民衆は愚直で影響されやすい。
人々の悪意なき悪意を受け止められるのかどうか、耐えられるのかどうか。
各々は渦中の少年を想う。
──ただ、彼はある一点だけを見つめていた。
ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツの宿泊地である山は、雄英高校一年生たちの訓練合宿地となり、そして
生徒たちへの直接的な被害として、
重軽傷者14名。
そして、行方不明1名。
ブラドキングによる通報で消防と警察が宿泊地に到着したのは、通報から15分後。
警察らが到着してからも、八幡と雪乃は忙しなく動いていた。
「この荷台の生徒たち全員が、
「一部の火災は既に消化しましたがまだ半分以上の範囲で燃え広がっています!こちらです!」
大地の荷台に乗せていた生徒たち19名を、救急隊員へ引き渡す八幡。
19名とは別に相模だけは途中で目を覚ましたが、相模もガスをかなり吸ってしまった為、彼女も同じように救急車へ乗った。
更に、重軽傷者のうち特に外傷が酷い緑谷、障子、八百万、泡瀬、戸塚、それからガスの個性持ちのマスタードと戦った鉄哲も救急車に乗せる。
生徒たちの引き渡しを行なっていた八幡へ声をかける轟。
「お前は良いのか?」
「良い。轟も足怪我したろ。ここで受けられる治療なら受けとけ」
「それこそお前は良いのか」
「頬が切れただけだ。こんなのあとでいい。飯田と拳藤が点呼してるはずだ。俺と雪ノ下は省いていいって伝えてきてくれ」
「…わかった」
離れていく轟と行き変わりに、相澤が八幡の元へやってきた。
警察との諸事情の伝達を終えたらしい。
「比企谷」
「
「ああ。無事だった生徒たちも簡単な調書作成は済んだ。今から自宅へそれぞれ警察が護送してくれる」
「…ワイプシの方々は」
「ラグドールが行方不明。ピクシーボブも病院へ搬送された」
「ラグドールが…!?」
あの脳無が持っていたヘッドギアはラグドールのものだったのだ。
行方不明、ということはやはり拉致されたのだろう。
ラグドールと爆豪、そして八幡を狙っていたのだろうか。
「雪ノ下はどうした」
「今、消防と協力して森の鎮火に当たっています。あと雪ノ下には警察が事情聴取を行いたいと。生徒扱いではなくヒーロー扱いですね」
「お前は?」
「…俺も事情聴取をされます。まだ任意同行ってのは、言われてません」
「…」
今回の襲撃に関して、何故この地に雄英生たちがいると
合宿に関して、場所を知っていたのは雄英教師とワイプシのみ。
後は実際に合宿地に来た雄英生たち。
その中で最も怪しい人間はだれかと問われたら、一度
まだ警察らはこの合宿地の検分や事後処理に奔走していて、容疑者捜索の段階には至っていない。
今回の襲撃で、雄英側に
そもそもUSJ襲撃事件時点で、オールマイトが担当するはずだった1年A組のヒーロー基礎学が、あの時間USJで行われているというのもバレていたのだ。
万が一だが内通者がいるかもしれないという懸念は、今回の襲撃で核心へと変わった。
その第一容疑者に挙げられるのは、十中八九比企谷八幡である。
「お前は、読心や虚偽審判の個性でシロだと判定されたはずだが」
「勿論そりゃそうですが……わかってるでしょ。本人に自覚がなくても何かしら細工をされているかもしれない。俺が疑われてるのはまあまあ納得しますよ」
「…」
「とりあえず、再度襲撃がないか今夜は徹夜で備えですかね。先生らはどうするんです」
「俺たちも調書を取られる。警察署だな。その後は雄英と連携をとり、生徒のメンタルケアと今後の対応を行う」
「そすか」
「お前は、調書の後はどうする気だ」
「…」
相澤の問いには答えず、八幡は相澤の目を見返す。
言うまでもなく、言われるまでもない。
雄英教師である相澤が生徒である八幡に、
彼は、ヒーローなのだから。
──────────
消化活動と調書作成を終えた雪乃は、警察と生徒たちが集まる捜査拠点となっているまたたび荘に戻ってきていた。
時刻は深夜2時頃。
雪乃が戻ってきたことに生徒たちが気が付き、荷物をまとめて身支度をしていた生徒の中から結衣が雪乃の元へ走ってきた。
「ゆきのん、ヒッキーは!?」
「今、警察から調書を取られているわ。貴方たちは帰る準備はできたのかしら?」
「今やってるとこ。…ねえ、優美子や姫奈は…」
「…B組の生徒たちは、拳藤さんと小大さん、物間君、鉄哲君、泡瀬君、相模さんを除いて全員がガスの被害に遭ったわ。意識が戻った相模さんや重傷の泡瀬君も含めて、全員病院へ搬送された」
「そんな……!あたし!あたしも病院に!」
「駄目よ、一度自宅へ帰る必要があるわ。雄英と警察の方には生徒を自宅へ安全に返す義務がある」
「ゆ、ゆきのんは!?ヒッキーだって…」
「私たちは立場が違う。勿論生徒として扱われることもできる。けれど、ヒーローとして私たちは動くわ」
その言葉で動揺する結衣。
甘かった。
ゆきのんがヒッキーのそばにいるから、焦る必要はないと思っていた。
甘かった。
こんなにも早く、戦える立場にない事に無力さを感じるなんて。
「……無理、しないでね」
「わかってるわ」
「ゆきのんも、ヒッキーもだからね」
「ええ」
悔しさと悲しさが入り混じった表情で雪乃と別れようとする結衣。
そこへ焦った様子で切島が駆け込んでくる。
「雪ノ下!爆豪は!?アイツの居場所は!!」
「まだわからないわ、落ち着きなさい。貴方達に今できることは、早く家へ帰って保護者の方々に元気な姿を見せることよ」
焦りを見せる切島に、雪乃は冷静に切り返す。
何もできなかったと自覚している切島は、雪乃の言葉で多少落ち着く。
仮免もない切島も結衣も、いくら気が逸ったところでできることは何もない。
けど、それでも救けたい。
何かをしたい。
「…下手なことは考えないことね。貴方たちだけではなく、雄英も立場を更に悪くすることになる」
「え?雄英もって…」
「…今にわかるわ」
──────────
翌日、合宿地最寄りの庵木総合病院。
昨夜未明に自宅へ戻った切島。
無事であり入院の必要がない生徒は、雄英から待機を命じられていた。
