最初に言っておきます。この話を読む際の推奨BGMはヴィヴァルディの『冬・第一楽章』です。
アヤメは天体観測を邪魔する無粋な客人を睨みながらリコに知人かどうか尋ねることにした。服装から見て《エクスプローラーズ》だろうが、万一リコの友人であったら無礼を謝罪するつもりだった。
「彼女は友人ですか?」
「いいえ、彼女は《エクスプローラーズ》です」
『英語の教科書みてえなやり取りダナ』
「……ねえ、さっきから誰か知らない人が喋ってない? 少なくとも私は聞いた事がない声なんだけど」
因みに、先の天体観測の最中にリコの敬語は取れている。リンと違って外見も高校生なので無意識に敬語にしていたのだが、リンとはタメ口で話していると知ったアヤメは、少し寂しかったのだろう、敬語でなくていいと伝えた。
閑話休題
実は先程からリコやアヤメ、ポケモン達以外の何者かが言葉を発している。ヒトモシがいの一番に反応していたが、リコにも時々声が聞こえていた。
『おっと……知らなかったのね。まあ、前回来た時には喋って無かったもんなァ』
「え? 何処? 誰!?」
『足元だ足元。灯台下暗しってよく言うだロ?』
「……まさか」
そう言ってリコはポチこと
『ああそうだ。この世界限定とはいえオレ達が見えるってんなら、声も聞こえるだろうな』
「ポチって喋れるの!?」
『オイオイ、五回目の命を迎えた猫が喋れんだ。死者の番犬が喋れたっておかしくねえダロ?』
「そう……なの?」
『まあ、後で幾らでも喋ってやるよ、お嬢サン』
ポチが人語を話せるのに驚いているのもそうだが、乱暴な口調の割に意外と色気も含んでおり、ただの無法者ではない事を伺わせる。やはりリンやアヤメの周りは変わった人物が多いらしい。
「オイコラ! サンゴを無視すんな! ていうか、あのリンって奴はいないの? テンションオニ下がりなんだけどー」
「はあ……触らぬ神にダル絡みされるのはどの世界でも変わらないようですねえ、リンさんは」
「触らぬ神にダル絡み……確かに否定できない」
『その《エクスプローラーズ》ってのは、
「は? 何コイツ……」
サンゴはポチの言っている言葉の詳細な意味までは分からなかったが、馬鹿にされていることだけは強烈に分かる。そして、それはサンゴの怒りに火をつけるには充分だった。アヤメがリンの友人という事は知らないが、馬鹿にされたという一点だけで行動方針は決まった。
「オニムカつくんですけど~!」
『やっべ、聞こえてたのかよ。耳は良いのネ!』
ポチのいた場所にオニゴーリの《ふぶき》が着弾する。ポチは慌てたように回避するが、その表情にはどこか余裕が見え隠れしていた。
「オニゴーリ、コイツ等叩きのめすよ!」
それを聞いたアヤメは一切表情を変えずに剣を構え、こう言った。
「汚れつちまつた悲しみに、今日も小雪の降りかかる」
「何が小雪だ! オニゴーリ、《ふぶき》! 最大出力!」
「ゴーリ!!」
地味にオニゴーリも頭に来ていたのか(頭しかないが)、指示通りに《ふぶき》を放つ。それがアヤメに直撃し、その余波は少し離れていたリコ達にも伝わった。
「アヤメさん!」
「アハハ! その澄ました顔のまま凍らせてやる!」
だが、《ふぶき》が終わった後に現れたのは無傷のアヤメだった。アヤメは片手で剣を回転させて盾を作り、吹雪を防ぎ切ったのだ。絵面は地味だが、吹雪を防ぐほどの剣の回転速度やそれを維持する事を可能にしている腕力を考えると絶技と言って良いだろう。
「良いですね。ちょうど暑いと思っていたんです」
「嘘だろオイ……」
「モシモシ……(私が《だいもんじ》でようやく拮抗した《ふぶき》を剣一本で……凄まじい強さですわね)」
アヤメは《ふぶき》で凍った周りを見て、つまらなそうに呟く。
