彼方楽園のレチタティーヴォ   作:三文小説家

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 今回はアヤメが魔女と呼ばれる一端が分かります。一端過去ではなく、転移後の話が挟まりますが。

 そういえば、元作品の方の感想欄でリン君に復讐しに来た人物はアヤメ説がありましたが、三文小説家的には「それはそれで……良い!」と思ってしまいました。オペラみたいなBGM流れそう。



イリシーズ

「そういえば、リンが言いかけてたサヨカゼなんとかさんてどういう人なの?」

 

 ドットとのいざこざが有った後、ロイがリンに聞く。内容は過去の友人関係で語られなかった人物だ。話そうとした所でフリードから着信が入ったので名前すら話せていなかったのだ。

 

「ああ、彼女の事についてはまだ話してなかったね。彼女の名前は小夜風アヤメさん。とても素敵な女の子で、同時に僕達の中で一番クレイジーでもあったね」

(或る意味では一番話が通じない人、みたいなこと言ってたな、そう言えば。実際、ちょっと複雑そうな人ではあったけど)

(友達をあんな呼び方するリン以上にクレイジーな人なんているの?)

 

 またひそひそと話すリコとロイ。リンの人物評価が時にあてにならないのはリコの中では常識だったが、それでも少し違う感じで話していたのは覚えている。

 

「というかリンって女の子の知り合いいたんだ。僕的にはそこがびっくりだよ」

(そうだよね……)

「ナチュラルに失礼だな……まあ、恋愛関係では無かったよ。或る意味では一番の親友だったけどね」

 

 と、そこでロイにとある疑問が浮かぶ。すなわち、アヤメなる人物も『脳筋』だの『腹黒』だのというあだ名で呼んでいたのか? と。

 

「いや、アヤメさんは流石にそんな呼び方はしてなかったな」

「良かった……」

「一応マトモな人に聞こえるけど。アヤメさん」

「いや、驚くのはここからだ。その場のノリでアヤメさん専用のコードネームを決めよう的な話になったんだけど、アヤメさん、まさかの架空言語を持ち出してきたんだ」

 

 リコとロイは何を言っているのか分からなかった。架空の言語、という事は存在しない言葉という事だろうが、まさか自分で作ったのだろうか。

 

「うん、そのまさかだよ。アヤメさんが作り出した独自の言語、彼女はイリシーズって呼んでたかな。とにかく、独自の言語を開発しててちょっと、いや、かなりびっくりした……」

(アヤメさんって本当に何者なの……)

(言葉って作れるんだ……)

 

 一方、リコとロイは明後日の方向に高いスペックを発揮しているアヤメの事を聞いて、リン達の人間関係に対して以上かもしれない驚きを持っていた。

 

 

 Sutra gime te pasla

 

 

 リンや友人達のコードネームを考えると言った翌日。リン達はいつも通り放課後に集まっていた。いつもと違うのはそこにアヤメがいる事だ。アヤメは少し落ち着かない様子であり、同時に少し楽しみにしているような雰囲気も醸し出している。

 

「緊張しなくても大丈夫だよ、小夜風さん。僕達そんなに狭量じゃないから」

「そうだぜ。『脳筋』だの『腹黒』だの呼び合ってるんだ。今更コードネーム程度でガタガタ言ったりしねえって」

「改めて聞くと酷いあだ名だ……僕の心が広い事に感謝しなければいけないね」

「おもっくそブーメラン刺さってますけどね。腹黒君」

 

 普通なら喧嘩のもとになりそうなあだ名だが、受け入れられているところに彼らの特異性があるのだろう。それを見て、アヤメは不安が少し氷解したのを感じた。特殊な才能と感性ゆえに周りから拒絶されてしまった事は彼女の心に影を落としていたが、彼らなら受け入れてくれるかもしれないと思い直す。

 

 そんな彼らの態度に笑みを零したアヤメは口を開く。

 

「ふふ、では発表しますね。栗原(くりはら)一滋(いちじ)さんはFicsas(フィサス)烏丸(からすま)(しろ)さんはCitras(シェーラ)影山(かげやま)(きょう)さんはPirnas(ピルネス)。天野リンさんはMilsas(ミルザー)というコードネームです。それぞれ皆さんの名前から、イチジク、シトロン、アプリコット、そしてリンゴの意味に該当する単語を当て嵌めました」

 

