彼方楽園のレチタティーヴォ   作:三文小説家

12 / 65
STAGE1―BOSS Ir1s, The Tempestissimo Virtuosa-Movement1

 私には苦痛しかありません。

 

 それ以上の何物も望みませんでした。

 

 苦痛は常に私に忠実で、今も変わりありません。

 

 毒を口に含んだ時も、吐き出した時も、私の両腕が音を奏でる時も、

 

 苦痛はいつも私に寄り添い、私を守ってくれたから。

 

 どうして苦痛を恨むことができましょう。

 

 ああ苦痛よ。貴方は決して私から離れなかったが故に、私はついに貴方を尊敬するまでに至った。

 

 私はようやく理解しました。

 

 貴方が存在するだけで美しい事を。

 

 これは私の贖罪。

 

 私は晴天とそよ風を齎したつもりだった。

 

 嘗て聞いた詩のように、晴天と静けさが全てを統べている事を願いました。

 

 しかし、私が齎したのは悲劇最果ての顫音(せんおん)だったのです。

 

 嵐が彼らを飲み込む知らせが届く度に、私は自分の思い上がりを知った。

 

 アヤメ。アイリス。虹の女神を冠するこの名前が、ひどく空虚に思えました。

 

 私の行いは、私の本性は、結局のところ嵐と同じ。ならば、苦痛が私の心の奥深くに入り、雷鳴と共に横たわらんことを。

 

 

 

 

 

「どういう……ことなんですか? 小夜風さんが暴れてるって……」

 

 リンがWeyer String-IIIからアヤメの過去について聞かされた翌日、リンと三人の悪友達は彼女の店に呼び出されていた。

 そして、彼女は重苦しく口を開く。すなわち、アヤメがWeyer String-IIIの所有する森で剣を振りまわしている、と。

 

「てか……小夜風さんって剣使えたのか?」

「ええ。ちょっと事情があってね。あの子の力を制御するには剣を教えるしか無かったの」

「それってもしかして……」

「ええ、貴方のお察しの通りよ、リン。銃で撃たれたアイリスは貧血で倒れたけど、応急処置で意識だけは回復したの。でも、そこは野戦病棟みたいな場所だった。闘いの足音はすぐ近くまで迫っていたわ。そして、兵士が銃を構えて踏み入った時、アイリスの力は覚醒した。応戦しようとした私を庇うように立ったあの子は剣を生み出して射出したの。私の行動がもっと早ければ、あの子にそんな業を背負わせずに済んだのだけれど……」

「豪傑過ぎるでしょ小夜風さん……」

 

 リンはアヤメが人を傷つけた事よりも、あまりにも凄惨な過去に裏打ちされた彼女の強さに慄いていた。

 一方、事情を知らない三人は首を傾げていたが、Weyer String-IIIが「後で話すわ」と言われ、今は引き下がった。ただ、杏は一つ危惧するように呟いた。

 

「剣を振りまわしている……それも、今の話を聞く限り鍛え抜かれた軍人に対抗できる程の戦闘力で。これ、街に出たらまずいのでは?」

 

 彼の言葉に三人はハッとする。そんな人物が市井に出たら想像もできない惨事が引き起こされるだろう。だが、Weyer String-IIIは特に慌てることなく言った。

 

「ああ、それについては大丈夫よ。起こらないに越したことはなかったけど、一応想定してた事態ではあったもの。私の魔法で森に閉じ込めた以上、外に被害が行く事は無いわ」

「魔法……?」

「魔法の詳細についてはSecretよ。貴方達が『そちら側』の住人である以上、今はまだ話せない。話す時が来たとしたら、明確に『こちら側』の住人になった時ね」

「はあ……?」

「こういう情報は持ってるだけで危険な事もあるの。魔法に関わる情報を知ってるというだけで危険が及ぶ事もある。話の通じない相手に召喚の儀とでも解釈されたら大惨事よ」

「あ、はい……」

 

 Weyer String-IIIは有無を言わさない口調で断定した。世の中には知るべきではない事もあるのだ。脳筋は首を傾げていたが、彼女に睨まれ「アイ、マム」と頷いた。

 

