何がヒーローたらしめるか   作:doraky333

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同じ境遇の子供。
ただ、決定的に違うことが二つ。
彼には守るべきものがあって、その子になかったこと。
だから顔を俯かず、投げ出すこともなかった。
そして、もう一つ。

──強大な武器を、手に取ってしまったことである。


Hero's Episode15.命は尊く そして儚い

合宿二日目。

本格的に個性伸ばしの訓練を始めた雄英生たち。

今時間は午後。

午前中、結局八幡は液体操作の鍛錬で過ごした。

スピードに重きを置いて鍛える、という相澤の主張は勿論だったが、液体操作は滅多に使わない為少し調子に乗って、湖やその周辺を荒らしに荒らしたのだ。

途中休憩しようとしてたら鉄哲に拉致され、拳藤に中々恥ずかしい真似をされたが、忘れようと首を振る。

そんな彼の前で不思議そうに八幡を見る沙希。

今からは沙希と八幡の訓練が行われる予定だったので、2人で立ち合うように並んでいた。

 

「…なに?」

「いや、気にしなくていい…。んで、何からやる」

「…憂さ晴らしからしていい?」

「は?……あー…」

 

無表情の沙希だったが、その様子からストレスが溜まっていることに気がつく八幡。

個性伸ばしはそれぞれ限界を伸ばすという訓練である。

つまり、どんな個性であろうと個性伸ばしは苦しいものであるのだ。

沙希はあまり我慢強い方ではない。

この訓練をやる時の中学の頃の沙希は、余り近寄り難いものじゃなかったことを八幡は思い出していた。

 

「…苛々してるな」

「まあね。…散々やったし、何で今更」

 

2人の近くで我ーズブートキャンプにいそしんでいた、緑谷たち3人は沙希のいつもの変わらなさに目を擦る。

普段の沙希と今の沙希とでどこがどう違うのかさっぱりである。

ちなみに、八幡と沙希もほんの少し前まで我ーズブートキャンプに参加していた。

他にやることあるんで、と上手く切り抜けた八幡に沙希が便乗した形になる。

ついでに、相模はまだ化け猫の個性伸ばしがと言って逃げた。

八幡を生贄に押し付けるようにして。

あのアマ、と割と八幡が恨んだ瞬間である。

 

「身体が成長することで個性も伸びるだろ」

「…まあ、そうだけどさ。正論とかいい。行くよ」

「へいへい…」

 

軽い言葉だったが、沙希は猛獣のように八幡に飛びかかった。

あまりの勢いに2人の様子をトレーニングしながら見守っていた緑谷たちは一瞬固まってしまう。

ほぼ実戦さながらの速度だったのだ。

だが、急激に飛び掛かってきた沙希、彼女から振り下ろされた鉤爪のような形の手拳を八幡は腕で受け止めた。

 

「容赦ねえなっ」

「あんたに要るわけないでしょ!」

 

中学から続く2人の訓練は、まず組み手から始まる。

掌や足の裏で相手を打てば、沙希は衝撃エネルギーが溜まる。

だからこそ、彼女は近接戦に傾倒した。

あらゆる衝撃を無効化し、掌や足の裏から衝撃を放出できる為、近接戦闘では無類の強さを誇る。

衝撃を溜める必要がある為、沙希は爆豪と同じスロースターターである。

数合打ち合い、距離を取るために移動し始める八幡、それを追いかける沙希。

高速で移動する2人。

訓練に取り組む生徒たちの間を縫って、攻める沙希と守る八幡という戦いが続く。

 

「あんたからも手を出しなよ!」

「俺の拳打がお前の衝撃エネルギーに足りるわけねーだろ」

「とりあえず蓄積!」

「…んじゃ、行くぞ」

 

ばちりと全身に操作神経を行き渡らせ、身体強化をする八幡。

紫電が走り、八幡が戦闘態勢に入ったことを示していた。

紫電を目にして受けの構えをとる沙希。

I・アイランドで八幡が紫電を迸らせているのは沙希も目にしていた。

アレはなんだったのか。

聞くに聞けなかった。

けど、尋常ではないことだけは理解した。

 

(構えろ、来る!)

 

ミルコと平塚の武闘派女ヒーロー2人の格闘技術を受け継いだ男。

八幡は、中学時代から格闘が苦手だと言い切っていた。

平塚とミルコにいつも良いようにしてやられていたからである。

だが、15歳となって再会した弟子と師。

身長を大きく伸ばし身体が成長した彼に、再会してから間もない彼女たちは、八幡に強く格闘を教え始めた。

その結果が、今の彼である。

次の瞬間、八幡の身体は沙希の懐に滑り込んでいた。

 

「!!」

 

大きく振りかぶった腕、そこから放たれた強烈な拳。

わかりやすい一撃だったが、八幡の目的は沙希を打ちのめすことではない。

沙希の衝撃エネルギーの最大蓄積上限を上げるのが目的である。

 

「んっ!!」

 

八幡の一撃を左掌で受け止める沙希。

沙希の個性は衝撃転換。

掌、または足の裏から衝撃を吸収し、体内に蓄え、放出することができる。

だが。

 

(重い…!)

 

体内に蓄えられた衝撃エネルギーの大きさに驚きながら、そのまま八幡の攻めを受け続ける沙希。

間違いなく身体強化の幅が上がっている。

多くの武闘派個性の持ち主に共通しているが、筋力の強化と個性の強化は掛け算式となって本人の強さに出る傾向がある。

1-Aで言うと切島。

彼と同じように八幡も強さを増している。

右腕を引き、右ストレートの構えを取る八幡。

 

「ファースト」

「!!」

「ブリッド!」

 

平塚直伝、第一の拳を沙希の構えた掌に打ち込む。

その一撃で、蓄積上限の半分近くまで溜まったことに沙希は気がついた。

 

「あんた…!強くなってるね」

「そうか?まあそうかもな」

 

右拳、上段蹴り、後ろ回し蹴り、浴びせ蹴り、踵落とし、左掌打。

次々と繰り出される八幡の容赦ない連撃に、ドン引きする一同。

それら全てに対応し切れている沙希も相当だが。

1-Aの中でも武闘派である2人ではあるが、肉弾戦に絞ると更に上位である。

 

「慣れてきた」

「ああ」

「「「慣れてきた!!?」」」

「もっと激しくしていいよ。土も使いな」

「んじゃ遠慮なく」

「ちょいちょいちょいちょい!!」

「待て待て待て待て!!」

「比企谷、ストップストーップ!!」

「ん?」

 

耳郎の声で止まる八幡。

沙希も八幡が拳を止めたのを見て止まる。

何だ?と耳郎の方を見るが、耳郎は周りを見るよう促している。

周りを見ると、各々訓練をやめて2人から離れ、避難しているところだった。

八幡が作った岩陰に隠れている耳郎、芦戸が恐る恐る2人に告げる。

 

「あんたらね…やりすぎ」

「あ?あー…」

「2人ともすごすぎだよ、環境破壊だよー…」

 

2人が周りを見ると、緑谷たちのそばで訓練をしていたはずなのに彼らから遠く離れた、反対側の方まで来ていたことに気がつく。

移動しながら組み手を行なっていたようだ。

地面には八幡と沙希が踏み砕いたであろう足跡があり、土片が散乱していた。

やっちまった、頭をボリボリかく。

 

「…悪い。気づかなかった」

「楽しくてね」

「バトルマニアだ…」

「やめろ平塚先生みたいだろが」

「合ってんじゃん」

「やめて!改めるから!!」

 

「貴方達ね…」

 

池から離れてやってきた雪乃が声をかけてきた。

う、と苦い顔をする八幡。

説教されるのは分かりきっている。

しかし、八幡の予想とは反して微笑む雪乃。

きょとんとする八幡。

ちなみに沙希はそっぽを向いている。

 

「そんなに元気が有り余ってるなら私とも訓練してもらおうかしら?」

「は?」

「今の貴方には水だけ使えば勝てる、という話でもないもの。良い訓練になると思うわ」

「天変地異起こす気かお前」

「良いわね。世界を変えてしまいましょう」

「…助けてくれ」

「やだ」

「無理」

「ふぁいと!」

「プロ同士の訓練…!見たい!」

「どこから湧いて出てきた緑谷お前」

 

 

──────────

 

 

相澤に睨まれたため、八幡用の訓練場所へ向かう2人。

と、その2人の後ろをコソコソ着いて歩く少年1人。

当然そのことに気がついている八幡と沙希だが、八幡は黙ったまま歩いている。

流石に可哀想だと思い、八幡に声をかける沙希。

 

「…ねえ」

「知らねえよ」

「あんたでしょどう見ても」

「歳上の美人お姉さんに惚れただけかもしれんだろ」

「はぁ!?…いや適当言ってんじゃないよ殴るよ」

「もう振りかぶってんじゃねえか待て落ち着け。……おい、何か用か」

 

沙希の拳から逃げるように後ろを振り返り、木陰に隠れていた洸太へ声をかける。

その声に反応し、黙って2人の前へ現れる洸太。

しかし、無言のまま2人の前で黙って立っている。

 

「…」

「…」

「…」

「…」

「…」

「……どうしたの?」

 

何も言わない洸太に、何も言わない八幡。

無言の空気に耐えかね、彼女にしてはかなり優しめの声を洸太に投げかける沙希。

自分の声と外見は子供受けが悪いとわかっているのだ。

 

「……お前」

「…俺?」

「お前……なんで、ヒーローなんてやってるんだ?」

「…」

 

