。

八幡にできる事と言えば、遠距離から最大速度の飛行でマイク目掛けて突っ込み、蹴りで一撃というのが一番可能性が高いくらいだ。

あとは地中を使う程度。

 

「比企谷、食べ終わったら少し席を外したまえ」

「ああ、打ち合わせですね」

「試験前にある程度はやっておかんとな」

「了解。んじゃ、午後は手加減してくださいね」

「私に言っても意味はないぞ?」

「ここにいる誰かが聞いてくれればいいんですよ」

 

弁当の箱をゴミ箱に捨て、ふらりと休憩所から出る八幡。

それを見送った教師陣。

オールマイトが不安そうに隣にいた13号の顔を見る。

 

「わ、わたし…どのくらい手加減したら良いんだろう」

「ええ!?」

「普通に緑谷たちを相手にしたくらいで良いのでは?」

「アレだと加減を知らないとリカバリーガールに怒られてね…」

「あちゃー…」

 

あわわと震えるオールマイト。

(ヴィラン)相手の力の匙加減は完璧なのに、授業だとこうも新人っぽいのは世間では見えない彼の魅力の一つだろう。

そんなオールマイトにエクトプラズムが神妙に声をかける。

 

「…比企谷ニ手ヲ抜クノハ彼ニ対シテ失礼デハ?」

「確かに比企谷少年が目指す地点はかなり高い。のだが…今回は比企谷少年以外もいるからなあ…」

 

雄英教師陣には、オール・フォー・ワンと八幡の関係は知られている。

オールマイトが未だに秘密にしているのはワン・フォー・オールのことだけだ。

だが、いくらなんでもオール・フォー・ワンと戦う時並みの実力を八幡相手に発揮するのは期末試験では無理がある。

 

「私もそれなりに今日の活動時間を使ってるし…上手く加減するしかないな…」

「緑谷君たちとの試験で活動したのは15分程度でしたよね?30分くらいなら持ちそうですけど」

「むう…うむ!何とかしよう!」

「そういえば、比企谷と組む生徒は誰でしたっけ?」

「OH!あの子だぜ、B組でも優秀な真面目ちゃん…」

 

 

──────────

 

 

ビルの外へ出た八幡。

いつの間にか相澤が戻ってきていた。

 

「A組のホームルーム終わったんすか」

「ああ」

「昼食は?」

「ゼリーを食った。要らん心配だ」

「いえ、単に疑問だっただけです」

「…結構」

 

ボケっと突っ立って集合時間を待つ八幡。

相澤の方も今は特にやることがない。

B組集合時間まであと10分。

もうすぐB組生徒を乗せたバスが来るだろう。

 

「…比企谷」

「…はい」

「お前に、生徒たちを守る覚悟はあるか?」

「…どういう意味ですか」

「生徒たちの命を、自分の命や他のものを全て投げ出してまで守る覚悟があるかと聞いている」

「…」

「ないと言うならそれはそれで良い。…だが、もしあるなら。その覚悟を持ったまま林間合宿に挑んでもらいたい」

「…俺を、雄英の外に出して宿泊する林間合宿に引き連れてくのは反対だって言ってるんですね」

「そうだ」

 

相澤の懸念はわかる。

未だ八幡を狙う勢力、(ヴィラン)連合は健在で、ジェントル・クリミナルのような別の(ヴィラン)もいるかもしれない。

そんな勢力が林間合宿という雄英の庇護下を離れた逢魔の時を狙うのは至極当然な発想だろう。

 

「俺はほら、小町が大事なんで」

「…」

「小町の安全を確保して出発するなら…アイツらを俺の出来うる限りの力を以て守りますよ。んなこと起きるかどうかも知りませんけど」

「なら、比企谷小町の安全が確保されてなかったらどうする」

「その時はもちろん、小町も生徒たちも守りますよ。仕事増えますけどね」

「…何故そこまでする?」

「!」

「お前にとって、生徒たちは何だ。中学までのお前の性格は平塚さんから聞いている。捻くれて素直に物を言うことがほとんどないくせに自分の身を簡単に切ってしまう矛盾した大バカだとな」

「バカて」

「正直、林間合宿には行かないと言うと思ってたがな」

「……もしかして今、疑われてますかね」

「…」

 

相澤の方を見ると、珍しく相澤は八幡の方を真っ直ぐ向いて見ていた。

目線だけ寄越すのはよくあるが、身体そのものを向けて八幡に向き合うのは初めてのことだった。

緑谷や爆轟たちに対して向き合う時と同じ。

なら。

 

「…簡単ですよ、そんなの」

「…」

「アイツらに追ん出されたら行くとこがないから。それだけですよ」

「…」

「だから、アイツらに危険が迫ったらそりゃ守ります。んで、隅の方で大人しくしてますよ」

「…話に聞いた通り、捻くれ者だな」

「今のどこに捻くれ要素見出したんですか」

「その目を見ればわかる」

 

八幡の目。

ヒーローの目。

常に命を賭して命を救う、自己犠牲の塊。

ある種の狂気を持ったその目は、言葉よりもよほど説得力がある。

 

「…貴重な戦力として期待している。今度の林間合宿はヒーローはさほど動員できんからな」

「いやいや、個性消しちゃう相澤先生の方がでしょ」

「広範囲攻撃と脳無のような素の身体能力が高い輩相手はお前の方が確実に上手を取れる」

「…」

「あと」

「?」

「林間合宿ではビシバシ扱いてやるから期待してろ」

「!」

 

ヒーローとしての戦力を八幡に期待する。

それと同時に、生徒として八幡を鍛える──つまり、一生徒として扱うと宣言した相澤。

その意味に気がつき、気恥ずかしそうに頭を掻く。

 

「…そ、それもこれも…期末試験に合格しないとでしょ」

「そうだな。ちなみにお前はB組の方の試験で落ちたらそれでも赤点だからな」

「理不尽…」

「2回試験を受けるんだから2回合否判定があるのは当然だろう」

 

集合時間5分前、教師たちがビルから出てきた。

平塚は八幡と相澤の間に流れる空気の微妙な変化に気がつき、微笑む。

それと同時に、次第にB組のバスが見えてきた。

B組期末試験、演習試験が始まる。

 

 

──────────

 

 

バスから降りるB組。

皆、コスチュームに身を包んで気合十分といった様子だ。

八幡もいつものスーツコスチュームで彼らを眺めていた。

一番にバスを降りたB組委員長拳藤一佳が八幡に気がつく。

 

「比企谷!?」

「…おう」

「おやおや、A組に入ってしまった不埒者が何の用かな!?」

「…A組に対して全員にこんな感じかい、爆豪にだけじゃねーのかよ」

 

