彼方楽園のレチタティーヴォ   作:三文小説家

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 白井百合さん初登場。とか思っていた私の姿はお笑いだったぜ……

 リン君とリコさんドットさんとの絡みと、アヤメと例のあの人との絡みで一話使っちまったよ……



The Balance distinguishes not between gold and lead.

「以上が、僕とアヤメさんの顛末だよ」

「いあ いあ はすたあ」

「すーごいもの呼び出そうとしてんねえ、リコさん。エクスプローラーズとセプテムとたまに襲ってくる野良ポケモンまでいるのに黄衣の王まで相手にしてられないよ?」

 

 何故リコがリンの故郷に存在する神話に登場する旧支配者(グレートオールドワン)の一柱であり、風を司る名状し難き黄衣の王の存在を知っているのか謎だが一応釘を刺しておくリン。脅威度的にはレックウザすら上回るのだ、アイツは。

 

「おい、完全に正気を失ってるぞ!」

「あー、アヤメさんとの闘いの時点で怖がってたもんね。多少ぼかしたとはいえアヤメさんの夢の内容まで知ったらこうなるか」

「というかドットさんは割と普通だね」

「情報整理できてないだけだ。そのうちボクもこうなるぞ。リコは情報整理するまでもなくこうなったけどな」

「リコさんはともかく、ドットさんがそれは面倒くさいなあ」

「張り倒してやろうか」

「わあ凄い。馬鹿三人みたいだ」

「速やかに前言を撤回する」

「いあいあ」

 

 なお、夢の内容については口止めはされていない。むしろ本人が、争いを戒めるために喩えとして使っていた事もある。

 

 白目を剥きながら譫言を呟くリコをなんとか正気に戻し、情報整理できたドットが正気を失って再び正気に戻したりした後に会話が再開した。

 

「うーん……とりあえず色々と分かったよ。リンがアヤメさんとの喧嘩を後悔してるっていう事も、アヤメさんが物凄く強いっていう事も。というかリンもアヤメさんも声荒げたりするんだね」

「するときはするさ。ただ、アヤメさんの場合は怒りよりも哀しみが勝ってた気はするけどね。あの人が怒った時はもっと怖いし」

「ええ……」

 

 リコと、密かにドットも少し引いていた。壊れてしまったアヤメは無数の軌道を持つ超威力の斬撃で周囲を切り裂き、人間離れした速度で移動し、リンの罠すら突破する。もはやちょっとした災厄に近い。

 

「まあ、怖いっていうのはちょっとベクトルが違うけど、アヤメさんは確かに強いね。あの時は正気を失ってたから剣振り回すだけだったけど、正気だったらもっと色んなことをやってくる。テクニカルタイプと見せかけてしっかり火力もあるから厄介ったらありゃしない……」

「アヤメさんとやらは人間なのか……?」

「多分人間だよ。三世もそう言ってた」

 

 ドットがまたもや引いている中、リコは少し気になっていた事があった。

 

「ねえ、前に青野さん? の事を『初めて善人がいる事を認識した』とか言ってたけど、リンの中でアヤメさんって善人枠じゃないの?」

 

 そう。リンはアヤメを一番の親友と認識しており、リンが騒動を起こした時は捕縛して諫めていた事や争いを嫌う優しい人物であると聞いていたリコ。しかし、多少の狂気を加味したとしてもアヤメに関して星香のような善人と認識していない事に少し違和感を覚えている。

 

 一方、リンは腕を組んで考えるように頭を捻っている。

 

「難しいところだなぁ……少なくともアヤメさんは悪人ではないよ。でも、敵対者への冷酷さを考えると手放しに善人とも言い難いかな。僕よりエグイ戦術取る事も普通にあるし」

「お前以上に……?」

「僕達は怪異達と闘った事もあるんだけど、その中でアヤメさんが取った戦術は、相手に裂傷を負わせたり火傷や感電状態にして、剣で斬りつけてそれを増幅させるとかいうものでね……」

 

 リコとドットは言葉を失った。それは確かにエグイ。単純な威力や厄介さならばフリードのキャップやリザードン、スピネルのオーベムの使う技の方が上かもしれないが、なんというか、心情的に喰らいたくない。

