彼方楽園のレチタティーヴォ   作:三文小説家

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 タイトル四文字縛りやめました。

 そして、今回はマルスプミラ本編の展開もリスペクトしています。

 あとまあ、タイトル通りアヤメの心理部分に迫るのですが、正直生みの親である三文小説家も把握してないです。本質が『争いを嫌う優しい少女』であること以外は本当に考えてないんですよね。ただ、アヤメもリン君と出会わなかったら人外じみた思考回路が加速していた設定ではあります。



心絵

「私の過去、ですか?」

「うん」

 

 リンは星香と別れた翌日にアヤメに質問していた。夏休みの一件やその前の喧嘩の件でアヤメが時に激しい人物であることは分かったのだが、星香に対する暴挙の際はどこか悲し気な目を浮かべていた事が気になったのだ。

 

 戦場で演奏をし、陰謀に巻き込まれて傷を負った事は聞いているが、それがアヤメの全てを形作っているわけではない。リンは両親についてをアヤメに話したが、アヤメから銃弾以外の過去を聞いた事は無かった。

 

「リンさん、頭は良いんですよね。鈍感ですけれど」

「え?」

「いいえ、なんでもありません。分かりました、お話ししましょう。いずれは私から話すつもりでしたし」

「別に無理をしなくてもいいけど……」

「構いませんよ。私も、いつかは語りたかったのです。とはいえ、自分語りなどこの世の中でつまらないモノに分類されるでしょう? だから、どうにも話しづらい側面が有りまして」

 

 アヤメは自室に安置しているヴァイオリンを見ながら話し始めた。

 

「音楽のきっかけは何でしたか。父の持つレコードだったような気もしますが、母が見ていたテレビの音楽番組だったかもしれません。そして、音楽を聴いているうちに思いついたんです。この音を盗めば、私は満たされるかもしれない、と」

 

 アヤメ曰く、彼女は最初から両親に愛されていたわけではなかったらしい。二人ともアヤメよりも金儲けや小夜風家の維持に必死になっていた。そして、愛情を貰えないアヤメは二人が聞いた音を盗めば二人から愛されるのではないかと考えた。それがヴァイオリンを弾き始めたきっかけだったとのことだ。

 

「音を盗む……?」

「愛されない子供が、親の愛を求めた。だから音を介して心を盗もうとしたんです。何故音かと言えば、消去法ですよ。私はお金に興味がありませんでした。宝石、ドレス、その他価値のある美術品にも興味を示さなかった。だから私は音を盗んだんです」

「なるほど?」

「メロディ、コード進行、歌声、リズムトラック……あらゆるものを盗んで、奏でました。それでも、一番欲しかったもの―――親の愛情は盗めなかった」

 

 親を振り向かせたかった一心で音を盗んで自分の物にしていったアヤメ。だが、それでも親からの愛情が彼女に向く事は無かった。反面、アヤメの心は何一つ満たされなかった。あれだけ盗んだのに、上面とはいえ言葉すら手に入れたのに少しも満たされなかった。このまま一人では生きられなかった。少女は愛を知りたかった。ただ美しいものを知りたかった。

 

 盗んだものでは心は満たされないなどという綺麗ごとで、自分自身を自傷した。

 

 それは、アヤメが戦場で銃に撃たれた後もしばらくは続いたという。

 

「そして、私の中の何かが切れてしまった」

「切れた?」

「何も要らない。そう思うようになったんです。初めて実家を逃げ出しました。音楽も生活も、もうどうでも良くなって、この雑音は、痛みも気のせいだと振り切って何処までも走ってゆきました。いえ、どうでも良いという事にしておきたかったのでしょう。罪も、過ちも、犯罪も自殺も統計も戦争も人生も―――何も知らなかった子供のままでいたかった」

 

 「そんな我儘が許されるはずも無いのですけれど」とアヤメは悲し気に言った。

 

 そんな中で、リンは一つの結論に辿り着いた。

 

〝同じだ〟

 

 両親に愛されなかった子供という点も、その果てに全てを捨てようとした点も。違う点があるとすれば、感情が壊れてしまったリンと対照的にアヤメは感情を解放した所だろうか。

 アヤメは音を盗み、親が愛する物を自分が奏でられるようになろうとした。きっと、彼女の言葉を聞くに表面上は褒めてくれたのだろう。だが、愛してはくれなかった。どんな言葉でも、目に見えないならそれは透明なのだとアヤメは言った。寂しさを埋めるようにヴァイオリンを奏でた。

