『っ?!! ……なんだ…っとォ……?!』
白く燃ゆるその直剣は魔王の胸郭を深々と突き刺した。
相棒がその手に宿した、魔族を浄化させる白色の魔炎。
永く、苛烈であった交戦も────……その一撃が終局へと導いた。
「はぁ……はぁ………」
「みっ、皆ッ! …っ無事……?」
“…もう終わりだ、魔王”
気付けば、崩れかけた広間に充満していた殺気は何処かに失せた。
閑かな中で掠れた息遣いが5つ。
激闘を経ても尚、塗り潰せなかったあの記憶では居なかった筈の気配に………口にし難い一抹の安堵が込み上げてくる。
『っ人間…如きにィ……! 吾輩が敗れるなどォ……!?』
“…そうやって僕達を見下してきた結果がこれだ”
『見下すぅ……っ? 馬鹿げ……たこと…を……』
「…ケッ、死に際で…口にする言葉が…っソレで良いのか……?」
ブラドが息も絶え絶えの魔王にそう訴えかけた。
…気持ちは解る。
俺だって奴からの謝罪や命乞いが欲しい訳でもないが……性根腐った魔族の往生際を見届けたい筈がない。
されど、気が晴れる最期を願う方が馬鹿らしかったようだ。
『ッガハッ、ガハハハッ! …なんだ謝罪でも欲しいのかァ?』
『だからっ……人類は…愚かなのだ……!』
『虐殺されてきた理由が在れば……納得…するのか……?』
『脆弱な…くせにッくだらない情に流される……間抜けな種族だ…』
『断言する………魔族の……支配者を殺してェ……得た平和などっ、人類自身が瓦解させるのだよォ……!』
『……そう簡単にィ…吾輩の命は……尽きさせん……ッ!』
『…地獄への土産にお前らの命をォーーー ズバッ
「………聞き飽きたな、お前の断末魔は」
止め処なく紡がれる吐き気を催す悪意には誉れ高い勇者の一太刀は勿体無い。
仲間の耳を汚したくもない。
…無意識に、俺の斧は魔王の首を刎ねていた。
無様に紅き血を噴き出して……瞬く間にその首無し死体は霧散、残されたのは行き場の無い無力感だけだ。
結実した人類の抵抗は、呆気ない幕切れを迎えた。
「────……終わった、の? ………ねぇ?」
「オレ達、は……魔王を倒したんだよな?」
“…そうだね”
「ッじゃあ────……」
“人類の勝利、…だと良いね”
「…………そうか」
「…実感ないなぁ、私」
達成感が在ろうが無かろうがコレが結末らしい。
昨日最後の晩餐と称してやり残したこととか夢が如何とかを酒で洗い流したのが杞憂にも思える、想定外の決着だ。
その時の俺は………酔い潰れて曖昧だが『生きて帰れたら報酬全部注ぎ込んで故郷に再び村を興すんだッ!』なんて口走ったっけな?
拍子抜け、だと表現する気は無い。…だとしてもセリーネやブラドは浮かない表情だな。
「アレキスはどう?」
「───……ん?」
「…あんなに憎んでいた宿敵の止めは? さぞ気が晴れたんじゃないか?」
…そう訊ねられても、だな。
俺は魔王を己の手で殺したい程に怨む……いや怨んでいた。
故郷を亡くした幼き俺の誓い、ソレを見事に成し遂げたのである。無垢のままで生きていたほんの少し昔の俺だったら涙流して喜んでたかもな。
今の俺の心に、達成感も何も湧き起らない。
「……俺、今…どんな顔だよ?」
「さほど怪我無いのに死にそーな面してんな」
「…判ってんだろ? 恨み果てた敵でも殺しゃあ……そんなもんだ」
そう気持ち半分に答えを零した。
嘘ではない。
復讐では何も得られないし殺しじゃ何も好転しない。
人生懸けたこの旅で学んだ、数少ない教訓だ。
ただ、思考の半分は反芻される悪夢が蝕み続けている。
あの幻が現実に成らずに済んだと言うのに一向に憂倶の靄は拭い切れない。
…歪な未来を垣間見たことで最良に近い現状を迎えられたとしても、だ。
「────……ありがとね、アレキス。助けてくれなかったら今頃……」
「…感謝するのはお互い様だろ」
「いーやっ! 今回のお前は凄かったぜ?」
…あの世界線では為せなかったんだ。
吹き荒ぶ魔法の嵐。
人間一人をゴミの如く捻り潰せる膂力。
空気をも凍てつかせる覇気。
決死の覚悟を無に帰す奴の本気を、不本意ながら“憶える”事が出来た。
この事実を俺以外の存在が識る訳が無いのだ。
…たとえ格の違う相手でも一度戦闘を経ているのなら、対応できなきゃ勇者一行の『戦士』は名乗れない。
────……なんて、油断してたら。
“うん。まるで未来を知っていた……みたいだったね”
「ッ!?」
“ん? どうしたんだいアレキス?”