 

「あと妖精と連携しての単体超火力技みたいなのもあったな」

「へえ……因みに威力は?」

「弱めに調整した威力で地面が直線状に吹っ飛ぶ」

「だいたい分かった。妖精とやらとの連携が必要とは言え、恐ろしい威力だな……」

「そんな光景を見るって……何が有ったの? リン……」

「何かと物騒なんだよ。ウチの世界も」

 

 シレっとポケモン世界も物騒であると含みを持たせるリン。

 

 おそらく、この技は原理的に電気タイプのポケモンがいれば再現は可能だろうとも考えている。投擲物を電磁加速させて撃ち出すレールガンに近い技だろうとリンは当たりを付けていた。

 

 ただ、リンとしてはやはり裂傷増幅やその派生である痛覚残留の方が恐ろしいと感じる。搦手を使うリンですら敬遠したくなるし、絡繰りが分かっていたとしても相手にしたくない。

 

 アヤメは確かに優しいが、時と場合によっていくらでも冷酷、残酷になれる少女なのだ。

 

「ついでに言葉も容赦が無くなるね。それこそ口先で人殺せそうなくらいには」

「……間違っても敵に回したくない相手だな」

「実際、青野さんはアヤメさんの事を怖がってたしね。まあ、あの人はお嬢様っていう生き物というか概念自体が苦手っぽいからなんとも言えないけど。白井さんは……どうだろ。あの人とはバカ三人とかアヤメさんほど関わって無いからなあ。よく分からないや。でもアヤメさんとは時々話してたな」

「思ってたより複雑な人間関係の中で生きてたんだな、お前」

 

 とはいえ、青野が怖がっていたのはアヤメの恐ろしい部分が露見する前からなので、やはり別の要因が大半を占めているのであろう。

 

 ドットが相槌を打つ中で、リコは別の事に思考を回していた。すなわち、『アヤメはリンの事が好きなのではないか?』と。

 

(いくら距離が近い人って言っても、好きでもない相手に恋人繋ぎなんてしないし、涙にキスなんてしない……絶対にアヤメさんはリンの事が好きなんだ)

 

 そうモヤモヤとした感情を抱えているリコを傍目に、リンは『アヤメと白井百合は二人で何を話していたのだろう』と思考を飛ばしていた。

 

 

 

 

 

「ねえ、小夜風さん」

 

 アヤメは掛けられた声に目のハイライトを消した。無視してしまおうかとも思ったが、それはそれで後々面倒だと思い直し、返事をする。

 

「何の用でしょう? 毒島(ぶすじま)さん」

 

 アヤメは不機嫌な声色を隠そうともせずに話しかけてきた女子生徒の名を口にする。普段は閉じているのではないかと思えるほどに細い目も僅かに開かれ、感情の籠らない瞳が覗いている。

 

「あら、分かり切った事じゃないですか。貴女を私のグループに入れてあげようと言っているんです」

 

 全く、見る度に嫌になる。毒島(ぶすじま)瑠璃(るり)という女子生徒は、アヤメが通う星彩学園の教頭の娘だ。権力を笠に着て学園内では大統領並の免罪特権を得ている。とかく権力や財力を絶対視するタイプの人間で、時に小学生並みの癇癪を起す事もある幼稚な精神も追加で持っている。

 

 正直関わるだけ面倒なのだが、彼女はアヤメを自分の派閥に引き入れようとする。理由は大体察しがついている。本人が自認しているかは知らないが、瑠璃の権力は所詮学校内に限定されている。アヤメを自身の派閥に引き込めば権力拡大を狙えるだろう。アヤメの持つコネクションは膨大だ。ひとたび学園の外に出れば、名だたる演奏者や学者、一部の政財界の人間にすらアポイントメントを取れるだろう。

 

 とか思っていた時期がアヤメにもあった。

 

「だって、小夜風さんならこの私と釣り合いが取れるでしょう? 他のド平民どもと違って、私の隣に立たせてあげてもいいです」

 

