何がヒーローたらしめるか   作:doraky333

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滴る血、倒れゆく人。
殺人鬼は嘲るように笑っている。
男の手が、生まれたばかりの命を抱く男の子へと伸びる。
物心ついたばかりの彼は、何を想ってその手を伸ばしたのか。

──原点を、思い出せ。


Hero's Episode19.比企谷八幡:オリジン

夜天の下、駅から離れた緑谷たち。

八百万が仕掛けた発信機の反応を辿り、しかし脳無工場とは知らずにその場所へ辿り着いていた。

 

「ここが発信機の示す場所ですわ」

「これがアジト…いかにもだな!」

「わかりません…。ただ、私が確認した限り(ヴィラン)は丸一日ここから動いていません」

「発信機を取り付けたのは脳無だったわね?」

「はい」

「…なら、動いていないと言うことは脳無が稼働停止していて、なおかつ発信機に気が付かれていないと仮定して良いでしょう」

「しかも、脳無がここにいるからといって爆豪さんがいるとは限りません」

 

雪乃の問いに答え、八百万が緑谷たちの方へ改めて忠告する。

 

「私たちが今、どれだけか細い情報でここに立っているか冷静に考えてみて下さい」

「耳郎くんや葉隠くんのようなスニーク活動に秀でた者はいない。少しでも危険だと判断したらすぐ止めるぞ!友であるからこそ、警察への通報も辞さんからな…!」

 

正面突入は絶対厳禁。

偵察も爆豪救出も、安全を確保できないのならば決行しない。

飯田の言葉を飲み込み、緑谷たちは頷く。

 

「……ありがとう、飯田くん。出来る範囲で出来ること…考えよう」

 

思考を始めた緑谷から、いつものブツブツと口に出す思考構築が始まる。

それを何処となく安堵した様子で見る切島、八百万。

やっといつもの緑谷らしさが見えてきた、

 

「正面戦闘は論外正面突入もなし建物の窓から覗くかその時点でバレない可能性はいやでもバレなければ良い有用な個性なし方法はどうする八百万さんに創造してもらうか何が必要か周りは人がそれなりにいてタイミング見計らって脇道から」

「久々に見るなブツブツ」

「緑谷さんって感じですわ」

 

飯田も、これこそが緑谷くんだと思う反面、緑谷だからこそ止めることはできないと理解していた。

止められないのなら、せめて守る。

いつか身を挺して雄英を守った、彼のように。

そんな4人の様子を見つつ、轟は雪乃に声をかける。

 

「雪ノ下。比企谷から、(ヴィラン)連合のアジトについて聞いたことはないのか?」

「ないわ。彼が閉じ込められていたのは窓もない、シャワー室とトイレがついているだけの独房。食事も黒霧がワープで運んでいたそうよ。恐らく地下だろうと」

「何の手がかりもなしか…。ワープがあれば比企谷の地下室なんて全国の何処にでも配置できるからな…」

「それに、小町さんの命を盾にすることで、彼が脱出することはないと考えていたはず。もしかしたらこんな人気がある場所の地下でもおかしくはないわ」

「チッ…胸糞悪りぃな」

「今はもう良いわ。それよりも、頭を回すことね」

「…ああ」

 

雪乃は、爆豪救出ではなく緑谷たちの保護監視の為に来ている。

もし何かしら巻き込まれたら、雪乃が緑谷たちの盾になるつもりなのだ。

 

(…爆豪くんがここにいる可能性は正直薄いわね。灯りが点いてないし、人気もまるでない…。脳無に発信機を貼りつけたというのは次点にベストの結果だった。最良だったのは主要メンバーに取り付けること。…いえ、今更そんなことを言っても仕方ないわね…)

 

「さて、どうする気………」

 

気を取り直して緑谷たちの方を見る雪乃。

だが、何故か緑谷たちは酔っぱらい二人に絡まれていた。

というより、よく見ると八百万が絡まれている。

ホステスの変装が仇となったようだ。

 

「ホステス〜!何してんだよホステス〜!俺たちと飲みましょー」

「やーめとけバカ!」

「オッラァ!」

「ぱ、パイオツカイデーチャンネー」

 

「…八百万さん、選択ミスじゃないかしら」

「場所を変えよう」

「な、何故…変装は完璧だと思いましたのに」

「…完璧…」

 

ジロリと八百万の服装を見る雪乃。

そして自分の胸に手を当てる。

 

「…」

「ゆ、雪ノ下は男装でよかったな!雪ノ下までホステスの格好したらもっと絡まれてたもんな!」

「そうね……」

(切島くんナイスっ!)

(ナイスじゃねーよ!比企谷なんでいないんだよ畜生!!)

 

どんよりとした雪乃を連れ、廃工場から少し離れる一行。

 

「多くはねえが人通りもある…」

「目立つ動きはできませんわよ、どうされますの?」

「……裏に回ってみよう、どれだけか細くても僕らにはここしか情報がない」

 

廃工場敷地外の脇塀に入る一行。

人一人しか通れないような道を塀伝いに無理やり通っていく。

 

「狭いですわ…つっかえそう」

(…………)

 

八百万の言葉に切島がもやもやと想像するが何とかそれを振り切る。

最後尾の雪乃はそれを無言で睨んでいた。

 

「汚らわしい…」

「誤解だって!!」

「静かに、切島」

「悪りぃ…」

 

先頭の緑谷が何とか中の様子を確認したい、と工場外壁を見渡す。

すると、塀よりも1メートル程高い位置に格子が嵌められた窓に気がつく。

 

「あの高さなら中の様子見れそうだよ!」

「この暗さで見えるか?」

「それなら私、暗視鏡を…」

「いや!!八百万、それ俺持ってきてんだな実は」

「ええすごい何で!?」

「アマゾンには何でもあってすぐに届くんだ」

 

懐から切島が出した暗視鏡。

こんな状況下で、必要になるものを切島は予測していたのだ。

少し感心する雪乃。

切島は直情的で、少々思慮に欠けるところがあると見ていたが、認識し直す。

 

「一つしか買えなかったけど、やれること考えた時に…要ると想ってよ」

「それめっちゃ高いやつじゃない!?僕もコスチューム考えてた時ネットで見たけど、確か5万くらいしたような…」

「値段はいんだよ、言うな」

「よし。じゃあ緑谷と切島が見ろ。俺と飯田で担ごう」

「せまいな…」

「あまり身を乗り出すなよ、危ないと思ったらすぐ逃げ出せるよう」

「飯田ちょっと下がれるか?」

「八百万さん、準備だけはしておいてちょうだい」

「はい」

 

窓を暗視鏡で覗き始めた切島。

窓から工場内部の様子を見る。

 

「様子を教えたまえ、切島くんどうなってる!?」

「んあー…汚ねーだけで…特に…はー……うおっ!!」

「切島くん!?」

「っべェ!!」

「おい!」

 

驚いた様子で暗視鏡から目を外す切島。

その反動で飯田までぐらつくが、何とか持ち直す。

 

「どうした、何見えた!?切島!!」

「左奥…!!緑谷左奥!!見ろ!!」

「!?」

 

暗視鏡を切島から受け取り、言われた通りに工場内部の左奥を覗く。

そこには、何かの液体が入ったタンク。

そしてその中に漬け込まれるように格納された、無数の脳無だった。

 

「嘘だろ…あんな無造作に…!あれ、全部脳無…!?」

「の…脳無だと!?」

「緑谷くん、数は?」

「10…いや、奥にもまだいる。20以上は…!」

「…今すぐ戻りましょう。貴方達がここで出来ることはもうないわ」

「え!?」

 

雪乃の提案に、緑谷と切島が反応する。

しかし、飯田と八百万はそれに頷いていた。

 

「脳無が格納されているなら決定的よ。ここは脳無の保管庫。人の気配がないなら、死柄木たちや爆豪くんは別の場所にいると考えて間違いないわ。貴方達は脳無には用はないはず」

「けど、ここを張っていれば(ヴィラン)たちが現れっかも…!」

「そんな不確かな希望に縋るくらいなら、ヒーロー達に協力要請したほうがいいわ」

「うっ…」

 

雪乃の正論に、言葉に詰まる切島。

脳無がいるなら中に入るわけにはいかない。

まだ動いていないというだけで、中に侵入者が存在すれば警備装置として動き始めるかもしれない。

緑谷も、雪乃の提案に対して対抗案が出せないでいた。

 

「雪ノ下くんの言う通りだ。仕方がない、せめて情報をヒーローに届けるくらい……」

 

その時、凄まじい振動が彼らを襲った。

特に肩車をしていた4人は咄嗟の出来事に身体を揺らすことしか出来ない。

揺れる工場の外壁が事の大きさを示していた。

衝撃の余波に備える為、水流を出して全員を庇う雪乃。

全員を守りつつ、工場の向こう側に見えた巨大な人間の角を目にしていた。

 

「アレは…!」

 

 

数分前、同じく脳無工場前。

緑谷たちが廃工場の脇塀に進んでからほんの少しした今、八幡はベストジーニストたちと共に来ていた。

 

「君はここで待機だ」

「…はい」

 

ベストジーニストの言いつけで、移動式牢(メイデン)を用意している警官機動隊と共に八幡は待機する。

場所は脳無工場前道路。

脳無工場から6メートルほど離れた位置にあり、すぐに戦闘に巻き込まれるようなことはないだろう。

 

「一帯の避難誘導は」

「既に警察の方々が要所に待機してます。後は突入と同時に避難誘導を開始します」

「よし。君はここで機動隊長の補佐を。非常時は頼む」

「んなことはないと祈ってますよ」

「勿論」

 

敷地内へ進んでいくベストジーニストたちを見送る。

だが、祈るだけだと八幡。

きっと、祈ったところで意味はない。

奴は動く。

別に根拠はないし、確証もない。

だが、オールマイトの予想は当たっているのだろう。

 

(きっと動く。あの老害はオールマイトの前に現れる。今度こそ、オールマイトを殺す為に。もしくは、俺を捕らえる為に。爆豪を目当てにしたのはオール・フォー・ワンではないはず。けど、死柄木に爆豪誘拐を許したのが奴なら、きっと動く…!)

 

もう逃げる気はない。

前回とは違う、各戦力が整っている万全の状態。

今ここでオール・フォー・ワンを仕留められなければ、A組や雪乃たちに合わせる顔がない。

これ以上、雪乃たちを危険な目に遭わせるわけにはいかない。

ただでさえ、合宿襲撃で押し潰されそうなほどの悔恨を受けたというのに。

もし本当に八幡に何か由来することで、合宿地を特定されたとしたら。

少し塞がりかけていた掌の傷に再び爪が食い込み、慌てて手を開く。

 

誰も止めないのなら、自分が止めるまで。

決意によって溢れた紫電が、掌から一瞬迸った。

 

巨大化したMt.レディが見えた。

Mt.レディの足が廃工場に振り下ろされ、直後にベストジーニスト達が突入していく。

何の抵抗もなく進んでいるのがよくわかる。

 

「…杞憂だったか…?」

「ノーアームズ」

「なんすか」

 

機動隊隊長に話しかけられ、反応する八幡。

 

「君、本当は行きたくて仕方がないんじゃないかい?ここでいいのか?」

「あの人らがいれば大丈夫でしょ」

「違うね。脳無の制圧だけなら確かに十分だろうが、君は何か用があってここに来たのでは?作戦に無理やり参加した君が、こんな後方支援で満足するとは思えない」

「…」

 

八幡は黙って言葉を聞いたまま、工場を見ていた。

恐らく疑われている。

(ヴィラン)ではないか、何か企んで作戦に参加したのではないかと。

だが、それに対して反論することもできないし、する必要もない。

 

「…」

「だんまりか。はっきり言わせてもらうが、君は信用できない。警察として、信用できないヒーローなんて」

 

次の瞬間、八幡は強烈な殺気をその身に受けた。

即座に反応してコンクリートを操作し、避難誘導で工場前を固めていた警官達を一瞬で端に寄せる。

 

「なにを…!」

 

