彼方楽園のレチタティーヴォ   作:三文小説家

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 決戦前夜。一度小休止入れようかとも思いましたが、これは早めにやった方がいいなと思い直し、書きました。が、結局そこまでは行きませんでした……


毒蛇であり化け猫

 その後もリン達は証拠集めに奔走した。学校中に録音機とカメラを仕掛けるという単純な方法だが、最も確実でもある。それから一週間もすれば十分な証拠が集まった。それだけ毒島瑠璃が所構わず悪行を働いていたということでもあるが。

 

 なお、星彩学園はそれなりに広い。それを全域カバーするほどの撮影機器となるとかなりの額になる。リン以外の腹黒、脳筋、スパイは富裕層の家庭ではあるが、それでもかなりの痛手であった。

 

「しかし、その甲斐は有ったね」

「ええ。しかし、これはまるでネナシカズラというか、ビンボウカズラというか……」

「手間はかかりますが一応は食用に出来る分、ビンボウカズラの方がマシですよ。本当に面倒くさいけど!」

「流石アヤメさん。植物に詳しい」

「あまりにも無尽蔵に生えてくるから『どうにか有効活用できないか』と調べた結果ですね。まあ、それでも消費が追い付かないくらいには生えてきますけどね。準備するのに半日くらいかかりますけどね!」

「ビンボウカズラへの怨みが凄い……」

 

 ビンボウカズラとはヤブカラシの別名である。名の由来として、つるを伸ばして他の植物に絡みつき、薮を覆って木を枯らしてしまうほどの生育の旺盛さがあるが、嘘か真か、この植物が原因で貧乏になってしまう事から何とも不名誉な別名が付けられてしまった。

 

 夏休み中、Weyer String-IIIの森にある家庭菜園で、連日雑草との闘いを繰り広げていたアヤメを、リンは思い出していた。最初は健気に引っこ抜いていたアヤメだが、毎年毎年幾ら引っこ抜いてもゾンビのように地中から這いずるビンボウカズラにいつしか無言となり、農作業をした夜に瞼の裏に忌まわしき雑草が映るようになってから、「あなた、何のために生まれてきたの?」と光の無い目で植物に問いかける始末である。

 

 そして、毒島瑠璃はそんなビンボウカズラ以下であると断ぜられたわけだ。

 

 無理からぬことであろう。映像内の毒島瑠璃はあっちへ行っては恐喝、こっちへ行っては恫喝と節操がない。どのカメラの映像にも生えてきて人に絡みつく様子は、さながらアヤメを苦しめたビンボウカズラのよう。

 

「除草剤散布しましょうよ」

「枯葉作戦やめろ。アレはヤバいって米軍が証明しただろうが」

「まあ、とはいえ毒草を駆逐するための証拠映像(除草剤)をばら撒くのは半ば決定してはいるんだけどね」

 

 リンの言う通り、映像は撮っただけでは意味がない。しかし、どのように公表するかというのが問題だった。

 

「普通に学校で放送するんじゃダメなのか?」

「出たよ筋肉バカ的安直意見」

「あ?」

「それはやめた方が良いと思うな……ねえ、スパイ」

「腹黒の言う通りです。どうせ教頭が握りつぶしてきますよ」

 

 敵の親は教頭というかなり高い立ち位置であり、学校内の情報を容易に操作できる。校内放送を使っての公開ではすぐに握りつぶされてしまうというのがリンやスパイの見解である。仮に自分が教頭の立場であれば迷いなくそうすると答えた。

 

「ネットに公開するのはどうかな参謀。あれだけ些細な事で炎上しまくる場所なら、誰かしら集まってくると思うんだけど」

「悪くは無いけど、決定打に欠けるな。どれだけ集まるやら分からないし、ここまで半倫理的な内容だと削除される恐れもある」

 

 コンプライアンスが厳しい昨今、AIによる無慈悲な判定で削除される可能性もある。そうでなくとも、敵が能動的に削除しないとも限らない。

 

「いっそのこと出版社に持ち込むというのはどうでしょう?」

 