 四人は揃って首を傾げた。某怪盗団では基本的にコードネームは英語だったが、アヤメが発した言葉に該当する単語は思いつかない。

 

「え? 何語? ラテン語?」

「昨日の帰りにはイタリア語喋ってたけど……イタリア語かな?」

「考察はお前らに任せた。俺は英語すら覚束ねえんだ」

「あなたは日本語すら怪しいですがね」

「んだとコラ」

 

 そんな彼らの様子を見ながら、アヤメは一冊のノートを取り出す。

 

「実は、この言葉は既存の言語ではなく、私が作ったものなんです」

「……はい?」

 

 四人は「お前は何を言っているんだ」という顔になる。言語を作ったとはどういうことなのか、すぐには結び付かなかった。

 そして、首を傾げながらアヤメのノートを見ると、そこには文字とも絵ともつかない模様が書かれていた。

 

「これは……植物かな?」

「ある程度一列に並んでるね……て、まさか」

「はい、それが文字です」

 

 アヤメ曰く、植物を模して文字を作ったらしい。花の部分が子音で、蔓が伸びる方向によって母音を定義している。また、語末は実をつける事で示しているのだという。

 

「なるほど、シャーロック・ホームズの『踊る人形』方式か」

「にしても書くのが大変そうだねえ。絵心がないと」

「一人称だけで七画も使う民族が言っても説得力が無いです」

 

 アヤメが白の言葉にツッコミを入れる。確かに、『私』と書くだけで七回も手を動かす必要がある。そもそも日本語自体、世界でも難しい言語上位に入るのだ。実に今更と言われれば反論などできない。

 

「これどういう文法なの?」

「基本は英語と同じです……て、皆さんはこれで良いんですか? 一応、他の候補も考えているのですけど」

 

 四人が意気揚々と架空言語の解読に乗り出すリン達。それを見てアヤメは疑問を呈する。すなわち、彼らは自分が考えたコードネームに納得したのかと。大して付き合いも無いのに自作の架空言語を持ち出してくる変な奴と思われてもおかしくはない。

 

いや、アヤメ自身回想してて普通に変な奴だと思った。

 

 それに気付くとアヤメは猛烈に恥ずかしくなった。ある種の深夜テンションのような状態で自作の言語を提出してしまったが、普通に英語やイタリア語を使ったものを出せばよかったと後悔する(そういう問題でもない気がするが、彼女の思考能力は著しく減衰している)。

 少なくとも、こういう部分で周囲と壁が出来ているのは確かだ。

 

「ご、ごめんなさい。別の名前を考えます!」

「どうした急に」

「冷静になったら、私は何をしているのだろうと思いまして……」

「ん? 言語作ってコードネーム考えただけでは?」

 

 突然赤面し始めてノートを下げようとするアヤメに脳筋こと栗原一滋とスパイこと影山杏が怪訝な顔をする。一方、腹黒こと烏丸白とリンはアヤメの状況をなんとなく察した。

 

「大丈夫だよ。誰も変だなんて思ってないから」

「僕達が驚いたのは普通に架空言語を作れる君の手腕だから」

 

 リンと白の言葉に、いつの間にか両手で顔を覆っていたアヤメは少しだけ手をどかす。

 

「……引いてないですか?」

「引いてない引いてない」

「……つまりは引かれた事が有るのか。安心して、むしろ面白いとしか思ってないから」

 

 その言葉にアヤメは手を完全にどかそうとするが、

 

「まあ、そもそも変な奴らしかいねえからな、此処」

「僕達に気に入られてる時点で変な奴なのは自明の理ですから、安心してください」

 

 一滋と杏にそう言われて再び顔を覆ってしまった。隙間など確認しなくても顔が赤面しているのが分かる。

 

「おいノンデリーズ、キミタチに彼女が出来ないのはそういうところだぞ」

「ご注文は拳ですか?」

 

 白が呆れたように、リンがやや怒りを滲ませて脳筋(降格)とスパイ(降格)に握り拳を見せつける。

 

 

 数分後

 

 

「よし、とりあえずコードネームは決まったね」

「もの凄い言論統制を見た気が……」

「小夜風さんは何も見ていない。いいね?」

「あ、はい……」

「やはり暴力……暴力は全てを解決する……」

 

 アヤメが目の前の惨状に軽く眩暈を覚え、どこかで聞いたことのあるフレーズを地に伏す杏が宣う。なお、リンも手痛い一撃を喰らったのか脇腹を押さえていた。

 

