自らもその周囲も、付け狙われる理由はなくなった。
これでようやく、ヒーローとして皆と向き合える。
だが、巨悪が残した遺恨。
──大きな憂いが、一つ残っていた。
「おう、目ぇ覚ましたか」
「…なんでいるんですか」
目を開けたら、知らない天井と知った美女がいました。
昨日は確かオール・フォー・ワンとの戦いの後にぶっ倒れた筈。
何故貴女が、と八幡はベッドの傍らに座っていたミルコを見る。
「ここ病院ですよね?」
「そうだ。んでお前はズタボロだ。特に手と足な」
手と足、と言われてシーツから手を出すと、包帯をぐるぐる巻きにされ、素肌が見えないほど処置を施されていた。
足も何かで圧迫された感覚があり、同じ様に包帯巻きなのだろう。
「…何だこれ」
「個性の使いすぎで手足の皮膚と筋肉が裂けたってよ」
「は?」
「アドレナリンで全然気がついてなかっただろうってな。ったく、相変わらず無茶しぃだな」
「いや貴女に言われたくないです」
掌をベッドに突かずに、腹筋だけで起き上がる八幡。
掌と足の裏の具合を確かめるが、掌は足の裏より更に酷い。
リカバリーガールの治癒を受けたとしても即日完治は無理だろう。
「んで、何でいるんです」
「お前なあ!あんなすごくて悪いのとやりあうなら言えよ!」
「は?」
「すっ跳んできて蹴っ飛ばしてやったのによお!!」
「いやどうせ
「それもあるが、他の奴と連むのが性に合わねえから断ったんだ!けど、お前の仇相手だろうが!ちったあ声かけろ!!」
ミルコの言葉に、目を丸くする。
まさか今、ミルコは八幡の為に怒ってくれているのだろうか。
オール・フォー・ワンに父親を殺されたことを言っているのはわかる。
だが、ミルコが誰かの義憤の為に戦う様な人間とは思っていなかったのだ。
「…仇だとかは考えてなかったですよ。そんなのより仕事上手くいくかなーとかの方が」
「半分嘘だな。目ぇ見て言え」
「っ」
ミルコに一瞬で嘘を看破され、八幡はそれ以上何も言い訳せずに押し黙る。
付き合いの長いミルコは、八幡が嘘をつく時は大抵御宅を並べてどこか何もないところを見て話したり、身振り手振りをして話したりするという癖を知っていた。
話を逸らすべく、昨夜の戦いに参加した他の者たちの安否を尋ねる。
「雪ノ下は…オールマイトは…あの後どうなったんすか」
「そこら辺は説明がめんどくせえ。オールマイトは同じ病院内にいるから連れてってやる。アウトスノーは完治して雄英に戻された」
「完治…リカバリーガールはもう来てんのか」
「おら行くぞ!」
「は?ちょやだ待って」
──────────
「比企谷少年、どしたの…?」
「聞かないでください」
ミルコに肩に担がれ、八幡はオールマイトの病室に連れられた。
病室にはベッドに横たわるトゥルーフォームのオールマイト、そして怪我を治療されたグラントリノ、更に神野の後始末を終えた塚内が来ていた。
ミルコは椅子を一つ引っ張り出し、八幡をボンと座らせる。
「お婿に行けなくなる…」
「嫁が見つからなかったら私がなってやるから安心しろ!」
「毎日組み手が絶えない家庭になりそうですね、おっそろしいから断ります」
「はっはっはっ、蹴っ飛ばす!んじゃ、私は行くからな」
「ああ、すみませんねどうも」
行くからなと言いながら、がしりとミルコは八幡の肩を掴む。
怪訝な顔で彼女を見返すが、ミルコは真顔で八幡に告げる。
「…やめんなよ」
「!」
「どんなことしても、今のお前がヒーローとして認められてるのは間違いねえんだ。悪い奴蹴っ飛ばすのは、楽しいぜ?」
「…そっすね」
「次がある時は、私も連れてけ。蹴っ飛ばしてやる!」
「結局そこかよ…」
不敵な笑みを浮かべるミルコ。
今度こそ、彼女は病室を出て行った。
恐らく、母親を殺した
大雑把な様で、ちゃんと見るところは見ているのだ。
ミルコが出ていくのを見届けたオールマイトは、改めて八幡に声をかける。
「それで、比企谷少年。どうしたんだい」
「昨日の後のこと聞きたかったんですが。この病院で聞けそうなのがオールマイトだけだったっぽいんで。贅沢ですが」
「いやぁ、全然そんなことはないよ。だが、説明するなら…」
「僕から話そう」
オールマイトのベッドのそばで先に座っていた塚内がオールマイトの言葉を引き継いだ。
「頼むな、塚内くん」
「ああ。まず、爆豪君だが。昨夜無事保護された。今は病院での検査と事情聴取を経て、警官隊の警備のもと自宅に送られている」
「緑谷たちもですか?」
「彼らも自宅にたどり着いたことが確認された。雪ノ下さんもリカバリーガールの治癒で完治、今は雄英教師寮に戻されている。自宅謹慎という扱いだ」
「謹慎?」
「ヒーローの立場なのに、ヒーロー未資格の者たちが
「!!」
雪乃は、昨日緑谷たちを守るために神野へ赴いた。
だが、雪乃はそもそも緑谷たちが神野へ行くのを止めなかったのだ。
もし止めていれば、彼らに要らぬ危険が及ばなかったかもしれない。
「待ってください。アレは俺が雪ノ下に頼んだんです」
「それも緑谷君たちに聞いている」
「なら、雪ノ下の処分は不当なんじゃないですか。俺も同罪です」
「うん。だからヒーロー公安委員会から君と雪ノ下君へ一日の謹慎処分が出てる」
「は?一日?」
「そう。一日のヒーロー活動禁止だ」
ヒーロー活動の禁止、それが一日。
しかし一日と言われても、雪乃は“治癒”で怪我を完治したばかりで体力がなくて動けない筈だし、八幡に至ってはいつ完治するかもわからない。
それで一日と言われても、療養期間と被って動けないのは当然である。
これは実質無罪放免と言われているようなものだ。
「どういうことですか?」
「雪ノ下さんと君の活躍はオール・フォー・ワン逮捕に多大な貢献をしたと。そう報告させてもらった。僕としても、優秀なヒーローの経歴に傷がつくのは避けたいからね」
「…そうですか。すみません、ご迷惑かけて」
「いや、いいさ」
