《白き手のイゾルデ》。アヤメが開発した魔法で、『親指』『人差し指』『中指』『薬指』『小指』と名付けられた大小様々な白い剣が半自律的に攻撃する。指ごとに役割が有るのだが、それはまた別の機会に説明しよう。重要なのは、この魔法を展開していてもアヤメは自由に動き回れるという点である。
「金属は脆い。人身も脆い。貴方達は如何でしょう? 《エクスプローラーズ》」
『人差し指』が先の《沈黙は厳かに嘲笑う》で突き刺された無数の剣とオニゴーリ、キョジオーンに炎を放つ。映画の中のヒトラーが想像したパリのように燃え盛る戦場にてアヤメの攻撃が開始された瞬間だった。
「クッソ……ほぼ確で《やけど》になるのかよ!」
「アメジオの報告通り、状態異常を利用した戦法か。だがキョジオーンには効かんな。キョジオーン、《ストーンエッジ》!」
オニキスのキョジオーンの特性である《きよめのしお》は状態異常を無効化する。故にアメジオ達のようにポケモンを無力化される事は無かったのだが、
「Aurrav ro surithleogas, bitex nireom.(雷の矢、敵を撃て)」
アヤメは効いていないと見るや迷いなく高威力技である《フェイルノート》を放った。おまけに《ストーンエッジ》がオニキス達にとって目隠しとなり、岩を破壊して飛来する電磁加速された投擲剣『トリスタン』は回避もできずにキョジオーンに命中してしまう。
「オニーーー!!」
「オニゴーリ!?」
更に、『薬指』によって率いられた複数のトリスタンがオニゴーリに殺到し、《優しさもまた残酷》を発動する。《やけど》を増幅されたオニゴーリは悶え苦しんだ。
「サンゴ!?」
すぐさま救援に向かおうとするオニキスだが、キョジオーンの眼前には既にアヤメが迫っていた。アヤメはキョジオーンに剣を振り下ろし、下から斬り上げて横薙ぎの斬撃を加え、宙返りするかのように蹴り上げて自分も浮き上がると、まるでその場から消失するかのように空中の剣を足場にして高速移動を続けながら斬り刻み、最後に縦回転の斬撃を加えながら地に降りる。更にそれら全ての攻撃に《白き手のイゾルデ》と『トリスタン』の追撃が付いてくるのだからたまったものではない。
「さようなら」
「!!」
ついでと言わんばかりに炎を纏わせた『中指』の高威力広範囲攻撃を畳みかけ、おまけにその斬撃は爆発した。
(最後の斬撃だけは何とか《てっぺき》で防いだが……)
「タフですね。その塩化ナトリウム」
クライスラービルに手足を生やしたような姿のキョジオーンの耐久力に少し驚くアヤメ。しかし、《てっぺき》有りでもダメージが入るアヤメの斬撃にオニキスは内心穏やかではなかった。
アヤメが二刀流となりオニゴーリとキョジオーンを見据えて構えた時はサンゴとオニキスが二人揃って反射的に攻撃を命じた。だが、アヤメは《白き手のイゾルデ》の追従の元、回転斬りで塩と吹雪を打ち消し、そのまま跳び上がってキョジオーンに縦回転斬りを行い、今度は雷を纏って高速移動してオニゴーリ共々斬りつける。そして最後に爆発性の一閃を飾った。
もはや《てっぺき》や《ワイドガード》で防御していようとも関係ない。全てが死の気配を纏った美しき斬撃。
オニキスは目の前の少女がただ恐ろしかった。虚無の瞳で剣を振りまわし、魔法と妖精を効果的に使い、容赦なく殲滅する。こんな相手は彼の世界にはいない。
と、その少女が口を開く。
「戦場にあって尚、死や流血を恐れるのですか?」
「何だと?」
「常々疑問だったのですが、《エクスプローラーズ》の皆さんはそちらから襲い掛かってきておきながら、私が剣や魔法を使うと途端に顔色を変える。尋常に切り結び、屍山血河に死す覚悟も無いままにポケモンとやらをけしかけているのでしょうかね。剰え、まるで私が死狂いであるかのように恐怖の視線を向ける」
その声には怒りが滲んでいる。
毒島瑠璃も一滋を襲った不良達も皆、アヤメが武器を取ったり反撃に転じたりするたびに同じ顔をする。すなわち、恐怖である。反撃されるとは思っていなかった、もしくは思っていてもこれほどまでに追い詰められると思っていなかったのか。
まあ、毒島や不良達とは違い、オニキスの内心は『安全圏からの暴力に酔っていた』わけではわけではないのだが、アヤメにとっては大差ないのかもしれない。
アヤメが好感を持った敵は
再三明記しておくが、アヤメは流血や残酷を与える事を好んでいるわけではない。作り物であればホラーやサスペンスを楽しむ事もあるが、現実世界でそれを楽しむ事は無い。
だが、アヤメにとって戦場とは修羅の庭だ。黙って耐えようと反撃に転じようと修羅なのである。それを無情にも押し付ける相手がいるのならば、アヤメも修羅になるしかない。