「……この際魔法についてはいいよ。今考えるべきは小夜風さんを止める事だ」

 

 その中で、リンは暗い表情でそう口にする。責任が自分にあると思っているだけに決意は人一倍だった。Weyer String-IIIはそんなリンを見据えて再度口を開いた。

 

「貴方達に選択肢を与えるわ。すなわち、あの子を止めに入るか、それともあの子が落ち着くまで待つか」

「え……?」

「いくら魔法使い、特殊な存在とは言えアイリスだって人間よ。肉体的な限界は絶対に訪れるわ。さっき言ったように、外に被害が出る可能性も皆無。時間は掛かるけれど、確実にあの子は力尽きる。それに、いざとなれば貴方達に頼らずとも鎮圧する方法はあるわ」

「具体的には?」

「この森には色々と()()()()()のよ。この程度の事で彼等は自発的には動かないけれど、動かす方法はあるって事。アイリスとは知り合いだから、あの子が死ぬ事も無い。貴方達が動く必要は無いわ。その上で聞くけれど、あの子を止めに入る?」

「勿論です」

 

 リンはWeyer String-IIIの問いに迷いなく頷いた。

 

「こうなったのは僕の傲慢さゆえに小夜風さんを傷つけたからです。たとえ三人が反対しても、僕は彼女を止める」

 

 リンの覚悟に、三人も賛同する。

 

「水臭えこと言うなよ。小夜風さんと関わりが有ったのはお前だけじゃねえんだ」

「そうだね。この前も言ったけれど、思い出になるには早すぎる」

「僕も同意しますよ。それに、今の話で意図的に触れていなかった部分があるでしょう、三世。今、小夜風さん自身はどうなっているんです? 暴れてる、以外の答えをお願いします」

 

 杏の問いに、Weyer String-IIIは息をついて答えた。

 

「苦しんでいるわよ。弾痕の幻痛(ファントムペイン)に、絶えることの無い不協和音に。倒れるまで、それが終わる事はないでしょうね」

「ならば断る理由はありませんね。彼女を救いましょう」

 

 四人の決意を見て、Weyer String-IIIは笑みを浮かべた。

 

「ついてきなさい。貴方達に武器と防具を与えるわ。作戦はあるけれど、危険な事に変わりはない。あの子は一流の剣士で、オマケに魔法使いだということを忘れないで」

 

 「無論、後で返してもらうけれど」と、Weyer String-IIIは四人を案内した。だが、リンに声を掛けると、あまり気に病まないように言う。

 

「でも、僕のせいで小夜風さんが……」

「そう。貴方は確かにきっかけ。だけど、あくまできっかけよ。直接の原因じゃない。貴方の行動が無くても遅かれ早かれこうなっていたわ。それでもあの子に対して贖罪の気持ちが有るのなら、正気に戻ったあの子の話し相手になってあげてちょうだい。きっとそれが、何よりもあの子の為になるわ」

「……分かりました」

 

 まずはこの闘いを終えてからだ。リンは友達となった音楽家の少女を助けるために、森に踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 森に入った四人は全員が草木で編まれた服を着ていた。色は黒なのだが、(ほの)かに香る匂いが原材料の正体を四人に知らせる。蝶の翅脈のような白い模様の入ったロングコート以外は喪服のようでもある。

 

「見た目に反して動きやすくていいな。コレ」

「ええ、何よりかっこいいですし」

「やっぱり男の子ってこういうの好きなのね」

 

 モノクロの魔法服などという、有り体に言って厨二心をくすぐられる装備に興奮を隠せない。

 

「それに、この武器達も滅茶苦茶かっこいいじゃないか」

 

 白の言う通り、特別な役割のあるリン以外の四人に支給された武器も非常に瀟洒なものばかりだった。

 

 まず、一滋に渡されたのは黒い棺のようなもの。鈍器にもなり、盾にもなる。大きさは可変式であり、学生鞄程度の大きさから人間大にまで変更できる。側面に取っ手が付いており、トンファーのように扱う事も出来る、力自慢の一滋にはピッタリの武器だ。

 

