彼方楽園のレチタティーヴォ   作:三文小説家

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 高校時代に聞いていた歌を総動員して書きました。


涙雨、()いて散りゆく花緑青

「ああ、なるほどね……」

「というわけで、相談に参った次第でございます。三世。事態を早急に解決した方が良いのか、それとも静観すべきなのかも含めて」

 

 ここはWeyer String-IIIの工房兼楽器店の建物内である。Twinkle Little Batでのお茶会の後、リン達は持てる情報を基に彼女の店を探した。そして、やや郊外に近い森の近くで『Weyer String Store』という看板を掲げた建物を発見する事ができた。

 

 なお、発見時に、

 

「あーっと、えーっと、ソノアンニ三世!」

「フザケルノ・モタイガイ二世よ」

「あのさ脳筋、看板にデカデカと書いてあるじゃないか。彼女が背負う名前が」

 

 脳筋こと栗原一滋が出合い頭に彼女の名前を間違えるというトラブルが発生したが、意外にもウィットに富んだジョークを返してくれたため大事にならずに済んだ。

 

 彼女の店の内部は木製のレトロな作りであり、彼女の作った楽器やレコードやCD、楽譜などが並べられている。その一角に世界的な森林企業であるWeyerhauzer社のポスターも貼られていた。この店の名の由来であろう。十中八九Weyer String-IIIはこの会社の関係者である。

 

「ああ、そうそう、無闇に楽器は触らないで頂戴。例えば、貴方の傍にあるヴァイオリンは40万するわ」

「よんじゅうまんえん……分かってたことだけど楽器は高いなあ」

 

 リンがそう言うと、Weyer String-IIIは「ふふ」と笑ってこう言った。

 

「ドルよ」

 

 その日一日、彼らは楽器に近づかなかったという。

 

閑話休題

 

「それで、アイリスとリンが喧嘩したですって?」

「ええ。経緯は先程話した通りです。図々しい事は承知の上ですが、ご意見を頂戴したく……」

「別に構わないわ。アイリスは付き合いが難しいもの」

 

 その中で脳筋こと栗原一滋が口を開く。

 

「にしたって、小夜風さんって意外と消極的なタイプなのな。別に道場破りに参加しろって言いたいわけじゃねえけど……俺も心情的には参謀寄りだから根本的に共感できないっていうか」

 

 それが問題なのだ。一滋も白も杏もアヤメの心情に共感できないのである。誰もが向上心に溢れ、勝負の先に成長を望む者だから。謂わば、『精神的向上心の無い者は馬鹿だ』を地で行く人間達なのである。

 

「最後に呆れるほど長い遺書書いて自殺しそうね。不吉だわ……」

「三世、『こころ』知ってるんですね」

「まあそれはともかく、問題はアイリス達よね……リンについてはまだよく分からないけれど、アイリスはああ見えて激情家なのよ。クラシックお嬢様の皮被ったロックンローラーだわ。どんな結果になるかは分からないけど、あの子に感情を吐き出させるしか無いわ。それで拒絶するようなら……関わらない方が良いわね。お互いのために」

 

 Weyer String-IIIは敢えて無情に断ずる。だが、実際そうなのだろう。分かり合えない人間は確実に存在する。とりあえず、彼女はアヤメを店に呼び出すと言った。そして、三人にリンをこの店に呼び出すように伝えた。

 

「どうか仲直りしてほしいね。思い出になるにはまだ早すぎる……」

 

 白が呟いた言葉が、おそらく全員の本音である事は想像に難くない。

 

 

 

 

 

 アヤメは放課後にWeyer String-IIIに呼び出され、彼女の店に赴いていた。いつものように楽器の試奏だろうが、それでもありがたかった。あの日のリンとの喧嘩は思った以上にアヤメの心に響いていたらしい。

 