「なん……だよ、それ……意味わかんないー!!」
「はあ……そうですか。では、分かりやすくお伝えします。闘いを始めた以上、それは残酷なる死を受け入れたという事です。そちらが踏み込んできた以上、私も渇くことの無い修羅の道を与えるしかない」
アヤメは剣を頭上に掲げ、その上に炎の球体を作る。その球体はさながら小規模な太陽のよう。実際、《Mirzam》という炎を扱う魔法に《Wezen》という影に仮想の質量を持たせる魔法を組み合わせて極小サイズの恒星を作り出しているのだが。
「Duse te duse. Est te est.(塵は塵に。灰は灰に)」
「やばい! オニゴーリ! 《じばく》!」
「今回は止めん。少しでも相手の攻撃の威力を相殺しろ! キョジオーン! 《ワイドガード》!」
アヤメの様子を見てサンゴとオニキスは今までにない程全力でポケモン達に指示を出す。もはや勝負に勝つかどうかではなく自分達の命が危ない。
「Sile ea sula. Site tyh luoda. fise tyh luoda. wine tyh luoda.(安らかに眠れ。秩序を見よ。秩序を学べ。秩序を祝え)」
一方、アヤメの頭上では先程作り出された恒星と新たに生成された黒い球体が合わさり、まるで日蝕のようになっていた。この黒い球体は仮想の質量が付与された影の集合体。そして、アヤメが跳びあがり、恒星と影を両断し剣に纏わせる。
「Ha fisevise qy diteoth. Laf gyfu fiseoth enearth sulha ath gulha.(死して賢者となるがいい。太陽と月の名の下に慈悲を与えよう)」
一瞬だけ日蝕が光り、その中心からアヤメが剣を振り下ろしながら落下してくる。
「Seirios!!」
その瞬間、サンゴとオニキスのいる場所が爆ぜた。恒星のエネルギーと仮想の質量を纏った斬撃が二人のポケモンに叩きつけられる。
結果、アヤメ達のいたビルが半分消失した。
『相変わらずエグイねえ……死んだんじゃねえの? あの二人』
「いえ、オニゴーリさんの自爆の力とキョジオーンさんの防御力でかろうじて凌いだようですね。まあ、その後は打つ手が無くなったのか脱兎の如く逃げていきましたが」
『そりゃ衛星レーザーみたいな攻撃されりゃあねえ。ま、アイツ等に関しちゃこれ以上は詮無き事か。それより……』
ポチはリコ達の方を見た。
『アイツ等どーすんだよ』
「あは、あは、あは、星が、星が降ってきた……世界終わっちゃうのかな? やり残したことは《ぐるみん》のグッズ購入と……」
「すみませーん。大丈夫ですかー?」
「お父さんお母さん。私は今天国にいます」
「生きてます生きてます! 戻ってきてくださーい!!」
アヤメが非現実的な光景を見て思考回路が機能しなくなってしまったリコや、同じような状況のポケモン達をポチと協同で正気に戻した。やじろべえのように肩を揺らされ、リコの目に焦点が復活したころには戦闘時以上にアヤメが疲弊していたのは余談である。
「すみません……ちょっと思考がどっか行ってた」
『わしも驚きのあまり正気を失ってしまった。ふがいない……』
『いやァ……予告も無しに世界終焉みたいな魔法を繰り出したアイリスが悪いと思うぜ』
「予告したじゃないですか。とっておきのサプライズがあるって」
「それで世界の終わりみたいな日蝕引き起こすとは思わないよ……」
「大袈裟な……衛星レーザーくらいで世界は滅びませんよ」
「衛星レーザーの時点でだいぶおかしいけどね!?(リンもこの光景を見た事があるって事だよね? そりゃ大抵の事には動じなくなるよ。だって星が降って来るんだもん)」
もはや火力だけならば現時点で比肩する相手などいなさそうな魔法。だが、アヤメ曰く色々と弱点もある魔法らしく、乱発は出来ないとの事。
「まず威力が大きすぎます。今回は弱めに抑えて撃ったのですが、それでも小さめの物とは言えビルが半分消し飛びましたね」
「威力が大きすぎて使えないとか聞いたこと無いんだけど……いや、森でほのおタイプの技が使えないみたいなものかな」
アヤメ達が立っているのは四階建てのビルの屋上。都会のこの手の建造物としては小さめのサイズではあるが、それでも半分消し飛ぶのは脅威だろう。こんな威力の物を街中でホイホイ使うわけにはいかない。
「あと、魔法を安定させるためとはいえ詠唱が長いですね。白兵戦では致命的な隙になり得ます。それに、星を起源の一つとして魔力を借りている以上、おおいぬ座の最輝星《シリウス》の特徴を把握していないといけません。位置も把握していればなお良しです」
