彼方楽園のレチタティーヴォ   作:三文小説家

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ようやく決戦。

エイプリルフールではない。


怒りの日

 土曜日。

 

 またの名を然るべきDデー(決行日)は、とある施設で様々な学校の生徒達がそれぞれ作り上げた中でも珠玉の作品が公開される日。

 生徒だけではなく一般の人たちも来場する中、自分のところの作品が受賞していることに満足そうにしている教頭も姿もあった。「あの男、こういうイベントに興味あったんだな」と、リン達は妙な感慨を味わった。まあ、毒島孝からすれば自分の虚栄心を満たせるものならば何でも良いのだが。

 

 様々な学校の作品が上映される中、いよいよ星彩学園の番となった。

 

 映画研究会のメンバーが持参してきたDVDをセットし、上映が開始される。

 

 上映されたのは、一人の女子生徒とその取り巻きが別の女子生徒を脅し、金を揺すり取る光景であった。真相を鑑みると金が目的ではなく、その行為自体が目的であることは明らかである。

 

 ろくでもない性癖だな。

 

 被害者の顔はモザイク処理されているが、犯人達の顔はこれ以上ないほどハッキリと映っている。予め配布されていたパンフレットに書かれている作品とはあまりにも雰囲気が違うことに途端にざわめき出す観衆。予定されていた内容は部活を題材とした青春物であり、シリアスなドキュメンタリー映画ではない。しかし、映画研究会含め、困惑という側面が強い。

 

 ただ、一人だけ黙示録に登場する第四の騎士のように顔を青ざめさせている男がいる。脅している女子生徒、毒島瑠璃の父親、毒島孝だ。血相を変えて公開を中止させようとするが、その前に腹黒こと烏丸白が立ちふさがった。

 

「そこをどけ!」

「それは無理ですね。あの壇上には今から死の騎士(ペイルライダー)が立つ予定だ。見よ、青ざめた馬有り。それに乗るものの名を死といい、黄泉これに従う……だったっけ。疫病と野獣を用いて、貴方達に死を与えるだろうさ」

「何を訳の分からんことを!」

「さあ、グランギニョルの始まりだ」

 

 グランギニョルとは恐怖残酷劇を主に上映した見世物小屋のことである。映画の発表会は強制的に緞帳(どんちょう)の幕間へと移行し、生々しいイジメの光景を映し続けている。偽神を堕とすための儀式はまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 Dies iræ, dies illa 怒りの日、その日は

 solvet sæclum in favilla: ダビデとシビュラの予言通り

 teste David cum Sibylla 世界が灰燼に帰す日です

 

 Quantus tremor est futurus, 審判者が現れて

 quando judex est venturus, 全てが厳しく裁かれるとき

 cuncta stricte discussurus. その恐ろしさはどれほどでしょうか

 

 毒島瑠璃の被害者達を邸宅に匿い、同時に監視するアヤメは青野優芽に楽譜を開きながらモーツァルトのレクイエム《怒りの日》を歌って聞かせていた。姉の星香は顔を顰めていたが、この曲自体は一般教養としても差し支えないため、母親である由美からは歓迎されている。

 

「お姉さん。どういう歌なの?」

 

 アヤメは笑顔で答えた。

 

「今は、応援歌でしょうか」

 

 

 

 

 

「皆さん、ご覧ください。これは毒島瑠璃がとある生徒から金を揺すり取ろうとする光景です。それも、この生徒の他にもそれほど裕福でない生徒を狙って同じようなことを繰り返しています。こちらは———」

 

 壇上に立ったリンは映像に合わせて毒島瑠璃の悪行を解説していく。窃盗や恐喝、器物破損だけでなく、暴行や傷害なども存在し、映像内だけでも被害者生徒の身体に痣が出来ているのが確認できる。

毒島一派の犯行は実に杜撰(ずさん)であり、狡猾さも周到さも無い。推理小説のモノローグで語られるだけの犯人ですら、もう少しマシな行動を取るだろう。しかし、服の下でもなく、特に工夫せずとも普通に見える位置に痣や出血があるにも関わらず話題にも騒ぎにもならない所を見るに、毒島一派の学校内での権力の強さが認識できる。

 

秘密裏に潜入していたリン達は、証拠映像を自分たちの学校の映画研究会の作品とすり替える事によって、毒島一派の悪行を世間に示した

 

「───そして今現在僕達は不当な圧力によって退学の危機に瀕しています」

 