続く物間にも一応応える八幡。

その後も降りてくる生徒たちにいちいち驚かれつつ、その都度適当に返事をする八幡。

返事をするだけ成長したな、と平塚が感動している。

B組の生徒たちが全員バスから降り、教師たちと八幡の前に並ぶ。

そんな中でも八幡はチラチラというよりジロジロ見られていた。

 

「…」

「こら、下がるな」

「居心地悪いんですよ、わかるでしょ」

「我慢しろ。今だけB組の一員と思え」

「無理です」

 

平塚と八幡がいざこざしているのを怪訝に見る葉山。

 

(比企谷がいる意味は…試験関連しかないな。手伝い…はない。いくらプロ資格を持つと言っても一生徒。教育権はないはず)

 

「まさか、比企谷……」

「今から説明されるだろうから黙って聞いてろ」

 

「そういうことだ。今から説明するので、よく聞くように。まず──皆を騙すようで悪いが、試験はロボとの戦いではない!」

「え…」

 

B組にブラドキングから説明が入る。

教師とのハンデ付きの1対2による戦闘試験。

勝利条件は30分以内に教師にハンドカフスをかけるか、会場に用意された脱出ゲートを1人が抜けること。

二人一組、という時点で察しがついた生徒たち。

B組の人数は25人。

 

「比企谷は補填ってことか」

「まあ偏にいうと人数合わせだ」

「私たちを手伝ってくれるノコね!」

「…ま、そうかもしれん」

「恩に着ますぞ比企谷氏!」

「…」

 

好意的な小森と宍田にそっぽを向く八幡。

そんな彼の様子を疑問に思う二人だったが、スススと海老名が二人の後ろにまわってボソリと語りかける。

 

「アレはね、比企谷八幡特有の照れ隠しだから。アレが出たらデレてるのよ。寧ろもっと言ってあげて」

「ちょい海老名さん。変なこと吹き込まないでくれる?」

「ぐふ、公式からの供給摂取で鼻血が」

「海老名、自重…いや、自制しな」

「はあー…ブラド先生の筋肉で中和しなきゃ」

「世界一不名誉な筋肉の使い方してるぞその人」

 

海老名の呟きにブラドキングも満更でもない様子でビルドアップのポーズを決める。

また海老名が鼻血を出す。

今度は八幡の方を見てまた鼻血を出す。

そしてまたブラドキングの方を見る。

冒頭に戻る。

悪循環の出来上がりである。

 

(…つーかなんでブラドキングの方は筋肉なのに俺は何もないのに鼻血出すんだよ。なに?俺の顔は筋骨隆々筋肉と同価値なの?)

「海老名!あんた試験前に死ぬよ!?」

「ぐふ…本望…」

「ちょっとヒキオ!向こう向けし!」

「…ああ、よくわからんけどわかった」

 

ささっと平塚の影に隠れる八幡。

三浦と八幡の珍しい連携プレーで海老名の鼻血は止まる。

それを見届けて説明を再開するブラドキング。

 

(ていうかブラドキング優しいな。相澤先生なら無理矢理眼力で海老名を止めるだろうに)

 

「さて、組み合わせだが……まず、比企谷のペアだ」

「!」

「成績や個性、親密度で決めるって言ってましたけど…比企谷に関しては、どうやって決めたんですか?」

「この前アンケートしただろう?アレだ」

「アンケート…?」

「B組内で行った比企谷に関するアンケートだ。さりげなーく比企谷に対する印象を聞き出すものだ!」

「…アレ、さりげなくのつもりだったんですか?」

「普通に比企谷に関する意識調査でしたよね」

 

葉山と拳藤の言葉においおい、とブラドキングをジト目で見る八幡。

確かに八幡は危うい立場にいるが、生徒に特定の同級生に関するアンケートを訊くのはどうなんだと思ってしまう。

ブラドキングが慌てて補足を入れる。

 

「い、一応義理の為に比企谷にも内容を教えよう!比企谷と一緒に共同生活を過ごせるか、いざとなった時に一緒に戦えるかという内容だ!」

「まんまじゃないですか」

「そ、そう言うなよ!んで結果だが」

「言って良いんすか結果」

「悪い結果ではなかったから良いだろう!」

「はあ…」

「ええいやりにくいな比企谷は!とにかく悪い印象を持ってる生徒はいなかった!これは確かだ!よって誰ともペアを組める!後は個性と成績だ!」

「はぁ…」

「比企谷と組める候補は8人。その中から選ばれたのは……」

 

ゴクリ、と誰かが唾を飲み込む。

ブラドキングの次の言葉を待つ。

 

「…塩崎!お前だ!」

「……誰ですか」

 

「私です」

 

コツリ、と一歩足を踏み出した少女。

古代ギリシャのような少し原始的なコスチュームに、石膏像のように整った顔貌をしていた。

全く動かなければ美しい彫刻のようだ。

髪は普通の頭髪ではなく、植物の荊が髪の代わりをしていた。

目を瞑り、両手を絡めて祈るように組んでいた。

 

「貴方のような修験者の如き運命を背負った方と…手を取り合って試験に挑む日が来ようとは。これも主が私めにお与えになった試練…」

「あ、こういう人ね…」

「闇より舞い戻りし不屈の心を持つ者よ。是非このヴァインの手を…」

 

材木座とはまた別種の厨二病かなと訝しむ八幡だったが、塩崎自身は大真面目に見える。

一応差し出された手に応じて握手する八幡。

 

「ノーアームズ…武器を持たぬ者」

「あ、はい。いやその名前の意味を改めて言われるとアレだな…」

「では、闇より戻りし者と」

「…あの、普通にお願いします」

「…では、比企谷さんと」

「普通に呼べるのね…」

 

塩崎の独特の口調とテンポに惑わされつつも、何とかやっていけそうな八幡を見つめるブラドキング。

 

(鉄哲、相模と迷ったがな……相手はオールマイト。確実に一番難しい訓練相手だ…。だが、塩崎にも知ってほしい。正攻法だけでは勝てない相手がいるということを)

 

そして、比企谷八幡のやり方を。

 

改めて八幡と塩崎の対戦相手がオールマイトであることを知らされる。

 

「…当たりたくない予感ほど当たるな…」

「オールマイト…!?平和の象徴、英雄たる英雄…!」

「さあ、組は違うが君たちは今からチームだ!勝ちに来いよ!お手柔らかにな!」

 

そして発表されたB組の生徒たちの組み合わせ。

それぞれペアになった生徒同士で顔を合わせ、すぐに打ち合わせを始める。

 

「私たちも策を練りましょう」

「了解」

「ちょっと比企谷」

「! 相模…」

 

八幡に声をかけてきたのは相模。

相模の後ろにはペアとなった小森もいる。

 