他にも続々と明らかになる弱点。使う場面を非常に選ぶピーキーな技であるのは間違いない。少なくともリンにように異世界に転移したら星の位置は把握できない。
「いやー、懐かしいですね。嘗て全力でこの魔法を使って全身から大量出血した日が」
「え!?」
「あの時のリンさんの慌てた顔、ちょっと可愛かったです」
「絶対にこの世の終わりみたいな表情してたと思うんだけど!? あと血の海に沈んだことについてはノータッチですかアヤメさん!」
ただでさえグロテスクな惨状が苦手だというのに、親友のそんな姿を見て果たしてリンは正気を保っていられたのか……リコは訝しんだ。
「因みに、今はもう一つ同等の魔法を組み合わせられるまでになりました。まあ、星なんて巨大な物から魔力を借りてくるんです。加減を間違えたら私が死んじゃいますけどね」
「もっと命を大事にして!?」
「使った後にリンさんに抱きかかえられた時には胸がドキドキしました。やはり恋はいいものですね」
「身の危険を感じてるんだよ!!」
「てへぺろ☆」とでも言いそうな表情でとんでもない事を言ってのけるアヤメにリコはリンにするのと同じ熱量のツッコミを入れた。自分含めて味方を護るための魔法で自分が死にかけるなど本末転倒も良い所である。
『まあ、げに恐ろしきは? こんな魔法使っても倒せない敵が転移前にいた事だがな』
「リンとアヤメさんの世界ってもしかしなくても魔境なの?」
「前方の神話生物、後方の悪意に満ちた人間達」
『愉快な二者択一だなァ、オイ』
「モシ……(ゴーストポケモンに魂を奪われるまでもなく平均寿命がすり減りそうですわね……)」
『言えてら。少なくとも、アイリス達人間が作った社会はさながら巨大な時間泥棒よ。アイリスはゴールドバーグマシンなんて形容してたが……余暇も寿命も奪ってただ回り続ける巨大な機械。なんだ? 規定された絶滅プログラムか? これだけ楽園を築いても、結局は死に向かうんだねえ』
「ディ、ディストピア過ぎる……」
「そう言えば、ジョージ・オーウェルの『1984年』で描かれている管理社会が現実になりつつある、なんて言われてますね」
リコはジョージ・オーウェルが誰かは分からなかったが、少なくともアヤメが多大なストレスに晒されていることは理解できた。
「あはは、大丈夫ですよ。私はこの半生で、苦痛を愛するための祈りを知った。もはやその苦痛を憎んではいない。感情を抑圧して平静を保つ必要すらない。ずっと私に忠実だった苦痛を愛していればいい。ああ、苦痛よ……お前が私から離れないが故に、私は遂にお前を敬うに至った」
「アヤメさん……? 大丈夫……?」
「生きる事の喜びを甘受できることに嬉し涙が……」
「紛うこと無き心的外傷だよ!」
リコは思った。この夢の間だけでも、自分はアヤメに優しくしようと。
しかし、アヤメが軽く精神崩壊している所に新たな敵が現れる。その敵の名前は『
「何……アレ……」
「流石に連戦は応えますね。手伝って頂けますか」
「も、もちろんだよ!」
苛羅苦罹は人とバケモノの中間のような声を上げながら、不気味に捻じ曲がった首でアヤメ達を視界に捉える。無表情な増女の面が、今までの敵とは違う恐怖をこちらに与えてくる。
表情を喪った悲しき機械との闘いが幕を開けた。
アヤメの人間性も徐々に明かしていきますが、正直リン君とタメ張るレベルで不可解な人間性だと思います。リアリストだが夢想家、謙虚だが傲慢、優しいが残酷……判明してる情報だけでも綺麗に矛盾してるのが面白いです。書いてる側としては。
備忘録
白き手のイゾルデ:
役割分担した5本の剣で敵を制圧する魔法。それぞれの剣は半自律的に動く。元ネタは『トリスタンとイゾルデ』の登場人物『白き手のイゾルデ』。
Seirios:
アヤメの使える上位二位の魔法の一つ。炎と仮想質量の影で恒星を生み出して剣に纏わせ、更に影の球体で威力を上げて斬りかかる魔法。詠唱の内容は秩序への祈りだが、物騒。元ネタはおおいぬ座の最輝星シリウスで、語源はギリシャ語の『焼き尽くす』
苛羅苦罹:
スーツ姿の稀人が組み合わさったかのような姿をしている機械のような怪異。増女と痩男の能面が寄り集まっている部分もあり、表情を捨て、正に絡繰のように振る舞う人間達の思念といったところか。
当作オリジナルの怪異であり、元ネタはStellar BladeのボスとNieRの機械生命体と攻殻機動隊イノセンス。
苦痛を愛するための祈り:
『Iris, The Tempestissimo Virtuosa-Movement1』でも登場している。元ネタはフランシス・ジャムの『桜草の喪』より『十四の祈り』の一節。