 一頻り悪行を暴露したあとで、リンは観客の注目を更に集め、スマホのあるアプリを起動。そこから流れたのは、毒島瑠璃が勝手に転び、教頭である毒島孝がリン達に対し退学を突きつけるところの音声。

 

 当然、映画研究会やマスコミはざわめいた。事情聴取もせずに一足飛びに退学など、職権乱用も良いところである。もはやどちらが悪い、誰が加害者かという以前に常識の問題となって来る。映画研究会も同様だ。もし教頭の気分次第で退学などという事になれば、自分達も他人事ではない。

 

「お前! どうしてそれを持っているんだ!?」

 

 色々奔走して会場に戻ってきたらしい毒島孝が怒鳴る。それに対して、リンは冷淡にこう返した。

 

「乗り込む際に予めスマホの録音アプリを起動していたんです。無策で突っ込むほど僕はお行儀良くないので。子どもが皆純粋だと思ったら大間違いですよ」

 

 リンは毒島孝への皮肉と、世間への警告を兼ねてそう言った。某小さな悪夢の名を題するホラーゲームでいじめっ子の敵が登場した。いじめっ子の背景は何もなく、酷い親のせいでも友達のせいでもない事だけが示される。なるべくしてなっただけの者共だ。

 

 リンがそのゲームから学んだ事の一つは、いじめっ子はハンマーで頭を叩き割って良いという啓蒙である。

 

 閑話休題

 

「僕達の通う高校『星彩学園』は今、卑劣な本物の悪党が好き勝手しています。もし、皆様に少しでも善きことを尊ぶ心があるのならば……僕達と一緒に苦しめられている人たちを助けるために協力してください」

 

 リンはそう言って頭を下げた。普段のふてぶてしさが嘘のような殊勝な態度だが、これは本心である。

 

 その会場には一般の観客の他に、広報のために待機していたコンクールの運営スタッフやニュースとして取り上げるためのマスコミもいた。ここまで人がいれば情報統制も不可能。それを察した教頭はうわ言を呟き顔を青くしながら倒れた。まあ、マスコミは面白そうなネタであるリンの告発を取り上げるだけだろうが、この際それはどうでもいい。敵の敵は味方である。

 学校内だけなら教頭の威厳で無理やり抑え込めただろうが、一般の人々とマスコミを挟むことで隠蔽できないようにしたリンの作戦勝ちだった。

 

 

 

 

 

「ヘンデルのオラトリオ《ユダス・マカベウス》より『見よ、勇者は帰る』……そろそろ終局ですね」

 

 アヤメは自宅で、自室から聞こえてくるラジオの音に耳を傾けながら相対する毒島瑠璃に伝えた。毒島瑠璃の顔は赤くなったり青くなったりと忙しい。毒島瑠璃の目的としては、被害者を脅迫し、口封じをしようというものだったが、行動を読んだアヤメによって被害者達は小夜風邸に匿われ、計画は失敗に終わっている。

 

「っ……何なんですか! ラジオを大音量で流して!」

「そうですね……もはや趨勢は決まりました。教えて差し上げましょう。これは私とリンさん達が決めた暗号です。この曲は映画上映会に潜入している私の手の者が、状況を見てラジオ局にリクエストしているのですよ。それによって私は状況を知ることができる。リンさん達のスマートフォンは別の事に使っていますし、万一取り上げられても無力化はされませんから」

 

 例えば、作戦決行中はヴェルディのレクイエム《怒りの日》、映像の差し替えに成功していたらモーツァルトのレクイエム《怒りの日》、失敗したらバッハの《マタイ受難曲》、成功したらヘンデルのオラトリオ《ユダス・マカベウス》より『見よ、勇者は帰る』……青野優芽にレクチャーしていた音楽も作戦の内だった。

 リン曰くネットの自分達の情報も常に操作しているらしい毒島一派だが、全く関係の無いラジオ局へのリクエストなどノーマークだろう。

 

「でも、この勝負は私の勝ちです。あの貧乏人どもはこの屋敷に匿われているのでしょう? 今私の手の者が……」

「お嬢! 屋敷は数人の使用人以外はもぬけの殻だ! 誰もいない!」

「何ですって!?」

 

 アヤメは酷薄な笑みを浮かべる。罠は二重に仕掛けられていた。小夜風家本邸はアヤメがいるだけでもぬけの殻。被害者達の真の潜伏場所は別邸だった。青野優芽との会話はリモートによるものである。そして、毒島一派は別邸の場所は誰も知らない。