「でも…俺の経歴なんて、もうズタボロだと思いますが。今更ですかね」
2歳で母親を殺した
片や個性事故、片やスパイ行為として書類上は記されているが、前者に至っては昨日全国放送されたばかり。
もはやヒーローを続けられないと、八幡は考えていた。
ミルコにはその考えを見透かされていたのだ。
だが、オールマイトは首を振る。
「2歳の君に起きた出来事は間違いなく個性事故だ。個性の発現が予期せぬ事故を起こすのは珍しくない。結果的に人命が一つ失われたが…君のその時の行動で守られた命がある。小町少女だ」
「…」
「その葛藤を君は、二年前に乗り越えたと聞いている。…やはり、人々に知られたのが辛いかね?」
オールマイトの問いに、静かに彼を見返す八幡。
その目を見て、八幡の真意を察する。
「…人々よりも、クラスメイトたちか」
「もう、あの教室には…雄英にはいられません。同じ教室に人殺しが居るなんて無理でしょう」
「だが、今の君は個性を完全にコントロール出来ている。そして、幼少時の個性事故は誰にでも可能性がある。寧ろ、サンアイズはそこを押し出していくと言っていたよ」
「あの人、また何かやらかす気か…」
鬱蒼とした八幡の表情に、逆に不思議そうな顔をするオールマイトたち。
「聞いてないのかい?いくつものメディアが君に取材申し込みを出しているそうだ。しかも、サンアイズ事務所を通した正式なものばかり」
「雄英やこの病院にも飛び込み取材が来とるぞ。流石に中にまでは入っていないがな」
「…傷口に塩を塗るのがうまい連中ですね」
グラントリノの言葉に俯いてしまう。
やはり、母親や父親の話を聞きたいのだろう。
だが、こちらから言えることなど何もない。
二人とも既に殉職し、そして残された息子はヒーローになる前に個性事故で人の命を失わせている。
ただそれだけ、何も発信したいことなどないしむしろ後ろめたい。
結局メディアは八幡を突いて暗くて人ウケしそうな過激な話が聞きたいだけだろう。
しかし、眉を顰めるグラントリノ。
「お前さん、何か勘違いしとりゃせんか?」
「は?」
「世間の昨夜の反応をまだ見てないからじゃないか?」
「比企谷少年、これを」
「…?」
オールマイトが差し出したスマホを見ると、有名なニュースサイトのトップ記事だった。
その全てが昨夜の神野で起きた事件に関することだったが、その中でもほとんどがオールマイトの記事に対し、タイトルの2割くらいはノーアームズに関するものだった。
“悲劇を背負った少年ヒーロー”、“運命を変えたノーアームズ”、“次代のトップヒーロー”、“次は彼”…。
「…なにこれ」
「世間に君を褒め称える流れが起きてる」
「何故ですか何でですか死にそうなんですが恥ずかしくて何この厨二臭いの夢の中に逃げ帰りたいんですがこれはいかに」
「お、落ち着いて比企谷少年」
「君の境遇は正直かなり悲惨だが……それでも、全部乗り越えてヒーローをやってる。そして、君は昨夜父親の仇であるオール・フォー・ワンをオールマイトと共に討ち取った。そりゃあ世間一般からすれば、囃し立てる様な材料は揃ってるよ」
個性事故、両親の死、誘拐。
だがそれでも、当の本人を付け狙っていた
「けど、俺には
「そこも悲劇を背負っているという風にサンアイズが押してるね、これ。後スマホ返すね」
「あ、ども…。じゃなくて何やってんのあの人…」
塚内からスマホを返してもらい、陽乃のしでかしたことを調べる八幡。
今朝行われた取材で、八幡について少しだけ答えていた動画があったのでそれを再生してみる。
『私はかつて、彼をトップヒーローになる器だと見込みました。それは今でも、正しかったと思っています。彼については、後日正式な記者会見を開かせていただきます』
「…この記者会見って俺も出ないとダメですかね」
「流石に出ないとまずいんじゃないかな…」
「昨日のサンアイズの発言は雄英の謝罪会見に便乗した形だからね。今回のは君がメインだし…」
「オールマイト代わりに出てくれません?親父の知り合い枠で」
「いや、私も引退会見開くし…」
「! 引退…ですか」
オール・フォー・ワンとの戦いで、オールマイトはワン・フォー・オールを使い果たしたのだ。
緑谷にワン・フォー・オールを譲り渡し、オールマイトは力の残滓だけでオール・フォー・ワンと戦い、そしてその灯火も消えた。
「流石に個性なしでヒーローはやらないんですね。そんくらいやるかと」
「己の身を守れないのにヒーローは出来ないよ。それに、最大の懸念であったオール・フォー・ワンはタルタロスに捕まえた。後は、次の平和の象徴となる彼を育てるだけだ」
「その、そんな簡単に引退できるもんなんですか?」
八幡の問いは、諦めるのかという意味合いが含まれていた。
八幡の言葉に、骨を折っていない方の手を見るオールマイト。
拳を握るが、やはり今までの様な力はもう出ない。
「…それは、私に関することだけで良いのかね?」
「…」
「君は、自分が諦めるべきと考えているのではないかい?」
オールマイトが逆に八幡に問いかけるが、八幡は答えられずに押し黙る。
首を横に振るオールマイト。
「君が自分の過去の行いを悔いているのは知っているよ。だが、あの個性事故は君の記憶にないのだろう?当然といえば当然だけどね…2歳だし」
「確かに覚えてないですけど…」
「けど、それをやったのは間違いなくて、自分はクラスメイトや友人たちに申し訳ない、相応しくないと考えている。そして、そうやって自責の念に駆られていた君を、雪ノ下少女や由比ヶ浜少女は受け入れてくれた筈だ」
「…!」
中学2年の夏、エンデヴァーと出会った後から八幡は何となく個性を伸ばしていた。
あの時はまだ固体操作しか発現していなくて、エンデヴァーやミルコに追い立てられる様に鍛えていた。
ヒーローを目指すというのもエンデヴァーの手前なんとなくで、結衣からヒーローをやろうと誘われた時は絶対に無理だと思っていた。
きっといつか、またどこかで幼い時の様に命を消してしまう様な暴走をしでかすと。
