美しい光景だった。
木々が立ち並び、色取り取りの花が咲き乱れ、穏やかに蝶が飛び、木漏れ日が差し込んでいるようにすら思える。まるで仏教に伝わる極楽浄土のようだ。
……先程まで死闘を繰り広げていた、首から蔓を生やしている少女がいなければ。
「スピネル! ここから出るには!?」
「今考えています! 敵の意図は分かりませんが、ここに留まるのはマズい!」
エクスプローラーズが対応策を講じているが、アヤメは関心を示さない。本当に植物と一体化してしまったのかと思えるほどだが、一度のブレスの後、
「Rilex gutha ea xixeos. Sile sulha resulea」
歌い出した。突然の演奏会にサンゴとアメジオ達は困惑したが、スピネルとオニキスは反射的にポケモンに攻撃を命じる。本体がいる以上、アヤメさえ倒せば何とかなると思ったのだろう。ようやく茨から抜け出したポケモン達はアヤメを集中砲火する。だが、その攻撃は彼女には届かない。
何故なら防がれたからだ。旋律に従ってアヤメを護る樹木の根に、歌声に喜び空中で踊る蝶の群れに。
「マズい! 避けろ! キョジオーン!」
オニキスが叫ぶとキョジオーンは間一髪で蝶の攻撃を回避する。蝶達は突如として竜巻を起こし、キョジオーンに攻撃してきたのだ。
「これは迎撃であり歓迎です。この機に調和の音色を聞きなさい」
歌をエコーズに引き継ぎ、いつの間にかヴァイオリンを手に持つアヤメはそう言い放ち、音によって植物を操る。木の葉は敵を切り刻む刃となり、蝶は暴風を引き起こす破壊者となり、花は幻惑の光を反射し花弁によって敵を穿ち、感覚麻痺の花粉を撒き散らす。そして、その隙間を縫うように蔓と茨が刺し薙ぎ払う。
「全員回避!」
こうなっては策略も何もない。全てが必殺、致命の攻撃。状態異常はキョジオーンに効いていない上に、《ワイドガード》などでその他の攻撃も防いでいるが四方八方上下左右から飛んでくる攻撃の前には焼け石に水。為すすべなく消耗してゆくエクスプローラーズを見て、リコはリンが魔法を危険視した理由を身を以て理解した。
『この世界で魔法は致命的なノイズになりかねない。懸命に生きている人やポケモンを知らず知らずのうちに取り返しがつかないほどの事態に追い込んでしまう可能性もある』
かつてリンがそう言っていた事をリコは思い出す。変な話、リンが使っていたのは蝶のような魔力体を生み出すだけの魔法であり、魔法の危険性といわれてもあまり実感できなかったのだ。
だが、エクスプローラーズほぼ全員を単独で圧倒し、自分も手を貸したとはいえ極楽とも地獄とも言える恐ろしい魔法《
確かにこれは、世界を壊す。壊せてしまう。
無論、アヤメが意図的に世界を破滅に追い込むような人間ではない事は分かっている。しかし、無表情でエクスプローラーズを壊してゆくアヤメに抱く感情は、
「怖い……」
リコは無意識に口に出していた。ヒトモシとキルリアもだいたい同じような意見であるらしく、リコの言葉にうんうんと頷いている。
〝その感覚は正解ですよ〟
「はい!?」
「これは、テレパシーではない?」
〝詳細は省きますが、貴方達だけに聞こえる声のようなものです〟
突然声が聞こえ、リコは狼狽える。テレパシーではなく明らかな肉声である事でキルリアも驚いている。軽く説明しておくと、エコーズの力で音の反響を調整し、リコと味方側のポケモン達にだけ聞こえるようにしている魔法である。アヤメ曰く、「リンさんとの内緒話の時に便利」とのこと。女王事変の時の二人きりの作戦会議などでは重宝した。
〝話を戻しますが、リコさんがこの力を怖いと思った事自体は正解です。力への恐れを知らないものなど獣と同義ですから〟
「それは……でも……魔法使いへの迫害を許す事にもなるんじゃ……」
〝迫害は少し困りますね〟
アヤメは正直だった。
それにしても、とアヤメは思う。リコは力への恐れから、魔法使いへの迫害へと思考を到達させる事が出来た。この少女はあまりに賢く、そして優しいのだ。
〝迫害は行き過ぎにしても、力への恐れは必要なのです〟
アヤメ曰く、魔法というものは言ってしまえば何でもできるのだそうだ。世界システムへの干渉である以上、世界ができる事は何でもできる。サンゴとオニキスにぶつけたように、掌の上で太陽を作り出す事も可能だ。
