彼方楽園のレチタティーヴォ   作:三文小説家

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 ザムザ戦終結。


博戯の策略

 リンとアヤメは影時間の学校を奔走していた。案山子と木こりの乱入もあったが、討伐目標はザムザである。しかし、ザムザの生み出した蟲達が二人の行く手を阻んだ。

 

「鬱陶しいなあ」

「何度焼き尽くしても湧いてきますね。あまり魔力を浪費するのは得策とは言えませんし、邪魔なものだけ倒して進みましょう」

「OK。それじゃ、これの試運転に付き合ってもらおう。ダイスロールだ」

 

 リンが指輪ではなくダイスの形状をした魔道具を取り出すと、頭上へ放り投げた。すると目の前の敵達に1から6までの数字が割り振られ、その後にダイスの目が確定する。今回は3だった。

 

「《魔力蝶》!」

 

 そして、リンの指輪から放たれた蝶達が3の敵に殺到する。集中攻撃を受けた虫達は爆散し、彼らのいた空間が道になる。

 

「オシャレでいいですね。その魔道具」

 

 アヤメがその道を通り、左右の敵を斬り捨てながらリンに言うと、リンは少し複雑そうな顔をして返答した。

 

「いやあ、三世に『ようこそこちら側へ』とか言われて渡された時はびっくりしたけど、まだまだこのダイスの能力は引き出せてない気がするよ」

 

 それは在りし日にリンが魔法に本格的に関わることを決め、更にリンの持つ夢を聞いた時にWeyer String-IIIが渡したものだった。

 

『貴方なら、これを使って戦闘すら楽しくできるかもしれないわよ。まるでカジノみたいに』

『いやあ、遊園地とカジノは色々違うんじゃ……』

『細かい事は良いのよ。因みに、カジノは店側が儲かるように調整されてる。貴方がそれを使って戦闘を有利に進められることを祈ってるわ』

 

 その時のWeyer String-IIIとの会話を思い出し、苦笑するリン。魔法に関わる事に関して難色を示すかと思ったのだが、思いの外協力的であり、更に新たな魔道具まで渡されてしまった。

 

「健全な青少年に何を渡しているんですか、あの人は」

「別に三世だって僕をギャンブル中毒にしたいわけじゃないだろうけど、妙に気前がいいとは思ったね」

「絶対、自分が作った魔道具を誰かで試したいだけだと思います」

「おい三世! まさか僕を実験台にしたのかい!?」

「まあ、流石に必要最低限の安全は確保してると思いますよ……あの人の信条的に」

 

 使ってみた感想を聞かせて頂戴、と言うWeyer String-IIIの言葉をリンは思い出していた。今では「実験結果を教えて」という意味にしか聞こえない。ただまあ、役に立つのは確かなので遠慮なく使わせてもらおう、とリンは開き直っておく。

 

「と、どうやら親玉の所に辿り着いたみたいだね」

 

 リンとアヤメはザムザを袋小路に追い詰めた。アヤメは剣を、リンはダイスと指輪を構えて戦闘態勢を取る。ザムザもこれ以上は逃げられないと判断したのか二人に向き合った。

 

「じゃあ、作戦コード:Dice sile drithleogas(踊り光る火花)で」

「了解です」

 

 ザムザが人型形態で飛び掛かって来るが、リンが魔力の霧のような物を展開する。そして、二人がザムザの攻撃を回避するようにその場から退避し、ザムザが霧の中に入る形になる。その直後に霧は爆発した。

 

 リンの魔法の一つ《スケイルズボム》。爆発性の蝶の鱗粉をばら撒き、それに《魔力蝶》をぶつける事で起爆。ザムザは諸にその攻撃を喰らってしまう。

 

 ザムザは負けじと糸を吐く。それも、今度は毒を塗り込んだ状態であり、巻き取られれば満足に動く事すらできなくなるだろう。だが、アヤメとて同じ攻撃を二度喰らうことはない。空中に跳び上がっていたアヤメは同時に投げられていたリンの三つのダイスを剣で斬りつけた。ダイスは床に叩きつけられ、先程の爆発を再現するかのように爆ぜる。これがダイスの効果の一つ。味方の攻撃の増幅だ。

 

 更に、

 

「さあ、賭けようじゃないか。勿論僕はオールインだよ」

 

 その三つのダイスをリンが防壁のように展開する。それぞれの出目は1,3,4で合計すると8だ。ザムザは背中に生えた脚で引っ掻くように攻撃するが、攻撃を受けたのはダイスだけである。そして、それによってダイスが回転し、出目が1,2,1.合計すると4となり、ザムザの敗北が確定した。

 

 ザムザの頭上からチップの山が降り注ぎ、《リフ・ウラヌス》のようにザムザの周りを蝶が旋回し拘束する。それをアヤメが炎を纏った剣で切り裂いた。

 

