────……アレキス様! 今週の王都新聞をお持ちしてきました!」
「いつもすまんな。…表紙一面に載るなんて、医療教会もデカくなったもんだよ」
明朝に届いた王都からの物資、それに積まれた新聞を読みながら身支度する………最近はもう慣れてしまった日課だ。
偶にしか連絡の取らない3人の姿を見れる数少ない情報源である。
…セリーネが起ち上げた医療教会も今じゃ一面全てを飾るトコロまで来たか。頑張ってるなアイツも。
しかし、ただ頭空っぽにして眺めてられるモノじゃないってのが哀しい話だな。
「それにしても……またクーデターか」
「北部軍事国家での件ですよね? あの国では領土一帯の魔族掃討が終わった筈なのですが……」
「(…この村を復興し始めてから約半年で3件、どの国も旅で訪れた時点で国政は安定していたんだがな)」
「王都じゃ“当時の魔族との癒着が判明したんじゃないか?”なんて噂も広まっているみたいです。平和になった筈ですけど如何してですかね……」
魔王を討伐して一年が経とうとしてる頃………人類は未だに完全なる“平和”を享受できていない。
俺達が散り散りになっても魔族との因縁は切れる訳ではなかったが、月日が経つにつれて確実に魔族の数を減らすことは出来ていた。
…の筈なのに今度は人間同士の揉め事だ。
各地で国政への反発は増えて、ここ最近は誰がどの貴族を殺したとかばかり載っている気がする。
「本日は予定通り魔族探索と施設の増築で宜しいでしょうか?」
「あぁ、今月は来訪予定も有るから民宿の完成を目指そう」
「そうですね!」
「あと探索メンバーを増やそうと思うんだが問題無いか? 一応王都で雇えそうな冒険者を電報役に探してもらってるけど」
「大丈夫ですよ! …えっ魔力探知で見つかったんですか!? もしかして上位種とか!?」
「いや特に危険分子は居ない、万全を期すってだけでな……」
…要らぬ心配を掛けてしまったようだ。
亡き故郷を復興する、そう掲げて王都から2つ山を越えたこの地に戻ってきた。
やっと生活基盤が整ってきて昔の風景を取り戻しつつある。
そんな時に魔族に襲われてまた滅ぶなんて………俺が許す訳もない。
居住区の整備も安定し始めたのだし、出来る事は予め備えておきたいんだ。
「…今もこの村が襲われずに済んでるのはアレキス様のお蔭です」
「何だ急に……別に俺の力だけじゃないさ。この村の復興を手伝ってくれる皆が居るから護れてるんだよ」
「だからって貴方が多くの人を救ってる事実は変わりませんよ?」
「……ハハッそう思ってくれてるなら有難いかもな」
「勇者様たちもそうです! 世界を救っても尚各地で上位種を討伐し続けてくれているからこそ魔族に怯えずに過ごせてるんですよ?」
そんな大袈裟に褒められてもな。…それ自体が俺達の残された仕事でもあるんだ。
ある日、王都にて課せられた“魔王を討伐する”と言う勅令。
実際成し遂げはしたが……ソレだけで未来永劫の平和が成立するのではない。
…他の3人は知らない魔王が遺した筈の言葉。
“人の歪みこそが魔族を生み出す”………だっけか。
只の恨み節かもしれないその言葉は正しかったようで魔王とは格が落ちるが人類の脅威に成りかねない魔族、“上位種”は各地で生まれ始めた。
……しかし人類もその点では平和ボケしてはいなかったようだ。
上位種が群れ出す前に相棒やブラド、将又各国の実力者が早期に潰すことで今も難を逃れている。
俺もこの村近辺で探知した上位種クラスの魔族を討伐する時もあった。
人類と魔族、どうやっても失くせないこの因縁と戦い続けるってのが拭い切れない不安を抑える唯一の方法かも………しれないな。
「まぁ俺なんかには手に余る褒め言葉だ。俺は相棒についていっただけで……
ガチャッ!!