 よくもまあ、(えぐ)り取りたくなるほど純粋な悪意に満ちた目を出来るものだとアヤメは思う。ホルマリン漬けにして博物館に寄贈したいくらいだ。

 

 瑠璃はアヤメが思う事など何も考えていない。ただ彼女独自の基準によって自分に相応しいか決めているだけである。尤も、認めた相手ですら見下している事に変わりは無いが。『私の隣に立たせてあげてもいい』と口では言っているが、何処まで本心であるやら。また、逆説的にアヤメのような人間でもなければ下に立たせているという事でもある。

 

 何にせよ、答えは変わらない。

 

「お断りします」

「! ……理由をお聞きしても?」

「何度も話しましたが、海馬(かいば)が機能していないようですのでまたお伝えします。()()()()などというくだらない選出基準でグループに入れられた所で、何もできる気がしないからです」

 

 笑っていない眼で、口元だけを釣り上げてアヤメは断りの文句を入れる。ああ、自分も大概悪い人間だなと内心で毒づく。結局、アヤメも毒島瑠璃という人物を心の底から見下しているのだから。

 

「……くだらないですって?」

「The Balance distinguishes not between gold and lead」

「はあ?」

「天秤は金も鉛も区別しませんよ。そんな事すら分からないようでは、私を引き入れる事などできません。私がせっかく作った人脈も全て台無しにされそうですもの」

 

 どこの誰が(いたずら)に味方を減らす愚を犯す相手と仲間になろうとするのか。仮に地位として釣り合っていなかったとして、それならそれで使い道はある。そもそも、人の口には戸は立てられないようで、毒島家の悪名は一部の富裕層の間でそれなりに広まっているのだ。

 

 彼女の派閥に加わったなど、小夜風家の沽券に関わる。アヤメ個人としても、小夜風家の令嬢としても有り得ない判断だ。

 

「へ、へえ……言うじゃありませんか。この学園で不幸に見舞われている小夜風さんを助けて差し上げようと思いましたのに」

 

 アヤメはその言葉に思わず吹き出してしまった。ああ、全く、その程度でアヤメを篭絡できると思っているのならお笑い(ぐさ)にも程がある。アヤメは口元だけは(わら)ったまま、毒島一派に見せつけるように無感情だった目を据わった物へと変えてゆく。

 

 あ、口も嗤わなくなってしまった。代わりに舌なめずりをしておこう。お腹すいたな。

 

「それはやたらと私の足に障害物が当たる事ですか? それとも、机をニューヨークの地下鉄のように模様替えされた事ですか? それとも、教科書やノートが破られていた事ですか? ああ、上履きに画びょうが入っていた事もありましたね。それから机に花瓶が置かれていた事も……」

 

 更にアヤメの眼が開かれ、光の無い眼と共に再び口元が嗤う。あの鈍い毒島瑠璃が引き攣った声を漏らしたのが聞こえた。

 

「あれ貴女の仕業だったんですか? 幼稚な事をする人間もいるなあと思っていましたが……」

「な、何です? 馬鹿にしているんですか?」

「だってだって! 私が咽び泣くと思って用意したサプライズだったのでしょう? ああ、そう言えばすぐ近くに見下すような笑みを浮かべている貴方方がいたような気もしましたね。そんなに私の事が好きなんですか? 折角です。呪詛は欠かさずに唱えておきましょう。あら、どうしたんですか? 先程から心音がバクバクと。まるでリスさんみたいで、可愛いですね」

 

 演技か本気か分からないが、瞬きも息継ぎも無しに虚無の笑顔で首を傾げながら言葉を垂れ流すアヤメに誰も何も言えなくなる。

 

「まあ別に……貴方方が私に対して何をしようと構いませんが、調子に乗ってベテシメシの村人と同じ目に遭わないように注意してくださいね~」

 

 因みにヴァイオリンが壊されていた事もある。アヤメの私物ではなく学校の備品であったために損害を被ったのは学校側であるが。

 

 アヤメの狂気の表情に理由の無い本能的恐怖を味わった毒島瑠璃は「きょ、今日はこのくらいにしておいてあげます」と取り巻きを引き連れて去っていった。

 

「はい。次はヘルヘイムにてお会いできることを楽しみにしています。Each moment, now night。願わくば良き終末を」

 

 アヤメはその後ろ姿へと声を掛ける。闇を凝縮したような、美しい瞳を携えて。

 

 一方、たまたま通りかかってしまった女子生徒、青野(あおの)星香(せいか)はアヤメの表情に怯え切っていた。

 

(あんなの……あんなの……人間がする表情じゃない!!)