「塩崎さんに変なことをしたらあんた引っ掻くから」

「しねーよ…。それよりお前の方は良いのか」

「相手、ハウンドドッグ」

「犬と猫か。猫の負けかな」

「は?あんたより早く試験クリアしてあんたのこと笑ってやる」

「相変わらず人間小さいな」

「器の小ささであんたに負けたくないわよ!!」

 

憤慨する相模を後ろから小森がズルズルと引っ張っていく。

またさがみんの知らない一面を見れたノコ、と笑う小森。

それと入れ違いに物間と拳藤がやってくる。

 

「茨を頼むよ比企谷」

「頼まれなくてもこの人は大丈夫だろ」

「塩崎を傷物にしないでくれよ、彼女は大切な仲間だ」

「それ塩崎に言った方が良いんじゃねえの…」

「塩崎は問題ない。彼女は正しく強いからね」

「正しく?」

「彼女と話せばわかるよ」

「茨も比企谷が多分正反対すぎて驚くだろうけど、気をつけてな」

「? ええ…」

 

拳藤の言葉に首を傾げる塩崎。

正反対って何だ、と八幡の方も首を傾げるがやはりわからない。

一応何か知っていて教えてくれそうな葉山の方を向くが、八幡の視線に気がついても肩をすくめるだけだ。

その様になるポーズにイラッとしつつ、とりあえずすぐにわかるっぽいからまあ良いかと自分を納得させる。

 

「参りましょう、比企谷さん。我らに与えられた試練を超えるのです」

「…んん」

 

 

──────────

 

 

八幡と塩崎が移動した先は運動場γ。

上鳴と芦戸が先ほどまで根津との期末試験を行なっていた場所。

オールマイトは既にゲート前で待機していた。

 

「こりゃ校長も派手にやったな…」

「これをあの根津校長が…?」

 

どこを見ても道が塞がっている。

あらゆる建物が崩れて倒壊し、普通に歩くにも歩けない。

空を飛び上がれば八幡はゲートに向かって一直線に飛べるが、塩崎の方は建物の上に上がるにしろ潜り抜けるにしろ建物の倒壊による二次災害を警戒する必要があるだろう。

 

(会場を移すかと思ったけど、校長がセッティングしたパイプや給水塔の迷路をわざわざ試験会場に選んだわけだ。しかも相手は(ヴィラン)役に徹するオールマイト。建物被害を全部無視してオールマイトは動ける。対してこっちは、パイプや建物を退けて動けるのは俺だけ…)

 

塩崎茨の個性はツル。

頭髪のツルを伸ばし、思うように操れる。

人を容易く拘束でき、伸ばせる範囲は数十メートルと個性的には強い。

 

(けど、相手はオールマイト。ツルの拘束がオールマイトに通じるとは思えんし、そもそもハンドカフスのせいで多分拘束のツルすら受けてくれないだろうな…)

 

塩崎とオールマイトの相性は最悪だろう。

オールマイトの超パワーには勝てはしない。

これも含めてこのペアをオールマイトに当てたのならかなり意地が悪い。

それだけ塩崎が期待されているのかもしれないが。

 

「…比企谷さん」

「…はい」

「かの英雄相手に勝算は」

「ない」

「では、応援を呼ぶ…ゲートへ向かうという方針で一致ですね。しかしこの戦場は如何にも迷路、そして不安定な足場…。地を往くにしても危険が付き纏います」

「…一人でゲートまで行く自信はあるか?」

「? ええ、ツルで辺りを突いて、安全な聖域を探していけば…」

「聖域…。…なら、オールマイトと接敵したらゲートまで一人で行ってくれ。それまでになるべく距離を稼いで、オールマイトが来たら時間を稼ぐ」

「オールマイトを…一人で止めるおつもりですか!?」

「あの人相手には一人も二人も同じだ。意味がない。なら片方が逃げて片方が足止め、それに賭けるくらいしか手がない」

 

それと、と自分の分のハンドカフスを塩崎に渡す八幡。

これで塩崎の元にはハンドカフスが二つ。

 

「…これでは貴方は試験を戦闘でクリアすることができません」

「カフスがあるように振る舞えば良い。いざって時の保険をあんたに預ける」

「…オールマイトを謀る気ですか!?」

「謀る…まあ、そうだけど」

 

塩崎の様子がおかしいことに気がつく八幡。

ワナワナと八幡の方を見つめ、信じられないようなものを見る目で見ている。

 

「謀は穢れに通じ、その者の堕落へと繋がります」

「…」

「貴方には是非、その力を正しく使ってほしいのです…」

(…あの残念イケメンが言ってた“正しく強い”ってこういうことかよ…)

 

ちなみに残念イケメンとは物間のことである。

 

塩崎茨。

彼女は正道を征くヒーロー。

清く、正しく、強い。

若干潔癖症の類があるが、塩崎茨は正しさを求める随一のヒーロー候補生である。

 

(まさかブラドキング、俺の性格を加味してこの人と組ませたんじゃないのか…?)

 

比企谷八幡は一言で言うと捻くれ者だが、よく簡単に嘘をつく嘘つきでもある。

その嘘は日常的な言い訳から始まり、自らの心を隠す臆病な言い回し、自分の身を切り大切な何かを守る為の偽善など、多種多様に使いこなす。

 

(拳藤が正反対って言うわけだ…。こりゃ確かに、性格と考え方がまるで違う)

 

だが、そうなるとなぜブラドキングは八幡と塩崎のコンビを組ませたのか。

普通に考えれば、成績優秀らしい塩崎なら八幡の戦いについていけると見たのだろう。

しかし、ここまで相性が悪そうな2人を組ませたからには何か理由があると八幡は考えていた。

捻くれ者の比企谷八幡にヒーローらしさを持って欲しかったのか。

それとも、塩崎茨自身に比企谷八幡から何かを感じ取って欲しかったのか。

 

(…なんとなく俺に合わせられる人を選んだ、って自惚れてたな。もしかして、いやもしかしなくても。…塩崎の為にこのペアを決めたのか…?)