機動隊長が八幡に怒鳴ろうとした瞬間、彼らがいた場所を見えないなにかが吹き荒ぶように飛んでいった。

背後の建物がほとんど吹き飛んでしまっており、住宅街が瞬く間に廃墟と化してしまっている。

 

「一体何だ!?何が起きた!?状況を…!!」

「避難誘導をお願いします。俺は(ヴィラン)を」

「何!?の、ノーアームズ!!」

 

八幡が警官隊から飛び出し、跡形もなくなった脳無工場へ飛び込んでいく。

工場だった建物は全て吹き飛び、地面には脳無が何体も倒れ伏していた。

脳無に混じって、端の方にギャングオルカ、ラグドールを抱いた虎、巨大化したままのMt.レディ、エクスレスが倒れていた。

そして、破壊痕の中心にベストジーニストが倒れており、何とか起きあがろうとしている。

 

「ベストジーニスト!!」

「!! 逃げろノーアームズ!コイツは…」

 

その時、ベストジーニストの胸を何かが貫いた。

血飛沫を上げて再び倒れた彼を、止まったまま見ることしかできない八幡。

それをやった誰かが、まだ崩れていない工場から歩いてくるのが見えた。

 

「やあ、久しいね。三ヶ月ぶりかな」

「!!!」

 

 

──────────

 

 

地面を歩いて、その男は月光の下に現れた。

パイプの取り付けられた仮面に、背中まで伸びたパイプ。

サラリーマンのようなスーツを着こなし、オールマイトのように大柄な身体。

八幡が直接会ったことは数度しかなかったが、見間違えることはない。

父親を殺し、八幡を攫い、そして左腕を切り落とした男。

 

「オール・フォー・ワン…」

「比企谷八幡、元気そうで何よりだよ。身体の調子はどうだい?」

「…ああ、うん。悪いな、最悪」

「ほう?ならば何故ここに来た?」

 

可笑しそうに八幡を見るオール・フォー・ワン。

老獪な男は、八幡が来た理由をよくわかっていた。

 

(彼は義理堅い。仲間を傷つけられ、僕を脅威に思って、そして…)

「何て言ったら満足するんだ?」

「君の言葉でどうぞ、比企谷八幡」

「…お前を、止めにきた」

「本当にそれだけかい?」

 

八幡の腕が震えていることに気がつくオール・フォー・ワン。

恐怖を感じ、それでもその恐怖を抑えつけてここに来ている。

 

「君の畏れが手に取るようにわかるよ、比企谷八幡。思い出すねえ、2年前。初めて会った時のことを…。君はあの時も、同じように震えていた。それでも僕に従う振りをしてくれたね」

「悪いがお前の御託を聞く気はねえよ!!」

 

両手で気体操作、両足で固体操作を発動し、全身に固体操作による身体強化をかける。

最初から感覚神経を入れた全力の接続操作。

オール・フォー・ワンはオールマイトですら苦戦した相手で、父親を殺した男。

みくびる余地もない最悪にして最強の(ヴィラン)

 

「気体圧縮率2000%!!!」

 

気体操作によって空気を大量に集め、掌に集約する。

それと同時に気体操作の感知で周囲の状況を把握する八幡。

倒れている人数、脳無の数、そして隠れている誰かたちを感じ取る。

 

(まさか来てんのかよ!頼むぞ雪ノ下…!!)

「ジ・ヴァン!!」

「血気盛んだね」

 

八幡の掌から空気砲が撃ち出された。

対するオール・フォー・ワンも右腕を膨らませ、右掌から空気を押し出す。

空気の塊がぶつかり合い、その場に一瞬の嵐を引き起こす。

 

「随分優しいねえ、変わらずね」

「…」

 

空気砲による衝撃の最中、地面を操作してベストジーニストやギャングオルカ、倒れた警官たちを警官機動隊の方へ運んでいた八幡。

それを指して優しいと言われ、眉を顰める。

 

「ヒーローなんだ。人命救助を優先するのは当然だろう」

「ヒーロー。ヒーローね…。君には全く似合わない言葉だ」

「似合わないのは自覚してるからやめてくんねえかな、人を傷つけるのが相変わらず上手い奴め」

「意趣返しのつもりかい?そうやって会話をこねくり回すときは、形成不利な時だね」

「知った風な口を…」

 

その男がただ立っているだけで、冷や汗をかく八幡。

見透かされている、何もかもが。

ただ、雪乃達が工場跡の脇塀の向こう側にいるのだけは気がついている様子はない。

数は6人。

(ヴィラン)が隠れる必要はないし、ヒーロー達が隠れて奇襲する作戦はなかった。

ほぼ確実に雪乃を含めた切島と轟たちだろう。

 

(感知系の個性は持ってないか!ラグドールを連れ去ったってことは、サーチの個性を狙ったはずだが…サーチを持ってないのか!?ドクターにもう渡したのか…)

「さあ、始めようか。君を見てあげよう」

「んの野郎…」

 

 

(一体何が…何が起きた!?)

 

何が何だかわからない中、緑谷はその気迫に押され、それでも必死に身を潜めるように息を殺していた。

 

ベストジーニスト達が脳無工場を襲撃し、爆豪救出にオールマイト達が向かったと聞き、工場から離れようとしていた所だった。

つい先ほどまでは。

一瞬のうちに工場が吹き飛ばされ、それと同時にヒーローたちまでほとんどが戦闘不能になってしまった。

追撃を受けたベストジーニストは倒れ、その場のヒーローたちに動ける者はいない。

ただ一人を除いて。

 

「オール・フォー・ワン…」

(比企谷くん!?)

(比企谷くん…)

 

八幡が現れたことに同じように気がつく雪乃。

オール・フォー・ワンと相対する八幡を、止めなければ。

しかし、今雪乃が出ていけば確実に緑谷たちの存在もバレる。

そうなれば、緑谷たちが危ない。

ヒーローとして彼らを守るのは当然。

だが、八幡をオール・フォー・ワンと戦わせるとなるとまた2年前のようになるかもしれない。

声を潜めて緑谷たちに声をかける雪乃。

 

「緑谷君たち、悪いけれど。隙を見て逃げてちょうだい。貴方達が逃げ出せたら、私も加勢するわ」

「っ!」

「二人の戦いが激化することは間違いないけれど、彼が勝てる見込みはないわ」

「え…」

「あの(ヴィラン)は…間違いなく、最悪の(ヴィラン)。オールマイトの敵にして…比企谷くんの仇相手よ」

「「「!!!」」」

[newpage]

雪乃たちの思惑など露知らず、八幡はある事実に気がついた。

固体操作で土を操作して、地下の大地を武器にしようとした八幡。

地下には土が詰まっている筈が、巨大な空間があることを感知したのだ。

そして、何かのタンクがいくつも配置されていることも。

 

「脳無を…!!」

「ああ、やっぱり気がつくね。ならば、早めに行こうか」

「!?」

 

オール・フォー・ワンの両腕が膨らみ、八幡に向かって八幡と同じように空気砲を撃ち出す。

しかし、空気砲の威力が八幡とは桁が違う。

八幡の全力並みの威力があり、しかもそれを軽々と連発する。

それを気体操作による飛行で躱していく八幡。

気体操作を建物や機動隊に向けさせるわけにはいかない為、空に逃げるしかない。

 

「防戦一方かい」

「見ての通りだ!!」

 

だが、逃げていてばかりでは埒が開かない。

身体強化を更にかけ、掌から全身に紫電が伝わる。

その変化に気がつくオール・フォー・ワン。

以前とは違い、八幡の個性使用時に紫電が走っているのだ。

 

「ヴァン・ロア!」

 

八幡が振り抜いた拳から、更に強力な空気砲がオール・フォー・ワンに向かって撃ち出される。

それを片手で無造作に振り払うオール・フォー・ワン。

一発では効かないことは承知の上、と連発する。

 

「健気だね」

 

オール・フォー・ワンの右腕から鉄骨や肉骨がいくつも生え、八幡へ伸びる。

撃ち出された空気砲を悉く弾き、八幡へ高速で襲いかかるオール・フォー・ワンの大腕。

 

(大腕から逃げればそこを空気砲で追撃…!?)

 

八幡が大腕から飛行して逃げると予想したオール・フォー・ワンだが、八幡は大腕から一皮かする程度にしか避けず、何とそのままオール・フォー・ワンに突っ込んでくる。

オール・フォー・ワンにそのまま蹴りを放つ。

 

踵半月輪(ルナ アーク)!!」

「すっかりヒーローらしくなっちゃって、つまらないね」

 

蹴りを片手であっさり受け止めるオール・フォー・ワン。

オール・フォー・ワンが立つ地面すら砕けず、その威力が完璧にオール・フォー・ワンに受け止められたのだ。

 

「急いでるね。焦ってるのかい?」

「そりゃ市民を脅かす(ヴィラン)を止めねえといけねえからな!」

「止める、ね。そんなハリボテのような気持ちで僕を止める気なら、君は何も出来ないよ」

「!!」

 

当然焦りもする。

もし、オール・フォー・ワンに雪乃達の存在が知られたら。

そんな八幡の思惑とは他所に、他方の手で八幡に向けて空気砲をぶつけようと腕を膨らませるオール・フォー・ワン。

だが、八幡もコスチュームの金属紐を地面につなげていた。

二人の間に巨大な土壁が出現し、二人を引き離す。

その土壁目掛けて空気砲をそのままぶつけるオール・フォー・ワン。

土壁を軽々と破壊し、壁の向こう側にいた八幡まで吹き飛ばしてしまう。

 

「ぐうっ!!」

 

壁が勢いをある程度吸収したものの、それでも八幡は地面に打ち飛ばされる。

土壁が崩れ、オール・フォー・ワンが八幡目掛けて肉骨の大腕を伸ばした。

咄嗟に大量の土を盾として用意し、大腕の防御に回す。

だが、大腕は盾ごと八幡を押し込んでいく。

 

(持たねえ…!)

 

気体操作で瞬時に浮かび上がり、土の盾が大腕に突き破られて破壊される様を見送る。

パワー勝負に持ち込めば、大量の土を使って互角に持っていけると思ったが、その時間をオール・フォー・ワンは与えてくれない。

最初にして最後のチャンスタイムを、ヒーローや警官たちの救出に使った為である。

そこまで考え、頭を振る八幡。

これではオール・フォー・ワンの言うことが正しいと認めてしまうことになる。

 

「さあ、もう終わりかい?ならばこちらも仕事を進めよう」

「!?」

「君の我儘に付き合うのも楽しいけどね」

 

オール・フォー・ワンが手を軽く振ると、倒れている脳無の口から黒い液体が溢れ出た。

脳無は黒い液体に包まれ、そしてそのまま消えた。

 

「なんだ、何してやがる…!」

 

次から次へと黒い液体が脳無たちを包み、そしてそのまま脳無たちを跡形もなく消していく。

この場から戦力である脳無を消す理由は、戦闘以外の目的がある。

単に証拠を消すことと戦力を逃すことを目的としたのか。

それとも、戦力を他所に充てたか。

 

「まさかオールマイト達の方に…!ワープの個性!?」

「頭の回転が早いねえ。やはり君を野放しにしておくのは勿体無いな」

「くそ!!」

 

耳に装着していた通信機に手を当てる八幡。

だが、オール・フォー・ワンはその動きを読んでいたかのうに、掌を八幡へと向けた。

”電波”+“空気を押し出す”個性の組み合わせで電磁パルスを発動させ、掌方向の電子機器を全て使用不能にする。

八幡の通信機も、警官隊やヒーロー達が身につけていた通信機も携帯電話も全て故障したかのように壊れてしまった。

 

「!?」

「今の君に自由に動かれては困るからね」

「ああそうかい!なら無理矢理止めてやる!!」

 

止めると言っても、脳無に触れずにオール・フォー・ワンは転送している。

このままでは、工場跡の地下に眠る脳無たちまでオールマイト達の元へ転送される。

なら、せめて脳無達から戦闘不能にする。

地面へ即座に降り立ち、全力で固体操作をかける。

地下空間の周囲の土を空間目掛けて圧縮していき、中の脳無たちを躊躇なく殺すつもりで仕掛ける八幡。

 

「固体圧縮率1000%!!」

「それは」

「山土流壁しょ」

「困るね」

 