「全く、成功したからいいものの、心臓に悪いです」

「分かってないね、アヤメさん。僕からこの勝負仕掛けといて負けるわけなくない?」

「その顔は……やりましたね? イカサマ」

 

 リンは怪しく笑うだけで答えは返さない。しかし、その表情自体が答えだった。ザムザが憤慨したように起き上がり、今度は百足形態となって襲い掛かって来る。リンとアヤメは雑談をやめ、それぞれの持ち場についた。

 

「《魔力蝶》!」

 

 リンから一匹の魔力の蝶が放たれるが、ザムザは意に介さない。その程度の攻撃ならば突撃の勢いで押し勝てる。そう確信して攻撃を続行した。しかし、

 

「なんてね」

 

 リンが後ろに隠していた左手で持っていたダイスを振ると、6の目が出る。このダイスは単体で振った場合はそれぞれの目に効果がある。6は『範囲化』。リンの放った魔力蝶が複数に分裂し、ザムザを避けるように飛ぶ。

 

「Zuben el hakrabi Muliphein」

 

アヤメは蝶と同じ数だけ剣を飛ばし、蝶に衝突させる。するとその剣は蝶の魔力を纏い、威力を増してザムザに襲い掛かる。

 

「—————!!」

 

 幾つもの剣の集中砲火を浴びたザムザは苦悶の声をあげてアヤメに襲い掛かる。毒液を吐くが、アヤメはそれを跳躍して避けると、リンが出したダイスを足場にして華麗に別の場所へと跳ぶ。その間に炎を纏った斬撃をザムザに飛ばしておいた。

 

「Raise」

 

 リンがポーカーにおいてチップを上乗せする意味を持つ言葉を発するとダイスは3の目を出す。3の目の効果は『増幅』。斬撃の威力は底上げされ、ザムザに対する必殺の一撃となった。

 

「ふう、倒したみたいですね。林檎(リン)を投げつけられるのは原作準拠でしょうか?」

「『変身』ってそんな展開だったっけ? しかし、強いというよりひたすらに面倒な敵だったね。逃げるし毒吐くし」

「個人的には浅見さんの所に戻るのが嫌なのでもう少し戦っていても良かったですけど」

「アヤメさん?」

「残存した毒を服用すれば体調不良でお役御免になったりしませんかね」

「アヤメさん?」

「はぁい」

 

 おっとりと狂った返事をして振り返ったアヤメの顔には憂鬱と太字で書いてあった。戦っていた時の方が生き生きとしていた。アヤメ自身は争いが嫌いなのだが、それを上回るほどに人間関係のストレスが限界突破しているらしい。

 

『おいたわしやアイリス』

「ああ、ポチは可愛いですね」

『おい分かってんのか。俺一応人殺してる存在だからな?』

「ボツリヌス菌だって人殺すじゃないですか」

『お前ボツリヌス菌が可愛いと思ってんの?』

「やばい。アヤメさんが本格的におかしくなってしまった」

 

 アヤメの価値観が人間<(越えられない壁)<その他になってきている。元々、実家が資産家であり、更に容姿にも才能にも恵まれていると周りから思われているアヤメ。しかし、メリットばかりの特性など存在せず、今回の紫陽花譲治のように変な輩に絡まれるという状況を引き寄せてもいる。

 

 そして、通常より多くの楽欲(ぎょうよく)と羨望の対象となるアヤメが悩みを相談できる相手はそれこそ人外しかいない。人間に相談してもやっかみしか返ってこない。

 

「どうせ観測されない時間ですし、もう少しゆっくりしていきたいです」

「どれくらい?」

「頭蓋が我楽多(ガラクタ)になって、阿呆みたいな(かお)になるまでずっと」

「色々ツッコミたいけど、アヤメさんの体勢が完全に煙草(たばこ)吸ってる人のそれだよ」

「いいじゃないですか。溜息なんて喫煙の真似事ですよ。粗削りな上流と曲がりくねった中流を越えて一見平和な下流の平野。しかし、そこにはありとあらゆる堆積物とゴミが積もっている。仮に吸っているのが本物の煙草であっても肺に堆積するよりも口から出せるゴミの方が圧倒的に多いです。そして一緒に叫ぶんです。サヨナラバイバイって。下らねえ一切合切に」

「愚痴が止まらない……良いよ。最後まで聞いてあげる」

「ありがとうございます。ダーリン。なんて、ふふ。鉄鉢の中に(あられ)以外の物を入れてくれることを、期待してもいいのでしょうか?」

 

 そして、アヤメはリンに愚痴を話した。それはそれは長い時間、途中でアヤメが喋り疲れてウトウトとリンにもたれかかってしまうまで。それほどまでにストレスを溜めていたのだろう。淡々と暗澹たる鬱を途切れることなく垂れ流し続けた。息継ぎをしているのかとリンは心配になったが、どうやら鼻から吸って口から吐き出しているらしい。器用だなとか思う以前に、そこまでして吐き出したい愚痴の量に流石に引いてしまった。