そうでなかったとしても、人の命を奪った人間が、誰かと一緒にいられる筈も無いと思っていた。
だが、その線引きを飛び越えてくれたのが彼女たちである。
「勿論、本当に雄英を辞めたいというなら強くは引き留められない。だが、それを承知で君に頼みがある」
「頼み…」
「辞めないでくれ。君は強く、そして人を惹きつける魅力もある」
「いやそれは無いです。特に後半」
「自覚ないのかい?…有望なヒーローが、
オールマイトからの依頼に、心に浮かべたクラスメイトたちの顔。
確かにオール・フォー・ワンは捕らえたが、まだ死柄木たちがおり、ドクターも捕まっていない。
オール・フォー・ワンが倒れたことで、まだ見ぬ
何より、オールマイトが引退するとなると話が変わる。
平和の象徴が輝いていることで、
いつどんな時でも駆けつける、最高のヒーローがいたからだ。
オールマイトがヒーローを引退するということは、言い換えれば
「…自分、は」
「あ、ここにいたー」
──────────
病室の扉が開き、姿を見せたのは陽乃だった。
コスチュームではなくまたもやスーツ姿であり、しかも昨夜の会見とは異なるスーツを着ていた。
陽乃は目当ての人物である八幡に声をかける。
「病室にいないからどこかと思ったよ。勝手にいなくならないの、大変な時期なんだから」
「ご、ごめんなさい?」
「うん!」
至極真っ当な理由で陽乃に怒られ、委縮する八幡。
腑に落ちない気もするが、悪いのは自分だと居直す。
「サンアイズ、どうしたんだい?」
「オールマイト、昨夜はお疲れさまでした。比企谷君も、頑張ったね。雇い主として、お姉さん鼻が高いぞ♡」
「…はあ」
「それで、記者会見やるから重傷のとこ悪いんだけど出てね。そのことで彼を呼びに来たんです」
「記者会見!?」
「やっぱりそれですか…」
「うん。わかってたなら話は早いね。打合せしよっか」
「了解」
「ちょ、ちょっと待ってサンアイズ!比企谷君はまだ、肉体的にも精神的にも、公の場に出られるほどじゃあ…」
オールマイトの苦言には耳を貸さず、陽乃は資料ファイルを八幡のスマホへ送信する。
記者たちと何の質問をやり取りするか、事前に取り決めた質問リストのまとめである。
「ここにない質問もしてくるかもしれないけど、基本的に比企谷君が思ったことを言ってくれればいいよ。特に隠さなきゃいけないことももうないし。君なら問題ないと思うけど、感情的にはならないでね」
「はい。…今後のことを聞いてくる質問三つもありますけど」
「とりあえず、ヒーロー像は好きに答えていいよ。サンアイズ事務所には引き続き継続だね」
「今のところはそうすね」
「ん?」
なんて?と聞きにかかる威圧的な笑顔の陽乃から目をそらし、最後の質問に目を向ける。
これこそ、オールマイトからの問いそのもの。
その問いを、よく嚙み締めて咀嚼し、呑みこむ。
「会見時間はオールマイトの後。同じ会場ね。人を集めるのが楽で良いからだと思うけど」
「いつですか?」
「明日の午後5時からよ。今日は病院に泊まること。動ける?」
「はい」
「比企谷少年、返事を!…返事を待ってるよ」
「…」
オールマイトの問いには答えず、会釈だけして陽乃と共に病室を出る八幡。
足が痛いが、そうも言っていられない。
そんな弱音を吐いても、陽乃のプランに差し障ることは出来ない。
「車椅子要る?手配しようか」
「要りません。リカバリーガール来てるんでしょ」
「いや、断られちゃった」
「へ?」
「個性使いすぎで無茶した怪我を治すと、味を占めて何度も怪我する子がいるから、そういう怪我は治さない様にしてるんだって。そう言われると、比企谷君もやりそうだなって」
「…なるほど」
「それでもある程度はやってくれたよ。足は全治一週間、手は全治二週間で済むってさ。ゆっくり治そうね。…じゃ、行こっか」
「はい」
翌日、病院を出て記者会見場へ向かう二人。
一度諸々の準備のために雄英に戻りたいが、行って戻ってしていると時間がかかる。
ついでに、先に雪乃や小町と会っておきたかったと八幡。
起きたのならなぜ連絡を寄越さなかったと言われることは間違いないが、今日目を覚ましたことにしておこうと心に決める。
タクシーに乗り込む時、そういえばと陽乃は八幡に振り向く。
「取材12件、CM撮影2件、チームアップ要請52件来てるからね」
「は?」
「全部受ける?」
「…取材とCMは全部断りたいんですが」
「取材は断れるね。今日の記者会見に出てくださいと全部返すかな。けど、CMの片方は公安からだからねー」
「げ」
「あと、もう片方はウォッシュからね」
「…うそでしょ…」
「ま、これも君のクリーンなイメージを作るため。取材拒否するヒーローは居るからまあ良いけど、CMは受けてね」
「エンデヴァーってどうやって断ってるんですかね」
「流石にエンデヴァーは真似できないよ。あの人、事件解決数ならオールマイトより上だし。だからああいう無理も通るんだよ」
「ぐっ…」
「可愛くおめかししようね!!」
「逃げたいぃ…」
──────────
『次のニュースです。本日午後5時より行われたナーヴヒーロー・ノーアームズの記者会見の一部をご覧ください』
『よ、よろしくお願いします。ノーアームズです…』
『サンアイズです』
『質問は挙手でお願いします。…では、そちらの方からどうぞ』
『まずはお疲れ様でした。
『…過去最悪でした』
『えっと…はい。ありがとうございます』
『個性について、差し支えなければお聞かせください』
『接続操作です』
『あの…もう少し詳しく』
『固体、液体、気体、生物に触れることで、触れている間は操作できます。また、接続した物体を介することで同じ状態の物体と接続できます』
『と、言いますと…?』
『えー…例えばここの床と接続すると、この床に接している貴方が座っている椅子とも接続して操作できます。空気と接続すればそこらに漂っているガスと、海水と接続すれば海に溢れたガソリンと接続できたりします』