「吹雪と言えば、ヴィヴァルディの『冬』の第一楽章を思い出しますね。元になった詩の内容は、〝冷たい雪の中で凍えそうに震え、恐ろしい風がひどく吹きすさぶ中、常に足踏みしながら駆け足で進むが、余りの寒さに歯の根が合わない〟というものですが……」
ヴィヴァルディの『四季』は、新たな季節の始まりとして生命が芽吹き育まれていく『春』、生き物が活発に動き燦然と輝く太陽と気まぐれに雨を降らせる嵐の『夏』、哀愁と落ち着きを見せる落葉のごとき上品な『秋』と、彩り豊かな旋律の音楽だ。
だが、アヤメに言わせればそんなものは前座だ。
ここまで生き物は豊富な食糧とちょっとした試練を伴う恵みで生きてきた。その中に放り込まれるのが、生きとし生ける全てを無に帰す壮絶な極寒の環境と、美しき絶望の白き世界。死という名の絶対的な秩序が支配する『冬』なのである。
或る詩人は自分の苦難の人生を吹雪や霙に喩え、或る神話では娘を冥界の神に
まあ、いずれにせよ冷たく希望の欠片も無い世界であるという認識なのは万国共通のようだ。
「しかし、これではまるで暖冬です。吹雪というよりは
(煽り性能高すぎない……? アヤメさん)
「キル……(リン殿の友人というのが悪い意味で納得できてしまうでござるな……)」
しかし、アヤメに言わせればこれでは冬や吹雪とは呼べない。これしきの事で絶望などしない。
第一楽章というよりは第二楽章。〝満ち足りた静かな日々を暖炉の前で過ごす。外はと言えば雨が降りしきっている〟という、人工的な火を用いた穏やかな冬のイメージにしかならなかった。オニゴーリの鬼気迫る表情とのギャップで可愛らしくすらあった。
「オニ腹立つ。友達絶対いないだろお前」
「一ついい事を教えてあげます」
「何だよ」
アヤメは笑顔で告げる。
「貴方が度を越して短気なだけです」
「コイツ……! マジでぶっ飛ばす!!」
無駄に豊富な語彙力で展開される煽りにサンゴがオニギレしている頃、ポチはヒトモシに話しかけていた。
『おーい、ローソクさんよ』
「モシッ!? モシ!(ローソクさんって何ですの!? 私の名前はヒトモシですわ!)」
『ワリイワリイ……そんでヒトモシさんよ。あの玉ッコロを倒すのに手貸してくれねえか』
「モシ……(あなた方に任せておいても解決しそうですが……)」
『オイオイ、こっちの負担がデカすぎるぜ。助け合い精神はどうした?』
「…………モシモシモシ(一応、策はあります。私とリンさんで考えたものですが―――)」
ポチとヒトモシが話し合っている間、サンゴはアヤメを叩き潰さんとリンにも使ったピンボール作戦を決行する。ちょうどアヤメが剣で吹き飛ばした《ふぶき》のおかげで氷の壁も出来ている。
しかし、
「何なんだよコイツ!」
アヤメもまた氷上を滑りながら剣舞を披露している。オニゴーリが《ふぶき》を撃ってもイナバウアーで回避し、《アイススピナー》で回転攻撃を仕掛けてもまるで舞踏を踊るように剣で撃ちあっている。
「ふふふ、さあ、もっと踊りましょう?」
迫るオニゴーリをトウループの要領で撃ち返し、追い打ちのようにトリスタンを飛ばす。更に最後に飛ばしたトリスタンを掴んで急接近し、アップライトスピンとサルコウを繋げたような動きで斬撃を繋げる。
『へえ、そりゃスゲエ名案だ。確かにあの
「モシ……(なんか、ポチさんとリンさんは仲が良さそうですわね……)」
『おいアイリス! そのかき氷を溶かす手立てがあるぞ!』
「おや、舞踏会は終了でしょうか」
「はあ? 舐めてんじゃねえぞ!」
アヤメがポチに返事をすると、その内容に憤ったサンゴがオニゴーリに《ふぶき》を指示する。その凶悪な表情はどちらが鬼か分からない。
その傍らで、ヒトモシが《だいもんじ》を自分自身にかける。それを見たアヤメが、
「Qide rydulu ea resuvea. (沈黙は厳かに嘲笑う)」