しかし、雄英からの沙汰を待つということが出来なかったが為に、庵木総合病院へせめてみんなのお見舞いに行こうと自宅を朝早く出たのである。
病院は警察関係者が護衛を務め、駐車場にもパトカーが数台停まっており、物々しい雰囲気に包まれている。
(みんな、目ぇ覚ましたかな…)
病院受付でA組の緑谷、耳郎、葉隠、八百万の病室番号を尋ね、そのままエレベーターへ向かう。
しかし、エレベーターに着く前に見覚えのある特徴的な濃い赤と白の髪型の少年の後ろ姿を見つけて驚く。
「あー!?轟なんでいんの!?」
「お前こそ」
「俺ァ…その…なんつーか…家でジッとしてらんねー…つうか…」
「………そっか。俺もだ」
二人して黙ってエレベーター前で待つ。
爆豪を目の前で奪われた轟、施設で何もできずに事件が過ぎるのを待つしかなかった切島。
両者事情は違えど悔しさは同じ。
エレベーターが1階に降りてきて、扉が開いた。
だが、そこでまたもや知り合いと出くわす二人。
目の腐ったアホ毛の少年とテレビで何度か見たセミロングの美女。
「比企谷!!?」
「…と、サンアイズ?」
「大声出すな…」
「ん?比企谷君のお友達?あ、友達のお見舞いね」
とりあえずエレベーターから出ようとする八幡。
だが、なぜか陽乃にエレベーターから出る前に肩をつかまれる。
「なんですか」
「せっかく友達と会ったんだもん。一緒にお見舞い行きなさい」
「いや、その」
「エレベーターの中で立ち往生は感心しないぞ♪」
「貴女が普通を語りますか」
「わかってないなあ、普通も出来るから特別も出来るんだよ?」
優雅な外向け用の笑みを切島と轟に見せつつ、エレベーターから二人の横をすり抜けて出る陽乃。
陽乃に聞こえるように溜息を吐いて、八幡はエレベーターのドアを開くようにボタンを押す。
「早く乗れ」
「お、おう」
「先に八百万のとこに行くぞ。アイツは目を覚ました」
「え!?本当か!」
二人が乗ってからドアを閉める。
エレベーターが動き始め、切島が1秒も待てない気持ちを紛らわす為に八幡に声をかける。
「比企谷、いつからここに来てんだ!?」
「昨日からずっといるよ」
「え!?」
「今の俺が下手に動くとまずいだろ。昨日までは虎と一緒にいたんだ。目を覚ましたピクシーボブと一緒にもうまたたび荘に戻ったけどな」
「…お前の護衛役にサンアイズは来てくれたのか」
「一応、そうなる…。後はお目付役だな」
「お目付役?」
切島の疑問には答えず押し黙る。
直接的な被害はもちろん出していないし、むしろ生徒達の命を何度も守って
警察は彼のことを守ってはいる。
だが、警察だけではなく虎や陽乃のようなプロヒーローを八幡の傍に置いているのは、八幡が
そのことは口に出さない。
教える必要はないし、教えたところで切島も轟もそんなことないと言うだけだ。
彼らのお人好し度合いは、この短い数ヶ月の付き合いでもうわかっている。
「…もう着くぞ」
「お、おう。…なあ、緑谷たちは…」
「緑谷は何度か目を覚ましてる。けど、熱が引かなくてな…意識なんてほとんどないような物だ。…後の葉隠と耳郎、B組もまだだ。戸塚、障子、相模、泡瀬、鉄哲は自宅へもう送られた」
「もしかして、みんなのことが心配で、おめえ…」
「…ヒーローなのに、守れなかったからな」
切島の問いに、単なるヒーローとしての義務感だと答える八幡。
傍で話を聞いていた轟は、八幡の掌に絆創膏が何枚か貼られているのを見つけた。
昨日の
(…比企谷)
八幡の悔しさの痕には触れず、エレベーターを降りる轟。
そのまま八百万が入院している病室へ三人で向かう。
「しかし、一度顔見せたのに…戻ってきてなんか変な感じだな。しつこいとか思われそう」
「何言ってんだよ、何回でも見舞いに行きゃ良いじゃねえか!俺だってお見舞い何度も来たら嬉しいぜ」
「俺は中学入学時とこの前の体育祭後に入院したけど、全部合わせてお見舞い来たのは小町の一回だけだけどな」
「ええ…」
小町と直接会ったのが一回のみというのは本当だが、中学時は結衣が来て小町が対応、体育祭後は面会謝絶だった為に誰とも会えなかったので誰が来ても同じである。
「あそこだ」
「扉開いてるな」
「さっきオールマイトと塚内警部ともすれ違ったからな。来てんだろ」
「オールマイトが?」
病室に近づくと、八百万とオールマイト、塚内警部が何か話している。
三人して何故かそろりと戸の開いた病室を覗く。
ベッドに座ったままの八百万が、何かのデバイスを持ってオールマイトたちに説明していた。
(アレは…)
「B組泡瀬さんに協力いただき、
ハッとする三人。
八百万の言葉で、泡瀬が取り付けたボタンが発信機であったことを思い出す八幡。
やはり、八百万はあの時点で爆豪が攫われたものと予想していたのだ。
同級生の機転に舌を巻き、そして心中で感謝する。
そのまま八幡は轟と切島を置いて病室に入る。
「俺も連れて行ってください」
「!」
「比企谷少年!?」
「比企谷さん…!」
オールマイトと塚内警部の前まで行き、頭を下げる。
「お願いします。俺はそれなりに戦力になるはずです」
「待ちたまえ。君は
「それを言ったらオールマイトもでしょう」
「オールマイトはNo.1ヒーローだ。確かに
「知らなかったんですか?自分も、ヒーローなんですよ」
八幡の参戦に反対する塚内警部に対し、即時に言葉を返していく。
何がなんでも戦いに参加するつもりの八幡に、塚内警部は嘆息しながら決定的な反対材料を口に出す。
「…君は疑われているんだ。わかるだろう」
「塚内君、それは…!」
「この子は聡い子です。全部わかってるはず。君に作戦参加の許可は出せない。何故かはわかるだろう、君に信用がないんだ。2年もの間
「塚内君!!」
オールマイトの鋭い声が、塚内の言葉を阻んだ。
オールマイトの背後の八百万、そしてオールマイト達は知らないが病室の外の轟と切島も、塚内の言葉を聞いている最中だ。
塚内が今からしようとしていた話は、生徒に聞かせるようなものではない。
八幡は毅然とした態度で、塚内の目を見返す。
「…俺を参加させないなら、無理矢理八百万を脅してその受信デバイスを作ってもらいます」
「!?」
「ひ、比企谷さん…」
「んで一人で行きます。それをされる方が困るんじゃないですか」
