彼方楽園のレチタティーヴォ   作:三文小説家

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 夜が明けるまで、少女たちは語り合う。


Interlude3ー明けない夜のアイリス

「・・ ・―・・ ーーー ・・・― ・ ―・ーー ーーー ・・―」

 

 アメジオ達と闘ったビルの屋上で、星空を見ながらアヤメとリコは話をしていた。そして、リコは最も気になっていた事を聞いた。

 

 すなわち、アヤメはリンの事が好きなのか、と。

 

 リコとて年頃の少女。恋愛譚には興味がある。少なくとも表向きの理由はそういうことだったのだが、それに対するアヤメの返答が上記のモールス信号だった。

 

「リンさんが何処にいるのか、私に具体的な事は分かりません。ヴェガなのか、アルタイルなのか、それとも月の裏側なのか……でも、私はもう届かない信号を送っているんです。I love you.と」

 

 透き通るような声で歌われたトンツーは、リンへの恋慕の言葉だった。今はもうどこにいるのか分からないリンへ、何光年先にいようともアヤメが口ずさんだ信号。その想いはもう、届かない事を悟っていながら。最初、ふざけているのかと思ってしまったリコは罪悪感を覚えた。

 

「もう届かない、信号……」

「馬鹿げている、と嗤ってくれても構いません。しかし、ゴールデンレコードを乗せたボイジャーのように彼を探して、私は信号を送り続けるでしょう。それが、この夢の世界なのかもしれませんね。目を閉じるのは涙を流して、夢を見たいから。風や星を読むのは、少しでも早く彼に逢いたいから」

「…………」

 

 アヤメのあまりに悲痛な想いに、リコは何も言えなくなる。リコは今まで、この夢の世界をただの不思議空間くらいにしか思っていなかった。だが、その正体はアヤメが送った信号。その信号は届いて欲しい人には届かない。

 

 仮にヴェガやアルタイルにいるのならば、それぞれ地球から約25光年、約17光年も離れている。ヴェガとアルタイルの間は、14.4光年も離れている。アヤメがいくら信号を送っても、最速でも返信は10年以上はかかるのだ。

 

もう決して届かないのかもしれないと思いながら、夢の世界に来る度に期待をしてしまうのだとアヤメは語る。

 

 一方、リコはまだリンに対する思いを確信できない。届くかどうかも分からない信号をずっと送り続けるほどの想いを、自分は抱けるのだろうか。

 

「声が枯れるまで、いいえ、声が枯れても私は信号を送り続けるでしょう。時が戻れば、なんて思っていながら、少し諦めている自分もいる。信号を送り続けるのは、そうしていないと悲しくなってしまうからです」

 

 そして、アヤメは自嘲するように息をついた。

 

「……結局、私は欲望に塗れた常人のなりそこないです。声が枯れるまで歌い続けられるのは、決して純粋な想いからだけじゃない。私がリンさんに会えば、世界が壊れているなんて、嘘で塗り固められた世界を創って、彼を檻に閉じ込めてしまう。空の蒼さを知る彼を、彼が最も嫌悪する方法で、鳥籠に閉じ込めてしまう」

(たしかに、リンは自由を愛しているけれど……)

「私はもう、彼の幸せを願っていた頃には戻れない。私の前からいなくなるくらいなら、空の蒼さなんて忘れて欲しい。私はもう、()うに夜に呑まれてしまって、彼の羽根を駄目にしてしまう。彼がこんな私を愛してくれるはずがない……」

 

 自由を求めるリンと、自由を奪うアヤメ。確かに、背反だ。絶対に報われない恋という事だろう。妥協するか、諦めるしか幸せになる道はない。それは、リコもなんとなく理解できる。だが、それと納得できるかは別問題だ。

 

「でも……でも……」

『モシ……モシ……(そんなの、悲しすぎますわ……アヤメさんに救いが無さすぎます……)』

『キル……(予想以上に重い話でござるな……)』

 

