何がヒーローたらしめるか   作:doraky333

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目の前に映る光景は、夢か。
その身に受けてなお有り余る絶望に、幻想でも見ているのか。
だが、その顔は、その表情は。
騙されない、間違っている、偽物だなんてことは言えなかった。

──偽物は、自分か。


Hero's Episode17.ドッペルゲンガー

「あ」

 

暇だから、とコサックダンスを踊っていた。

その際に暇だ、暇じゃないと隣の荼毘に話しかけていたのはご愛嬌だ。

その時、自分が放った手先の一人が泥となって崩れ落ちたことを知る。

自分で増やしたものはどこで何をしているかまではわからないが、崩れればわかる。

 

「どうした」

 

隣にいた継ぎはぎの皮膚を持つ男、荼毘がトゥワイスに声をかける。

 

「あ───ダメだ荼毘!おまえ!やられた!弱!!ザコがよ!!」

「もうか…弱えな俺」

「ハァン!?バカ言え!!結論を急ぐな、お前は強いさ!この場合はプロが流石に強かったと考えるべきだ!」

 

前後で真逆のことを荼毘に叫ぶトゥワイス。

場所は火が燃え広がる森とガスが渦巻き広がる森の境目になるところ、その中間地点。

全身タイツの男、トゥワイスと継ぎはぎの男、荼毘はそこにいた。

しかしもうやられたか、と荼毘。

トゥワイスの個性は二倍。

物や人を増やすことができる個性。

だが、トゥワイスによって増やされた偽物は一定のダメージを蓄積されれば形を保てなくなり、崩れる。

本体より柔な偽物とはいえ、個性持ちの人間を増やせるのはかなり強力な個性だ。

しかし、別に偽物は本物より強くなるなんてことはない。

つまり、実際に荼毘が偽物の荼毘を倒したヒーローと戦えば、負ける可能性が高い。

だから弱いと言ったのだ。

しかし、偽物の荼毘の目的はヒーローに勝つことではなかった。

 

「もう一回俺を増やせトゥワイス。プロの足止めは必要だ」

「ザコが何度やっても同じだっての!!任せ……!?」

 

ピタリと言葉を止めるトゥワイス。

また一つ、個性の知らせが入ったからだ。

 

「…マスキュラーやられた」

「あ?偽物の方だな?」

「ちげえ!!いやそうだ偽物の方!!あのイカれ筋肉負けんのかよ!?負けろよ強えのによぉ!!」

 

施設に向かわせた偽物の荼毘が負けるのはまだわかる。

ヒーロー側の戦力はイレイザーヘッドがいるのだ。

個性を消されたら誰であろうとほぼ勝てない。

だが、偽物のマスキュラーを向かわせたのはただの森。

しらみつぶしに探す戦力を増やそうとトゥワイスが気を利かせて作ったのだ。

この場にいるはずのヒーローの中で、マスキュラーにパワー勝負で勝てるヒーローはいない筈。

まさか、マスキュラーを倒したのは。

 

「…どっちに放ったっけ?」

「ガスの方だ!良い匂いの!いやよくねえよ臭えよくさっ!!」

「次、もう一人増やせ。ガスの方にな」

「誰をだ!?んじゃ俺か!?俺は増やせねえよ昨日言った通り!!」

「ガスの中で動けるのはマスタード、マスキュラー…それから一人しかいねえだろ」

「わかんねえよ!!んじゃ増やすぜ!先に荼毘か!?」

「いや、俺はあとで良い」

 

 

──────────

 

 

トゥワイスと荼毘の元から新たに刺客が放たれてから少しした後。

意識のない耳郎と葉隠を大地の荷台に乗せた八幡は、自分と荷台の周りのガスを晴らしながら、ガスが漂う森を進んでいた。

感覚神経を使う気体操作をすれば、八幡の操る気体に触れたものが人間かそうでないかくらいはわかる。

八幡の個性有効範囲内に今いるのは、10人。

ガスの範囲は更に広いだろう。

歩く内に、八幡はすぐに倒れている人を見つけた。

宍田と角取。

感覚神経を入れた気体操作で触れた人間は、どのような姿勢か、ある程度の体格かはわかる。

だが、それが具体的に誰なのかまではわからない。

宍田と角取を抱えて大地の荷台に乗せ、すぐに次の人の気配がある方へ向かう。

その時、八幡の頭の中にマンダレイの声が響いた。

 

『A組B組総員──プロヒーローイレイザーヘッドの名に於いて、戦闘を許可する!』

 

その声に、すぐに事態が収拾つかないことを察する。

生徒たちが肝試しの為に夜の森でバラバラに行動していたことは知っていた。

だが、生徒たちを早々に集める術がないのだ。

その為、相澤は生徒たちに(ヴィラン)へのせめてもの対抗策として戦闘を許可し、自力で安全を確保できるようにした。

 

(最も、それが出来るかどうかは……。もしさっきのマスキュラーみたいなレベルの(ヴィラン)が他にもいたら、流石に生徒たちで勝てる相手じゃない。早く全員ガスから回収して、他へ行かないと…!)

 

新たに見つけた三人、取陰と吹出、鎌切を荷台に乗せ始める八幡。

だが、マンダレイのテレパスはまだ終わりではなかった。

 

(ヴィラン)の狙いの一つが判明──!比企谷君と生徒の“かっちゃん”!!両名は戦闘を避け、施設へ向かって!!』

「かっちゃん…?たしか、緑谷が爆豪を…」

『特に比企谷君!君、施設を飛び出してるでしょう!?プロとして動くのはわかるけど、貴方が狙われては本末転倒!早く戻りなさい!!』

「緑谷、相澤先生に会ったのか…」

 

マンダレイの忠告を無視し、三人を荷台へ積み込んでからまたガスの方へと進む。

八幡がヒーローをやる理由の一つでもある、雄英生徒やヒーローたちに受け入れられたということ。

その生徒達が危険な目に合っているというだけで、彼が動かない理由はなかった。

 

八幡がガスの濃い方へ進んだことで、更に気体操作の範囲内に何人かが入った。

ガスの中を走り続ける二人に、このガスの中で突っ立っている誰か。

しかも、その二人は突っ立っている誰かに向かって走っていってる。

 

(三人とも、生徒…か?いや、二人は焦ってる?…まさか戦闘目的か!?)

 

急いで次の倒れている誰かの元へ向かう。

生徒が戦闘に入ろうとしているなら、早く助太刀する必要がある。

だが、ガスの中で倒れている生徒も捨て置くことは出来ない。

戦闘に入るということは、生徒二人には自信があるのか。

それとも、どうしても倒しに行かなければいけない相手か。

 

(ガスを操ってる相手でも見つけたか。ガスの中を自由に動ける奴なんて生徒にいたか?……!?)

 

倒れている筈の人間へ近づいていた八幡。

だが、その人間というのが人間にしては大きいのだ。

人間の優に3倍はある。

しかも一人の人間を背負い、なんとガスの中で亀のような速度で動いている。

ガスを晴らしながら進んでいくと、次第に倒れるようにして這っている生徒──化猫化した相模を見つける。

3mほどの大きさになった化猫の相模は、小森を背負ったまま、ガスを吸いつつも何とかガス溜まりから抜け出そうとしていた。

 

「相模…」

「……あん……た…!」

 

意識をなくした生徒たちを何人も大地の荷台に乗せ、ガスを晴らしながら歩を進めていた八幡の姿を目にした相模。

その姿に、彼女は全てを察した。

狙われている筈の彼が、たった一人でガスを晴らしている。

 

「ばか…!あんた、マンダレイが…」

「さっさとその人…小森をよこせ。んでお前も乗れ」

「ぐっ…」

「あと個性も解け。重いからなその化猫姿だと」

「…いや」

「アホ言ってんな…」

 

八幡は相模が背負う小森を無理矢理奪い、大地の荷台に乗せる。

そのまま相模が個性を解くのを待つが、やはり解く気はなさそうだ。

相模の気持ちはわかる。

普通の人間と、今の相模のような大柄な獣の身体では、意識を落とすのに必要な催眠ガスの量が違う。

当然大柄な獣の方が、催眠ガスの必要量は多い。

つまり、相模はこの非常事態で意識を落としたくないのだ。

今眠れ、と言っても聞きはしないだろう。

 

「…文句、言うなよ」

「へ……」

 

化猫の相模の身体の下に両手を差し込み、ぐわりと持ち上げる八幡。

その出来事に呆然とする相模だが、朦朧とした意識では抵抗することもできない。

 

「…ち、ちかん…」

「アホか」

「そこ、胸…」

「わかんねーよ猫の胸とか」

とか言いながら、手をどうにか胸よりも腹の方へ持っていく八幡を見て、相変わらずヘタレだなと笑ってしまった相模。

大地の荷台に乗せられつつ、荷台に乗った人数を数える。

 

(8人…。化猫のうちも入れたら、12人分の重量を、荷台に乗せて……。これじゃ、ほとんど素早い動きなんて…)

「…重いな。人間5人分か?具体的に言うと250キ」

「4だっての、ボケ…!!」

「すみません」

 

どんな時でも女の子を重く見ることは許されません。

 

「ん…?」

 

意識のない生徒たちに加えて化猫の相模を荷台に乗せ、戦いを始めようとしていた生徒二人の方へ向かおうとした八幡。

だが、八幡の気体操作の範囲に走り込んできた誰かを更に感知したのだ。

二人いる。

恐らく生徒だろう。

しかも、先ほどの誰かに戦いを挑もうとしていた二人とは違って、明らかに焦っている。

その様子が、八幡が操る空気を切り裂くような痛みで嫌でもわかった。

 

「相模、そのままでいいから捕まってろ。少し揺れるぞ」

「揺らすな、寝ちゃうから…!」

「注文が多い」

 