「…君は、その言葉を聞いてここで拘束されると思わないのかい?」
「貴方に出来るとでも?そして、オールマイトがそれをやるとは思えませんがね」
八百万を脅すというのは八幡の嘘でありハッタリである。
彼にそんなことはできはしない。
むしろ、八百万が八幡を
だが、人を納得させる為になんでも使うのが比企谷八幡である。
「…」
「俺を一人で行動させない為に、オールマイトが俺を抑えるってのもまあ理解はしますよ。ただ、こちらも全力で抵抗します」
「…本当に、こだわりがないようで我が強いね」
「ええ、知ってます」
「私が受け持った生徒の中で過去一捻くれてるよ」
「あんたカンペ必須の新人教師でしょ」
「はっはっは、マイトジョークさ!…わかった、作戦に参加してもらうよ」
「オールマイト…!」
塚内がオールマイトを見るが、彼の目も諦めがついた様相をしていた。
八幡の意志の固さと、その強さを彼も知っているからである。
ただし、と言葉を連ねるオールマイト。
「君は後方支援だ。やるとしても
「ええ。基本はそうしますよ」
基本は。
そう言ってニタァと笑う八幡。
言い換えると緊急時は是が非でも前に出るということだ。
その表情に、早まったかもしれないと冷や汗をかくオールマイト。
「比企谷さん…」
「八百万、助かる。あん時のお前の判断で俺たちは動ける。後は療養してろ」
「…はい」
「…要らねえことは、すんなよ」
「!」
八幡は八百万を見てから、病室の出口を見る。
そこには、既に轟と切島の姿はなかった。
舌打ちする八幡を不思議そうに見るオールマイト、塚内。
スマホを取り出し、メッセージ画面を開いた。
──────────
八幡はオールマイトと塚内と別れ、緑谷、葉隠の病室を再度訪ねたが、やはりまだ目を覚ましていなかった。
緑谷は重傷から、葉隠はガスの過度の吸引から、共に意識を戻していない。
入院したB組も全員未だに目を覚ましていない。
途中緑谷、葉隠、八百万の母親と出くわしたが、言葉を二、三交わしてそのまま別れた。
八幡から言えることは、守れなかったことに対する謝罪のみ。
後は気休めにしかならない。
緑谷と葉隠の母親は2人とも八幡からの謝罪を受け取り、そして2人とも救けてくれてありがとうとだけ言ってくれた。
(俺は救けてない。救けられてない…)
残る耳郎の病室へ向かう。
道中で切島と轟を探したが、やはり見つからなかった。
恐らく八百万の下へ行っているのだろう。
一応対策はしたが、やはり彼らも動くだろう。
「…バカな奴ら」
そう言う八幡が、先ほど自分が全く同じ行動を取ろうとしていたことは捨て置く。
耳郎の病室へ着き、一応扉をノックする。
すると、中から誰かの返事が聞こえた。
まさか、と扉を開く。
「! 貴方は…」
「比企谷君…」
ベッドの上で眠る耳郎、その傍らに耳郎の母親が椅子に座っていた。
確か耳郎美香という名前の、授業参観時に会った人だと思い出す。
「娘のお見舞いに来てくれたの?」
「……出直します」
「いいの、こっちへ来て」
「さっきも来たんで」
「お見舞いなら何回来ても嬉しいものよ」
「…はい」
切島と同じ事を言われ、病室へ入る八幡。
耳郎のそばまで歩み寄るが、やはり彼女はまだ目を覚ましていなかった。
「お医者様から、もう一日程度で目が覚めるだろうって」
「それは、よかったです」
「貴方が、響香や他の生徒さんたちをガスから救い出してくれたんですってね。ありがとう」
「結果的に、皆まだ昏睡状態です。…俺は誰も救えていない」
「そう自分を責めないで。貴方は精一杯やってくれた」
「…」
俯いて黙る八幡。
そんな彼を、耳郎の母親も黙って見ていた。
15歳、娘と同い年の少年。
それなのに、もう立派なヒーローだ。
救えなかったと嘆き、己の無力さを噛み締めて自責の念に駆られている。
何か慰めてあげたいが、きっと何を言っても聞きはしない、と首を振る。
せめて話題を変えようと、ある物を取り出す耳郎の母親。
「あの、比企谷君。このハンカチ、誰のかわかるかしら?」
「え…」
「眠る響香がずっと握ってたの。うちの子のものじゃなくて、誰かの借り物だと思うんだけど…」
それは、八幡が合宿二日目夜に耳郎に貸したハンカチだった。
耳郎がずっと握っていたせいか、くしゃくしゃになっている。
耳郎の言葉を思い出す八幡。
『…あんたに守られて、死なれたら……ウチ…もう、どうしていいかわかんないよ…』
「せっかくだし、洗って返そうって思ったんだけれど。ね、誰のかわからないかしら?」
「…すみません、本人に聞いてください…」
「そうね。ごめんなさい」
「いえ」
ハンカチが自分のであるとは伝えず、謝る。
死んでも守る。
そうだ、それこそが自分の責務。
受け入れてくれた場所を、彼らを守る。
あと1人、救けなければいけない人間が残っている。
そして、それと同じくして、やらなければならないことが残っている。
「すみません、もう行きます」
「ええ。ありがとう、救けてくれて」
「いや、その…」
「貴方は私の娘を、友達を救けたの。お願いだから謝らないで。完璧な人間なんていないし、完璧なことなんて出来ない。でも、完璧を目指すことはできる」
異変発生に気づいてから、比企谷八幡──ノーアームズは真っ先にまたたび荘から飛び出し、ガスの元へ向かったと耳郎の母親は聞いていた。
飛行出来る彼が一番施設から遠い所へ向かい、ガスを晴らしながら救助活動にあたったと。
ほぼ正解の動きをしたとも警察から説明を受けていたのだ。
「立派よ、本当に。ありがとう比企谷君。娘が目を覚ましたら、きっとありがとうって。そう言ってくれるわ」
「…」
「だから、胸を張って。ね?」
「…はい」
耳郎の母親の笑顔が眩しかった。
くるりと2人に背を向け、病室を出ようとする。
「まだやり残したことが二つあるんで。それ終えたら……」
「え?」
「…いえ。失礼します」
そのハンカチを受け取りに来ます、とは言えなかった。
少し恩着せがましいと思ったのと、どう転んでも恐らく戻って来れないだろうと思ったからである。
一つは爆豪の救出。
もう一つは。
病院を出ると、オールマイト、塚内警部、そして陽乃が八幡を待っていた。