洸太がようやく喋り始め、本題に入る。

洸太の言葉で、八幡は二つの事実に気がつく。

一つ、洸太が八幡のことを知っていること。

テレビか何かで見たのだろう。

体育祭では散々全国にそのニュースが広げられたし、どこかのヒーロー事務所へチームアップをしに行くとき、八幡本人だけではなく事務所もメディアの取材を受けている。

そしてもう一つ。

昨夜、八幡が来た時に洸太は起きていたのだ。

八幡の話を少しだけ聞いたのだろう。

もしかしたらマンダレイ達にも聞いたのかもしれない。

洸太の問いに答えかね、言葉を選ぶ。

 

「なんでって…なんでだろうなあ」

「お前、親がヒーローだったんだろ」

「2人ともな」

「死んだんだろ」

「ああ、死んだ」

「ヒーローに、なんでなってんだよ。死ぬとか、怖いとか。……ヒーローなんて、とか思わないのかよ…!」

 

憤るように言葉を並べていく洸太。

洸太は確かに子供であるが、他の子供よりも物事をよく理解している。

親の死に直面し、物事をたくさん考えさせられたのだろう。

目の前の白布をかぶせられた親はなぜ動かないのか。

死とは何か。

理解した上で、ヒーローを嫌った。

だが、何故命を懸けてまでヒーローをやるのかというのは理解してないんだろうな、と八幡。

さて、なんと言葉をかけようか。

そもそもこの子供に気にかける必要があるのか。

だが、マンダレイからは気にかけてくれと言われている。

これも一種の依頼だろう。

なら、奉仕部の理念に則るまで。

子供に取り繕っても見抜かれる、と素直な言葉を口に出す。

 

「…ヒーローねえ。確かに俺がやる必要はないかもな」

「!」

「比企谷!?」

「周り見てもヒーローとかヒーロー候補生とかだらけだし…なあ?」

「バカか。聞いてんだろ答えろ」

「わあったよ。…助けたいって思っちゃったからだよ」

「…知らない人間なんてどうでもいいだろ」

「まあ、そこら辺もそうだけど。じゃなくて……知り合いの奴がさ。この世界を変えたいとか言い出してよ…」

「?」

 

初めて会った時、絵画かと見紛うほど美しい少女は、独裁者も真っ青な大それたことを言い切った。

空を仰ぎ、かつて彼らだけの場所で、お互いに本物を求め合った時のことを思い出す。

もう戻れないと、叶わないと思っていたその時を。

何度も遠回りして、時には道を戻って、もう途絶えたと思った道を。

色んなことがあったな、と柄にもなく心に思う。

 

「そんなこと出来るわけないって思って…案の定そいつは結局諦めたんだ。色々思うところはあったらしいがな」

「…」

「んでその次はヒーローやるって言い出した。…俺はその時、なんとなくヒーローを目指してた。親父や母親が、ヒーローやっててどういう景色を見ていたのか、って…。何の為に俺や妹、果ては日本の未来の為とかいう不確かな展望の為に命を投げ出したのか。親に縋るような…そんな気持ちでやってた。ぼっちなのにな、今思えば矛盾してる…」

「…?」

「…わかんねえか。まあ…俺はそいつと共に行きたいと思っちまった。そいつと、そいつらと、夢を追いかけて……そいつらを助けたいと。…そいつらを放って置けなかった、って言ったらいいのか。それとも、そいつらに…置いていかれたくなかったというのか…正直わからん」

 

偶然縁を持ち、何故か再び関わるようになってしまった2人を、大切に思うようになってしまった。

ぼっちと自称して、もう二度と友人関係で傷つきたくなかった。

だが、彼はそのことに自覚がない。

もし自覚があれば、もう少し話は早かったかもしれない。

 

「…自分でもよくわかってねえじゃねえかよ」

「そうだ。俺は俺のことがよくわかってない…というより、言葉にできない。俺はな、少し前にすごい間違いをしかけたんだ。でも、それを許してもらった。救われたって思ったよ、柄にもなくな。さっき言ってた奴に、色んな人に。それに報いるために…俺の居場所を作ってくれた連中の為に……アイツらや、うちのクラス連中に、B組の奴らに…先生やヒーローたちに…。…恩を返したいんだよ。アイツらを、雪ノ下たち、緑谷たちを…守りたい」

「なんで、そんなに他の奴のために…」

「…さあ、それがわからん。…でも、それが──ヒーローって奴なんだよ、きっとな」

 

間違いを許してもらった。

こんな罪の深い自分を、受け入れてくれた。

もう一度一緒にいたい、間違えた貴方を守りたいと言ってもらえた。

そんな彼ら彼女らを、守りたい。

許してもらえるのであれば、共にいたい。

友人関係で失敗し、何度も裏切られ、それでも最後に希う。

──彼らと過ごしたい。

彼らとなら、きっと本物も見つかるだろうから。

 

「…わかんねえよ、だれかのためって…!命をかけるのか!?」

「懸ける」

「ただの仲間のために死んでもいいのかよ!!」

「俺の命でアイツらを救えるなら安いし早い。得だ。儲けもんだな。いくらでも盾になってやるよ」

「!!」

 

即答。

何も迷うことなく、洸太の問いに答えた八幡。

いつもと変わりない、腐ったような目。

本気で、命を捨てる気でいる。

洸太の目の前からいなくなった、父と母と同じ。

 

「!! じゃあ、俺は…お前は!……ちくしょう、ちくしょう!!」

「あ…」

 

走り去ってしまう洸太。

答えになっただろうか、と八幡は絶望してしまった彼を想う。

正直、誰かのために命を投げ出すヒーローと、そのヒーローに残されてしまった子供の主張のどちらが正しいかなど同じ境遇の八幡でも分かりはしない。

ヒーローは人々の命を守るために命を懸ける。

子供にとって親は全て。

だが、八幡には全てではなかった。

何故なら、己の命より大切な妹がいたから。

だからこそ絶望しなかったのかもしれない。

小町なら、どのような言葉を返しただろうか。

首を横に振り、沙希の方へ向く八幡。

 

「川崎、待たせた。行こう……。……どうしたお前」

「…え?」

 

八幡の言葉に、なんのことかわからなかった沙希。

頬を伝う水の感触に、沙希は自分が泣いていることに気がついた。

目の前で泣く女の子に、オロオロする八幡。

どうしたらいいか本当にわからない。

 

「…バカ…」

「…」

「あんた、本当にバカ…。わ、私らは…ヒーロー目指してんだから…。守ってもらうほど、弱くない…」

「…おう、そうかもな…」

「…バカ。絶対わかってない……シスコン」

「今シスコン関係ねえだろ…」

「…過保護」

「…」

 

沙希が泣き止むまで、八幡は彼女を見ないように空を仰いでいた。

夏空が、透き通るほど青かった。

 

 

──────────

 

 

イヤホンジャックを岩壁に突き立てていた耳郎。

彼女は、地面やそれに連なる岩、建物などに彼女の耳たぶのイヤホンジャックを突き立てることで、遠くの足音や会話も聞くことができる。

ほんの出来心だった。

遠ざかっていく2人の会話の内容が少しだけ気になった。

それだけだったのに。

 

「…ん?じ、耳郎!?どしたの!?」

「ご、ごめっ…!な、なんでもないから!」

 

顔を両手で抑えて崩れ落ちた耳郎。

そんな彼女の異変に気がつき、横で訓練を続けていた芦戸が慌てて声をかける。

2人の横を、帽子を被った少年──洸太が全速力で駆けていった。

そちらも気になった芦戸だったが、まずは耳郎だと彼女に続けて声をかける。

 

「つ、疲れた!?耳痛くなったの!?」

「ちがう、ちがうから…」

「だって、泣いてるじゃん!」

 

ポロポロと大粒の涙を流す耳郎。

今すぐ彼の元へ行きたい。

十分守ってもらっているのに。

体育祭で、彼は何度もその命を懸けたのに。

同い年のくせして何度も傷ついて、腕すら無くしてしまったことがあるのに。

どうして。

どうしてそんなに、自分よりも誰かを──。

 

「…どうしたの?」

 

様子がおかしい耳郎と芦戸に、後ろから声をかける雪乃。

比企谷八幡にとって恐らく、一番距離が近く、一番の理解者。

顔を抑えたまま動かなかった耳郎が、パッと涙で顔をぐちゃぐちゃにしたまま雪乃の方を向く。

 

「耳郎さん…?」

「ど、どうして…!どうして、アイツは…!なんで!」

「…!」

 

岩に突き刺さったままのイヤホンジャックを見て、事情を察する雪乃。

何かを聞いてしまったのだろう。

きっと、またバカなことを言い出したのだろう。

そう思い、後ろから耳郎たちの様子を伺いに来た相澤の方へ振り向く。

 

「相澤先生、耳郎さんの調子が悪いようなので。少し池の方へ、顔を洗いに行かせます。気分が良くなるかもしれないので」

「……わかった」

 

雪乃の真剣な表情に、相澤も何かしらの事情を察する。

合理主義の相澤だが、生徒の真摯な想いを無碍にはしない。

例えそれが、彼の合理主義に反するとしても。

耳郎を無理やり立たせ、池の方へと連れ歩く雪乃。

そのまま小声で声をかける。

 

「…耳郎さん。何があったか、何を聞きたいのか。もし差し支えなければ、夜…女子部屋で聴かせてちょうだい。あまり聴かれたくない内容なのではないかしら?」

「…うん」

「ありがとう。…先に言っておくけれど、あの男には何を言っても無駄よ。何を言っても捻くれて捉えてしまうから、ね」

「…」

 

 

夕方の4時。

その日の訓練を終えた生徒一同。

疲れに疲れ、もう身体に力など入りはしない。

しかし、目の前にはさあ作ってくれよと言わんばかりにじゃがいも、にんじん、牛肉、玉ねぎ、そしてカレールーの箱が大量に鎮座していた。

ピクシーボブ、ラグドールが意気揚々と宣言する。

 