と詠唱し、トリスタンの雨を戦場に降らせてポチに炎を付与するように指示する。
「ふん! もうその手には引っかからないよ~。離れて攻撃躱せばいいだけだし。夢よもう一度とかオニウケるんですけど~」
だが、サンゴは気付いていなかった。アヤメの装備がサーベル《イゾルデ》から大剣《パロミデス》二本になっている事に。リンと闘った時と同じようにヒトモシの身体が燃え、今回はそれが地面に突き刺された無数のトリスタンに燃え移る。
さらに、アヤメがパロミデス二本を持って回転するように踊り、風を送る事で炎の勢いを増した。
「そんなのアリかよ!」
サンゴは悪態をつきながらも、回避と《ふぶき》による攻撃の軽減を同時にこなす。この辺りは流石《エクスプローラーズ》の幹部であると言える。
しかし、その間にアヤメが剣を水平に構えている所までは目がいかなかったようだ。
「オニゴーリ!?」
アヤメが高速で滑るように接近し、強力な斬撃をオニゴーリに叩きつける。この技に名前は無い。敢えて名付けるならば《加速》か。暴走したアヤメを鎮圧する時にリン達も苦しめられた技である。50メートル以上離れていても一瞬で距離を詰めてくるのだから。実際の戦闘時間は全て
「『四季・夏の第三楽章』、演奏開始です」
『冬』以外は前座であると語ったアヤメだが、その中でも例外がある。季節全体が災害と言ってもいい冬と違い、その曲は夏の一部分を切り取ったものだ。だが、その恐怖は『冬』に勝るとも劣らない。むしろ、求められる演奏技術は『冬の第一楽章』よりも高いとすら言われる。
〝ああ何ということか。不安は的中し、天は雷を轟かせ、閃光を放ち、雹交じりの雨は小麦やその他の穀物の穂をへし折る〟
曲の元になった詩からも絶望が伝わって来る。冬のように最初から殆どの作物が育たないというならば、まだ諦めもついたかもしれない。しかし、気まぐれに訪れた嵐は、豊穣の土地も人間が育てた作物も須らく奪い去ってしまう。
「Furud」
アヤメが一言詠唱すると、炎に混じって雷まで加わる。さながらオニゴーリを枝から落ちる寸前の果物に、サンゴをへし折られる寸前の穀物のように睥睨しながら
「このままやられてたまるかよ。お前も道連れだ、バケモノ! オニゴーリ! 《じば――》」
「キョジオーン! 《しおづけ》!」
だが、突然現れた第三者がアヤメに塩のビームを飛ばす。アヤメも恐るべき反応速度で剣を飛ばすが、トリスタンは押し負けてアヤメに塩の一撃が着弾した。
「無事か! サンゴ!」
現れたのはサンゴと同じく《エクスプローラーズ》の幹部、オニキスだった。リンの時と違い、息を切らしている様子からして相当急いで駆け付けたようである。アヤメの魔法と剣技はそれほどまでに凄まじかったのだろう。普段は表情を変える事が少ないオニキスをして焦りを覚えるほどに。
「……ここからは俺が奴を引き受ける」
「いや、今すぐテラパゴス回収して逃げる」
「珍しいな。お前が弱気とは」
「認めたくないけど、アイツは強い。あのバケモノは塩漬けにした程度じゃ倒せない! 起き上がる前にさっさと―――」
「ヤハウェが送った二人の使いはソドムとゴモラを滅ぼした。ロトとその家族にだけは逃げるように伝えて。しかし、ロトの妻は禁を犯して後ろを振り向き、塩の柱へと変えられた」
オニキスは驚愕の、サンゴは諦観の感情を表に出した。アヤメが据わった眼で二人を見ている。手を使わずに起き上がるその姿はゾンビや幽霊のよう。よく見れば身体が帯電しているのが分かる。
「退廃と堕落の生活をした覚えはありませんし、襲ってきたのは使いの方なのですけれど。やはり塩の柱へと変えられる前に賓客をもてなさなければならないようですね」
(咄嗟に電流を纏う事で塩の付着を防いだか……!)
