彼方楽園のレチタティーヴォ   作:三文小説家

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 女王事変の舞台裏。マルスプミラの方を読み返してみたら三日しか時間が無いので、色々同時進行で進んでいるという前提で書いてゆきます。

 今回は束の間の平和かも。


心療森林

「というわけで、女王様気取りの情報収集をしようと思うんだけど、その前に役割を決めよう」

 

 リンはアヤメと別れた後に、作戦会議と称してWeyer String-IIIの店に集まっていた。ファミレスや四人の家のいずれかで開催しても良かったのだが、「なんかアジトか隠れ家みたいで良くね?」と脳筋が言いだして、スパイも乗ったために郊外の楽器店での開催となった。

 

「あれ、そういや三世いねえな。鍵は開いてたけど」

「貼り紙があるね。ええっと何々? 『森に出ているわ。〝楽器〟に触らないなら好きにしてくれて構わないわよ。下にあるレコードはBGMにどうぞ』だってさ」

 

 リン達は早速レコードを掛ける。曲目はジャズであった。なお、〝楽器〟というのは売り物だけでなく、魔道具や安置してあるオルゴールも含まれているのだろうというのがリンの見解である。

 

「まるで僕達が来るのが分かっていたかのようですね……」

「誰か話したのかい?」

「いや、今思えば連絡を入れておくべきだったとは思うけど……」

「〝風の噂〟ってやつじゃね? 参謀は『あっち側』の絡みがあるんだろ? 知らねえの?」

「未だにあの人の全貌は分からないんだよね。戦闘ではハープみたいなのに乗ってるのは皆も知ってるだろうけど……アヤメさんも魔法では敵わないって言ってたからなあ。謎が多い人だ。ん?」

 

 リンがそう締めくくると、窓の隙間から一枚の神が入り込んでリンの顔に当たった。リンがそれを読んで固まっている。

 

「どうした?」

「『まだレディーの秘密を知るのは早いわよ。坊や』……前も思ったけど、絶対聞こえてるね。僕達の会話」

「まあ、三世については今考えても仕方ねえだろ。敵じゃねえんだし。それで、どう役割分担するんだよ」

「脳筋にしては珍しく建設的な事を言いますね」

「あ’’?」

「はいはい、話が進まないから喧嘩しない。まあ、順当に僕と腹黒とスパイが情報収集。脳筋は……」

「何憐れむような目を向けてんだ。ぶっ飛ばすぞ」

「暗号に《イリシーズ》を使うからね。脳筋は理解できないからなあ……」

「まあ、青野さんの心のケアってことでいいんじゃないかい。放置しておくわけにもいかないだろ」

「そうだね。逆に僕だと出来そうにないし」

「あー、分かる。絶対余計な事を言うぜ。参謀は」

「人の心ありませんものね」

「うっさい」

「あったら小夜風さんのモーションをガン無視するわけありませんから。分かってて無視しているのならば尚更悪辣です」

「何さ。アヤメさんに失礼だろ」

「本気で言っているのかい? もはや彼女は好意を隠す気がないじゃないか」

「だから何の話だよ。そして、なんで揃いも揃ってバカを見る目を向けてくるんだ」

「「「『バカを見てるから(だ)よ』」」」

 

 悪友三人だけでなく、Weyer String-IIIが飛ばしてきたと思われる紙にまで同じ事を言われたリンは憮然とした。特に、Weyer String-IIIの書いた紙の文字の筆圧が深い。ファミレスでのやり取りも何らかの手段を用いて聞かれていたのかもしれない。

 

「まあとにかく……青野さん関連は頼んだよ」

「了解」

 

 斯くして、女王に対する革命は開始された。

 

 

 

 

 

 その夜、一滋はWeyer String-IIIに相談に来ていた。星香と同じ女性であり、人生経験も豊富であろう彼女ならば何かいい案を持っているのではないかと思ったが、

 

「それで、私に協力を仰いだわけね」

「ああ。青野さんのケアを引き受けたは良いけど……どうすりゃいいんだか……」

「私だって心療内科は専門外だわ。というか、その子、富裕層は嫌いなのでしょう? 私だって富裕層よ。嫌われてお終いじゃない」

「それは……」

 

 無いとは言い切れなかった。今の星香は富裕層への劣等感が天元突破している。同じく富裕層ではある一滋に対してだけ心を開いているのは、彼が富裕層らしさを全く見せないからに他ならない。Weyer String-IIIに対して攻撃的な態度を取るかもしれない。だが、Weyer String-IIIは何でもないように言葉を続けた。

 

「まあでも、森に連れてくるのは良い案かもしれないわね。都市から離れてみるのは悪くない。環境を変えるっていうのは大事よ。それに、もう一度自殺を考えても止める手段はあるわ」

「じゃあ……!」

「一度連れてきたら? 私だって16やそこらの小娘に毒吐かれたくらいで萎える根性はしてないわよ」

 

 翌日、一滋は星香をWeyer String-IIIのもとへと連れてきた。都会では中々お目に掛かれない西洋の木造建築の内装は一風変わった印象を星香に与えたようである。

