2024年7/4:最後のアヤメのセリフを変更しました。
アヤメは持参した弁当を食べながら学園の屋上で話しかけてきた女子生徒と話をしていた。人と話す時に食事をするべきではないが、授業に間に合わない。
「アタシは
白井友里と名乗る女子生徒は後ろでポニーテールに纏めた金髪に、大きな八重歯を持つ、少し不良じみた外見の野生的な美人だ。どちらかと言えば和風美人なアヤメとは正反対な容姿と、そして話し方からして性格を持つようである。
「白と言うと、烏丸さんの事ですか?」
「ああそうさ。幼馴染ってやつでね。とは言っても、モーニングコールも手料理も全部白がやってっけど」
友里は掠れ気味の声で自分の事を簡潔に説明すると、最後に遠い目をした。アヤメはあまり知らなかったが、幼馴染もののテンプレで行われる事で性別が逆転している事に思うところが有るのだろう。
「ふふ、仲がよろしいのですね。私は小夜風アヤメ。これからよろしくお願いします」
「ああ、知ってる。一時期話題になってたからな。あの男四人のむさ苦しい集まりに女が増えたっていうから、どんな奴が入ってきたのかと思ったら、まさかのアンタだもんねえ」
そこで、友里は笑みを消してアヤメに詰め寄る。そして、アヤメは特に顔色を変えずに弁当に入っていたトマトを口に放り込む。
「……お行儀が悪いですよ」
「さっすがお嬢様。肝が据わってるとでも言やあ良いのか? だが悪いなあ。上品さとはあんまり縁が無かったもんでね」
「そうですか。それでご用件は?」
アヤメは行儀については特に穿たなかった。しかし、明らかに敵対心を持たれているのは分かるので、毒島瑠璃に対する物と同じく少し警戒する。アヤメの位置では友里の顔が暗がりになり、彼女の眼光と八重歯が強調される。まるで吸血鬼だな、と失礼な事も考えたアヤメ。本人に言ったら怒られそうだが。
ただ、少し必死な表情をした友里を見て、アヤメはこの先の話題を少し予想できた。
「めんどくせえのは嫌いだから単刀直入に聞くぞ。お前、白の事はどう思ってるんだ?」
「…………」
「なあ、恋バナしようや。お嬢様」
(まあ、そんな事だろうなとは思っていましたよ)
本当に、本人は隠しているつもりだろうが不安が表情に見え隠れしている。あの四人に突如現れたイレギュラーであるアヤメ。そして、あの集団に加わる動機があるとしたら……という事だ。
あと、やけに〝お嬢様〟という単語を強調するのが気になる。おそらく、此処に来る前に話していた毒島瑠璃という悪例の存在が此処でも幅を利かせているのだろう。
まあ、それはそれとして、
「いたたたたたたたた!?」
「お弁当が食べづらいので落ち着いてください」
とりあえず友里を片手で壁に押し付けて制圧しておいた。もう片方の手は弁当箱を持っている。そして箸を口に咥えている。
「て、おい! 咥え箸だって行儀悪いだろうが!」
「白井さん。こういう時に便利な言葉があります。〝これは例外〟」
「ふざけんなお前! 天野みてえなこと言いやがっていたたたたたたた! 折れる! 折れるから! 離して!」
「私と烏丸さんの関係はですね~」
「そっちの〝はなして〟じゃねええええええ!」
その後、アヤメの拘束から解放された友里は腕を回しながらアヤメの前に座っていた。アヤメは再び膝に弁当箱を置いて食事を再開する。
「痛ってえ……聞いてないぞ、お嬢様がこんなに強いなんて……格闘技でもやってたのか?」
「護身術は一通り習っています。立場上物騒でして」
友里は知らない事だが、魔法具を装備したリン達と互角以上に闘える戦闘力をアヤメは持っている。その性質は手足がミサイルというより全身が地雷であるといった方が正確であろう。
涙目の友里に対してアヤメは最初の質問に答える。
「それで先程の質問ですが……烏丸さんについては特に何とも思っていません」
「……本当か?」
「少なくとも白井さんが危惧している事は否定できます。そもそも私、あの人の事は良く知りませんし」
アヤメは一度そこで言葉を切る。ひとまずはここで友里の出方を伺おうと思ったのだ。なおも疑ってかかるようなら時間をかけて説得するしかないと、やや覚悟を決めた姿勢で返事を待つが、
「そうか。それならそれでいい」
「……あっさり納得するんですね。もう少しごねられるかと思いましたが」
「ごねる必要ねえよ。アンタマジで興味無さそうなんだもん。ほら、白って顔は良いからさ。それ目当てに近づいてくる女が多いわけ。で、小夜風はソイツ等とは違うってこと、お分かり?」
要するに経験則という事だろう。確かに、白の容姿は整っている。恋愛は内面を見ない限り結局つらい思いをする事になるだろうな、と昨今の離婚率の高さを見てアヤメは思うわけだが、若い時分にはそうでない人間が多いのだろう。
(正直プロスペローがフェルディナンドに試練を課した気持ちも分かるんですよね。ミランダと恋仲になるのが復讐計画の上で予定調和だったとはいえ、変な輩に娘を渡したくはないでしょうし)
アヤメはシェイクスピアの戯曲『テンペスト』を思い出す。一見矛盾するプロスペローの行動だが、一つ一つ要素を紐解けば納得できる部分も多い。
アヤメが脳内で考察していると、疑いが晴れたからか友里の敵意が消える。そして、遠慮も無くなったのか片膝を立てて座っている。
「くっそー……音楽趣味のお嬢様なんて、ちょいとビビらせりゃ勝てると思ったのに」
「何と闘ってるんですか貴女は」
「飛んでイケメンにいる夏の虫」
「風流ですね」
「秋と違ってうるせえだけだよ。にしても小夜風って白の顔面に惹かれたわけじゃねえんだな」
「顔面」
「なら純粋な興味なんだが……なんで小夜風はアイツ等と一緒にいるんだ? 言っちゃなんだが、接点ないだろ」
「出会いはリンさんが音楽室に訪れた時ですね。なんでも、偶然私の歌声が耳に入ったそうで。後は音楽の話をしたり一緒に奏でたり。その後に栗原さん、烏丸さん、影山さんを紹介された、という流れですね」
「あー、そういやピアノ弾けんだっけアイツ。音楽家繋がりって事ね……ん?