 

ヒーローに正しさは必要である。

人気商売でもあるし、清廉潔白であるべきという主張は理解できる。

だが、(ヴィラン)は総じて正しくないし、正しい戦い方などする保証はどこにもない。

ヒーロー側はその手管を理解しておく必要がある。

理解した上で、ブラフ・隠し玉・謀略をするかはそのヒーロー次第だ。

 

(仮にそんな思惑があったとして、ブラドキングは塩崎に考え方を変えてほしいとまでは思ってないはず。ただ、そういう輩がこの世には大勢いて、ヒーロー側にもその手管を持つ奴がいるということを知ってほしいとかまあそんなんだろう…)

 

「…あんたはどうしろと」

「正々堂々と立ち合い、戦うべきです」

「オールマイト相手にか」

「はい」

「それで負けて死ぬ上に、自分の後ろにいる連中が死ぬとしてもか」

「!」

「相手を騙すような真似はしたくないって気持ちは理解したよ。だが、それで守れない物が出てくるなら本末転倒もいいとこだ」

「…」

 

だから比企谷八幡は2年もオール・フォー・ワンに逆らわずに従い、その身を捨てるつもりでいた。

雄英体育祭で反旗を翻したのは、雪乃と結衣の後押しによる“弾み”みたいなもの。

 

「正しい行いをってのはわかる。ヒーローだからな。けど、俺は力が足りない。ヒーローとしての力が。だから騙す、嘘をつく、謀略を立てる。その結果あんたの言う“穢れ”にかかるならそれはそれで良い」

「…ヒーローにあるまじき発言です」

「守りたいものを守れるなら何でもいい。俺はそうやって2年間を過ごした」

「!!」

 

塩崎は八幡が2年もの間、既に“穢れ”に触れつつも肉親を人知れず守ってきていたことを思い出す。

彼は今、その贖罪の最中であることも。

罪も償いも全てを受け入れ、今奔走していることも。

軽率だった、と自らを心中で戒める塩崎。

けれど。

 

「それでも、私は──…」

「…」

 

『みんな準備ができたようだね』

 

「!」

「リカバリーガール…」

 

なんと合間が悪い、とリカバリーガールを少しだけ呪う塩崎。

 

「…すみません、今は捨て置きます。試験に集中しましょう」

「…了解」

「それと」

「?」

「改めて、塩崎茨。与えられし名をヴァインと言います」

「…比企谷八幡。ノーアームズ」

「参りましょう」

「…おお」

 

『雄英高1年B組期末試験、レディ〜……ゴォッ!!』

 

 

──────────

 

 

リカバリーガールの号令と共に、斜め右方向のパイプや建物が倒壊した瓦礫を接続操作して無理矢理道を開く八幡。

轟音と共に道が造られていく。

 

「!? 一体何を…!」

「あの道がゲート方向だ」

「では、あの道を行くと?」

「いや、あの道に平行していけばいい」

「…平行…つまり抜け道を行くと。それならば、なぜわざわざ道を作るのですか?」

「結局オールマイトには見つかる。それは仕方がない。なら、せめて先に見つけたいんだよ」

「…続けてください」

 

パイプが倒壊した道なき道を進みながら八幡の説明に耳を傾ける塩崎。

聞く価値があると判断したのだ。

 

「だからある程度目立つ。道を作ってその道を進んでるように見せる。そのうち顔出しに来るだろうから俺はオールマイトの相手を。あんたは先に行ってくれ、出来るだけ離れて迂回しながら」

「…」

「それとも、やっぱダメか。これもある意味オールマイトを騙してるからな」

「…いえ、それで行きましょう」

「そりゃありがたいが、どういう心境の変化だ?」

「私も貴方が目にしている景色を一度見る必要があると。そう思慮したのです」

 

ツルで倒れそうなパイプを支えつつ歩く塩崎。

まだ迷ってはいた。

でも。

雄英体育祭の日の光景を思い出す塩崎。

なんて強い人だろうと思った。

その力も、心も。

あの日の光景に偽りはなかった。

 

「…」

「…どうした?」

「いえ、何でも…」

 

「やっ、探しちゃったぞ」

 

「「!!」」

 

まるで親しい友人を見つけたかのように2人に話しかけた人物──オールマイト。

八幡と塩崎を隠していた影、そのパイプの上に巨体を感じさせずに立っていた。

マジかよ、と慄いたのは八幡だ。

2人から80mほど離れて造られつつある横道。

その横道は八幡がパイプや建物の瓦礫を接続操作して造っているわけだが、当然感覚を繋げて造っている。

つまり、造られている横道の様子を見にオールマイトが近づけば、感覚接続している瓦礫やパイプをオールマイトが触ることで、彼の接近を察知できるはずだった。

だが、オールマイトが近づいた感覚はなかった。

 

「いやあ、やはり比企谷少年の仕業だったね。悪くない…というか、良かったよ。何かしら変化があると気になってしまうのが人間。人間の心理を読み切った良い手だった」

「…皮肉ですか。見破られてるし」

「なに、相手が君だから読み切れた部分はあるよ。用心深く、雄英一年の中でも最も慎重な君だからね」

「そりゃどうも…」

 

オールマイトの問いかけに応じつつ、接続した地面を操作する八幡。

稼げた距離はおよそ徒歩5分の距離程度。

ゲートまで瓦礫やパイプを乗り越え、まっすぐ行けば10分といったところだろう。

午前の模擬市街地αとは違い、校長が作った迷路のせいでゲートまで時間がかかる。

つまり、先ほどの作戦通りに行くなら、八幡は塩崎がゲートに着くまでの時間の10分を稼がなければならない。

オールマイト相手に10分。

 

(…だが、やらないと試験には受からない。やるしかない。…面倒ごとしかやってこないなこの学校は!)

 

「塩崎さん」

「!」

「先に行け!!」

「比企谷さ、ん!?」

 

流動する地面に蠢くパイプや建物。

塩崎の足場の地面が流動し、彼女を無理矢理ゲートの方へと運んでいく。

行く手を阻んでいたパイプが瞬く間に道を開き、塩崎を通すとすぐさま、先ほどよりも強固に道を塞いでしまう。

 

「…追いかけないんすか。余裕ですね」

「…うむ。君を野放しにしておくと空を飛んで1人だけ先にゲートへ行かれかねないからね。比企谷少年を気絶させてからいくのが1番早いのさ」

「その間に塩崎はゲートに着きますよ。あのツルは索敵や探索にも使えるっぽいんで」

「なら、早々に君を倒す必要があるわけだ。…さあて」

 

拳を握るオールマイト。

笑顔なのは彼の常だが、今日ばかりはその笑顔の種類が違った。

そう思ったのは、今八幡が敵としてオールマイトに見られているからだろうか。

もし(ヴィラン)連合からそのまま逃げ切れなかったら、こんな日もあったかも知れない。

 

「さあ、来いヒーローよ!私は(ヴィラン)だ!今日だけの、ね!」

「あんたに道は譲らねえよオールマイト。そろそろ引退することをお勧めする」

「ハハハ、心にもないことを!」

 

八幡に拳を振るおうとするオールマイト。

オールマイトと戦う上で、八幡には注意すべき点がいくつかある。

一つ、オールマイトと直接殴り合わないこと。

一つ、操るものは全て一撃でオールマイトに破壊されるであろうこと。

一つ、稼ぐべき時間は10分であること。

 

(いや、無理ゲーかな?無理ゲーだよ、無理ゲーだな!)