大地の荷台を引きずって八幡は走り始める。

速度的には普通の高校生が走るくらいのものしか出ていない。

それしか出せないのだ。

大地の荷台は八幡が固体操作で引きずる為、固体操作の速度で動ける。

だが、荷台に乗った生徒たちは固体操作で八幡と接続することは出来ない。

凡そ600kg近くの荷物を引きずったまま、更に固体操作による副作用で、体重は80kg近くにまで増えた状態で八幡は走っていた。

 

「!」

「な、なに…?」

「…誰か、生徒たちを追ってる奴がいる。でけえな、腕が何本もある奴だ」

 

感覚神経を入れた気体操作で操る気体は、誰かが動けば八幡に痛みが走る。

操る気体や固体は彼にとって、腕や脚と同じ。

生徒二人を追う何者かの振り回す腕も、生徒二人が逃げ惑う動作でさえも、彼にとってはただ痛みが走る。

だが、そうしなければ人がどこにいるかは感知できない。

 

「来るぞ、頭下げてろ!」

 

ガスの向こう、シルエットが見え始めた。

ガスマスクをした八百万が、同じくガスマスクをしたB組の生徒──泡瀬に両腕を後ろから抱えられ、必死の表情で二人して逃げ惑う姿が。

両者とも血を流し、二人の後ろから迫る多本腕の脳無から逃げ惑っていた。

 

「こっちだ!」

「比企谷!?」

 

泡瀬の目に、土壁をいくつも出現させ、脳無に対する盾を用意していた八幡の姿が目に入った。

ようやく光明が見え始めた泡瀬と八百万が、脳無の振るう凶器の腕を掻い潜ってなんとか八幡の背後にまで滑り込む。

 

「お、お前!狙われてるってテレパスで…何でここガスねえんだ!?」

「比企谷、さん…!」

「…!」

 

二人を追ってきた脳無を警戒するが、八幡を前にして脳無は立ち止まっていた。

その様子を訝しむが、それよりも二人の様子を見遣る。

泡瀬はまだ意識がしっかりしていたが、八百万の方は頭を強く打った形跡があり、目の焦点が定まっていない。

ここまで傷つけられても、なんとかガスの中を逃げ惑っていたのだ。

八幡の怒りがさらに募り、よくもやってくれたなと脳無を睨む。

本来彼は怒りやすい人間ではない。

それでも、小町や雪乃のような身内を傷つけられた時の怒り具合は凄まじい。

小町を恋愛的に狙う可能性があるというだけで、大志に対して近づくなと言い放つ彼である。

その怒りとは種類が違うが、近しいものになりつつあることを、当の本人ですら気づいてはいなかった。

その時、脳無の左手に持つ何かに目がついた八幡。

見覚えがある、ヘッドギアの一部だった。

それが何か見当がつき、顔を青ざめる。

 

(アレは、ワイプシのコスチュームの猫耳部分…!?こいつ、ヒーローにまで手を出しやがったのか…!!)

 

誰がやられたかはわからないが、ヘッドギアは血塗れだった。

重傷は免れないどころか、もしかしたら。

嫌な想像を振り払うべく、八幡はすぐに脳無の前へ飛び出す。

泡瀬たちや相模、意識のない耳郎たちの傍で戦えば彼らを巻き込むことになる。

策も何も考える暇などない、特攻である。

 

 

──────────

 

 

その時、八幡たちの周りを遠巻きに渦巻いていたガスが晴れていった。

 

「!?」

「ガスが…!」

(さっきの二人組か!?ガスを出してる奴を狙ったのか!しかも…個性を切らせたのは不幸中の幸いだ、これで気体操作を切ることができる!)

 

好機と見た八幡が前へ出る。

時間などかけていられない、人命がかかっているのだ。

だが、速射性のある攻撃を放つよりも前に、相模の声が八幡に届いた。

 

「右っ!!」

「!!」

 

ガスで意識がまだ朦朧としている筈の相模の必死の声。

正面の脳無、ではない。

何が来るのかわからない右を向くよりも、八幡は左へ跳ねることを選択した。

それが功を奏した。

人間大程の斧が、八幡の足があった空間へ横から薙ぐように振り下ろされていた。

 

(あぶねえっ!!)

「比企谷っ!!」

「ゲホッ…!!」

 

生徒たちを守る土壁間際まで退がる八幡。

ガスの影響をモロに受けている相模を無茶しやがると見つつ、目で礼を言う。

目の前の脳無をどう倒すかで頭がいっぱいだった。

横から飛んできた、斧が手の代わりに生えた腕。

だが、その腕は正面の脳無からは生えていない。

全く同じ顔で同じズボンを履いた脳無が、八幡の右方向の暗闇から姿を見せていた。

 

「はぁ!!?」

 

泡瀬が驚きの声を上げる。

全く同じ脳無が、二人。

しかも、最初に現れた脳無のように背中から無数の凶器が生えた腕を生やしている。

 

「どうなってんだよ!!…いや、脳無って似たような奴たくさんいるんだよな!?アレもコレも脳無なんだよな!?」

「いや、違う…!」

 

泡瀬の言葉を否定する八幡。

脳無は確かにどれもかれも脳を剥き出しにデザインされているし、似たような肌色で上半身は裸という共通点はあるし、皆似通っている。

だが、脳無に全く同じ顔をした個体はいない。

それは人間で言うと、双子を素体にして全く同じ改造を加えないと有り得ない。

(ヴィラン)連合にいた頃の記憶を引っ張り出しながら、推察する八幡。

 

「全く同じ顔で、全く同じ個性の脳無を作る理由はない…!」

「じゃあアレなんだよ!?」

「多分どっちかが偽物だ」

「偽物!?」

((最悪…!))

 

八幡の言葉に、泡瀬は困惑した表情を見せる。

泡瀬の傍で話だけは聞いていた八百万、荷台に乗っていた相模は、もしそれが本当なら最悪だと心中で呟いた。

八幡も同じことを考えていた。

先程、八幡が耳郎と葉隠を救ける際に現れた男、マスキュラー。

泥に溶けたアレこそが偽物。

恐らく、誰かをオリジナルとして、オリジナルと全く同じ偽物の人間を作り出せる個性持ちがいて、敵に来ている。

本当に最悪だ、と心中でその誰かを罵る八幡。

偽物を何体作り出せるかわからないが、白兵戦で無敵を誇る性能だ。

それに厄介なのはそこではない。

個性を持った人間を作り出せるというのが恐ろしい。

(ヴィラン)連合の顔を見たこともないドクターが喜んでいるのが目に浮かぶ。

そいつさえいれば、脳無改造などいとも簡単にできる。

単純な話、先程のマスキュラーを“増やす個性”で量産されたらひとたまりもない。

それをやらないのは、やはり個性の制限があるのか。

何にせよ、やはりここで手をこまねいてる場合ではなくなった。

ガスも消えたことだし、早々にその個性持ちを探し出して叩く必要が出たのだ。

しかし、ここで問題が一つある。

 

(意識のない人間がこちらには約10人…!明らかに片方の脳無は八百万と泡瀬を殺す気だった。脳無を放っておけば生徒たちを殺しにいきかねない!俺が囮になったとして、追いかけてきてくれるかどうか…!)

 

それに、と先程振り下ろされた斧腕の痕跡を見る。

八幡がいた場所に届く前、脳無と八幡の間には人間二人分くらいの太さがある樹木があった。

だが、脳無の斧腕は樹木をまるできゅうりを折るかのように軽々と一撃で切り倒しつつ、八幡に振り下ろしてきたのだ。

 

(驚異的なパワーとスピードの持ち主!が、二人…!生徒たちを捨て置くわけにもいかん、俺の後ろには600kg超の命に代えても守る存在がいる。どうする…)

 

先程のマスキュラーを倒した時と同じ手法は取れない。

マスキュラーを拘束するのに使ったその場の土は、約10万トン。

マスキュラーの足元より背後にあった土を地下深くから持ってきたものだ。

八幡の現在の固体操作有効範囲内にある地下の土の総質量は、約400万トン。

先程は八幡を中心とした約半径108メートルの半球体、その範囲内の土の40分の1を掘り出してマスキュラーを抑えるのに使ったということになる。

だが、問題はそれを使った後。

地下から約10万トンもの土を盛り返したとなると、地表は崩れ、小規模な地盤沈下が起きる恐れもある。

つまり、その場に倒れている生徒たちが危ない。

先程はまだ近くに生徒たちがおらず、近場にいた生徒は八幡が手の届く範囲にいた、耳郎と葉隠のみだったからよかったのだ。

 

(この場には、意識がない奴がたくさんいる。向こう側にはまだ倒れてる生徒に、ガスの放出主を倒した奴らもいる。この脳無たちがどれほどのパワーがあるかはわからないが、デカい土使った攻撃やると巻き込みかねない)

 

せめて意識があるプロヒーロークラスや、八幡と連携が取れる雪乃や結衣がその場にいたら気にせず使ったが、それでもそれぞれが連携が取れる万全の状況になければ八幡は使わないだろう。

昨日の相澤の言葉、“市街地には向かない”という言葉はどこまで的を得ていた。

八幡が本気で戦えば、守るべき人々や街すら無体と化す可能性があるのだ。

そして、彼の弱点でもある集団行動がとれないこと。

私生活だけではなく、戦闘でもその面が出ていた。

つくづくチームでだとか、みんなでだとか、そのような言葉が似合わない男であった。

 

ジリジリと近寄ってくる二体の脳無。

狙いは八幡である。

泡瀬たちを追っていた時とは違う、殺す目的ではない。

捕まえるための動き。

八幡を逃さぬよう、土壁を背にするように迫ってきている。

 

「ネホヒャン!」

「ネホヒャン!」

「…喋んのかよ。言語野があるのか…!」

 

どちらかは偽物のはず。

先程のマスキュラーを思い返せば、一撃さえ入れれば片方は倒せる筈だ。

だが、どちらが偽物かわからない。

両脳無の違いは、泡瀬たちを追っていた方はワイプシのヘッドギアの残骸を持っていることのみ。

そんなことではどちらが本物でどちらが偽物かなどわからない。

 