八幡の左腕と右腕に、オール・フォー・ワンの指から伸びた黒い爪が突き刺さっていた。

次々と十本爪が八幡の全身に刺さり、彼の身体を抉る。

 

「がああ!!」

「いつでも傷つくのは誰かを守る時。もったいないねえ、君は。その力を自分の為だけに使えば、無傷で居られるのに」

「…わかって、ねえなあ…!」

「?」

「ヒーローなんだよ。俺が、ヒーローだってことを!!お前はまだわかってねえ!!」

 

爪で抉られつつも、固体操作で土を更に圧縮する八幡。

八幡の自損覚悟による脳無抹殺を力ずくで止めるべく、オール・フォー・ワンは爪を振り翳して八幡を地面から引き剥がし、持ち上げた。

 

「寝ていてくれるかな?君にはまだまだ期待しているんだ。あまり失望させないでくれ」

「勝手に期待して、勝手に失望しててくれよ…人間らしく、な!!」

「無駄口を利くな」

 

爪を操作して八幡を振り回し、工場向かいの建物へ勢いよく叩きつける。

建物の4階から1階まで八幡は壁や床を突き抜けてぶち抜き、あまりの勢いに建物は倒壊していく。

戦闘不能くらいにはなったかな、とオール・フォー・ワン。

後で回収しよう、ととりあえず八幡を捨て置く。

自身のワープでは八幡をドクターの元へ送ることができない。

既に地下空間内で、脳無の半分以上が骨折、脳の損傷で戦闘不能になっていた。

 

「ふふふ、やってくれる。ここにいる脳無は君の個性を研究して量産したというのに」

 

動く脳無も動かない脳無も、全てオールマイト達がいるであろう黒霧のバーへ転送する。

脳無の転送を行いつつ、それと並行して今度は死柄木たちをここへ転送させようとワープを発動させる。

だが、その時八幡の蹴りを受け止めた腕が、少し痺れていたことに気がついた。

 

「比企谷八幡…僕のスペアにして、弔の…。流石だよ」

 

 

──────────

 

 

「比企谷くんが…」

「っ…」

 

緑谷達がいる反対側の建物に叩きつけられた八幡を見て、彼らは絶望してしまう。

途中までは何とか戦えていた八幡だったが、何か地面を動かしている様子を最後に、オール・フォー・ワンに捕まり、戦闘不能に陥った。

 

(比企谷くん…!)

 

雪乃はぎゅっと腕を掴み、その気持ちを抑える。

早く救けに行きたい。

今すぐ彼の元へ行きたい。

だが、緑谷達を置いて一人で行くわけにもいかないし、今雪乃が動けば緑谷達の存在もバレる。

八幡が勝負を急いだのは、恐らく雪乃達に気がつき、長引かせるわけにはいかないと判断してオール・フォー・ワンに接近戦を挑んだ。

オール・フォー・ワンはまだ雪乃達には気が付いてないのだ。

緑谷は思考を始める。

 

(今動くとバレる…!脳無も次々と転送されていく!僕たちがここにいると、雪ノ下さんと比企谷くんの邪魔になる!それはわかってるけど…!身体が、動かない…!?)

「ゲッホ!!くっせえぇ…」

 

オール・フォー・ワンの気迫による死に体となった身体を何とか動こうとする緑谷だったが、聞き覚えのある声が聞こえて再び息を止めて身を潜める。

爆豪の声だった。

 

「んっじゃこりゃああ…」

 

(爆豪!!)

(かっちゃん!)

(あのワープの個性は、オール・フォー・ワンがいなくてもワープが出来るということかしら。救出対象である爆豪くんをオールマイト達から連れ出せているということは…)

 

オール・フォー・ワンの前に転送させられた爆豪、その背後に次々と爆豪と同じように(ヴィラン)連合のメンバーが黒い液体と共に転送される。

皆一様に黒い液体から出て、咳き込んでいる。

ただ、荼毘と黒霧だけはそれぞれグラントリノとエッジショットに気絶させられており、気を失ったまま動かなかった。

その一人、死柄木弔に諭すように話しかけるオール・フォー・ワン。

 

「また失敗したね弔」

「…」

「でも決してめげてはいけないよ。またやり直せばいい。こうして仲間も取り返した。この子もね…君が“大切なコマ”だと考え、判断したからだ」

 

爆豪を見るオール・フォー・ワン。

比企谷八幡とは程遠い性格で、確かに一見(ヴィラン)のような粗野を持っているが、それは死柄木が判断したことと何も口には出さない。

話しかけられている死柄木以外のスピナーたちは、この男は何者だと黙って聞いている。

死柄木以外はオール・フォー・ワンに会ったことがないのだ。

 

「いくらでもやり直せ、その為に(せんせい)がいるんだよ」

 

オール・フォー・ワンは死柄木に手を差し伸べ、マスクの下でニコリと笑う。

 

「全ては、君の為にある」

 

狂気に塗れたような発言だが、本人はジョークでも何でもなく本気で言っていた。

そのことに気がついた爆豪は、目の前の男が人々の常識から外れたとんでもない化け物だと理解する。

そして、オールマイトたちから離された自分の状況が更に悪くなったことも。

 

同時に、緑谷は爆豪が目の前に現れたことで、何のためにこの場へ来たかを改めて認識し直した。

爆豪を、合宿の時に痛みで動けなかったあの時に救けられなかった彼を、救けに来たのだ。

恐怖に打ち勝たんと足を動かそうとしたその時、飯田が緑谷の肩を掴んでいた。

同様に轟も、切島は八百万に腕を掴まれていた。

飯田と八百万の必死の形相に、昂っていた気持ちを落ち着かせる緑谷。

救ける、守ると考えているのは自分だけではない。

飯田たちは緑谷たちに戦闘をさせない為に来たのだ。

 

それを見ていた雪乃は、やはり自分が出て行って注目を引き、せめて緑谷たちに八幡を助けさせるかと考える。

だが、その時何かが飛来するのが見えた。

高速で空中を飛んできたそれ──オールマイトは、一直線にオール・フォー・ワンに飛びかかり、がっぷり四つで組み合う。

 

「全て返してもらうぞ…オール・フォー・ワン!!」

「また僕を殺すか、オールマイト。随分遅かったじゃないか」

 

オールマイトの着地と共に衝撃がその場を襲い、オール・フォー・ワンがオールマイトを弾くことで更に強力な衝撃波を生み出し、その場にいた全員が吹き飛ばされた。

 

「バーからここまで5km余り…僕が脳無を送り、優に30秒は経過しての到着…衰えたねオールマイト」

「貴様こそ、何だその工業地帯のようなマスクは!?だいぶ無理してるんじゃないか!?」

 

オールマイトが立ち上がり、準備運動のように跳ねて身体の動きを確かめる。

滅多にしないオールマイトの戦闘準備に、様子を見ていた緑谷が驚いてしまう。

やはりそれほどの相手。

 

「6年前と同じ過ちは犯さん、オール・フォー・ワン。爆豪少年を取り返す!そして貴様は今度こそ刑務所にブチ込む!貴様の操る(ヴィラン)連合もろとも!!」

 

言葉と共にオール・フォー・ワンに飛び出し、拳を構えるオールマイト。

だが、オール・フォー・ワンは左手を八幡に向けた時よりも更に腕を膨らませてオールマイトに向ける。

“空気を押し出す”+“筋骨発条(バネ)化”+“瞬発力”×4+“膂力増強”×3。

今日一番の空気砲がオールマイトに向けられ、オールマイトを数百メートル吹き飛ばした。

直線上にあったあらゆる建物が崩れて倒壊していく。

何とか地面や瓦礫を掴んで吹き飛ばされまいとする爆豪だが、オールマイトが吹き飛ばされた方を見て叫ぶ。

 

「オールマイトォ!!!」

「心配しなくてもあの程度じゃ死なないよ。だから…ここは逃げろ弔。その子を連れて」

 

先程と同じように黒爪を伸ばし、黒霧に突き刺すオール・フォー・ワン。

黒爪という個性を使い、更に接触した黒霧に対して個性強制発動の個性を使用する。

その様子に慌ててマグネがオール・フォー・ワンを止めようとする。

 

「ちょ!あなた!彼やられて気絶してんのよ!?よくわかんないけどワープを使えるなら、あなたが逃してちょうだいよ」

「僕のはまだ出来立てでねマグネ。転送距離はひどく短い上…彼の座標移動と違い、僕の元へ持ってくるか僕の元から送り出すしかできないんだ。ついでに…送り先は人。なじみ深い人物でないと機能しない」

 

倒れた黒霧から大きなワープゲートを出現させ、黒爪を黒霧から引く。

 

「さあ行け……!?」

 

その時、凄まじい強風が吹き荒び、ワープゲートを霧散させた。

何事かわからなかった(ヴィラン)連合メンバーが辺りを見渡すが、折角作ったワープゲートを消した人物を、オール・フォー・ワンのない両目は確実に見ていた。

 

「行かせるかよ……お前も付き合え、死柄木…!!」

 

「コネクタ…!?」

「やはり生きていたか」

「比企谷!!」

 

頭から血を流しながらも、その両目だけは開いていた比企谷八幡がその場に立っていた。

そして、数百メートルの距離を一足で飛んできたオールマイトも八幡の隣に着地する。

 

「オール・フォー・ワンは私がやる!君は爆豪少年を頼む!」

「…了解」

 

隣に立っている八幡を横目で見て、オールマイトは八幡の状態を見抜く。

 

(まだ戦えるのは間違いないが…彼をオール・フォー・ワンと戦わせるわけにはいかん!爆豪少年と共にこの場を離れて貰えば…)

「爆豪を逃します。んでアレを…」

 

オール・フォー・ワンを睨む八幡。

普段の彼とは違う、敵と戦う時の目。

ヒーローたる時とも違う。

 

「オール・フォー・ワンを斃すのを、俺もやります」

「…無理はしないでくれよ。何を言っても無駄だと思うが、自分の命も守ってくれ」

「そっすね…」

「…いくぞ!」

「了解」

 

オールマイトがオール・フォー・ワンに突っ込み、八幡は爆豪の方へいく。

だが、八幡の前に死柄木、スピナー、トガ、トゥワイスが立ちはだかった。

爆豪にはコンプレスとマグネが襲い掛かり始めた。

コンプレスによって触れられたら爆豪は負けであり、マグネは爆豪を引き寄せることができる。

爆豪拉致の策としては最適解だろう。

 

「コネクタ、久しぶりだな」

「知らねーよ寝てろ死柄木!!」

「コイツが、ノーアームズ!ステインをして見届けると言わしめた男…」

 

スピナーと死柄木が前衛に立ち、八幡へと迫る。

だが、紫電を走らせた八幡に容赦という言葉はなかった。

スピナー、死柄木もろとも土の波で飲み込み、二人の横をすり抜けてトガとトゥワイスに向かって走る。

 

「マジかよ!やべえコイツ!いややばくねえ!!」

「仁くん彼作れない!?」

「できるぜ!いや無理だよ!もうこんなにノーアームズを見ちまった!もう一度こいつ測らないと作れねえし、作ったとして今のノーアームズを作っちまう!」

 

武器のメジャーを伸ばしたトゥワイスが、トガを庇うように八幡に襲い掛かるが、八幡はメジャーを掻い潜ってそのままトゥワイスの鳩尾に拳を入れた。

身体をくの字に曲げて数メートル吹き飛ぶトゥワイス。

八幡の背後で土の波を崩した死柄木、そのおかげでスピナーが八幡に後ろから刀を振りかざすが、地面から生えた土の拳に吹き飛ばされる。

 

「ゴッ…」

 

一撃でノックアウトされるスピナー。

ステイン戦のビデオをネットで見た彼は、八幡の個性をわかっていたつもりだったが、ステイン戦よりも八幡の固体操作の速度が上がっていた為に反応できなかったのだ。

 

「ああ…!比企谷君、血塗れだねぇ!かっこ……!?」

 

トガの言葉は最後まで聞かずに、八幡はトガのナイフをはたき落としてトガの背中のシリンジに接続操作した金属紐を伸ばす。

瞬時にトガが身につけていたシリンジが全て割れ、武器を失ったトガは実質戦闘不能になってしまう。

 