 

平和の象徴相手に10分。

どんな(ヴィラン)でも成し遂げられなかった、ある意味偉業だろう。

可能だったのはオール・フォー・ワンくらいしか思いつかない。

 

(今更あの老害の気持ちがわかるとは、皮肉なもんだ)

 

オールマイトの足場の地面を持ち上げる八幡。

一気に30mほど上空へ上げてしまう。

 

「これはUSJの時の…!だが、一度くらった技は通用せんぞ!!」

「同じじゃないっすよ」

 

持ち上がる足場の変化に気がつくオールマイト。

足場の地面が更に変形し、オールマイトの足に土が絡みついていた。

 

「しかしこれしきの細工では!(ヴィラン)は止まらない!」

「尚更あんたは止まらないよな」

「なっ」

 

伸びる土柱に接続したままの八幡がオールマイトに迫っていた。

伸びる土柱を掴んでそのまま上がってきていたのだ。

そのまま更に土柱を変形させ、オールマイトにまとわりつかせる。

 

「そのまま大人しくしててくれ」

「それは出来ない相談だ!Oklahoma…」

「!!」

 

身体全体を捻り、足場の土柱に向けて拳を振るうオールマイト。

その動きを見て八幡も慌てて土柱から離れる。

 

「Smash!」

 

オールマイトの拳一発で40mもの土柱が粉々になる光景を空中で浮遊しながら目にする八幡。

相変わらずデタラメな人だ、と辟易する。

地面に着地したオールマイト。

まだたったの20秒。

 

「さて、塩崎少女を止めねばな!」

「させるかよ」

「おっ!?」

 

躊躇なくオールマイトに空中から蹴りかかる八幡。

既に身体強化済みの八幡による月堕蹴(ルナフォール)、ミルコの必殺技の一つ。

だが、オールマイトの目には八幡の動きはしっかり見えていた。

防げると確信したオールマイト。

しかし、蹴りのインパクトの寸前、八幡は気体操作による空中浮遊で蹴りの軌道を身体ごと曲げる。

 

「なに!?」

踵三日月輪(ルナイリング)!」

 

振り下ろされるはずだった蹴りを真横から受けるオールマイト。

だが、その表情は変わらず笑顔のまま。

 

(やっぱ効かねえか!4tトラックくらいなら蹴り飛ばす自信があるんだが…!)

「君オリジナルの技か!?」

「オマージュですよパクリじゃない!」

 

八幡の蹴りとオールマイトの腕が硬直したその一瞬、たった一瞬で周囲のパイプが2人に殺到する。

固体操作によるパイプの集結、圧殺劇。

迫り来るパイプを次々に破壊していくオールマイト。

両手の拳打でパイプが悉く粉々になっていく。

その間に八幡はオールマイトから離れていた。

更なる追撃を始めるために。

 

「スター・クリエイト、固体圧縮率…500%!!」

「500だと!?」

「土蛇の牙群!!」

 

地面から伸びる土の牙が、何十、何百とオールマイトへその刃を突き立てようと襲い掛かる。

いわばそれらはより重く、より硬い大地の剣。

圧縮率が高ければ高いほど、八幡が操作する物体の質量は大きく、より硬くなる。

つまり、オールマイトもそれらを打ち砕くにはよりパワーが必要になる。

だが、八幡の方もより時間をかけて大地を操作し、武器を作り出すことになる。

それでもそんな攻撃を仕掛けてきたということは、八幡の狙いは。

 

「私相手に耐久戦か!?」

「1番有効でしょう!」

「確かに一番不安なのは戦闘継続時間だが…君にそれが出来るか!?私は強いぞ!」

「知ってますよ、日本一のヒーローでしょうが!」

「そいつぁ失敬!知ってたか!」

 

気体操作による空気砲は初めから八幡は使う気がなかった。

オールマイトに風だの空気砲だのが通じるとは全く思えなかったからである。

次々と減っていく足元の大地、周囲のパイプ。

砕かれた大地やパイプの残骸は再利用して再び攻撃の手に加える。

だが、限度はある。

2人の足場が、八幡が操作していない地面と比べて段々目減りしているのだ。

 

(少しずつ移動しないと地形がどんどん変形していく。ただでさえスペック負けてんのに、この場の状況まで渡したら確実に負ける。何とか優位性を保つ必要がある…!)

 

(流石に攻撃の密度も質も、他の生徒たちよりも格段にレベルが高い!というより、個性でいえば彼が一番攻撃的だな!今までこんな攻撃性を体育祭以来見せなかったのは、やはり必要がなかったからか…!No.1()相手だからこそ、ここまで全力を見せている!)

 

常人なら簡単に圧殺してしまえる技を連発している八幡。

ヒーロー志望である彼が今、そんな技を簡単に繰り出すのも、全てオールマイトへの信頼故。

彼をNo.1ヒーローだと認めているからこそ、殺す気でオールマイトを足止めしようとしていた。

 

その頃、塩崎はある下準備をしながらゲートへ向かっていた。

ゲートまで残り、スタート地点から半分程度の距離までは来ただろう。

頭からツルを伸ばし、塩崎がいる地点の下準備を終えてツルを切り離す。

 

(予期していた時間より順調に進行できていますね…。残り5分程度でゲートに着く。制限時間は残り15分といったところでしょうか…)

 

後ろを振り返る塩崎。

八幡とオールマイトから1kmは離れた筈だが、まだ戦いの余波が塩崎のいる地点まで届いていた。

戦闘音や衝撃がその身に響いているのだ。

 

「急がなければ…彼が待っています」

 

 

──────────

 

 

「…やはり君は傑物だ、比企谷少年。奴を褒めそやしたくはないが、オール・フォー・ワンの眼力は誤ってはいないようだね…」

「ぐっ……なんすか、いきなり褒めて……」

「君の力はわかった。オール・フォー・ワンと戦う、というほどの実力があることもだ。だから今日はもうやめたまえ、比企谷少年」

 

思いつく限りの攻撃を尽くした。

何度も攻撃を当てた。

土蛇も、効きはしないだろうと考えていた空気砲も、ミルコ直伝の蹴りも。

だが、その全てが効かない。

終始攻めた八幡は片膝をつき、それに対処し続けたオールマイトは無傷でその場に立っていた。

試験時間、残り約8分。

 

「嫌味ですか」

「まさか!君は私の攻撃も躱している。その歳で本当にすごいよ。君なら、確実にトップヒーローになれるだろう」

「…トップとかはどうでも良いんですよ」

「何故だい?」

「あんたもそうでしょ、オールマイト。あんたはトップヒーローになりたくてヒーローになったわけじゃないはずだ。俺は…今のところの目標は、あの老害を始末することですから」