「さあ、昨日言ったね!?世話焼くのは今日までって!」

「己で食う飯くらい己で作れー!?カレー!!」

「「「イエッサ…」」」

 

疲れ切った返事をするA組、B組の一同。

八幡や雪乃も例に漏れない。

プロだろうが何だろうが、個性伸ばしはキツいのだ。

カレールーに見遣ると、それなりに人気定番のルーであることに気がついた八幡。

『あのヒーローもそのヒーローも食べている!』というキャッチコピーで売られている、定番品だ。

ちなみに中辛。

普通の辛さである。

返事の揃わない、揃える気もないほど疲弊してやる気のない生徒たちを涙を流して笑うラグドール。

 

「あははははははは!全員全身ブッチブチ!だからって雑なねこまんまは作っちゃダメね!」

「ねこまんまって…白米に味噌汁ぶっかけるやつか」

「え、なにそれ」

「おお、あれ美味いよな!」

「いや俺は食わんけど」

 

切島の言葉をさらりと否定する八幡。

ちなみに切島の横で麗日は美味しいのに、という顔をしている。

その一方でハッとラグドールの言葉の裏を読む飯田。

 

「確かに…災害時の避難先で消耗した人々の腹と心を満たすのも救助の一環…!さすが雄英、無駄がない!」

「そ、そうなのかな?」

「…いや、[[rb:ラグドール > あの人]]は愉しんでるだけだぞ」

「世界一美味いカレーを作ろう、みんな!!」

 

戸塚と八幡が飯田の言葉に疑問を呈す中、皆を元気づけてやる気を出させる飯田。

そんな彼は、相澤に便利だと思われていることに気がつかない。

そして、カレーと聞いて懐かしいなと思う結衣。

2年前も、同じような林間合宿でカレーを作ったのだ。

留美ちゃん元気かなあ、と懐かしみつつ、飯田に続いて皆に声をかける。

 

「よし!皆んなで美味しいカレー作っちゃお!」

 

結衣が前へ出てきた途端、お互いに素早く目配せする雪乃と八幡。

雪乃は食材の方へ歩み寄り、八幡はいつになく俊敏な歩きで結衣へ近寄っていく。

 

「私、がんば──」

「由比ヶ浜」

「へ?どしたのヒッキー」

「…一緒に、薪取りに行かないか」

「え!う、うん!いく!」

「薪用意して火をつけるのも大事な役目だからな」

「うん!そだね……えへへ」

 

早々に薪の方へ向かう八幡と結衣。

緑谷や轟、障子らがそれを訝しむ。

 

(((なんだ、今の…)))

 

訝しまれているのは八幡だけだが。

そんな彼らの注目を、こほんと咳払いして集める雪乃。

 

「彼は今カレー作りに重要な仕事を一つこなしただけよ。気にしないように。他にも、料理に自信がない人たちは一緒にいくといいわ」

「結衣ちゃんって料理ダメなの?」

 

葉隠の問いに、静かに頷く雪乃。

その表情は真剣そのものである。

1ミリもふざけていない。

 

「…お菓子作りはだいぶマシになったのだけれど…普通の料理…特にカレーは恐ろしいわね。桃缶とか入れ始めるのよ」

「桃缶!?」

「ここには用意されてないから大丈夫だと思うけれど」

「あるよー桃缶。デザート用に」

 

ピクシーボブの言葉に、早めに比企谷君と意思疎通してよかったと安堵する雪乃。

そのまま流れでカレー作りの陣頭指揮を執り、A組の生徒にテキパキと指示を出していく。

 

「まずは食材を切りましょう。均等な大きさでお願いするわ。同時に飯盒炊飯の用意を。飯盒の使い方がわからない人は聞いてちょうだい」

「う、うむ!」

「そういや、雪ノ下は料理得意って比企谷が言ってたな…!」

「そ、そう。…その、川崎さん。貴女にも手伝いをお願いしていいかしら」

「…ああ」

 

顔を赤くした雪乃の要請に、少し目元を腫らした沙希が頷き、包丁とまな板を用意して食材の方へ向かう。

他にも包丁捌きに自信がある砂藤が出向き、食材を手に取っていく。

B組の生徒たちも動き始め、カレー作りに取り掛かっていった。

たまねぎとじゃがいも、にんじんの皮を剥き、均等な大きさになるよう切る。

牛肉も手頃な大きさになるよう切り、後入れする。

緑谷や轟たちは特に料理に傾倒するものがあるわけではないので、薪を用意して火をつける準備だ。

カレーを作るにしろ飯盒炊飯にしろ、火が必要である。

薪を持った戸塚が、同じように薪を運ぶ八幡と結衣に笑いかける。

 

「なんか、懐かしいね。またみんなでカレー作りをすることになるなんて思わなかったよ」

「…そうだな。そういや平塚先生とかは油ぶっかけて火ぃつけてたな…つかなかったらあれやるか」

「ヒッキー、先生のダメなとこを受け継いだらダメだよ」

「他にもっとダメなとこあるからな。まだ役に立ちそうだろ、キャンプで薪に火がつかない時の対処法」

「…まあ、いっか。どうせ火傷しないしヒッキーなら」

「いざとなったら個性使うからなぁ」

 

そのまま薪をレンガが積まれて作られた天然の火どころへ置いていく3人。

時代が進み、新しいものばかり増えてもこういう古めかしいのも悪くない、としゃがんだまま頷く八幡。

更に横の火どころへ薪を置こうと横へ向いた時、すぐ真横に誰かが立っていることに気がつく。

見上げると、耳郎が顔を俯かせて立っていた。

少し驚くが、とりあえず立ち上がる八幡。

何の用だと思いつつ、今自分が持っているものが目当てと考え、薪を恐る恐る差し出す。

 

「…」

「…ち、違うか?」

「…もらう」

「おう…」

 

八幡から十分な量の薪を受け取り、そのまま火どころへ並べていく耳郎。

そんな耳郎を点火棒を創造した八百万は心配そうに見ていた。

明らかに、昼間までの耳郎と様子が違うと気がついていたのだ。

 

「…耳郎さん?」

「ヤオモモ…なに?」

「いえ、その…訓練…では、ないですよね…?」

「…ごめん。夜話す…」

「…話してくださるのでしたら、喜んでお聞きしますわ」

 

八百万の気遣いに、少し微笑む耳郎。

2人はそれ以降は何も話さずに、並んで薪に火をつけ、飯盒炊飯を始めた。

 

「轟ー、こっちにも火つけてー!」

「爆豪、爆発で火ぃつけれね?」

「付けれるわクソが!!」

「えぇ…」

 

火をつけられる個性持ちはA組では3人、爆豪、轟、八百万である。

ちなみにB組は吹出漫我1人。

吹出漫我、個性コミック。

オノマトペ、いわゆる擬音を喋ることでその擬音を出現させ、更に擬音の意味を現実のものとする個性。

つまり、燃えるイメージを付けてボオボオと喋れば、燃えるボオボオという擬音が実体化する。

彼の発想力が最大の武器である。

なのでこういう特異な状況では彼は大忙しとなる。

 

それはそうと、爆豪と轟に頼る芦戸と瀬呂をぴしゃりと叱る八百万。

 

「皆さん、人に頼ってばかりでは火の起こし方も学べませんわよ!」

「えぇ…」

 

かくいう八百万は自身の個性に頼った火の付け方をしている為、あまり説得力がないなあと見る耳郎、八幡。

 

「いや、良いよ」

 

芦戸と麗日の元へ歩み寄り、左手から炎を発して薪に火をつける轟。

ちなみに爆豪はやりすぎてレンガごと吹き飛ばしてしまった。

 

「わー、ありがとー!」

「燃えろー!燃やし尽くせー!」

「尽くしたらあかんよ」

「…どうするこれ」

「…組み直すか」

「比企谷、すまん頼む…」

「ん?…なにこれ」

「いや、なんだろ。…爆発の芸術?」

「よくわからんが直すわ…」

 

そうこうして、完成したカレー。

雪乃監修のもと作られたカレーは、今まで彼らが食べたことのないレベルにまで昇華し、皆の舌を感動させた。

ガツガツとカレーをかきこむ一同。

 

「うめえ!いやマジでうめえ!!雪ノ下すげえ!!」

「同じ材料使ってもこんなに上手く作る自信ねえよ!」

「絶賛だね、ゆきのん!」

「料理うまいのは知ってたけど、やっぱり雪ノ下さんすごいわー!」

「こ、これくらい普通よ」

「才能マン…いや、才能ウーマン…!」

「うまいこと言ったつもりか上鳴」

「ちなみに才能マンは爆豪な!」

「…納得」

「ケッ」

八幡の言葉を特に否定しない爆豪。

緑谷や轟のような爆豪的にムカつく人間が関わらなければ、彼は普通に人と対応できる。

逆にムカつく人間に対して過剰に反応している気もするが、じゃないと爆豪らしくねえかなと八幡。

 

「ヤオモモがっつくねー!」

「ええ。私の個性は資質を様々な原子に変換するので、沢山蓄えるほど沢山出せるのです」

「…うんこみてえ」

 

瀬呂の言葉でかなり落ち込む八百万。

彼女も女子である。

確かに的を得てはいるのだが、本人的には考えもしなかったことらしい。

ちなみにそれを言った瀬呂は少し元気を取り戻した耳郎に本気で殴られていた。

八百万に謝る瀬呂を、心中で恨む八幡。

 

(カレー食ってる時にアホなこと言うんじゃねえよ。…言わねえけど。連想させるとアレだし…)

 