 話を聞いていたアヤメが案を出した。ネットを挟むまでもなく、直接マスコミに垂れ込めばよいというもので、合理的ではある。

 

「最初に自分の素性を明らかにしておくことが肝心です。名前、学校、住所、そして動機を丁寧に説明してください」

「動機?」

「何故、このような情報を持ち込んだのか、青野さんと栗原さんの関係、その他の被害者の状況、窮地に置かれた現状などを、包み隠さずにお話しするのが良いと思います」

 

 詳細を聞いたリン達は少し渋い顔をした。星香や被害者達の個人情報をマスコミに譲渡するのは抵抗がある。特に、リテラシーを無限遠に投げ捨てた昨今の報道関係者のことである。被害者の名前も実情も、躊躇いなく報道するであろう。

 

「それは……伝えなきゃ駄目かな」

「一介の学生の持ち込みですからね。話を聞いてもらえるかは、動機の背景次第でしょう」

「…………」

 

 アヤメの言う事にも一理ある。真偽を問わず、このような情報はいくつも持ち込まれる。そして、記者が選ぶのは金になる、目を引く情報なのだ。

 

「駄目押しで更に追加しましょうか。この情報を公表してくれたら、次は世の中がひっくり返るような情報を提供する……と」

「そんな情報が有るの?」

「以前にもお話ししたかもしれませんが、毒島家の悪名は富裕層では留まるところを知りません。被害者は学校の生徒だけではないのですよ」

 

 いつにも増して、アヤメは冷ややかな笑みを浮かべて吐き捨てる。いじめ問題の外で、何やら巨大な力が動いているのかもしれない。まるで怨霊でも従えているかのような酷薄さに、リンは少し悪寒を感じた。

 

 だが、リンとしては賛成できない部分もあった。

 

「悪くはない……どころか、きっと最も合理的な案だと思うよ。でも、最初から被害者を利用するっていうのは……何というか、いただけないな」

「珍しい……リンさんは賛同してくれると思っていましたが」

「確かに業を持つ者は罰を受けるべきだっていうのは、僕の考え方だよ。でも、いたずらに被害を拡大するべきじゃない。青野さんだって、ようやくここまで回復したんだ。それをまた、突き落とすっていうのかい?」

 

 星香の名前が出た所で、脳筋こと栗原一滋が反対側に強く賛同した。彼女を慰める過程でかなり絆されていると見える。別に潜入捜査官と標的でもあるまいに、それ自体は悪い事はないのだが。

 

 アヤメは少し息をついてこう答えた。

 

「……とはいえ、貴方方が選ぶであろう方法でも懸念する事態は起こり得ると思いますが」

「最初から公表するのと、マスコミが探した結果として見つかるのは大きな違いがある。少なくとも一般市民の僕らからすればね……お金が潤沢にあって陰謀詭計うずまく富裕層の常識じゃ図れないものはあるのさ。ハッキリ言ってしまえば、あまり巻き込まないでくれよ。僕達の敵はあくまで毒島瑠璃と教頭だ。政争だの抗争だのは他所でやってくれ」

 

 悪友三人は静かに驚いた。ここ最近の様子を見ていて、リンがアヤメに対してここまでの毒舌を吐くとは思っていなかったのだろう。

 事実、リンはアヤメに対して少しばかりの憤りを覚えていた。窮地を救われた事は勿論感謝しているが、当事者とはいえ一般人を平然と巻き込んだのは事実である。のちの彼であればある程度は飲み込むことも出来たのだろうし、更に言えば青野由美がアヤメの話を聞いた上で協力したのだが、今回ばかりはどこか一般人を見下しているようにも見えるアヤメの態度はやや癇に障る。

 

 少し前の喧嘩とはちょうど真逆の立ち位置だ。

 

「前提から勘違いなされているようですね。私は青野由美様に現状を説明し、彼女が私に依頼した。そして、私は忠実に遂行しただけです。彼女の覚悟を踏みにじるおつもりですか」

「それは……」

「まあ、小夜風さんの案も不確定要素はありますけどね。そこまでやって相手にしてもらえない、なんてこともありますし」

 

