彼方楽園のレチタティーヴォ   作:三文小説家

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残った問題その1.万引き。


髪飾りと呪い

 その後、しばらく星彩学園で起きていた悪質な犯罪はネットやワイドショーを騒がせ、主犯格達は退学、教頭など隠蔽に加担していた教師達も懲戒免職や僻地に異動など重い処分が下された。

 しぶとく生き残っていた、教頭に忖度しようとする(もしかしたら何かしらの利便を図ってもらっていた可能性もあるが真相は不明)教師達は、リン達四人を報復として停学処分などに追い込もうとしたが、鉄鬼こと鬼川鉄矢を中心とした数人の教師達が「取った手段は褒められたものではないが、正しいことを貫き、多くの人を助けた彼らを停学や退学に追い込むのは甚だおかしい。今回は反省文というところで手をうつべきだ」と主張したこととマスコミが彼らを『正義の四人組』として扱い始めたことで退いてきた。強行したら自分たちが炎上すると考えたからだろう。

 

「今ほど別荘の存在に感謝した日はありませんね。日本は早く証人保護プログラムを設けるべきです」

 

 アヤメは新聞やネットニュースを見ながら呟いた。報復か、被害者の家を襲ったものがいるようだ。幸い、事前にアヤメの手の者を回して事なきを得たが。アヤメを襲うのが無謀と判断したら被害者を襲う。三下根性が堂に入った者は行動が読みやすい事この上ない。

 犯人の内の一人から教師の名前が出たが、まあ、校長に任せておけば大丈夫だろう。多少人を見る目はないところはあるが、本人は善人だ。

 

 被害者達は今も、小夜風の本邸と別邸に匿われている。騒ぎが終息するまでは迂闊(うかつ)に外に出ない方が良いだろう。

 

「いってて……反省文はともかく、拳骨まで喰らわせるなんて、鉄鬼め……」

「だから出版社に持ち込もうと言ったのですよ。まあ、今回の方が確実ではありますが」

 

 アヤメは新聞を畳んで、部屋にいるリン達に答えた。リン達は仮にも公的なコンクールをぶち壊してしまったことから、鉄鬼に一発ずつ拳骨で殴られたし、英語で反省文書くという罰が課された。周囲の追求を躱すためにも表向きの罰は必要なのだ。鉄鬼は四人にこっそりと購買のパンを奢ってくれたため、本気で怒っているわけではないだろう。

 

「さて、学校内の問題はひとまず解決しましたね。では、次は学校外の問題を解決しなければ」

「というと……?」

「映画研究会はコンクールをやり直すという暫定措置を取られたので、まあ、いいでしょう。しかし、万引きされた服飾店の方はそうはいかない」

 

 その言葉に、脳筋こと栗原一滋が身を固くする。確かに事情があるとはいえ、星香のやったことはれっきとした犯罪。損害は確かに生じているのだ。

 

「頼む、小夜風さん! 星香を警察に突き出すのはやめてくれ! 許してくれるまで星香と一緒に謝るから!」

 

 脳筋はアヤメに懇願するが、アヤメは笑みを浮かべたままこう答えた。

 

「そんなに怯えなくても、そんな現実的な手段をとるつもりはありませんよ。ちょっとした(ビジネス)を提案しに行くだけです。ご心配なく、あの服飾店は私の行きつけなんです。店主は話が分かる人ですよ」

 

 アヤメは手早く外出の準備をすると、件の服飾店に向かった。

 

 

 

 

 

 服飾店『畢生(ひっせい)』。一生が終わるまでの期間という意味を持つその名前は、それこそ一生涯壊れずに役目を果たし続けると言われるほどに質のいい装飾品を作り、取り扱っている。買い替えが発生しないなら商売あがったりではないか、とも思えるが、消耗品なども扱っているため問題はない。それに、壊れる時は壊れるし、紛失する客やアヤメのように複数購入する客もいる。案外何とかなっている。

 