気分取り直してから食いたい、と辺りを見渡す八幡。

その時、自分の分とは別のカレーを用意した緑谷が、どこかへ歩いていくのが見えた。

 

(…あの子か)

 

他にカレーを渡しにいく相手などいない。

洸太の元へ行く緑谷をカレーを食べながら見送る八幡。

あの子に、自分から言えることはもうない。

ヒーローを理解するのは時間がかかる。

何せ、誰かの命を自分の命を使って守る職業なのだから。

前提からある意味矛盾している職業なのだ。

 

 

──────────

 

 

夜。

宿泊施設となるまたたび荘、その外で八幡は一人夜空を眺めていた。

昼間の洸太や沙希に思うことがあったのだ。

すでに入浴を済ませており、今は教師たちやワイプシの入浴時間である。

ちなみに女子の入浴時間もとうにすぎた。

昨日の峰田の覗き事件を受けて、男子と女子の入浴時間を相澤たちがずらしたのだ。

男子たちは妥当だと普通に受け入れたが、峰田だけやんややんやと騒いでいた。

そういえば峰田がまたいない。

一応、八幡は既にA組代表として雪乃、B組代表として拳藤にそれぞれ峰田に注意するようメールを送ってある。

 

「あれ、比企谷?」

「上鳴…」

「何してんだ?部屋に戻んねーの?」

「別に」

 

またたび荘から出てきた上鳴。

風呂上がりの様らしく、夜風にあたりに来たのだろう。

上鳴の問いに短く答え、八幡はそれ以上は特に何も言わない。

問いかけてきた上鳴はそのまま八幡の隣に立ち、何故か同じように夜空を眺め始める。

しばらくの間、5分か10分程度そのままだったが、流石に見かねて八幡から口を開いた。

 

「…なんだよ」

「いや、昼間思ったけどよ…やっぱ比企谷ってすげーよなってさ」

「は?」

 

突然の上鳴の発言に、八幡は夜空から隣の上鳴に視線を移す。

何が言いたいのかさっぱりだった為である。

一応聞こうと上鳴の言葉を待つ。

 

「だってよ、土とか空気とかでもすげー破壊力ある攻撃できるし、土やコンクリ使えば人命救助できるし、本腰?入れて操作すれば感知系の仕事もできるんだろ?見た目は目がアレな根暗なのに」

「おい」

「それに加えて水も使えてよ、近接戦闘で衝撃転換の川崎とタメ張るし、むしろ押してたし……やっぱ15歳でプロってのはダテじゃねえよなあ。俺、放電しかできないし…I・アイランドやUSJじゃヤオモモの絶縁シートでどうにか戦えてたしよ…」

「…」

「や、わかるんだぜ?お前にそんなこと言ったってしゃあねえってさ。でもさ…やっぱお前や爆豪とか、轟とか雪ノ下とか見てると…差を感じるんだよ。俺…追いつけるかな…」

 

上鳴の言葉を黙って聞き入る八幡だが、上鳴の言葉はわからないでもない。

劣等感に苛まれていた人間は何度も見てきた。

雪乃に負けたと感じていた文化祭での相模のような、雪乃を苦手としていた三浦のような、カーストに呑まれた人間を。

だが、上鳴は状況が違う。

ヒーローを目指し、劣等感を感じていたとしても、その差を何とか覆そうと足掻いている最中である。

成長しようと、その切っ掛けでも掴めないかと藁にもすがる思いなのかもしれない。

藁ほどありきたりで、頼りないかもしれないがと独りごちる八幡。

 

「…絶縁シートね…まあ、確かに個性はあまり戦闘向きじゃないかもな。クソほど派手なのはあってるけど。なら、戦闘が出来るように装備でも整えろ」

「装備…」

「その為のコスチュームだろ。耳郎や爆豪見てみろよ。耳郎なんかモロお前が参考にすべきコスチュームしてるだろ。電撃ってのは本当に強力な武器だぞ。人は脳から出された指令が電流になって動く仕組みだ。それを乱されたら、たとえどんなやつでもそう簡単には動けないもんだ」

 

八幡の言葉を、上鳴は真剣に聞き入る。

珍しく八幡から話をしてくれているし、何より八幡の言葉が真剣だったからである。

さらに言葉を続ける。

 

「人を巻き込むことがネックなら、人を巻き込まないように一人で戦闘するとか。…副作用のこと考えるなら仲間はいた方がいいからそれは無理か。なら、電撃を操れるようなサポートアイテムを考えろ」

「か、考える…。やべえなぁ、俺頭使うの苦手なんだよ…」

「確かに苦手だろうな」

「フォローくれよそこは!!」

「けど、たかが苦手なことを乗り越えたら仲間を守れる強さが手に入る。簡単で良い」

「!」

「考えるのが苦手なら、他の考えるのが得意なやつの頭を借りれば話が早い。その為のサポート科だろ」

「比企谷…」

「電撃を敵にだけ当てる紐や誘導電磁体を持つ。電撃を蓄積・放出出来る投擲物を持つ。スピード特化に身体を鍛えて電撃を纏って近接戦。何でもありだろ」

 

ポンポンアイディアが出てくる八幡を、感動の目で見る上鳴。

半ばヤケクソで八幡に声をかけた上鳴だったが、まさかこんなに真摯に答えてくれるとは思っていなかった。

上鳴の視線に気がついた八幡は、気恥ずかしくなってそっぽを向いた。

 

「な、なんでそんなに色々出てくんだ?」

「…昔から個性について考えるのは好きだったからな」

「…電撃ソードとかできっかな?」

「導電性の高い棒でも持て」

 

上鳴の子供の頃から考えていた必殺技にもさらりと答えを返された。

上鳴は、がしりと八幡の手を取る。

 

「すげえ、マジで比企谷すげえ!いやありがとな!俺、もっと頑張る!雄英に帰ったら早速コスチューム見直してサポート科に相談するぜ!」

「ちけえよ…」

「俺、絶対お前らに追いつくから!負けねえから!んで、俺も…みんなを守れるようになるよ!」

「…いや、守る必要は…」

「ある!俺も…比企谷に守られるだけじゃいられねえよ!」

 

ガバリと立ち上がって、上鳴は笑った。

体育祭やI・アイランドでの八幡の立ち回り。

何を思い出しても、いつだって彼は敵の前に立っていた。

一番危険な相手から、その身を呈していつでも飛び出していっていた。

救けるヒーロー、勝つヒーロー、守るヒーロー。

ヒーローには色んな在り方があるが、間違いなく比企谷八幡──ノーアームズは、習うべき一つの姿だと考えたのだ。

 

「見てろよ比企谷!次は、俺がお前を守るかんな!」

「…じゃあ、まずは仮免取れ」

「取ります!!その前にまずにくじゃがの肉を守ってくるわ!」

「へ?」

「B組と腕相撲でにくじゃがの肉賭けてんだよ!比企谷も来いよ!」

「お前、補習は」

「ギリ被ってるけどな!応援してくるわ!」

「良いのかそれで…」

 

嬉しそうに上鳴はまたたび荘の中へ入っていった。

光明が見えたことがよほど嬉しかったらしい、と八幡。

あんなことで良いならいくらでも話せるが、何故わざわざ自分のところに来るのかと心で思う。

自分に聞かずとも緑谷に聞けば一発だろうに。

アレは生粋のヒーローオタクである。

 

また夜空を見上げ始めた。

だが、補習には八幡も用がある。

そろそろ行くかと思ったその時、八幡の肩に誰かが手を置いた。

 

「…まだなにか用か?上な…」

「上鳴君と何か話してたん?」

「折本?」

 

振り返ると、パジャマ姿の折本がそこにいた。

もう露天風呂には入った後のようで、シャンプーやボディーソープの類の良い香りがした。

慌てて距離を取ろうとするが、身体を引くとなぜか折本まで八幡の動きに合わせてついてくる。

なんだこれ。

 

「な、なんだ?とりあえず手離せ…」

「いやー比企谷。用があってきたんだよねー私」

「用?」

「うん、用…」

 

静かな折本に、強烈に嫌な予感がした。

折本は元気、というよりよく口が回る少女だというのが八幡のイメージであって、こんなに静かだと何か頭の中で色々考えてるのではないかと思ってしまう。

だとしたら、やはり面倒事の予感しかしない。

せめて上鳴の様な相談事であってほしいと祈りつつ、おずおずと声をかける。

 

「な、なんだ。…相談だったりするか?」

「おお、比企谷にしては勘いいじゃんそれあるー」

「山勘が当たったな。とりあえず聞いてやるから離れろ…」

「じゃ、ごあんなーい」

「へ?」

 

次の瞬間、折本と八幡は折本の個性、瞬間移動によってまたたび荘の前から瞬く間に姿を消していた。

 

 

──────────

 

 

約20分前。

八幡と上鳴が話し始める前、A組の女子部屋ではA組の女子たちが露天風呂から上がり、布団の上で輪になって歓談していた。

だが、女子のうち二人だけが浮かない顔をしている。

耳郎と沙希。

結衣や蛙吹、麗日などは彼女たちのことを気にかけていたが、沙希は訊いても何でもないと言い、耳郎は後で話すと言った。

本人たちが気にする必要はないというので、それ以上は追求しなかったが、それでもやはり気にかかるのが友人というもの。

もうそろそろ落ち着いたでしょう、と雪乃が耳郎に声をかける。

 

「耳郎さん。昼間のこと…」

「!」

 

その時、コンコンとノックの音が廊下へ繋がるドアから音が鳴る。

こんな時間に誰だろう、と麗日と蛙吹は顔を見合わせる。

もうそろそろ補習の時間に差し掛かる、現在の時刻は21時30分。

補習に参加する芦戸がゲンナリしていくのが証拠である。

夜遅くの訪問者に対応すべく、扉の方を向く。

ノック音に続けて声がした。

 