 ストックホルムの露天商、キルナ、ガムラスタンの石畳を思い出しても安らぎは得られなかった。今はとにかく何かをしていたい。そうじゃなければ、きっとこの視界の歪みを気のせいには出来ないだろうから。

 

 もうすぐ彼女の店につく。何事も無かったかのように弾いて、それでおしまい。気分を変えてロックンロールでも弾こうか。このご時世、賛美歌とか流行らない。

 

「あ」

 

 目的地に着いたアヤメは青々と息を呑んだ。そこには喧嘩をしたリンがいたのだ。

 

(アイツ等……謀ったな)

 

 一方、三人から呼び出されたリンはあまり会いたくない人物に会ってしまった事に動揺していた。別に今でもアヤメが嫌いというわけではないが、あんな別れ方をして今更何を話そうというのか。そう思ってその場を離れようとすると、アヤメから「待ってください!」と思いの外鋭い声がかけられた。

 

「少しだけ、少しだけでいいですから、お話してくれませんか?」

 

 それに対して、リンは相変わらず冷たい態度を取ってしまう。

 

「何度話したって変わらないよ。僕は君に失望した」

「っ……闘うのがそんなに偉い事ですか」

「少なくとも停滞するよりかはね。何処かで読んだな。精神的向上心の無い者は馬鹿だってね。今となってはよく分かるよ。そういう連中が如何に愚かかってね」

「精神的向上心の無い者は馬鹿……確かに聞いた事がありますね。恋敵の心を折るセリフとして、ですけど」

「用途は重要じゃないよ。向上心が無くなった人間は抜け殻みたいになるんだからさ」

 

 あまりに冷酷な言葉に、アヤメの眉間に(しわ)が寄る。アヤメはリンを睨みながら言葉を発した。

 

「ご自分がお強いという自覚があるなら、もう少し弱者に寄り添ってみては?」

「寄り添った所で理不尽な嫉妬をぶつけられるだけだよ。奴らの論理じゃ強くなる事すら許されない。それは悪魔に魂を売り渡して『悪』に転落する事と同じなんだからね。見捨てるか、さもなくば無理心中しろと要求してくるのが関の山さ」

 

 アヤメはその言葉を聞いて、一度深呼吸した。否定はしない。アヤメとて稀代の演奏者と持て囃されると同時に理不尽な嫉妬を数多く受けてきた。彼女の家が資産家というだけで没落を望まれた。ああ、分かっている。リンの言う事も正しい。

 

 だが、アヤメには一つだけ我慢ならない事があった。リンは結局、弱者が自分達のもとへ転落するのを望むように、強者の立場へ登る事を強制している。アヤメと同じ苦しみを背負う者が、アヤメを貶した者達と同じ事を言っている。その事実を認識した瞬間に頬を伝う涙は花緑青に、緑色の劇毒に変わった。

 

高校に入って初めての友達で、できればもう一度仲良くなりたいと思って呼び止めた。だが、今の言葉を聞いてアヤメの心に有るのは激情だけであった。

 

「言いたいことはそれだけですか」

「なに……?」

「言いたいことはそれだけかって聞いてるんです!」

 

 アヤメは瞳に激情を宿してリンに詰め寄った。嘗てない彼女の様相にリンが初めて後ずさる。

 

「私が馬鹿? そんなことはとうに知ってますよ! いつも人を呪う歌を書きたくて! それで誰かを殺せれば良くて! 生きてるだけでも苦しくて! 最低な、軽薄な、甲斐性無しな論理で語る私は、さぞや馬鹿で滑稽に映ってたことでしょう! 知ってますよ!」

 

 アヤメは呼吸を整えて、尚もリンを睨みながら毒を吐き続ける。

 