「ごめんください」

「おや、これはこれはアヤメ嬢ではないか。よく来たね。オーダーメイドの件なら、まだ先のはずなのだが」

 

 アヤメが入り口のベルを鳴らしながら入店すると、作業をしていた店主が応対する。彼女の名前は(あさひ)佳乃(よしの)。つい先ほどまで細かい作業をしていたのか、片眼鏡を付けたままである。

 

 なんにせよ、アヤメは手早く本題に入ることにした。

 

「今回の用件はオーダーメイドの件ではないのです。風の噂で聞いたのですが、なんでも万引きに遭われたとか」

「ああ、そのことか。それは本当だよ。傑作の一つが盗まれた。犯人は姉妹。正確にはその姉の方だ。欲しがったのは妹だがね」

 

 佳乃は報告書を読み上げるように話す。一見感情など含まれていないように思えるが、アヤメはこれが彼女の怒りのサインであると知っている。普段の彼女はもっと人を小馬鹿にするような調子で話すのだ。

 

「いやあ、アレ作るの大変だったんだよ? お姉ちゃんと二人でアイデア出して……おっと、確かアヤメ嬢もいたな。君が聞かせてくれた人喰い桜の話だ。インスピレーションの源はそれだね。素敵じゃないか! 桜の樹の下には屍体が埋まっているなんて! あの夜の嫣然(えんぜん)とした美しさには秘密があった! 爛漫(らんまん)と咲き乱れる薄紅色の花弁(はなびら)は、一つ一つの屍体を吸って作られているのだろう!? ああ……想像するだけで昂ってしまうよ!」

 

 一応開店時間かつ、客が入れる店内で自分の性癖を暴露する佳乃。リスクを冒してまで盗んだ髪飾りのモチーフが人喰い桜とは、なんとも言えない後味である。尤も、ヴァニタスの例にあるように、美しい作品のモチーフが陰惨なものであることは珍しくはないが。

 

 因みに、佳乃が人喰い桜の事を信じているのは、彼女も怪異に巻き込まれた事が有るからである。その際にアヤメが助け、それ以来この店を贔屓にしているのだ。

 

「その人喰い桜の誘惑に負けた妹にせがまれ、姉は盗みを働いてしまった。あの子は以前にも人喰い桜に誘惑されてましたね……」

「ん? アヤメ嬢の口ぶりからして、人喰い桜から助けたのはあの子かい? ふむ……人喰い桜を現実に再現してしまったか。となると、アレは失敗作かな?」

「いえ、あの髪飾りが人を喰うような存在でもなければ、紛れもない成功作でしょう。誘惑に負ける人間は、いつの時代にもいるものです」

「意外と言うな、君は。しかし、盗まれるほどに魅力的な髪飾りと考えれば、それを作った私も鼻が高いね。ふむ、流石にただでとはいかないが、何かしら利益があれば許してしまう程度には気持ちが落ち着いてきたよ」

 

 佳乃はアヤメをチラチラと見る。それはアヤメの身体を嘗めまわすような下卑た視線(と本人は思っている)に、金勘定をするような手つき(これは本物)を伴っていた。

 

「そんないやらしい事をさせるみたいな仕草しなくても、モデルならやりますよ。元よりそのつもりでしたし」

「君が進んでやるのでは、罪の代償とならんだろう。一応形だけでもそうしてやろうと思ったのに……」

「貴女は商人ですか? それとも裁判官ですか? くれぐれも、ご自分の領分を弁えて下さいな?」

 

 佳乃はアヤメの昏い笑顔に少し怖気づいた。普段、佳乃がアヤメを『アヤメ嬢』と呼んでいるように、アヤメは力も知恵も持つ令嬢なのだ。そのような人物が纏う気配は尋常ならざるものがある。

 

 佳乃が何も言えずにいると、アヤメは威圧を解いて笑顔で話しかける。

 

「冗談ですよ。こちらとて、無理を言っているのは承知の上です。ですから、利益は保証しますよ。私がモデルとなり、そして盗まれるほどの魅力を持つ魔性の髪飾りとして売り出しましょう」

