彼方楽園のレチタティーヴォ   作:三文小説家

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 青野さん関連を書いていくつもりですが……気が重いですね。


不幸

 富裕者と非富裕者という命の二分法が確立されてしまった女王事変。互いに向けるまなざしの中に憧憬の光は無い。

 

「参謀、助けてくれ」

「どーしたのさ。藪から棒に」

 

 或る日、脳筋こと栗原一滋と参謀こと天野リンは学校で話し合っていた。しかし、なんとなく用件が想像できるリンは渋い表情をしている。

 

「だいたい想像つくけど、何」

「星香と小夜風さんの仲を取り持ってくれよお」

「やっぱりか……」

 

 女王気取り、毒島瑠璃を斃してから、星彩学園は束の間の平和を取り戻していた。しかし、問題の全てが解決したわけではなく、一滋の悩みもその一つである。

 

 まず、毒島瑠璃の被害者の一人である星香と一滋は付き合っている。なんでも、不器用ながら寄り添ってくれた一滋に、星香が惚れこんだのだとか。一番の功労者であるリンを差し置いて一滋と付き合っている事にリンは違和感を覚えたが、まあ、女心的には寄り添ってくれた方が有難いのであろう。

 

 リン達の性格ならばご襲儀(誤字に非ず)でもしそうなイベントだが、目下の問題が解決しない限りそんな気分にもなれない。

 

 その問題とはすなわち、星香とアヤメの不仲である。

 

「何度も言うけどさ、脳筋。この件に関して僕ができる事は何も無いんだよ。アヤメさん側をハックしても解決しないってのが致命的。何せ、アヤメさんはあくまで攻撃に対して防御してるだけなんだから」

 

 リンは一滋を交えたアヤメとの会話を思い出す。

 

 

 

『マキャベリの政略論より引用しますが、歴史は、共和政体であろうと如何なる政体であろうと、国家というものにとって嫉妬による中傷ほど害を及ぼすものは無い事を教えてくれます。星香さんの行動は、立派な敵対行動ですよ。時代が時代なら内乱罪で死刑ですね』

『でもよお、星香のお母さんに命の契約をしたのは小夜風さんじゃねえか』

『お母様の依頼の上で、ですよ。作戦案を提案した時、彼女は二つ返事で承諾しました。羨ましい親子愛です。更には、目に見える形での代償はないままに彼女達は救われた。そして、青野さんはそれが分からないほど愚かではない』

『何が言いたいんだよ……』

『論点をすり替えているんですよ。青野さんが攻撃する理由は私への嫉妬です。しかし、それが道義的に悪であるということも分かっている。だからこそ、彼女は論点をずらしている。私が人命を賭けて作戦を遂行したという倫理的問題へとね』

『…………』

『マキャベリに話を戻しましょうか。このような中傷への反撃はズバリ、告発による法的措置です。何故なら、中傷は国家を二分する危険性がありますが、告発にはそれが無い。そして、私はその最大にして最良のカードを切らずに立ち回っている。これ以上、どう譲歩しろというのですか?』

『でも……でも! アンタがあんな作戦を立てなければ!』

『何の代償も払わずに、赤の他人である彼女達を救えと? 虫の良い話ですね』

 

 

 

 アヤメの論理は筋が通っている。アヤメは星香の劣等感や嫉妬から攻撃され、それを撃ち返しているだけに過ぎない。富裕層に庶民の常識が測れないように、庶民もまた富裕層の常識は測れない。

 アヤメの行った事は悪魔の所業である。しかし、事実上は代償も無しに願いを叶えている。約束は守られ、全ての人間が救われた。そしてそれは、善行と呼ばれるべきものである。そしてそれを、星香は悪と呼んでいる。これは謂わば宗教戦争だ。両者に交渉の余地は無い。

 

〝The balance distinguishes not between gold and lead〟

 

 アヤメの座右の銘であり、それは人を差別しないという宣言。味方には加護を、敵には無慈悲なる鉄槌を。慈悲は義務のように与えられるものではない。争いを嫌いながら敵には容赦が無いのだ。

 

 それは公平であり、残酷であると言える。

 

「青野さんの気持ちは分からなくはないよ。僕も庶民だからね。でも、アヤメさんの策が無ければ僕達はもっと追い詰められていた……恩人である彼女を責められる程、僕は恩知らずじゃない」

 

 結局、根本的な解決はできない。そもそも可能なのかすらも彼等には分からなかった。

 

 

 

 

 

 そのころ、アヤメは一人で帰路についていた。リンが一滋に捕まった上に、少し一人になりたかったのもある。悲しくなったとかそういうわけではなく、彼女が一人の時にしかおきない出来事が有るのである。

 

「……またですか」

 