「速い!速すぎてビックリだね弔くん!」

「トガ!!」

 

死柄木は八幡に追いつけず、八幡はそのまま爆豪の元へ走る。

爆豪を捕らえようとしていたコンプレス、マグネは八幡に気がついて身を竦ませた。

 

「爆豪!!早く逃げ……ぐっ!?」

 

オールマイトと戦っていたオール・フォー・ワンの右手小指から、黒爪が八幡の右脚に伸びて突き刺さっていた。

オールマイトを空気砲で吹き飛ばし、それと同時に片手間で八幡の相手をしているのだ。

黒爪を縮め、八幡を自分の方へ引っ張るオール・フォー・ワン。

 

「やはりまだ弔たちでは君の相手は荷が重いね」

「っ!」

「大人しく」

「お前がしてろ!!気体圧縮率5000%!!」

 

紫電が更に激化していく八幡の身体。

より紫電が増した両掌に気体が集まり、その場に一瞬の嵐が引き起こる。

その勢いに八幡の一番の攻撃が来ると察知し、オール・フォー・ワンもオールマイトに向けた様な空気砲を個性を組み合わせで実現する。

二人の距離がほぼ0になった時、二つの巨大な空気砲は放たれた。

 

「ヴァン・ブラスト!!!」

「ぬっ…!」

 

「比企谷少年!!!」

 

空気の衝突はオール・フォー・ワンを後ずらし、宙に引っ張り出されていた八幡は大きく吹き飛ばされた。

 

「両手で気体操作をするようになったのかい。流石に強く…!?」

 

オール・フォー・ワンはオールマイトと八幡の相手に集中し、死柄木たちも空気の衝突を耐えようと地面に踏ん張っていた、その時。

爆豪が(ヴィラン)連合メンバーから離れるその時を、彼らは待っていた。

 

戦闘には参加できない。

だが、爆豪が(ヴィラン)たちに囲まれて逃げられない。

オールマイトはオール・フォー・ワンの相手で動けず、八幡もオール・フォー・ワンに付け狙われて自由に動けない。

なら、一瞬。

一瞬の隙があれば、爆豪をここから連れ出せれば。

オールマイトも八幡も、心置きなく戦える。

 

切島の両脇を抱えた緑谷、飯田。

二人が個性を発動して走り始め、切島が硬化して脇塀を破壊。

轟がそれに合わせて氷のジャンプ台を瞬く間に作り、そのジャンプ台を滑走して、爆豪たちの上空へ3人は飛び出した。

 

「なっ…」

「!?」

 

死柄木たちも、爆豪もそれを見ていた。

そんな爆豪に、今まで対等で競い合い、向き合ってきた切島が手を差し伸べて叫ぶ。

 

「来い!!!」

「…バカかよ」

 

爆破で浮かび上がった爆豪が、切島の手を掴む。

二日ぶりの再会で、爆豪が切島の信頼に応えた瞬間だった。

 

 

──────────

 

 

「何ぃぃぃぃぃぃ!!!?」

 

ジャンプ台から滑走した勢いで宙を駆ける切島たち、切島に手を掴まれた爆豪。

それを見ていた八幡は、呆れ笑いを浮かべてすぐに起き上がった。

 

「やっぱうちのクラスバカばっかだわ…!」

 

だが、それに待ったをかけるのはやはり死柄木たち。

オール・フォー・ワンはオールマイトが抑えているため動けない。

 

「死柄木、コンプレス!あんたらくっつい…!?」

 

何とか追いかけようとしたマグネたちの足元を、水が流れていた。

まさか、と血の気が引いたがもう遅い。

水が氷へと変化し、死柄木たち四人の足元が氷漬けになる。

 

「冷たっ!」

「素肌に氷は厳しいのです!」

「この個性…マジかよ!アウトスノーだ!!」

 

「悪いわね」

 

切島たちが破壊した脇塀から、雪乃が飛び出してきていた。

雪乃の隣にいた轟と八百万は、切島たちが飛び出した時点で既にこの場から離れていた。

雪乃はそれを確認して、戦いの場に出てきたのだ。

 

「よくやった嬢ちゃん!」

「!?」

 

足を凍らされても自身の大磁石の武器を投げようとしていたマグネの顎を、バーから出立して今しがた到着したグラントリノが横から蹴り飛ばした。

荼毘と同じように、マグネはかくんと気絶させられる。

雪乃は見覚えのないグラントリノを、ヒーローと判断して(ヴィラン)たちを任せ、八幡の方へ向かう。

男装姿の雪乃を見て眉を顰める八幡。

 

「比企谷くん、無事ね?…ひどい怪我を」

「何だその格好…。じゃなくて、何でこっち来たんだ!爆豪の保護に行け!」

(ヴィラン)を抑えることは彼らを守ることにつながる。そう判断して残ったの」

「けどお前…」

「貴方だけを戦わせるわけないでしょう」

 

八幡の隣に立ち、死柄木、そしてオール・フォー・ワンを見据える雪乃。

 

「貴方を蝕む悪夢に、終焉を与えるわ」

「…無理すんな、頼むから」

「そっくりそのまま返すわ」

「へっ、お熱いねぇ」

「そんなんじゃないすよ、グラントリノ」

「知り合いなの?」

「オールマイトの師匠だ」

「オールマイトの…そんな方がいらしたのね」

「よろしくな、アウトスノーの嬢ちゃん」

「こちらこそ」

 

知り合いと言っても、今日の作戦会議で顔合わせしたくらいだけどなと八幡。

氷の波を崩壊で崩し終えた死柄木を見る。

コンプレスが気絶した荼毘に加えて更にスピナー、トゥワイスも個性で収納し、ビー玉をポケットに入れる。

 

「クソ…ヤバすぎるぜ、流石に俺たちだけであの3人は勝てねえ!死柄木、退こう!爆豪を今更追えるわけねえし、比企谷をここで捕まえんのも無理だよ!」

「…!」

 

コンプレスが正論を述べるが、それが更に死柄木の苛立ちに拍車をかける。

トガは武器を失い、実質まともに戦えるのはコンプレスと死柄木のみだが、コンプレスは正面戦闘は得意ではない。

マグネも気絶させられた。

だが、死柄木は八幡を睨んで動こうとしない。

 

オール・フォー・ワンがそんな死柄木を見て、再び黒爪を黒霧に刺してワープゲートをトガの真後ろに発動させる。

そしてコンプレスに呼びかける。

 

「コンプレス、マグネを」

「…! 了解!」

 

機転の効きそうなコンプレスに呼びかけ、マグネを収納させる。

何かする気だと判断した八幡と雪乃が、死柄木に迫る。

 

「ヴァン…」

「霜天…!」

「コネクタァ!!」

 

八幡と雪乃の攻撃が放たれる直前、八幡と雪乃が黒い液体に包まれた。

今にも攻撃されそうだった死柄木の目が見開かれる。

 

「!?」

「雪ノし…くそっ!!」

 

液体に飲み込まれる直前、八幡は気体操作をやめて自分と雪乃を包む黒い液体に両手で触れ、液体操作をかける。

途端に液体は二人の身体から離れて地面に飛び散り、消えた。

転送がキャンセルされたのだ。

 

「ほう。対応が正確だね」

 

だが、その隙にコンプレスはマグネへかけた圧縮の個性を解除し、ワープゲート前にマグネを置かせた。

そしてオール・フォー・ワンはマグネへ黒爪を突き刺し、個性強制発動をかける。

 

「え」

 

マグネの個性は磁力。

トガにS極、コンプレスと死柄木、黒霧にN極を付与し、トガへ向けて引き寄せる。

自分目掛けて飛んでくる男たちを見て慌てるトガ。

 

「やー、そんな急に来られてもぉ」

 

コンプレスたちにぶつかられてワープゲートへ入っていくトガ。

全員持ってかれる、と八幡はまだワープゲートに引き摺られる途中だった死柄木目掛けて再び駆ける。

 

「行かせねえ!置いてけ死柄木!!お前が!!」

「コネクタ…!」

「止ま…!!?」

 

死柄木目掛けて走りながら空気砲を放とうとした八幡を、水流で飛び出した雪乃が抱き止めていた。

何を、と雪乃を見る八幡。

その雪乃の身体に、黒爪が一本突き刺さっていた。

 

「雪ノ下!!!」

「っつ…」

 

黒爪を引きちぎり、雪乃の腹から黒爪の残骸を抜き取る八幡。

だが、死柄木はワープゲートに既に入りかけていた。

同時にマグネと黒霧もワープゲートに入れられる。

八幡たちから目を切り、オール・フォー・ワンへ叫ぶ死柄木。

 

「ダメだ、先生!その身体じゃあんた………」

「私のことはいいわ、早く死柄木を…」

「…!」

 

「俺、まだ────!」

 

「弔。君は戦いを続けろ」

 

ワープゲートは死柄木を最後に飲み込み、そのまま霧散した。

 

 

──────────

 

 

死柄木たちの転送を終えたオール・フォー・ワン。

仕切り直しだとグラントリノはオール・フォー・ワンに吹き飛ばされていたオールマイトの方へ行き、八幡も腹を抉られて傷ついた雪乃を抱き抱えてオールマイトの方へ向かう。

そして文句を言い始めるグラントリノ。

びびびとオールマイトへ指差す。

 

「なァあいつ緑谷!!!っとに益々お前に似てきとる!!悪い方向に!!!」

「保須の経験を経て、まさか来ているとは…十代……!」

「すみません…オールマイト、私が…引率でつれてきました…」

「喋るな雪ノ下。結構深くまで爪が入ってた。血は布で抑えられるが、お前は機動隊に引き渡す。早く病院に連れてってもらえ」

「待て、比企谷少年!まさか残る気か!?」

 

八幡は流動する大地の荷台に雪乃を乗せ、グラントリノは機動隊に被害者一名を搬送するよう通信機で連絡する。

オールマイトは険しい表情だが、八幡はそれに怯むことなく言葉を返す。

 

「お言葉ですがオールマイト。アレは怪物です。俺ならあんたの盾くらいは作れます」

「しかし!」

「雪ノ下、さっきは悪かった。状況が見えてなかった…」

「…比企谷くん」

「でも、もうこれ以上はやめとけ」

「っ…」

「何言っても、聞く気はねえけどな」

 

雪乃に背を向け、オール・フォー・ワンへ目を向ける八幡。

だが、雪乃は何とか身体を這わせ、大地の荷台から降りた。

そして傷口に手を当て、滴る血も気にせずに傷口の範囲だけを凍らせて止血を行う。

 

「おい…!」

「戦いに、参加までは…しないわ。でも、せめて…貴方を、見守りたいの…」

「…」

「意味…わかるわよね?比企谷くん…」

 

雪乃が戦いの場に残って八幡を見守る。

それはつまり、言い換えれば雪乃は八幡を見張るという意味でもある。

もし何か八幡が命を捨てるような真似をすれば、雪乃がまた先ほどのように身を呈して盾になるつもりなのだ。

その意図を汲み取り、舌打ちする八幡。

これでは、大地を動かして雪乃を機動隊に渡そうとしても、無理矢理にでもまた戦場(ここ)へ戻ってくる。

そんなことをされるよりかは、まだ目がつくところに置いておく方がマシかもしれない。

 

「…隅の方で黙って見てろよ。あの老害に目をつけられないようにな」

「ええ…」

「オールマイト、グラントリノ」

「わかっている。グラントリノ、雪ノ下少女をお願いします。比企谷少年、無理はしないでくれ」

「わぁった、見といてやる」

「はい…!」

 

オール・フォー・ワンに対峙する3人。

その様子に面白そうに笑うオール・フォー・ワン。

 

「かつて僕を殺した英雄に、力無き先代の盟友、そして僕の後継者候補。面白可笑しいメンバーだよ」

「黙れ!貴様に師匠のことを言う資格などない!比企谷少年は貴様の後継者などでは断じてない!!」

 

飛び出したオールマイト、それに続く八幡。

グラントリノは二人の後ろにつき、二人を補佐する役目にまわる。

オールマイトがオール・フォー・ワンへ殴りかかり、八幡は中間地点で地面に両手をつき、オール・フォー・ワンを斃す為の武器作成に入る。

 

「僕はただ弔を助けに来ただけだが」

 

だが、グラントリノの口から黒い液体が溢れ、グラントリノは転送されそうになったことにオールマイトたちは気が付かなかった。

“転送”+“衝撃反転”。

オールマイトの拳とオール・フォー・ワンとの間にグラントリノが出現し、更にオール・フォー・ワンはグラントリノに衝撃反転の個性をかける。

 

「なっ」

「戦うというなら受けて立つよ」

 

武器作成で固体操作を使用していた八幡は、殴り飛ばされるグラントリノと、グラントリノに拳がぶつかった直後、オールマイトの拳が弾かれる様を見ていた。

 

「ぐふぉっ」

「すみません!!」

(川崎みたいな衝撃を跳ね返す個性!だが、衝撃を全く受け付けないわけじゃない!しかもグラントリノに使ってグラントリノを反撃の盾として使いやがった!転送と組み合わされるなんて最悪の使い方だ…!)

