闇に沈み、街灯と電光掲示板の明かりだけが道を示す真夜中の都市。その中を、同じく夜の色のドレスを纏った女が歩いている。肩にかけたストールが歩いて起きた風に靡き、街の灯りに映える。
谷崎潤一郎は、暗い部屋に住む事を余儀なくされた日本人は、
さて、雨上がりの道路を歩く女を三人、否、三体の怪異が囲むように現れた。一体は警棒を持つ警備員、一体は首無しの女学生、最後の一体は布を纏った幽霊のような存在。いずれにせよ、貌が無い。
「さて、ただの野良か。或いは過去の残影か、どちらでしょう」
囲まれた女、小夜風アヤメは飛び掛かって警棒で殴りつけてくる警備員の攻撃を躱し、幽霊から放たれた魔力の矢を剣を回転させながら飛ばして弾く。
「まあ、どちらでも良いです。Dust to dust。塵に過ぎない貴方達は、塵へと還る」
頭上の広告塔には化粧品のコマーシャルが流れている。
「纏めてかかって来なさいな」
その言葉を皮切りに、怪異達の攻撃が開始された。
まず女学生の回し蹴りが、コマーシャルでアイシャドウを塗り始めると同時にアヤメに襲い掛かる。アヤメがそれを上半身を傾けて躱し、流れるように警備員の警棒を弾く。更に、再度放たれた矢を少し跳んで躱し、射手である幽霊の弓を足場にし、全宙して踵落としをお見舞いする。
今度は女学生と警備員が同時に殴り、蹴りかかって来るが、その攻撃の間を縫うように背面跳びし、今度は光剣で斬りかかって来る幽霊の攻撃も再び宙返りして回避。流れるように放たれた矢も、コマーシャルで口紅が塗られるのと同時にステップを踏むように回避する。
裂傷と打撲のアイシャドウも、鮮血の口紅も塗らずに美しく切り抜けている。
「っ!」
アヤメは目の前に居た女学生を剣で刺そうと刺突攻撃を仕掛けるが、それは回避されて逆に三体から同時攻撃を仕掛けられる。
映像で化粧品のケースの蓋が閉じられるのと同時に攻撃が着弾するが、警棒と蹴りを一本の剣で防ぎ、幽霊の剣戟をもう片方の手に出現させた剣で受ける。
そのまま鍔競り合った後、アヤメは剣に力を入れ、三体の攻撃を弾き返すとそのままの勢いで一閃。その斬撃が『反響』し、増えた斬撃により周囲が切り裂かれる。
怪異達は流血と共に地面に倒れ伏し、その後に霧散していく。どうせなら血を撒き散らす前に霧散してほしいとアヤメは思った。
だが、今はそんな事はどうでもいい。もう見慣れた光景であるし。それよりも、
「懐かしいですね。モデルでも女優でもない私が、あのコマーシャルに出演してくれと依頼を受けた時には驚いたものです」
目元と口に紅を挿した映像内の自分を見て、アヤメは独り言ちる。美貌の演奏者にして令嬢という存在であるアヤメに目を付けたスポンサーの企業がアヤメを広告に起用したのだ。どうやらかなりの売り上げがあったらしく、この後も定期的に服や化粧品の広告に出演してくれと依頼が来た。アヤメとしても稼がせてもらったので感謝はしている。
「っ!」
と、アヤメは新たな存在を感知し、横の路地に剣を向け警戒態勢に入る。
『待たれよ! わしは敵ではないでござる!』
突如聞こえてきた声に、アヤメは少し困惑する。妖精の一部が使うテレパシーのような伝達手段。だが、それでも警戒する事に変わりはない。妖精の善意が、人間のそれと一致するとは限らないのだ。
目の前に現れたのは小さなバレリーナのような生命体だった。アヤメが知る妖精や怪異の中にこのような者はいない。
「敵ではないというのならば、正体と目的を教えなさい」
『承知した。わしはキルリア、見習いの身ではあるが騎士をしておる』
「騎士……現代においては変わったものを目指されているようですね。このような場所に仕える当てがあるのですか?」
『残念ながら、わしは迷いの身。ここが何処かも分からず、途方に暮れていたでござる。先程まで顔の無い存在達に追い回されておった。粗方倒したのだが、最後の三匹はお主に任せる形となってしまった。改めて、礼を言わせてもらう』