 

「両親が私に興味を向けたのは銃弾に撃たれた時と、普段の言葉遣いを敬語にした時ですね。それから、農薬を飲もうとした時もでしょうか」

「農薬!? 成分によっては死ぬじゃないか……」

「ええ、死のうとしたんです」

「青野さんといいアヤメさんといい……」

「恋に破れても、成績が悪くても、いじめられても、人生が退屈でも、それが命に並ぶほど重い絶望になるんですよ」

 

 アヤメは半ば諦めるように言った。既に共感される事は諦めてしまったのかもしれない。死にたい人間の気持ちなど、死にたい人間にしか分からない。

 

 しかし、アヤメは明るい笑顔で話を締めくくった。

 

「しかしまあ、今はそれほど悲観する状況でもありませんよ。現在は、両親の関心もこちらに向いているようですから。しかしなるほど。これでは青野さんの嫉妬の的になるわけです。何せ、彼女からすれば自分の持っていないものを全て持っているようにでも見えたのでしょうから。それに、亡きお父様や身体の弱いお母様に恨み言をぶつけられるほどじゃじゃ馬でもないでしょうし、手っ取り早く目の前に居た私に怒りをぶつけたのでしょうね」

「…………」

「私は嫌な女ですよ」

 

 アヤメは皮肉気にリンに言う。もしかしたらリンに愛想を尽かされるかもしれないが、思いを寄せるリンに対して取り繕う余裕がない程にはアヤメも毒島瑠璃その他にウンザリしているのだ。

 

 アヤメは深呼吸して話を戻した。

 

「青野さんや私は良いとして、今はガラス片(毒島瑠璃)の話ですね……」

「そうだね。僕としてもこれ以上アヤメさんから青野さんの悪口は聞きたくないかな。あとガラス片ってどういう方向性の悪口なの」

「ビー玉のように綺麗でも楽しくもない、ただ周りを傷つけるだけのゴミです」

「怨みが凄い」

「まあ、悪口の矛先が青野さんから右(なら)え右の空っぽ共へ向くだけなんですけど」

「うん、強いな。既にだいぶ火力が高いよ。悪口デッキどころか死刑宣告集に収録できるね」

「私は女神のように優しくはなれませんから」

 

 アヤメは雑に縛られた紙束を取り出して溜息を吐く。その紙は毒島瑠璃の取り巻きからの手紙であり、彼女に誘われるたびに下駄箱に入っているのである。筆跡を見るに二人くらいの男子がこの行為をしている者がいるようだ。

 

「女王を気取るなら配下の面倒くらいきちんと見て欲しいですけど」

「何? 果たし状?」

「……いっそそちらの方が良かったかもしれませんね」

 

 「まあ読んでみてください」と言われ、リンは紙を開く。その内容は或る意味リンにとって最上級の精神攻撃となった。

 

「『君は俺だけのものだから』『寂しくて気を引いてるんでしょ?』『君に相応しいのは俺だけさ』『しつけ直してあげる』……」

「ヴォエ……リンさん、ご感想は」

「そのアヤメさんの反応が全てでしょ。オブラートに包まず歯に衣着せず言うとキショいよ」

 

 美貌の演奏者が出してはいけない声を出しながら口を手で押さえるアヤメにリンもげんなりしながら返す。

 

「なんでこれで気を引けると思ったんだよ。アホなのか。あまりの人間的キモさにアヤメさんが死にかけてるじゃないか」

「アホだからこんなことしてるんでしょう。初見時リアルに嘔吐しましたからね」

 

 一応下駄箱で受け取った時に内容は確認したアヤメ。当然、思い切り嘔吐して通りかかった鉄鬼に心配されていた。確かに自分も詩的な言い回しは好む傾向にあるが、いくらなんでもここまで気持ち悪い言動はしていないはずだ。そんな人間ならまず間違いなくリンに嫌われているし……というような内容をブツブツと呟いていたアヤメを本気で心配したであろう鉄鬼に、アヤメは後日お礼を言った。

 リンに嫌われているかもしれないという、或る意味被害妄想も相まって涙も出ていたので、相当以上にひどい有様だったのだろうから。

 