アヤメとリン達の出会いを聞いていた友里だが、リンだけ明らかに他の三人と違う呼び方である事に違和感を覚える。まるで恋人だけ下の名前で呼ぶ自分自身のように。
「え……ちょっと待って? 小夜風って天野と付き合ってんの?」
「付き合ってはいませんけど……お慕いしていますよ?」
少し頬を染めてそう返すアヤメに、友里はツチノコでも見たかのような驚愕の表情をする。
「え? マ?」
「……そんなに驚く事でしょうか?」
「いや……まあ……男の趣味は人それぞれだけどさあ……あの恋愛学一生赤点みたいな奴を?」
「恋愛学一生赤点……」
友里のリンに対する評価はあまりに酷いが、否定できない部分があるのも事実ではある。仲直りの日、さりげなく手を恋人繋ぎにしたり、彼が流す涙にキスをしたりしたがアヤメの好意に気付いた様子は無い。
「んで、告白する気はあるのか?」
「ありません。弱い私では彼の隣には立てない。それは重々承知しています」
一応恋人を持つ身としてアヤメの進退が気になる友里。しかし、アヤメの答えは否。理由は『自分は彼の隣に立つのに相応しくないから』だという。
「そんなの……そんなのつらくないのか?」
友里とてとんとん拍子に白と恋人になれたわけではない。お互いを良く知っている幼馴染という関係上、他と比べれば順調だったかもしれないが、それでも告白に踏み切るまでの葛藤や恋心を持て余すつらさはそれなりに分かっているつもりだ。
だが、アヤメは胸に手を置いて語り出す。
「……つらくないと言えば嘘になります。しかし、私には彼と二人で生きる……人生の主語を〝私達〟にする事が出来ない。そんな関係の中で愛を強行すれば、それは終わりのない業苦の幕開けでしょう。」
「…………」
アヤメは〝愛〟とは人生の主語を〝二人〟にする事だと考えている。学校や親からの教育で習うのは一人、もしくは二十人で為す行為である。しかし、愛は二人で為すべき事だ。将来の事など考えずに今二人で踊るべきことと言い換えてもいい。
だが、アヤメとリンではあまりにも流れる旋律が違う。踊るにはステップもテンポも合わない事が分かってしまう。諦めるか、妥協するかしか道はない。
しかし、アヤメはそんな恋愛は認めたくなかった。妥協と諦めの結石が愛などと、思いたくはなかった。
だから、この想いを告白する事はしない。それは終わりのない苦しみの始まりとなるのだから。
アヤメは力なく笑って続ける。
「臆病者、と嗤うなら嗤えばいいと思いますよ。万人に理解されようとは思いません。子供じゃないんですから」
友里は深く息をついてアヤメに返した。
「別に、アンタの恋愛観に口を出すつもりはないよ。周りからせっつかれる鬱陶しさはアタシだって知ってんだ。だが、これまた純粋な興味なんだが……」
「どうぞ」
「もし天文学的な確率で……いやまあ、天地がひっくり返ってもあり得なさそうだが、天野の方から告白してきたらどうすんだ?」
するとアヤメはぞっとするような美しい笑みを浮かべて答える。
「抗えると思いますか? 私が」
(おい天野。随分と厄介な女に目ェ付けられてんぞ)
その表情は、グレートヒェンを手に入れるために彼女の母親を毒殺し、そして彼女の兄をも決闘で殺めたファウストのものとそっくりだった。
時は動いて放課後、実は梅雨が明けていた七月である教室にて、殺虫剤を両手に構えて臨戦態勢を取るリンがいた。
「……何してるんですか?」
「やあアヤメさん。僕は今この夏の安寧を手に入れる為の闘いを
「そうですか。頑張ってください」
「ちょっと待って。ねえ、せめて詳細は聞こうとか思わないの?」
「聞かなくても分かるくだらなさ……」
「今日も今日とて友人が辛辣だよ」
アヤメの暴走と仲直り以降、アヤメはリンに対して遠慮が無くなった。リンが奇行をすれば容赦なくツッコむ。しかも、後に出会うリコと違って、後ろから若干刺してくるようなツッコミである。
「それで、何と闘ってるんですか?」
「蚊」
「帰りますね」
「ねえ待って! アヤメさんそこまで薄情だったっけ!?」
「何の話ですか。大袈裟な」