────……何だ?」
そんな風に居間で話していたら突然大きな音を立てて扉が開いた。
見据えた先には………王都からの緊急通信を承ってくれる電報役が膝に手を付けている。
「誰だ………って如何したんだ息切らして?」
「電報役じゃないか! 王都で臨時放送でもあったのか?」
「はぁ……っ…はぁ……っ…アレキス様にっ……ご報告…をっ……」
「オイ落ち着けって、何があったんだ?」
…ただ走り疲れてる、とは思えないな。
尋常ならざる雰囲気を醸す人など過去に幾らでも見てきた。特に生き死にが関わる案件であれば尚更だ。
彼が“何か”を口に零そうとして………薄々感じていた嫌な予感が現実だと知らされる。
「…西部諸国の一つが、何者かにっ襲撃された……との事です…!」
「ッ!?」
「何だって!? っ確かなのか?!」
その口振りから嘘だとは思えない、たとえ俺がどう疑おうとも……だ。
内乱が在れど昔よりは平穏へと近づいた世界に不釣り合いの事件が起きてしまったらしい。
…呆気に取られてる場合じゃないな。まずは事実確認だ。
「状況は?」
「はっはいッ! 夜が明けてすぐに魔物…っ又は魔法使いにウェルブレナ国境近辺の砦を襲撃されてほぼ壊滅との情報が!」
「壊滅って……襲撃者は単独犯なのか?!」
「現時点で伝わっている情報が“黒い外套を身に纏う身元不明者”……としか回っておらず………」
ウェルブレナ────……王都と海を跨いだ大陸に位置する西部諸国の1つか。
だからと言って単独で襲撃を図るなんて馬鹿な話だ。なのに、たかが数時間で国防に一角が壊滅だと?
…ごく僅かの情報を聞いたとしても動揺は収まらず悪化し続ける一方だ。
「誰がそんな事を……アレキス様、心当たりは…?」
「…いや、相棒たちとの連絡でも単独で国防の一角を墜とせる魔物は伝わっていない。今更になって市民革命も無い国を襲うなど……」
「ッ本来は情報を整理できてから伝えたかったのですが……遠方の国の一件とは言えいち早く伝えておくべきかと……!」
「感謝する、最悪な状況を想定しなければ………─────
「アレキス様っ!!」
────……続報か?」
実の無い言葉を交わしてる内に再び扉が開いた。
…数秒前と重なる目の前の景色が、悲劇を告げる予兆だとすんなりと受け入れてしまった。
「はぁ……っ…お伝えします! 西部諸国の一つ“ウェルブレナ”ッ……砦の襲撃を受けて約1時間後────……
~~~……国ごと滅亡した、っとの情報が………!」
「────……ッ!??」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
…明日の事も考えずに道中を駆け抜けて、見えてきたのは王都の門。
普段とは違う程に溢れ返った警備兵の群れの中に見覚えのある姿が1人居る。
「……久し振り、だね。アレキス」
「…こんな状況で再会するとは思いたくなかったな」
「うん、長話する余裕なんて無いんだから……早く城に向かわないと!」
「各国と緊急対談か、まず最初はソレだな……」
王都で国内最大規模の医療機関を起ち上げたセリーネも今回ばかりは血相変えて対応しなければいけない事態だ。
…本来であれば彼女を血生臭い戦いに巻き込みたくないが、頼らざるを得ないのか。
騒めき立つ街道を急ぎながら逃れようもない事実を意味も無く逡巡してしまう。
「2人とは連絡取れたか?」
「…駄目だった。元々どんな魔法使ったって直ぐには会えないから仕方ないよね」
「そうか……まぁ話は伝わっている筈だし知れば勝手に向かうだろ」
「だね」
互いの現在地を把握してる俺達なら火急の場でも何とかなる。…だがあの2人は別だ。
現在も旅を続けていて定住もしない、セリーネの魔法で追跡可能の伝書鳩を飛ばそうが当日中に伝達できる筈もないな。
現状で出来るのは……アイツらを信じて最善策を模索し続ける事だけだ。
そもそも、誰が集まろうと問題が山積みになるのには変わらない。
「現時点での上層部の判断はどうなってる? 敵の予測はついたか?」
「いやまだ見当もついてないよ。…そもそもさ? これ位の短時間で一国を墜とせる存在なんて魔族にも人間にも居ないよ」
「相棒か魔王ぐらいだな、そん位の実力ある存在は」
「じゃあ居ないじゃん。魔族で突然に上位種が生まれたか、誰にもバレずに力を蓄えていたか………」
…だとは思っていたが何処も謎を解明できていないか。
過去の旅で存在した、発見した上位種クラスの魔族は残さず殲滅した筈だ。と言うことはこの約1年で出現した魔族の誰かか………冒険者、認めたくは無いが人間の可能性もある。
市民革命も多い時世だったら有り得る、のか………。
────……駄目だ。そんな雑念を捨てろ、集中するんだ。
いま必要な思考は現状の理解と対応だけでしかない。
「そう言えば医療教会の方は如何した?」
「避難作業だよ。…王都も事態を知っちゃって混乱してたから予め建ててた避難所と王城に誘導してたらさ、皆が私に『ここは任せて城に向かってください!』って後押しされちゃったよ」
「……俺も同じだよ。あの村を守るって選択も有ったが全員に言われたな、『この村の為にも世界を救ってくれ』って」
「そっか……何だかあの時と一緒だね」
「…二度とこんな役回りは回ってきてほしくなかった」
零れてしまった弱音に歯切れの良い返事は聞こえてこない。
…多分だがセリーネも俺と同じ意見だろう。
世界が勇者一行をどう持て囃そうと誰が望んで“英雄”になるんだろうか?