「お待たせしました」
「んん、どうしたの?顔に今から戦いに行きますって書いてあるよ」
「茶化さないでください」
「否定しないんだ?」
「貴女がそう見えるならそうなんじゃないすか」
「へえ…」
物珍しそうに八幡を見る陽乃を無視し、塚内警部に身体を向ける。
「いつですか?」
「今日緊急のチームアップ要請をかける。場所は神奈川県だが、詳細な場所は君に伝えることはできない。明日、戦闘準備を終えたら雄英前で待機していてくれ。迎えを出す」
「すっぽかすとかはやめてくださいよ」
「しないよ、そんなこと。それをやったら君だけ飛び出すだろう?」
苦笑いする塚内だが、少しやろうかなと思っていただけにどきりと胸を鳴らした。
「ヘッドホンとアイマスクを装着してもらって、情報は君にはほとんど伝えない。作戦は全て決まってから直前に伝える。…異論あるかい?」
「ありません」
「良かった。では明日、待ってるよ」
──────────
翌日、夕方。
雄英近くの喫茶店前で八幡はベストジーニストからもらった第二のコスチューム、コスチューム:デニムを身に纏ってパトカーの出迎えを待っていた。
本来なら校門でパトカーの迎えを待つべきなのだが、やはりマスコミが今は校門前に陣取り、雄英から少しでもコメントをもらおうと出待ちしているのだ。
彼のそばでは、平塚、小町が彼を見送ろうと同じように喫茶店まで来ていた。
3人揃って校門以外の壁を越えて雄英を出入りし、マスコミを回避して雄英の外に出ることに成功していた。
ちなみに平塚は今夜の出動が爆豪救出のためのものと根津から聞いて知っていたが、小町は守秘義務の観点からそれを知らされていない。
「お兄ちゃん、無茶しないでね。こんな時にチームアップなんて…」
「しねーよ。適当にヒーローしてくるだけだ」
「そーゆー返しは小町的にポイント低い。マイナスだよむしろ」
「比企谷、わかってるな。感情的になるな、捨て鉢にもなるな。…無事に帰ってこい」
「はい」
振り向かずに返事をする八幡に、平塚は悔しそうに拳を握る。
今の雄英は合宿襲撃の保護者対応と対外対応に追われ、ヒーローを誰も今作戦に出すことはできない。
特別にオールマイト、そして雄英雇われ教師ではなく
「こんな時に雪乃さん、どこ行ったんだろ…」
「病院に見舞いでも行ってるんだろ。放っとけ」
雪乃がこの場にいないのは八幡のせいでもあるのだが、それは口に出さない。
雪乃には八幡から一つ頼み事をしたのだ。
次第にパトカーが来て、ヘッドホンとアイマスクを装着の元、八幡はパトカーに乗った。
車に揺られながらしばらく待つ。
一、二時間は経っただろうか、肩を叩かれてアイマスクとヘッドホンを取り、パトカーを降りる。
降りた目の前には一つのビル。
神奈川県だということは事前に知っていたが、確かにこれならここがどこかはわからない。
警察官案内の元、警察署らしきビルへ入ってエレベーターを上がる。
目的の階にたどり着き、会議室らしき部屋へ案内され、扉をノックする警官。
「ノーアームズをご案内します」
『了解です、中へどうぞ』
警官の案内で会議室へ入り、会議室に既に揃っていた面子を見る。
No.1ヒーロー、オールマイト。
No.2ヒーロー、エンデヴァー。
No.4ヒーロー、ベストジーニスト。
No.5ヒーロー、エッジショット。
No.10ヒーロー、ギャングオルカ。
他にも期待の大型新人のシンリンカムイ、Mt.レディ、未だ十代のサンアイズ。
更にはワイルド・ワイルド・プッシーキャッツの虎、までいる。
他にも八幡が見たことないヒーローが多数。
(トップ10にいるヒーローが5人も…!)
顔ぶれを見て、今作戦の本気度を理解する。
爆豪救出だけではない、
ミルコは都合がつかなかったことに、少し残念に思う八幡。
普段はかなり彼女から雑な扱いを受けているのでアレだが、ミルコは本当に強い。
その実力を知っているために、今回は居て欲しかった。
逆にヒーロー側は、渦中の少年の登場にオールマイト以外は驚きを隠せなかった。
声と炎を荒げるエンデヴァー。
「八幡!?何故貴様がここにいる!」
「いや、まー…色々ありまして」
「ノーアームズ…」
「彼が…そうか」
一気に注目の的になったことに居心地の悪さを感じ、とりあえず塚内にスマホだけ渡しておく。
「作戦終了時に返すよ」
「どーも。検分してもいいっすよ」
「なんだ。わかってるなら、遠慮なくやらせてもらおう」
八幡が如何に疑われていることに慣れているかを感じ、部下の三茶にスマホを渡す。
モニターの前へ立ち、ヒーローたちに呼びかける塚内。
「全員揃ったようだ。錚々たる顔ぶれが集まってくれた。作戦会議を始めよう!」
「待ってくれ」
開始の号令をかけた塚内に、エッジショットが水を差す。
エッジショットの目が八幡を見抜いていた。
「彼を本当に作戦に参加させるのか」
「…」
「彼はまだ子供だ。ヒーロー資格を得ているのはわかっている。だが、今回は話が変わるだろう。相手は
「エッジショット、それは…」
「それとも、不安定な立場の学徒の手を借りなければならないほど、我々の陣営は頼りないか?」
「連れて行ってくれないなら暴れると癇癪起こしたのは俺です」
キッパリと言い切る八幡。
なんとかその場を取りなそうと言葉を選んでいた塚内、なんと言葉をかけようかと考えていたオールマイトもあんぐりと口を開ける。
それを言ったらダメだろう。
ほとんど脅迫に変わりない。
「…君は、その意味をわかっているのか?」
「…」
「今の君はプロ失格だ。実力と態度に自信がないから、別の手段を用いて作戦に参加した。君は今そう宣ったのと変わらんぞ」
「事実です」
「…何故そこまでして参加する必要がある?」
「今回、自分はまだ役目を終えていない。だから作戦に是が非でも参加したい。それだけですよ」
「役目だと?」
「生徒の護衛、そして襲来した
もちろんそれだけではないが、そんなことはおくびにも出さない八幡。
逆にエッジショットは、八幡の中のヒーローとしてのプロ意識を実感する。
彼は明らかにプロとしてヒーロー業を全うしようとしている。