「さっきから耳元でブンブンブンブン! これじゃ授業にも集中できやしない! この調子で吸われ続けたら死んじゃうよ!」
「1リットルくらい吸われないと死にませんよ。とはいえ、数万匹いれば可能でしょうか? そういう自由研究もいいかもしれませんね」
「アヤメさんが被験体を見る目をしている……」
「私は今ファウスト的衝動に支配されています」
「全てを知り、全てを体験しようという知識欲の衝動!?」
突如発揮されるアヤメのマッドサイエンティスト的思考回路に少し恐れおののくリン。それにしたってもう少しマシなテーマは無いのか、と、アヤメの自由研究を監督しなければならないかもしれないとも思った。
「というか、蚊の脅威って吸血よりも感染症の方だと思いますけどね」
「それはそうだね。やっぱり討伐して然るべきじゃないか」
そう言って再び戦闘態勢を取るリンに、アヤメは溜息を吐いて近寄った。
「……このままだと梃子でも動かなさそうですし、協力します。とりあえず一旦流血して
「一旦じゃないのよ。やめて? お願い」
「何処にいるか分からない中探すよりも合理的じゃないですか」
「もっと自分を大事にして!?」
「倫理と合理は共存できないんですよ。とても悲しいですけれど」
「今だけはそれに全力で反対するよ!」
その思想自体はリンも賛同するが、引き起こされる事態が事態である。
リンが何とか説得し、アヤメはカッターナイフをしまった。その際にリンがアヤメの手を掴み、アヤメがさりげなく指を絡めている。
「しかし、羽音も何もしませんね。本当にいるのでしょうか?」
「うーん、アヤメさんの耳でも聞こえないとなると別の場所に移動したかなあ。あ」
ぺちっ
リンの繋がれていない方の手がアヤメの頬に有った。とは言っても別に平手打ちしたわけではない。
「いたよ。蚊」
「ええ、私も聞こえました。虫の羽音が」
「ふう、これにて一件落着だね」
満足したような顔をするリンだが、アヤメは手を離さない。どころか、寧ろ握る力が強まっている。さっきまでニギニギといった感じだったのに、今はメリメリという効果音が聞こえてきそうだ。
「何やり切った感出してるんですか。要するに私の頬で蚊を潰したのでしょう? 私の、女の子の頬で、ねえ?」
「ひっ!? いや、断じてわざとじゃないんだ! 今まで探していた仇敵を見つけた時の喜びが気遣いを上回っちゃったというか!」
「ふふふ」
それでもアヤメは手を離す気配がない。地味に痛い。
と、そこへ新たな人物が現れた。
「おい天野。備品庫から持ち出した殺虫剤の件で話がある」
「ゲエッ!!!」
「こんにちは。鬼川先生」
アヤメがリンの手を握りつぶしながら挨拶をした相手は
「貴方、学校から盗んできたんですか? その殺虫剤は」
「違うよ。借りただけさ」
「無断で借りるのは立派な窃盗です。捕獲しておくので連れて行ってください、先生」
「……どういう経緯でその状況になったのかは少し疑問だが、感謝する小夜風」
アヤメと鬼川教諭の間で自分を引き渡す算段が付いている事に恐怖を覚え、どうにか逃げようとするが、アヤメの握力が強くて抜け出せない。恋人繋ぎとはここまで恐ろしい物であったろうか。
「アヤメさん、庇ってくれたり」
アヤメは愛するリンに微笑みかけると、無情な言葉を投げかける。
「慈悲は義務のように与えられるものではありません」
この後リンは拳骨の後で英語で反省文を書かされた。
日常回ですが、色々と動きました。奇行という意味では時にリン君がドン引きするのがアヤメです。
>白井百合さん初登場
腹黒こと烏丸白君の彼女である白井百合さん初登場です。こんな感じで合ってますかね。
>鉄鬼先生
リン君の夏休み前の最初の悪行。マルスプミラ本編で語られていたような大規模なものではありませんが、きっちり捕縛されました。
>アヤメが考える愛
アヤメは付き合うまでの過程よりも付き合った後の事を考えるタイプです。そして、リンに好意を伝えないのは、無理矢理恋人になっても破綻してしまう事を悟っているからです(ファウストをリン、グレートヒェンをアヤメ。もしくはその逆でも成り立ちます)。