「…やめたまえ。ヒーローが私怨で動いては」

「私怨じゃないですよ、そんなちゃちなものでオール・フォー・ワンに挑むなんて命を捨てるだけです。…ただ、奴が野放しだと俺の周りの人間が危ない。俺はいつまで経っても、胸を張って彼らと話すことも出来ない…」

 

折角受け入れてくれた志を同じくする、仲間。

照れ臭くて言う気もないし、自惚かもしれないが、八幡を受け入れてくれた同級生たちに対する恩。

それを返すには、迷惑をかけないには。

 

「使命というわけかね!?」

「使命なんて大それたものは持ってませんよ。…ただ、奴は必ずどうにかします」

「…」

 

(比企谷少年の気持ちを考えれば妥当だ。彼の周囲に悉く危険が迫るというのもわかる。何せ彼はオール・フォー・ワンに利用価値のある部下の一人と数えられてる)

 

八幡はオール・フォー・ワンを恐れているのだ。

オール・フォー・ワンは、目的のためなら何でもやる。

拒絶する八幡を無理矢理従えるなど簡単にやるし、実際にやった。

 

(…今度は、それが雄英の子たちにまで及ぶのではないか。そう考えてるんだね…)

 

ならば。

拳を握るオールマイト。

手など抜くまい。

彼の追い求める理想に賛同するなら、ここで手を抜いてはいけない。

 

「…よくわかった。だが、私とてそう簡単に試験をクリアされては困るのでね。君をたおして私は塩崎少女を止めに行く」

「させる…わけ、ないでしょう…!」

「良い答えだ。そして、(ヴィラン)の私としてはそれを潰すのが役目!」

 

すぐさま両手を地面につく八幡。

その姿に違和感を覚え、止まるオールマイト。

オールマイトとしては、これ以上時間を稼がせるわけにはいかない。

そろそろ塩崎がゲートへ辿り着く頃だからだ。

だが、止まってしまった。

比企谷八幡の初めて見る構えに。

彼は足からも接続操作の個性を使うことができる。

つまり、地面に立ってさえいれば地面を操作できるのだ。

 

(なのに、手を地面についた!しかも両手!どういうことだ…!?)

「…俺の個性。掌や足の裏から神経を伸ばして物体に通し、それを操作してます。んで、右手と左手から伸びる神経は別物なんですよ」

「別物…」

「一つの物体に右手と左手の神経を接続するっていうのは今までやりませんでした。必要がなかったからですよ。簡単な話、箸を両手で持ったりはしないですからね」

「…では何故今それをやるんだい?」

「葉山や爆豪を見てると、両手で個性使った方が強いですよね…。偶には他人を倣おうと思っただけです」

「!!」

 

両手で箸を使うことで、本来の箸とは違う使い方が出来るかもしれない。

個性に関しても同じこと。

両手を使うことで、また違う個性の使い方が生まれるかもしれない。

 

PLUS(更に) ULTRA(向こうへ)か…!」

「んな言葉わざわざ使うこともないですよ。ただ──対オール・フォー・ワン用の威力に、技のレベルを上げるだけ」

「それを言うのさ…!前へ、更に前へと進む者!君こそ正しく、君の手の届く範囲、それを広げて守るべく戦う者!“守る”ヒーロー!」

「そりゃどうも…オールマイト。…スター・クリエイト。固体圧縮率、1000%…!!」

 

両手に集まる足元の大地。

まるで地震が起きたかのように揺れ、足元の地面が明らかに八幡に集まり、目減りしていく。

 

(これは…!?)

 

八幡の現在の個性有効範囲は、彼の半径約100mまでだったはず。

だが、オールマイトの目には明らかにそれを超えた範囲から大地が八幡の足元に圧縮されているように見えた。

 

「地大蛇行軍」

「!!!」

 

地面から飛び出た大地の大蛇。

頭の大きさがオールマイトの身の丈を優に超えており、オールマイトは大蛇の突進を受けきれずに吹き飛んでしまう。

その光景をビデオで見ていたリカバリーガール、既に試験をクリアしていたB組の面々は驚く。

更に大蛇の頭を凹んだ地面から出現させ、オールマイトに追撃を図る。

──だが。

 

「SMASH!!」

「!!」

 

たった一撃のパンチで全て砕け飛ぶ大蛇の群れ。

八幡もパンチの余波で吹き飛ばされてしまう。

今日一番の威力のSMASH。

生徒に向けて放たれたオールマイトの拳としては一番の出来だね、とリカバリーガール。

 

土煙や粉塵が舞う中、起き上がろうとする。

限界を超えて個性を使用した結果か、既に両掌が雄英体育祭時並みに痛い。

手加減なしかよ、と八幡はオールマイトに恨み言を溢す。

 

「…君はすごいよ、比企谷少年…。私を吹き飛ばした者などそうはいない。ましてや生徒で」

「生徒なんて関係ないじゃないすか…!あの老害がそんなこと気にして手を抜いてくれるなら良いですけどね…」

「…本当に君は捻くれ者だよ。ことヒーローに関しては一切妥協しない。君のような生徒を持つことができて誇りに思う。今この問答の間にも、次の手を打とうとしている君を、ね」

 

八幡は起き上がりつつも、その両手で小さいボールを作るように合わせていた。

それと同時に、彼を中心に周囲の空気が集まり始める。

その勢いは、今までで一番空気を集めているな、とオールマイトが実感するほど。

 

「気体圧縮率…5000%…」

(来る!恐らく、比企谷少年の現最大威力の大技!)

 

「比企谷さん!」

 

「!?」

「なっ」

 

八幡の背後。

今彼が守っているはずの、塩崎茨がパイプとパイプの隙間から八幡に必死の表情で呼びかけていた。

 

「なんで!!」

「今です!!放つのです、貴方の渾身の一撃を!」

 

「なにっ!?これは…」

 

二人が塩崎の登場に気を取られた隙に、オールマイトの背後に土中を通ったツルが壁を作って待ち構えていた。

塩崎の意図を察する八幡。

 

「全身全霊で押し込んでください!!」

「ヴァン・ブラスト!!!」

 

八幡の両手から放たれた空気大砲は、砲口を向けられたオールマイトはもちろん、八幡まで吹き飛ばしてしまった。

オールマイトはツルの壁に突っ込んでそのままツルにわさわさと集られて呑まれていく。

八幡の方もツルのクッションと塩崎に受け止められ、そのまま塩崎に引っ張られてその場を離れる。

 

「急いでください!このままゲートへ!」

「何で…戻ってきた!?」

「下準備を終えました!今ならゲートまで真っ直ぐ走り抜けられます!」

「!」

 