 リコが何かを考える横で、普段なら恋愛モノの話に興奮するヒトモシですらアヤメの話には哀しみを示していた。甘酸っぱい恋愛譚は大好物だが、このような悲恋を悲しいと思う感性も当然持ち合わせている。

 

「そんなの、普通だよ……!」

 

 リコは涙を流しながらアヤメに言った。彼女の中の何かが耐えられなかった。「え」と間抜けな声を出しながらアヤメはリコの顔を見る。なんだか胸が痛くなるくらい、どこまでもまっすぐな顔だ。

 

「好きな人と一緒にいたいって思う事の何がいけないの!? 幸せになりたいと思う事の何がいけないの!? 仮にそれを罪だって言うなら、いくらリンでも許せない!」

 

 リコがここまで激昂したのは、不完全とは言え曲がりなりにもリンに好意的な感情を持っているからだろう。今はまだアヤメほど強いものでなくとも、彼女の持つ想いは否定されるべきではないと自分の心に照らし合わせて、そう思った。

 

 アヤメはリコの真っ直ぐな言葉に顔を伏せる。

 

「あなたは酷い人です。リンさんも二人とも、酷い人です。私、もう泣いてしまいそうで……泣いて、いいですか」

 

 リコが了承の意を示した瞬間に、アヤメは声を上げて泣き出した。もう、疾うに限界だったのだろう。アヤメは自分で聞いておきながら、それが自分の泣き声であると気が付かなかった。

 

 靴の先に花火が咲いた。それは私の涙だった。アスファルトにも黒い花火が打ちあがる。声が聞こえてきた。喉が痛かった。ひどく醜い声だった。取り繕う事を知らない、純粋な泣き声だった。足元を黒くて透明な花火が埋め尽くした時に気が付いた。これは自分が泣きわめく声だ。

 

 どうしていなくなってしまったんだ。どうして置いていってしまったんだ。明日世界が滅ぶなら、その前日はせめて好きな人と一緒にいたい。そんな剥き出しの感情が込められた嗚咽。

 

 リンがいなくなったあの日、世界がモノクロになった。白昼夢でも見ているようだった。色が見えない。明暗も曖昧だ。光量を間違えたカメラのように、視界がおかしくなった。

 

 アヤメの中で街は崩壊した。電車は脱線した。爆弾がラグタイムのように爆ぜた。嵐が全てを吹き飛ばした。醜い程に美しい物で、アヤメの鬱が埋まってゆく。

 

「ありがとうございます」

 

 アヤメは一頻り泣いた後、リコにお礼を言った。そして、今度は確信を持ったように言葉を発した。

 

「やはり、彼の隣には貴方のような人が相応しいと思います」

「え、きゅ、急に何言って……」

「人が砂金を集めて精製する時、岩を砕いてダイヤモンドを見つける時、それは自分のためなのですよ。金やダイヤモンドの事を思っているわけではない。こんなアンフェアな人間は、彼は嫌いでしょう」

「アンフェアなのはリンも変わらないと思います……」

「彼は基本的にフェアですよ。ただ、あまりにもフェアネスを貫くからアンフェアに見えるだけです」

 

 まるで言葉遊びのようだが、そんなものなのかもしれないとリコは思った。アヤメに言わせれば、フェアなリンに対して世界はアンフェアだ。フェアな人間は得てして悪のレッテルを貼られるのだと彼女は言う。そして、アヤメは彼ほど純粋に理想を追えないのである。

 

 きっと、異世界に飛び立つ彼を快く送り出すのが本来のリンのパートナーなのだとアヤメは思っていた。だが、実態は意味があるかも分からない信号をずっと送り続けている。

 

 それを聞いたリコは、それなら自分だってリンには相応しくないじゃないかと思った。というか、そんな人間がいるのか? とすら思った。

 おそらく、アヤメと大喧嘩する前のリンがその例なのだろう。或る意味では機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)のように人間味の無かったリンならば、確かにアヤメやリコを拒絶するだろう。だが、今ならば受け入れてくれるだろうという希望もあった。

 

