彼方楽園のレチタティーヴォ   作:三文小説家

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 作者様から夏休み前は何もインシデントが無いと伺ったので、ちょっとした布石だったり小ネタだったりを書いていこうと思います。その割にはタイトルがガチ過ぎますけど。


残酷

「…………」

 

 アヤメは上履きを見て溜息をつく。手に取った時に金属物質が転がる感覚がしたのでひっくり返してみたら画鋲(がびょう)が入っていた。とはいえ、特にアヤメに傷ついたというような感覚は無い。どちらかと言うと、「またか」という思いだった。

 

同じ手を何度も使うとは、芸の無い奴らである。どうせ陰湿な方法を使うのならば、もう少し芸術的に面白くしてはくれないだろうか。正直、家でカミキリムシを見つけた時の感覚に似ている。ゴキブリほどの不快感は無いし、ムカデほどの脅威も感じない、中途半端な闖入者。

 

「チッ」

 

 アヤメが罠にかからなかった事に対する憤りの舌打ちが耳に入る。初見で見破った手が通じると思っているのだろうか。とはいえ、もう何度も見逃してやっているのだ。そろそろ反撃に出てもいいだろう。

 

「…………」

 

 アヤメは舌打ちの音で敵の位置を割り出し、入っていた画鋲を指弾のように手にセットする。因みにノールックだ。一応、下駄箱という障害物がある以上、周囲からは死角だが、敵をガン見してはバレるだろう。

 

 そして、

 

「え――」

 

 アヤメが画鋲を放つ。すると、音速に近い速度で射出された画鋲が下手人の元へと飛ぶ。常人には画鋲が視認できず、視界から消えたように映るだろう。

 

「うお!?」

 

 結果、それなりに大きな音を立てて下手人の隠れている下駄箱に着弾する。バウンドするのではなく、画鋲の針の部分が刺さった状態で自分の顔の横に撃たれた下手人は腰を抜かしていた。

 

 本当はとある方法で更に高い威力をお見舞いしても良かったのだが、それだと下駄箱の一部が溶解する上に死人が出る。流石にそれはマズいだろう。下駄箱から一筋の煙が上がっているが、気にしない事にした。

 

「あらあらあら、災難ですねえ。誰がこんな酷い事をしたのでしょう?」

 

 朝から不快な思いをしたアヤメに、更に追い打ちが掛かる。言わずもがな、声の主は毒島瑠璃だ。一々相手にするのも面倒になったアヤメは無視して立ち去ろうとするが、

 

「あなたの首、銃で撃たれたんですって?」

 

 その言葉に、アヤメは足を止める。それを見て自分に有利なカードを得たと判断した瑠璃が醜悪な笑みを浮かべながらアヤメに近づく。

 

「何が有ったんだか知りませんけれど、その綺麗な肌に傷がついているなんて。それも日本人のくせして銃で撃たれたなんて、きっと物凄い好奇の的になるでしょうねえ? ヤクザと繋がってたとか? それとも別の違法な団体と繋がってたとか? 一体あなたの親はどんな教育をされてきたのかしら? ヴァイオリニストとして随分と有名なようですけど、どんな醜聞が()()()()でしょう。ねえ小夜風さん。私ならあなたを守ってあげられ―――」

 

 瑠璃の言葉は突如として止まる。彼女の手に小さな切り傷が走ったのだ。

 

「え? 何が……いっぎゃああああああああああああああ!!??」

 

 そして、アヤメが振り向いた瞬間にその傷から激痛が走る。最初は何という事は無い痛みだった。それこそ、いつの間に、気が付かぬうちに紙や枝葉で切ってしまったような、気付いたところで特に何とも思わない痛み。

 

 だが、今はそれが焼けるように痛い。まるで手に傷口に沿うように針を刺され、そのまま抉り進められているかのような痛みであった。

 

 アヤメは痛みにのたうち回る瑠璃を路傍の石を見るような目で見つめながら口を開いた。

 

「今まで何度もお断りしてきましたけど、どうやら伝わっていなかったようですので、もう一度伝えます」

 

 瑠璃の傷口がじわじわと拡がる。抑えているもう片方の手にヌメリとした感触が伝わる。血だ。

 

 アヤメはそんな瑠璃に近づき、耳元で囁く。

 

「腐肉は一人で喰らえ。私には不味すぎる」

 

 ぞっとするような声だった。ありとあらゆる憎悪を凝集したかのような、地を這う低音。そして、その美しい声に共鳴するように、今度は火傷のような痛みが拡がる。流れた血液が熱を帯び、瑠璃に苦痛を与えたのだ。

 

「おや、痛みで声が出せませんか? 喉は切れていないようですけれど」

「あっぐ……うう! うあああ!!」

 

 痛みは血管を伝い骨に到達し、虫が肉を喰い進めるように這い回る。瑠璃の右手首から先は激痛に苛まれ、左手で押さえられている感覚すら感じない。

 

瑠璃はもはや恥も外聞もなく涙を流し転げまわった。

 

(痛い! 痛い!)