 スパイが冷静に口を挟むと、リンとアヤメは落ち着いた。とは言っても、アヤメの案は最も現実的であることに変わりはなく、特にマスコミを頼るというのはあの教頭に対する手札としては強力だろう。しかし、もう少し確実性のあるアイデアが欲しいところではある。できればもっと大衆に知られるような形で。

 

 それ以上のアイデアが出ずに時間が過ぎていき、アヤメが来客用の紅茶を継ぎ足している時、リンがスマートフォンでとあるイベントを見つけた。それは市の施設を使った、学生映画コンクールの優秀作品の試写会だ。直近の土曜日に行われるそのコンクールでは受賞作品を一般の人々に公開し、星彩学園も参加する。来賓の欄に教頭である毒島孝の名前もあった。

 

「これだ」

 

 リンは革命の端緒を掴むことに成功した。

 

 

 

 

 

「それで、話をしようか、アヤメさん」

 

 リンとて青野由美が自らの意思でアヤメに協力している事など百も承知である。だが、どうにもアヤメの星香に対する当たりが強いようにリンには感じられた。出会う人間全員と仲良くなれるとは自身の経験からも思っていないが、リンの心を動かした少女が堕ちてしまったような気がして気が気ではなかった。

 

 アヤメはリンの表情を見て、言いたいことを察したのだろう。だが、それには答えずカードの束を取り出してシャッフルし、四、五枚取り出してリンに広げて見せた。

 

「一枚選んでください。引いたカードがウルズなら、今回の革命は無事に終わる。ヴェルザンディなら、苦戦は必至。スクルドなら……占いではありませんよ。敢えて言うならば警告。神は神話が無ければ無力ですが、悪魔は、どこにでも存在します。まあ、これは知人の受け売りですが」

「話が見えないな……青野さんがその悪魔だって言うの?」

 

 リンが見る限り、青野星香は品行方正かつ純粋な善人である。アヤメに対して劣等感故に非難する側面はあるが、基本的に悪ではない。

 

「こういう目に遭うのは初めてではないのです。ヴァイオリニストとして仕事を貰った時、それを妬んだアイドルから攻撃を受けた事があります。どれだけ苦労しても貰えない仕事を、私が掠め取ったように思えたそうで」

 

 アヤメはカードを置いて、ベッドに足を組んで座る。その表情には怒りも憐憫も無い。ただ台本を読み上げているだけのような無機質さがあった。

 

「私のことを〝毒蛇〟と呼んだそのアイドルは、私のヴァイオリンを損壊しました。まあ、修理可能な範囲ではありましたが……逆に、損害賠償で彼女自身の首を絞める事になっていましたね」

 

 アヤメはケースに入ったヴァイオリンを愛おしそうに撫でている。一度修復されたとは思えない輝きを放つアヤメの剣と魔法以外の武器だが、やはり奏者の素質も影響しているのだろう。彼女が手放した瞬間に、バラバラに砕けてしまうとすら錯覚する。

 

「重要なのは、人間というものは自分が不利益を被ると分かっている、もしくは予見した上で尚、ある種の気に入らない存在に対して攻撃を(おこな)うという事です。私にとっては青野さんが善人であれ悪人であれ、もはやただの一般人ではない。依頼してきた由美様も同様です」

 

 そして、リンが求めているであろう答えをアヤメは言った。

 

「私が言った通りに、弱者を背景として処理せず、顧みて手を差し伸べようとする。一般人を駒にする事を許せない。その信念は立派なものです。しかし、それは敵対存在以外のものに使われるべきもの。自衛のために振るわれる力は暴力ではなく、知性と呼ぶべきものです」

 

 しかもアヤメに言わせれば、リンも青野一家を救えてはいない。

 

 作戦立案前も後も、アヤメの意見は変わらないのだ。マスコミという名の猟犬の群れは、青野一家や被害者達の匂いを嗅ぎつけ、爪と牙で彼女達を貪る。あらゆる意味で、彼女達には救いがない。