────……その相槌が俺の心臓を鷲掴んだ。
…あり得る筈がないのに、又もや相棒は見透かしたような口振りである。
『未来を知る』と表現されたら他の2人も黙っていられない。
ブラドも容態が落ち着いたのか、先程よりも口を緩ませながら俺に訊く。
「もしや……スゲー魔法道具とか隠し持ってんじゃないかァ? この前制圧した街の宝物庫とかでパクったりして────……
「お前じゃないんだからやんねーよ」
~~オイオイ! 満身創痍の身体にゃキツイの言ってくれるじゃねーか、へへッ」
「ちょっと! 治してんだから動かないで!……」
「ごめんって……」
元々義賊として名を馳せてたブラドに言われちゃ世話無いな。
この世の何処かに時間さえも操る魔法道具が在ると耳にしたことがある。
ブラドの語る……風の噂にもならない笑い話でな。
実際、そんなモノが存在しなければ成立しない話である。
限りなく違う景色は在れど現実とその視界が重なり合うのは事実。
未来視だと疑われても、俺に弁明の余地は無い。
俺以外の、セリーネとブラド………そして相棒。
どんな魔法だっていい、誰でも構わないから種明かしが欲しい。
じゃなきゃ俺は────……
一生尽きるまで永遠に苛まれるのだろう。
「…人生懸けた大勝負、死に物狂いで挑めば人間成長するってだけだ」
“なら僕の称号はアレキスに渡そうかな? 正に勇者のような活躍だったよ”
「要らねぇよ。…相棒も、こんな時には……らしくない事言うんだな」
“あははっ……”
────……いや、だから辞めろって。もう良いんだよ。
誰も失わずに魔王を討った、それで良いじゃないか。
無意味な杞憂は終わりにしよう。
…俺の愛すべき仲間を見れば、呪いに等しい悪夢でも背負える気がした。
“…長くもあり、短くもあった旅だったね”
「……うん」
「4人揃っては1年と少し……だったな。気付けば“勇者一行”なんて呼ばれてなー?」
「…まぁ、色々あったな」
“この場では語り尽くせないぐらいにね”
為した事と賭してきたモノを辿れば……長くもある旅路で、
その総てと俺達の歩んだ歳月を顧みると……短くもある旅路だった。
先導者となった相棒が、外連味の無い笑顔でこう語りかける。
“……僕なんかに『勇者』の称号は不釣り合いだった。…今も、ね”
“助けられなかった人達も、目の前で希い……命を奪われた人達も居る”
“最終目的を達成しようと僕の望んだ結果ではない。だけど………”
“アレキス”
“セリーネ”
“ブラド”
“君たちのお蔭でここまで来れたんだ”
“────……本当に、ありがとう”
…相棒は、こんな時でも謙虚な奴だな。
手放しに喜ぶべき功罪だろうと背負い続けた咎を第一とする。
真なる英雄を、俺は如何して疑っていたのだろうか。
「ね゛~改ま゛って゛や゛め゛て゛よ゛~」
「っ泣き過ぎっだろ、な゛ぁ?」
「ブラドだって゛泣い゛て゛ん゛じゃん゛~」
……ふっ、『実感ない』なんて言ってたのが笑える位に嗚咽交じりじゃないか。
かく言う俺も堪えなきゃ決壊してしまいそうだ。
…勇者一行の帰路に泣きっ面は似合わない、何時までも城で道草食ってる場合じゃないな。
「……相棒、役目はまだ終わってないだろ?」
“うん。…皆に僕達の軌跡を伝えるまでが旅、だね”
