彼方楽園のレチタティーヴォ   作:三文小説家

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Unexpected Storm

 リン達の内乱……という程の物でもない小競り合いが終わった後、それぞれの自己紹介が行われた。

 とは言っても、大抵はあだ名が示すとおりである。『脳筋』はスポーツ特待生で運動が得意。『スパイ』は影が薄く、諜報活動をしている。『腹黒』は見た目は品行方正だが、中身はブラックだとか(なお、本人ではなく周りのタレコミだが)。因みに腹黒には幼馴染でもある恋人がいるらしい。

 元作品にてリン以外の本名が明らかになっていないため、そのあたりの描写は出来ない。あらかじめご了承願いたい。

 

「まあ、これが僕らの大まかな情報だね」

「とはいえ、だいたいあだ名で呼んでっから、本名聞いても『ああ、コイツそんな名前だったっけ』てなっちまうけどな」

「貴方の鶏と同レベルの脳みそには、端から期待していませんよ。脳筋君」

「あ?」

 

 脳筋の発言にスパイが煽りを入れる。それに対して脳筋がややギレ状態になっていた。

 

「まあ、僕達の間であだ名が浸透しすぎているのはあるかもねえ」

「今や誰一人として本名で呼んでないよね」

「思えばいつからあだ名で呼び始めたんだっけか」

「鳥頭にも程があるでしょう。四人でゲームやっててリアルファイトに発展した時ですよ」

「ああ、第三次大戦の時か……」

「一体どれだけ喧嘩してるんですか」

 

 脳筋から零れた言葉を拾って、やや呆れ気味に会話に参加するアヤメ。とはいえ、これはこれで成り立っているのは間違いない。そこで、アヤメはある提案をした。

 

「あの、私も皆さんと同じように呼んだ方がよろしいでしょうか?」

「え、うーん……」

 

 だが、リンは他人の事を『脳筋』だの『腹黒』だのと呼んでいるアヤメはあまり想像したくは無かった。実際、アヤメもリン達が使っているあだ名を使う事には少し抵抗があるようだ。

 

「ならさ、どこかの怪盗団みたいに小夜風さん専用のコードネームを決めるのはどうかな」

 

 リンの提案に皆が喰いつく。確かにそれならアヤメ自身が呼び方を決められるし、なにより、コードネームという響きが男子高校生のハートを掴むものが有った。

 

「へえ、良いじゃねえか」

「ええ、異論はありません」

「コードネームか。小夜風さんのネーミングセンスに期待だね」

「という事なんだけど、ごめんね? めんどくさい事に付き合わせちゃって」

「ふふ、構いませんよ。私が入る事で雨入り四光となってしまうのではないかと心配していました。私が名付けることで、皆様とコンチェルト・グロッソを奏でられるというのであれば、喜んで」

 

 それに対し、アヤメは快諾した。なお、裏では、

 

(なあ、コンチェルト・グロッソって何だ?)

(ググレカス)

(あ?)

(調べてみたら合奏協奏曲という意味らしい。流石、音楽については博識のようだね)

 

 という会話が小声で繰り広げられていた。雨入り四光については知っていたものの、音楽用語にまでは明るくなかったようである。

 

「と、そろそろ下校時刻だね。中途半端になっちゃったけど、コードネームは明日決めよう。あ、小夜風さんをRILEのグループに招待しとくね」

「ありがとうございます」

 

 リン達のグループ欄にアヤメの名前が追加され、その日はお開きとなった。

 

 

 

 

 

「いやー、良かった良かった。小夜風さんに面倒くさいグループだと思われなくて」

 

 リンとアヤメは一緒に帰ることになり、その道中で、リンはホッと息をつく。なお、たまたま自宅の方向が同じだったために一緒に帰っているのだが、やはりご襲儀を仕掛けようとするスパイと脳筋をなんとか撒いての帰宅である。アヤメが楽しそうにしているのが唯一の救いであった。

 

「ふふふ、皆様、とても楽しい方々ですね」

「楽しいけど、学校では敬遠されてるからなあ。自業自得だけどさ。だから小夜風さんが引かずに加わってくれたことはとても嬉しいんだ」

 

 リン達のグループは普段から色々やらかしてるため、殆どの生徒や教師からは「あいつらだけは敵に回すな」「ならず者集団」「学園の四災」「バカ四天王」などと恐れられ危険視されている。だが、アヤメはそれを聞いても逃げ出す事は無かった。

 

「あ、因みにコードネームは無理して考えなくても良いよ? もし嫌だったり、面倒だったりしたら、あいつらにそれとなく言っておくし」

 

 リンはほぼノリで決まってしまったコードネームという概念をアヤメが嫌がってないか確かめる。だが、アヤメは少し微笑むと、次の言葉を口にした。

 

「So long lives this, and this gives life to thee.」

「What’s ?」

 

 アヤメの口から唐突に発された英文に、思わずリンも英語で聞き返してしまう。あと、発音が綺麗すぎる、ともリンは思った。

 

「ウィリアム・シェイクスピアのソネット18番から引用しました。意味は、『詩よ、どうか永久に命を与えたまえ』」

 

 シェイクスピアのソネットは青年への同性愛を歌う内容であるが、アヤメに他意は無い。そして、あくまで祈りとして使っているために、和訳は命令形となっている。

 

「コードネームは嫌ではありませんよ。知人に、本名ではない呼び方をしている方もいますし」

「そうなの?」

「Weyer String-IIIという方です」

「なんて?」

「ウェア・ストリング・ザ・サードという名義で活動している方です。私のヴァイオリンを作ってくださった方なんですよ?」

「ほえー……」

 

 これまた凄い名前の人物が出てきたもんだ。アヤメ曰く、本名は教えられていないらしい。そんな人物が身近にいるため、コードネームにそれほど抵抗は無いと彼女は言った。

 