「…………」
アヤメは相手の心音を聞く。その音が示す限り、少なくとも敵ではないというのは真実だろう。アヤメは剣を下ろした。
「ひとまずは信じます」
『かたじけない』
「キルリア、というのが貴方の名前なのですね。私は小夜風アヤメと申します。呼び方は、お好きなように」
『アヤメ……? お主、もしやリン殿の知人でござるか!?』
その言葉に、アヤメの目が見開かれる。
「彼を、知っているのですか?」
『故あってリン殿に仕えるポケモンとなった。彼の口からアヤメ殿の事は聞いているでござる』
「ふふ、一体、どのような事を聞かされているのでしょうか? 恨み言でなければ良いのですが」
『少なくとも恨んでいる素振りは無いでござるな。しかし、敵を囮にする際に「慈悲は義務のように与えられるものではありません」という発言を引用していたでござる。つかぬ事を聞くが、この発言はどのような経緯で……?』
「いつ使ったかと言えば、彼に救済が執行される時、でしょうか? まあ、その使い方でも間違ってはいませんよ。ふふふ、リンさんらしいですね」
その後も暫く二人は語り合った。キルリアがサイコパワーで会話をしているが、それは稀である事。リン以外とも会話ができて驚いている事。ここは夢の世界であり、目が覚めれば脱出できるが、その時はまだ訪れなさそうだという事。転移前のリンとアヤメの思い出など。
『しかし夢の世界とは……また奇特な状況のようでござるな』
「ええ。少し学術的に言うならば、集合的無意識の具現化でしょうか」
『ふーむ……色々と謎の多い空間ではあるが、今はそれについては置いておくとしよう。それにしても、あの存在達は何者でござるか? わしの世界にもあのような面妖な者共は見たことが無いでござる』
アヤメは少し考えると、口を開いた。
「何者でもありませんよ。敢えて言うならば、人の業。逃れられない原罪。そう言ったものの具現化。幻想存在でありながら肉の殻を持つ者」
『幻想存在……幽霊のような物でござるか?』
「半分は、ですかね。剣で切った感覚は、少なくとも私には生物のそれに思えます。ですが、昔、彼らを殺した後に、魔法で霧散を防ぎ、解剖してみた人がいるのですが、内臓その他の器官や筋肉等は見当たらなかったそうです」
『解剖……さらりと恐ろしい事を言うでござるな』
「身に着けている衣服等も、雑というか、細部は適当感が漂っているんですよね。恐ろしいのですが、どこか間抜けです」
『アレを見て間抜けと言えるのか……お主』
「神秘の具現というにはあまりにも人工的で、人工物にしてはあまりにも非現実的……まるで悪趣味な
『いや、うむ、お主の知能に感服しておっただけでござる』
「そうですか。まあ、いずれにせよ、彼らが我々人間の感情から生まれているのは間違いないようです。この闘いは、ただの穢れた犬同士の共食いですね」
(リン殿とはまた違った意味で個性的な女性でござるな……ミブリム殿がいなくて良かったでござる)
キルリアはリンの言葉を思い出す。アヤメについては優しい友人と聞いていたが、同時に恐ろしい面も聞いていた。
「彼女は本気で怒らせない方が良い。本人曰く鉄鬼よりは弱いらしいけど、彼女の恐ろしさは戦闘力以外の所にある。僕と同じくらいには容赦が無くて、そして残酷なんだ」
外道だ鬼畜だと称されるリンがそこまで言う人物。ただの争いが嫌いな少女というわけではないのが分かる。リンの話によれば、アヤメはサディスティックな悪意も無しに、ただ機械的に残酷な事をする。そんな恐ろしい一面があると聞かされていた。
(なるほど、確かにこれは、恐ろしい女性でござるな)
策略・謀略という意味では、アヤメはリンを上回る事は無いだろう。しかし、常人と異なる価値観に残酷を厭わない精神性。その二点だけで、敵に回す事は躊躇われる。
「っ! 避けて下さい! キルリアさん!」
キルリアが過去を回想し、アヤメに対する考察を行っていると、上から二迅の刃がアヤメを襲う。アヤメは同じく二本の剣でそれを防ぎ、鍔競り合いの末に押し返した。