作戦参加に難航を示されることも当然予想していただろう。
それでもここに来たのは、やはり強固な意志のなせる業。
後始末をまったく考えていないやり方なのは問題だが、と逆に呆れてしまったが。
「…わかった。だが、やはり前線に立つのはお勧めしない」
「そこは塚内警部にも言われてます。後方支援ですかね」
「それと、周囲の人間に理解を得られるよう、努力しなさい。塚内警部を庇ったのはわかるが、もう少し自身を省みなさい」
「別に自己犠牲とかじゃないですけど」
「否定することはない、ヒーローらしいぞ」
「はぁ…」
八幡のやり口をあっさり見抜いたエッジショットは、話は終わったと塚内を見遣る。
塚内もその意図を汲み、頷いた。
「ああ、僕としてもそれさえわかってくれているなら良いんだ。君は脳無格納庫の方へ回ってもらう」
「格納庫…」
話を聞く姿勢になるべく、会議室の端へ寄る。
すると、エンデヴァーが八幡の方へ近寄り、話しかける。
「頬を怪我したのか」
「かすり傷ですよ」
「弛んどるな。近いうちに俺が鍛え直してやる」
「…そっすね」
エンデヴァーの言葉に、八幡は素直に応えた。
いつもの彼ならめんどくさそうに口応えをする筈。
八幡のいつもとは違う様子に、エンデヴァーは訝しむ。
そんな2人に寄る陽乃。
「じゃ、後はよろしくね」
「…参加しないんすか」
「この後用があってね。かなり時間を押してるの。今日のごく僅かな時間に来たのはまさしく君のため。君に関する資料を届けに来たの」
「んなもんメールでいいでしょ」
「私見を求められたのよ。君に関するね」
「…迷惑かけて、すみませんね」
「そう思うんなら、またちゃんと返してね♡」
そう言って陽乃は会議室を忙しなく出て行った。
本当に暇がなく忙しいらしい。
さて、と作戦会議に際して八幡はヘッドホンを再びつけようとする。
だが、塚内は八幡に声をかける。
「君の素性は聞いたよ。公安から全ての情報を取り寄せた」
「!」
「とりあえず、作戦会議には参加してくれ。君の知恵と奴等に関する知ってることを教えてくれ」
「…了解です」
「スマホ、返そうか?」
「いや、特に必要ないんで……あ」
雪乃に頼み事をしていたことを思い出す八幡。
だが、どうせ作戦中では連絡は取れはしない。
それに、流石にそこまで切島や轟たちはバカではないはず。
自分のことを棚に上げて頷き、作戦を聞き始める。
運命の時間まで、あと少し。
──────────
時はほんの少しだけ遡り、庵木総合病院前。
轟と切島は、八百万を待っていた。
最も、八百万が発信機の受信デバイスを創ってくれなければ爆豪の元に辿り着くことはできない。
つまり八百万の意思次第である。
同様に切島と轟は緑谷にも協力を要請していた。
A組で一番重傷だったが、リカバリーガールの治癒のもと動けるくらいには回復していた。
そんな病み上がりとも言える緑谷をわざわざ誘ったのは、爆豪の幼馴染みにして目の前で奪われた悔しさを、切島たちが慮った為。
そんな2人が来るのを、切島と轟は待っていたのだ。
「八百万…考えさせてくれっつってた………どうだろうな」
「まァ…いくら逸っても結局あいつ次第……」
「お、来た」
病院から出てきた八百万。
親が持ってきてくれた服に着替え、手に小さな鞄を持っている。
しかもその後ろには、傷の手当て跡が生々しく残る緑谷の姿もあった。
「…!」
「緑谷……」
やっぱり来てくれた、と切島。
緑谷は来てくれるだろう。
なら、後は八百万のみ。
「八百万、答え……」
「私は──…」
「待て」
「!」
「飯田」
切島と轟の後方に、飯田が立っていた。
しかも何故か更に後ろに雪乃までいる。
「雪ノ下…!?な、なんでここに」
「お前…雄英にいたんじゃ」
「そうね。とりあえず、飯田くんから話があるんじゃないかしら」
今日昼間、一部の生徒たちを除いたA組は緑谷たちのお見舞いに来ていた。
その一部の生徒たちというのは、行方不明の爆豪、見舞われる側の葉隠たち、そして雄英でメディア対応に協力していた雪乃、連絡が取れなくなっていた八幡である。
つまり、雪乃はお見舞い時に切島たちが出した爆豪救出の件は知らないはず。
それが何故か爆豪救出決行直前の彼らの前に、飯田と共に来ている。
だが、雪乃よりも前に飯田が切島たちの前に出た。
「…何でよりにもよって、君たちなんだ…!俺の私的暴走をとがめてくれた…共に特赦を受けたハズの君たち二人が…っ!!!」
飯田が緑谷と轟を睨む。
ステインとのことね、と雪乃。
緑谷、轟、飯田がヒーロー殺しを撃退し、ヒーロー資格未取得者の立場で
「何で俺と同じ過ちを犯そうとしている!?あんまりじゃないか…!」
「何の話してんだよ…」
切島が訳の分からない話をする飯田に問いただそうとするが、それを轟が止める。
話を聞かなければ、と思っているのだ。
「俺たちはまだ保護下にいる。ただでさえ雄英が大変な時だぞ。君たちの行動の責任は誰が取るのかわかってるのか!?」
「飯田くん違うんだよ。僕らだって、ルールを破っていいなんて…」
飯田の厳しい問いかけに取りなそうとした緑谷の頬に、飯田の拳が突き刺さった。
鈍い音がその場に響く。
あの真面目で皆のことをいつでも考えている飯田が、緑谷を殴ったのだ。
「俺だって悔しいさ!!心配さ!!当然だ!!俺は学級委員長だ!クラスメイトを心配するんだ!!爆豪くんだけじゃない!!君の怪我を見て、床に伏せる兄の姿を重ねた!!」
飯田の兄、ターボヒーローインゲニウム。
ステインに襲撃を受けた彼は、未だ病床に伏せている。
最も誇らしかった兄と、親友である緑谷。
両者共にボロボロで、ベッドに眠る姿を見て、緑谷ももう起き上がらないんじゃないかと懸念してしまったのだ。
「君たちが暴走した挙句、兄のように取り返しのつかない事態になったら……っ!!僕の心配はどうでもいいっていうのか!!僕の気持ちは……どうでもいいっていうのか……!」
「飯田くん…」
飯田の姿を見て、雪乃は似たようなことがあったわねと思い出す。
だが、雪乃たちは乗り越えた。
危険や悪意に飛び込もうとするなら、一緒に行くまで。
そして止める、守る。
そのために、雪乃は今日ここへ来たのだ。