「むしろ、私の考えた名前を彼らは気に入ってくれるでしょうか。それだけが気がかりです」

「あんまり気にしなくていいと思うけど……」

「でも、せっかくですから、私はちゃんと考えたい。なので、私の胸に秘めたソネットに祈りを捧げました。一種の儀式のような物です」

 

 それを聞いて、リンはアヤメとはどこまでも誠実で、優しい人物なのだと察する。価値観が浮世離れしていようとも、あだ名一つで祈りを捧げる彼女は悪人では無いのだ。

 

(う~ん、ちょっと苦手なタイプかも)

 

 自分が外道という自覚が有り、アヤメのようなお人好しなタイプはリンからすればかなり苦手な部類に入る。とはいえ、人格自体にはかなり好感を持っているため、いい塩梅で付き合っていこうとリンが考えていると、

 

「あっ―――」

「げ、雨だ」

 

 天気予報に無い唐突な雨。二人は急いで軒下に入る。ひとまず、雨が止むか、少なくとも今よりも弱まる事を願うばかりだ。

 地面に叩きつけられる無数の水滴。空は晴れているのに、なんともミスマッチな光景に思えた。

 

「Regna sereno intense ed infinito.」

「何語?」

 

 非常に耳心地の良い声と発音であること以外が何も分からないアヤメの発言に思わず聞き返すリン。すると、アヤメは雨を見上げたまま答える。

 

「ジョズエ・カルドゥッチというイタリアの詩人の詩です。意味は、『晴天と静けさが全てを統べる』」

「めっちゃ雨だよ……?」

 

 リンがそう言うと、アヤメはリンに目を合わせて微笑む。

 

「私、実は雨が好きなんです」

「へえ……?」

「私達は、常に晴天である事を強要される。人間社会という名のゴールドバーグ・マシンの中に漂うドグマという日光によって、誰も彼もが明るく、模範的であれと、教えられる。きっと、それは必要な事なのでしょう。しかし、私は時に、それが息苦しく感じるのです」

「それは……」

 

 悲しそうな表情で話すアヤメに、リンは他人事とは思えないという反応を返す。今の環境に反逆するために、リン達は動く事もあるのだから。

 

「だから、私は気まぐれに降る雨が好きなんです。私達を焼き焦がす日光から守る雲も、踊るように、奏でるように降り注ぐ雨粒も、ソネットを囁くように吹きすさぶ風も」

「…………」

「私は、貴方達と一緒にいるのが心地よいのです。私が酷い嵐を望んでも受け入れてくれるかもしれない」

 

 そして、雨をバックに、アヤメは目を伏せながら話す。

 

「これは、私の勝手な感情、願い、太陽に嫌われた北風の、寂寞の独白。天野さん、貴方達はこのような私を、仲間に入れて下さいますか? 末座に、加えて下さいますか?」

 

 リンは、アヤメに対する認識を改めなければならないと感じた。アヤメは確かに優しく誠実だ。しかし、本質的な部分では自分達と全く同じものを抱えている。人間社会の息苦しさ。理不尽への反逆。

 

 そして、リンが言うべき言葉は、既に決まっていた。

 

「勿論だよ」

 

 そして、リンがそう言った時、アヤメがリンの手を引いて軒下から出た。

 

「え、ちょっと、小夜風さん!?」

 

 気付けば雨は上がっていて、アヤメは踊るようにリンの手を引く。道は水溜まりとそれを繋ぐ道で埋め尽くされている。その中を、水と咽るような雨の匂いが支配した街を二人で走る。

 

「Each moment, now storm !」

 

 アヤメにとって、世界は音楽であり、また、韻律に彩られた詩なのだろう。彼女はそうして世界を観測している。きっと彼女には善も悪も無い。

 

 彼女は水を跳ねさせて踊る。雨は止んで晴れているにも関わらず、アヤメの周りには嵐が起きているようだった。地面から空に雨が降る。雨粒が視界を覆い隠す。

 

 幻覚だろうか。リンの眼には跳ねる水が文字や音符のように見えた。地面や水面に衝突する音が、ステップを踏む足音が、楽器も楽譜も無い、原始的な詩と音楽。

 

 ただ、音の中で生きている。

 

 足元の水滴にすら、楽しそうな表情をする。

 

 嵐を奏でる少女は思っていたよりも強かで、繊細で、詩的で、音楽的で、仲間に入れないなど有り得なかった。

 




>タイトルの元ネタ

『リバース1999』のヴェルティのEP曲『Unexpected Storm』より。

>悪友達との絡み

 とりあえず序盤なんでこのくらいですね。今後は増えていくと思います。

>詩

 今後も出て来そう。アヤメさんの個性というか、世界の捉え方ですね。最後の「Each moment, now storm」は本来は「Each moment, now night」で、マックス・ウェーバーの『夜』という詩から引用しました(全文はFainter, dimmer, stiller, each moment, now nightで、より暗く、より幽かに、より静かに、今ここに、夜は訪れる。という意味になるようです)。このように、原文そのままではなく、状況によって多少変える事も。

 なお、元作品のように異世界に転移した場合、「I know the moon, and this is an alien city.(この異郷の地にて、ただ月だけが我らが旧友)」とか独り言で言い出してリコさんが困惑する。この詩はエイミー・ローウェルの『A London Thoroughfare. 2 A.M.』という作品から。

>Weyer String-III

 アヤメのヴァイオリンを作った人物。今後登場するかは不明。

>嵐、雨

 アヤメは『晴天』ばかりを求められる環境に嫌気が差しているようです。反逆の精神を持っているといえるかもしれませんね。

>手を引く

 アヤメは感情が昂るとこういうことをしたりします。ちょっと距離感バグってるかも。
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