塩崎が手を引く方に連れられると、パイプと瓦礫の抜け穴が、ツルで補強されて立派な抜け道になっていた。

その光景に驚く八幡。

これがゲートまで続いているとしたら、およそ2kmの道をパイプありきとはいえ、わずか15分程度で補強したことになる。

 

「…いや、でも何で戻ってきた!?ゲートを通ればそのままクリアだったろう!」

「ゲート前に最難関の障害が。最後に大きな工場が崩れていたので、私ではそれに穴を開けることができません」

「…あんたの個性なら、外壁をツルで登れるんじゃないのか」

「…はい」

 

八幡の指摘にあっさり頷く塩崎。

塩崎は、期末試験をクリアできたはずなのだ。

 

「なら何で戻って…」

「すみません、私は今嘘をつきました…」

「え?」

「…とてもではないですが、良い気分ではないです。主もお怒りになるやもしれません。…でも」

 

八幡の手を強く握り、真っ直ぐ目と目を合わせる。

彼女の中に、もう迷いはなかった。

 

「同志を見捨てて逃げるよりも、余程良い心地です」

「……どいつもこいつも…」

 

呆れたような言葉の八幡。

だが、彼の口元は珍しく笑みを浮かべていた。

両足を地面と接続し、塩崎の手を引く。

地面を流動させ、二人を地面で走らせ、パイプとツルの抜け道を高速で滑り抜ける。

 

「え」

「後でいくらでも罵ってくれて良いから今は我慢してくれ。もう時間がない。これなら2分程度でゲートに着く」

「い、いえ。私から手を引きましたし…。…肩を持っても?」

「…その方が安定するならそうしてくれ」

「…はい」

 

「いやいや、そうは問屋が卸さないってね!」

 

「まさか!?」

「…追われる(ヴィラン)の気持ちがわかるなあ…分かりたくねえけど」

 

二人の後ろに、抜け道をガンガン壊しながら走るオールマイトが出現した。

先ほどの八幡の技で気絶したとは思っていなかった八幡。

だが、全身に絡みついた大量のツルを全て引きちぎり、オールマイトが抜けられないような大きさで作った塩崎の抜け道を全部壊しながら二人を追いかける姿は軽くホラーだ。

 

「ハーッハッハッハッハッ!!!」

 

「何であの二発くらってピンピンしてんだよ、ゾンビか!?」

「いやいや残念オールマイトだ!!」

「知ってますよイカレ筋肉!!」

「あ、ひどい!酷いぞ比企谷少年!」

「やかましいですバグキャラ!!」

「バグ!!?」

 

「…酷い言葉の応酬です」

 

パイプや土壁を瞬時に用意してオールマイトの行手を遮るが、やはり全て一撃で粉砕されてしまう。

だが、オールマイトの口元から煙が上がった。

 

「「!!」」

 

オールマイトの活動限界。

彼は、度重なる個性使用、オール・フォー・ワンによる重傷、ワン・フォー・オールの譲渡と様々な要因が重なり、一日に個性を使用できる時間に限りがある。

その限界時間へ近づいているのだ。

そのことに気がついたのはオールマイトだけではなく、八幡もだった。

あと少し摩耗させれば、最早オールマイトは動けなくなる。

 

「塩崎さん!壁を少しで良いから作り続けてくれ!」

「既に取り掛かっています!」

「ぬううう、ツルと大地の即席コンビネーションか!!イイねえ!!」

 

二人を褒めるオールマイトだが、進行速度は大して変わらず、足止めになっているのかもわからない。

流動する地面に乗る二人と、ツルと大地の壁もパイプ群も何もかもを爆砕しながら進むオールマイト。

 

「このままではいずれ追いつかれます!」

「あー……諦めて投げ出したい」

「諦観には早すぎます比企谷さん!体育祭のあの日の貴方を思い出してください!」

 

八幡を励ます塩崎の目に、塩崎の言い訳の元になった巨大な工場が見えてきた。

あの工場の向こう側に脱出ゲートがある。

 

「比企谷さん!」

「工場は嘘じゃなかったのか…」

「私をそこまで穢れに導きたいのですか!?」

「冗談」

 

普通なら二人とも簡単に登れるだろうが、今は二人のすぐ後ろに粉砕機(オールマイト)がいる。

工場を諸共破壊する必要がある上に、後ろのオールマイトも止めなければならない。

しかも工場に二人がぶつかるまであと1分とないだろう。

そこまで考えて、八幡はある可能性に気がつく。

現在高速で動き、八幡と塩崎の組み合わせだからこそできる、勝つ可能性を。

そんな八幡を他所に、塩崎は覚悟を決める。

 

「くっ!こうなれば身命を賭すのみ。我が身と勝利を天秤に、かの英雄を止めるまで!」

「…や、待った」

「比企谷さん!?」

 

高速で移動する地面に乗る二人。

そんな塩崎に、悪魔(八幡)の囁きが施された。

後ろで二人に迫るオールマイトには聞こえないように、ボソリと話す八幡。

その内容に、みるみる顔を青くする塩崎。

 

「…手を誤れば…二人とも危険です」

「成功すれば俺もあんたも無事にゲートに着く。悪くない賭けだろ」

「…!」

「どうせ賭けをやるなら、何もかも総取りの賭けの方がいいだろ」

 

ニヤリと笑う悪魔に、こんな妖しい笑みを浮かべる人だったとは、と八幡に対する認識を改める塩崎。

正義の為に戦う八幡の姿は、彼の単なる一側面に過ぎなかったのだ。

 

「…わかりました。貴方に賭けます、ノーアームズ。正義と悪をその身に担う者よ」

「悪……いや、もう何でも良いが。んじゃ、一世一代大勝負といきますか」

「戒めのツルよ!懲悪の荊となって我らを護りなさい!!」

 

「む!?」

 

塩崎から伸びた大量のツルが、八幡と塩崎をグルリと囲って繭のように覆う。

 

その様子を見たオールマイトだが、何をする気か直ぐには察しがつかなかった。

オールマイトに対する防壁──ではない。

ツルだけでオールマイトの拳を防げるなんて楽観的な見通しは持ってないだろう。

逃げる為の目隠し──でもない。

いくら八幡の固体操作が早業とは言え、時速100km近くで滑走する二人がツルの繭から抜け出すなどという芸当は出来はしない。

 

「さて、何を見せてくれるのか楽しみだ!!」

 

「準備いいか、塩崎さん」

「はい…!」

「あと覚悟も良いか」

「貴方に任せます!」

「…了解。んじゃやりますか」

 

両足で接続している地面に、新たな操作を加える八幡。

次の瞬間、二人を覆うツルの繭はいきなり進行する向きを変え始めた。

しかもその向きは右でも左でもなく、上である。

 