「…」

「ひ、比企谷…」

 

泡瀬たちが不安そうに見ていた理由に、大きなものが一つある。

今の八幡には生物操作がない。

かつての体育祭では、彼より圧倒的にスペックがある上位脳無三体相手に、二体は生物操作で気絶させて倒した。

強制気絶という強力な武器を失った比企谷八幡が、パワー・スピード・手数の全てが優れている脳無二体相手に勝てるのか。

 

「お、おい!八百万、何か作れねえか!?俺たちも手助けを…」

「っ…。お待ち、ください…。今、閃光弾(スタングレネード)を…」

「…やめて」

 

何とか八幡を援護しようと画策し始めていた二人を、相模が声だけで止めた。

思わず反論する泡瀬。

 

「やめてって、何言ってんだよ相模!お前、比企谷をあのままで放っていいのか!?」

「あんたたち……ゲホッ、さっき狙われたの、忘れたの?こっちから手を出せば、絶対……また狙われる。それこそ、アイツの足を引っ張ることに…なる」

「それは……!」

 

正論。

確かに八百万のアイテムで全て一瞬で片がつけばそれでいいが、もしどちらか片方でも取りこぼしたら、八百万たちが狙われない可能性は否定できない。

 

「しかし、あのままでは比企谷さんが…!」

「見てるだけで、いい…。ウチらが参戦しないことが…ゲホッゲホッ!…一番の、援護だから…」

「!?」

「あんな程度…うちらの手助けがいんの…?」

「…要らねえよ。寝てろよ寝坊助」

 

八幡を力無く嘲る相模、卑屈に笑って小馬鹿にする八幡。

一種の信頼が、二人の間にあった。

かつて泣くほど嫌った相手を、能力があると認めているからこそ出てくる言葉。

 

皆を巻き込むような土を使った大規模な攻撃はできない。

生徒たちが後ろにいて、逃げることもできない。

相手は服を半分しか着てない上にパワー型、服を使った固体操作による拘束もできない。

それでも。

 

「心配要らねえよ」

「…じゃあとっとと行け」

 

 

──────────

 

 

二体の脳無が同時に八幡へと襲いかかった。

背中から武器が生えた腕をそれぞれ何本も振り翳し、八幡の腕や足を狙う。

先程も足を狙われた。

生捕りにする為に、何かしらを削げば良いと教え込まれたのだろう。

恐ろしく合理的で、そして苛つく。

それぞれの脳無が振り翳した鈍器の腕を躱し、後から現れた脳無の方へ一歩近づく。

いつでも生徒たちの手助けを出来る様に、固体操作は切っていない。

いつ八幡から生徒たちの方へ標的を変えるかわかったものではなく、それほどまでに八幡と脳無は生徒たちと距離が近かった。

故に、八幡の現体重は土壁と荷台を操作する土の分を合わせて、副作用で100kgを超えていた。

 

そんな重い状態の八幡だが、それでもまだ脳無の攻撃を躱し続けられる。

凶器の嵐をするすると掻い潜り、一歩一歩着実に後から現れた脳無の方へ近づく。

 

「ひ、比企谷の奴……なんであんなにおっかねえことできるんだ!?」

 

泡瀬の言葉が、八幡の狂気とも取れる行動を表していた。

一つでもかすれば致命傷に至りかねないほどの豪速で巨大な凶器がいくつもふるわれている。

その合間を縫って歩く様は、恐怖など微塵も感じていないかのように見えたのだ。

だが、泡瀬の推測は誤りである。

八幡とて恐ろしい。

発想力が他人よりも優れている為、もし当たればと思うとその後のことは簡単に想像できてしまう。

 

そして、恐怖以上に痛みを感じていた。

気体操作による感知を切ったから、先程は足を失いかけた。

相模の忠告がなければ、足を失っていたかもしれない。

だからこそ、感知による空気を切り裂かれることの痛みに我慢することを選んだ。

痛みを受け入れれば、実際に傷つかずに済む。

気体操作で何本もの腕の軌道を読むことが出来ていたのだ。

無い肉を切らせる事で、骨を断つ。

戦闘開始からわずか20秒、歩くような速度だが、八幡は脳無の懐へ潜り込むことに成功していた。

そして、一工夫を重ねる。

もう一体の脳無の足元の土を操作し、脳無の足元から土柱を出現させ、脳無を上空4,5mへ持ち上げたのだ。

視界と状況が変化し、そのことにほんの数秒戸惑う脳無。

だが僅か数秒、八幡にはその時間が欲しかった。

 

もう一体の脳無の顔目掛けて空気を圧縮して撃ち出す拳、ジェットバーンを叩き込む。

ミシミシと脳無の顔が歪む。

だが、すぐに両腕が動き出し、懐に飛び込んだ八幡の身体を掴んだ。

そのことに驚く八幡。

 

(こちらが偽物だと思ったんだが…!?)

 

泡瀬たちを追っていた脳無が本物だと思っていた。

あちらはそれなりの時間泡瀬たちを追っていたし、ワイプシのヘッドギアを持っていた。

つまり、長く存在していた。

偽物を作り出す個性には恐らく人数制限か時間制限がある。

だから後から現れた方の脳無が偽物と判断したのだ。

 

その八幡の推測は誤りでは無い。

だが、荼毘が少しだけ気を効かせた効果がここで出ていた。

この偽物の脳無はトゥワイスが作り出した一体目の偽物である。

トゥワイスの個性“二倍”は、同時に二つまで何かを増やせる。

だが、一体目と二体目では耐久値が異なり、先程八幡の前に現れたマスキュラーは二体目の偽物だったのだ。

荼毘は二体目だったマスキュラーと一体目である脳無の耐久力の差がどこかで出たら良いとほんの少し願っただけで、それが当たってしまった。

 

脳無の腕に力が入る。

殺さない程度に八幡のあばらを砕く気であった。

両腕ごと掴まれた八幡、これでは腕を使えない。

だが、忘れてはいけない。

彼は、ミルコの弟子なのだ。

空中で脳無に捕まったまま、脳無の顎に身体強化による蹴りを入れる。

その蹴りは、脳無の顎ごと身体をふわりと浮かせてしまう。

その光景に驚く泡瀬たち。

空中の八幡が身体をしならせて支点となり、オーバーヘッドキックのように脳無の体が宙から地面へと半回転して叩きつけられた。

月墜蹴(ルナ フォール)

地面に頭ごと叩きつけられた脳無は、今度こそ泥のように溶け始めた。

脳無の両腕から解放され、地面へ着地する八幡。

 

「ふう…」

「まだ!!」

「わかってるよ」

 

八幡の上空から、本物の脳無が襲いかかってきた。

背中からは斧、鈍器、両手剣、チェーンソーと武器博覧会が出来そうなほどの多様な凶器がついた腕が十本近く生え、八幡に全て同時に振りかざされた。

その凶器の雨を気体操作で感知して掻い潜り、腹に拳を入れる八幡。

刹那のやりとりに、泡瀬は目がついていっていない。

ただ、八幡が攻撃を加えたことだけはわかった。

 

「ネボッ…」

「ファーストブリッド」

 

脳無の落下速度と平塚譲りの拳とで身体をくの字に曲げる脳無。

だが、彼は追撃する。

撃ち出した拳を引きつつ、もう片方の拳を同じ腹へと回転するように叩き込む。

 

「セカンドブリッド」

「ネボヒャッ」

 

地面になんとか足を下ろした脳無だったが、二撃目の拳で更によろけた。

後退する脳無相手に、獅子の如く飛び出してトドメを刺しにかかる八幡。

だが、やはり脳無。

脳無には感情がない。

この脳無には今までの脳無にはなかった言葉を喋るという特徴があるが、恐怖を感じるわけではなかった。

拳二発でよろけながらも、今度は背中からではなく、腹からランスがついた腕を生やし、拳を引いて飛び込んでくる八幡の顔面に向かって突き刺しにかかる。

そのカウンター気味の死の一撃を──目の下の肉を裂かれながらも致命傷を避ける。

血を流しつつも、その勢いだけは止めなかった。

 

「ラストブリッド!!」

 

その拳は、脳無の腹の一番奥深くに突き刺さり、脳無の巨体を吹き飛ばした。

身体強化+気体操作による空気ジェット。

巨体は木々を薙ぎ倒し、八幡たちの視界から吹き飛んでいった。

 

「…」

 

ポカンとその光景を見送る泡瀬。

だから言ったでしょ、と嘲笑う相模。

ムカつくが、その男の優秀さを中学時点で彼女は認めていた。

ヒーローになったところで変わらない。

本人がどうにかする気なら、任せれば良い。

 

「傷もらってんじゃん、バーカ…」

「うるせえ…。…ガス、平気か」

「…うん」

「寝てろ、もう大丈夫だから」

「…そうする」

 

化猫から人間の戻った相模。

ガスではなく疲労と気疲れからすぐに眠り始めてしまう。

化猫化で服が破けていたので、八幡は着ていた服を横たえた相模に被せた。

続いて傷が重そうな八百万と泡瀬の怪我の具合を見る。

出血が酷いが、息も意識もある。

 

「…医者にかかれば問題ないだろう。致命傷ってほどではなさそうだ…」

「ひ、比企谷。他の連中は…」

「まだガスが蔓延してた所に何人か倒れてる。他に動き回る奴はいなさそうだし、ここらへんに(ヴィラン)はもういないと見て良いだろう。悪いが、俺は…」

「…比企谷さん!」

 

八百万から止血しようと何か清潔な布を用意しようとした八幡が、八百万の声でまさかと後ろを振り向く。

腹に拳の跡がくっきりついた脳無が、身体を痙攣させながらも再び姿を現していた。

 

「タフな奴…!泡瀬、八百万たちと退がっとけ」

「悪い、任せ………ん!?」

「ん?」

 