「拳藤だけど、ちょっといいかな」

 

顔を見合わせるA組女子たち。

雪乃と耳郎の方を向くが、両者とも頷き、特に問題はない様だ。

八百万が代表して拳藤の声に応える。

 

「ええ、もちろんですわ」

 

峰田対策が施された入り口の仕掛けを解除し、扉を開けて拳藤に対応する八百万。

訪問者は拳藤だけではなく、B組女子の柳、小大、塩崎、更に三浦に海老名、相模まで着いてきていた。

相模は海老名に腕を持たれて逃げられない様になっているので、そのせいだろうが。

 

「ど、どうされたんですの?」

「ありゃ?B組だらけだ」

「優美子、姫奈!」

「ハロハロ〜!」

「おじゃまー」

 

「さっきはありがとね。これお礼」

「これは…?」

「お礼?」

「えー、なになに?」

 

拳藤のお礼という言葉に惹かれ、八百万の横から覗き込む様にして拳藤が差し出した袋の中身を覗き込む。

麗日と結衣もそろりと覗いた。

中身を確認した芦戸の顔がいつもより明るくなる。

 

「お菓子だー!」

「わ、ほんとや」

 

様々な種類の市販品のお菓子や飴が、袋の中いっぱいに詰められていた。

B組女子たちが合宿に持ち込んだものだろう。

クッキー、チョコレート、定番のポテトチップスなどもある。

しかし何かしら、と八百万は首を傾げる。

お礼と言われても、特に心当たりは。

 

「…さっきの覗き魔のことじゃないかしら」

「え、まさか峰田さんの!?」

 

雪乃の言葉に、ハッとする八百万。

合宿1日目の夜にいきなり覗きを未遂とはいえ反抗に及ぼうとした峰田、人呼んで性欲の権化。

それを受けて相澤が男女で風呂の時間をズラしたり、拳藤と相模が八幡に依頼して壁の穴になりそうな箇所を塞いだりと対策を練ったが、2日目の夜にまたも峰田はやらかした。

事前に覗きを危惧していた1年A組女子たち。

ついでに相模に言われて峰田のことを気にかけていた八幡からのメールを受け、B組の女子たちに伝えて峰田へ罠を張ることにしたのだ。

そしたら、案の定覗き魔は捕まった。

B組女子の風呂の時間、拳藤たちに露天風呂に入ったフリをしてもらい、そこを覗こうとしていた峰田を現行犯で捕らえたのである。

ちなみに、峰田は既にマンダレイたちに引き渡された。

それでもなおマンダレイたちの入浴を覗こうとした峰田が更に出し抜かれ、なんと虎の入浴の場に間違えて忍び込んみ、尚且つ折檻を今まさに喰らっているとは夢にも思わない一同である。

 

「お、お礼なんていただけませんわ!むしろ、[[rb:A組 > ウチ]]の峰田さんが大変なご迷惑をかけるところだったんですもの……!」

「そんな気にすんなよ。結果的に大丈夫だったんだから」

「それに、未然に教えてくれたから防げたんだし」

「比企谷もねー」

「え?」

「これ」

 

拳藤がスマホを開くと、八幡から小さく一言メッセージ。

『覗き魔注意されたし』とだけ。

 

「業務連絡かよ、ってツッコミ入れちゃったよ」

「うわー、ゆきのんとこういうとこ似てるよねヒッキー」

「心外ね。…私はもっとちゃんと文章を書くわ」

「えー?」

「いや、雪ノ下さんはアレだよね。無骨だよね」

「…折本さん?」

 

にまにま笑う折本をジロリと睨む雪乃。

総武組はさておき、八百万はまだ申し訳なさそうに袋を受け取れずにいた。

どうしても峰田が悪く、そしてA組の責任だと考えているのだ。

そんな彼女に塩崎が前へ出て告げる。

 

「ここに来られなかった取陰さん、小森さん、角取さんも直接お礼を言いたかったと申しておりました。ですが、ブラド先生から今日の訓練の注意点があると呼び出されてしまいまして…。どうか受け取ってください」

「良いから受け取っておきな。これ、受け取らなかったらこっちがみじめだから」

 

更に三浦の言葉でうっとなる八百万。

三浦の言葉は本心だが、そう言われると確かに受け取らなくてはと思わせてしまう説得力があった。

にまっと芦戸が笑い、拳藤から袋を受け取る。

 

「それじゃ、ありがたく!」

「芦戸さんっ?」

「まーまーヤオモモ、せっかく持ってきてくれんだし」

「三浦ちゃんの言う通りよ、百ちゃん。気持ちを無下にするのはよくないわ」

「でも、私たちは当たり前のことをしただけですし…」

「……三浦ちゃん…」

 

蛙吹の聞き慣れない呼び名が、三浦のどこかにヒットしたようだ。

それはさておき、まだ八百万はためらっている。

そんな八百万を見て、ん〜と考え込む様な声を出していた葉隠が、良いこと思いついたと言わんばかりにパンと手を鳴らした。

 

「それじゃ、みんなで食べようよ!」

「え?」

「今から?」

「そう!女子会しよ!女子会!せっかくだし、合宿だし!お泊まりだし!」

 

合宿をいいように脳内変換していく葉隠に、顔を見合わせる両組の女子たち。

女子会。

魅惑的な響きに、女子たちの顔も綻ぶ。

八百万はきょとんとしている。

女子会が何かわからなかったのだ。

 

「さんせー!こういう機会もなかなかないしね」

「それあるー!」

「まぁ……女子会…」

「え、ほんとにいいの?」

「いいよ、男子たちも男子たちで集まってるみたいだし」

「ん」

「……じゃ、やっちゃう?女子会」

「やっちゃうー!!」

「パジャマパーティだね!」

「…女子会」

[newpage]

早速A組女子部屋に入って行った一同。

布団の上で車座になる。

中央にお菓子スペースを作り、そこから欲しいものをとっていく形にしたのだ。

だが、一つだけとびきり甘そうなチョコレートを結衣が袋を開けずに取っておいた。

それを見ていた芦戸。

 

「あれ、由比ヶ浜。それ開けないの?狙ってたのに」

「あ、ごめんね?ヒッキーにあげよっかなって。メールくれてたらしいし」

「あー、警告メールね。んじゃいっか!」

「いや、開けて良いよ別に。アレにはマッカン投げときゃ一番喜ぶから」

「さがみん、ヒッキーの好物知ってるの!?」

「中学ん時にいつでも飲んでたじゃんあの甘いの。目立つしあの警告色」

「あー…」

「いつでもて、比企谷すごいな…」

 

柳が逆に八幡に引いていた。

MAXコーヒーのことは知っていたが、アレは甘すぎる。

芦戸も千葉県民なので飲んだことはあったが、確かにアレは甘い。

八幡の名前が出たことで、ピクリと反応する耳郎。

そのまま雪乃を見る。

 

「わかってるわ。けど、今ここで話すのは…」

「なに?どしたの?」

「…その」

 

「話しときなよ」

 

言い淀んでいた雪乃に、沙希が声をかけた。

車座には入らず、一人だけ窓辺にいた沙希。

窓辺からは上鳴と並んでいた八幡の姿が、沙希たちがいる二階の部屋から見えていた。

 

「あのバカをいざって時に止められる奴は…多い方がいいだろ。むしろ男どもにも伝えた方がいいと思うね」

「…そうね」

 

沙希の言葉に意を決し、雪乃は耳郎の方へ向いた。

せっかくの女子会ならではの話もしたいかもしれないが、このような場でしか話せない大事なこともある。

 

「耳郎さん。貴方が何を聞いたか、聞かせてちょうだい」

「…うん」

 

そして耳郎は話した。

比企谷八幡と小町の両親は元ヒーローで、既に亡くなっていること。

洸太も彼らと同じような境遇で、何故ヒーローをやるのかと八幡に問いただしたこと。

なんとなく両親の背中を追ってヒーローを目指していただけだった八幡が、大切だと思える人間に出会ってから考えが変わったこと。

体育祭で、彼は心底救われたと感じたこと。

受け入れてもらえたと思い、雪乃たちや耳郎たち、雄英教師やヒーローに報いる必要があると考えていること。

そしていざという時、その命を捨てて自分達の盾になるつもりであること。

全て話し終えた時、耳郎の目から再び涙が流れていた。

話を聞き入る一同。

何も言えなかった。

ヒーローだから、と返すのは簡単だ。

だが、八幡は心底絶望し、何度も死ぬような想いをしたはず。

[[rb:敵 > ヴィラン]]に囚われる恐怖など押し測れるようなものではない。

それなのに、彼は再び[[rb:敵 > ヴィラン]]たちと生徒たちとの間に、人柱か防壁のようになるつもりでいる。

 

「…」

「そんな…こと…」

「…アイツ、アイツ……!体育祭でも、あんなにボロボロになったし!腕切り落とされたし!I・アイランドでも、まず真っ先にウチらより前に、[[rb:敵 > ヴィラン]]に立ちはだかって…!なに!!なんなの!?なんで…」

 

何故、そこまでするのか。

何故、簡単に自己犠牲に走れるのか。

何故。

 

「救われたって思ったって!そう言ったのに…どうしてその命を、簡単に捨てれるの!!?」

 

耳郎の慟哭が、その場に響き渡り、彼女たちや壁に染み込んで消えていった。

嬉しさと、悲しさ、そして怒り。

救けてもらったのなんてお互い様なのだ。

それどころか、特に救けたという意識はA組やB組の生徒たちにはないだろう。

当然のことをしたと思っている。

雄英体育祭で、死ぬ覚悟と[[rb:敵 > ヴィラン]]連合を敵に回す覚悟を見せた彼を、受け入れた。

ただ当然のこと、仲間を一人受け入れただけ。

なのに。

 