「何せ僕はお前が憎い。かつて、その拳で僕の仲間を次々と潰し回り、お前は平和の象徴として謳われた」

 

間髪入れずに空気砲を放つべく左腕を膨らませるオール・フォー・ワン。

しかも、殴り飛ばされて反応できないグラントリノもろともオールマイトを吹き飛ばす気だ。

慌てて八幡は雪乃の前に圧縮硬化した土壁を作る。

 

「僕らの犠牲の上に立つその景色、さぞや良い眺めだろう?」

「DETROIT SMASH!!!!」

 

グラントリノを左腕で引き寄せ、空気砲を至近距離のスマッシュで打ち消したオールマイト。

お陰でオールマイトの後方がまとめて吹き飛ぶなんていうことはなかったが、それでも周囲の建物がまとめて数十軒、衝撃の余波で崩れ落ち、倒壊し始めていた。

 

「心置きなく戦わせないよ。ヒーローは多いよなあ、守るものが」

 

崩れた建物で、人々が何とか這い上がっていた。

警官たちや駆けつけたヒーローたちが救助活動に当たっている。

オール・フォー・ワンはわざと規模の大きい技を使っているのだ。

くそ、と八幡は悪態をつく。

救助活動は確かに必要だが、オール・フォー・ワンが健在の限り破壊の余波は止まらない。

それをわかっているから、オールマイトも八幡もオール・フォー・ワンを止めようとしているのだ。

至近距離でスマッシュと空気砲の余波を受けたオールマイトだったが、その最中でもオール・フォー・ワンの左腕を掴んでいた。

 

「黙れ」

「!」

「壊し!奪い!つけ入り支配する!」

(マズい…転送を…)

「日々暮らす方々を!理不尽が嘲り嗤う!私はそれが!許せない!!」

 

オールマイトの左拳がオール・フォー・ワンのマスクを突き破り、地面を砕きながら打ち倒した。

やったかと八幡が心中で呟くが、すぐにオールマイトよ異変に気がつく。

グラントリノも同様に、オールマイトが全身から煙を吐いていることに気がついた。

オールマイトの顔の右半分が、トゥルーフォームに戻りかけている。

 

「俊典…!」

「オールマイト、それ…」

 

オールマイトの活動限界が来ている。

ヤバい、と大地をあらかた圧縮し終えた八幡がオールマイトに駆け寄ろうとする。

既に現場には、カメラを持ったメディアが危険を犯して来ていた。

夜の空には報道のヘリが飛んでいるのが見えた。

このままでは、オールマイトの隠すべき秘密が、ワン・フォー・オールが白日の元に晒される。

だが、オール・フォー・ワンの笑い声が聞こえて止まる。

 

「いやに感情的じゃないか、オールマイト。同じような台詞を前にも聞いたな。ワン・フォー・オール先代継承者、志村奈々から」

(先代継承者!?…確か、オール・フォー・ワンはオールマイトは八代目だって…)

「貴様の穢れた口で…お師匠の名を出すな…!!」

「理想ばかりが先行し、まるで実力の伴わない女だった…!ワン・フォー・オールの生みの親として恥ずかしくなったよ、実にみっともない死に様だった。…どこから話そうか…」

「Enough!!」

 

拳を振り上げたオールマイト、その隙をついてオール・フォー・ワンはオールマイトを空へと空気砲で打ち上げた。

しかも、打ち上げた場所は上空まで来ていた報道ヘリの目の前である。

なんて意地の悪いやつだ、と打ち上げられたオールマイトを追いかける八幡。

だが、同じことを先に考えていたグラントリノがオールマイトに一足先に追いつき、報道ヘリから隠すようにオールマイトを庇った。

 

「俊典!六年前と同じだ!落ち着け!!そうやって挑発に乗って!奴を取り損ねた!!腹に穴を開けられた!」

 

八幡もオールマイトに肩を貸し、地面に着地する3人。

オールマイトは明らかに弱っていた。

日に日に短くなる活動限界に加えて、街を壊すほどのオール・フォー・ワンの攻撃を何度もその身に受けている。

 

「お前のダメなとこだ!奴と言葉を交わすな!」

「……はい…」

「…グラントリノ」

 

八幡がオールマイトをそっと離し、オール・フォー・ワンを見ていた。

 

「時間を稼ぎます。オールマイトをお願いします」

「なに!?何を言っとる!!」

「オールマイト、あんた休めばその身体…マッスルフォームとかいうのを戻して維持できるんすよね」

「比企谷少年、何を…する気だ…」

「そんな息絶え絶えで、何が平和の象徴ですか。俺が奴の相手をします」

「無茶なことを言うな!いくら君とはいえ、オール・フォー・ワンは!!」

 

紫電を迸らせ、八幡はオール・フォー・ワンの方へ歩き始める。

グラントリノも転送されてオールマイトの拳を直接喰らったお陰で、スピードが落ちていた。

まともに戦えるのは既に自分だけなのだ。

 

「わかってますよ。何百何千と個性を持つ怪物です、知ってます。けど…ナチュラルな個性持ちであれと真正面から戦えるのは、性能的にオールマイトか…大抵器用貧乏に出来る俺の接続操作ですよね」

「しかし!!」

「そう思うんなら、早く休んでくださいよ。3分…時間を稼ぎます。カップラーメン作るくらい簡単な時間ですよ。あんたを10分以上足止めした期末試験に比べればまだマシです」

 

全身に紫電が行き渡った八幡。

固体操作の身体強化強度を最上級にまで上げたのだ。

 

「比企谷少年…!」

 

その様子を動けずに遠巻きに見ていた雪乃は、いざという時の覚悟を決めた。

 

(比企谷くん…。…貴方に何かあれば、由比ヶ浜さんや…みんなに申し訳ないわ。いざという時は、貴方の…盾に…)

 

「今度は君が、僕の相手をするのかい?オールマイトはもうリタイアかな?」

「平和の象徴は普段の激務で疲れてるんだ。俺にしとけ、老害」

「もちろん良いとも!君の相手ならいつでも歓迎しよう」

「減らず口叩いて、余裕だな。全国の部下に無様な姿見せてやるよ」

 

震える手を力で抑え、大地を流動させる八幡。

生ける伝説にして巨悪、オール・フォー・ワン。

(ヴィラン)から帰還したヒーロー、ノーアームズ(比企谷八幡)

無謀な戦いが始まろうとしていた。

 

 

──────────

 

 

「…ん……」

 

目を開けた。

長いこと寝てたのかな、と目を擦ろうとするが、腕が軋むように動かない。

それは丸二日腕を動かしてないお陰で、少し身体が動きにくくなっているからなのだが、目を覚ました少女──耳郎響香はすぐにそのことを自覚できなかった。

響香が眠っていたベッドの横で、彼女が目覚めるのを待っていた響香の母──美香はすぐに気がつく。

 

「響香!良かった…私がわかる?」

「…母さん…」

「そう!ここ、どこかわかる?病院よ」

「…びょう、いん……。…っ!!」

 

すぐに身体を起こそうとした響香だったが、身体がやはり動かしにくい。

慌てて響香をベッドに押し戻す美香。

 

「ダメだってまだ動いちゃ!」

「葉隠…!ひ、比企谷!あの二人は!?」

「…葉隠ちゃんは、まだ意識が戻ってないの。同じ病院で入院中よ。比企谷くんは…」

 

目を下に向けた美香に、まさかと顔を青ざめる響香。

だが、違うのと美香は首を振る。

 

「無事!無事よ…。…けど」

「けど、なに!?何がどうなったの!?」

「…その、テレビを見て」

「テレビ…!?」

 

病室に備え付けられたテレビ。

美香が今の今まで見ていたニュースだ。

画面右上のLIVEという文字が、その映像がリアルタイムで中継されていることを示していた。

その映像を見て、今が夜だと気がつく響香。

報道ヘリが撮っている映像だった。

ライトに照らされた、地面に立つ二人に焦点が当たっていた。

一人は目と鼻、髪の毛もない荒れ果てた肌ののっぺらぼうのような大柄な男。

そしてもう一人は、よく知っている少年が、血塗れの姿で立っていた。

 

「比企谷…!!?」

 

 

 

「ヒッキー、ゆきのん…!!」

「結衣…」

 

同じように、テレビを自宅で母親と共に見ていた結衣。

救援も連絡もできないが、せめて状況が知りたいとテレビをつけたのだ。

案の定、横浜市神野区でヒーローと(ヴィラン)が戦う様子が緊急ニュースで中継されていた。

しかも、オールマイトが押されており、傷ついたオールマイトの代わりに八幡が(ヴィラン)の前に立っている。

 

(まさかこの(ヴィラン)が…ヒッキーを攫って、腕を切り落とした…!?)

 

(ヴィラン)連合を緑谷たちだけでなく、ヒーローも狙っていたのは察しがついたが、まさか狙われている当の本人である八幡までその場に行っているとは思わなかった。

緑谷たちを守るためについていった雪乃までおり、雪乃は腹を刺されて戦闘不能になっている。

 

「結衣、大丈夫?」

「…」

「ダメよ、今からいっちゃ。それこそヒッキーくんとゆきのんちゃんの邪魔になるわ。貴女は…」

「わかってる!ヒッキーもゆきのんもすっごく強い!わかってるけど…。…でも、あたしが…。何にもできないで、ここで待ってるしかできないことが…すごい悔しい」

「…なら、あの二人が帰ってきた時、貴女が迎えてあげなきゃ。その為にも、今は見守ろう。二人の無事を信じて、見届けるの」

「うん…」

 

テレビに目を向ける結衣。

報道ヘリのアナウンサーが、神野区の惨状を生々しく中継している。

 

『悪夢のような光景!突如として神野区が半壊滅状態となってしまいました!現在オールマイト氏が元凶と思われる(ヴィラン)と交戦中です!信じられません!(ヴィラン)はたった一人!街を壊し!平和の象徴と互角以上に渡り合って──……あ!?今、一人の少年が(ヴィラン)の前に現れました!間違いありません!雄英体育祭で(ヴィラン)連合を打ち破った、ノーアームズ!!若干15歳のプロヒーローが、(ヴィラン)の前に立ちはだかりました!!』

 

「ヒッキー…!!」

 

 

──────────

 

 

オール・フォー・ワンの前に立った八幡だが、未だオールマイトとグラントリノ以外のヒーローが、バーの方からこちらへ援軍に来ないことを気にしていた。

恐らく、オール・フォー・ワンが先ほど転送した脳無の対処に追われているのだろう。

だが、何十体どころか百体以上は送っているはず。

 

(まだ鎮圧には時間がかかってる。誰も頼れない、俺一人。俺一人で、オール・フォー・ワンを…)

「さて、僕をどうする気なんだい?」

「あ?さっきから何の話だ…」

「君は僕を止めにきたと言ったね?それは、本心なのかな?」

「…」

 

オール・フォー・ワンの元へ八幡がわざわざ作戦に志願して、それでもやってきたのは。

 

「本心を言いなよ、聞いてあげよう。これでも一度は君の先生をやってたんだ。君の気持ちは、理解しているつもりだよ」

「…そうかい」

 

