彼方楽園のレチタティーヴォ   作:三文小説家

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 青野さん二回目の登場。ただ、青野さん良くも悪くも普通の子だから書きづらい……


マルチリンガル学級日誌

「へえ、今度教会で朗読会するんだね」

「うん。妹さんは来る?」

優芽(ゆめ)も行くんじゃないかな。なんだかんだ楽しそうだし。それから、天野くんの友達は来るの?」

「脳筋と腹黒とスパイのこと? アイツ等みたいなクズが礼拝堂通ったらバチが当たらない?」

「えっと……本当に友達なんだよね?」

「それとも、アイツ等はちょっと神の啓示を受けた方が良いかな?」

「本当に友達なんだよね?」

 

 リンは同級生の青野星香(せいか)と話していた。同じ特待生であり、他の鼻持ちならない連中と違って話しやすいというのがリンの認識だった。一方、星香の方も他の級友と比べて話しやすいというのは変わらないようで、なんとはなしに一緒にいる事が多かった。

 

 尤も、リンは星香のあまりの人格者ぶりに最初は疑心を抱いていたが、級友を気遣ったり教師の仕事を手伝ったりしている所を見て、星香が真の意味で人格者である事が分かり、今ではよく話す友人という関係に収まっている。

 

「ちょっと待ってね。もう少しで学級日誌書き終わるから」

「真面目に書くねえ……書くネタ無くならないの?」

「? いっぱいあるよ?」

「そうなんだ……(本当に良い人なんだな。周りをよく見てる)」

 

 一方その頃

 

「小夜風さん。私のグループに入る決心はつきましたか?」

(嗚呼、ぶった斬ってしまいたい)

 

 アヤメは毒島瑠璃に絡まれていた。

 

 Side out

 

「リンさーん」

「アヤメさんだ。どうしたの? なんか疲れてる感じだけど」

「岩石を投げたら鬱陶しい相手に当たります」

「何故岩石を投げた? 殺意があるじゃん。相手に」

 

 星香と話していたリンは酷く疲れた様子のアヤメを迎えた。普段は糸目のアヤメだが、僅かに開いたその目には疲労が滲んでいる。しかし、アヤメにとっては新顔の星香を視界に捉えると、姿勢を正して自己紹介をする。

 

「こんにちは。小夜風アヤメです」

「あ、こんにちは。青野星香です……(思ったより怖い人じゃない、かも?)」

 

 星香はアヤメと毒島瑠璃が会話している所を目撃してしまい、アヤメの殺人鬼も斯くやという表情を見てしまったために怖い印象を抱いていたのだが、今の挨拶でその認識が少々改められた。

 

 アヤメは視線を落として机の上の学級日誌を見ると溜息を吐いてしまった。

 

「え、ど、どうしたの?」

「いいえ……青野さんに思う所があるわけではないのです。ただ、私のクラスの担任が面倒な人でしてね」

「面倒?」

「私が何を書いても文句を言ってくるのですよ」

 

 リンのクラスは学級委員長である星香が学級日誌を書いているのだが、アヤメのクラスは何人かのクラスメイトがローテーションして書いているらしい。そして、アヤメの番になって書く度に担任の女性教師が一々文句をつけるそうだ。

 

「一応聞くけど、あまりにも幻想的なことは書いて無いよね?」

「他の方が書いたものも見ましたが、私が書いたものと大差ありませんでしたよ。日本語が乱れているとかなんとか言われたので、三回目からは別の言語で書いてます」

 

 そしてキレたアヤメは三回目は英語で、その次はイタリア語で、その次はラテン語で……と、嫌がらせのように他言語を使って書いているらしい。毎回呼び出されるのだが、「日本語が乱れているのでしょう? 私にはあれ以上治す箇所が分かりませんので、いっそ別の言語で書いた方が良いという結論に達しました」と飄々と返している。

 

 担任は毎回ひぃひぃ言いながら解読しているようだ。その教師は国語担当であり日本語以外は話せないらしく、文句をつけるために読み込むと仕事時間が数倍に伸びるそうだ。ついでに、「生意気よ!」とも言われたが、事実上の敗北宣言にアヤメはせせら笑うばかりであった。「見下している私が書いたものすら読み解けないんですか?」と挑発すれば「やってやるわよ小娘!」と術中に嵌ってくれるのでやりやすい。