 

「さて、そろそろ帰りましょうか。浅見さんは適当にあしらうとしましょう」

「影時間だからって言いたい放題だねアヤメさん。まあ、そう言いたくなる気持ちも分からなくは無いけど」

 

 その後、アヤメとリンは浅見ナオミの所へと戻った。時間軸は鉄鬼が浅見と話をしている状態のままであり、本当に影時間は観測されないらしいとリンは内心少し驚いていた。

 

 結局、アヤメと浅見ナオミは和解しないままその日は解散となった。根本的に分かり合えぬ人種なのだろう。悲しいが、人の世において往々にして存在する事である。

 

「しかし、スポーツを見てそれに黄色い声を上げるのがそんなに立派な生活ですかねえ」

 

 と、浅見ナオミが去った後でアヤメがいつかの腹黒のような、太宰治のような事を言った時には鉄鬼は少し閉口した。小夜風アヤメはリンや悪友達と違って普段の素行に問題があるわけではないのだが、時折とんでもない毒を吐くのである。尤も、アヤメが理不尽に諍いに巻き込まれたのは事実であり、皮肉の一つくらいは大目に見てやるかという雰囲気がその場に蔓延していたのも事実である。

 

 騒動から抜け出して家へと帰ったアヤメは窓から差す月光に本を翳して呟いた。

 

「ぬすっと犬めが、くさった波止場の月に吠えている。いつも、なぜお前はこれなんだ。犬よ、青白いふしあわせの犬よ」

 

 それは萩原朔太郎の詩を借りた、騒動の元凶である紫陽花譲治への恨み言であった。いくら梅雨時とはいえ、こんな雨は御免である。リンに愚痴を吐き終わった最後に「あーした天気になーれ」とローファーを飛ばしたら少し気分は晴れた。代わりに想い人には怪訝な顔をされたが。

 

(あんな人間達の言いなりになってたら味気もへったくれもありません)

 

 アヤメはそう区切りをつけると就寝した。影時間とはいえ、リンと二人で過ごせたことを喜びながら。

 

 さて、騒動の元凶達の話を少し語ろう。

 

 まず、紫陽花譲治と浅見ナオミは付き合い出したらしい。しかし、譲治がナオミを教育しようとするたびにナオミが拗ねたり泣いたりと、一筋縄ではいかないようだ。

 

「収まるところに収まったようですね。まるで『痴人の愛』のような関係性ですが、本人達は楽しそうですし、良いのでは?」

「まあ、今度は浅見ナオミに対するやっかみが凄いらしいけどね。それでも付き合い続けているのは大した神経だな」

 

 リンはそう言うが、アヤメは決裂したとはいえ浅見ナオミの『好きな人に振り向いてもらいたい、一緒にいたい』という気持ちだけは理解できる気がした。脳内麻薬か開き直りか、きっとアヤメもリンと付き合えるとなったらあらゆる野次を聞き流すのだろうから。

 

「人言を繁み言痛みおのが世にいまだ渡らぬ朝川渡る」

「ん? 何? 短歌?」

「ええ、万葉集に収録されている句です。それが如何なる障害を構えていようと、たとえ許されざる関係であろうと、あの人は進むのだろうと思いまして」

 

 まあ、勝手にやっててほしいです。と、アヤメは最後に締めくくった。

 





 今後の展開を考えると、アヤメの愚痴と溜息は加速しそうです。

>ダイス

 リン君の新兵装。リン君の操作や敵味方の攻撃によって回転し、出目によって様々な効果を与えます。

>ザムザ

 元ネタはカフカの『変身』より、グレゴール・ザムザです。虫になったり、林檎を投げつけられたりする展開は原作準拠です。また、不条理文学の傑作と言われており、全体的に『不条理』がテーマの一つである星彩学園での最初の敵としては嵌っているかもしれません。

>作戦コード

 今回の『Dice sile drithleogas』は敵を爆炎の中に閉じ込めるという作戦です。

>スケイルズボム

 マホロアの《まりょくボム》に相当する技です。スケイルとは鱗粉の事です。

>紫陽花譲治

 名前の由来はアジサイ(花言葉は『高慢』『移り気』)と谷崎潤一郎の長編小説『痴人の愛』の主人公です。一流の女(主観)に育て上げようとする辺りが共通してますね。ただ、ナオミに対しては『教育』しようとするたびに彼女が泣いたり拗ねたりと一筋縄ではいかない、どころか降伏一歩手前らしいです。

浅見(あざみ)ナオミ

 名前の由来はアザミ(花言葉は『報復』)と『痴人の愛』のヒロインであるナオミです。原典よりはだいぶ人間臭いですが。まあ、騒動の後は譲治を振り回しつつも幸せっぽいので良いんじゃないですかね。
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