「飯田。俺たちだって、何も正面きってカチ込む気なんざ、ねえよ」
「……!?」
「戦闘なしで救け出す!要は隠密活動!!それが俺ら卵の出来る…ルールにギリ触れねえ戦い方だろ」
轟と切島の言い分を聞いて、そんなことだろうと思ったと雪乃。
後は八百万次第だが、八百万も決意の顔で賛同する。
「私は轟さんを信頼しています…が!!万が一を考え、私がストッパーとなれるよう…同行するつもりで参りました」
「八百万くん!?」
「八百万!」
「僕も…自分でもわからないんだ…。手が届くと言われて…いてもたってもいられなくなって…救けたいと思っちゃうんだ」
「……平行線か…」
八百万も、緑谷も完全に行く気だった。
説得はできないと判断した飯田、雪乃。
目を瞑って少し逡巡し、飯田は決意したように目を開ける。
「──…ならば…っ、俺も連れて行け」
「!?」
「すまない雪ノ下くん」
「…全く、あの男の無理をするところが移ったのではと勘繰りたくなるわ」
「飯田、どうして…」
「俺は君たちが無茶をしない為に、監視について行く!少しでも危険を感じたら即座に止めるからな」
「私もですわ」
「飯田くん、八百万さん…ありがとう」
「んで、雪ノ下はどうしてここに…?」
切島の問いに、呆れたように溜息を返す雪乃。
「比企谷くんと…由比ヶ浜さんに頼まれたのよ。ヒーロー資格を持つ人間が近くにいれば、いざという時貴方たちを庇えるでしょう」
「比企谷と由比ヶ浜!?」
「由比ヶ浜さんはまだわかるけど…なんで比企谷くん!?」
結衣は切島たちと同じように緑谷たちのお見舞いに来ていた。
だから切島たちの爆豪救出話をもちろん知っている。
だが、何故かあの場にはいなかった八幡もそれを察していた。
「そうか…昨日の時点で、俺たちの行動を予測してたのか」
「あ、八百万ん時の…」
「言っておくけれど、本来の私の立場なら、貴方たちを今この時点で実力行使で留め置くべきなのよ。それをしないのは、貴方たちの気持ちもよくわかるから。それだけ」
「…!」
雪乃の言っていることを理解する緑谷。
2年前、比企谷八幡が誘拐された際のことを言っているのだ。
「もし
「は、はい」
「…なあ、由比ヶ浜が来ないのはわかるんだけどよ…。比企谷はどうしたんだ?アイツに力借りたかったんだけど、全然連絡取れなくて…」
「彼は狙われてるのよ。
「それもそうか…。悪いこと誘っちまったな…」
雪乃は今夜のヒーローたちによる
それもそのはず、作戦参加者以外で今のところ作戦を知っているのは、八幡の書類上の保護者である平塚、作戦協力者の根津と陽乃のみ。
知っていたらこの時点で彼らを止めている。
──────────
「それで、今からどうするのかしら」
「まずは駅へ。神奈川県横浜市神野区へ向かいます」
八百万の案内の元、神野区へ向かう一同。
神野区へ着いたのは夜10時頃。
発信機が示す位置は、駅からもう少し離れた位置にある。
「ついた!神野区」
「この街のどこかに奴ら潜んでんのか」
「人多いな」
流石に横浜、人通りが多い。
さてどうする気かしら、と緑谷たちを見回すと、切島が走り出すところだった。
「さァどこだ八百万!」
「お待ち下さい!」
「…」
「ど、どうしたの雪ノ下さん」
「呆れてるのよ」
こういう猪突猛進さは八幡にも結衣にもなかった。
もう疲れたわ、と肩を落とす雪乃。
今度八幡にはこの借りをきちんと返させようと心に決める。
まだ八百万が切島を諌めたから良かったものの、あのままだと止めるのは雪乃の役目だったであろう。
「ここから先は用心に用心を重ねませんと!私たち
「うん、オンミツだ」
「同感ね。というか、何故そのままで行けると思ったのかしら」
「いてもたってもいられなくてよ…悪りぃ」
「しかしそれでは偵察もままならんな」
「そこで私、提案がありましてよ!?」
ソワリソワリとした八百万の指差す先には大手安売り雑貨店鈍器.大手。
雪乃が不思議そうに首を傾げる。
「何かしらここ」
「え?」
「何を売っているところなの?」
「えー…」
雪乃の問いに答えられない切島、緑谷。
というよりも、ドンキを知らないことに驚いている。
八百万と同じくして、どことなくお嬢様な感じが漂っていたのは分かっていたが、そもそもドンキを知らないとは思わなかった。
「比企谷くんや由比ヶ浜さんと来たことあったり…しない?」
「しないわね。…そういえば、中学の頃は買い出しは彼らに任せていたわ」
「…」
雪乃のこういう世間知らずなところも含めて、買い出しに行っていたんだろうなと切島は二人の苦労を思う。
かくしてドンキへと入っていき、全員で小物や服を買って変装を行った。
緑谷はチンピラ、切島は角が生えた異形型の一般人、飯田は客引き、八百万はホステス、轟はホスト。
そして雪乃は何故かこれまた黒髪ショートのホスト姿である。
「なる程変装か」
「ちげえ、もっとアゴをクイクイやんだよ」
「オッラァ!」
「雪ノ下さん、男装似合いますわね…」
「中学の時にやったもの」
「そういう話なのだろうか…?」
「ほら、飯田もやるんだよ」
「パイオツカイデーチャンネーイルヨー!!」
「何の呪文かしら…」
全員、一目では緑谷たちだとはわからないくらいには変装ができていた。
これならすぐに
向こうもいきなり怪しいと見ただけでイザコザを起こすような真似はしないはずなのだから。
それはそうと、轟がふと疑問に思ったことを八百万に問いかける。
「八百万…“創造”で作ればタダだったんじゃねえか?」
「そそソレはルール違反ですわ!私の個性で好き勝手に作り出してしまうと流通が…そう!国民の一人として…うん、回さねばなりませんもの!経済を!」
「そうか」
「一理あるわね」
(ドンキ入りたかったんだなこのピュアセレブ)
八百万の慌てた言い訳に納得する轟と雪乃。
その時、自分達を表す言葉が飛び込んできてギクと固まる一同。
「お?雄英じゃん!!」
(!? バレ…)
「オッ、オッラ……!?」
苦し紛れのチンピラ口調で振り向く緑谷。
雄英と発言した大柄なサングラス男の視線は、巨大な街頭テレビに向いていた。
テレビに映っていたのはスーツ姿の根津、相澤、ブラドキングの3名。
(相澤先生…!)