物理的な衝撃以外を一切無効化したアヤメに油断を打ち消すオニキス。おそらく、これまで闘ってきた敵の中でも最難関の相手だと認識する。
「Isolde」
アヤメが二人を見据えたまま新たな詠唱を始める。オニキスは再びキョジオーンに《しおづけ》を使わせるが、アヤメの纏う電流に弾かれてしまう。
(流石に二度目は通じないか!)
「Isolde tyh Rewiteot huvla, gize luf fi tustav ath tirex nireom. (白き手のイゾルデよ、嵐から私達を護れ。そして敵を捕らえよ)」
そして、アヤメの詠唱が完了すると、飛剣が五芒星に組まれ、その後大小様々な五本の白い剣が現れる。それらはまるでアヤメを包み込む巨大な手のようにも見える。
「わたくしに定められ、わたくしから失われ、気高くて清らかで、勇敢だが臆病な! 死に捧げられた首! 死に捧げられた心! イゾルデの白き
アレンジされたイゾルデのセリフを、まるで鬱に浮かされたような声色で歌うアヤメ。それが演技であれ本気であれ、その場の全員に等しく怖気を感じさせた。
やがて皆、例外な存在を識るだろう。狂乱と恐慌と凶変の
仮にリンや友人達がいれば、闘いの為にアヤメが自分を鼓舞しているだけだと悟る事ができたかもしれない。だが、ここに彼等はいない。
『やっべ……完全にハイになってやがる……』
絶望の
小夜風アヤメ戦、第一形態終了(ん?)。もうどっちが悪役なんだか分かりませんね。まあ、アヤメはデスゲームの主催者というよりも巻き込まれて適応狂化してしまった被害者って感じですけど。
アヤメの強さは『文豪ストレイドッグス』でいう所のジイドや藍堂、『崩壊:スターレイル』でいう所の鏡流やアルジェンティのような『外伝的なストーリーにしか出てこない強キャラ』というイメージです。(鉄鬼先生は『文豪ストレイドッグス』でいう所の神威かな……)
あと、『四季』について語り過ぎましたね。これ以上ないサンゴへの煽り文句になりましたが。本文中で言いたいことは大体言ったので後書きには書きません。
備忘録
実は喋れたポチ:
実は喋れます。本人曰く『五回目の命を迎えた猫以上の知性を持っている』そうで、猫の寿命を20年弱とするとだいたい80年以上は生きていますね。イメージCVは谷山紀章さんで、『文豪ストレイドッグス』の中原中也みたいな感じです。
汚れつたまつた悲しみに:
中原中也の詩より。
アヤメの剣と一部の技の名前:
『トリスタンとイゾルデ』という戯曲が元ネタです。アーサー王伝説のエピソード(トリスタンは円卓の騎士の一人)ですが、元々は別の話として作られたらしく、整合性の取れない箇所も存在するようです。
Furud:
ポチと連携して雷を使う魔法です。元ネタはおおいぬ座のζ星で、アラビア語で『孤独なもの』を意味します。なお、アヤメの架空言語イリシーズでも同じ意味です。
Zuben el hakrabi:
剣を作る魔法です。元ネタは天秤座のγ星であり、アラビア語で『蠍の爪』を意味します。イリシーズにおいてもzubenは爪、hakrabiは蠍を意味しています。