爆豪を救ける為に来た、勿論そうだ。

(ヴィラン)連合を捕まえる為に来た、当然である。

では、(ヴィラン)連合のボスにして父親の仇でもあるこのオール・フォー・ワンを、自分はどうしたいのか。

 

「…お前を、殺しに」

 

八幡の言葉に、息を呑む雪乃。

今まで聞いたことがない、彼の声色だった。

二人の戦いの様子を撮っていた、近場まで徒歩で来た取材班たちも、報道ヘリで何とか音声を拾おうと苦心していたメディアたちも、傷ついたワン・フォー・オールを整えていたオールマイトも。

その発言に驚く。

 

「珍しく強い言葉を使うね。…だが、やはり似合っているよ。それでこそ君だ。何せ君は」

「お喋りが好きだな、相変わらず…」

「良いじゃないか。せっかくらしくなってきたんだ。もっと話そう!」

「あんたの墓の前でいくらでも喋ってやるよ…!!」

 

大地が蠢き、大地の大蛇が首をもたげた。

既に八幡は個性の全神経を大地に繋ぎ、先ほど圧縮硬化した大量の土の操作権を得ている。

 

「地大蛇行軍!」

 

オール・フォー・ワンが破壊したあとを、巨大な土の大蛇が猛スピードで更に塗りつぶし、オール・フォー・ワンへ突っ込む。

“エア・ウォーク”で空へ逃げたオール・フォー・ワンを5匹の地大蛇が追いかけ、オール・フォー・ワンが一頭一頭に対して空気砲を撃ち込み破壊していく。

 

「破壊しても意味ねえよ…!」

 

頭から崩れていく地大蛇が、再び八幡の操る大地や地大蛇に触れて接続され、また増強されて再び地大蛇を形成し、オール・フォー・ワンへと向かう。

破壊され、再生し、破壊されと繰り返す。

堂々巡りでキリがない。

 

「よくやるね。大蛇を破壊されるだけで痛くて痛くてたまらないだろうに」

「余計なお世話だ」

 

足元の土を盛り上げ、土柱を地面から発動させてオール・フォー・ワンの元へ自らの身体を飛ばす八幡。

現在の体重は固体操作の副作用で1tを超えているが、気体操作でより多くの空気と接続すれば、体重は減衰して120kg程度になら調節できる。

常に大量の土と空気と接続することで、バランスを取っているのだ。

よくできた個性だ、とオール・フォー・ワン。

本来なら固体操作だけのデメリットで押しつぶされそうになるものの、気体操作を併用することでデメリットがメリットへと変わる。

 

大地を操作しながら宙へ飛び出した八幡。

靴からは土紐が何本も地面や地大蛇に伸びており、宙に浮いていても大地を操作できるのだ。

地大蛇をオール・フォー・ワンに襲わせ、まずはオール・フォー・ワンの動きを制限させる。

肉骨や空気砲で迎撃するオール・フォー・ワンに目掛けて、同じように空気砲を数に傾倒して撃ち出す八幡。

 

「ヴァン・ガンズ!」

 

風の銃弾をいくつも撃ち出し、オール・フォー・ワンに風穴を開けんとする八幡。

だが、オール・フォー・ワンは“エア・ウォーク”で地大蛇ごと交わしてしまう。

 

「流石に君が殺す気で出した技だ。もらったら風穴が空きそうだよ」

「空け!!」

 

圧縮硬化した土を足に纏った八幡がオール・フォー・ワンに蹴りかかる。

 

隕石墜蹴(メテオラ フォール)!!」

 

地大蛇を避けたオール・フォー・ワンが逃げた先に、鉄巨人の脚が振り下ろされた。

それを受け止めたオール・フォー・ワンは、衝撃反転の個性を発動させて八幡の蹴り足に衝撃が返る。

 

「ぐうっ!!」

 

足に伝わった隕石墜蹴(メテオラ フォール)の衝撃と、土が砕けた痛みとで二重に痛みが走る。

だが、彼は怯まない。

痛みで止まるようなら、こんなところへ来ていないのだから。

 

「君対策をしていないと思うかい?君は基本的に物理攻撃しかしない。だが、その物理攻撃はオールマイトほど威力は高くない」

「だから衝撃反転で十分だと!?衝撃反転を使っても衝撃は喰らうんだろう!!」

「反転する衝撃に耐えつつ、僕を仕留める気だというのなら。見通しが甘いね。甘すぎる」

 

オール・フォー・ワンの両腕が筋骨や筋肉で膨張し、爆発する。

八幡へ凄まじい勢いで伸びるオール・フォー・ワンの両腕。

気体操作による飛行で両腕から逃げ始める八幡だが、すぐに両腕に追いつかれかける。

 

「ファーストブリッド!!」

 

渾身の身体強化による拳で片方の腕を砕き割るが、もう片方の腕は八幡にぶつかり襲い掛かった。

オール・フォー・ワンの腕が八幡を吹き飛ばし、地面へ叩きつける。

 

「まだだよ。君の殺意は足りない。足りてないんだ」

 

「オール・フォー・ワン!!もうやめろ!!」

 

何とか完全にマッスルフォームを保ち直したオールマイトが、オール・フォー・ワンの前へ出る。

だが、撃墜されたはずの八幡が地面から這い上がり、土の巨大な鞭を何本もオール・フォー・ワンに向けて振るう。

 

「んんんんんんんっ!!」

「比企谷少年…!」

 

一体何が彼をここまで動かし、戦わせるのか。

オールマイトが持つ平和への狂気にも似た、強迫観念のようなものを、オールマイトは感じ取っていた。

オール・フォー・ワンは、そんな八幡を見て嗤う。

 

「流石だよ。だがもっとだ」

「オール・フォー・ワン!!」

「君はもっと殺意を持てる」

「知った風な口を聞くな!!お前に何がわかる!?」

「比企谷少年!!」

 

八幡は再びオール・フォー・ワンに向かって飛んでいこうとするが、オールマイトに抑えられる。

戦い始めてわずか2分、八幡の迸る紫電は勢いを増していたが、紫電の量にまるで比例するかのように八幡もボロボロだった。

最早戦えるような身体ではない。

だが、オール・フォー・ワンはつまらなそうにオールマイトに声をかける。

 

「邪魔をしないでくれるかな、オールマイト。比企谷八幡は、成長している途中なのだから」

「何を先生のような顔をしている!?」

「まさしく先生なんだよ」

「違う!!彼の先生はスクリームフィストや雄英教師!!そしてエンデヴァーとミルコだけだ!!」

「そうかい?僕と比企谷八幡には、共通点がある。そして、彼は(ヴィラン)の素質を持っているんだよ」

「っ!! まさか…!」

 

オール・フォー・ワンの口走ることを予測したオールマイトは、咄嗟にメディアに目を向けてしまう。

その反応を見たオール・フォー・ワンは、ニヤリと嗤って決定的な一言を告げた。

 

「だって、彼は。比企谷八幡は」

「やめろ!!!」

 

「彼は…君は!齢二歳にして、母親を殺した(ヴィラン)を、その手で殺したのだから!!!」

 

 

 

13年前、とある産婦人科医院。

その幼子は、母が入院している産婦人科に在りし日の父に連れられて来ていた。

父はエンデヴァーとのチームアップでそのまま病院を出て、その幼児は母の出産を待ちに待っていた。

何れ自分の妹となる存在を、待っていた。

父と母に何度も言われていた。

妹が産まれたら、お前が守れと。

ヒーローの子供らしく、兄として妹を守るんだと。

幼子も、幼いながらにして、そのことだけは理解していた。

そして、妹は生まれた。

出産で母親は消耗していたが、嬉しそうに赤子を見つめていた。

幼子は生まれたばかりの妹を、ニコニコと見守っていた。

白衣を着た助産師たちが、出産で疲れ果てた母親を移動させようとした、その時。

分娩室の外壁を破壊し、ある大男がやってきた。

そこからは、その幼子はほとんど覚えていない。

彼が覚えていたのは、必死に妹を抱き抱えたことのみ。

ただ、事件の詳細を、後の彼は父から聞かされた。

 

母親はその大男を捕らえた過去があり、逆恨みで殺されたこと。

その日、産婦人科医院の一棟が跡形もなく圧縮されて潰れたこと。

その母親を殺した(ヴィラン)も、その場で死んだこと。

そして、病院棟を潰したのも、(ヴィラン)を殺したのも、幼い自分であることを。

 

比企谷八幡は知った。

 

 

──────────

 

 

オール・フォー・ワンの発言を、報道ヘリに備えられていた集音マイクは聞き取っていた。

そして、それは全国に瞬く間に伝えられる。

高らかに嗤うオール・フォー・ワン。

 

「わかるかい!?その子は僕たち(ヴィラン)や弔と同じだよ!理由は何でも良いんだ!ただ、その怒りを!人の命を消すことで、彼は治めたのさ!!彼は生まれついての(ヴィラン)だよ!!」

「ふざけるな!!比企谷少年は貴様らとは違う!!そもそも、彼の場合は個性事故として認められた!!個性発現もその時だ!!」

「同じだよ!寧ろ、本能で人を殺したと言える!!明確な殺意を持って、母親を殺した相手に復讐したんだ!!その素質があったのさ!」

「減らず口を閉じろ!!オール・フォー・ワン!!!」

 

オールマイトがほとんど見せかけのマッスルフォームに鞭を打って飛びあがろうとする。

だが、それよりも早くぷくりとオール・フォー・ワンの両腕が膨れ上がった。

空気大砲を予感し、固まってしまった八幡を連れて軌道上から躱すグラントリノ。

オールマイトも同じく逃げようとするが、オール・フォー・ワンはそんな彼に声をかける。

 

「いいのかい?逃げて」

「!?」

 

オールマイトの背後にあった建物だった瓦礫から、少しだけ瓦礫が動く音がした。

若い女性が、瓦礫に挟まれて動けなくなっていた。

オールマイトが避ければ、一般女性は確実に死ぬ。

 

「おい!!」

 

グラントリノが空中で女性の元へとんぼ返りのように跳ねて向かおうとしたが、それよりも早くオール・フォー・ワンは空気大砲を撃った。

オールマイトは再びスマッシュで空気大砲を打ち消す。

だが、二つの力の余波は彼の身体を確実に消耗させてしまっていた。

ぼたた、と大量に吐血し、オールマイトは完全にトゥルーフォームに戻ってしまっていた。

 

「まずは怪我をおして通し続けたその矜持。惨めな姿を世間に晒せ、平和の象徴」

 

雪乃がその姿を見て、全てを察する。

雄英校舎内で時々見かけた、用務員か何かだと思っていた彼。

彼が、オールマイトの真の姿なのだと。

そして、全国にその姿が中継されていた。

中継していたアナウンサーが困惑を隠さずに、世間へと真実を伝えてしまう。

 

『えっと…何が、え…?皆さん、見えますでしょうか?オールマイトが…しぼんでしまってます…』

 

その様子を、助け出した爆豪と共に見ていた緑谷は、モニター越しにオールマイトの終焉を絶望感と共に見届けていた。

ワン・フォー・オールの秘密。

絶対に明かせない、平和の象徴を守る絶対領域。

 

オール・フォー・ワンがくつくつと嗤う。

 

「頬はこけ、目は窪み!貧相なトップヒーローだ。恥じるなよ、それがトゥルーフォーム(本当のキミ)なんだろう!?」

 

だが、オールマイトは依然変わらぬ瞳でオール・フォー・ワンを見据える。

その様子に、オール・フォー・ワンは未だオールマイトの意志が折れていないことを確認した。

 

「……そっか。やれやれ、比企谷八幡と共に…平和の象徴の秘密を以て君に絶望を与えられると思ったんだけどね」

「身体が朽ち衰えようとも…その姿を晒されようとも…私の心は依然平和の象徴!!一欠片とて奪えるものじゃない!!」

「素晴らしい!まいった、強情で聞かん坊なことを忘れてた。じゃあ、これも君の心には支障ないかな…あのね……」

 

ピッと指を立て、再びオールマイトに絶望を与えるオール・フォー・ワン。

 