テレビの音声に耳を傾け始める。
『──では、先程行われた雄英高校謝罪会見の一部をご覧下さい』
「謝罪会見…!?」
「…」
雪乃も緑谷たちと同じように黙って見守る。
ヒーローには責任が伴う。
それは雄英高校教師でも同じこと。
彼らが行う謝罪会見は、合宿で
相澤が口火を切る。
『この度──我々の不備からヒーロー科1年生33名に被害が及んでしまった事。ヒーロー育成の場でありながら敵意への防衛を怠り、社会に不安を与えた事。謹んでお詫び申し上げます。まことに申し訳ありませんでした』
言葉と共に頭を下げる相澤たち。
相澤はいつもの髭を剃って髪を後ろにまとめ、緑谷たちが初めて見る外面用の格好だった。
「メディア嫌いの相澤先生が…」
『NHAです。雄英高校は今年に入って5回、生徒が
メディア側の質問は、明らかに雄英を民衆の敵意に充てるもの。
雄英は確かに国内トップのヒーロー育成の場ではあるが、失敗したらそれまで。
寧ろ数字が取れる、とメディアが群がるのはごくごく普通のこと。
記者の質問に根津が答える。
『周辺地域の警備強化、校内の防犯システム再検討。“強い姿勢”で生徒の安全を保証する……と説明しておりました』
「は?」
「守れてねーじゃん」
「何言ってんだこいつら」
一人の発言を皮切りに、その場にいた人々から敵意と悪意が蔓延していく。
敵意と悪意と言っても、大層なものではない。
ただ、攻撃して良いとわかった弱者たちによる暇つぶしと軽い正義のつもりの口撃。
「変わらないわね、どこも…」
「雪ノ下?」
「人間なんてこんなものよ。弱いから、不必要に削り、叩く。バカな連中だわ。そしてオールマイトのような人物を輩出したら今度は掌を返す。目先のものしか見えない、愚かな人たちよ。貴方たちは気にする必要はないわ」
「…」
「いきましょう。貴方たちはこんな物を見に、ここに来たわけではないでしょう」
──────────
「生徒の安全と仰りましたが…イレイザーヘッドさん。事件の最中、生徒たちに
雄英高校の謝罪会見、その場。
謝罪会見は続いていた。
記者の一人が相澤に訊ねるが、その目には小さな叛意が潜んでいた。
「私共が状況を把握できなかった為、最悪の事態を避けるべくそう判断しました」
「最悪の事態とは?32名の被害と1名の拉致は最悪とは言えませんか?」
記者の質問という名の攻撃に、相澤は冷静に対応する。
根津でもなくブラドキングでもなく、相澤が問われている。
相澤が最もメディア対応を嫌い、そして慣れていないと記者側が踏んでいるのだ。
「…私があの場で想定した“最悪”とは、生徒が成す術なく殺害されることでした」
「…」
「被害の大半を占めたガス攻撃、敵の個性から催眠ガスの類だと判明しています。拳藤さん、鉄哲くん、比企谷くんの迅速な対応のおかげで全員命に別状はなく、また生徒らのメンタルケアも行なっておりますが、深刻な外的心傷は今のところ見受けられません」
「不幸中の幸いだとでも?」
「未来を侵されることが“最悪”だと考えております」
「攫われた爆豪くんについても同じ事が言えますか?」
攫われた爆豪にも触れる記者。
恐らく相澤を攻撃するための狙い目として話題を持ってきたのだろう。
「体育祭優勝。ヘドロ事件では強力な
爆豪は確かに粗野であり、敵意を振りまく癖がある。
側から見れば、周囲から見れば、彼の一面をそう捉えるのは仕方ないし、本人にもその自覚はあるだろう。
「もしそこに目をつけた上での拉致だとしたら?言葉巧みに彼を勾引かし、悪の道に染まってしまったら?未来があると言い切れる根拠を、お聞かせください」
爆豪に対して言及し、相澤へ問いかける記者。
明らかに挑発している。
記者会見でヒーローが激昂するようなことがあれば、トップニュースで数字が取れると踏んでいるのだ。
相澤はメディア嫌いである。
囃し立てられることも、追求されることも、彼の性には合っていない。
ガタリと立ち上がる相澤。
相澤が怒りの様相を見せることを予想したブラドキングは、慌てて相澤を止めようとする。
しかし、相澤は周囲の予想に反して頭を下げた。
呆気に取られる一同。
「行動については私の不徳の致すところです」
頭を下げながら、記者を見返す相澤。
「ただ…体育祭でのソレらは、彼の“理想の強さ”に起因しています。誰よりもトップヒーローを追い求め…もがいている。あれを見て“隙”と捉えたのなら、
爆豪は無闇矢鱈に敵意を振り回すように見えるが、実はそうではない。
格下相手には挑発して奮起させ、ライバルとなり得る可能性がある相手には油断なく構えて挑む。
体育祭で轟に本気を出させようとしたのも、それを乗り越えて勝つ事で自分を高めるため。
あらゆる物を自分の成長の為に使おうとする、勝って当たり前ではなく勝たなくてはならないと意識する。
その相澤の言葉を受け、本命に入る記者。
「では、比企谷くんは。彼を見れば、爆豪くんが如何に今危ういかは簡単に想像がつくのでは?」
[newpage]
「比企谷八幡。15歳にしてプロヒーロー資格を持ち、両親も元プロ。殉職されていますね。体育祭後の
爆豪の未来の姿。
比企谷八幡に敵意はない、というのは警察もヒーロー公安委員会も認めている、公表されている事実だが、記者はそれを信じていないと言い切ったのだ。
「今回の合宿…。開催地を知っていたのは雄英教師のみと当事者である生徒のみ。我々も取材にはいけなかった。漏れるはずのない情報が漏れたのは、どこかに穴があったからでは?彼が──…比企谷くんが。その穴だったのではないですか?」
「…!」
触れたくない話題に触れられ、相澤たちの琴線を撫でる記者。
確かに内通者はあり得る。
前日に行われた雄英での会議においても、プレゼントマイクが内通者の話題を出した。
だが、結局お互いに疑い合えば内側から疑心暗鬼で崩壊するという意見の下、内通者探しは留め置きになった。
「比企谷くんのように、爆豪くんも
「はい、そこまで」
相澤でも、ブラドキングでも、根津の声でもない。
記者席の後ろから、陽乃が姿を見せていた。
しかも相澤たちと同じようにスーツ姿である。
「サンアイズ…!」
「サンアイズだ」
そのまま根津の隣まで歩き、お手製であろうサンアイズという名前が入った名前立てまで机に置いて席についた。
「遅れてごめんなさーい。ちょっと野暮用でねー」