………申し訳ないが俺は違うな。
急いで城へと着たが……混乱しているのは何処も同じだな。
避難はしても恐怖に荒立つ国民たちや慌ただしく城内を駆け回る国軍兵士、本来だったらお目に掛かれない様な貴族だって集まっている。
…非日常を横目に王室の扉を開けば宙に浮かび上がる映像がまず目に入った。
────……で、首尾は如何ほどに?」
『来てくれましたかアレキス様! セリーナ様!』
『っ他のお二方はいらっしゃらない……のでしょうか?』
『大変な事態なのを判っていないのか?!』
「…遅れて申し訳ありません、相棒とブラドに関してはこちらで連絡しましたが繋がらず来るかは本人次第としか……」
望んだ回答を貰えずに更に苛立つ他国の王。
…確か新聞の一件の隣国の筈だ、ただでさえ内政に緊張が奔っていた中での出来事だし当たりが強くなるのも頷ける。
目の前の映像は王都秘蔵の“次元越鏡”と言う魔法道具で、遠方の地でも魔力を込めれば映像を繋げる代物だ。
国宝にも指定されたこの魔法道具を見るとブラドの顔を思い出すが………鬱屈してしまう今の状況だと虚しくなるだけだな。
「国王、襲撃犯は今どこに?」
「あぁ……それがだ…他の西部諸国も……」
『情報が確かなら“エネモア”“ソーラビオ”“タブレドラル”、周辺国が………何処も既に襲撃されたらしい』
「「なっ………!?」」
『単独犯と言うのが誤情報だと信じたい状況です……!』
『前代未聞の大事件だ!! 魔族隆盛の時代でもこれ程までに奇怪な話は無いぞ?!』
時間が………解決してくれる問題だとは微塵も想定しちゃいなかったがな。
1日も経たずして王都の領土にも匹敵する連合国が何故ここまで……、狙う魂胆も犯人像も想像がつかない。最早在りし日の魔王軍がやった領土侵略じゃないか。
呑み込むのも受け付けない事実に一瞬思考が止まってしまう。
“僕 外の全 を すこと よ”
…駄目だ、思い出すな。関係ないだろ………あの記憶は。
張本人が居ないからって不安に感じちゃ元も子もないんだって。
訊ねて気が晴れるような答えなど返って来なくとも俺が戦意を失う理由になってはならない。
「…被害人数は?」
『各国の魔法使いや冒険者が事態の確認を急いでいるが……国から逃れる者も居ないそうだ』
「……ッ! 何で……誰がそんなことを………」
「一刻も早く襲撃犯を捕らえる……いや生死は問わんッ!」
『だがしかし! 国軍直属の魔法使いが魔力探知で状況を測ろうにも誰も追跡することが出来ていないのだぞ!?』
『我が国でも発見報告が無いっ……今後の方針を決めようにも自国の混乱を抑えるので手一杯だぞ?!』
『…頼れるのは君達だけだ、魔王を討ち果たした勇者一行にしか……!』
当然、俺達に下されるのはその指示だ。
冒険者としては現時点でも国に信頼される実力だと自負している。世界の命運を背負わせるのには丁度いいってことだ。
言わずもがな………俺の返答は決まっている。
「────……断る気は無いです、その為に故郷を置いて帰ってきたのですから」
「今すぐにでも西部諸国へと向かいます! たとえ救える命が少なくとも……!」
『早く向かってくれッ! 西部諸国に近い私達の国もいつ標的になるか堪ったものじゃ プツン
「………?」
『何だ? 映像が途切れたぞ?』
「おっお待ち下さい……もう一度繋ぎ直します…ッ!」
怖れを滲ませつつ東方の国王が呼び掛けてきていた映像が突然消えた。
