彼方楽園のレチタティーヴォ   作:三文小説家

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三次創作二話目。今回は軽くキャラ紹介も兼ねています。


花咲くや をとづれとては小夜嵐

 静寂だった。

 

 アヤメがいる音楽室は、名前に反して自分がたてたもの以外の音が一切聞こえなかった。自分が人気者である事は分かっている。CDの印税は問題なく振り込まれているし、入学したばかりの頃は同級生に囲まれたりもした。

 

 だが、それだけだ。誰も彼も、『天才ヴァイオリニストの小夜風アヤメ』という偶像が好きだっただけで、音楽にも、ましてやアヤメ自身にも興味は無い。

 

 向けられる視線は彼女の頭上。話しかけても、演奏会に誘っても彼女の孤独は一の二乗。

 

(小夜風さんはもう少し協調性を持った方がいいんじゃない?)

(ええい、畜生!! お前と話していると、まるで感情を知らない機械と会話しているかのようだ!!!)

 

 嘗て教師に言われた言葉。何が協調性だ。と、アヤメは柄にもなくイラついてしまった。勝手にレッテルを貼って、自分達から遠ざけたのは彼らの方だ。

 機械だと言う評価には不覚にも笑いそうになってしまった。自分は機械と称するには少し自我が強すぎると、アヤメを知る人は口を揃えて言うだろうから。そして、ひどく哀しくもなった。結局、その教師にとっては都合の悪い感情など、ただの欠陥なのだろう。

 

 だが、それも良いかもしれない。アヤメに関わる事で彼らが不幸になると言うのなら、こちらも孤独(ソロ)に徹しようではないか。無理に関係を持とうとして与太郎でも引っ掛けては目も当てられない。

 

 確率よりも孤立を選んだアヤメ。

 

 しかし、その晴天ももうじき終わりを迎えるかもしれない。

 

「こんにちは。小夜風さん」

 

 凪いだアヤメの日常に、ささやかな嵐が訪れた。

 

 

 

 

 

「たしか、僕の好きな音楽が聴きたいって言ってたよね。色々とあるけれど、よく聴く物をプレイリストに纏めてきたよ」

 

 昨日音楽室を訪ねてきた天野リンという同級生は、楽しそうにスマートフォンを操作する。『好きな音楽』という話題はアヤメが昨日の時点で振ったものだ。

 アヤメの話題と言えば大半が本や音楽に関わるもので、不幸な事にこの学校に通う大抵の人はそれに興味が無かった。だが、リンはむしろ楽しそうに話を聞いてくれて、特に音楽の話には喰いついてくれた。

 

「僕は小夜風さんの好みはよく分からないから、もしかしたら合わないものもあるかもしれないけど」

「大丈夫ですよ。ポップスやゲーム音楽が嫌いというわけではないんです。ただ、今まで聞く機会が無かっただけで……」

 

 リンはアヤメの職業と性格柄、クラシックやオペラを好む性質である事はなんとなく分かっていた。故に最初はそれらを入れようかとも思ったのだが、上記のようにアヤメの好みを詳しくは知らないのと、まずは自分を知ってもらう事からだと判断し、本当に好きな曲を纏めてきた。

 

「ふふ、私の知らない音楽ばかり。楽しみです」

 

 一方、アヤメは未知の音楽に触れられることを楽しみにしていた。女神のような雰囲気を纏いながら歌っていた彼女が、純粋な少女のような笑みを浮かべながらプレイリストを眺めている事に、少しギャップを感じるリン。

 

「~~♪」

 

 アヤメは、ゲームの主題歌の曲を聞いて、二番の歌詞に差し掛かったところで小さくハミングをしだした。別に咎めはしない。聴き方は人それぞれだ。

 リンはアヤメがクラシック以外の音楽に偏見を持つ人物でなくて良かったと思っていた。時々いるのだ。その手の人間が。

 