 

 毒島と言い、担任と言い、アヤメには学校内に敵が多いようである。尤も、アヤメは争いは嫌いだが、攻撃されたら反撃くらいする。銃撃されてもヴァイオリンを弾き続けた豪傑を()めてはいけない。

 

「校則に別の言語で学級日誌を書いてはいけないなんて記述はありませんからね。文句を言われる筋合いはありません」

「普通やらないからね。因みに今日は何の言語で書いて来たの?」

「踊る人形です」

「じゃあ学級日誌は棒人間だらけなのか」

「解読したら英語ですから、まだ良心的かと」

「鬼畜仕様なんだよなあ」

 

 踊る人形とはシャーロックホームズのエピソードの一つであり、棒人間を象った暗号が登場する。アヤメはそれを学級日誌に書いたらしい。リンは苦笑しながらも面白がっていた。

 

 一方、星香はリンとアヤメの会話を聞いて少し引いていた。嫌がらせに嫌がらせで対抗するアヤメにも、それを面白がるリンにも。

 

(そんな露骨に喧嘩を売るようなことして大丈夫なのかな……)

「先に喧嘩を売ってきたのは相手ですよ。青野さん」

「え……」

「どうしてバレたか、ですか? 心拍と血流の音でどんな感情を持ったかは分かります。後は少し洞察すれば。まあ、具体的に何を考えているのかまでは読めませんが、当てずっぽうでも当たってしまえば結果All rightですね」

「あ、あ……」

 

 アヤメの持つ聴覚はリンがルクス・スピネル戦で披露した絶対音感の完成形と言える。敵の位置だけでなく、心拍や血流、発汗の音でおおよその思考を読めてしまう程のものだった。間接的な精神感応と言っても過言ではない聴力を持つアヤメが、欺瞞と策謀の渦巻く上流社会にいながら人間不信になっていないのは、奇跡的な偶然と本人の気質によるものだろう。

 

 とはいえ、感心してばかりもいられない。怯える星香を見て、リンはアヤメを制止する方向に動いた。

 

「はいはいアヤメさん。あんまり怯えさせないの。別に敵意はないんでしょ」

「ええ。まあ、自慢のようなものです。それに、青野さんの言う事も分かりますよ。わざわざ喧嘩を売ってきた相手と同じ土俵に上がる必要は無い」

「う、うん……一応成績つけられるわけだし……」

 

 星香の言う事に一応は理解を示したためか、アヤメとの会話を再開させる。相変わらずアヤメが笑顔なのが怖いが。

 

「それでもなお喧嘩を買ったのか。理由は三つです。一つ、大した労力ではないから。この程度で学校の上層部や家の力を借りる方が手間です。二つ、相手のレベルまで落とさないと通じないから。小物って或る意味無敵ですからね。理解できる状況を作ってあげないと延々攻撃してきます。鬱陶しいんですよ」

「へ、へえ……」

 

 別に虫が飛んでいても大して気にしないが、あまりにも五月蠅ければ殺虫剤を撒くと言いたいのだろう。リンは頷いているが、星香は引いていた。あまり聞きたくないような気もするが、星香は話を進める。

 

「そ、それで、三つめは?」

「或る意味一番簡単ですね。攻撃してきた相手には徹底反撃。ゲーム理論において理論最適解とされるものです。トリガー戦略と呼ばれるものですね」

 

 いつか、リンとの喧嘩の時に読んでいた本に書いてあったのだ。実際、アヤメもそうだと思う。

 

 アヤメはあずかり知らない事だが、担任の女性教師がアヤメにやたらと突っかかる理由は、アヤメの美貌と財力に嫉妬したという立場も職責もかなぐり捨てた感情的な物であり、平和的な解決など不可能だろう。

 

 唾を飛ばしてくる上にケチまでついてくる。どうかマスクをして話して欲しいとアヤメは思った。

 

 晴れ時々悪意。晴れ時々違法組織なポケモン世界も大分アレだが、生理的嫌悪感は地球の方が上かもしれない。

 