『ご、ご丁寧にありがとうございます!』
(まだいくつか喋ってないことあるが、蛇足だな)
『ヒーローとして師はおられますか?』
『スクリームフィスト、エンデヴァー、ミルコです』
『へ!?』
『え?』
『あ、失礼しました!!』
『…?』
『今回、オールマイトと共闘していかがでしたか?』
『流石No.1です。よくあの化け物に勝ったなと。本当に思います』
『オールマイトの引退についてお聞かせください』
『……その、残念だと言う他ないです。けど、無理してやらせるわけにもいかない。…なら、自分で出来る範囲で自分なりにヒーローやるだけです』
『オールマイトに代わり、次に台頭するのは貴方だと、世論が流れています。是非お気持ちを聞かせてください』
『いや、そりゃないんじゃないですかね。…次は、エンデヴァー。そして、まだ世が見ぬ候補たちが沢山いますよ』
『貴方もその候補の一人ではないんですか?』
『ないです』
『そ、そうですか…』
『昨夜のサンアイズの会見で、父であるヒーロー“ヒキガヤ”の話が出ましたが。彼が今回の
『はい』
『…回答ありがとうございます』
『幼少の頃の個性事故について、差し支えなければお聞かせください』
『事実です。…自分が個性を操れずに…
『その時の記憶はありますか?』
『お待ちください。その質問は…!』
『サンアイズ、大丈夫です』
『ノーアームズ…』
『記憶は…ほとんどないです。女の人が血塗れで倒れたこと。男がこちらに手を伸ばしていたこと。…妹を、手に抱いていたこと。覚えてるのはそれだけです』
『…ありがとうございます』
『脳無と呼ばれるあの異形の
『自分が
『弱点とか…』
『頭じゃないですかね。頭剥き出しですし』
『今後、どのようなヒーローを目指しますか?』
『守るヒーローです』
『具体的には、何を…?』
『人々や、未来ある卵たちです』
『卵?』
『…まあ、察してください』
『あ、同級生である雄英生たちということでしょうか?』
『…いや、その………』
『あの、顔が真っ赤ですが…』
『つ、続いて私から!今後は継続して、サンアイズ事務所とサイドキック契約を結ぶのでしょうか?』
『その件については私から説明させていただきます。彼はまだ未成年であり、雄英の庇護下にあります。ただ、有り余る強さと戦闘経験の豊富さが彼を際立たせているだけ。今後も、我が事務所のサイドキックとして更に経験を積ませ、18歳になってからは彼に進退を決めさせたいと考えています』
『エンデヴァーやミルコが師である、とお聞きしていますが、二人のサイドキックになる可能性はないのでしょうか?特にミルコは、初のサイドキック獲得かと目されています』
『チームアップ時は勿論サイドキック扱いですが…もし彼が希望するなら、サイドキックとして他事務所に契約するのなら反対しません。ヒーローとして独立するのはまだ早いかと』
『ありがとうございます』
(嘘っぽい…どう言っても逃げられないだろうが…まあ良いか…)
『今後の進退について、お聞かせください。雄英高校…何度も襲撃を受けています。貴方は、どうされますか?ノーアームズさん』
『…』
次々と質問され、その応対に次第に慣れてきていた八幡。
だが、最後の質問で固まる。
どうするか、という質問の意味はわかる。
いや、わかっていたつもりだった。
だが、今から答える内容次第でこの先進む道が別れる。
いわば、今立っているのは分岐点。
それを答えることに、少し躊躇したのだ。
『…あの、ノーアームズさん?』
『……雄英高校、サンアイズと協議して…決めていきます』
『在籍し続けることに抵抗があるということでしょうか?』
『…』
『貴方がとても優秀で素晴らしく強いヒーローであることを、体育祭と今回の事件で国民が知りました。民衆の代表として言わせていただくと、貴方の様な方がヒーロー活動に専念してくださると、安心できます』
『…』
『ご質問は以上でしょうか?……ありがとうございます。続きまして、サンアイズの質疑応答に入ります…』
『ヒーロービルボードチャートJP!事件解決数、社会貢献度、国民の支持率など、諸々を集計し毎年二回発表される現役ヒーロー番付!!』
『不動のNo.1がまさかの!!日本のみならず、ヒーローの本場アメリカでも騒然!オールマイト本当の姿!!体力の限界!!事実上のヒーロー活動引退を表明!!』
『そしてNo.4ヒーローベストジーニスト!一命は取り留めたものの、長期の活動休止!!』
『更にNo.32ヒーロー!!根強い人気のプッシーキャッツが一人、ラグドール!拉致後個性を使用できなくなるという変調から活動の見合わせ!』
『最後にビルボードチャート未登録ノーアームズ!明かされた過去、明かされた力!!今大注目のニューフェイス、今後の彼の動向に刮目ください!!』
『一夜にして多くのヒーローたちが大打撃を受けた“神野の悪夢”!!これからどうなる日本!そしてヒーローよ!以上、今日のクイックニュースでした!続いてはお天気、木原さーん……』
──────────
記者会見後。
八幡は陽乃、それから同じように記者会見を終えたオールマイトと共に、雄英高校に戻ってきていた。
相澤、ブラドキングと共に根津に呼ばれ、今は校長室で3人と共にいる。
「その身を犠牲に多くを救ってくれた。国民、ヒーロー…そして校長として、感謝してもしきれやしない。ただ…世間では君が雄英教師を続けるのに、少なからず批判が出ている」
オールマイトに向けて、根津が告げる。
爆豪の救出、オール・フォー・ワンの打破。
だが、同時に
ベストジーニストにラグドール、過去を暴かれたノーアームズ。
極め付けはオールマイトの引退。
そして、雄英へ押し寄せた不安。
タルタロスで、オール・フォー・ワンはほくそ笑んでいることだろう。
胸糞悪い、とオール・フォー・ワンの顔を脳裏から消す八幡。
