気が付いたら明るい場所にいました。ここは何処かのお城でしょうか。それとも遊園地でしょうか。それとも、小説で見るような死亡遊戯の会場でしょうか。自分は可愛らしいドレスを着ていて、飾りつけは年号を三つほど遡ったようなセンスをしています。
「~~~♪」
徐に音楽が聞こえてきます。見れば大正モダンな服装に身を包んだ人型が曲を奏でています。ヴァイオリンに、打楽器、コーラスもいます。時折間違えてしまうのか、爆発音のような音も聞こえてきました。コーラスも時々叫んでいました。
可愛いな。
違う方を見れば、酒杯を持った人型がお菓子をテーブルに並べていました。
気付けばクゥクゥとお腹が鳴っていて、目の前にはとても美味しそうなお菓子が有りました。
私は迷わずにお菓子をお皿に取り、その甘みを味わいました。もしかしたら私は、久しぶりに心から笑ったかもしれません。
そうして暫く食べているうちに、音楽隊にピアノが加わりました。そのピアノはとても上手で、私はりんご飴を舐めながら聞き惚れていました。
でも、同時に何かがオカシく感じていました。あれだけ美味しかったお菓子たちが、今は何か変な味に感じられるのです。
私は不思議に思ってりんご飴を見てみました。
「ひっ!」
よく見るとそれは人の脳の一部だった。私が食べていたのは棒に刺された脳の砂糖漬けだった。
他のお菓子も同じだった。
タルトは人の骨で作られていて、ウィークエンドシトロンは皮膚を固めたもので、アプリコットジャムは血液と眼房水を混ぜ合わせたものだった。
「い、いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!!!」
私は叫びながら胃の内容物を吐き出した。でも、吐いても吐いても出てくるのは銃弾ばかり。私はピアノの音をバックミュージックにしながら、喉を掻き毟って叫んだ。
「!? んーーーー!」
お菓子を並べていた人型が私に酒杯を飲ませる。本能的にこれは飲んではいけないものだと悟ったけれど、抵抗もむなしく嚥下してしまう。血と油と硝薬の臭いがする。
私は咳き込んで呼吸を整えると、自分の身体に起きている異変に気が付いた。自分の指先がナイフになっている。それだけではなく、眼が照準機に、食道が銃に変化していく。
いまや、私は言葉を口にするだけで全てを壊してしまう兵器だ。
ああ、そうだ。私は演奏を、存在を利用されて、全てを壊してしまった。
もはや泣いているのか、叫んでいるのか、それとも笑っているのか分からない。私は全てを壊しながら、死体で作られたお菓子の散乱する部屋を歩き回る。
いまだに鳴り続けるピアノの音を目指して。
「天野……さん……?」
アヤメはゲアカリングの手によって目を覚ました。しかし、戦闘中の心象風景なのか、脳が情報処理のために作り出した悪夢なのか分からないが、ついさっき見た光景を思い出して反射的にリンから距離を取る。
あの悍ましい夢が何を暗示しているのか、詳細は分からない。しかし、一つだけはっきりしていることが有る。それはアヤメがリン達を危うく殺害するところだったという事だ。
「天野さん……ダメ……来ないで……!」
「小夜風さん? どうしたの?」
「食べたくない! もうあんなの食べたくない!」
最初は自分の事が嫌いで離れようとしているのかと思ったリンだが、それにしては様子がおかしい。幼子のように頭を抱えて怯えるアヤメに慎重に近づき、アヤメの手を取る。常人ならば躊躇するだろうが、この状況を聞き出さなければならないというリンの思考がプラスに働いた瞬間だった。
「いやっ! いやっ!」
「落ち着いて! 何も食べさせないから!」
アヤメは怯えてはいるが、リンの手を振りほどこうとはしない。そのままの体勢でアヤメの呼吸が整うまで待ち、彼女が落ち着いてから取り乱した理由を問うと、アヤメは宴の悪夢を話した。
グロテスクなホラーが苦手なリンは聞くだけで鳥肌が立ち、気絶しそうになったが、アヤメが手を握りしめてくるので耐える事が出来た。
そして、リンはショックを受けていた。アヤメが人体を使ったお菓子を食べている夢自体にもそうだが、そんな狂気の様を引き起こすほどに自分の行動が愚かであった事に。
「ごめんね……ごめんね、小夜風さん。僕は、そこまで君を追い詰めてしまったんだ」
リンがアヤメに謝罪するが、アヤメは首を横に振った。
「いいえ、凶行に及んだのは私の弱さゆえです」
「…………」
リンがかつて否定した『弱さ』。この悲劇はそれによって引き起こされたのだとアヤメは言った。
だが、リンはアヤメの心象風景の真意に気が付いていた。人体パーツの宴、吐き出される銃弾。それは他人を食い物にして戦争を生み出す存在の暗示。アヤメに銃弾によってスティグマを刻みつけ、愚かな戦争を扇動した憎い相手。傲慢なままだった自分の未来。
求道者と戦闘狂は紙一重だ。