『何!? ソウブレイズか!?』
襲撃者の正体はソウブレイズだった。だが、近くにアメジオの存在は感じない。野良か、はたまた……
「この敵愾心。どうやら以前に遭遇した個体のようです」
『これはあのアメジオとやら言う輩が連れていた奴でござるな。アヤメ殿も以前に遭遇したことが有るでござるか!?』
「ええ、少々」
ソウブレイズは早速《つじぎり》でアヤメに斬りかかるが、アヤメは宙返りで躱し、逆に剣を投げつけて反撃する。
『アヤメ殿! 大丈夫でござるか!』
「平気です。それよりキルリアさん。ソウブレイズに反応して怪異が集まってしまったようです。可能ならばそちらを片付けて下さいませんか」
『も、勿論でござる!』
周りを見れば、先程アヤメに襲い掛かった三体のような怪異が湧いている。流石にソウブレイズとの闘いの中で攻撃されるのはアヤメも厳しい。よって、それらはキルリアに任せることにした。
「ソウ……ブレ……!」
剣を自分の手に戻しながらソウブレイズを見据えるアヤメ。対するソウブレイズもやる気は充分なようだ。
「!」
ソウブレイズは《サイコカッター》をアヤメに飛ばすが、アヤメは少し身体を捻っただけで避けてしまう。続いて《むねんのつるぎ》で斬りかかるが、アヤメはそれを蹴りでいなして剣で突き刺す。ソウブレイズは攻撃に使っていなかった腕でなんとか防ぐが、攻撃が当たらない事に苛立ったのか再び《サイコカッター》を今度は横向きに飛ばしてくる。
(全く、無粋な……)
アヤメは持っていた剣を飛ばすと、それまでよりも大型の、アヤメの身長ほどある剣を二本召喚し、一本を回転させて蹴り落として地面に突き刺し、その突き刺さった剣が《サイコカッター》を半ばから切断したと思えば、アヤメがその剣に飛び乗り腕一本で自分の身体を回転させるとその勢いでもう一本の剣を投げ、更にそれを蹴りで勢いを増してソウブレイズに飛ばす。
「ウソオ!?」
……なんかソウブレイズからウソッキーみたいな声が聞こえた気がしたが、その間にも先程アヤメが投げた通常の剣が迂回してソウブレイズを襲い、防御で反応が遅れたソウブレイズに地面の影から現れたアヤメが先程の大型剣二本を拾って一本をソウブレイズに叩きつけた後、縦回転して今度は二本同時に叩きつける。
「ソウブレ……!」
分が悪いと悟ったのか、ソウブレイズは《ゴーストダイブ》で遁走した。
『アヤメ殿、こちらも終わったでござる!』
「ありがとうございます。おかげで集中出来ました」
それと同時にキルリアも怪異達の殲滅が終わったようでアヤメに報告してくる。それに対してアヤメも礼を言い、ソウブレイズとの闘いで力を借りた仲間の紹介をする。
事前にキルリア自身から聞いた通り、《さいみんじゅつ》で敵を惑わしたり、《トリプルアクセル》で攻撃したりと活躍していた。
「この子は
「ワンッ!」
『そうか、宜しく頼むでござる。ポチよ(先の怪異達と同じ……否、微妙に違うようでござるな。何よりアヤメ殿に懐いておる)』
思いの外ポチの紹介はあっさりと終わり、アヤメとキルリアはまだいるかもしれない仲間を捜しに夢の世界を歩き始めた。
なんか今回のアヤメさん足癖悪いな? そしてまさかのソウブレイズ単体登場です。またリベンジしに来ますね。その時にキルリアもアヤメと連携して闘う予定です。
備忘録
>タイトル
SANOVA氏の楽曲『東海道メガロポリス』より。
>アヤメの広報活動:
後に青野星香さん万引き事件の事後処理に生きてきます。髪飾り一つを盗まれた事など忘れてしまうほどの、莫大な利益を約束したという事です。
Dust to dust:
『創世記』第三章19節より。
>不意打ちソウブレイズ
なんか改めて調べてみたら、元々は結構手段選ばない系の性格してるポケモンらしくて……アメジオいなかったらこういう事もしてくるかなと。まあ、初撃以外は正面から襲い掛かってきますけど。