再び武器の腕を翳した脳無。

だが、何を思ったのか武器腕をしゅるるとしまい始めた。

しかも、何と八幡たちに背を向けてどこかへ歩き始めていく。

 

「何だ…?に、逃げてく?比企谷に勝てねえと思ったのか?」

「…?」

 

そんなことはない、と心中で否定する八幡。

三連発の拳に明らかに耐えて、しかもまだ戦う気だった。

それは間違いない。

だが、何故か振り翳した武器を収めて更に逃げるなど、武器を取り出したのは何の意味があったのか。

 

「…まさか!?」

「その、まさかだと思いますわ…」

 

ずずず、と何かを創造して取り出した八百万。

その小さなボタンのような物を、泡瀬に手渡す。

何だこれ、とボタンを見る泡瀬だが、それが何かわからない。

八百万の行動と脳無の撤退に、まさかと脳無の方を振り向く八幡。

撤退する理由など、二つしかない。

劣勢で本当に逃げるしか無くなった場合。

また、目的を果たした場合。

 

「爆豪…!!?」

「え!?」

「あ、泡瀬さん!それを奴に…つけてください!」

「え、これなんだよ!?」

「早く!行ってしまう…!」

「いくぞ」

「うわっ!?」

 

身体強化で泡瀬を抱え、逃げる脳無に高速で近づく八幡。

脳無の背後にまで来るが、脳無が振り向く様子はない。

もう破れ被れだ、と脳無の背中とボタンを溶接して、赤い光を発して背中にボタンをくっつける泡瀬。

泡瀬洋雪、個性“溶接”。

触れたモノ同士を分子レベルで結合できる。生き物から無機物まで溶接可能。

ただし結合したいモノとモノに触れていないと発動しない。

泡瀬に背中に触れられても、脳無は振り向くことなくよろけながらも歩いていく。

 

「こ、これで良いよな…」

「ああ。…泡瀬、八百万と止血しながらアイツらの傍にいてやってくれ。ブラドキングが施設で待機してるはず。連絡して応援呼んでくれ」

「…お前、どうすんだよ?」

「アイツを追う。もしかしたら、爆豪が捕まったかもしれねえ。八百万の今つけたのは多分、最悪爆豪が捕まった場合の対応策になる物だ」

「…!!」

 

泡瀬も事の深刻さに気がつく。

八百万の意図を掴んだのだ。

もし八百万が作った物が八幡と泡瀬の読み通りなら、この脳無は打ち倒すわけにはいかない。

八幡が脳無を逃がさないと言い出さないのはそういう訳だ。

 

「…わかった。とりあえず、八百万のとこに戻る」

「ああ。…不安かもしれんが頼む。悪い」

「お前も、無茶すんなよ!」

 

八百万や眠る相模たちの元へ引き返す泡瀬。

自分が役に立たないことは理解していた。

あの脳無一体を一人で何とか出来ない以上、手伝いにいっても恐らく足手まといになると泡瀬は理解していた。

プロヒーローは、自分の力と役割から逸脱したことをしない。

二次災害になりかねない為である。

泡瀬が八百万たちの元へ辿り着いたのを見て、脳無の後をつけ始める八幡。

歩きながら少しずつ土を圧縮し、それを後ろに従えて武器を作りながら。

全てを薙ぎ倒す大地の蛇が、八幡の後ろを静かに這い始めた。

 

 

──────────

 

 

八幡が二体の脳無と戦い始めた頃、肝試しスタート地点から少しだけ進んだ肝試しのコース地点にて。

麗日と蛙吹は(ヴィラン)の1人と相対していた。

名を、トガヒミコ。

後に緑谷、そして麗日と何度も関わる羽目になるその一度目の接触を果たしていた。

闇夜に紛れて麗日にナイフで切り掛かったトガ。

ナイフに付着した麗日の血を見て、まだ足りないと歪に笑った。

対する麗日、そして蛙吹。

トガに切られた麗日の腕のダメージを確認しつつ、蛙吹は冷静にトガに訊ねる。

 

「急に切りかかって来るなんてひどいじゃない。何なのあなた」

「トガです!二人共カァイイねえ。麗日さんと…蛙吹さん」

「名前バレとる」

「体育祭かしら…。何にせよ情報は割れてるってことね、不利よ」

 

麗日の血がついたナイフで二人を指し示すトガ。

体育祭で既に雄英生の情報は知られている。

顔、名前、個性に加えて戦闘スタイル。

それを認識して、戦うのは得策ではないと蛙吹は割り切る。

蛙吹の目的は麗日と二人で生き延びること。

目の前の(ヴィラン)を倒す、というのは現実的ではない。

何せ、情報を仕入れて用意万端で夜襲をかけてきた敵に対し、こちらはコスチュームもない上に戦う準備も対策もしていない。

戦うのは愚の骨頂。

何とか逃げる術を、と麗日を逃そうとした蛙吹、二人に飛び出すトガ。

そんな彼女らの間に、鉄剣が飛び込んできた。

 

「「「!?」」」

 

しかも、鉄剣は割り込むだけではなく、回転してトガの方へ向き、そのままトガのナイフ目掛けて飛び込んでいく。

鉄剣にナイフを添えるだけで鉄剣を逸らすトガ。

刃物の扱いが上手いのだ。

 

「動く剣…?」

「この個性は…!」

 

「クッキー追撃!!」

 

ギラリと本来ないはずの目を光らせた鉄剣が更にトガへ襲い掛かる。

狙いはトガが持つナイフだ。

しつこい、と今度は力で鉄剣を叩き落とす。

蛙吹と麗日の後ろから、結衣が現れたのだ。

 

「お茶子ちゃん、梅雨ちゃん!大丈夫!?」

「結衣ちゃん…!」

 

「うふふ…皆カァイイねぇ…!」

 

アニミズムで生物化した、浮かぶ鉄剣と戦うトガ。

今なら捕らえられる、と麗日がトガに飛び込んだ。

それを蛙吹が制止する暇もない。

シリンジを持つ手を麗日に振るうトガ。

だが、その手を予期していた麗日は躱すことができた。

そのままトガの背面に飛び込み、シリンジの腕と首を掴み、思い切り引いて地面に叩きつける。

ガンヘッド・マーシャル・アーツ。

麗日が職場体験で習得した、プロヒーローガンヘッド直伝の近接格闘術である。

 

「すごい!」

「お茶子ちゃん、すごいわ!」

 

麗日の動きに驚く結衣、蛙吹。

これは止めなくて良かったか、と安堵する。

3人の頭上、木の上で隠れて様子を見守っていた戸塚も、仕込みは要らなかったかなと息をついた。

結衣の連携の元、奇襲役で戸塚は待機していたのだ。

だが、麗日に地面に押さえつけられたトガは笑ったままだ。

 

「お茶子ちゃん…あなたも素敵。私と同じ匂いがする」

「?」

 

突如話し始めたトガに困惑する3人。

 

「好きな人がいますよね」

「!?」

「そしてその人みたくなりたいって思ってますよね。わかるんです乙女だもん」

(何…この人…)

「好きな人と同じになりたいよね、当然だよね。同じもの身につけちゃったりしちゃうよね。でもだんだん満足できなくなっちゃうよねぇ、その人そのものになりたくなっちゃうよねしょうがないよね」

 

更に言葉を並べるトガ。

麗日を見ているようで見ていない。

麗日の瞳に映る、誰かを見ている。

 

「あなたの好みはどんな人?私はボロボロで血の香りがする人が大好きです。だから最後はいっつも切り刻むの…。ねえお茶子ちゃん楽しいねえ恋バナ楽しいねえ!」

 

捕われた人間の顔ではなかった。

捕まったまま恍惚な笑みを浮かべ、いわゆる恋バナを敵対する人間と行うなど、正気とは思えない。

麗日の脳裏に緑谷の顔が浮かんだ。

結衣も八幡のことを思い浮かべてしまう。

そのせいで、次のトガの行動を止めることができなかった。

ナイフを持った腕は麗日に確実に抑えられていた。

しかし、シリンジを持った左腕は足で抑えられていた。

手首より先は抑えられていない。

シリンジが、麗日の左足に突き刺さった。

 

「お茶子ちゃん!?」

「!?」

「っ!ダメっ!」

 

その行動に一瞬遅れて反応する結衣、戸塚。

結衣に命じられた鉄剣、木の上から飛び降りた戸塚の鉄剣の翼がトガに襲い掛かる。

だが、それすらも麗日を押し退けて躱すトガ。

シリンジは抜けたが、血はある程度吸引されていた。

 

「また一人…ふふ、カァイイお友達が増えた…」

「今の体勢から、身を捩って…どういう反応速度だ…!」

「お茶子ちゃん大丈夫!?」

「平気、それよりコイツをどうにかしないと!」

「クッキー、あの子が背負ってる機械を…!」

 

「どうした!!?」

 

がさり、と四人の後方から大柄な人物が現れた。

その低い声に安堵する蛙吹。

やっと来た、来てくれた。

 

「障子ちゃん!」

「デクくん!?」

 

見るからにボロボロな緑谷を背負った障子が茂みから姿を現した。

その後ろには円場を背負った轟もいる。

一気に8人、流石に分が悪いとトガが逆に茂みに隠れる。

 

「人増えたので。殺されるのは嫌だから、バイバイ…」

 

去りゆくトガの目に、障子に背負われた緑谷が目に入った。

血だらけでボロボロ──タイプの男の子。

頬を赤くしたが、そのまま暗闇に逃げるトガ。

ちゃきりと鉄剣のクッキーを追わせようとする結衣だったが、戸塚に止められてしまう。

 

「ダメだよ、(ヴィラン)よりもまずは安全。そうでしょ、由比ヶ浜さん」

「…うん」

 

だが、やはり逃したくはなかった。

八幡を狙ってる(ヴィラン)を減らせるなら、減らしておきたかったというのが結衣の本音。

せっかく戦闘許可も降りているのに、誰も救けられず、倒すこともできなかった。

 