「つっても、別に不満はねえけどな。鉄拳飛んできたのは完全に別件だしよ」

「ええ、架空言語を作り出せるその才能と、それをコードネームに採用しようとする発想は素直に感心します」

「少なくとも脳筋だの腹黒だのより余程マシだしね」

 

 というわけで、アヤメ用のコードネームが決まった。因みに、アヤメ自身はIrras(アイラ)という名前に決まっている。彼女の考えた架空言語〝Yrisize(イリシーズ)〟において菖蒲(あやめ)を意味する単語だそうだ。

 

「とりあえずこの僕達の前に現れたヴォイニッチ手稿みたいなの解読しようよ。面白そうだし」

「せっかく考案者もいる事ですしね」

 

 なお、四人は自分達のコードネームよりもアヤメが持つノートに移っていた。もしかしたら自分達が秘密裏にやり取りする暗号としても使えるかもしれない。

 

「それはとても嬉しいです……それでは、精一杯教えますね」

 

 アヤメは実際に嬉しそうに四人にイリシーズを教える。

 

 アヤメ曰く、イリシーズは植物を模した文字を使い、花の部分を子音、蔓を接続する方向で母音を示す。母音が無い場合は隣接させる。母音から始まる場合は葉のついた蔓から伸ばす。語末は実をあしらう。というルールで作られているらしい。

 

「これ数字とかってどう表わすの?」

「数字は単体の葉で表します。10以上の数字は枝を使い、10の位の数字は枝及びその分岐の数で表し、1の位は葉の数で表します。100の位以降は枝の装飾が増える。というルールですね」

「よくできてるなあ……因みにその数え方をするって事は十進法なの?」

「はい」

 

 そして、いよいよ単語や文を読む段階に入った。

 

「私が一度試しに読んでみますね。Laf hise sudna rilez qy gutha. 意味は『私は風によって伝えられた音を聞く』」

「うーむ、なんか不思議な発音……だけどなんか聞き覚えもあるような?」

「いくつかは英語を基にしていますから」

「え? 風ってwindじゃないの? 多分位置的にgutha(グァー)っていうのが風なんだろうけどさ」

「そこの部分はゲール語ですね。ゲール語では風はgaoth(グィー)というのです」

「文法と違って発音は英語準拠じゃないのね!?」

 

 何なら子音の発音は省略されたりもする。これは英語でも変わらないが。

 

 暫くイリシーズの解読に勤しみ、脳筋の栗原が頭から湯気を上げ始めた所で下校時刻のチャイムが鳴った。

 

「て、ヤバい! 友理(ゆり)と約束してたんだった」

「貴方も僕達の事言えないじゃないですか」

「フラれちまえばいいのに」

「Ficsasさんの発言からして、友理さんというのは……」

「腹黒の彼女だよ。幼馴染なんだってさ」

 

 どうやら、イリシーズの解読に夢中になって彼女との約束に遅れたらしい。なんだか悪い事をした気分になるアヤメだが、完全に白の落ち度なので気にする必要は無いと言い切る三人であった。

 

 その後、再び一緒に下校するリンとアヤメ。実情はともかく、そういう仲だと思われそうな行動だが、本人達は気にしていない。一滋と杏は背後から小声で野次を飛ばしていたが。

 

「いやー、楽しいね。僕達の間で使うにはまだまだ勉強が必要だけど、軽く異世界に行った気分だよ」

「ありがとうございます」

 

 そう言えば、とリンは話し出した。

 

「小夜風さんってライトノベルとかって読む?」

「いえ、あまり……ただ、存在は知ってますよ」

「そうなんだ。そこにね、異世界に転移して色々やるという内容のものが有るんだけど……」

 

 最近流行りの(近頃はそうでもないかもしれない)異世界転移、転生系小説について語るリン。

 

「なんか、アヤメさんのノートやイリシーズ……そう言った言葉は現実にいながら異世界にいるみたいだった。貴重な経験をさせてくれてありがとう」

 

 単なる遊びの延長として考えたコードネームが、まさか思考の異世界の入り口になるとは思ってもいなかった。アヤメと接するだけで、リンはいくらでも新たな世界を知ることが出来る気がしていた。

 

「ふふ、どういたしまして。あのようなもので良ければまたお貸ししますし、新たに作り出す事もできますよ」

 