「どうして……どうして…?…ゆきの、した…」

「…」

「アイツは……自分の命を、なんだと…」

「…響香ちゃん…」

 

結衣がそっと響香のそばにより、その肩と頭を抱いた。

泣く子をあやすように、頭を撫でる。

八百万も同様に、悲しみの目をしつつも、耳郎の背に手を添えた。

雪乃が少し口を開き、言葉を並べていく。

 

「…彼は…自分の命を、もうないものと考えているのかもしれないわ」

「…」

「死んだと思った。きっと、[[rb:敵 > ヴィラン]]連合に攫われた時にそう思ったことでしょう。今命があるのは偶然。それをどう使っても、前よりは損にならないとか。…そういう考え方をする人よ」

「でも…せっかく戻って来れたのに!?それって…比企谷君自身は、幸せになろうと思わないん?」

「…思わない、と思うわ。元々自分の幸福とか、地位とか。そういうものに無頓着だし…」

 

中学の頃の八幡を思い出す相模。

文化祭終盤で逃げ出した相模を探し当て、メインステージに戻るよう伝えてきた。

自分に対してズケズケと失敗点を見せつけて、相模のプライドをボロボロにした。

それが相模や友人たちの言いふらしで校内に広がり、比企谷八幡は針の筵にされた。

結果的に相模はメインステージに戻り、文化祭はなんとか成功を収めた。

その後の八幡の教室や学校での立ち位置は凄惨たるものだったが、本人だけは変わりなかった。

総武の体育祭でも、相模自身が口を出さなければ、同じような手口で対立していた部活動に勤しむ生徒たちから顰蹙をくらっていただろう。

 

「…まあ、バカだしねアイツ…。自分のことを省いた上で物事の後始末まで何とか取りなそうとすんのよ。そこまで考えられる頭持ってんなら最初から自分のことも勘定に入れろっての」

「さがみん…」

「耳郎さん、だっけ。あの捻くれ根暗自己犠牲野郎に何言っても無駄。甘えておいた方がまだ利口だよ」

「すっごい言い草…」

「事実だし」

「そこは否定しないわ」

「うーん、ていうかできないしねー」

 

賛同する雪乃、たははとわらう海老名。

修学旅行での思い出を振り返れば、彼女からは八幡には何も言えない。

総武組はほとんどが八幡のスタンスについてはある程度理解している。

三浦も、またヒキオが何かやらかしたんだろうな程度には認識を持っていた。

ただ。

 

「ヒキオがさー、無茶すんのは昔からっしょ、知らんけど。アイツに無茶させないために、いま結衣は頑張ってんじゃん?」

「由比ヶ浜が?」

「あ、うーん…うん。仮免早く取りたいなって努力してるけど…」

 

結衣が八幡に対してあまり焦っていないのは、プロ資格を既に獲得している雪乃がいるからである。

八幡がヒーローとして無茶をしようものなら、今は雪乃が共に行く。

その横に、結衣もいつか居たいとは考えていた。

だが、仮免を持っていない結衣にはどうすることもできない。

だからこそ今回の合宿にしても、結衣は泣き言を漏らしても一度も立ち止まっていない。

 

「でも、命捨てるとか、盾になるとか…やっぱり、そこはヒッキーを怒りたいな」

「怒るじゃ足りない気がするけどね」

「拳藤さん?」

「一発入れといた方が良くない?私も結構怒ってるよ今」

「やめときな。多分意味ない。そういうのが効く奴じゃないんだよ」

 

命を捨てる覚悟。

もちろんヒーローは人々を守るために、時にはその命すら使う。

だが、それは覚悟の話であって、実際にはちゃんと本人も生き残ろうとするはずだ。

ただ、話を聞く限り比企谷八幡は本当に命を捨てかねない。

そう実感した拳藤が怒りを示したのに対し、沙希がそのやり方を否定する。

 

「相模の言った通りだと思う。アレには、何を言っても聞かないよ。…昼間、少しだけ文句言ったけど…多分堪えてないね」

「死の恐怖を目の前にして、それを乗り越えてヒーロー側に戻って来れたお人。言葉では彼は応えてはくれないということでしょうか…」

 

塩崎が悲しげに俯き、その在り方を嘆いた。

八幡が被る泥を払うと宣言した塩崎だったが、まさか友人や仲間を守るために命まで簡単に捨てるような人だったとは。

だが、もし比企谷八幡が死ねば。

私は。

 

「…きっと、悲しみに明け暮れ…無力な自分を責め立てるでしょう。後悔してもしきれません…。やはり、今。今彼に言葉を」

「ウチも、そうだよ…。アイツが死んで…そのおかげで生き残ったりなんてしたら…ウチ、ヒーローなんて…出来ないよ。ただ守られるだけで…」

 

「んじゃ、引っ張ってこようか?」

「へ?」

 

いつの間にか沙希のそばの窓辺まで行っていた折本、その言葉を聞いて何も言えなかった葉隠が反応した。

皆も遅れて振り向き、窓の外を見る。

外で、上鳴と話し終わった八幡が佇んでいた。

 

「…拉致だね」

「拉致るか」

「誰が行く?」

「私が一番確実だから行ってくるわー」

「折本隊員任せた」

「ういっす」

[newpage]

そして現在。

折本によって瞬間移動先の女子部屋中央にワープさせられた八幡。

一瞬、何の真似だとわけがわからなかったが、目の前にあった面子と見覚えのない風景に顔色がどんどん青くなっていく。

すぐに気体操作で浮き、全力で逃げようとする。

が、それを予期していた塩崎が、八幡が浮くよりも前に個性のツルで彼を捕らえた。

 

「な、なに!?いやほんとにわからん何の真似だこれ!!」

「身体強化して逃げる気なら、こちらにも考えがあるわよ」

「!!」

「貴方、植物は操れないでしょう?大人しくしていることね」

 

八幡の動きをほぼ完璧に予測できる雪乃の指示の元、敢行された折本による拉致、塩崎による捕縛。

八幡の動きにある程度ついていけると既に判明している拳藤と沙希の両名が八幡の左右で彼を睨んでいた。

逃げようがない。

とりあえず観念したようで、抵抗をやめた。

 

「…なに?女子部屋に引き摺り込んで不法侵入で先生たちに出頭させる気か?知能犯め」

「そんな回りくどいことしないわよ。するんだったら貴方に痴漢されたと叫んだ方が手っ取り早いわ」

「やめろほんとにしそうだお前」

「雪ノ下、今はそれより」

「…そうね。比企谷君、話があるわ」

「俺はない」

「あるわ」

「…わかった、聞いてやるからとりあえず下ろせ。そしてここから出してください。色々とアレがアレで死にそうだから」

「は?」

「…わかるだろ」

 

チラリ、と部屋を見渡すような素振りを見せた八幡。

すぐに目を閉じていたが。

何かしら、と同じように目線を向けると、すぐに芦戸が風呂上がりに放っておいたであろう、カバンからはみ出た下着が目に入った。

それを見た雪乃は思わず芦戸の方を振り返ってしまう。

 

「え?あ…ぎゃあああああ!!!見ないで比企谷このすけべ!!」

「見てない」

「見た!!絶対見たああぁぁ!!」

「見てないから早くしまえ。ていうかあまり動くな、その…あれだ。…誰か俺の鼻塞いでくれ…」

 

というかもう、視覚も聴覚も嗅覚も全部閉じたいと嘆く八幡。

生物操作の個性があれば自ら気絶しているところだ。

涙目で下着を今度はちゃんとキャリーバックにしまう芦戸。

そもそも、しまえって本人が言っている時点で見たのは確定だが、三奈ちゃんの名誉のために言わないでおきましょうと蛙吹は黙る。

話が進まない。

結衣が八幡に声をかける。

 

「ヒッキー」

「…」

「ちゃんと、話聞いて。お願い」

「…誰のだよ」

「比企谷…」

「耳郎か」

「ごめん、その…聞いちゃったの。昼間の話…洸太、って言ったっけ。あの子との会話を。…あんたが、ウチらを守るために命を捨てるってとこまで、全部」

 

目を閉じたままの八幡が、少しだけ目を開き、表情を落とした。

そのまま沙希を見る。

 

「…ああ、私もいるからね。下手な嘘ついても無駄だよ」

「余計な真似を…」

「そう思うなら、考え改めるかあの子に嘘でもつけばよかったんじゃない?」

「出来ない相談ってわかるか?」

「じゃあ諦めな」

 

沙希の刺々しい態度に、こりゃ何言っても誤魔化せないなと諦める。

今から何を言われるかなど予想はついていた。

彼女たちもヒーロー候補生。

もしかしたらあっさり明日、死ぬかもしれないような人間を放っておくはずもない。

とりあえず、塩崎に声をかける。

 

「逃げないから、解いてくれ」

「…わかりました。貴方が逃げたら私はどこまでも追いかけます」

「ええ…」

 

しゅるりとツルが解かれ、畳に降りる前に八幡は靴を脱いだ。

靴を手に持ち、窓辺に腰掛ける。

流石に部屋の真ん中は居心地が悪い。

ただでさえ女子部屋なのだ。

良い匂いがするという心に湧き出た感想を無視し、話を聞くだけの姿勢は見せた。

 

「んで…なんだよ」

「なんで…簡単に命捨てられんの?」

「…別に、まだ捨ててねえだろ」

「捨ててからじゃ遅いに決まってんじゃん!!」

 

屁理屈を回した八幡を怒鳴る耳郎。

やっぱり一発殴ろうか、と拳藤が個性なしで殴ろうと構え、八幡の胸ぐらを掴む。

 