「死柄木弔は志村奈々の孫だよ」

 

その言葉で、大きく目を見開くオールマイト。

まさか、と心中で溢した。

オール・フォー・ワンは更に絶望を丁寧にオールマイトの心に練り込んでいく。

 

「君が嫌がることをずぅっと考えていた。君と弔が会う機会を作った。君は弔を下したね。何も知らず、勝ち誇った笑顔で」

「ウソを…」

「事実さ、わかってるだろ?僕のやりそうな事だ。…あれ…おかしいなオールマイト。笑顔はどうした?」

 

オールマイトの顔から、平和の象徴たる表情がなくなり、悲壮な顔となっていた。

師である先代・志村奈々を思い出す。

いつでも笑顔で、“自分は大丈夫だ”と笑えと。

オールマイトに教え込んでくれた、素晴らしい人だった。

そんな彼女の孫を、自分が。

 

「き…さ、ま…!」

「やはり…楽しいな!一欠片でも奪えただろうか」

 

平和の象徴の、心を。

 

「〜〜ぉおおお──…!!」

 

私は、なんということを。

オールマイトが心から絶望しかけた、その時。

その少年はグラントリノを振り払い、オールマイトの前に降り立った。

 

 

──────────

 

 

「比企谷八幡…どうだい?僕をちゃんと殺す気になったかい?」

「…」

「比企谷…少年…」

 

先程よりも更に紫電の量が増している。

その事実に気がついた英雄と巨悪。

 

(個性の出力が上がっている…!あの紫電に攻撃性はない。恐らく、比企谷八幡の個性の目安にしかならないもの。だが…何だアレは。まるで、ワン・フォー・オールの歴代継承者たちのような…)

 

紫電が掌だけではなく彼の全身を迸り、髪の毛が電位差で浮き上がっていた。

血塗れの身体に紫電が映り込み、幽鬼の如くオール・フォー・ワンを睨むその様は、まだ彼の意志が折れていないことを示していた。

紫電を纏わせた八幡をワン・フォー・オールの歴代継承者たちのよう、と思ったが、それは彼らに引けを取らないほど個性の出力が高い証拠。

 

オール・フォー・ワンは更に口撃を続ける。

 

「幼い頃(ヴィラン)を殺したように、僕も殺すのかい?比企谷八幡…」

 

「わかって、ないわね…」

「!?」

 

オールマイトたちの背後で、雪乃が先程の女性を瓦礫から水で掬い上げていた。

オール・フォー・ワンを不敵な笑みで見ている。

 

「どういう意味かな?アウトスノー」

「彼は、とっくに彼の行いを見つめ直して、乗り越えているのよ…」

「?」

 

雪乃、そして八幡は思い返す。

2年前。

一緒にヒーローをやろう、と結衣は八幡と雪乃を誘った。

雪乃は満更ではない様子で、頷いていたのを覚えている。

だが、八幡だけは頑なにそれを断った。

雪乃たちは彼に何度も食い下がったが、彼は答えない。

いつもの捻くれではない、何かがあると雪乃は推察し、教えてくれそうな小町を訪ねた。

そして、小町は泣きながら教えてくれた。

小町が産まれたその日、母親を(ヴィラン)に殺されたこと。

その(ヴィラン)を、その時個性が発現した八幡が固体操作で圧殺してしまったことを。

小町は、そんな兄にヒーローになれば良いなど口が裂けても言えないと語った。

何せ、兄に人を殺させたのは小町だと考えていたのだから。

どこか軽い気持ちで小町を訪ねた雪乃は、何も言えなくなってしまった。

だが、結衣だけは考えた方が違った。

 

『でも、ピッタリだと思うけど逆に』

『ひっく、ひっく…………え?』

『どういうこと?由比ヶ浜さん』

『だってさ、たった2歳でさ…小町ちゃんをその手で守ったってことじゃないの?』

『っ!』

『え…』

『確かに、お母さんを…殺されて、さ。もしかしたら、本当に(ヴィラン)を恨んで、やり過ぎちゃったのかもしれないけど……あたしは、ヒッキーは子供の頃でもそんなことしないと思うな。だって…いつでも、ヒッキーは誰かを守るために頑張ってたじゃん。あたしのサブレも、奉仕部の依頼で来た色んな人たちも…』

『由比ヶ浜さん…』

『ゆ、ゆいさん…』

『だからさ!その…ヒッキーと、あたしはヒーローやりたい。ヒッキーは絶対ヒーローに向いてるよ!だって…』

 

 

 

「彼は、本当に幼い頃から妹を守ってきた。生まれついての(ヴィラン)?違うわ。彼は、生まれながらにしてヒーローだった!」

「解釈の違いだよアウトスノー」

「そうね。人の心は千差万別。貴方と同じように、(ヴィラン)として彼を見る人がいるかもしれないわ。けれど、結局それは行動で信頼を取り寄せれば済む話。そして、私たちと彼はそれが出来ると。何度も、何度も話し合ったわ」

「!?」

 

雪乃の言葉に押されて、八幡は一歩前へ出た。

守れ。

守れ。

その手を伸ばせ、足りないならば大地を伸ばせ。

“守るヒーロー”たれ。

亡き母のように。

あの日自分と妹を守るために殉職した、彼女のように。

オール・フォー・ワンに触発され、心の中に渦巻いていた殺意が霧散していくことを感じていた。

 

「貴方なら出来るわ…比企谷くん」

 

「…訂正、する。オール・フォー・ワン」

「…」

「お前を捕らえる」

「やれるものなら」

 

ボソリ、と八幡は後ろのオールマイトにつぶやいた。

 

(時間を稼ぎます。俺ではアレには勝てません)

「…!」

(貴方が、やってください。俺たちを救けてくださいよ、No.1)

「…少年…!」

 

こんな時でも、その笑みからは卑屈さは抜けていない。

だが、いつもより柔らかな笑みを、比企谷八幡はしていた。

 

「負けないで…」

「!」

 

雪乃が肩を貸した女性が、オールマイトに同じようにむけて言葉を投げる。

 

「オールマイト、お願い……救けて」

「っ…!」

 

バリリ、と右腕のみマッスルフォームに戻したオールマイト。

意志は死なない。

後悔することはそれこそ後でやれば良い。

忘れるな、原点を。

平和の象徴として、人々を救けることこそ我が使命。

 

「…お嬢さん、もちろんさ。比企谷少年…すまない!」

 

最後の一振りを作るオールマイト。

いつもの笑顔を、オールマイトは思い出していた。

 

「ああ…!多いよ…!ヒーローは…守るものが多いんだよオール・フォー・ワン!!」

 

血を流し、涙を流し、それでも笑顔は絶やさない。

自分は大丈夫だと、どんな時でも人々を笑顔で救うのだ。

 

「だから、負けないんだよ」

 

 

──────────

 

 

両手を地面に着き、更に紫電が激化する。

八幡の周囲に大地が渦巻き、彼の身に纏うように硬化した土が取り巻いていく。

オールマイトはほぼ限界。

だが、せめて最後の一振り。

オール・フォー・ワンへのトドメを、彼にしてもらう。

衝撃反転すら覆すようなパワーで、あの巨悪にトドメを。

だから、そこまでのお膳立てを、自分がするのみ。

 

「固体圧縮率、2000%…!!」

(固体で2000%だと!?)

「流星蛇」

 

先程と同じように土蛇がオール・フォー・ワン目掛けて突進する。

いや、最早突進とは言えなかった。

まるで流星のようなスピードで、オール・フォー・ワン目掛けて飛んだ。

 

「!!」

 

すぐに空中に飛び上がったオール・フォー・ワンだが、あまりのスピードに空気砲による迎撃が出来ない。

土蛇はすぐに地面を跳ねてオール・フォー・ワン目掛けて飛ぶ。

しかも、土蛇の胴体部分から新たな土蛇の頭が生まれ、まるで八岐大蛇のように数多の蛇がオール・フォー・ワンに噛みつきにかかった。

 

「素晴らしい個性コントロール…!吹っ切れたか比企谷八幡!!」

 

今日一番の速度で膨張した大腕を振るうオール・フォー・ワン。

全ての土蛇の頭が引き千切れてひしゃげるが、首無しの土蛇はそのまま突っ込む。

再び大腕を振るって土蛇の突進を防ぐが、オール・フォー・ワンの真上に飛行して先回りした八幡が迫っていた。

面倒な、と今度は鋭利な刀を掌から突出し、八幡と土蛇の間に繋がっていた土紐を一振りで全て切る。

これで空中で大地は操れない。

だが、土紐が断ち切られた痛みをまるで感じていないかのようにオール・フォー・ワンに拳と蹴りの連打を打ち込む八幡。

平塚とミルコの拳闘を合わせた彼オリジナルである。

その初撃を腕で受け、オール・フォー・ワンは八幡の身体能力が大幅に上がっていることに気がついた。

 

(なんだ!?固体操作の身体強化がこれほどまでとは…!…まさか!?)

 

オール・フォー・ワンの防御の腕を蹴りでこじ開け、更にもう一発回転しながら踵落としを叩き込む。

受けきれなかったオール・フォー・ワンがエア・ウォークも虚しく、空から地面に叩きつけられた。

 

「ぬうっ!」

「終わりだろ」

「まさか」

 

空中から重力と飛行の掛け合わせで垂直落下してきた八幡の拳を膨張した腕で受け止めるオール・フォー・ワン。

 

「んんっ!!」

 

だが、彼はもう怯まない。

至近距離から放たれたオール・フォー・ワンの空気大砲を躱し、その余波で報道のヘリが揺れる。

そのままオール・フォー・ワンを振り回して地面に叩きつけ、地面に手を突いて再び固体操作をかける。

 

「山土流壁掌!!!」

 

地面があっという間にオール・フォー・ワンを呑み込み、圧縮していくが、圧縮され切る前に空気大砲で土流を全て弾き飛ばしたオール・フォー・ワン。

だが、それを読んでいた八幡は気体操作と固体操作を大気と大地をその手に集めていた。

オール・フォー・ワンの上から大気を、オール・フォー・ワンの真下から大地を集約させ、二つの世界を合わせるようにオール・フォー・ワンを挟み込む。

 

「気体圧縮率10000%、固体圧縮率3000%!!!」

 

戦いを見守っていた雪乃が、その様子に気がついて救け出した女性を氷壁で庇って隠れる。

 

(個性の同時使用!?しかも出力が…)

 

「Two Rulars」

 

まるで自分を中心に世界が縮んでいくかのような感覚を受けたオール・フォー・ワン。

周囲にあった大気と大地を圧縮して丸ごとぶつけられ、盾と装甲の個性を構えたが、勢いに負けて地面に埋められていく。

今だ、と拳を構えてオール・フォー・ワン目掛けて渾身の一撃を当てに行く八幡だったが、動けないはずのオール・フォー・ワンが八幡の右拳を受け止めていた。

 

「!! チートめ…!!」

「…大分個性が成長したようだね。雄英に預けた甲斐があったよ」

「アホか。こりゃお前を斃す為に個性伸ばしてきたんだよ」

「いやいや、全ては僕の手の中さ。これでようやく…」

「俺の個性を死柄木に渡せる、か?」

「!?」

 

オール・フォー・ワンの一瞬の動揺を、八幡は見抜いていた。

そんなことだろうと思ったと言わんばかりである。

 

「あんた、俺をいつだか自分の後継者候補の一人だとか言ってたよな。そうやって子供を煽てるように言い聞かせてたけど、本当は死柄木に俺の個性をあげたかったんだろ」

「なぜそう思った?」

「簡単だろ?俺にとって接続した物体は手足も同然。感覚神経を入れたらそれこそ手足と変わらない。そして、死柄木の個性は五指で触れたものを崩すもの。わかるだろ?」

 

もし死柄木に“接続操作”を渡したら。

空気と死柄木が掌を接続させ、接続した空気が死柄木にとっての掌と認識できたら。

ただ死柄木と同じ空間にいるだけで、死柄木はあらゆる物を崩せるようになるかもしれない。

 