「そんなに痛いのならば、保健室に行った方がよろしいかと思います。では、ごきげんよう」

 

 アヤメは瑠璃にそう言うと今度こそその場を離れた。反撃にしてはやり過ぎかもしれないが、アヤメとて人間。鬱憤晴らしや腹いせという行為に及ぶことはある。これでも抑えた方だ。何せ痛みが走るのは手首から先だけなのだから。おまけに、アヤメが離れれば痛みもじきに治まるだろう。

 

(言葉が通じないなら、痛みで覚えさせるしかありませんよね)

 

 アヤメは争いは嫌いだ。しかし、敵が自分を攻撃してくるのならば反撃くらいする。以前のリンのような戦闘狂じみた思考回路は持っていないが、アヤメとて無抵抗主義ではないのだ。

 

 今回の事で懲りれば良いが、今後も自分に攻撃してくるようならば次からは容赦なく反撃しよう。必要とあらば、トラウマを植え付けるまで。

 

 だが、このアヤメの思惑はあまり上手くはいかない。理由は、瑠璃が自分自身に何が起きたか理解できていなかった事。そして、自己防衛のためなのか数日たったらこの出来事の記憶が飛んでしまった事だ。それでも身体は覚えているようでアヤメを前にすると少し震えるのだが、瑠璃の意識がそれを認識できていない。

 

 或る意味で無敵の少女。それが毒島瑠璃だ。愚者が愚者を続ければ賢者になるというが、小物過ぎる精神性というのは時に最強になり得るらしい。

 

「よお、小夜風」

 

 教室に向かっていると友里が話しかけてきた。あの一件以降、特に警戒する理由が無くなったからなのか、友里はアヤメによく話しかけてくるようになった。

 

 話の内容は主に彼氏である白について。すなわち惚気であった。

 

「それでさ。白の作る料理はマジで美味いんだぜ。今日だってアタシの家に来て玉子焼き焼いてくれたんだぜ。それに弁当まで作ってくれてさ」

 

 という感じで教室に着くまで永遠に話している。しかし、その微笑ましいエピソードは聞いている分には不快とは思わない。むしろ、今日は朝から嫌な思いをしたので一種の清涼剤のようにも感じていた。

 

 因みに、友里の料理の腕はからっきしだそうだ。うっかり食べたリンがアケローン川を幻視したらしい。

 

「そういや、毒島の奴が玄関でのたうち回ってたが、何かあったのか?」

「さあ、ムカデにでも噛まれてしまったのでしょうか。心配ですね、ふふ」

「なんで笑った?」

「聞き間違いでしょう」

 

 飄々と心にもない事を話すアヤメ。どうやら未だに痛みに苦しんでいるようで、彼女が解放されるのは一限の五分前になってからだった。

 




 ちょっと短めですがここで切ります。

 内容については、敢えて何も言うまい……まあ、強いて言うなら、リン君の言う通りアヤメって別に善人じゃないんですよね。とはいえ、流石にやり過ぎたかもしれませんが。この後対立が激化した時に生きて帰れんのかな毒島瑠璃。もしくはアヤメはバックアップ中心で積極的には参加しないとか。もう毒島瑠璃が考えたくも無い目に遭わされそうというか、普通にR指定かかりそうなんで……

 備忘録

 裂傷増幅:

 おおよそヒロインが使ってはいけない技。対象の小さな傷から極微小の魔力を侵入させ、痛みと傷を増幅させる。廉価版人喰いバクテリアといって遜色ない技であり、倫理的に普通にアウトである(本家と違って48時間過ぎても生きているし細胞壊死もしないのでそこは安心)。拷問や脅迫に非常に向いている。また、術者を倒す以外に根本的に解決する方法が存在せず、ただ耐えるしかないのが嫌らしい(麻酔等である程度は無効化できるが、結局他の部位が痛み出すため)。

 今回は魔法で補強したアヤメの髪で瑠璃に小さな傷をつける→後は好き放題増幅、という方法であり、傍目には不動のアヤメといきなり痛がる瑠璃という光景に見えている。アヤメを追求しようにもそもそも魔法であるし、その道に詳しい人間でもウイルスかバクテリアレベルの大きさの魔力をどうやって検出するのか……
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