「あんたね。耳郎や私の気持ちわかんないわけ?」

「…」

「あんたに守られて、あんたが死んで。そしたら、私たちがどう思うか。わかんないの!?」

「それがヒーローだろ」

「わかってるけどさあ……いや、あんたはわかってない!ヒーローってのはね、生き残んの!勝つの!!あんたは最初から死ぬ気だろ!!」

「そうじゃないと助けられないとしたら、どうするんだ?」

 

八幡から返された言葉で、拳藤は止まってしまう。

だが、それも一瞬。

今度こそ殴ろうとした。

しかし、沙希がその拳を掴んでいた。

 

「やめな」

「でも!!」

「いま、合宿中だよ」

「…!」

 

沙希の言葉に冷静になり、拳をおろす拳藤。

しかし、八幡の胸元は掴んだままである。

 

「離してくれないのね…」

「…私の気が済むまで」

「へいへい…」

「…比企谷、これ見て」

「?」

 

耳郎がキャリーバッグから取り出した服。

木椰区ショッピングモールで、八幡に勧めたパンキッシュの服、そのセット服である。

 

「あんたが…死んだら。ウチ、これを眺めて…毎日泣く」

「…」

「この服を見るたび、着るたびに泣く。あんた…女の子を毎日泣かせるの…?」

「…捨てろ、って言えば」

「捨てられるわけないじゃん!!…あんたはさ、もうウチの生活に入ってんの。A組の仲間で、友達で!…そして…」

 

その先の言葉は、言えなかった。

わずか五ヶ月。

短い間だが、耳郎の人生で一番濃厚な五ヶ月だった。

雄英に入学し、ここにいる仲間たちとヒーローを目指す日々。

そんな時、唐突に現れた一人の少年。

勝手に現れて、勝手に耳郎たちを守って、命張って、そして勝手に死なれたら。

 

「…あんたに守られて、死なれたら……ウチ…もう、どうしていいかわかんないよ…」

「…」

 

押し黙る八幡。

守りたい、本心。

その為に死んでも良い、本心。

自分が守るのが一番楽で手っ取り早い、本心。

一つ一つ、心の中に湧き出た感情や疑問を確かめていく。

そこではたと気がつく。

何故、耳郎に言い訳しようとしているのか。

何故、耳郎たちだけでなく、この場にいない緑谷たちにも申し訳ないと思っているのか。

 

「ヒッキー」

「…由比ヶ浜?」

「えいっ」

 

コツン、と結衣は八幡の頭を拳で叩いた。

優しく、けれどその衝撃はなぜか芯まで響いた。

 

「女の子を泣かせたら、謝るの」

「は?」

「良いから早く」

「…俺、お前や雪ノ下にも謝らなきゃいけない気がするんだけど」

「そういえば謝ってもらってないなー?」

「う」

「私もそうね」

「ぐっ」

「とりあえず響香ちゃんに謝って」

 

拳藤が八幡の服を離し、それを見た八幡が窓辺から降り、耳郎の前までゆっくり歩く。

少しだけ、頭を下げた。

 

「…すまん。…いや、ごめんなさい」

「…頭撫でろ」

「はい…」

「…ハンカチ貸せ」

「はい…」

 

八幡の右手がおずおずと耳郎の頭に添えられた。

身長差は約15cm、ちょうど良い高さである。

八幡から差し出されたハンカチを奪い取り、ぐしゃぐしゃの顔を拭く耳郎。

少しの間だけ、耳郎の頭を撫でた。

それが終わると、拳藤の方にも向く。

 

「へ?」

「ごめんなさい」

「え、や…見てたの?」

「いや、目元が…違ったか」

「そ、そうじゃないけど…とりあえず、許してあげる」

 

拳藤の手元に、先程拭いたであろう涙が少しだけ光っていた。

そして、葉隠の方に向く八幡。

きちんと一人一人謝るつもりらしい。

 

「ごめんなさい」

「…やっぱり、透明な私をお見通しだね」

「…いや、涙はもう透明じゃなくなってるぞ」

「あ、バレてた」

 

次いで、沙希の方にも向き直るが、沙希は首を横に振った。

昼間に散々八幡に文句を言ったし、何を言っても無駄と諦めている為である。

それでも謝る八幡。

 

「ごめんなさい」

「…今度、京華と大志、小町も連れてって買い物。全員分奢り」

「はい」

「よし」

 

かなり高い買い物になりそうだが、特に使い道のなかったヒーロー活動による給料がようやく活用されそうなので良しとしようと八幡。

塩崎にも頭を下げようとしたが、そこへ雪乃が声をかける。

 

「わかったのかしら?」

「…さあな」

「わかってないのね。…良いかしら?生き残りなさい。死んだら、私も死んであげる」

「!!」

 

とんでもないことを言い出した雪乃に、全員が振り向いた。

しかし、顔は大真面目であり、本気で言っていた。

 

「貴方にはこれが一番効くでしょう?」

「…俺が死んでからのことなんてどうでも良いだろ」

「よく言えたわね。2年も自害ひとつせずに、妹を守るためだけに[[rb:敵 > ヴィラン]]連合の下で耐え忍んだ比企谷八幡君?」

「ぐっ…」

 

何もかも、見透かされていた。

楽しそうに笑う雪乃。

それが嫌なら、と言葉を続けていく。

 

「何としても生き残りなさい。勿論、貴方の大事な人間を全員守り抜いた上で」

「…」

「それができないと言うなら、強くなりなさい。ヒーローを辞めろとは今の貴方には言えないわ。だから……私も、耳郎さんたちも、緑谷君たちも強くなるから。貴方の人生を、無くなったものにしないで。諦めずに生きて。その上で私たちを守ってくれるというなら…喜んで守られてあげる」

「守られてあげる、って…わけわかんねーよ」

「それが私だもの。それに、女の子は守ってもらうと嬉しいものよ?ヒーロー」

「…」

 

雪乃の最後の言葉には答えず、窓辺に向かう八幡。

もう用はない、と背中が言っていた。

 

「無言は了承したととるわよ」

「…好きにしてくれ」

「どこまでも受動的で卑屈ね。たまには自分から声を出しなさい」

「…守るよ」

「誰を?」

「…お前らも、アイツらも…生きて守る。………なるべくな」

「最後、余計な修飾語がついたわよ」

「そうそう人間変われねえよ」

「変われるわよ。…貴方も、私も、由比ヶ浜さんも。そうだったでしょ?」

 

相模や三浦を見る雪乃。

彼女たちは変わった。

誰のおかげなのか、なんてことは言わない。

そんなことは本人たちが重々承知していることだ。

 

「ここは雄英高校、ヒーローアカデミア。なりたい自分になれる場所。貴方もそうしなさい、比企谷君。[[rb:守るヒーロー > 貴方]]に相応しくなるよう、皆が努力するように」

 

雪乃の言葉を最後まで聞き、八幡は窓から飛び降り、そのまま闇夜へと姿を消した。

少し頭を冷やすことだろう。

八幡が部屋からいなくなったことで、緊張感が消えて皆が布団や畳に座り込んでいく。

耳郎がポツリとつぶやいた。

 

「…アイツ…筋金入りだね」

「ええ」

「そうなんだよねー。ほんとに困っちゃうね、ヒッキーってば」

「比企谷と付き合っていく人って大変そう」

 

柳の言葉に、ピキンとまた先程とは違う空気が流れた。

だが、すぐにその空気は弛緩する。

もう疲れるのはごめんだと拳藤が手を振った。

 

「やめやめ、アイツのこと言うのやめよ?今喋ると勢いに任せてロクでもないことになりそう」

「あー、そうかもね」

 

耳郎が同意し、顔洗ってくるって言ってそのまま廊下手前の洗面所へ向かう。

そういえば、八幡から借りたハンカチを返していない。

まあ良いかと思い、次いでにこのハンカチも洗ってやろうと洗面所へ持って行った。

 

「んじゃ、比企谷以外でコイバナしようよー!」

「コイバナ!?」

「え、今そういう流れじゃなかった?じゃなくてもしたい」

「本音が出てるよ芦戸…」

「そろそろ補習じゃないかしら?」

「思い出さないようにしてたのに!!梅雨ちゃんんん」

 

 

──────────

 

 

雪乃の読み通り、やはり夜の森で心中を整理していた八幡。

拳藤に対して少し要らないことを言った。

耳郎に対してガラにもないことをした。

やれと言われたからやっただけだが。

それに、スタンスを変える必要があると考えていた。

死んでも守る。

それは変わらない。

だが、なるべく生き残る。

みんなも、自分も。

一人残らず守り切るのは前提条件、その上で生きる。

最後の一線を譲るわけにはいかないが、生きてほしいと言われたことだけは無視できなかった。

 

既に女子部屋から抜け出して、一時間は経っている。

部屋へ戻ろう。

 

「…まあ…なるようになるしかねえだろ」

 

そう、自分に言い聞かせて。

が。

 

 

「…」

 

A組男子の大部屋のふすまを開けると、異様な光景に包まれていた。

散乱した枕。

何故か畳の床が一部だけぐにゃりと歪んでいた。

更に、その上で黙って正座するA組男子たちと何故かこちらも正座しているB組男子たち。

何人かいないことにはすぐに気がつくが、補習組だろうと察しはついた。

更に、相澤とプラドキングが正座する生徒たちの前で仁王立ち。

 

「…どういう事ですか」

「俺が聞きたいくらいだ…」

「?」

「…とりあえず、お前は…いや、もうお前は良い。部屋の隅にでもいってろ」

「はあ…?」

 