 だが、アヤメは全ての曲を心地よさそうに聞いていた。彼女の声も、横顔も、あまりにも綺麗で、リンは思わずドキリとしてしまう。人を外見だけで判断する感性は持ち合わせていないが、美しいものを美しいと思う感性は存在する。友人らに『倫理観ゼロ』などと揶揄されようとも、そこまでひねくれてはいない。

 

「ありがとうございます」

 

 そして、最後の曲を聞き終わった後に、アヤメはお礼を言った。そして、物憂げな表情でこう続ける。

 

「風を……待っていたんです」

 

 唐突に登場した『風』という言葉。リンが少し首を傾げると、√2秒ほど経って更に彼女は続ける。

 

「酷い嵐を呼んで欲しかったんです。型に嵌まれない私は、人という晴天に馴染めない。だから、空を吹き飛ばすほどの風を、空を揺らすほどの雷鳴を待ち望んでいた」

「…………」

「とても長く、無風地帯にいたんです。乾いた孤独感に苛まれて、耳が痛くなるほどの無音でした。そんな時、貴方が、風を連れてきてくれたんです」

 

 あまりにも詩的な独白。だが、アヤメが言おうとしている事は何となく、リンにも分かった。

 

 彼女はあまりにも違い過ぎた。

 

 どうしようもなく異端で、どうにもならないほどに異端で、どうしようとも思えないほどに異端で、異質で、異能じみた感覚を持っていて、そして周囲から弾き出された。

 

 似ているとも思った。リン達の境遇に。違うのは、リン達は半ば自分から共同体を離れたのに対し、アヤメは周囲から拒絶されたのだという事だろう。

 

 だとすれば、リンが言うべきことはもう分かった。

 

「きっと、小夜風さんにとっては、型に合った社会は窮屈すぎるんだと思う」

「…………」

「誤解しないで。決して責めてるわけじゃないんだ。僕だって殆ど同じ気持ちだし、そんな暑いだけの炎天が続く状況下で、強い雨を、この憂鬱を吹き飛ばす風をと願うのは決しておかしい事じゃない」

 

 だから、とリンは続ける。この提案は自分達の為にも、彼女の為にもなると予感していた。

 

「小夜風さんさえ良ければ、僕の友達に会ってみない? すぐに人を煽ったり人身御供にしようとするクズばっかだけど、小夜風さんの事は受け入れてくれると思うんだ」

「友達……なんですよね?」

「うん、美しい友情みたいなのは欠片も無いけどね。でも、かなり真っ当に青春してると自負しているよ?」

 

 おおよそ友達に向けたものとは思えない評価にアヤメは少し困惑するが、リンが本気で嫌悪している様子がないのと、色々な人と話したいという彼女の願いが断ると言う選択肢を与えなかった。

 

「その方々は、新たな風を連れてきてくれるでしょうか」

「きっと、全部を吹き飛ばしてくれるさ」

「ふふ、青い胡桃も、酸っぱいかりんも、ですか?」

「……そうだよ」

 

 思わずアヤメの笑顔に見惚れそうになったリンは、理性を総動員して返事をする。

 

 一方、アヤメはガラスのマントを着て空を飛ぶかの如く現れた、又三郎のような少年との出会いに心を躍らせていた。

 

 

 

 

 

「天野さんのご学友は、どのような方々なのでしょう?」

「クズばっかだよ」

「天野さんがそう思っているのは、よく分かりましたけれど」

 

 アヤメが微笑みながら答える。一方、リンも説明になっていないのは自分で分かっていたのか、今度はしっかりとした説明をする。

 

「……あいつらとは罵倒や殴り合いは当然、逃げる時は生贄に捧げ合うのが常識だね」

「?」

「小夜風さんが宇宙猫になった」

 

 ついさっきまで慈愛のほほえみを浮かべていたアヤメが、一転して背後に宇宙を創造してしまったのを見て、少し刺激が強すぎたかもしれぬと案ずるリン。

 

「まあ、簡単に言えば、あまりにアイロニーに満ちたこの世界でタイトに生きるのは難しい。だからこそ、藍色の青春で対等に生きようという集団さ」

「なるほど」

(なんで今ので通じたんだろう……?)