(…ううん、お茶子ちゃんと梅雨ちゃんとは合流できた。焦っちゃダメ…)

 

一息ついた麗日たちに近寄って来る障子たち。

 

「何だ今の女…」

(ヴィラン)よ、クレイジーよ」

「麗日さん、怪我を…!」

「大丈夫全然歩けるし…っていうかデクくんの方が…!」

「緑谷君大丈夫!?先に施設へ僕が連れてくよ!」

「ううん、それよりも…」

「立ち止まってる場合か、早く行こう!」

 

障子の言葉に頷く一同。

(ヴィラン)とそれぞれ合わせて三度も会敵しながらここまで無事に来られている。

後は後ろのかっちゃんを連れて施設へ戻るだけだ、と緑谷。

 

「とりあえず無事で良かった…!そうだ、麗日さんたちも戸塚君たちも一緒に来て!僕ら今、かっちゃんの護衛をしつつ、施設に向かってるんだ」

「………ん?」

「爆豪ちゃんを護衛?その爆豪ちゃんはどこにいるの?」

「え?」

 

不思議そうな麗日と蛙吹、そして緑谷たち。

まさか、とその可能性に考えが至った結衣と戸塚は辺りを見渡す。

いない。

嫌でも思い出される2年前、攫われた少年。

 

「何言ってるんだ、かっちゃんなら後ろに…」

 

 

──────────

 

 

緑谷たちが振り向くが、後ろにいるはずの爆豪、それから常闇もいなかった。

バカな、と茫然とする轟。

確かに真後ろにいた、さっきまでは。

だが、現に今はいない。

青ざめる緑谷。

そこへ嘲笑うように声が飛ぶ。

 

「彼なら」

「!!」

「俺のマジックで貰っちゃったよ」

 

上からの声。

振り返ると、仮面をつけてコートを着たマジシャンを思わせる胡散臭い男が、木の枝の上で立っていた。

男──Mr.コンプレスは、緑谷たちへ見せびらかすように手に持った小さな球体を弄ぶ。

 

「こいつぁヒーロー側(そちら)にいるべき人材じゃあねえ。もっと輝ける舞台へ俺たちが連れてくよ」

「っ!?返せ!!!」

「返せ?妙な話だぜ。爆豪くんは誰のものでもねえ。彼は彼自身のモノだぞ!!エゴイストめ!!」

「返せよ!!」

「どけ!」

 

人の神経を逆撫でするような言葉を使うMr.コンプレス。

その挑発に焦った緑谷が乗ってしまうが、冷徹な氷結を轟は繰り出した。

しかし、ヒラリと躱すコンプレス。

木々だけが凍りつき、コンプレスはまた別の木々へと身軽に飛び移る。

その癖を、よく見る戸塚。

まずは観察すること。

親友がよく始めにやることだ。

 

「我々はただ凝り固まってしまった価値観に対し、それだけじゃないよと道を示したいだけだ。今の子らは価値観に道を選ばされている」

「爆豪だけじゃない…常闇もいないぞ!」

「…そのあなたの言う価値観に晒されても、ちゃんとヒーローを選んだのがヒッキーだよ!!さいちゃん!!」

「うん!!」

 

戸塚が翼から鉄剣を更に四本結衣に手渡し、それらを即座に生物化する結衣。

合計五本の鉄剣がコンプレスの右手を狙う。

何かビー玉のような物を持っていた、アレこそが恐らく爆豪と常闇だ。

二人も仲間を攫われて、心中穏やかでないのは皆そうだったが、特に結衣と戸塚は怒りと焦りの嵐の中にいた。

2年前のように、親しい誰かが居なくなろうとしている。

 

「ああ…彼ね」

 

迫る鉄剣に対してすすすと正確に左手を向かわせるコンプレス。

目にも止まらぬ速度で動かされた掌に、鉄剣が瞬く間に五本とも消えてしまった。

その様子に驚く結衣。

だが、魂が込められた鉄剣は死んだわけではない。

生物化した物にダメージが加われば、アニミズムの魂は結衣に戻る。

それも戻ってきていない。

消えたわけではない、ただ視界からいなくなった。

 

「うちのボスは彼のことをまだ部下と思ってるらしいからなぁ。今は勉強中かな?…ヒーロー社会の脆弱さをね」

「ヒッキーはあたしたちの仲間だもん!!絶対あなたたちの言うことなんか聞くもんか!!」

 

とりあえずアニミズムを解除する結衣。

魂はちゃんと5つとも結衣の身体に戻って来るのを感じることができた。

やはり魂がなくなったわけではない。

やはり爆豪も常闇も生きてはいる。

 

「二人を返して!!」

 

鉄剣を手に持ち、白羽の翼を生やした戸塚が樹上のコンプレスに切り掛かる。

それすらヒラリと躱すコンプレス、また再び距離を取る。

 

「ヒュウ、速いねえ。可愛い顔しておっかねえ」

(速いなんてとんでもない。この人…あの球みたいなのが個性のはず!素のスピードがとんでもなく速いぞ…!)

 

空を飛ぶ戸塚の攻撃を躱し、樹上を素早く動くコンプレス。

余裕綽々でコンプレスは通信機に向かって話しかける。

 

『開闢行動隊諸君!第一目標を確保!やはりコネクタは無理だったかな!?また次の公演でだ!短い間だったがこれにて幕引き!!予定通りこの通信後5分以内に“回収地点”へ向かえ!』

「幕引き…だと」

「ダメだ…!!」

「させねえ!!絶対逃すな!!…戸塚ぁ!!」

「うん!!」

 

通信を聞いた空中の戸塚、地上の緑谷たちが逃げるコンプレスを必死に追いかけ始める。

爆豪と八幡の両方が標的だったが、元々爆豪さえ攫えればよかった腹づもりだったらしい。

通信を終えると共に樹上を移動して逃げるコンプレス。

コンプレスの移動速度は速い。

だが、それは個性抜きでの話。

ウィングという個性の戸塚は、スピード重視で鍛えているわけではないが、白羽の翼を生やした時の戸塚は速い。

戸塚、コンプレスの両名から徐々に離される緑谷たち。

しかし、戸塚の方はコンプレスに追いつきつつあった。

ただ、問題は一つ。

コンプレスに接近戦は挑めないこと。

先程のコンプレスは、結衣が生物化した剣に触れることで剣をまるで手品のように消してしまった。

名前の通り、触れた物を圧縮する個性と見て良いと判断し、遠距離攻撃を始める。

 

「ホワイトフェザー!」

 

白羽の翼から羽を矢のように飛ばしてコンプレスに攻撃する戸塚。

しかし、コンプレスの方は羽一枚に触れるだけでばっくりと空間を切り取るように羽を全て消してしまう。

 

(一部さえ触れれば範囲内のものを消してしまうんだ、なんて個性に早業!!)

「おお怖え!んで前方注意な、お嬢ちゃん」

「え」

 

戸塚の目の前に、五つのビー玉が放り投げられていた。

いつの間に、と戸塚が反応する間も無くビー玉が弾け、結衣が生物化したはずの戸塚の鉄剣が出現した。

咄嗟の刃物の出現に戸塚は止まれず、手や足を鉄剣で切ってしまう。

 

「うわっ!」

「悪いねー」

 

その間に樹上をどんどん跳ねて進んでいくコンプレス。

戸塚は減速するどころか、刃物によって勢いを殺されて失墜してしまう。

 

「さいちゃん!?」

「戸塚君!!」

「さいちゃんはあたしが診るから、先行って!!」

「結衣ちゃんお願いね!」

 

木々から落ちた戸塚を診にいく結衣、ついでに麗日からガスで意識を無くしている円場を受け取る。

頼みの綱であった空を飛べる戸塚が離脱してしまった。

木の上を行くコンプレスに、緑谷たちは追いつくことが出来ない。

障子に背負われたままの緑谷。

マスキュラーとの戦いで生じた重傷の痛みに耐えつつ、自分たちにできることを組み合わせて、コンプレスを捕まえる方法を必死で考え始める。

 

「諦めちゃ…ダメだ…!!っ…!追いついて…取り返さなきゃ!」

「しかしこのままでは離される一方だぞ」

「麗日さん!!僕らを浮かして早く!」

「!」

「そして浮いた僕らを蛙吹さんの舌で思いっきり投げて!僕を投げられる程の力だ!すごいスピードで飛んで行ける!」

 

痛みに耐えるように策を叫ぶ緑谷。

かなり強引な策であることはわかっている。

だが、爆豪と常闇の両名を取り戻す為に、出来なくてもやることを編み出す。

 

「障子くんは腕で軌道を修正しつつ僕らを牽引して!麗日さんは見えてる範囲でいいから奴との距離を見計らって、解除して!」

「成程、人間弾か」

「待ってよデクくん、その怪我でまだ動くの…!?」

 

麗日の言葉に、轟は障子の背中にいる緑谷を見る。

合宿初日で同じように背負われていた八幡とは背負われている理由が違う。

よく見ると、緑谷の両手は赤黒く変色していた。

轟と爆豪の二人がムーンフィッシュと戦っている最中に緑谷、障子、常闇と合流したが、それよりも前から緑谷はこの状態だ。

前の体育祭の時のように、折れた手で更に個性を使ったのだろう。

しかも以前より怪我の程度が酷い。

ここまでするほどの強敵と出会い、打破したのだ。

 

「おまえは残ってろ、痛みでそれどころじゃあ…」

「痛みなんか今知らない!動けるよ…早くっ!!」

 

緑谷の決意を、誰も否定することはできなかった。

何より時間がない。

せめてもの応急処置を、と緑谷の両腕に麗日が着ていたシャツを2枚に裂いて巻き付ける。

轟、障子、緑谷の3人をまとめて無重力化させ、その3人を蛙吹がベロでまとめて巻きつける。

準備完了だ。

 