「皆不安なのさ。だからこそ、今度は我々で紡ぎ、強くしていかなきゃいけない。君が繋ぎ止めてくれたヒーローへの信頼をね」
「あの一件で気付かされました。貴方一人に背負わせてしまっていたこと、背負わせていたものの大きさ…」
ブラドキングの言葉は、オールマイトに並ぶヒーローは日本どころか世界を見渡してもいないということである。
それは実力だけに留まらず、カリスマや信頼度という意味合いが大きい。
オールマイトさえいてくれれば安心で、オールマイトが来てくれればどんな事件も解決できる。
それが国民の共通の認識。
だが、そのオールマイトは倒れた。
そうなった今、人々は次に誰を心の拠り所にすれば良いか不安に思っているのだ。
今までオールマイト一人に、数十年頼り続けていたツケとも言える。
(エンデヴァー…)
今は、ヒーローたちが立ち上がらなければ行けない。
エンデヴァーはその筆頭であるだけで、彼一人にその重責を負わせるのも間違っている。
例えエンデヴァーがオールマイトの代わりができたとしても、それではオールマイトの二の舞いとなる。
だから、ヒーロー社会全体が奮起する時期に入ったのだ。
そのことは理解できる、と八幡は今ある事実を再確認する。
ヒーローの一人である自分も、例外ではない。
だが。
「比企谷君」
「! はい」
「君が何を考え、悩んでいるか。僕は理解出来ているつもりだ」
「…そう、ですか。さすが“ハイスペック”っすね」
根津を投げやりに茶化す八幡。
しかし、根津は少しも誤魔化されてはくれなかった。
「君は迷っているはずだ。ヒーローは続けたい。雄英にも居たい。けど、その資格がないのではないか。違うかい?」
「………まあ、なんだ。個性事故だってのは、わかってるんですよ」
絞り出すように口を開いて、話し始める。
一つ一つ、自分の思いと事実を確かめて、自分が納得できるように、根津たちに迷惑をかけないように、一つずつ。
「でも、人を殺したのも…事実なんですよ。覚えてないのも、事実。小町を…妹を救けたかったのも、事実。母に頼まれたから…小町が大事だから…」
「…」
「雄英に残りたいってのも…お察しの通りですよ。やっとのことで戻って来れた日常ですからね…」
雪乃たち生徒の好意で、オールマイトたち雄英の厚意で、ヒーロー社会に戻って来れた。
「雄英には感謝してますよ、本当に。…雪ノ下たちにも、同様に」
合宿で洸太に告げた言葉に偽りはない。
彼ら彼女らの為なら命など安いもので、それくらい大事に想っている。
「でも…アイツらに、疎まれるんじゃないかって。そう思ってます」
「…」
「いや、だって人殺しですよ。そうじゃなくても、人を簡単に殺せる個性で。そんな奴は沢山いますけど、実際に人を殺してしまってる奴はいないんですよ。そんなのは
「相応しくない、けど離れたくない。そんなとこかな?」
陽乃が八幡の言葉を奪い、彼が言えない本音を引き出す。
いつにも増して無愛想な顔で陽乃を見るが、陽乃は心底楽しそうだ。
「うんうん、いい感じに拗れてるねえ」
「何がすか」
「簡単な答えがあるのに、ねえ?」
「は?」
「や、まあ確かにそうだけど…」
オールマイトがポリポリと頬をかき、相澤を見る。
陽乃も八幡も同じく相澤を見るが、相澤もオールマイトと同じ様な表情をしていた。
八幡だけがその答えをわかっていない。
相澤が、八幡を諭す様に話す。
「そんなに不安なら、緑谷たちに聞けばいいだろう」
「は?いや、それが疎まれるって…」
「それはお前の想像でしかない。お前は、個性事故一つでアイツらが仲間を一人追い出す奴らだと思うのか?」
「…」
「比企谷、恐れるな」
──────────
校長室の扉が開き、外から平塚が姿を現した。
八幡たちが戻ってくるのを待っていたのだろう。
傍には小町もいる。
「お兄ちゃん!」
「小町…」
「頑張ったけど無茶したお兄ちゃんには小町ポイント没収!!」
「は?」
「んで、更に捻れて拗れてややこしく考えてるからマイナス!!」
「ちょ……ぐえっ」
蛙が潰れた時のような声を出して、突撃してきた小町を腹で受け止める八幡。
そんな小町にお構いなく、平塚は八幡の両肩を掴む。
「比企谷、傷つくことを恐れるな」
「!」
「確かに、君は拒絶されるかもしれない。君の捻くれ具合を思えば、過去友人関係に失敗したことは明らかだ。友達もいないしな。それを恐れてるんだろう」
「…余計ですよ、最後」
「だが、傷つかない人間なんていない。無傷でなんて誰もいられないんだ。増してやお前の問題はお前の意志のせいではない。より複雑に柵がお前を蝕み、そしてお前の意志では解決できない、自身ではどうにもならないものと化してる。そういう理不尽は、世の中にはよくあることだ」
平塚の言葉を黙って聞き入る八幡。
続けて、平塚は八幡の目を見続けて話していく。
「お互いに何度も傷ついたその先に、君が求めたものがある。そうじゃなかったのか?君は中学の時点で、その結論に至ったはずだがな」
「…けど、今回は問題の本質が違う」
「彼らもヒーロー候補生だ。人の死にすらいずれ立ち会うだろう。君は皆よりも一足…いや、ずいぶん早くにその問題へぶち当たってしまっただけだよ。…きっと、受け入れてくれる。そうでなくても、君は君自身のために、彼らと一度話すべきだ」
平塚、小町が八幡を離し、彼に考える時間が与えられる。
雪乃や結衣は良いだろう。
確か沙希も、八幡の母親について知っていた。
彼女たちは事実を知った後でも変わらず、寧ろお互いヒーロー候補生として忌憚なく見つめ合うことができていた。
悩み続ける八幡へ、相澤が声をかける。
「比企谷。俺はお前を、個性事故なんぞのせいで除籍する気はない」
「…相澤先生」
「寧ろ、緑谷たちが動くかもしれないと予想してたのに止めに行かなかったことで除籍したいが」
「う」
「それも今回はしない。諸事情あるしな。…まずは会ってみろ。一人で納得がいかないのなら、問いかけろ。誰かに自信をもらうのも、悪いことじゃない。それでお前が動けるのならな」