 

 アルカイックスマイルとでも言うべきか。いや、そんな彫像と形容できるものではない。何だ。何と形容すればいい。どう言語化すればいい。そもそも人類の既存の言語で表現できる代物なのか。笑っているけれど笑っていない。怒ってもいない。悪意すらない。特待生に選ばれた語彙力を以てしても言い表すものが何も無いとは、これほどまでに狂気と恐怖を感じさせるのか。

 

 星香はその日半日、アヤメの表情に怯える事となった。

 

「はあ……」

 

 一方、その場を去ったアヤメは自分の頬をマッサージしていた。こういう事があると、何故か表情筋が少し痛むのである。余程怖い顔をしているらしい事は分かるが、ならば喧嘩を売らなければいいのにと、ネットで流行っている代弁ロボのような事を考えるアヤメ。

 

 相変わらず腹が減っているアヤメ。契約している妖精達のためにも腹を満たさねばならない。いっそのこと毒島瑠璃をポチこと墓守犬(チャーチグリム)に喰わせてしまおうか、などと物騒なうえに栓無き事を考えた。

 

 とりあえず早く昼食を取ろうと脚を動かすアヤメだが、

 

「お~い」

 

 今度は見知らぬ女子生徒に声を掛けられた。毒島瑠璃と違って悪意は感じられず、アヤメはとりあえず再び振り向くのであった。

 




 この話だけ見たらアヤメが冷酷非情な女にしか見えない件。何というか、偏見かもしれないけど女性特有のえげつなさみたいなのが前面に出るとこんな感じなんだろうなと。私自身の過去の経験も含めてね?

備忘録

タイトル:

 和訳すると『天秤は金も鉛も区別しない』という意味で、人間は平等であるという教訓として使われる英語表現。

裂傷増幅、痛覚残留、レールガン(推定):

 まず大前提としてアヤメの戦闘力はかなり盛っている(バランス調整のために初期設定よりは弱体化しているが)。また、恐ろしい事にリンですら敬遠する前者二つは『相手を苦しめよう』という意図はなく『自衛のため力を効率的に使う』事を目的として生み出された物だったりする。
暴走アヤメ戦でも少し書かれたが、闘いを嫌っていながら誰よりも闘争と残酷の才能がある事自体がアヤメの業苦である(最強と同義ではないので注意)。どれだけ優しくいい人になろうとも狂気と残酷から逃れられないんだ。この子は。

話を聞いているだけでアヤメの好意に気付くリコ:

 リコさんが鋭いというよりリン君が鈍すぎるだけである。ただ、作者様曰く理由は有るとのこと。

 余談だが、アヤメのカラオケでの十八番は『Scarlet Story』なのだが、リン君がいる時だけ不定期に『I beg you』が挟まる。リン君は好意には気付いていないが、少しだけ恐怖を感じたらしい。

アヤメのコネクション:

 漫画『コンシェルジュ』の川口涼子というキャラクターを参考にしている。彼女ほど大規模なものではないが、首の弾痕からして少なくとも政治家に演奏の依頼をされるほどの地位にいる。

アヤメのアルカイックスマイル(仮):

 視界に入れただけで正気度を削られる。ポケモン世界だと一つの技として成り立つだろう程の恐怖の表情。直面した途端に凍てつく恐怖に憑りつかれるが、馬鹿には大して効かない。ただ、この表情や冷酷な言葉はあくまでアヤメの一面であり、本質ではない事を留意されたし。

Each moment, now night:

マックス・ヴェーバーの『夜』より。この場合の『night』は暗き絶望の暗喩である。
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