「だからあんたは体育祭であっさり俺を逃した。成長してくれるならどこにいても良いんだろ?生物操作を俺から奪ったのは、ヒーローとして生物操作を持っていたら気体操作や固体操作の成長が必要なくなるかもしれないからな」

「…」

「そして、成長し切った段階で俺から個性を奪い、死柄木に渡すつもりだった。合宿で俺を積極的に狙わなかったのは、まだ成長し切っていないと判断したからだろ?違うか、黒幕」

「やはり君は素晴らしい…。是非弔の補佐に当たって欲しいんだけどね」

「世迷言って知ってるか?」

「だよね。なら、こうするしかないな」

 

オール・フォー・ワンの左掌が、八幡の顔を掴んだ。

そこまでバレては仕方がない。

今ここで奪うまで。

オールマイト、そして雪乃が彼に叫ぶ。

だが、ニヤリと笑ったのはオール・フォー・ワンではなく、八幡の方だった。

 

「…!?」

「どうした、何で奪わない?」

「個性が…オール・フォー・ワンが使えない!!何をした!?」

「え?何のことだ?」

「とぼけるな!!」

「…あんたは思い当たる節があるんじゃないか?」

「…!!」

 

八幡の左手が、オール・フォー・ワンの頭に直に触れていた。

八幡はオールマイトとの期末試験以降、自分の個性が拡張しているような、そんな何かを感じ取っていた。

I・アイランドでは、巨大な金属塊を操ろうとした時もそうだった。

合宿で、コネクタと戦った時も何かが身体に浸透していくことを感じた。

それが今、オール・フォー・ワンとの戦いの中、何度も死戦を潜ったおかげか、瀕死になったおかげか。

彼は懐かしい感覚を取り戻していた。

 

「流石に気絶はできないな。個性も全部は使用不可にはできない。たった一つしか止められないなんてどうなってんだ、怪物め」

「…まさか、生物操作!!?バカな、有り得ない!!あの個性は僕が君から奪い返した!そして他の脳無に渡して確かに発現した!!」

「やっぱ持っていなかったか。そりゃそうだよな、あんたのオール・フォー・ワンがあればあんなの要らないだろうし」

「神経の個性だからか!?左腕に宿っていた個性因子が君の全身に浸透したとでも!?ありえない!そんな、浸透して馴染むような個性でもない限り…!まさか!君が!!」

 

比企谷八幡の個性原理は、神経を操るもの。

神経をあらゆる物体に通して操る。

それは逆もまた然り。

つまり、彼の身体に入った別の個性因子を、彼の体内の個性因子は取り込んだ?

または、個性因子の性質が神経を通すことを覚えていた?

それを無意識に行った?

 

だが、それなら納得できる事象が二つ。

一つは身体強化と接続操作の成長。

生物操作を自らに無意識にかけ、固体操作とは別のリソースで八幡は自分を強化していたのだ。

そしてもう一つ、紫電である。

生物操作の電位変化が、八幡の身体に視覚的に現れていたのだ。

 

「有り得ないと思ってくれて良い。もう、こんなことは二度と起きない。あんたから個性をこれ以上与えられる気はない…!」

「おのれ!!」

「オールマイト!!!」

 

オール・フォー・ワンは封じられたが、別の個性はいくらでも使える。

だが、こんな貴重な個体を殺すわけにはいかない。

その一瞬の慢心とも言える油断が、オールマイトの接近を許した。

八幡を殺さずに空気砲で吹き飛ばしたオール・フォー・ワンだったが、オールマイトの一撃を防ぐことはできなかった。

 

「ぐっ!」

「終わりだオール・フォー・ワン!!」

「どうかなそれは」

「!?」

 

空気砲で吹き飛ばされたはずの八幡に、黒爪を伸ばして捕らえていた。

そして引き寄せ、八幡を盾にする。

だが、同時に八幡もオール・フォー・ワンの腕を掴んでいた。

 

「抜け目がない」

「あんたに言われたくない…!!」

 

そして、右腕を更に肥大化させていくオール・フォー・ワン。

生物操作を発動させて“オール・フォー・ワン”を止めているからまだ個性は奪われていないが、オール・フォー・ワンの怪力のような個性で掴まれて動けないのだ。

 

「さて、僕を殺すか?この子ごと」

「ぐっ…」

「そして、君はいつまで経っても諦めないね。衝撃波では体力を削るだけで確実性がない」

 

“筋骨発条(バネ)化”+“瞬発力”×4+“膂力増強”×3+“増殖”+“肥大化”+“鋲”+“エアウォーク”+“槍骨”。

 

「確実に殺す為に、今の僕が掛け合わせられる最高・最適の個性たちで、君を殴る」

 

オール・フォー・ワンの半身よりも大きくなった右腕を見せつけられ、クソと悪態をつく八幡。

こんなところで足を引っ張るわけにはいかない。

生物操作による電位変化の紫電がより光るが、やはり“オール・フォー・ワン”の使用を止めるくらいしかできない。

 

「おとなしくしていてくれ。君は必ず弔に届ける」

「ぐうっ…!」

「比企谷、少年…!」

「オールマイト、俺ごと…!!」

 

「赫灼熱拳!!」

 

「!?」

「げ」

 

聞こえてきた声に、今から起こる事を予期して心中で合唱する八幡。

どうか当たりませんように、である。

 

「ジェットバーン!!」

「っ!」

 

オール・フォー・ワンの左腕をピンポイントに狙った炎は、オール・フォー・ワンの左腕を避けさせた。

そして、その拍子にオール・フォー・ワンの顔に蹴りを入れてなんとか脱出した八幡。

地面を無様に転がり、その勢いを炎の放出主──エンデヴァーに足で止められる。

 

「何をしとるんだ貴様は!!なんだそのボロボロっぷりは!」

「いや、ほんとすんません…」

「大人しくしていろ、もう休め!!…そして、オールマイト!!!なんだその姿はぁ!!!」

 

百体以上の脳無を壊滅させてようやく援軍に来ることができたエンデヴァー。

壊滅と言ったが、それでもまだ数体バーの方に残っていた。

だが、あまりにオールマイトの方が時間がかかっているとして、塚内がエンデヴァーだけ先に行かせたのだ。

エッジショットやシンリンカムイはまだバー近くで脳無たちの制圧、その後処理をしていた。

脳無たちのほとんどは、八幡の接続操作を研究して神経伝達を参考に量産された脳無。

その数はかなり多かったが、まさかこんな短時間で倒し切ってここまで来るとは、とオール・フォー・ワン。

雪乃が八幡の救護に来つつ、エンデヴァーの身体を水で冷却する。

赫灼を使ったエンデヴァーの身体は熱がこもり、身体機能が低下してしまうのだ。

 

「無茶をしないでちょうだい、比企谷くん。無事よね?個性は…」

「取られてねーよ…」

「そう。…もう、無理をしないで。お願い…」

「…」

 

八幡が離れたことで、オールマイトはオール・フォー・ワンに突っ込む。

オール・フォー・ワンも同じように突っ込んだ。

今度こそオールマイトを殺す為に。

だが、この男の入念さは口撃にある。

 

「緑谷出久。譲渡先は彼だろう?」

「っ!」

「資格も無しに来てしまって…まるで制御できてないじゃないか。存分に悔いて死ぬといいよオールマイト。先生としても、君の負けだ」

 

二人の拳の衝突は、今日一番の衝撃を生んだ。

街の一区画がまとめて吹き飛び、八幡は咄嗟に土の盾を二人の周囲に張り巡らせて何とか余波を防ごうとしたが、それすら吹き飛んでしまう。

オール・フォー・ワンは拳の衝突と同時に衝撃反転を発動させる。

だが、あまり手応えがない。

 

「そうだよ」

「!?」

「先生としても…叱らなきゃ……いかんのだよ!私が、叱らなきゃいかんのだよ!!!」

「……なる程、醜い」

 

消えゆく個性をなんとか守り、抗っている。

ワン・フォー・オールは譲り渡したらそのうち、露となって消えるのだ。

だが、その残り火を以て、オールマイトはその役目を全うしようと足掻いている。

最後の最後まで、平和の象徴として。

そして、次の後継者たる緑谷出久を導く為に。

 

(私も、彼を育てるまでは!)

「そこまで醜く抗っていたとは…誤算だった」

「まだ、死ねんのだ!!!!」

 

オールマイトの左拳がオール・フォー・ワンの横顔に突き刺さった。

正面からでは有効打にはまるでならない。

なら、虚をつくしかない。

オール・フォー・ワンが決めに来た土壇場で、虚をついたのだ。

 

だが。

 

「らしくない小細工だ、誰の影響かな」

「!!」

「浅い」

 

空いていた左腕を膨張させ、二発目を撃とうとしたオール・フォー・ワン。

だが、オールマイトも左腕のパワーを再び右腕に移し、今度こそ打ち倒す覚悟で向かう。

 

「そりゃア…腰が入ってなかったからな!!!」

 

そして、もう一人。

原点を思い出せ。

何故ヒーローになったか。

罪を犯したと自分を責めるのをやめ、何故ヒーローになろうとしたのか。

思い出せ。

ただ、自分の手の届く範囲を、彼女たちや人々を守ると。

あの日、あの教室で密かに誓った。

 

土の盾で衝撃の余波から隠れていた八幡が、高速で飛び出し、オール・フォー・ワンの左腕に触れていた。

そして、オール・フォー・ワンの“空気を押し出す”個性を止め、オール・フォー・ワンの左腕の膨張が収縮する。

 

「!!」

「後、任せました」

 

オール・フォー・ワンに振り払われ、今度こそ倒れ伏す八幡。

その姿で、オールマイトは師である志村奈々の言葉を思い出していた。

 

『何人もの人が、その力を次へと託してきたんだよ。みんなの為になりますようにと…一つの希望になりますようにと。次は、お前の番だ。…頑張ろうな、俊典』

 

受け継がれた意志を、次の世代へ。

人々を守る為に何度も立ち上がって、守れ。

 

「お お お お」

 

さらばだ、オール・フォー・ワン。

 

「UNITED STATES OF!!!」

 

さらばだ、ワン・フォー・オール。

 

「SMAAAAAAAAASH!!!!!」

 

 

──────────

 

 

オールマイトの一撃で、何度も巻き起こっていた砂煙が一瞬にして晴れた。

報道ヘリやグラントリノがその余波を受け、戦場は静まり返る。

その様子を、モニター越しに固唾を飲んで見守っていた人々や緑谷たちも、見届けていた。

 

クレーターの底で仰向けに倒れるオール・フォー・ワン。

そして、満身創痍の身体でゆっくりと立ち上がり、マッスルフォームとなって左腕を掲げてスタンディングポーズを取る平和の象徴。

その光景を見ていた全ての人々がその名を叫ぶ。

オールマイト、と。

ある者は感極まって、またある者は勝利を讃えて。

報道していたアナウンサーが、状況を伝える。

 

(ヴィラン)は──…動かず!!勝利!!オールマイト!!勝利の!!スタンディングです!!!』

 

「…最後まで、立派だな。あの人は…」

「そうね…」

 

雪乃に介抱されていた八幡も、その姿を見ていた。

平和の象徴としての矜持を、彼は最後まで持ち続けた。

本当にすごい人だ、と八幡は頷く。

自分にはあんな真似、逆立ちしても出来はしない。

血塗れにしてポロポロのコスチューム。

今にも倒れそうなのに、その姿を見るだけでなんと心強いことか。

だが、その平和の象徴はもうなくなる。

 

オール・フォー・ワンがオールマイトとエンデヴァーに見張られながら、移動式牢(メイデン)に入れられていく。

そして、トゥルーフォームに戻ったオールマイトは、咳血しながら中継に来ていたカメラに向かって指を差した。

 

「次は」

 

「!」

 

「君だ」

 

短い一言だったが、アナウンサーは闇に隠れている(ヴィラン)たちへの警告と受け取って興奮して報道している。

平和の象徴は負けはしない、折れることはないと。

だが、ワン・フォー・オールの事情を知っている八幡やグラントリノの意見は違う。

 

「緑谷……」

 

彼に今後のしかかる重責を想い、それを最後に八幡は目を閉じた。

 

──二年も続いた悪夢が、終わった。

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