[newpage]
もうわかっていた。
既に、八幡の中では結論が出せないという答えに辿り着いていた。
答えを出さずに、有耶無耶のまま雄英を去ろうとしていたが、教師たちの声で少しだけ気が変わった。
あと少し、もう少しだけ、縋ってみたくなったのだ。
八幡の目の色の変化を読み取り、根津はうん、と頷く。
「どうやら、結論が出た様だね」
「…はい」
「では、こちらも話を戻そう。比企谷君の場合は特殊すぎる例だけど…雄英に対して、不安を持つ保護者は少なからずいると思う。脅威はまだ拭いきれていない、これからはより強固に守り育てなければならない。そこで兼ねてより考えていた案を実行に移すのさ」
「案?」
根津が取り出した一枚の紙を受け取り、眺める。
そのプリントには、全寮制導入への検討、そしてその説明のために家庭訪問を行うという内容が書かれていた。
「全寮制…ですか。確かに、雄英の敷地内で生徒たちが動けば安心ですが…これ、同じ敷地内の総武中学もですか?」
「うん。ヒーロー科だけではなく、全生徒だよ」
「…そうすか。そりゃ、中々ハードルが高いですね」
同じように根津から資料を受け取ったオールマイトが、根津に質問する。
「この資料を見ると、ヒーロー科だけ先に寮入りとなるみたいですね」
「それは今月末に行われる仮免試験に向けて、すぐにヒーロー科生徒たちには圧縮訓練の続きをやってもらうからだよ。後はサポート科もだね。けど、普通科や経営科は生徒数が多いから、今すぐには家庭の事情も相まって無理だろう」
「圧縮訓練…!合宿の続きですか」
「お兄ちゃん、離れ離れになるねー」
「小町…俺はまだ、雄英に残るって決まったわけじゃないぞ」
「ほんっとにめんどくさいなーこの兄。とっととみんなに会ってきなよ」
「それも、実は比企谷君に頼もうと考えていたことがあってね」
「?」
「僕らと一緒に、B組の家庭訪問に行ってもらおうと思っていたんだ」
根津の言葉に、首を傾げる八幡と小町。
「家庭訪問ですよね?」
「家庭訪問だね」
「一応、俺生徒なんですけど」
「ノーアームズに一度会わせてほしい、という保護者が結構いる」
「保護者が?……個性事故を起こしたようなヒーローの顔を見てこき下ろす気ですかね」
「悪い想像力が高いね、君は。…君、合宿でB組の生徒たちを多数助けただろう?それで、一度お礼を言わせてほしいっていう声が出てる。今話題のヒーローに会っておきたいという希望が見え隠れしてる気がしないでもないけど」
「…会えませんよ。B組だって、A組と変わりません。同じです」
A組もB組も、生徒であり同級生であることには変わりない。
同じヒーロー科で、今後は合同の授業も増えていくという話を聞いていた。
彼らから拒否されたら、それまでである。
「…そうだね。僕らの配慮が足りなかった。けど、B組の生徒たちとも、是非一度話してほしい」
「俺からも頼む。大丈夫だ。ノーアームズ──比企谷八幡が、誠実で尊敬に値するヒーローだってことは、俺の教え子たちはちゃんと理解できているはずだ」
「…はい」
ブラドキングも同様に八幡に頼み込む。
合宿襲撃時、八幡がガスにやられたB組の生徒たち全員を連れてまたたび荘に戻ってきたとき、ブラドキングは驚いた。
比企谷八幡が
意識不明の重体だった生徒のほとんどを一度に回収し、爆豪が攫われたことに悔しさを滲ませて戻った彼の目に、ブラドキングは炎を見た。
オールマイトと同じ、消えない正義の意思。
どこか力の抜けたひねくれた少年だと思っていたが、彼は紛れもなくヒーローだった。
「比企谷君、君にも家庭訪問をしたいんだが…」
「私たちの保護者って、今…平塚先生でしたよね?」
「ああ。お前たち、全寮制に異論は?」
「ないです」
「小町もです!」
「私も同感なので…」
家庭訪問終わりである。
雄英教師である平塚は、狙われているであろう八幡が雄英高校敷地内で過ごすのは願ったり叶ったりであり、そもそも全寮制の話以前に、八幡、小町、雪乃は雄英教師寮で過ごしている。
教師寮から生徒寮に移るだけだ。
ついでに、平塚が一人暮らしに戻る。
「平塚先生、雪ノ下がいなくなるからって生活崩さないでくださいよ」
「…比企谷、私と暮らして食事当番をしてもいいんだぞ」
「遠慮します」
──────────
一週間後。
それぞれ家庭訪問を終え、入寮の準備を済ませた緑谷たちA組は、彼らの新たな家となる、雄英寮ハイツアライアンスの前へ集まっていた。
だが、八幡の姿がないことに、彼らは気が付いていた。
「ゆきのん…ヒッキーとは会った?」
「いいえ。私も一度家へ戻って、家庭訪問と入寮の準備をしてたし…。メールはしたの?」
「したけど…返事はないよ」
「…そう」
「雪ノ下さん、由比ヶ浜さん!」
「緑谷君…」
雪乃たちに声をかけたのは緑谷。
その後ろには飯田、麗日、轟もいる。
「比企谷君は…」
「私たちも知らないわ」
「…そっか」
「お、遅れてまだ来てないだけだよ、きっと!比企谷君ったら入寮一日目から遅刻かなー!?」
「そのことで、お前たちに話がある」
寮前に集まった雪乃たち、その前に相澤が寮から出て姿を見せる。
相澤に注目する彼らは、相澤の一言の意味を聞き返す。
「その、話って…」
「まずは、A組…また集まれて何よりだ。…一人を除いてな」
「!?」
「…どういう、意味ですか?」
「比企谷は、退学することになった」
相澤の一言で、絶句して静まり返る一同。
相澤が何を言ったのかすぐに理解できず、その言葉を飲み込むのに時間がかかる。
「な…にを」
「
「自主退学…!?」
「お前たちを想ってのことだ。その思いに応えるよう、今後も精進しろ」
「待ってください!!」
「話を進めないでください、なにがどうなってるんすか!!」
緑谷、切島の叫びで相澤の言葉は遮られた。
「今言った通りだ」
「何でですか!?