「必ず二人を救けてね」

「おっおおおお…」

 

無重力となった為に、蛙吹のベロの力でいとも容易く宙へと投げ出される3人。

ベロから解き放たれた障子が二人を両手で引き連れ、複製腕を広げて樹上を移動するコンプレス目掛けて飛んでいく。

 

「おおおおおお!!?」

 

 

──────────

 

 

高速で飛来する3人に、戸塚を撒いて意気揚々と進んでいたコンプレスは気が付かなかった。

大柄な障子が中心となってコンプレスに空中で飛びかかり、続け様に轟、緑谷が両腕を取る。

その光景を何とか見届けた麗日がゼログラビティを解除、コンプレスを含めて四人は落下し始める。

だが、落ちた先が問題であった。

 

「おおっ!?」

「うぇっ!?」

 

コンプレスを下敷きにして地面に着地した轟、緑谷、障子。

眼前に、見覚えのある少女と初めて見る顔の男が二人。

回収地点で待っていた荼毘、トゥワイス、そして一足先に麗日たちの元から逃げ出したトガ。

(ヴィラン)4人、ヒーロー候補生3人、人質2人。

 

「知ってるぜこのガキども!!誰だ!?」

「Mr.、避けろ」

「! ラジャ」

 

3人の落下から間髪いれずに右手をかざす荼毘。

まさか、と轟が荼毘の手から出る何かを予想し、咄嗟に跳ねる。

コンプレスの身体が淡く光り、伏せていた地面ごと圧縮して小さくなった。

そのことに驚く暇もなく、荼毘の手元から大火炎が発せられた。

 

「バッカ冷たっ」

 

その火炎の勢いに味方の筈のトゥワイスまでオーバー気味に仰反る。

反応し遅れた緑谷と障子の腕が焼かれてしまう。

 

「ぎゃあっ!!」

「ぐうっ!」

「緑谷、障子!!」

「死柄木の殺せリストにあった顔だ!その地味ボロ君とお前!なかったけどな!!」

 

1人だけ回避できた轟に率先してトゥワイスが襲い掛かる。

ラバースーツの右手首部分から鋭利な刃物になっているメジャーを引き抜き、轟へ向ける。

炎から逃げ延びた轟、突如襲いかかってきたトゥワイス相手にも氷結で応戦し、立ち上がりは互角の応戦。

 

「あっつ!」

「何だコイツ…!」

 

ワン・フォー・オールによる重傷の腕を更に炙られた緑谷は未だ悶絶していた。

顔へ差し向けられたシリンジを何とか逸らして躱すが、シリンジに続いて飛び掛かってきたトガに押し倒されてしまう。

 

「トガです出久くぅん!!」

「ううっ!」

「さっきも思ったんですけど…」

「!!」

 

ギラリとナイフをチラつかせるトガ。

そのまま振り上げ、緑谷目掛けて振り下ろしにかかる。

 

「もっと血が出てた方が…もっとかっこいいよ出久くん!!」

「緑谷っ!!」

 

障子の剛腕がトガとナイフから緑谷を救った。

障子に薙ぎ払われたトガだが、くるりと身体を回転させて何事もなかったかのように着地する。

その目は、緑谷ではなく障子を見ていた。

だが、緑谷に向けたものとはまるで違う、何の感情もない冷徹な目。

 

「そうですか…邪魔するんですか…。あなた少しも好みじゃないけど…刺してあげます」

「クッ…イカれてるな」

 

轟にトゥワイス、緑谷と障子にトガ。

様子を見計らって球から戻ったコンプレスが土埃を払って荼毘の元へ歩く。

 

「いってて…飛んで追ってくるとは!発想がトんでる」

「爆豪は?」

「もちろん………ん?」

 

コートの右ポケットをコンプレスが漁るが、目当てのものがない。

その様子を見ていた障子が緑谷を何とか立たせ、轟にも声をかける。

 

「緑谷、轟!逃げるぞ!」

「!?」

「今の行為ではっきりした…!個性はわからんが、さっきお前が散々見せびらかした!右ポケットに入っていたこれが…常闇、爆豪だな、エンターテイナー!!」

 

障子の左手に握られていた二つのビー玉。

先程障子が荼毘の炎に反応し損ねたのは、寸前までそのビー玉を探し当てる為。

コンプレスに問いただすよりも早く、場所の目当てをつけて2人を探していたのだ。

 

「障子くん…!!」

「ほほう、あの短時間でよくも…!さすが六本腕、弄り上手め!」

 

氷結の壁を出現させ、障子と緑谷の元へ走る轟、追撃しようとする荼毘。

 

「っし、でかした障子!!」

 

「アホが…」

「いや待て」

 

誰もいない方向へ駆け出した3人だったが、茂みの中から現した顔にぎょっと止まってしまう。

初めてみる顔だったが、剥き出しの脳で明らかにそれとわかった。

 

「脳無…!!」

「こっちだ!!」

 

再び方向を変えて逃げ始めるが、今度は明らかに見覚えのある黒靄が3人の前に立ちはだかった。

大きく広がった黒靄は次第に目のような二つの光を灯し始め、次第に人の形となる。

 

「こいつは!」

「USJの時の…!」

「ワープの!!」

 

3人を見下ろす黒霧。

チラリと合図を黒霧に出してきたコンプレスを見るが、コンプレスは指を一本立てて答えた。

 

「やはり、彼は無理でしたか…残念です」

「!?」

「コネクタ……また彼にコーヒーを淹れてあげたいものですがね」

(やっぱり、比企谷君は捕まってない!?今逃げれば全員無事で僕らの勝ち!!)

「さて…引きますよ、皆さん…」

 

「まあ待てよ」

 

ピタリ、とその場の全員が動きを静止した。

居る。

間違いなく、どこかに居る。

今の声は、どこから。

 

「大体あんたのコーヒー苦くてたまったもんじゃなかったけどな」

 

声の方向を見る黒霧。

脳無がその声を発しているように聞こえた。

正確には、その後ろ。

脳無の真後ろに立っていた人物は、脳無を身体強化で殴り飛ばし、巨体を黒霧の方へ吹き飛ばす。

その脳無をワープゲートで潜らせて回避する黒霧。

脳無の後ろに立っていた少年──八幡を見る。

 

「コーヒーはマッカンに限る」

 

 

──────────

 

 

「比企谷君!やっぱり無事だったんだね!!」

「お前はどう見ても無事じゃないけどな!?」

 

緑谷の怪我の具合を見て思わず返す八幡。

両腕が見たことないくらいボロボロ、ところどころ破裂しているような怪我だ。

その問答の間に、素早く状況を把握する八幡。

味方は3人。

しかも緑谷たちは囲まれている。

敵は黒霧、仮面の男、女子校生、全身タイツの男、継ぎはぎの男。

なら、と緑谷達を救けるべく固体操作を使いにかかる。

その時、八幡がやろうとしていることを察した荼毘が八幡に向かって青い火炎を放出する。

 

「行かせるかよ」

「逃がすんだよ」

 

緑谷たち3人と八幡を炎から守るように分厚い土壁を出現させる。

青い炎は温度が高い証。

約1万度以上の特に熱い炎だ。

こんなもの人に向けやがって、と熱くなった土壁から離れる八幡。

緑谷たち3人がそんな彼の元へ駆け寄ってくる。

 

「よかった無事で!早く逃げよう!!」

「爆豪と常闇は取り返した!もう用はない!」

「爆豪に常闇…!?わかった、今すぐ」

 

「おーい、良いのかい?」

 

急いで逃げようとする4人に、コンプレスが声をかけた。

 

「そんなに熱かったなら轟くんに氷出して貰えば良いのに!」

 

「なに…!?」

パチン、と指を鳴らしたコンプレス。

それが合図となり、障子が掴んでいた爆豪、常闇だと思っていたビー玉が、巨大な氷二つへと解放された。

その氷で、轟は自分が出した氷結を利用されたと悟る。

 

「なっ…」

「エンターテイナーの悪い癖だよ、マジックの基本でね。モノを見せびらかす時ってのは……見せたくないモノ(トリック)がある時だぜ?」

 

画面を外し、口を開いたコンプレス。

舌の上に、二つのビー玉が見えた。

やられた、と障子。

右手に持っていたビー玉なら、右ポケットがそれに近しいところにあると踏んだのだが、コンプレスの方が一枚上手だった。

 

「くっそ!!!」

「お前らは待ってろ」

「え!?」

 

コンプレスを狙いに定めた八幡。

そう、それで良いと笑うコンプレス。

今回の目的は爆豪勝己と比企谷八幡の強奪。

出来れば比企谷もと言われており、目の前に宝物がある以上、惜しげなく逃す理由はない。

 

「その2人を返せ、Mr.コンプレス」

「おやぁ?俺も有名になったもんだ。まだまだ捨てたもんじゃないねえ」

「知ってるの!?」

「連続強盗犯だ。宝物店や現金輸送車、美術館を狙い続ける有名な(ヴィラン)。被害総額は50億を超えてる」

「強盗はやめて欲しいね。怪盗と言ってくれないか?」

 

だが他は知らない、とトガ、荼毘、トゥワイスを見る八幡。

マスキュラーとMr.コンプレスは犯行経験がある(ヴィラン)

(ヴィラン)連合がそんな強い(ヴィラン)を集めたのかと思ったが、他3人は見たこともない輩だった。

こちらを恍惚とした表情で見るトガ、油断なく構える荼毘、何やら写真のようなものをじっと見てるトゥワイス。

全身タイツの男、トゥワイスが何をしてるか少し気になったが、それよりもコンプレスだと身体強化して飛び出す八幡。

 

「比企谷君!!」

 

「俺たちがかき回す。その間に奴に触れMr.」

「任せた」

「彼が…コネクタ、比企谷八幡君!」

 

ニタァと笑って八幡に向かうトガ。

いの一番にトガが飛び出し、八幡へナイフとシリンジを突きつける。

 