「そんな馬鹿な私から最高級の侮辱を言ってあげます。結局あなたの理想なんて偽物です」

「はぁ!? 取り消せよ今の言葉! 流石に言っていい事と悪い事があるだろ!」

「何度でも言ってあげます! あなたの価値観なんて偽物です! 私からすればチープなセットで人が良く死ぬだけが売りのSF映画と変わらない。私はそのエキストラなんでしょう!? あなたからドラマチックな歌や友情を聞いたところで馬鹿らしくて仕方がない! あなたの全てに頷けばいいんですか!? 心でも売り渡せばいいんですか!? そんなの欺瞞と変わらない!!」

 

 偽物とは、おそらく言葉通りだけの意味では無いのだろう。リンと同じく、アヤメも失望しているのだ。友人と思っていた人物が、結局自分の事など背景としてしか見ていなかったことに。リン自身がどう思っているかはこの際重要ではない。少なくともアヤメはそう認識してしまったのだ。

 

「じゃあ……じゃあ小夜風さんの価値観は本物だって言うのかよ! 僕の考えを頭ごなしに否定できるだけの根拠がさあ! あるのかよ!」

 

 一方、リンも必死だ。自分が培ってきた価値観を頭ごなしに否定された。その怒りは並の物ではないだろう。珍しく声を荒げるほどに。

 そして、アヤメは怒りを滲ませながらも相対的に冷静に答えた。

 

「当たり前でしょう。私の価値は自明です。証明なんて思い出せるわけもない。思い出せないならこの痛みは魂です。わざわざ誰かと闘わずとも、価値を比較せずとも私は私です。神様なんて知りません。心まで醜い私です。世界は私の物です。それが私の音楽です」

「……狂ってるね。論理が破綻してる。理解できない」

「ええ、そうでしょうね。言葉で共有できる程度の物が音楽だなんて言えるわけが無い。言葉も論理も証明も、全て捨ててこそ音楽です。その価値も知らない貴方に、分かって堪るものですか」

 

 斯くいうアヤメとて、普段は理論と数式によってモノを考える人間だ。しかし、それだけではどうしても説明できないものが幾つもあった。それが魂であり、音楽だ。

 

「全てがロジックで説明できるなら、夜が死ぬたびに歌など歌いませんでした。訳も分からず花緑青の涙なんて流しませんでしたし、ヒ素で血を吐くような痛みなど味わわなかったでしょうね」

 

 水差しを窓辺において、空き地に生えていた毒を注いで、乾いた紙にこう綴った。『結局私は生きれなかった』。全てが嫌になって毒水を口に含んだ。ヴァイオリンの音を思い出した。

 

 気付いたら毒を吐き出して、ヴァイオリンを弾いていた。舌先が痺れていたが、それでも一心不乱に弾き続けた。同年代の誰にも負けることの無かったヴァイオリンだが、その日は一層綺麗に聞こえた。

 

 涙が人を強くするなんて詭弁ではなくて、

 

 音楽とアヤメの魂が共鳴した、毒を介した音楽とのファーストキスだった。

 

「悲しかった。結局、貴方も私を疎んだ人間達と何も変わらない。立場が入れ替わっただけです。でも、私も貴方にいわれのない期待を寄せてしまった。そこだけは謝らなければなりませんね」

 

 アヤメはごめんなさいと、一言謝って店の扉に手をかけた。

 

「あなたにとってはさよならだけが人生で、それ以外は皆価値など無いのでしょうね。どうぞ、第三宇宙速度で飛び立って、そして一人で燃え尽きて下さい。夜鷹にもなれない私は、地上でずっと鳴いています。さようなら、もう会いません、さようなら」

 

 アヤメは疲れ切った純粋な笑顔と、一筋の涙を携えて外に出た。リンはそれを追いかける事も、引き留める事も出来なかった。

 




 大喧嘩。まあ、転移した後も引きずるほどに後悔するとしたらこれくらいはやってるかなと。アヤメも大概な事言ってるけどね。

 この辺は前書きにも書いた通り、私の青春を彩った音楽を基に書いています。だーいぶ過激な曲ばっか聞いてんねえ……

 次回以降も『砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けない』『爆弾魔』と物騒なタイトルが続く予定です。
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