「アヤメさん、もうこの話は終わりにしましょう。きっと、結論は出ません」

「……そうですね。折角ですから、天体観測と洒落込みましょう。ちょうど、ヴェガもアルタイルも頭上に有りますから」

 

 この夢が、信号が途絶えれば忘れてしまうけれど、リコはアヤメの世界の星を知る事に意味がある気がした。

 ヴェガは琴座の最輝星で、琴座は死んだ妻に会いたいと願う演奏者のエピソードが元になっている事。アルタイルはわし座の最輝星で、その星座はガニュメーデスという美少年を連れ去った神様の話が元になっているという説がある事。そして、ヴェガとアルタイルの間に流れる天の川が、二つの恒星を引き離している事。

 

 なるほど、確かにアヤメが自身の境遇に重ねるのも頷ける。その後も、夏の都市とは思えないほどに澄んだ星空を横になって眺めながら、アヤメとリコは話をした。

 

 先のヴェガとアルタイルの他に、白鳥座の最輝星であるデネブも併せて夏の大三角と呼ばれているとアヤメは言った。

 

 ヴェガとデネブを軸にしてこの三角形を反転させると、アルタイルと線対称の位置からほど近い所に北極星(ポラリス)があり、ヴェガとアルタイルを軸にすると、デネブと線対称の位置にへびつかい座と呼ばれる星座がある事。デネブとアルタイルを軸にするとヴェガと線対称の位置にペガスス座があること。

 

 リコはアヤメの知識量に舌を巻いた。流石に学校でそこまでは習わないだろう事は想像がつく。

 理由を聞いてみると、魔法を使うのに便利だからとのこと。風を読んだり星の位置を計算したりする必要がある魔法も存在するのだとか。

 

「因みに、フェイルノートよりも強い威力を叩きだす魔法も存在しますよ。これは星の位置を計算していないと使えない魔法です」

「なんですかその魔法は……」

「今はまだ秘密です。一夜限りのサプライズですから」

 

 アヤメは口に指を当てて「静かに」のジェスチャーをする。曰く、妖精女王ゲアカリングから与えられた魔法であり、あまり軽々しく使えるモノでも話せるものでもないとの事。あと、これは話してしまうと戦況が不利になりかねないとの事でもある。

 

「ふふ、きっとびっくりしますよ」

(フェイルノートの時点でだいぶびっくりしてます……)

 

 アヤメとリコはそれからも天体観測を続け、ヒトモシは『はあ……いいですわ。甘い恋の話からしか得られない栄養ってあると思うんですの』と泣きながらも感動していた。キルリアはそれに相槌を撃ちながらも『アヤメ殿のとっておきとはどんな魔法なのでござるか……』と少し戦々恐々としていた。

 

 だが、そんな憩いの時を妨害する者が現れる。

 

「あっれ~? こんな所でアンタ見つけるとか、オニラッキーじゃーん!」

 

 アヤメは思わず相手を睨みつけてしまった。

 




 転移後のアヤメの心境はだいたいこんな感じです。おそらくどんな別れ方をしてもこうなる気がします。

 備忘録

タイトル:

 傘村トータ氏の楽曲『明けない夜のリリィ』より。

夢世界の正体:

 正体はアヤメが魔法で送ったモールス信号でした。内容は本文中にもあるように「I love you」です。もしかしたらバリエーションが増えるかも。それを無意識に受信した者がこの夢世界に招待されます。色々と余計な相手にも信号が届いているようですが……なお、受診者に信号の内容は分かりません。なので、文言は別に何でもいいです。
追記:『夢見の国のアイリス』にて、アヤメが「夢世界について確定的なことは言えない」みたいな事を言っていましたが、今回までに研究して突き止めた感じです。

とっておきの魔法:

 アヤメの火力最強技となる予定です。デメリットもありますが、それに見合う威力をした魔法です。なお、女王事変当時は毒島邸をコレで吹っ飛ばすアイデアが出る程にアヤメはストレスを溜めていました。

乱入者:

 空気を読まない氷の心を持つ者が一人……
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