だからこそ、運用の規範、魔法には使う側の節度が重要となる。これが魔法における禁忌の教えだ。また、自身の力量を超えることに手を出してはならないという意味でもある。
〝ということを、私はエクスプローラーズにも言いたいのですがね〟
「エクスプローラーズに?」
〝彼らが何を求めているのかは存じ上げません。しかし、彼等の態度が誇張でないならば、きっと私が恐れる事態になるでしょうね〟
アヤメはエクスプローラーズが具体的に何を求めているのかは知らない。ウラン鉱脈のような物質的な物なのか、それとも権力や財力のような概念的な物なのかすら知らないのだ。だが、いずれにせよ不穏な事には変わりない。少なくとも彼らは世界を愛してなどいないだろう。
太陽に近づきすぎた
彼らは自身の翼が既に溶け始めている事に気付いているのだろうか。尤も、仮に海面に近づいたとて湿気でバラバラになるのかもしれないが。
その言葉を聞いたリコは一つの考えが思い浮かぶ。
「もしかして、アヤメさんは安易に力を求めることへの戒めとしてこの魔法を……?」
〝あはは。そんなわけないじゃないですか。シンプルにムカついたからですよ〟
「すっごい綺麗な声で鼻で嗤われた上に一瞬生まれた希望を木端微塵に打ち砕かれた! やっぱりアヤメさんはリンの友達なんだね!」
遠隔で刺される主人公。
打ちひしがれるリコに、アヤメは気にせず持論を展開する。
〝だって、好きな人を洗脳してあげる、なんて言われたら、ムカつくじゃないですか。因みに、『ムカつく』というのは大分マイルドな表現ですよ。リンさんの大脳弄りまわすなんて、許せませんもの〟
「喩えがグロいです。アヤメさん」
〝私の
「プレゼントしたって言い回しが最高にサイコパスです。アヤメさん」
因みに、ファム・ファタルとは本人にその意図はないのだけれど、男性を自分の人生に巻き込み、その男性の人生を滅ぼしてしまう
なお、今更だがリコ達の声はエクスプローラーズには聞こえていない。
〝さて、雑談している間にエクスプローラーズの皆様が全員倒れたようですね。これ以上は死体蹴りというものでしょう〟
アヤメは
「いやはや、本当にえげつない……我々は降参することといたしましょう。この魔法を解いていただけませんか」
「貴方みたいな人は、ポケモンを全滅させても、装備を全損させても決して油断するなと教わりましたから」
「……お見通し、ですか。それはかの少年に?」
「もしかしたら、彼も言っていたかもしれませんね。しかし違います。そうですね……
「オーダー……? N……?」
「貴方が知る必要の無い事です。ただ一つ通告しておくとすれば、彼女等と戦っていれば、貴方達の命はなかったでしょう。私ほど優しくないですからね、彼女等は」
アヤメ以上に容赦の無い人物がいるのか、それも複数人。リコとしてはあまり知りたくない情報だった。しかしスピネルは小さく笑うと、「それは確かに、幸運ですね」と言った。
(やっぱり、この二人の会話は怖い……)
勝敗が決した今は穏やかだが、それでも相容れない何かを持つ二人。静かだが、常に何かを戦わせている。これは停戦ではない。舌戦だ。
「では最後に、貴女は何者ですか。アヤメさん。リン君の友人と聞きましたが、彼は身体能力は並程度でした。貴女はあまりにも強すぎる」
夢から覚める直前のスピネルの問いに、アヤメは少し考えてから答えた。
「
その答えを聞いたスピネルは、また笑った。
「貴女も十二分に、えげつないですよ」
その言葉を最後に、スピネル達エクスプローラーズは夢世界から消滅した。おそらく記憶の消失と共に現実世界で目覚めるだろう。記憶を失うからこそ、アヤメは自分のもう一つの名前を教えたのだ。これがリンの邪魔となる事は、おそらくないだろう。
だが、この闘いは終わらない。
ある存在が、
転移前の闘いの伏線がちらほらと出てきました。今回はエクプロとの闘いというよりは、アニポケのアヤメの見解(特にラクリウム)と、転移前の伏線がメインですかね。アヤメが一方的に蹂躙するだけの展開なので、あまり冗長に書くのも抵抗があったのも理由の一つかもしれません。
備忘録
>タイトル
アニメ化もされた漫画『地獄楽』より。
>調律文字:N、V
転移前のストーリーの伏線です。リン君達の強力な味方となってくれます。この集団のテーマは『協奏』『調和』などで、エクスプローラーズやセプテムとはある意味対極の組織かもしれません。