「…何故貴女が?雄英の謝罪会見ですよこれは」
「今のようにウチのサイドキックが槍玉に上がると思ってね。校長に無理言って参加させてもらったの。こんなギリギリになるとは思わなかったけどねー」
ごめんなさいねーと謝る陽乃を白けた目で見る相澤。
割り込んでくるタイミングが良すぎる。
部屋の外でタイミングを見計らっていたのだろう。
「さて、えーと?どこの記者さんだっけ?まあ良いですけど、ウチのサイドキック…ノーアームズに関してですか?それとも、比企谷八幡に関してですか?なんでも答えますよ?」
「…改めてお聞きしますが、彼には二心があるのでは?貴女は彼をサイドキックに雇っていますが、
「それはないですねー。だって、彼の父親を殺害したのが
あっさり
その事実に、記者達だけではなく相澤とブラドキングまで驚く。
根津だけはオールマイトからオール・フォー・ワン関連で話を聞いていたのだ。
「なっ…」
「あら、知らなかったんですか?彼を
「も、もちろん調べました。しかし、そんなことは…」
「そうですよね、知らないですよねえ。公安の記録にも、山中にて
「…では!何故それを体育祭後の記者会見、比企谷くんに関する記者会見時に発表しなかったのですか!?知ってたんですよね!?」
「もちろん、比企谷くんへの配慮です。両親を亡くした傷をほじくり返すような真似はしたくありません。しかし、彼が謂れのない罪に問われかねないのならば話は別です。…貴方のようなマスメディアが彼を追い詰めていることをわからないのですか?」
「っ…」
「それに、体育祭時と仰いましたね。彼はスパイ演技とはいえ、一時的にオールマイトを捕らえた経歴があります。その時点で
矢継ぎ早に問われる記者の苦し紛れの質問に対し、サラサラと全て返していく陽乃。
しかも、質問をすればするほど記者の立場が悪くなるように仕向けている。
というより、そもそも記者側は詰んでいるのだ。
何せ、本当に比企谷八幡は
事実を明らかにしようとしているわけではなく、比企谷八幡や雄英を悪者にしようとしている為にその記者は追い込まれている。
他の記者たちはその姿を見て、九死に一生を得たという顔である。
彼らも同じように比企谷八幡や雄英を悪者に仕立て上げて視聴率の数字を取ろうとしていた。
先に発言した記者とそのテレビ局が率先して死刑執行されているのを見て、特番はタイトル変更しなくてはと心中に思う。
比企谷八幡のバックには雪ノ下陽乃がついている。
その時点で諦めるべきだったのだ。
「私は彼を買っています。かつて、彼をトップヒーローになる器だと見込みました。しかし、今はもう違う。…彼は、トップヒーローの片鱗を見せつつある。そんな前途有望なヒーローの道を閉ざそうとする方がいるのなら…私が、きちんと。一から十まで反論して差し上げます」
魔王の笑みを見せる陽乃。
雄英を責める予定だった記者会見が、いつの間にか下手な記者とテレビ局を血祭りに上げる場へと変わっている。
陽乃は満足気に席へ座り、隣の根津へウィンクする。
本当に頼り甲斐のある元教え子だ、と根津。
ハイスペックの個性を持つ根津相手に、雄英在学中だった陽乃はよくボードゲームで勝負を仕掛けにきた。
そんなことから陽乃と根津は仲が良い。
ちなみに、その都度平塚が陽乃を引き取りに来るのがお約束だった。
何にせよ、これで雄英の弱所は一つ潰した。
比企谷八幡という爆弾を抱えてもらった以上、雄英を援護するのは当然だけどね、と陽乃。
後は雄英が、今後どう生徒達を守っていくか。
そして、今夜の爆豪奪還が上手くいくかだけである。
(こっちは上手く行ったよ、比企谷くん。ごめんね、君の傷を抉っちゃって。でも、君自身を守る為だから。だから…後でいくらでも責めていいから、今日無事に帰ってきてね。そしたら、全部聞いてあげるから、ね)
──────────
「…」
同時刻、会見を控え室のモニターで見ていた八幡。
ベストジーニストが彼に声をかける。
「ノーアームズ」
「…」
「気に病むな。彼女は、恐らく君を守る為に」
「単なる事実確認ですよ、あんなの」
「…そうか。多分、君にもそのうち取材が来るだろうな。今頃メディアは君のことを探して奔走しているだろう」
「雄英と雪ノ下さんに全部断ってもらいますよ、面倒ですし」
「…」
何でもなさ気に振る舞う八幡を見て、ベストジーニストは何という強い子だと逆に感心してしまった。
八幡と父親がどのような関係だったのかはわからないが、普通なら父親が殺された事実をおおっ広げにされるなどトラウマものである。
それを更に
それを全く気にしないように振る舞うのは強靭な精神の持ち主である証だ。
ギャングオルカが八幡へと近づく。
「ノーアームズ、作戦に支障は」
「ないすよ、そんなん。とりあえず後方支援ですしね」
「…そうか。なら良いんだ…」
「俺の仕事が増えないよう、皆さんには頑張ってもらわないと」
「ふふ、言うじゃないか。見ていろ、今度チームアップするヒーローの力をな」
「あ、そういやチームアップ要請来てましたね」
「合宿襲撃があったので、断られると思っていたんだが…」
「それも今日次第ってことで」
「うむ。ならば尚更気合が入るというもの」
シャチの目を細め、ニヤリと笑うギャングオルカ。
見た目が
八幡の年齢くらいからもウケが良いわけではない。
同じような異形型の個性持ちの層から人気があるヒーローだ。
八幡くらいの歳の少年と会話するのは中々貴重なのだ。
「ギャングオルカ、そろそろ準備を。虎、Mt.レディ、エクスレス。準備は良いか」
ベストジーニストがヒーロー達に声をかけ、警察官たちも準備を進める。
そろそろ出撃時間なのだ。
八幡も警察たちの方へ行く。
後方支援なので、まずは警察らと行動して避難誘導や、いざという時警察を守らなければならない。
八幡と警察たちの準備が出来たのを見て、別の待機場所、オールマイトやエンデヴァーたちを映すモニターを見るベストジーニスト。
モニターの先の塚内に声をかける。
「こちらは準備完了です」
『了解。こっちも準備完了だ。予定通り、定刻になったら突入する』
「了解。では、こちらも動こう」
ベストジーニストを先頭に、控え室を出る一同。
コスチューム:デニムを纏った八幡も、同じように後に続く。
爆豪勝己救出作戦、並びに
運命の時まで、後わずか。
死闘が始まる。