 

 リンはかなり適当な説明をした自覚があるが、何故かアヤメには通じたようである。合点がいったという表情をしている彼女に、変わっているとは思いつつも面白いという感想を抱いた。

 

「あいつらのことは……めんどくさいし、それぞれ呼び慣れてるから脳筋、腹黒、スパイって呼ぶね」

「既に友人に対する呼び方ではない気がしますが」

「普通だよ。この前チラッと読んだウェブ小説では『守銭奴』『金ヅル』って呼び合ってる上司と部下が出てきたからね」

「ええ……」

「それでも、コールタールの暗礁に座礁してそうな顔の無い亡霊みたいな奴らよか、よっぽど付き合いやすいのさ、と、そんな話をしていたら教室に着いたよ」

 

 リンは彼のクラスの教室の引き戸を開ける。そこには、品行方正そうな美男子と、一見すると特徴の薄い男子がいた。

 

「紹介するよ、腹黒とスパイだ」

「これって法的に取り締まったりできないのかな? いきなり人の本性を晒すんじゃないよ」

「僕も異議を唱えたいですね。戯曲の登場人物だって、もう少しマシな紹介がされるものですよ」

 

 このやり取りだけで、リン達の関係性が分かったアヤメは少し噴き出してしまう。

 

「そういえば、脳筋は何処に行ったの?」

「柔道場。また喧嘩を吹っ掛けられたから買って来るってさ」

「懲りないねえ、奴らも」

「まあ、脳筋君に関しては本人がいるときに紹介した方が……おっと、噂をすれば」

 

 スパイと呼ばれた少年が言葉を発した直後に、アヤメ達がいる方とは逆の引き戸から件の脳筋が現れた。

 

「おかえり」

「ただいま……ん? 参謀は今日は来ないっつって無かったか?」

「予定が変わったんだよ。小夜風さんにキミタチを紹介しようと思って」

「え!? お前小夜風さんと知り合いだったのか!?」

「そういえば流していましたが、これはご襲儀案件でしょうか?」

「まだそんな仲じゃないから」

 

 リンと脳筋とスパイが言い合っている中、腹黒と呼ばれた少年がアヤメに向き合って苦笑いしながら言う。

 

「すまないね。彼らはいつもこうなんだ」

「いえ、事前に話は聞いていましたから……ふふ、皆さん、仲がよろしいのですね」

「まあ、悪くは無いね。この状況を見たら大半の人が首を傾げるだろうけど」

 

 二人が見れば、三人は喧嘩の真っ最中であった。他二人が「お前どこであんな可愛い子と知り合ったんだ!」「どんな手を使って誑し込んだんですか」とリンに言いがかりをつけ、リンが「おいスパイ! 何を想像しているのか知らないけど普通に知り合っただけだよ!」と反駁していた。

 とはいえ、それほどシリアスな様子ではなさそうだが。

 

「彼らはあんな様子だし、代わりに僕が言わせてもらおうかな。歓迎するよ、小夜風さん」

 




 とりあえず役者は揃いましたね。また、アヤメの心中のような物も判明しました。

>タイトル

 中七と下五は浄瑠璃・凱陣八島の一節です。『をとづる』は『音を立てる』という意味の古語で、今回は『訪れる』とも掛けました。

>アヤメの状況

 人気者でありながら孤独となってしまったアヤメ。彼女は晴天に喩え、密かに嵐を待ち望んでいたことが明らかになります。『一の二乗』とはつまり、変わらない、意味が無いという意味です。

>リン=又三郎?

 三文小説家の印象も込みなのですが、リン君の振る舞いは宮沢賢治の『風の又三郎』を彷彿とさせるので、嵐と絡めてこのような形にしました。

>悪友登場

 こんな感じで合ってますかね?
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