彼方楽園のレチタティーヴォ   作:三文小説家

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 今まで縁が無かった界隈だから描写が難しいです。

 あと、アヤメのイメージCVは早見沙織氏なのですが、時折脳内で神谷浩史氏の演じるキャラの言いそうなことを口走ります。



みだれ髪

「イエスはガリラヤ湖の(ほとり)を歩いておられたとき、ペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレが湖で網を打っているのをご覧になった」

「そんで、ガリラヤの湖を徒歩で渡るトリックスター、イエス・キリストに二人は魅せられ、ついていった!」

「端折りすぎですよ脳筋。ちゃんと『私についてきなさい。人間を取る漁師にしよう』というセリフを入れないと、訳も分からずに信者がついていくただのカルト宗教になるでしょうが」

「ええ? 別に細けえことはいいじゃねえかよ。言われたって分からん」

「子どもたち全員が君みたいな単細胞じゃないからね?」

 

 リンが住む教会。今ここで行われているのは聖書の超現代語訳と称したリン達四人による朗読会だった。殆ど聖書をダシにした漫才と化しているが、幸いにも子どもたちにはしっかりと意味が伝わっているらしい。

 

 この前の『悪魔による誘惑』の部分ではリンが危うく「仙人でもないのに言葉だけでは生きていけないと思うけどね」と禁句を言いかけて止めるような事もあったが。

 

「リン兄ちゃん最近すっげえ明るくなったよな!」

「意外と面白い人だよね。前まではどんよりしてたけど」

 

 漫才の最中に子ども達が話し始め、その内容にアヤメとリンの住む教会の神父である佐倉義正は頬を綻ばせた。

 

「いやあ、彼も明るくなったねえ」

「そのようですね。私と出会った時は既にあんな感じでしたが。以前はもっと暗かったのですか?」

「そうだね。まるで悪霊でも背負っているかのような様子だった。もっと人を寄せ付けない業を背負っていたからね……」

「業……ですか」

 

 アヤメは何となく想像できる気がした。両親からはネグレクトされ、親戚からは拒絶され続けたリン。両親から見てもらえない絶望自体はアヤメも理解できるため、リン本人からその話を聞いた時は泣きながら抱きしめてしまった。

 

「あとは子供たちの前で喧嘩をしないでくれると助かるんだが……」

「醜い下界を見るのはやめましょう……」

 

 そう。醜いものをわざわざ見る必要は無い。アヤメが自室に頭蓋骨の模型を置いている事をわざわざ言う必要が無いように。

 

「しかし、子どもたちは楽しんでいるようだね」

「皆さん賢いですね。私が子どもの頃なんて野良犬(と当時思っていた墓守犬(チャーチグリム)のポチ)に跨って遊んでた記憶しかありません」

「結構活発なんだね」

「今もそれなりには。華やいだ怪奇の世に、迷妄ひしめく泥犂(ないり)の街、盈虧(えいき)自在の理に適応するのは苦労します」

「さりげなく韻を踏みながら憂鬱になるような現状分析だな……子ども達にはそれに染まって欲しくないと思うのはエゴなのだろうね……」

「エゴでしょうね。私個人の価値観を話せば、別にいいのではないでしょうか? とは思っております。人倫に(もと)る凶悪犯にでもならなければ、彼等の個性です。たとえ脳に少女地獄が咲き散ろうとも」

「後半が怖いなあ……」

「利口には悪魔でもなれますが、賢明には天使でなければなれません。彼を天使の側に位置付けたいのであれば、利口よりも賢明に育てるべきでしょうね」

「なるほど……良いお母さんになりそうだね。小夜風さんは」

「ただ耳年増、目年増なだけです。本当に良いお母さんになれるなら、リンさんと大喧嘩しませんよ」

 

 佐倉は「そういうものだろうか」と首を傾げていたが、あまり首を突っ込むのも違うと判断し、口を閉ざした。「青春にもいろいろあるんです」とアヤメは口にした。

 

「人かへさず暮れむの春の宵ごこち小琴にもたす乱れ乱れ髪」

「どういう意味だい?」

「春の日は、彼を私のもとになかなか帰さない。そのまま暮れてしまいそうで心は穏やかでなく、立てかけた琴につい額をもたせかけてしまう。はらりはらりと髪が乱れて、見るからに悩ましい」

「ほう……?」

「要するに、母親どころか恋人になる事すら難しいという事です」

 

 与謝野晶子の短歌から引用してそう言うアヤメの視線は正確にリンを見つめていた。ほんのりと頬も染まっている。どこか超然的な態度を取るアヤメの、年相応な一面に佐倉は少し安心する。同時に、アヤメの恋の相手が判明した事で先程の言葉の意味も分かった。これは確かに、強敵である。一筋縄では成就しない恋だろう。

 

 なお、その恋のお相手は悪友達と殴り合いの喧嘩をしていた。聖書の朗読という名の漫才をしていたはずが、何をどうしたらこのような有様になるのだろう。確かに聖書には重度のホラー・ヴァイオレンス映画ファンをも満足させられる程の姦淫、暴力、獣欲、殺人、更には背信、特殊エフェクトが含まれているが、それとこれとは別であろう。

 

「……流石に止めないとまずいな」

「私にお任せを」

 

 言うや否や、アヤメは手に持つ聖書を投擲した。礼拝堂の観客を見事に避けて飛来する聖書はリンの脇腹を強かに打ち付けた。こころなしか彼の身体がくの字に曲がっているように見えなくもない。喧嘩をしていた四人は動きを止めた。悪友が撃ち抜かれ、席の後ろには今しがた何かを投擲した態勢のアヤメがいたのだから無理もない。

 

「大人しくなりましたね」

「ああ、うん。でも、できれば聖書を投擲武器にするのはやめて欲しいかな」

「なるほど、直接殴れと」

「違うよ?」

 

 投擲が駄目なら打撃武器に、と思考を切り替えるアヤメを佐倉神父は矯正にかかる。喧嘩をしてもしていなくてもカオスな現場がそこにあった

 




 こ れ は ひ ど い。

 備忘録

 >タイトル

 与謝野晶子の歌集『みだれ髪』より。
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