 続いて、白に渡された武器はピアノの鍵盤のような模様が入った大鎌で、刃が振動する仕掛けになっている。シンプルながら強力な武器だ。

 

 そして、杏に渡された武器はハゲワシのような動く彫像だった。羽を使って攻撃するほか、魔法によって視界を共有する事が可能であり、諜報を得意とする彼にうってつけである。

 

 最後に、リンに渡されたのは指輪である。渡される前は花に停まる蝶という形のオブジェとして存在していた。しかし、リンが手を近づけると突如として彼の指に茎を巻き付かせ、端の部分に蝶が止まって指輪となった。この指輪から銃弾のように蝶を発射する事で攻撃できるが、実際は空中に蝶が咲くように出現している。

 

 彼らの武器のモチーフは死者を抱く棺、死者の魂とされる蝶、鳥葬の際に死体を啄むハゲワシ、そして死神を想起する大鎌、また、アヤメの持つ剣は死者に供える(シキミ)の装飾があしらわれている———これらは全て死に関するものであった。

 

 Weyer String-IIIは少年少女達に武器を握って欲しくはない。だが、どうしても握らなければならないのなら、せめて残酷なる殺戮者ではなく厳粛なる哀悼者であってほしい。そんな彼女の思いが形となったもの。それはリンを引き取った人物の思想にも通じるものであった。

 

「とりあえず、指定のポイントまで向かうのが先ね。アイリスが奇襲してくるでしょうから、油断しないで」

「本当に……襲ってくるのですか?」

「ええ、今のあの子はおそらく、痛みとノイズ以外何も知覚できない。自分が何をやっているのかも分かっていないわ」

「どうやって止めるんです?」

「今のあの子に影響を与える方法は言葉ではなく音楽よ。この森にはピアノがある。リン、貴方が弾いてアイリスを助けて」

「分かりました……」

 

 すると、Weyer String-IIIの指示でハゲワシを飛ばし偵察していた杏が何かを察知したかのように顔色を変えた。

 

「二時の方向、来ます!」

「早すぎるわ……耳良過ぎよあの子……」

「おおいどうすんですかい三世!」

「狼狽えないで。撒く方法はあるわ。準備するから防いで!」

 

 全員が防衛姿勢を取った時、高速で駆けてくる人影を視認した。右手にサーベルを構え、見開いた殺意の眼でこちらを見据えながら近づいてくるその様はホラー映画の殺人鬼も斯くやという有様だ。

 

「リン! 撃ちなさい!」

「え!?」

「その程度であの子は死にやしないわ! 今はとにかく時間を稼いで!」

「りょ、了解!」

 

 リンは指輪の力でアヤメの近くに蝶を生み出す。しかし、アヤメは身を翻してあっさりと回避し、剰えその蝶を切り裂いて爆発させ、その爆発すらも躱す。

 

「Is she a human ?」

「May be. じゃないわよ! 蝶でも羽でも何でも良いから撃って!」

「「アイ、マム!!」」

 

 リンと杏はアヤメに向かって蝶と羽を放つ。だが、アヤメは居合切りのような構えを取ると、疾走……というよりは地面を滑るように移動し、まず蝶を剣で起爆し羽を一掃した。

 

 更に、アヤメはその爆炎に隠れて急接近し跳躍して剣を叩きつけた。そして、右から、左から、最後に下から斬り上げ、バックステップしてから地面を蹴って横薙ぎの一閃をお見舞いした。

 

「あっぶねえ……」

「困った暴れん坊ちゃんだ……」

 

 一滋が棺を盾にして斬撃の大半を防ぎ、白が大鎌で最後の一閃を弾いた。だが、一連の攻撃で全員が確信した。これは、対処を間違えれば死ぬ。

 

「三世! 準備はまだですか!」

「あと10秒よ!」

 

 白兵戦における10秒は驚くほど長い。だが、やるしかない。自分達が死なないために、何よりアヤメに殺人の業をこれ以上背負わせないために。

 

 目の前でアヤメが頭と首を掻き毟りながら喉を引き裂くような叫び声を上げる。アヤメはこの剣が、この魔法が嫌いだった。誰よりも争いを嫌い、平和と安息を愛する少女に与えられた魔法は、何よりも争いを象徴するものだった。これほどの皮肉が有ろうか。