相澤に言われて、とりあえず自分の荷物のところまで行く八幡。

すると、戸塚まで正座しているのが見えた。

流石に変である。

何か生徒たちが怒られているのはわかる。

だが、基本善良な戸塚が誰かに怒られているなど初めて見た。

一応聞いておこう、と相澤に振り返る。

 

「何したんすか」

「個性を使った枕投げだそうだ」

「…ええ……」

「これが普通の反応だ、お前ら。プロになるなら自分の力と心をきちんと制しておけ」

「と、戸塚?」

「ごめん、八幡……。みんなを止められなくて…」

 

涙目の戸塚。

個性を使った枕投げなんてものを戸塚がやるとは思わなかったが、おそらく見てただけになってしまったので連帯責任という扱いだろう。

一方、面目ないという顔で正座したままの飯田が八幡に声をかけた。

 

「すまない、比企谷君。俺たちのせいで君の夕食まで…」

「夕食?」

「明日、にくじゃがの予定だったのだが…肉抜きになってしまった。本当にすまない!!」

 

飯田の言葉に、この場にはいない上鳴の言葉を思い出す。

確か、腕相撲でにくじゃがの肉を選択できる権利を争っていたはず。

大方、腕相撲だけでは勝負がつかなかったか、それともどちらかがズルしていちゃもんでもつけたか。

腕相撲から枕投げへと競技が変更され、誰かが個性を使い始めてしまったので皆が個性を使い始め、相澤たちに見つかったという感じだろうか。

まさか、女子たちが一人のヒーローの在り方で八幡に対して想いをぶつけていた同じ建物の中で、男子たちは個性使用の枕投げで説教とは夢にも思わない。

恐る恐る聞く。

 

「まさか、今ここにはいない補習組、女子たちも肉抜きですか。…峰田もいないな」

「悪いが連帯責任だ。諦めてくれ。峰田は肉抜きでいいだろう。アレはまた覗きやりやがったからな」

「アホかアイツは…」

「本当にすまない!!」

「悪い、比企谷…」

 

飯田に続いて骨抜も謝ってきた。

峰田はともかく、流石に補習に勤しんでいる上鳴、切島たちに加え、何も関係がない女子たちまで肉抜きは気分が悪い。

女子たちについては先程の件もある。

とりあえず、相澤へ近寄る八幡。

小声で話し始める。

 

「先生。余った肉はどうする気ですか」

「なに?」

「どう使うんですか?流石に食べきれないでしょう?まさか廃棄?それ誰にやらせる気ですか?ワイプシに任せる気ですか?」

「…」

「生徒たちの不手際、というより怠慢で肉抜きなのはまあ致し方ないでしょう。けれど、合宿先のワイプシにそこまで迷惑かけて、更に女子やら補習組やらまでコイツらのせいで迷惑かけるのは流石に少し考えません?」

「それくらいしないと反省がない」

「そりゃわかりますけどね、十分反省してるように見えますけど?」

「…」

 

相澤はペラペラと御宅を並べる八幡の横顔を見た。

努めて平静な顔だったが、明らかに相澤から肉を勝ち取ろうとしているのはわかる。

比企谷八幡なりのフォローともいえるだろう。

 

「少なくとも、肉抜きだと翌日の訓練にも響くのでは?今日一日、かなり良好なコンディションで訓練に臨んでいたのに、あの疲れようですよ。肉抜きだともっと酷くなる。誰か誤って大怪我するかもしれませんね」

「…」

「そうなれば本末転倒。ここにはリカバリーガールもいない。でしょう?」

「比企谷…言いたいことはわかるが、それはお前…」

 

相澤だけではなく、ブラドキングもこっそり八幡に顔を寄せてきた。

話し合いに引き摺り込んだ。

その時点で彼の勝ちは決まっている。

こういう化かし合い、屁理屈の口八丁ならそうは負けない自信があった。

 

「肉の廃棄、ワイプシへの配慮、無関係な生徒たちの不平不満、コイツらの反省具合、コンディション……情状酌量の余地はあると思いますけど?」

「…明日早朝、訓練前に訓練場周りを500周だ」

「誰がです?」

「枕投げをした、及びそれを止めなかったこの部屋にいた連中全員」

「もう一声。個性伸ばしがメインでしょう」

「…300」

「50」

「150だ」

「80」

「…100」

「90」

「それ以上はまけてやれん」

「まあそんなとこですかね」

 

交渉の末あっさり頷いた八幡。

こいつ、明らかに始めから100周程度が狙いだったなと相澤は睨む。

欲をかいて更に減らそうとしていたが、流石に無理と判断して許容ラインで満足した。

詐欺師の常套手段である。

相澤も500周丸々はさせる気がなかったが、それでも200周程度はさせる気だった。

相澤との話がまとまり、八幡はブラドキングの方も見る。

ブラドキングも肉抜きは可哀想だと感じていたのか、同じように頷いていた。

話は終わったとばかりに教師二人から離れていく八幡。

生徒たちは不思議そうな顔をしていた。

相澤がギロリと不満そうに、生徒たちを睨む。

 

「比企谷の申し出に感謝しろ。…肉抜きは勘弁してやる」

「え」

「ただし!明日は個性伸ばし訓練前に訓練場周りを100周走れ。その分個性伸ばしの訓練時間も伸ばす。覚悟しておけ」

「っ」

「返事」

「「「はい!!」」」

「以上だ。寝ろ」

 

言いたいことは言ったとばかりに、部屋から出ていく相澤。

ブラドキングも、B組の生徒たちにもう戻れと言って出ていった。

なんだかんだ言って甘い人たちだな、と八幡は相澤とブラドキングを見送る。

やはり教え子たちが可愛いのだろう。

相澤は死んでも口に出さないだろうが。

教師二人が大部屋から出た途端、わっと湧き出す男子たち。

その喧騒に耳を塞ごうと、布団を探し始める八幡。

そこへ緑谷と鉄哲がやってきた。

 

「比企谷君…ほんとごめん。ありがとう」

「比企谷!お前すげえよ何言ったんだ!?相澤先生から肉勝ち取るとかよぉ!!」

「やかましい。…流石に上鳴たちや女子とかが…アレだろ」

「いや、でもじゃあなんで俺らまで…」

「ついでだ」

 

八幡の優しさに涙する鉄哲。

本気で泣いていた。

その泣き顔に、今日はよく同級生の泣き顔を見る日だと思う八幡。

 

「比企谷…俺、明日全力で走るぜ!!」

「いや、まあ…うん」

「んで全力でにくじゃが食うぜ!!」

「全力で食べるってなんだ…」

 

「ヒッキー?いるー?」

 

突如響いた由比ヶ浜の声。

ピタリとその場の全員が止まる。

とりあえず、呼ばれた八幡が大部屋のふすまを開けに行く。

そこには、結衣と拳藤がいた。

 

「…なんだよ」

「一佳ちゃん」

「うん、えっと……?あんたたちこんな時間まで何してんの?」

 

拳藤が、さっきまで正座から復活して騒いでいた男子たちを見る。

物間や鉄哲などといったB組男子たちも全員大部屋にいたからだ。

だが、答えかねる鉄哲たち。

自分達の軽はずみで、危うく女子たちまで肉抜きにされかねなかったのだ。

流石に言い出しにくい。

 

「や、そのー…」

「何か用か」

「あ、ごめん。これ…チョコレートとMAXコーヒー」

「え?」

「峰田報告のお礼」

 

拳藤から手渡された市販品のチョコレートに、MAXコーヒー。

無理矢理手渡された形で受け取った八幡だが、とりあえず受け取りはする。

特にマッカンに目を奪われていた。

 

「お礼言われるほどじゃ…」

「あと、さっきのお詫び」

「!」

「ごめんね。胸ぐら掴んで」

「…いや、さっきのは…俺も少し言いすぎた」

「あんた、一言しか喋ってなくない?」

「それだけで反論には十分って思ってたからな」

「…口喧嘩はしたくないね、コイツとは」

「口はよく回るからねー。頭も。あと性根も」

「どういう意味だお前…」

「え?えへへー、逃げよ一佳ちゃん!」

「あ、うん。また明日ね。おやすみ比企谷」

「…んん」

 

拳藤が最後にB組男子たちへ向かって、早く戻りなよと声をかけて大部屋から離れていった。

骨抜が改めて八幡の元へ来る。

 

「比企谷…悪いな」

「特に報告する義務もないからな。…一応聞くけどなんで個性使い始めたんだ」

「すまん、物間や爆豪に触発されて…」

「物間?」

 

爆豪のことは特に気にしていない八幡。

どうせ爆豪あたりが使い始めただろうと思っていたからだ。

だが、何故物間。

物間を探すが、大部屋にはいない。

 

「…いなくね?」

「補習に行ったんだろ。補習抜け出して腕相撲や枕投げに来てたからな」

「アイツ、バカか…」

「うん。A組に対しては何本かネジ外れるんだよ…」

「…んでストッパーが拳藤なわけね…」

「拳藤がここに居たら、もしかしたらこんなこと起きなかったかも」

「……お前が見ろよ」

 

骨抜に言った言葉ではない。

骨抜の後ろで、少し微笑んでいた葉山に対してである。

 

「いやあ、流石にあの物間は俺も無理だ。姫奈と一緒だよ」

「んでなんだその気色悪い笑みは」

「比企谷…クラスやみんなに馴染んできてるなって思って」

「相澤先生にお前が主犯格だっていうぞ」

「嘘は良くないな、比企谷」

「…お前ら…仲悪いのか?」

「いや?」

「見ての通りだ」

 

骨抜の問いに、どちらがどちらの言葉を返したかなどは聞くまでもないだろう。

 

林間合宿二日目が終わろうとしていた。

そして、最悪の三日目が来る。

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