 

「さて、招いてもいないのにズカズカと入り込んでくれた毒島さん、貴女はもう終わりですよ。ここまでの数々の無礼は、小夜風家を通して正式に抗議させてもらいましょう」

 

 無論、現代日本に中世欧州ほどの厳格な貴族制は無い。しかし、富裕層の世界においての駆け引き自体は存在している。小夜風に無礼を働いたとなれば、毒島家は居場所を失うだろう。なお、無礼というのはかなりオブラートに包んだ表現である。

 

「この……!」

「ああ、そういえば、あの命を使った契約ですが、青野さん以外にも申し出が多数有りまして。凄いですよね。貴女方を破滅させるためなら命すら差し出す人間がこんなにいる。学校やこの街に貴方の味方はいませんよ。毒島さん」

 

 毒島瑠璃は般若も斯くやという表情で睨みつける。だが、怖いのは見た目だけ。反論も言葉選びもお粗末に過ぎる。

 

「これは明確な敵対行動です! 良いの!? そちらがそう来るならこちらだって家を挙げて受けて立っても構わないんですよ!」

「どうぞ? 反撃される覚悟も無しにこんなことをするわけが無いでしょう」

「っ! でも、私がここまで簡単に入り込めた。本邸の守りは随分と薄いようですね!」

 

 続けて毒島瑠璃が苦し紛れに指摘してきたのは、穏やかならざる示唆だった。

 

「良いのですか!? もう私達に失うものなど無い! 何か不幸が起きたらどうしましょう、貴女を守ってくれる人はいない、今日だってろくな護衛も連れないで―――」

「あはは」

 

 なるほど、これは明確な脅しだ。つまりはここで引かなければ、アヤメを何かしらの不幸が襲う、と。毒島瑠璃が連れている大柄な体格の二人の男が指を鳴らす。今すぐ実行しても構わないという風情だ。

 

 だが、アヤメは身を震わせるでもなく高らかに笑った。……本当に、随分なお笑い種だ。護衛がいない? アヤメが襲われて酷い目に遭う? それが一番有り得ない。

 

「うっ!?」

「ぐっ!」

 

 いつの間にか忍び寄っていたアヤメの使用人の女性が二人の男に手刀を喰らわせて気絶させていた。

 

「こいつら如何いたしましょう? お嬢様」

「住居侵入で警察に突き出しましょう。そこの毒島瑠璃諸共」

「承知いたしましたわ。それでは、警察が来るまでの間は(わたくし)めが監視しておきます」

 

 その使用人は二人を引きずって消えていった。毒島瑠璃は咄嗟に周囲を見渡すが、周囲には更に別の使用人が控えていた。なお、確実にアヤメを護るために警備に一箇所だけ穴を作り、罠であるこの場に毒島瑠璃達を誘い込んだ。

 

 信じたくない。認めたくない。

 

 しかし分かってしまう。アヤメ本人を襲うのが一番無謀である事に。

 

「貴女を追い詰める手段はいくらでもある。報復として私本人を狙うというのであれば、どうぞご自由に。その事実すら利用して差し上げます。全力で潰して差し上げますから、ご覚悟を」

 

 身も凍りそうな視線を投げかけられ、つまり、生まれて初めて被捕食者側に立たされ、毒島瑠璃は一目散に逃げだした。音楽しか脳が無いと思っている相手にここまでしてやられるのは、限りない屈辱だろう。

 

「追いますか?」

「いいえ。この場で出来る事はもうありませんし、いずれにせよ彼女はもう終わりです。これ以上は死体蹴りというものでしょう」

 

 アヤメは優雅に笑いながらリン達に連絡をし、仕掛けの後片付けを始めた。この後やるべきことは、祝勝会である。

 




とりあえず、女王事変は一区切りつきました。ただ、いくつか残った問題は有るので暫くは続きます。

 備忘録

>小さな悪夢

 『リトルナイトメア』というホラーゲームのこと。1と2があるが、今回は特に2について取り上げている。

>罠、策

 連絡手段はラジオ局にリクエストした曲、被害者達はアヤメ宅でかくまっている、と思いきや本邸を囮にした罠で、被害者達は別邸にいる。前半の会話は実はPC越しに行われていた。

>お嬢様口調の使用人

 彼女については時系列的には前の話で書こうと思っている。
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