 

「もう貴方に……親しい人間を失わせるわけにはいかないのよ」

 

 剣を嫌うアヤメに、Weyer string-IIIはデザインを変化させるように言った。アヤメは虐殺者ではなく哀悼者である。そう意識を捻じ曲げる事で何とかアヤメは理性を保ってきた。

 それが、リンとの喧嘩で決壊してしまった。

 

(謝らなければならないのは私の方よ、リン。あの子を救う事は、できなかった……)

 

 アヤメは霞の構えのような姿勢を取り、視認できないほどの速さで刺突攻撃を繰り出す。一滋がなんとか防いだが、それでもよろけてしまった。

 アヤメはその場で宙返りして上から一滋を突き刺そうとするが、リンが放った蝶に被弾し体勢を崩す。だが、ただではやられず剣を振って牽制してからこれまた視認できないスピードで後ろに下がる。

 

「一発は当てたけど……」

「隙が無さすぎだね」

 

 正気でないにも関わらず引き際は弁えているようで、一度被弾すれば即離脱してしまう。杏がハゲワシの羽根を連射するが、ステップや宙返りを織り交ぜたスタイリッシュな動きで全て躱されてしまう。なんなら幾つかは剣で叩き落し、剰え杏達に弾き返してしまう。

 

「まだ〝あと10秒〟?」

「いいえ、もう完了よ。全員私の周りに集まって!」

 

 Weyer String-IIIの指示に従って全員が集まると、アヤメはいつの間にか接近して剣を振りかぶっていた。

 

真夜中の霧(Mist in Midnight)!!」

 

 Weyer String-IIIが呪文を唱えるとリン達の姿は消えた。後に残された霞をアヤメが剣で斬りつけるが、そこには何も無い。

 

ただ、深く斬撃を加えられた木々が虚しく倒れる音だけであった。

 




 一回切ります。とりあえず第一形態終了。第二形態は更に激しくなる予定です。

 まあ、現実で起こったら大問題というか起きちゃいけない事ですけど、フィクションなのでこういう事も起きます。ちゃんと仲直りさせる予定なので次回をお待ちください。

また、リン君が新人研修中ということで三世に指揮してもらってます。伊達に戦場から帰ってきてない。

 備忘録

リン君はあくまできっかけ:

 これについては正直運が悪かったとしか言いようがない。あくまできっかけであって直接の原因ではないというのは再度明記しておきます。アヤメにも歪みが有って、今回それがたまたま決壊しちゃっただけで。むしろリン君被害者なんじゃねえかな……

壊れたアヤメ:

 弾痕の幻痛と絶えず聞こえる不協和音をかき消そうと暴れてる感じです。掻き毟っても消えないけどね。なお、リン君達が介入しなかったら耳削ぎ落してた可能性もありました(仮にそうなったら三世立ち直れなくなるけど)。
 けど、半分意識無いというか正気じゃないので自分が何やってるか分かって無いです。仮に正気だったらもっと強いです。多分相当気を付けないと盾を掻い潜って一撃当てるとか言う曲芸を披露します。
 魔法の基本形態が剣なので、制御するためには剣技を強くするしかないみたいな感じです。本人は闘うの嫌いなんだけどね。

三世の思い:

 三世だって少年少女が武器を握るのは快く思ってはいません。しかし、どうしても戦わざるを得ないならば、せめて虐殺者ではなく哀悼者であってほしいと思っています。

真夜中の霧:

 姿をくらます呪文で、遁走や奇襲に使えます。霧と夜という視界を遮るものを並べて韻を踏んだ感じです。因みに、アヤメを森に閉じ込めた魔法は別の魔法です。

武器:

なんで持った瞬間に使えるんだと思ったかもしれませんが、とりあえず今はそういう物だと受け入れてください。ただ、言わば『武器に使われている』状態なのでフルスペックは発揮できていません。

防具:

メタな話ですが、デザインはロボトミーコーポレーションの『死んだ蝶の葬儀』より。どんな奴かと言うと、頭が蝶で棺を背負った哀悼者です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。