「そうだよ!あたしたち…比企谷に、まだ何もかえせてないのに!!」
上鳴と芦戸が相澤に詰め寄る中、こうしてはいられない、とすぐに八幡へ電話をかける結衣。
だが、やはり電話に出る気配はない。
「ダメ、出ない!!」
「あの、バカ…!!」
拳を強く握り、やり場のない怒りを募らせる耳郎。
そのまま相澤の前までいき、強い口調で問いかける。
「比企谷は…なんて?」
「…奴は、お前たちに疎まれるんじゃないかと。人殺しなんかとは同じ教室にいられないだろうと。そう言っていた」
「何勝手にこっちの気持ち決めてんだ、比企谷…!!」
「八幡…」
雪乃、結衣、そして沙希だけは八幡の個性事故について、既に中学の頃に知っていた。
その中でも雪乃と結衣は、個性事故を起こしてしまった事実、小町を守ろうとした八幡の想い、その二つに理解を示し、その上で一緒にヒーローになろうと八幡へ声をかけた。
そのことを、クラスメイトたちに理解されないのではないか。
彼はそう考えたということになる。
ぼそり、と言葉を溢す雪乃。
「…怖いのよ。まだ、怖がってるんだわ。傷つくことに……私たちに、拒絶されることに」
「案外あいつ、臆病だからね…」
「拒絶なんてしねえよ」
「轟…」
自身の左手が、エンデヴァーを思わせる。
そう考えていた轟は、かつて自身の左側を象徴する、炎熱を使わないように努めた。
家族を崩壊させ、母を傷つけた父を恨んでいたからだ。
だが、体育祭で緑谷との戦いを経て、エンデヴァー事務所に職場体験へ行って、彼は学んだ。
父親としてどうしようもない男だったが、ヒーローとして評価するなら“すごい奴”だった。
No.2と呼ばれるだけのことはあった。
そんな男でも、No.1への執着によって大きな失敗を犯した。
「誰だって間違いはある。ミスもする…そんな過去の出来事に囚われてたら、誰かを恨んだり悲しんだりして、何も進まねえ。何も出来ねえ。ましてや、比企谷の場合はアイツが悪いわけじゃねえだろ。…俺は、アイツと一緒に授業受けて、一緒にヒーロー目指すことに何の抵抗もねえよ」
「轟君に同意する。俺自身、つい最近間違えを犯したばかりだ。それを、緑谷君たちに正してもらった。…俺はクラス委員長だ。クラスメイトが困っているのなら、俺は手を差し伸べたい」
轟に続いて、飯田も声を挙げる。
同じように、葉隠も奮起する。
透明な彼女だが、その言葉からは怒りと決意が見えた。
「私も!!比企谷君は合宿の時、私たちを守るためなら命くらい安いって言ってた…」
「比企谷がそんなことを…!?」
「うん。もしかしたら、今回も…比企谷君が雄英からいなくなることで、私たちに危険やしわ寄せがいかないようにしてるのかもしれない。やだよ…!私は、比企谷君と!あのすごいヒーローの同級生と、一緒に救け合って、一緒にヒーローになりたい!!」
「…比企谷は、自身が犠牲になれば済むと考えているはずだ。俺たちから拒絶されることへの恐怖、
障子の言葉に、皆が頷く。
「比企谷の不安を取り除くために、ウチらの気持ちを伝えること…!」
「比企谷君に心配をかけないように、僕たちが強くなること!」
耳郎と緑谷が、皆の気持ちを代弁する。
異論を唱える者も、二人の意見に否定的な表情をする者もいない。
A組での意見は一致した。
後は、当人を捕まえるのみ。
雪乃が相澤に問いかける。
「相澤先生、比企谷君はいまどこに?」
「…良いんだな」
「僕たちは彼を受け入れます。これはA組の総意です!」
「わかった。…今は、雄英教師寮で退去の準備をしているはずだ」
相澤から八幡の居場所を聞き出し、生徒たち全員がハイツアライアンス前から飛び出して出て行った。
それを見届け、相澤自身もゆっくりとだが彼らを追いかけ始める。
口元に笑みを浮かべなら。
──────────
「これで全部か?少ないな、荷物」
平塚が八幡の荷物である段ボール箱を二つ積み、八幡に促す。
体育祭後、八幡が私的外出をしたのは一回のみ。
その際、私服の買い物しかできていないので、持っているのも私服と雄英からもらった教科書、平塚が用意した布団だけだ。
「すみませんね、荷物持ってもらって」
「その手じゃまだ生活しにくいだろう。足は治ったんだな?まだ手は痛いか」
「痛いですね。リカバリーガールから絶対に使うなと言われてますし…」
「そうだろうな。忠告をちゃんと聞いているようで何よりだ」
「痛いのは嫌ですからね」
「個性の副作用で慣れっこだろうに。……ん?」
「んあ?」
何かが高速で近づいてくる。
そのことに気が付いた二人だったが、何故か襲い掛かられたのは八幡だけで、しかも襲い掛かってきた──もとい、飛びかかってきたのは飯田だった、
無造作に跳ね上がり、エンジン全開で八幡を捕まえようとした飯田から躱す。
「委員長?」
「行ったぞ緑谷君、爆豪君!!」
「は?」
「死ねええええぇぇぇ!!!」
「死ね!!?」
「止まって比企谷君!!」
物騒な叫びと共に、既に空中に飛んで八幡に迫ってきていた爆豪、その後ろには緑谷。
だが、八幡は靴に特別に開けられた空気穴から空気と接続し、飛行して爆豪も、二段構えの役目をしていた緑谷の追撃も躱す。
その瞬間、八幡の背後に折本がワープ。
そしてそのまま八幡を両腕で抱きしめ、体重をかける。
「捕まえた!」
「ちょ、折本さん!?何考えてんだ近い!!」
「こっちのセリフだっての!!瀬呂君、梅雨ちゃん!!」
「任せろぃ!!」
「逃がさないわよ」
「八幡!!」
空中から折本の体重で落ちていく二人を、瀬呂のテープと蛙吹のベロで二人ごと巻き取り、身動きが取れなくなった二人を、白羽の翼を生やした戸塚が空中で受け止めて落下の勢いを殺し、切島、砂藤、障子、口田が三人を受け止める。
ベロとテープが二人から剝がされるも、折本は八幡の首に腕を回したまま離さず、障子の複製腕と尾白の尾、常闇の
両足を上鳴と峰田、葉隠と芦戸が抱きかかえて掴み、両腕を結衣、轟が取り押さえた。
八幡の後頭部を爆豪が鷲掴み、首には折本の腕の隙間を縫って耳郎のイヤホンジャックが二本とも巻き付く。
拘束に加わっていない者たちは、八幡を取り囲むように輪になり、万が一にも逃がさない構えだ。
地面に倒され、まったく状況がつかめていない八幡は困惑気味に、怒り心頭といった様子の腕組みをした雪乃に問いかける。
「あの……何事…?」
「話を聞きなさい。貴方への説教と折檻はあとにしてあげるわ」
「そもそも怒られる謂れがないんだが?」
「比企谷!!」
耳郎の声にびくりと反応し、上からこちらを覗き込む耳郎を見る八幡。