 

「予定より少し遅かったわね」

「うおお!? いたのか三世」

「最初からいたわ。今日は外出の用事はないもの」

「完全に景色に溶け込んでたっすよ……」

 

 カウンターに座るWeyer String-IIIを見て星香は顔を顰めた。まだ彼女の紹介はしていないのだが、ここまでくると鼻が良いという意味も含めて完全にパブロフの犬状態である。とはいえ、話してみない事には始まらない。

 

「Weyer String-IIIよ。お目にかかれて嬉しいわ」

「……青野星香です。よろしくお願いします」

 

 星香は最低限の返事と自己紹介だけを返した。やはり警戒心というものは中々解けない。

 

「怪しいけど悪い人じゃねえから! 多分……」

「ご挨拶ね、イチジ。せめて謎が多いとか、秘密が沢山とか、言い方を考えて欲しいわ」

「秘密……? やっぱり危ない人なの?」

「本人を目の前にして度胸が良いわね。それとも自暴自棄になっているだけかしら。でも、秘密が多いのは本当よ。どこかのアニメでも言っていたじゃない。A secret makes a woman woman. 女は秘密を着飾って美しくなるって」

 

 そもそも秘密を抱えていない人間などいないだろう。Weyer String-IIIはあまり相手にせずに話題を変えた。

 

「飛ぼうとしたのね。あなたは」

「……だとしたら何ですか。あなたみたいなお金持ちの人に、私みたいな死にたい人の気持ちなんて分かりません。自殺なんてやめろとか、安っぽいこと言われたって――――」

「結論を急ぐ物じゃないわ。死にたいなら死にたいでいいのよ。Nothing lasts forever. 永遠に続くものは無いわ。命だって例外じゃない。これは摂理よ」

「摂理……」

 

 自殺すらも摂理なのか。星香と一滋は同じ事を思ったが、Weyer String-IIIは構わずに続けた。

 

「落ちる先は水だったのね。人間にとっては苦しいけれど、水は眠りを護る断絶でもある。邪魔されたくないから、無意識に選んだのかしら。その選択を責めるつもりは無いわ。だって、死は生の対極ではなく、生に組み込まれたシステムの一つに過ぎないもの。だから、私ができるのは空や水中ではない、地上の美しさをあなたに魅せる事だけ」

「……新手の宗教ですか?」

「……覚えておきなさい。大人っていうのは基本的に仕事か異性か死生観の話しかしない生き物の事よ」

「裏切られた青年の姿である……?」

「そうとも言うわね」

 

 少し哀しい会話の後、Weyer String-IIIは一滋と星香を森へと案内した。何か当てがあるわけではない。ただ、違う景色を見れば多少なりとも感情の変化があるかと思案した結果である。

 

「悪口を言うわけじゃあないけれど、都会の空気は澱んでいる気がするわ」

「汚れてるってことか?」

「それもあるけれど、嫉妬、焦燥……そんな負の感情が溢れてる気がするわ。もう少し気楽に生きれば良いと思うのだけれど」

「ああ、そりゃ俺も思うわ。簡単な事をわざと難しくしてるっつうか」

「それは、あなたたちがお金持ちだからじゃないの?」

 

 それまで黙って聞いていた星香が声を上げた。彼女からすれば日々を生きるのに精いっぱいで、気楽に生きるなどということが金持ちの世迷い事に思えたのだろう。半生において、勝者のみが快楽を得ると思っている節があるらしい。

 

「まあ、今の私は結果的には富裕層ね。でも、最初からこうだったわけじゃないわ。物語の悪い魔女みたいに、森で暮らしてた。雨漏りする家に、雑草みたいな食事、照明は蝋燭(ろうそく)だった。虫も色々出るわよ。現代社会の基準なら十分に貧乏ね。でも気楽だったわ」

 

 なんと、日本に来る前は今とは似ても似つかない生活をしていたらしいWeyer String-III。様子を聞く限りは仙人か世捨て人のそれである。

 

「生まれた頃からよ。理由は分からない。別に不満も無かったけど。外の世界では世界恐慌だとか、海を越えた先では禁酒法だとか色々言ってたのは知ってるわ」

 

 どちらも90年以上前の話だ。まるでその時代を生きていたかのような口ぶりだが、外見年齢が20代にしか見えないWeyer String-IIIは果たして何者なのか、謎は深まるばかりである。ただ、後にリンにこの話をしたところ、

 

「禁酒法はアメリカの話で、海を越えた所だと言った。それに、明らかに西洋人の顔……三世はヨーロッパの出身なのかもしれないね」

 

 だそうだ。

 

 彼女が今のような富裕層になったのは、Weyerhauzer社に森の管理権を一部譲渡したかららしい。金に興味は無かった彼女だが、親族の一人が会社の関係者だったらしい。外部の人間から住んでいた森が燃やされるような事もあり、最終的にその親族と提携して森を管理する事になった。その際に養子縁組のような事をしてWeyerhauzer社が実家になったという。

 つまり、Weyer String-IIIが富裕層になったのは結果的にそうなったに過ぎない。

 