 

「しかし、そんな事を言っても仕方がありませんね。私はリンさん達の行く末を見守ります。とはいえ、それほど悲観する事は無いかもしれません。青野一家は私の駒でいる限り、逆説的に保護する義務が生じます。いずれ星香さんは私と敵対するかもしれませんが、その時は栗原さんに押し付けるとしましょう。あの二人、ちょっといい雰囲気ですから」

「へえ、あの二人そんな雰囲気なのか。いつ気付いたの?」

「根拠を求められると困りますが……まあ、敢えて言うなら匂いですかね。私と同じ、恋する女の匂いでしたから」

「動物的すぎる……しかもアヤメさんには珍しく、音じゃない。て、今はそれは置いといて、現状敵対してないならその態度は改めた方が良い」

 

 アヤメとしては青野星香に対しては何の感情も抱いていないのだが、リン、というより第三者から見るとどうにも見下しているように見えるらしい。まあ、娘の了解なしに母親を契約の材料にした点は擁護できないのだが。

 しかし、どちらかといえば敵対的な態度を取っているのは一貫して星香の方なのだが。

 

「…………」

「痛った!!」

 

 アヤメはリンの首に噛みついた。血こそ出ていないが、しっかりと歯形が残っている。剣士としての身体能力を遺憾なく発揮して、音も出さず、反応も許さずにリンを捕食した。リン自身、痛みが遅れてやってくるまで噛まれた事に気が付かなかった。

 

「え!? 僕アヤメさんに嫌われるようなことした!? いや、まあ、気に障ったなら謝ひっ!?」

 

 アヤメはリンについた歯形にそっと舌を這わせる。敏感になっているところに追撃がきたことで、リンは変な声を上げてしまう。アヤメはその反応を見て、溜飲を下げたように微笑んだ。

 

「私、頑張ってるんですよ? 手札が限られる中で、貴方に尽くして、協力して、心を開いてくれない青野さんを保護して……ねえ、そろそろご馳走を貰ってもいいでしょう?」

「諸々終わったら一緒に何かしようって約束したじゃん!?」

「我慢できません」

「シンプルな理由だね畜生! だからってまさか僕を食べる気!? 東京のグールかな君は!?」

「……本当に食べちゃおうかな」

 

 これまた珍しく敬語が崩れたアヤメは、今度はリンの鎖骨に噛みついた。〝食べる〟を額面通りに受け取られ、愛情表現……とは微妙に違うが、裏の意味にはまるで気付かないリンに、アヤメは別の意味で不機嫌になった。

 

 いっそのこと、本当に食べてしまおうかとアヤメは思う。リンの血肉を喰らい、貪り、消化し、取り込めば一つになれる。

 

 一方でリンは、アヤメが毒蛇か化け猫のように見えていた。身体をくねらせて絡みつき、牙を立てて毒を流し込む様は正しく毒蛇であり、確かに感じる体温と立てられる爪と赤い満月が映る硝子(ガラス)の瞳は正しく化け猫のそれである。

 

 二股に分かれているのは、尾か舌か。

 

 アヤメはリンの頸動脈を甘噛みして囁く。

 

「リンさん、今日は泊っていきなさいな」

「……なんで?」

「空が落ちてきたら大変ですから」

「理由が適当すぎる!? 僕は帰らせてもらうからね!」

「残念……」

「ひっ!?」

 

 最後に耳朶に息を吹きかけられ、リンは妖艶な二枚舌が支配する(くるわ)から解放された。好意の分からない少年にとっては些か過激すぎる練習曲(エチュード)だったが、とりあえず奏者は満足したらしい。

 

 いつの間にかカーテンが閉められていた暗い部屋で、蛇の頭を持つ尾の化け猫が恍惚とした笑みで見つめていた。

 




 決戦前に何やってんだこの二人……

 あと、真面目な話、アヤメ個人に限って言うなら毒島瑠璃よりも青野星香の方が拗れるかもしれませんね。貧富の差という結構根が深い話ですし。性格と境遇的に相性最悪なのが……
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