「確かにカラカラカラに()れ空になる心を満たしたいとは思っていましたが、こんなものは求めていません。そんなに愛に飢えて浪々としているように見えたのでしょうか? いいえ、そんなわけはありませんよね。むしろ醜いその腹の内を抉って引き摺り出してやりたいとさえ思っているくせに。知らないとでも思っているのでしょうか。聞こえてるんですよこれ見よがしに陰口叩いて。手弱女(たおやめ)のように振舞っていれば侮り、凛冽(りんれつ)と寒を纏えば蛙鳴蝉噪(あめいぜんそう)の如く騒ぎだし、(あいだ)を取れば手籠めにしようと動き出す。嗚呼、本当に人間らしい!」

「うん、いったん落ち着こう、アヤメさん。二日でも三日でも一週間でも付き合うからさ」

 

 呪詛を唱え始めたアヤメをリンは何とか落ち着ける。アヤメは「諸行無常、飛花落葉、色即是空、死生有命……」と人によっては外国語と勘違いする語彙を呟いて気を抑えた。おそらく、アヤメの思想の根幹をなす宗教や哲学の四字熟語であろうが、どうにも内容が不穏である。

 

「まあ、あの技量にも才覚にも興味の無い、己が権力しか見ていない愚陋(ぐろう)が何故私に執着するのかは分かりましたけれどね。おおかた、自分に服従すれば小夜風アヤメを好きに出来ると吹聴したのでしょう。

…………………………………………下郎が」

「本当に幾つ罪を重ねれば気が済むんだ、あの女王様気取りは。クソみたいな権力者お得セットを一人でやり切ろうとするなよ」

 

 毒島瑠璃への反逆の意志を改めて固めていると、外が夕暮れの色へと染まり始めていた。一緒に外に出たリンとアヤメは茜色の空を駆ける風に思いを馳せた。

 

「……仮に命があと一秒と鼓拍(こはく)一つの時間しか無いとして、リンさんは何を望みますか?」

「唐突だね……直ぐには思い浮かばないな。僕の目標は長い時間をかけて成就されるものばかりだから。なろう主人公みたいに直ぐに何でも願いが叶う、みたいなのはつまらないし」

「そうですか。私は、その瞬間だけは穏やかな時であって欲しいと思うのです。(かす)かな光、鳥たちが目を覚ます。蒼天の幕を開ける、残暑の風に口づけを。アメジスト、オニキス、クリスタル、スピネル、ハンバージャイト、トルマリン、ガーネット……それらがつまった宝石箱のような素晴らしい世界であってほしい。たとえ人外の力であったとしても、それがなせるのならば叶えてほしい。私はそう思うのです」

 

 アヤメは戦場から帰った少女だ。それからの穏やかな日々を宝石に喩えるほどに愛しているのだとその言葉から痛い程に伝わる。好戦的なリンとは意見が合わない事も多いが、その願いは本物だ。綺麗な装丁の外国の絵本のような願い事。

 高みを目指すよりも、宝石のような穏やかな日々を大切にしたい。以前のリンであれば「つまらない考え方」と一蹴していたが、今なら美しいものだと理解できた。

 

「そのアヤメさんの願いを叶えるためにも、あの女王様気取りは倒さないとね」

「ええ、協力しますよ」

 

 アヤメはそれに笑って答えた。

 




 宝石の喩えをアヤメが出していましたが、仮にポケモン世界でエクプロやセプテムに会ったら、とりあえず一応の説得を試みた後に、「今日は素敵な日ですね。花が咲いて、小鳥たちも囀っている。こんな日には貴方達みたいな人間は、地獄で燃えてしまえばいい」と、どこぞのサンズのような事を言います。

>タイトル

 マルスプミラ本編の中の一話から拝借しました。元ネタは『メジャー』というアニメのOPだそうです。

>アヤメの過去

 とことん過去に恵まれないアヤメさん。両親からの関心は薄く、銃で撃たれ、普段の口調が敬語となり、農薬を飲もうとした後にようやく関心を向ける有様でした(今では愛されています)。親の関心を得ようと、彼らが聞いている音を盗んで演奏するなど彼女なりに足掻きました。
 なお、アヤメが争いを嫌うのは戦場での体験が諸に影響しています。ただ、争いを嫌っていても敵に対しては容赦が無いです。

 >毒島瑠璃の取り巻きからの手紙

 或る意味一番の精神攻撃でした。内容はネットにたまに流れてくる話を参考にしました(ロミオメールと言うそうです)。ただ、今回の手紙は色々と下衆な欲望も垣間見える背景がありました。
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