 アヤメの笑顔を見て、リンは一人考え、口にした。

 

「本来、異世界に行ったらこういう風になるはずだよね」

「というと?」

「いや、さっき話したライトノベルでは言語の問題が発生する事っていうのはほぼないと言っていいんだ。読めないという事はあっても、話せない事は基本無いと思っていい。でも、いきなり違う国に行ったらこういう風に四苦八苦するのが当然だと思うんだ」

「まあ……本筋と関係なければ省略はされるかもしれませんね。シェイクスピアの戯曲『テンペスト』でもプロスペローは魔法と学問を研究していましたが、作中で特訓や勉強をしていた描写は書かれませんから」

 

 プロスペローが魔女シコラクスに捕らえられたエーリエルを救い出すシーンがあるが、イタリアの南部出身のプロスペローがアルジェリア出身のシコラクスの魔法をどうやって理解したのか、と聞きたくなる者もいるだろう。

 

 しかし、『テンペスト』の主題はそれではない。ニコライ・ゴーゴリのように直接的にあまり関わらない人物もある程度詳細に描写する場合もあるが、大抵は主題ではない部分に労力を割いたりはしない。

 

「そういう考え方もあるのか……まあ、言語についてはいいや。それに、ああいうものの需要を否定する気も無いよ。ああいうのが存在する事で救われている人がいるのも確かだろうしね。でも、僕が何より許せないのはチート能力で無双するだけって展開だよ。美しくない。異世界まで行ってやることが現実の鬱憤晴らしっていうのも何かしょうも無いし」

 

 アヤメはリンの言葉には答えず、何かを考えている様子だった。その様子に、自分だけが語り過ぎたかとリンは不安になる。

 

「I know the moon, and this is an alien city.」

 

 が、アヤメはリンの言葉に対し、一つの詩で返した。首を傾げるリンに対し、アヤメは語る。

 

「『異郷の地にて、月だけが我が旧友』という事ですね。午前2時のロンドンの通りでなくとも、暗い孤独感に苛まれる事はあるでしょう。勿論、孤独を愛しているのならばそれでも良いのでしょうが、Milsasさんや私のような人間にとっては耐えがたいかもしれませんね」

 

 アヤメはそう言うと、ノートとペンを取り出し、イリシーズでさらさらとメモをする。

 

「ペンで描いた世界は、私の想像に過ぎません。しかし、それならば我々が定義する現実とは何でしょう? 力を手に入れる過程で苦難を伴わなければならないと定義したのは、果たして誰でしょうか? 先のエイミー・ローウェルの詩に登場する午前二時のロンドンの通りも、私からしてみれば異世界です」

 

 リンはアヤメが何を言いたいのか、なんとなく分かった気がした。すなわち、結局自分の想像次第なのだろうと。例えば、無双するシーンにヴィヴァルディの『冬』でも流してみれば、美しさが生まれるかもしれない。

 

「Al Severo Spirar d'orrido Vento」

 

 恐ろしい風が冷たく吹きすさぶ様子は、言い換えれば無双と言えるだろう。人間ではなく、吹雪の、だが。

 

 かつてアヤメは、人間社会をゴールドバーグ・マシンと形容した。では、敢えて複雑な手段を取るように設計されている機械と対を成す効率的理論とは何か。幻想的でありながら時に本質に切り込む詩やソネット? 時に無慈悲な自然? アヤメは右手でペンを回しながら考えている。

 

 リンは『異世界転移』という話題だけでここまで話題を拡げられる彼女を素直に尊敬した。同時に、彼女が書く小説なら読んでみたいとも思った。

 




 個人的に、リン君は「足元にご注意を」と言いながら頭上に仕掛けを作るタイプだと思っています。

>イリシーズ(Yrisez)

 アヤメが作った架空言語で、基になっているのは主に英語とゲール語。実は三文小説家が別作品で使う予定だった魔法言語のプロットを流用している。リン君達は自分達が暗号として使えないか考えています。

>Al Severo Spirar d'orrido Vento

 ヴィヴァルディの四季の冬の第一楽章の基になったソネットより引用。

>異世界もの

 アヤメは否定派でも肯定派でも無い模様。ただ、彼女の目には人間社会がゴールドバーグ・マシンのように見えている為、それに対するアンチテーゼかも? と、思っているようです。
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