「私はその際に一つ条件を付けた。それは私が街じゃなくて森で暮らす事。そして、あの店を継いだ。裕福な暮らしを捨てろと言われたら、私はまた森に戻るだけね。ブルーベルの花の咲く森で、気楽に生きるわ」

 

 時間泥棒に支配された都市で生きる事は彼女の望みではない。穏やかな時の流れる森で、ゲアカリングのような妖精達と程々の付き合いをしながら自給自足をする。どれだけ金を積まれてもこの望みが変わる事は無かったそうだ。

 

 一方、星香は迷いを見せていた。望まずに貧しい暮らしをしている彼女だが、Weyer String-IIIのように望まずに上流階級に引っ張り出された者もいる。その事実はある程度星香にとって衝撃的だったのだろう。なまじ資本主義に身を置いていると、富裕層に対する偏見は育ちやすいのかもしれない。

 

 実際に森を歩いてみて、確かに時の流れはゆっくりである。食めば少し美味しい風も、程よい日差しも実に心地よい。金を捨てても幸せな暮らしは出来ると語るWeyer String-IIIは星香を森に案内した。

 

 普段は結っている髪を下ろした彼女はまるで森の精霊のようで、それだけでも鬱屈とした現実感を狂わせる。それが先送りにしただけだと分かっていても、星香は森に魅せられる。

 

「妖精みたいな手を使うのは癪だったけれど、たまには役に立つものね。工業化社会への夢(インダストリアリゼーションドリーム)はやっぱり、ああいう子には毒なんじゃないかしら」

「定期的に来たくなるもんなあ、森」

「日本に限らず、都市の人間は停滞や終焉というものを知るべきだわ。産業革命以降、まるで生き急ぐことが義務であるかのように言われているけれど、私にはただの集団自殺にしか見えない」

「参謀とかは嫌いそうな考え方だな」

「あの子は逆に停滞が性に合わない子なんでしょうね。別に否定はしないわ。でも、迎合するかと言われたらしないわよ。私は森で一人で暮らす事が幸せなの。悪趣味なゴールドバーグマシンには合わないし、都市も私を歓迎しないわ。お金だって大して使い道無いし」

 

 せいぜいカフェで散財するくらいである。寄付などもしているが、それでも余るらしい。そして、散財する対象にそこまで思い入れがあるかと言われるとそこまででもない。

 

「金持ちに向いてないのよね、私」

「……みんながみんな、望んでお金持ちになったわけじゃないと言いたいんですか」

「考えてもみなさいよ。私だって最初から金持ちってわけじゃない。この店だって三代目よ。金持ちになるって事はそれまでお金を積み立ててきた人間達の後釜にならなきゃいけないの。それに、Weyerhauzer社みたいな企業が倒産したらまた不景気になるわよ。リーマンショックの時なんか思い出してみなさいよ。またアレが起こるのよ。アンタ達の食い物の怨みまで背負ってらんないわ」

 

 星香の納得のいかない声色に、Weyer String-IIIが2008年の経済危機を例に金持ちの苦労を語る。Weyerhauzer社が崩壊しようと彼女は森での生活に戻るだけだが、民衆が様々な曲解を盾に彼女を攻撃する可能性も無いとは言えない。それこそ、筋違いの妬みを向けてくる星香のように、とでも言いたげにWeyer String-IIIは星香を見る。

 

 Nothing lasts forever. 永遠に続くものが存在しない以上、Weyerhauzer社を含む富裕層が、星香が暗に望む通りに瓦解したとして、星香は今以上に貧乏になるかもしれないのが経済の恐ろしい所である。更に言えば資本主義とて試行錯誤の末に、より()()な形態を取っているに過ぎないのだ。

 

「…………」

 

 星香は何も言わなくなった。理屈では反論の術が無いが、感情が納得できないと言ったところか。

 

「もはやここまでくると天災の一種ね。アイリスも気の毒だわ」

「なあ、もう少しオブラートに包んでくれねえか、三世」

「言うべきことは言ったし、やるべきことはやったわ。別に小娘に罵詈雑言吐かれたところで応えやしないけど、それはそれとしてアイリスに八つ当たりした相手に好意的な態度なんて取れると思う?」

 

 もはや星香の劣等感は地震や台風のような災害に近い理不尽さを持っているとWeyer String-IIIは思っていた。金を持っているだけで恨まれてはたまらない。民衆とは愚かではあるものの本質を見抜く力はある、とはマキャベリの言であるが、本質を見抜いた上でなお感情的に当たるのならばそれは防ぎようのない災厄と変わらない。

 

「まあいいわ。森にはいつでもいらっしゃい」

「……分かった。後は俺で何とかしてみる」

 

 一滋は星香のメンタルケアができるのは自分しかいないと気を持ち直した。

 




 脳筋君がメンタルケアするにしても、星香さんの富裕層に対する劣等感に亀裂を入れておかないと前に進まない気がしたので……

備忘録

>三世の謎

 90年以上前から生きている可能性のある彼女。真相を知ってそうなのはWeyerhauzer社の関係者くらいかもしれません。
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