「なっ」

 

水平方向からおよそ10度の角度でツルの繭が坂を登っていく。

そう、坂である。

八幡による全力の固体操作により、大地が盛り上がり、周囲のパイプを押し退け、八幡と塩崎の前方に瞬く間に坂が出来上がっていく。

前方の障害物である巨大な工場を飛び越える気なのだ。

そして、最大の障害物である後方のオールマイトはというと────二人を追いかけようとした一歩目で、足元の地面がボコリと抜けた。

 

「落とし穴…!!?しかもここで隠し札(カード)を切るんかい!!」

 

思わず言葉を荒げるオールマイト。

八幡の個性において、落とし穴を作るのは物体を圧縮するよりも余程簡単である。

だが、USJ襲撃から今日この日まで、彼が落とし穴を作ったところは見せたことがない。

なのに、八幡たちが移動後、その跡をオールマイトが高速で追いつく僅かな時間。

その間に落とし穴を作るというかなり鮮やかな手業だ。

作り慣れていた癖に、一度も使ったことがなかったのだ。

人間心理の死角や盲点を突く手管。

中学時代、比企谷八幡が様々な問題を解決・解消する手腕の特徴でもあった。

 

落とし穴に転ぶオールマイトを、嘲笑う八幡。

その笑みを雪乃たちが見たら、「気持ち悪い」とバッサリ切るだろう。

 

(ツルの繭は高速で無理矢理移動する時のパイプから身を守る為。且つ──…!)

「飛び出るぞ!」

「はい!」

 

塩崎が作り、八幡の手によって上方向に曲げられた抜け道を抜け切る二人。

その高さは、倒壊した工場を僅かに上回っていた。

だが。

 

 

その様子をモニター中継で見ていた小森たちは悲鳴をあげる。

二人はおよそ時速100kmで坂を飛び上がり、上空約30mに躍り出たのだ。

八幡の方は空を飛べるものの、塩崎は飛べない。

更に、八幡の空を飛べる最大の理由は、個性による副作用で気体操作時の体重は1kg以下になるということ。

誰かを抱えて飛ぶことはできない。

しかし、その様子を見ていた拳藤と骨抜、そして総武組は、どこか落ち着いた様子でモニターを見ていた。

拳藤から言葉をこぼす。

 

比企谷(アイツ)なら…どうにかしてしまうんじゃないかな」

 

 

「広げます!!」

「了解!」

 

宙に投げ出された塩崎は、二人を囲っていたツルの繭を広げる。

そして、そのまま塩崎を支える2枚の翼となったのだ。

塩崎の頭から腰まで伸び、腰から翼が生えるようにツルを伸ばす。

そして、八幡は自前の気体操作で飛び、塩崎の身体を下から支える。

それと同時に、塩崎のツルの翼に風を送る。

鳥のように空を飛ぶのではなく、ハングライダーのように滑空する塩崎。

 

「ひ、比企谷さん!飛んでます!空を…地に棲む私が!飛んでます!」

「楽しいのはわかったからまっすぐしてくれよ身体!落ちたら洒落にならん!」

「落ちたらお願いします!」

「ちょ、無理言わないで……!」

「あ」

「うっそだろあんた!!」

 

ガクッとバランスを崩した塩崎を慌てて抱き留める八幡。

その時、違和感に気がつく。

 

「あれ…?」

「…私たち、浮いてませんか?」

 

塩崎を抱き抱えつつも、二人は大して高度を下げてはいなかった。

滑空速度は高いものの、そのままゲートに向かえている。

 

「…もうバランス崩すなよ」

「このままでも良いですか?」

「…いや、まあ良いけど」

「是非」

「…そうか」

 

 

『塩崎・比企谷ペアクリア!試験時間残り2分──……』

 

 

(…やれやれ。流石に一日二戦はキツかった…)

 

リカバリーガールに連絡し、運動場γを後にしたトゥルーフォームのオールマイト。

二戦というが、片方は超攻撃的な爆豪、もう片方は攻撃密度が高すぎる八幡の二人がいた戦い。

両者の相手を十二分にしたオールマイトは活動限界ギリギリまで個性を使ってしまったのだ。

 

それにしても、と八幡の戦いぶりを思い出すオールマイト。

人を欺くような手際、それに紛れて見えるヒーローの目。

 

「本当に父親に似てきた…。そっくりだよ。懐かしい…」

 

 

──────────

 

 

オールマイトとの試験を終えてB組期末試験実施会場へ戻ってきた八幡と塩崎。

二人はオールマイト相手の健闘を称える目的で生徒たちにもみくちゃにされた。

その後、バスに乗って校舎へと戻るB組一同。

八幡もバスに同乗し、塩崎の隣で目を閉じて座っていた。

隣の塩崎が、唐突に口を開く。

 

「貴方は」

「!」

「正義を成す為に、泥を被ることを厭わないのですね」

「…買い被りだ」

「貴方の気分を、今日私は味わいました。試験を合格できたのに、戻ってしまった。貴方を救う為に。……酷く泥の味がしました……けれど、後味は…悪くなかったです」

「…」

「貴方にとっては些細な、何でもないほどの嘘でしょう。…謀をいくつも重ね、それでも貴方は“穢れ”ない。ならば私は、貴方の泥を払いましょう」

「は?」

「貴方が正義に見られるように。私は泥を払いましょう、ヒーロー」

「…誰からどう見られてもどうでも良いだろ」

「貴方が良くても周りの人間はどうでしょうか?」

 

塩崎の言葉に、雪乃や結衣、A組の面々の顔が思い浮かぶ。

修学旅行のあの夜、なぜ雪乃と結衣は八幡に対して怒りを示したのか。

答えは、既に知っていた。

 

「…」

「貴方がその身を切り捨てるというならば、私は貴方の身を拾いましょう。貴方が容易く捨ててしまう大事な何かを、私は拾います。比企谷さん……犠牲は美徳ではありません。謀が必要なことはわかりますが、貴方は少々自虐的すぎです」

 

塩崎の言葉に、反論をやめて目を瞑る八幡。

塩崎の意志が固いことを察し、何を言っても自分に分が悪いと感じたからだ。

結局のところ、八幡は本来出来ないことを無理矢理やってのけているだけ。

ヒーローと同じである。

何故なら、ヒーローはその身を捨て、命を捨て、綺麗事を実行するお仕事だから。

 

「…」

「貴方が何と言おうとも、私は」

「…好きにしてくれ」

「そうですか。…御気分は?」

「…悪くない」

「私もです、比企谷さん」

 

その日初めて、塩崎は笑った。

その笑顔に、やっぱり彫刻は考え過ぎかなと八幡。

 

彫刻が、こんなに可愛く笑えるわけがないのだから。

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