 アヤメに斧の一撃が振り下ろされる。アヤメは剣でなんなく弾き返すが、更に二撃目が来る。アヤメは振り下ろされた斧を踏みつけ、攻撃者を斬りつける。斧を振り下ろした一撃はアスファルトの地面を叩き割り、そしてこの気配は怪異の物であった。

 

(赤い靴……)

 

 アヤメは襲撃者の特徴を一つ看破した。夕暮れの日陰で顔は見えないが、その赤い靴は爛々と輝いている。

 アヤメが剣を飛ばすと、襲撃者は逃げて行った。それを見たアヤメは仲間に電話を掛ける。

 

「Y、新たな特徴が判明しました。キーワードは、『赤い靴』」

 

 すると、電話の相手はしばらくして応答した。

 

『すみません。『斧』と『赤い靴』で検索してみたのですが、やはり該当する怪異は存在しませんでした。未確認の新種と考えた方がいいかもしれませんね』

「なるほど。今回で三回目です。いい加減鬱陶しくなってきました……そういえば」

『どうしました?』

「襲われる直前に、こんな言葉を聞きました。過去二回も合わせると、Lizzie Borden took an axe. And gave her mother forty whacks. And when she saw what she had done. She gave her father forty-one.」

『……マザーグースですか』

「ええ、リジー・ボーデンに恨まれる覚えはないのですが……」

『いえ、重要な手がかりです。再検索してみましょう。『赤い靴』、『斧』、『マザーグース』……』

 

 Yと名乗る人物が検索している傍ら、アヤメは一つの事実を思い出した。

 

「そういえば、リジー・ボーデンは万引きで捕まっている……まさか」

『おそらく、間違いないでしょう。こちらも一つの名前がヒットしました。その名前は―――』

「やはり……そうですか」

 

 アヤメは電話を切り、溜息を吐いた。なあなあで済ませる事は、もうできない。今度はリンに電話を繋ぐと、アヤメは彼を呼び出した。

 

「今週末、青野さんを私の家に呼び出します。今夜詳細を話しますが、少々厄介な事になりそうです。ええ、ありがとうございます。では、また明日」

 

 アヤメは電話を切ると、天に向かって毒づいた。

 

「そんなに私が憎いですか―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――青野星香」

 

 

 

 

 

 翌日の土曜日、小夜風邸の一角のハーブガーデンで、アヤメと星香はテーブルとティーセットを挟んで向かい合っていた。そばには小夜風家の使用人の一人と、リンが控えている。とは言っても、リンは二人と共にテーブルを囲んでいるのだが。

 

「それで、何の用? 小夜風さん」

 

 手入れの行き届いたハーブガーデンでハーブティーを嗜むアヤメに、星香が敵意剥き出しで尋ねる。アヤメは優雅にティーカップを置いて、切り出した。

 

「単刀直入に聞きます。貴方、私を殺したいと思った事は?」

 

 本当に単刀直入に聞くアヤメにリンは目を丸くした。しかし、アヤメの目は真剣そのもの。誤魔化しは許さないと語っていた。

 

「な、なに? 急に……殺すだなんて物騒な事言わないでよ!」

 

 だが、星香はそれを否定した。殺意の有無を問われるなど寝耳に水とでも言いたげな反応だが、アヤメは心音、血流、発汗、筋肉の音を注意深く聞き……

 

(嘘ではなさそうですね)

 

 星香は嘘は言っていないと判断した。深層心理ではどう考えているかは分からないが、少なくとも、星香はアヤメを殺したいとまでは思っていない。仮に身体反応に現れないほどの深層心理で殺意を抱いていたとしても、それを読み解くのはアヤメでも不可能だ。人の心を深くまで覗き込む架空の機械か魔法でもなければ。

 

「では質問を変えます。貴方は私のことを憎んでいますか?」

 

 今度は星香からの反応はない。身体反応からしても、図星だったのだろう。星香はうつむいたままである。だが、突然堰を切ったかのように独白し始めた。

 

「小夜風さんには分からないよ。私みたいな持たざる者の気持ちなんて……」

「…………」

「良いよね。学校に余裕で通えるくらいお金が有って。欲しいものは何でも手に入って、美味しいものも沢山食べられて、いじめられても反撃できて、美人で……どうせこのハーブガーデンだって買ってもらったんでしょ?」

「このハーブガーデンは自費で数年かけて作って育てましたが、何か文句ありますか。結構大変でしたし、話せば長いですよ。植物の配置とか、台風で一度吹っ飛んだこととか」

「でもお金を持ってるのは事実じゃない!」

 

 さらっと訂正された事実に、星香は激昂する。そして、星香はあの日と同じ過ちをまた繰り返す。

 

「最高の侮辱をプレゼントしてあげる! 貴女はあの毒島瑠璃の完成形だよ! 自覚行動も無自覚行動も全て最後は正解に収束する、いざとなればその力で全部勝手に辻褄を合わせる類の存在だよ。私たちもそうするし、この先もずっとそうしていくんでしょ!?」