涙目になっていた耳郎、皆も同じような顔で八幡を見ていた。
「ウチは、あんたと居たい…!あんたとヒーローになりたい!!」
「俺もだ、比企谷。俺たちは、お前の過去など気にはしない」
「Si…☆君は鈍く、だが眩い紫の光を放つ雷…!」
「あの紫電、電気繋がり!俺も、もっと教えてほしいことあんだよ比企谷!!」
「過去の過ちがどうとか言うなら、俺は緑谷に顔向けなんてできねえ!気にするなとは言わねえ、けど俺たちはそんなお前を受け入れたい!!」
「僕も、まだ仲良くなってない…!」
「口田ちゃんに同感やわ、比企谷くん!好きな食べ物とか知らへんし、投げだすのはまだ早いんとちゃうかな!?」
「己の過ちを悔いるなら、共にだぞ比企谷!!」
「クラス委員長飯田天哉!!クラスメイトを見放すのは僕の使命じゃない!!」
「逃げてんじゃねえよ…!俺らや、てめえの傷から逃げてんじゃねえよ比企谷!!!」
何を言ってる。
何のことだ。
いや、彼らが何を言っていて、自分の何を懸念しているかはわかる。
わかるが、なぜもう知っている。
「私たちはまだ弱いかもしれないし、傷つけたくないっていう気持ちは嬉しい…!でも忘れないで、私たちだってヒーローなんだから!!」
「こんなボロボロになって、それでも出て行っちまうお前を見届けるままなんて有り得ねえ!!」
「ゆっくりさぁ、男子高校生のお楽しみすら知らなそうなお前に色々教えてやるから!だから一緒に学校行こうぜ!?一緒にヒーローになろう!!」
「比企谷ちゃん、一緒に水中の訓練しましょう?水も操れるもの、連携をとって損はないわ」
「ミルコやスクリームフィスト譲りの格闘術、まだ見せてもらってないぞ!!」
「まだ俺、お前にケーキ作る約束果たしてねえよ!一緒に作って食おうぜ!?」
「おめえはすげえよ比企谷!!すげえ奴だ、でも俺らだって負けたまんまじゃいられねえんだよ!!」
「比企谷、あんたにだって負けないくらいすごいヒーローになるから!!だから一緒にいよ!?」
「貴方のような“守るヒーロー”たらんとする私たちを、もう少しだけ待ってくださいませんか!?」
「僕たち、もっと強くなるから!君の隣に立てるよう、相応しくなるから!!」
矢継ぎ早に説かれた、彼が待ち望んでいた答え。
そのことに一瞬言葉が見つからないような気持ちになる八幡。
だが、瀬呂の“出て行く”という言葉で気を取り直し、感動から逆に訝しむ。
「おい、何言って…」
「比企谷、ごめん!!」
「なにが??」
「あんたのこと、この中でずっと一番長く見てたのに…小学校の頃、一人だったあんたに手を差し出せなかったのは私だから!」
「いやそれ今関係ね」
「でも、もうあんたを見捨てたりしない!」
何かがすれちがっている。
その事に気がつく八幡だが、それより折本の感触がヤバいと身を捩る。
だが、折本は八幡が逃げようとしていると勘違いし、更に力を強める。
そこへ更に説得をかけようと戸塚が声をかける。
「八幡、僕たちは君のそばにいたいんだよ!君にそばに居てほしいんだ!僕は、君がすごい人だって知ってる!君に相応しくなりたいんだ!」
「いやあの」
「比企谷」
「川崎、ちょっと全員落ち着かせて」
「あんたの一人になりたがる癖は知ってるし、その訳も知ってる。でも、私はあんたに何度も世話になってる。…私は、あんたに報いたい」
「…」
「行かないでよ、比企谷。そばに居て…私のそばに。私に、あんたを救けさせて」
戸塚、沙希と続け様に懇願され、何も言えなくなってしまう。
違う。
自分が悪い。
ただそれだけだったのに。
自分が、ただ皆と共にいたいと出過ぎた願いを持っただけなのに。
その上で、相応しくないと思ったのに。
それなのに、どうして自分を。
「ヒッキー」
「由比ヶ浜…」
「中学の時、あたしたちはヒーローになるって。そう言ったよね?一緒になろって」
「…ああ、そうだったな」
「その約束を破るの?」
「破るわけじゃない。…ただ、お前らが嫌って言うなら少し距離を置こうかと」
「言うわけない。言うわけないんだよ。
結衣の言葉に、緑谷たちも頷く。
比企谷八幡の求めていたもの。
何もかもを知っていたい、理解したい、そんな有り得ない、気持ち悪い何かを。
それに、ほんの少しだけ近づいた気がした。
ただ──。
「…その、雪ノ下」
「なにかしら?」
「あの…出て行くって、まだ決まってたわけじゃないんだが…」
「は?」
「「「…え?」」」
──────────
「うそ!?比企谷の退学嘘なんですか!?」
「まさか!!」
「ごーりてききょぎ!!!」
現れた相澤、平塚に事の真相を明かされる一同。
八幡は、生徒たちに個性事故のことで拒絶されて傷つく事を怖がり、逃げようとした。
だが、生徒たちに本音を聞き、もし彼らが八幡のことを受け入れてくれるなら、八幡は雄英に残る。
「そこまでは良しと思ったんだが…ふと考えて、比企谷が真正面からお前たちにそんなこと聞けるとは思えなかった。仮に聞けたとして、お前たちが気を遣うかもしれん。だから相澤に一芝居打ってもらったんだ」
「比企谷がちょうどいなかったからな。まさか全員何の話し合いもなく意見が一致するとは思わなかったが」
「くうっ…まさか3回も虚偽を働くとは…!」
「で、でもこれは学業に関することじゃなくて、比企谷くんと僕達のためだから…」
相澤の言葉に、また騙されたと憤る飯田、慰める緑谷。
そして、顔を赤くする八幡に、未だ拘束を続ける耳郎、八幡の肩を持つ上鳴。
今も逃げるのではないかと危惧されているのだ。
そんな八幡へ、雪乃は絶対零度の目を向ける。
「でも、退学を視野に入れていたのは事実よね?」
「…はい」
「次同じこと考えたら、その時点で縛り上げて部屋に入れるわよ」
「…ど、どこの?」
「聞きたいの?」
「いえ」
震え上がる八幡に、今度は耳郎があるものを取り出して渡す。
「比企谷。ありがとう」
「…これ、ハンカチ…ああ、合宿のか。忘れてた」
「ねえ」
「ん?」
「…ちゃんと立派なヒーローになるから。あんたを守るようなヒーローに。…だから、逃げんなよ」
「…そうだな。俺が楽できるくらい、すごいヒーローになってくれると助かる」
「うん…」
「ハッ、てめえなんぞ霞むくらいの活躍したるわ」
微笑む耳郎、八幡を笑い飛ばす爆豪。
神野の悪夢を終え、戻ってきた彼。
受け入れてくれた生徒たち。
「おかえり、比企谷」
「…ただいま」
「これからもよろしく、ね?」
「…おう」
おかえりなさい、ただいま。
そして、またよろしく。