…詳しくは知らないがこの通信は“次元越鏡”が強制的に繋いでいるようなモノの筈だ。
途中で不備が発生する代物じゃないんだから原因は通信先か? 直属の魔法使いが試してるのに復旧できていないのだから余程の事があちらで………
────……余程って何だ? 今思い浮かぶのは最悪の未来しかない。
「…もしかして、もう襲われて……?」
「……何だと」
「なっ………」
『オイ如何するんだ?! 半日も経たずに5つの国が墜とされるなんて!?』
『落ち着いてください!! まだ襲われたかどうかも決まってはいませんっ!!』
『確認せずとも判るだろ?! じゃあ通信に戻ってこない理由は何だ?!』
…もう、こうなれば後の始末だ。
話し合いの体は崩れ去って叫ばれるのは保身のモノばかり。
罵詈雑言も入り混じる喧騒となった今………“世界を護る”なんて誰も考えちゃいない。
『貴方方の軍隊で確かめて来ればいいじゃないか?!』
『他国に任せるつもりか?!』
『内政が安定してる国が対応すべきではないか!! こっちはクーデターの対応に追われてるんだぞ?!』
『緊急時に持ち出す話ですか!! 自国が不安に怯えているのは何処も……─────
「いい加減にしろッ!!」
『………っ!!』
そう吠えてやっと静かになる。
俺は早急に第二次世界危機だと断定して各国が一丸となるべきだと考えて、第一にこの場を選んだんだよ。
…それが無理なら居る意味も無いんだよ。時間潰してる暇は無い。
「…この場で揉めても時間の無駄だ。アンタ達はそれぞれの国を守る事に専念していてくれ」
「……アレキスよ。お前は如何するのだ?」
「すぐに通信の途絶えた国に向かいます。…セリーネ、行くぞ」
「うっ……うん!」
国王には悪いが去らせてもらおう。その鏡ですぐにでも生存者を探し出してくれ。
手に持つ愛用の斧を再度握り直して……久し振りの戦場に向かう覚悟を決めようか。
「セリーネ、俺に強化魔法掛けまくってくれ、担いで行くから」
「…久し振りだけど身体は大丈夫なの? さっきも村から王都まで走ってきたんだよね? 鈍ってたら余計に負担掛けちゃうけど」
「形振り構ってらんないんだ。早く着かなければ最悪の事態に……!」
「………アレキス」
屋外へと踊り出し、張り詰めた空気が幾らかマシになる。
…俺もセリーネも一度息を整えてから彼女の手が光を称え始めた。
あぁ……確かに久し振りだなこの感覚。
全身を巡る血液が煮え滾るように熱く、骨も筋肉も動かしてすらいないのに軋み始めている。
脳強檄と体躯強檄の重ね掛けだからこの反動は逃れようもないんだ。
…覚悟はしていても苦しみ悶えるのを堪えて声を漏らしてしまう。
「大丈夫? アレキス……?」
「…いや、気にすんな。しっかり捕まってろ」
ハッ……人類を救いに行くってのに戦前で仲間に心配されちゃ世話無いな。
苦痛も不安も全て吞み込んでしまえ。
俺個人の後悔など、世界が直面している危機に比べれば吐いて捨てて構わない。
…空を足で掴んで跳び駆けている内に戦いだけに意識を研ぎ澄ましてくれると信じて、悲劇の地へと急ぐしか出来ないんだよ。
──────……
────……
───…
─…
「………何でよ……」
「オイ、っどうなって……んだよ………」
…想定はしちゃいたよ。
頭の片隅にだけどな。
死体しか転がっていない地平のみが広がっているなんて、見たくはなかった。