“帰ろうか、まずは王都へ”
「おう」
「う゛んっ!」
「ああッ!」
そこからはあっという間に時間は過ぎていった。
行きは途方もなかったのに帰りは楽なモノだ。一貫して“人を救う旅”として歩んできた賜物だろう、町や村を訪れれば必ずと言っていい程に歓迎してくれた。
…『魔王を討った』と伝えれば誰もが疑う。
ソレは王都でも同じ。
人類最大の難題へと差し遣わした冒険者は数知れず、道半ばで消息を絶った冒険者も数知れず。
王位は代替わりしようと変わる事の無い魔族の支配に順応してしまった時代だ。
夢にまで見た結果であろうと疑うのは必然。
その証拠に示すは魔王城で適当に見繕ってきた金品財宝……そして、各地に蔓延る魔族の狼狽えた様。
ここまで離れると一般人じゃ気付きにくいが世界に浸透していた魔王城由来の瘴気がほぼ消え失せた。魔族なら肌感で王が討たれたと理解するのだろう。
事実、警戒もせず獣道を渡っているのに血を流す場面は一度も無かった。
それがこの旅の目的だったのだから事前に推測は立っていたが、“魔王”と言う後ろ盾こそ魔族支配の一因だったと言うことだ。
結局は念願叶ったのを認めて、直ぐに俺達の表彰へと移った。
都市を挙げて、国を挙げて、国境を越えて……勇者一行の功績は讃えられた。
王都で故郷再興に充分すぎる報酬金と格式ばった階級を賜った。
…只の農村出身の俺には過ぎた称賛だ。このパーティが貰う称号は相棒の“勇者”だけで良い。
人類の勝利を祝う祭は何カ月も続いた。
気負いの無い宴など何年も経験していなかったせいで浴びる程酒を飲んだ………から、費やした日々分の記憶は無い。
但し旅が終わった、即ち……俺の生き甲斐を失ったも同義である。
帰路を歩んでいる内に薄々勘付いていた、“この3人と離れ離れになる”と言う事実。
セリーネは王都にて、身分問わずに治療を受けられる医療教会を起ち上げる。
ブラドは未発見の古代魔法や魔法道具を探しに、再び旅に戻る。
相棒は各国の凱旋と、貧困国の救済。
俺も夢は有る。…だが、急を要する計画でもないし相棒に付き添おうとも思っていた。
しかし………絆も深い仲間を蔑ろにするのは2人の想いを無下にする気がした。
…未だ祝いの熱が冷めないある日、後腐れの無いように盛大に宴を開いて────……俺達は解散した。
『年に一度、魔王を討ったその日に集合する』、そう約束して俺は故郷が在ったその地へ。
…苦楽を共にした仲間と離れると酷く寂しいものだ。
当然俺一人じゃ復興も出来ないから有志を募った。だから、完全に孤独になった訳じゃない。
天真爛漫なあの笑顔も、昔は煙たく感じた葉巻のあの匂いも、不安を取払う爽やかなあの話声も忘れる事は出来なかった………ただ、それだけだ。
焼け野原を耕して、後世の為に多くの家屋を建て、水源確保に井戸を掘り、現時点でも脅威に変わりない魔族対策の防護柵を造り、たまに夢にアレが現れて人知れず苦しんで…………
…いつかは違う日常にも慣れる、そんな訳もなく。
だが戦の匂いを忘れてしまいそうな充実した日々ではあった。
また、相棒たちと昔話に花を咲かせる日を愉しみにして……────
────……その望みは、予期せぬ悲劇が裏切るのだった。