自らを高めることで、より高みへ、誰も為し得ない次元へとたどり着きたいという渇望がリンの中にあるが、それのみに従えばたちまち人を力で屈服させ闇に支配する覇王と化してしまう。アヤメの幻覚を介すると、尚更その恐ろしさが浮き彫りになる。
アヤメはリンの手に指を絡め、眼を合わせて語り出した。
「私の嘗ての持論を話してもよろしいでしょうか」
「……うん」
「私は、本来人は弱くあるべきだと思っていたのです」
アヤメによれば、弱さとは感度の言い換えであるという。或る事象についての良好な感度が弱さと呼ばれる。痛みに対する感度、恐怖に対する感度、そして哀しみに対する感度。
「人は哀しみに弱くあるべきです。哀しみに対する感度が良好であるということは、それだけ優しいという事なのですから。人の優しさには、それだけで無条件の価値が有る。私は優しい人になりたかった。そう……思っていました」
しかし、哀しみに対する感度が高かったが故に、痛みに対する感度が高かったが故に、弱かったが故に、優しかったが故に、アヤメは壊れ、凶行に及んだ。アヤメは、優しければ争いは起きないと思っていた。もう自他の血を流さなくて済むと思った。
しかし、優しさは彼女を嘲笑うかのように、悲劇を引き起こした。
「天野さん、貴方が正しかった。優しさもまた、残酷なのですね。やはり私は、演奏者ではなく虐殺者なのでしょう」
優しいだけでは守れないどころか傷つけてしまう。演奏を策謀に使われ、多くの屍が積み上げられた在りし日の戦場のように。アヤメは学ばない自分が嫌になる。あの日も今回も、惨劇を引き起こしたのはアヤメの優しさであり、正しさだ。
だが、リンは『貴方が正しかった』というアヤメの言葉に素直に頷くことができなかった。
「それは違うよ。それを言うならこの惨劇を引き起こしたのは僕だ。僕は小夜風さんを銃撃した人間と何も変わらない……小夜風さんは、ただ静かに生きていたかっただけなのに、僕がそれを壊してしまった」
以前であれば、アヤメの事は成長を止めた臆病者としか思わなかったであろうリン。だが、アヤメやWeyer String-IIIを通して自分の末路を見た彼は、もはやアヤメを軽蔑する事などできなかった。
アヤメはそれでもと反駁しようとするが、きっと話は平行線だと悟る。そもそもリンに失望したのは彼女とて同じである。アヤメからすれば、どちらが悪いという問答は無意味だった。
「……!」
アヤメはリンとつないでいる手を引き寄せ、彼がいつの間にか流していた涙にキスをする。驚いているリンに、アヤメは微笑みかける。
「でしたら、こうしましょう。貴方は、私の事をアヤメと呼んでください。私は、貴方の事をリンと呼びます。それが、私が貴方に科す罰です」
「え……? でもそんなこと……」
「もしかしたら、私と付き合っていると誤解されるかもしれませんね。貴方に恋人なんてできないかもしれない。そして、名前で呼び合う以上、そう簡単に縁は切れません。縁を切ってなんか、あげません」
アヤメは立ち上がると、リンをエスコートするように腕を組んだ。
「踊りましょう。リンさん。私達はギザギザな心だけれど、二つ合わせてみれば優しい歯車になれるかもしれない。時計や天文台のような、ただ時を刻み、星を見る。そんな歯車になりましょう? 貴方にとってはとても退屈で、静かすぎる時間かもしれないけれど、きっと、私達が二人いれば優しい時を刻める。それが、リンさんの贖罪です」
アヤメはリンと踊りながら刑の宣告をする。それは甘美で、そして逃げられない牢獄。リンは了承した。アヤメは、その手を離さないように強く握っている。
(私は貴方が好きだけれど、弱い私では貴方の隣に立つ事は出来ない)
アヤメは内心でリンに聞こえないように呟く。アヤメの中に喧嘩をしたことへの怨みは無い。有るのはただ、自分では彼の隣には立てないという事実だけ。
アヤメの初恋ではない何かは、失恋した。
(でも、今だけは、この甘美な幻想に浸らせてください。酷い女だと罵るかもしれません。醜い心だと蔑むかもしれません。でも、私は貴方にしがみつきます。たとえ恋人でなくとも、貴方は私の大切な人です。リン)
森は既に夜となっていたが、二人は冷たい花びらと共に踊り続けた。
タイトル:
桜庭一樹氏の小説『砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けない』のサブタイトル。
前半のアヤメの心象:
戦争、友達を傷つけてしまった事、そして平和への憧憬が合わさった結果、狂気の悪夢が形作られました。人様の作品でくらい自重しろ私、と思いつつも、必要な描写であると割り切りました。
優しい人になりたかった:
逆説的にアヤメは優しい人物ではない事が示唆されている。
初恋ではない何かは失恋した:
アヤメはリンに恋をしていますが、同時に自分では彼の隣に立てない事も理解しています。なので、初恋ではないと言い聞かせながらも、失恋として区切りを付けている。でも、自分で未練がましいと思いつつも、リンの後悔の情を利用して自分に縛り付けるという罰を与えました。