「ひき!がや!く…!?」

「邪魔」

 

前傾姿勢で八幡に切り掛かったトガを、更に低空姿勢で潜り抜ける八幡。

まるで応戦する気がなく、その目に映るのはコンプレスのみ。

お熱いね、と冷や汗を流して構えるコンプレス。

八幡とコンプレスの間に荼毘が割り込むように立ちはだかり、蒼炎を右手から放つ。

あわや丸焦げと見たコンプレスだったが、八幡は荼毘の右手を小さく拳で打ち上げ、空へ蒼炎が上がった。

 

「!!」

「だから邪魔」

「隙あり」

 

荼毘と交差した八幡に、コンプレスが荼毘の背後から迫る。

八幡の視点からは荼毘の身体でコンプレスの接近は見えていない、はずだった。

荼毘の懐に入った八幡は左掌打を荼毘の腹に打ち込み、荼毘をコンプレスの方へ吹き飛ばす。

マジかよ、と持っていた杖を地面に立てて高跳びのように荼毘を躱す。

空中へ飛び上がったコンプレスを、八幡は待ってましたと言わんばかりに土蛇3匹で追撃。

 

「うひいいいすげえ!!」

「!?」

 

土蛇の頭にパパパと触れていき、土蛇の頭が瞬く間にビー玉に圧縮され、土蛇の頭が千切れる。

一瞬生じたタイムラグのうちに何とか八幡から離れるコンプレス、腹を抑えながら立ち上がる荼毘。

 

「はっ、は…!おじさん疲れちゃうよ、なに君!?」

「面倒な野郎だ…!!」

 

(ナイフの凶器持ちが1人、炎の個性、んで身のこなしが軽い圧縮のコンプレス…!黒霧は見てるだけか!?もう1人はなにをしてる…!?)

 

ほんの数秒の間に行われたヒーローと(ヴィラン)たちの戦い。

比企谷君1人に任せるわけにはいかない、と轟と障子を見る緑谷。

 

「わかってる。比企谷に加勢しよう!」

「緑谷、あんま前出んな!俺たちがあの仮面を抑えにいく!緑谷は脱出ルートの確保を!」

「いや、僕もいく!3人でかかれば…!」

 

「よっしゃイメージできたぁ!!出来てねえよ!」

 

今までしゃがんで黙りこくっていたトゥワイスが飛び上がった。

わーいと踊っているその姿に、ポカンとするヒーロー側。

 

「…なにあれ」

「いや、僕らにも…!そんなことよりかっちゃんたちを!!」

「おいおい良いのか、俺を無視してよ!無視してくれよ話がはええ!いや無視すんなよ!!」

 

 

──────────

 

 

八幡をチラ見するトゥワイス。

トゥワイスたち(ヴィラン)連合開闢行動隊は、今回の襲撃にあたり、それぞれいくつかサポートアイテムをブローカーから、情報を死柄木たちからもらっていた。

トゥワイスもその1人。

もらったのは、比企谷八幡の身体データ、そして顔写真だった。

トゥワイスの個性の詳細を聞いた死柄木は、ドクターに頼んであるデータをトゥワイスに渡させていた。

それが比企谷八幡の身体データ。

トゥワイスの個性は二倍。

何かを増やすにはその対象の詳細なデータが必要になる。

胸周りから腕の長さに身長、そしてイメージ。

イメージを保つために、トゥワイスは比企谷八幡のコネクタの時の写真をもらっていた。

しかし、いかんせんそれだけでは増やせない。

実際にその人物を前にして見る必要があった。

トゥワイスのイメージに合う姿、恐らく一度しか使えない。

対比企谷八幡用の切り札。

 

「目には目を、歯には歯を!比企谷八幡には比企谷八幡を…ってか!」

「…まさか!!」

「いや、ハンムラビ法典は対抗手段の話してねえけどな」

「細かい事はいいんだよ!要は…こいつが俺たちの味方ってことさ!!」

 

どろり、とトゥワイスの手から泥が発生した。

みるみる内に泥は人へと変わり、緑谷と轟が見覚えのある、そして八幡は初めてその姿を目にする男が現れる。

灰色のフード付きマンとを被り、顔が見えないようにされた少年。

比企谷八幡──コネクタが姿を見せた。

 

「こいつが偽物増やす個性の…!」

「!? なんだ、アレ…!」

 

「…どこだ、ここ…」

「コネクタ」

 

目を開けたコネクタに瞬時に寄り添う黒霧。

黒霧の靄を鬱陶しそうに払うコネクタ。

 

「なんだ、寝てたんだ俺は」

「すみません、しかし仕事でして。貴方の偽物を…捕らえてください」

「は?」

 

周囲を見渡し、八幡とコネクタは目があった。

 

「…悪趣味なもの作りやがって。どうせお前らの仕業だろ」

「ええ、すみません…。ドクターの成果なんですが、戦闘性能を確認したいと」

「あそ」

「お願いします。比企谷八幡に対抗できるのは比企谷八幡だけです」

「あの老害でも連れてこいよ…」

 

ハァ、と溜息をつきながらも八幡の前に立ちはだかるコネクタ。

嘘だろ、と緑谷がこぼすが、何とか声を出す。

 

「待って比企谷君!!君は騙されてる!!君が偽物なんだよ!!」

「は?なにお前」

「いやいやいや、ちげえよコネクタぁ〜!俺たちを助けてくれよぅ」

「あの子たちこわーいのです!」

 

コネクタに擦り寄るトゥワイス、トガ。

その2人を怪訝な目で見て、どういうことだと黒霧を見る。

 

「あの子供たちは貴方を利用しようとしているのです。それとも、あの子たちの方が信頼できますか?」

「……まだ子供だ、手を出さなくていいな?」

「もちろんです」

 

「ややこしいことを…!」

「比企谷、なにがどうなってる!?」

「来るな!!」

 

障子が八幡を庇うために前へ出ようとするが、八幡が声を荒げたことで止まる。

 

「アレはあの全身タイツの個性だ!多分偽物人間を作り出す個性!作り出された偽物は本物そっくりで尚且つ個性や記憶、性格まで何でも受け継いでる!」

「じゃあアレは!?あの姿の君は!」

「多分雄英襲撃直前くらいの俺だ!お前らのことをそもそも知る前!体育祭での体験も多分ない!」

「…!!」

 

トゥワイスの個性に必要なのはイメージである。

その為に八幡を直に見ることが必要だった。

だが、今の八幡を作り出すわけにはいかない。

コネクタ、つまり死柄木や黒霧の手駒だった時の比企谷八幡を作り出す必要がある。

でないと、作り出した偽物にトゥワイス本人がやられかねないからだ。

偽物とはいえ、性格も主義も本人そのもの。

正義の使徒を複製したら、その偽物は正義に則って行動する。

過去の比企谷八幡を作り出す為に、コネクタだった頃の写真とイメージを見て、現在の八幡の質感だけ感じて過去の比企谷八幡を作り上げることに成功した。

最も、もう二度と成功しないだろう。

比企谷八幡という人間のイメージが、トゥワイスの中で時間が経てば経つほど更新されていく為である。

しかし、苦労した甲斐はあるだろう。

何せ、戦闘センスと個性だけで悪の帝王に狙われた少年。

 

「他は無視でいいんだな」

「いえ、抑えをお願いします。捕らえる必要はありません、我々は一度撤退します。終わった頃に迎えに来ますので」

「…」

 

「やべえ、行かれる!」

「待てっ!!」

 

ワープゲートが開かれ、その中へ入ろうとするコンプレスと荼毘。

トゥワイス、トガも既にワープゲートに入っていった。

そこへ飛びかかる緑谷たち3人。

しかし、身体強化で飛んできたコネクタが3人の前に立ちはだかる。

 

「…」

「どけえっ!!」

「そんなボロボロで何が出来んだよ」

 

緑谷の顔を蹴り飛ばすコネクタ。

フルカウルの速度を完全に見切られていた。

そんなコネクタの両脇を障子と轟がすり抜け、コンプレスへ迫る。

それを阻止しようと土蛇を起こすコネクタ。

しかし、そこへ八幡が飛び込んでくる。

 

「…!」

「退いてろよ、俺」

「お前が退けよ、俺」

 

戦い始めた2人、ワープへと半身を入れるコンプレス。

轟と障子はもう間に合わない。

 

「ははっ、双子トリックは大体タブーなんだが…まあこれも奇術。コネクタ君、あとは頼ん」

 

最後の言葉まではコンプレスは言えなかった。

ここしかない。

コンプレスが最後の最後、撤退時に油断する隙を見つけた。

コンプレスの口元を貫いたレーザーの持ち主──青山優雅は必死の形相でその隙を待っていた。

レーザーによってコンプレスの口からこぼれた二つのビー玉。

それに飛びかかる障子と轟。

八幡は手も土も伸ばせなかった。

目の前のコネクタから目を離したら即座に詰みだとわかっていたからだ。

障子の複製腕、右手と轟の手がビー玉に伸び、その背後で土と土の爆発が起きる。

障子の右手が一つビー玉を掴んだ。

もう一つのビー玉も、手によって掴まれる。

しかし、その手は障子でも轟でもなく、ワープゲートから手を伸ばした荼毘のものだった。

 

「悲しいなあ。轟焦凍」

「っ!!」

 

ワープゲートの側を勢いままに転がる轟、ビー玉を確実に掴んで庇う障子。

コネクタに蹴り飛ばされた緑谷も、腕の痛みを無視して何とかワープゲートに向かって再度走り始める。

 

「確認だ、解除しろ」

「んっだよ今のレーザー…!」

 

パチンと指を鳴らし、個性を解除するコンプレス。

障子の手から常闇が、荼毘の手から爆豪が出現する。

そのまま荼毘は爆豪の首を掴み、ワープへと引き摺り込む。

 

「爆豪!!」

「かっちゃん!!」

 