「青野さ―――!」

「でもー、それって言い訳にも聞こえるよね?」

 

 あまりの暴言にリンは止めようとするが、その前に口を挟む人物がいた。それはアヤメの後ろに控えていた使用人だった。その使用人は尚も続ける。

 

「要するにー、幸せにならないから勘弁してください。幸せになんかなろうとしないからどうか見逃してくださいと言っているようにも、もう充分不幸なんだから、これ以上責めないでください、可哀想でしょって言ってるようにも聞こえるよね」

「な、な……!」

「別に良いと思うよ。不幸や不遇に甘んじて、それを頑張ってるって主張して、ちょうどいい不幸に足首浸して気持ちよくなって。それで大統領並の免罪特権を得るって言うのもさ。うん、良いね。ライフスタイルとしては完成してるんじゃない? 私は好みじゃないけど」

 

 あまりの暴言に星香は口をパクパクとさせる。だが、使用人は最後のトドメとばかりにこう言い放った。

 

「でもー、そんな奴がー、ウチのお嬢様を僻んでんじゃねえよ」

 

 星香は固まった。咄嗟に言い返す術が無かったのもそうだが、相手の怒りを敏感に感じ取ったからである。使用人はふざけた口調とは裏腹に、目は一切笑っていなかった。

 

 アヤメは一息ついて使用人を嗜める。

 

「そこまでです。フライングしすぎですよ、L」

「あはっ、ごめんごめん☆ でも、流石にムカついたんだよねー」

 

 そして、アヤメは更に追い打ちをかける。

 

「それに貴方、毒島瑠璃のことはそれほど恨んでいないでしょう?」

「……!」

「リンさん達が窮地に追い込まれた時、貴方、ホッとしていましたよね?」

「やめて……」

「自分が被害者でいられることに、安心していましたよね?」

「やめて……」

 

 星香は力なく制止する。眉目良い面の皮をはがされ、醜い腹の(うち)を抉って、そのドスグロイ本性を曝け出される。毒、毒、毒と交じり混ざった不幸せの味を相手の口に突っ込んだ星香は今、反撃にあっていた。

 

「理不尽に抗えない人間の性質は、一生そのままですよ。今後一生、その(こうべ)を垂れて生きていくのですか? 抗うチャンスが眼前に転がっているのに拾わないのは、檻が開いているのにそこから出ない豚と同じ。自らが家畜であると認めるようなもの」

「やめて」

「アヤメさん! そこまでにしろ! 流石に言い過ぎだ!」

「それとも、それこそが貴方の生き方なのでしょうか? 理不尽に抗うのは怖い。だったら少しでも媚を売って優しくしてもらうか、もしくは自分が被害者でいた方が良い。なるほど。それも世渡りの一つなのかもしれませんね。私には理解できませんけれど」

「う、うあああああああああああ“!!」

「青野さん!」

 

 火事場の馬鹿力か、星香は普段の身体能力以上の反応速度でアヤメを押し倒した。アヤメは敢えて抗わず、されるがまま。そして、その顔は笑っていた。

 

 対する星香は必死の形相だ。だが、あれほど激昂していたのに、そこから先の行動はとらない。よくよく見れば、彼女の手は震えている。

 

「さあ、せっかく押し倒したんです。殴るなり首を絞めるなりすればいいじゃないですか。それとも、まだ加害者になるのは怖いですか? 私を裁きたいのならば、自らの意志で行動するしかありませんよ」

 

 狂ってる……星香は素直にそう思った。そして、この日までの彼女の発言はかなり手加減されたものであったことが何となく分かる。言い方は穏やかだが、紡がれる言葉は身体を貫く剣のようだ。

 

「私はね、星香さん。平和主義ではあっても家畜ではないんですよ。理不尽が襲い掛かればどんな手を使ってでも天へと投げ返す。敵対すれば金にも鉛にも同じように剣を振るいます。それは貴方であっても毒島瑠璃であっても変わりません」

「そ、そんなの、そうできる人の話で……」

「ですから、貴方が不幸に浸りたいというのであれば好きにすればいい。人間ではなく家畜の立場に甘んじるというのならば好きにすればよいのです。私が求めることはただ一つ。私の眼前に敵として立ちはだかる(なか)れ! 私が貴方を排除しないのはただの温情。本格的に敵対するとなればこんな生温いものではありませんよ。こちらにはその用意がある」

 

 いつの間にかアヤメは星香を押し返して、先程とは逆の体勢になっていた。そして、

 

「ようやく来ましたか」

 

 襲撃者はアヤメに斧を振り下ろした。

 




 アヤメやLのセリフは或る意味中の人ネタではあります(イメージCVは早見沙織さん)。しかし、それ以上に星香の精神面に切り込んでいく展開となりました。これは善人ほど陥りやすい心理だと思います。

 ポケモン世界でやったらクレーム来そう。
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