「なんかアヤメさんって理不尽に怨み買う事多いよね。大枠で言えば僕もそうだし、紫陽花の件とかさ」

「た、大変そうだね……変な事聞くけど、私にしてほしい事とか、ある? 力になれるならなりたいけど……」

「その時はお願いします。天気がいいからと殺意を抱かない内に頼みますよ」

「待って、とんでもない単語が出てきたんだけど。殺意?」

「ああ、今日も愚痴聞こうか?」

「それで何で天野君は冷静なの!?」

「安心しなよ。殺すと言って実際に殺す事は十中八九無い」

「そう言う問題じゃないと思うんだけど……」

 

 星香の常識的なツッコミが冴えわたる。わざわざコンビを組まずとも、常識人が一人いるだけで漫才だ。実に世も末である。

 

「今日は天気がいいので教師を斬殺しようと思います」

「一時期本屋に並んでた小説かな? 最近見ないな」

「チェーンソーを取りに行かなければ」

「やめて! 私が学級日誌を書いている横で狂気の会話しないで!」

 

 言わずと知れたホラーゲーム最強武器がアヤメの口から出た時点で星香が音を上げる。噂によると木も切れるらしいが、チェーンソーが人と悪魔以外に使われているのを見たことが無い。

 因みに対抗馬はロケットランチャーと日本刀だ。和風ホラーであれば後者に分があるかもしれない。あと、やたらと落ちるヘリコプターもそろそろ兵器転用されそうである。

 

 オチもついたんで本題に戻ろう。

 

「まあ、人間、殺意を抱いたことの無い方が少数派でしょうけど、実行に移していない分私は正常ですよ」

「私って少数派なの……?」

 

 じきに多数派になるので安心してもらいたい。

 

「それまではDust to dustの精神で生きていきますよ」

「ええと……?」

「塵は塵に。創世記第三章19節の記述だね。知恵の実を食べたアダムに対して神が言った言葉」

「創世記ということは、聖書? そんな記述もあるんだね……」

 

 かつて、「慈悲は義務のように与えられるものではありません」とアヤメはリンに向けて言い放った。しかし、Dust to dustは聖書の一節であると同時に一段階上の敵意を込めたアヤメの言葉だ。仮に果実のカケラを求めるセプテムを目の前にしたら、同じ事を言うに違いない。敵意と、とびっきりの皮肉を込めて。

 

 尤も、Dust to dustの言葉には違う意味も含まれてはいるのだが。

 

「アダムは神によって土から作り出されたそうです。アダムというのも土を意味する〝アダマ〟から来ているそうですし。そう考えると案外お安くできてますよね、人間って」

「小夜風さんは人間じゃないの?」

「自分で言う分には良いでしょう。私だって人間には含まれている。そうでしょう? しかしまあ、ギリシャ神話のイカロスのように太陽に近づきすぎるのはやめておきましょうか。蝋で作られた翼とはいえ、焼かれたらたまりません」

 

 アヤメは意外と窮地になったら口が回り続けるタイプの人間なのかもしれない。異世界に転生したいと願う人間は異世界に行きたいわけではなく、現実世界で色々諦めまくった挙句に異世界しか選択肢が無くなったのかもしれない、という栓無き事を考え始めた。

 

「そう言えば、アヤメさんは教会での朗読会は来るの?」

「行っていいのであれば」

「年齢制限無いから大丈夫だよ。僕もピアノ弾くから聞きに来て欲しいな。歌ってくれてもいいし」

「生きます」

「ん? なんか字がおかしかったような……」

「私の精神を救ってくれるのは教会のミサなのかもしれませんね」

 

 秒で異世界への思考を断ち切ったアヤメ。愛する人の家に公然とお邪魔できるなら逃す手はない。

 

「では、青野さん。またいずれ」

 

 アヤメはそう言ってやや軽い足取りで帰っていった。

 




 美貌や財力という、本来プラスな要素のせいでトラブルに巻き込まれまくるアヤメ。因みに、学級日誌を日本語以外の言語で書くのは高校時代の私及びクラスメイトがやってました。担任はノリのいい先生だったので怒られませんでしたが。

>青野星香

 これから波乱の中心になるお方。普通の少女を意識して書きました。

>Dust to dust

 元ネタは聖書・創世記より。基本、敵に対して言う。(例外もある)
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