コネクタと何度も蹴りを合わせる八幡は動けず、そして緑谷は。

 

「来んな…デク」

「っ!!」

 

無理に笑ったのか、爆豪の不適な笑みが緑谷が最後に見た彼の顔だった。

消えゆくワープゲートに頭から突っ込むが、何の感触も手応えもなく、地面を滑ってしまった緑谷。

間髪入れずに振り返るが、ワープゲートも爆豪も荼毘も何もかもなくなっていた。

残されたのは、青い炎と赤い炎に包まれた森、呆然とする仲間たち、対峙する2人の少年。

慟哭と悲鳴が混じり合った絶叫が、黒煙を上げる夜の森に響いた。

 

 

──────────

 

 

「悲しむのはあとだ!!早く逃げろ!!」

 

絶叫と共に意識を落とした緑谷。

その声で轟たちも意志が折れかけたが、まだ敵は残っていた。

偽物だと自覚していないコネクタが。

固体操作による土の操作権のせめぎ合いが勃発していた。

大地の蛇と蛇の殺し合いで既にその場の木々が一部薙ぎ倒されている。

慌てて障子が緑谷を掬い、状況がわかっていない常闇も障子に続き、青山が隠れていた茂みにまで後退する。

 

「さっきのは何だ?お前ら何してやがる」

「お前こそ、信用する相手は選べ!!」

「誰も信用していない。俺はただのモルモットだ。実験主の言う通りに戦うだけ」

「ぐっ…!」

 

今のコネクタに何を言っても無駄というのは、八幡自身がよく理解できていた。

目が覚めたら目の前に自分と全く同じ顔がいて、黒霧にそれは偽物だから倒せと言われた。

雪乃と結衣に救われる前の八幡なら、間違いなく小町の命を守る為に黒霧の言う事を信じて戦っていただろう。

 

緑谷は意識不明、障子は腕を火傷と複製腕切断、常闇は心情的に戦うと再び暴走する恐れがある。

轟が何とかコネクタのみに狙いを定めて炎を当てに行くが、大地の蛇が簡単に炎を防いでしまう。

 

(氷結は使えない、使ったら偽物の比企谷に利用される!火炎も大きなものを出したら森が更に燃える!面倒な奴を残していきやがって…!!)

 

比企谷八幡(ノーアームズ)比企谷八幡(コネクタ)

対峙する2人。

両者の違いは多くないが、決定的に違うものが二つ。

生物操作の有無。

そして、救われたか否か、囚われた闇から飛び出したか否かである。

 

土、空気、徒手空拳。

飛び交う土蛇、空気砲。

土伝いに相手の服と接続しようとし、それを弾く為に逆に自分の足元の土を操作して操作権を奪う。

 

「ヴァン・ロア」

「土壁」

「土蛇」

「ヴァン・スラスト」

「「踵月輪(ルナ アーク)」」

 

八幡とコネクタを中心として、土と風の小さな嵐が巻き起こっていた。

触れたものは木であろうと岩であろうと飲み込まれるか弾き飛ばされるか、何にせよ粉砕されていく。

空気と固体による遠距離戦なら数ヶ月のより長い鍛錬をキャリアに持つ八幡が、近距離戦でなら生物操作を振り翳したコネクタが有利に進む。

距離を保とうとする八幡に、さっさと距離を詰めようとするコネクタ。

鬼ごっこを続けるだけでは埒があかない、と両手を合わせて花のように翳した八幡。

その構えに、何がくるかは察しがついたコネクタ。

だが、恐らく避けられない。

わざわざ構えを見せたのは、コネクタに防がせる為。

そして、コネクタは防ぐように誘導されたなら防いでも無駄と判断する。

故に、最悪の一手を取った。

気体圧縮を一気に進めた八幡は、一足で跳ねたコネクタを照準に合わせ──コネクタの行き先を見て固まる。

その先は、茂みに隠れて2人の戦いを見守っていた障子たちの前。

 

「なっ」

「なんだ。性格まで俺なのね」

「くそっ!!」

 

そのまま空気大砲を撃てば、障子たちまで巻き込まれる。

両者には気体操作と固体操作の練度の違いがある。

比企谷八幡の雄英での鍛錬を経験したか否かの違いが。

その為、コネクタの固体操作による土壁を破砕する自信があった。

咄嗟に気体圧縮を解除するが、矢のように飛び出したコネクタの突進を防いだ八幡。

そう、防いでしまった。

コネクタの左手による掴みを、右腕で受けてしまったのだ。

 

「ぐっ」

「終わりだろ」

 

コネクタの生物操作による神経が、八幡の腕に入ってきた。

USJでのオールマイトを思い出す八幡。

オールマイトは力ずくでだが、何とか腕を動かすことはできていた。

固体強化による全力の身体強化を図る八幡。

生物操作による強制支配を八幡にかけるコネクタ。

両者の間に強烈な紫電が走り、コネクタは生物操作の手応えのなさに訝しむ。

その電光に目を眩ませる轟、障子たち。

その紫電が自身の中に入ってくる事を、八幡は感じていた。

 

「生物操作を持ってるからか?効きが悪いな」

「持ってねえよ…!」

「は?…俺の、偽物だろ。持ってる……っ!?」

 

コネクタの目に、八幡の左手が入る。

その手に違和感と見覚えがあった。

既に無くしたはずの、二年も前に無くした筈の腕。

何で、と呟くコネクタ。

 

「お前、腕!俺の……複製じゃないのか…!?ドクターの……偽物は…まさか…」

「…!」

 

「比企谷君!皆!!……え!?」

 

「え…」

 

火事の方から、2人の騒ぎに気がついた消火活動中だった雪乃が駆けつけた。

雪乃と目が合う八幡、そしてコネクタ。

戸惑いながら八幡に声をかける雪乃。

そんな雪乃を目にしたコネクタが、事を飲み込む。

そして、ある事実も。

 

「こっちだよ!」

「誰か交戦してるわ!」

「ヒッキー、無事!?」

「爆豪くんたちは…!?え!?」

 

麗日、蛙吹と合流した結衣、戸塚。

その場に駆けつけたのは駆けつけたが、2人の八幡に足を止めてしまう。

そんな2人とヒッキーという言葉を聞いて、コネクタの方は確信を得ていた。

 

「どうなってんの!?ヒッキー!!」

「離れてろ!こいつは個性による偽物だ!」

「…やっぱり、俺が偽物なんだな」

「!!」

 

パッと八幡の右腕を離すコネクタ。

まんまと騙されたわけだ、と息をつく。

 

「すまん。…もしかして、さっきの金髪は…」

「…いや、良い。アイツは絶対取り返す。お前は要らん」

「手伝わなくて良いのか?」

「今のお前が表社会に出ると面倒だから、な。余計な問題招くのが目に見えてる」

「そうか…。悪いな、面倒をかける」

「俺のやった事だろ、お前がやったことってのは…。自分の不始末は自分で始末をつける」

 

トゥワイスの過去に、自分の偽物が反乱を起こしたというトラウマがある。

だが、比企谷八幡の場合はそれは起きなかった。

何故か?

八幡自身が、自分は正しいと思っていない為である。

 

「なあ。その…小町は」

「無事だよ」

「そうか……じゃあ良いんだ」

「あと」

「?」

「…俺も、やることやれてる」

「!! ……そう、か。お前…そこが、俺とお前との違いか?」

「いや?…お前が過去で、俺が未来なだけだろ。とっとと先へ進め、コネクタ。きっと比企谷八幡()に戻れる」

「そうかい。先に苦労して来いよ、お前も」

 

首元に左手を当てるコネクタ。

そのまま強制気絶を自分にかける。

崩れ落ちたコネクタの腹に一撃入れ、コネクタは泥へと戻った。

 

「クソっ…」

 

胸糞悪いものを、と吐き捨てる八幡。

茂みから出てきた障子たちの無事を確認し、同時に涙を流して気絶している緑谷を見る。

その顔を見て、自分達が(ヴィラン)に負けた事を理解する八幡。

 

「ヒッキー?さっきのは…」

「…アレはただの偽物だ。怪我ないか」

「さいちゃんが、刃物でちょっと切っちゃって…」

「ううん、平気。とりあえず服で止血してるし…」

「…由比ヶ浜、雪ノ下。森の消火を頼む。(ヴィラン)は全員逃げた…爆豪を連れて」

「そんな…!」

「ほ、ほんとうに?爆豪君が…!!」

 

爆豪の拉致を聞いて顔を悲壮に歪める結衣と戸塚。

雪乃も同様だったが、それと同時に雄英と八幡の立場が一気に悪いものに転じたと察してしまう。

 

「比企谷君…」

「轟、障子、青山も。怪我した奴を連れて施設へ」

「お前はどうする気だ?まさか、もう爆豪を…」

「いくら何でも無理だ。奴らの居場所がわからん。俺はガスが蔓延していた方に行って生徒を全員回収する。ガスを吸った連中は俺たちでは何もできない。救急隊を待たないと…」

「ガス!?」

 

ガスがあった事を知らない麗日たちや結衣たちが驚くが、それに反応している余裕はない。

ガスが蔓延していた方に足を向ける八幡だが、雪乃に腕を掴まれて止まる。

 

「なんだよ、早くしないと」

「貴方、わかっているの?」

「…」

「もしかしたら、貴方は明日以降…」

「わかってる。…責任は取る」

「…私も、力を貸すわ。私の全てを」

「バカか。お前は今は生徒の安全を」

「そんな話はしていない。そうでしょう?」

「…手、離せ。泡瀬や相模を待たせてる」

 

責任は取る。

その言葉に悲痛な顔をした雪乃。

何が責任。

彼は何も悪くないのに。

全ての元凶は(ヴィラン)なのに。

どうして、何もかもが彼の裏目に回るの。

その言葉は、八幡には伝えることはできなかった。

そして、八幡の今の顔も、目も。

闇夜に消えていく彼を、その手で掴むことはできなかった。

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