「まったく、君には敵わないな。分かった。あの姉妹は罪には問わない。しかし、これから忙しくなるよ」

「臨むところです」

 

 その後、リン達が青野姉妹を引き連れて謝罪に向かった時は、(やけに仰々しい語彙の)説教はあったものの、勿論許された。星香の態度が真摯だったからというのもあるが、人形的なピンク色も白雪のような人工美も纏うモデルが一定の利益を出したからというのもあるだろう。

 

 数日後、青野一家や被害者達は小夜風家を去っていった。その際に青野由美はアヤメに礼を言い、命を差し出すと言った。しかし、アヤメはそれを止める。

 

「どうか、その命はまだ、貴女の肉体に宿していてくださいな。そして、この騒動が収束した後の世界の目撃者となってください。そして、これは私情ですが、私が作った薬膳料理の効果も知りたいですしね」

 

 そう言うと、由美は再び頭を下げた。

 

「優しい子ね……私達を救ってくれたばかりか、生きる理由までくれるなんて……」

 

 アヤメは何も言わなかった。ついでに言えば、星香はずっとアヤメを睨んでいる。アヤメは星香の感情に対してなんとなく理解はしているが、アヤメにとって対処方法は無い、というのも分かっている。故にこれに対しても無言だった。

 

 そして、青野一家が去った後にアヤメは呟いた。

 

「優しい人……ですか。それは大いなる矛盾ですよ、青野由美さん。生に希望が生まれた瞬間に、死は恐怖へと変わる。生きていく限り、青野一家は私を裏切れない」

 

 アヤメは絆や感謝、恩義というものが一種の呪いであることを知っている。毒島瑠璃が使うような悪辣な手段以上に、任意の対象を支配できる呪い。これを以て、アヤメは青野一家の支配者となったも同義なのだ。

 

 優しさとは、親切とは、正しさとは武器だ。赦しによって征服し、気付けば巨大な勢力となっている。これらを馬鹿にする人間がいるが、それは間違いだ。優しさは子供騙しの絵空事ではない。れっきとした拘束具だ。

 

「まあ、アヤメさんの思慮深さは美点だとは思うけど、今くらいはもう少し単純に考えても良いんじゃない? 相手の感謝は素直に受け取っといてあげなよ」

 

 実は隣にいたリンがアヤメにそう言葉を投げかける。

 

「確かに僕はアヤメさんに生き方を教わった。でも、少しは自分を信じてみても良いんじゃないかな。これは僕の持論だけど、人は自分の魂に恥をかかせない生き方を選ぶべきだ。だけどね、それは自分を信じているからこそだよ。全てにおいて自分への不信が勝っているのなら、何をやっても生きる事なんてできないさ」

「…………」

「少なくとも、今回は青野さん達を救った。経緯はどうあれね。ただ奪い、虐げるだけだった毒島瑠璃より素敵じゃないか」

 

 アヤメはリンを見て、そして微笑んだ。

 

「そうですね。少し、強欲だったかもしれません。今は喜びましょう。また、貴方と二人で過ごせることを」

 

 アヤメはリンを抱きしめる。この瞬間が永遠に続けばいいと思いながら。

 




 女王事変の表の顛末、髪飾り万引きの件、人を救うとは何か、の三本でした。基本的に非の打ち所がないアヤメですが、彼女なりに悩んでいたりもします。

 備忘録

>旭佳乃

 服飾店『畢生』の店主兼職人。見ての通りの変人だが、それ故にこうして許してくれる側面もある。

>人を救うとは

 アヤメ及び三文小説家の個人的な解釈ですが、彼女も悩んではいます。作戦中は割り切りますが、終わったらポロリと零すことも有ります。また、マルスプミラ本編で登場した「彼が手にしても、本当の意味での救済は出来ない。くだらぬ友情や愛情に絆された彼では……」というセリフへの反論でもあります。少し捻くれた方向ではありますが。
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